β Ewigkeit:Fragments   作:影次

15 / 41
一月間があいたのに新鮮な10評価が入りましたあ嬉しいでしょうねえ。
アニメがアレなところでぶった切られて今鎮静期に入ってるだろうに、どれだけ見てくれてるのかは知りませんが有り難いことです。
なのでさっさと書きました、はい、読者は大事にしないとね。
そういや前回のおまけへの反応がないけど皆手描きじゃないものに興味はないのだろうか、それとも特に解説もなく放り投げたからだろうか。
キャラ作成ツールで擬似作成した左アルフレート、中央ベア子、右ヴァルターですよ。


さて今回で時間監獄は脱出です。
そして、作者が一番書きたかった場面の取っ掛かりに突入します。
まあ、その、あれだ、あれだよ、あれ。
読んで確かめてどうぞ。


時間牢獄Ⅱ そして……

 駆け上がる。

 漆黒の螺旋階段を、ベアトリスは駆け上がる。

 速さとか、時間とか、距離とか、そういったものが全て剥がれ落ちていくような感覚の最中、ただ焦燥と想いを糧に、ベアトリスは走る。

 どれだけ足を早く動かしても、螺旋階段はそれを阻むように一段一段しか進ませようとしない。

 どれだけ登ったのだろうか、先は見えない。

「はっ、はっ、はっ」

 それでも、走る。

 諦めることはなく、走るのだ。

 そう、例え、何が囁やこうとも。

『無理だ、御身には』

 だが、その覚悟を一笑し、それは囁く。

 彼女の足を止めるべく、その心を犯す。

『ヴァルキュリア、ヴァルハラの戦乙女よ。御身に出来ることは破壊のみであれば。その雷は駆け抜けるよりも前に、脅威を砕く雷であれば。諦めるがよろしい、御身の齎す救いとは、黄金の先にある永遠の死であるのだから』

「……うるさいッ! 私は、そんなんじゃない! 私は、そんなことを認めてない!」

 剣を振りかぶって。

 水銀の言葉を砕く、怒りのままに。

 映写機のようなかたちをした人型の機械が、砕け散りながら螺旋階段から落ちて。

 ベアトリスは走る、砕く刃を手にしながら。

『無理だ、貴様には』

だが、その怒りをねじ伏せ、それは囁く。

 彼女の足を止めるべく、その心を犯す。

『至高の破壊を理解しないものに、未来はない。軍属として刃を振るうものなら分かるだろう、それが間違いではないことが。認めろよ、あの破壊こそが、全ての頂点に立つ輝きなのだと。さあ、来い、来るのだ』

「私は、私は! 貴方とは違う! そんなものが至高であっていいはずがないんだ!」

 剣を振りかぶって。

 射手の言葉を砕く、悲しみのままに。

 蓄音機のようなかたちをした人型の機械が、砕け散りながら螺旋階段から落ちて。

 ベアトリスは走る、否定する刃を手にしながら。

 

『無理ですよ、私には』

 

 しかし、しかし。

 しかし、囁くのだ。

 誰でもない、他ならぬ自分自身が囁くのだ。

 彼女の足を止めるべく、その心を犯すのだ。

『言うだけなら、心だけなら、誰だってできるでしょう。ずっと前から、分かってたことじゃない。リザさんのときだって、神父様の時だって。あの時に思い知ったじゃない。力なき正義は無意味だって。あの人達を、バビロンに、クリストフにしたのは、私なんだから』

「やめて、やめてよ……!」

『何で破壊を否定するの? 心があれば、破壊に身を浸しても大丈夫だから。私は剣を携えている。あの時に戻ってどうするの? また、私は何も出来ない』

「違う、違うんだ、破壊の道は、それは」

『認めようよ。諦めなよ。進もうが戻ろうが、何も出来ないんならさ』

「あああああああああああああああ!!!!!!」

 剣を振りかぶって。

 影の言葉を砕く、激情のままに。

 万華鏡のようなかたちをした人型の機械が、砕け散りながら螺旋階段から落ちて。

 ベアトリスは、ベアトリスは。

「…………」

 その足が、徐々に動きを失っていって。

 駆けていたのが、歩みに変わって。

 頭、俯いて、瞳、陰って。

「…………」

 カツン、カツン、と、階段をのろのろと登る音がベアトリスの耳に聞こえる。

 今、自分がどういう醜態を晒しているのかがよく分かる音だった。

「…………」

 しかし、その足は早まらない。

 螺旋階段は、その先に辿り着かない。

「…………」

 そして。

 足が、止まって。

 私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうするのか、って?』

 そう、どうするんですか。

 いつの日かハイドリヒ卿に相対する貴方に、確かそんなことを聞いた。

 私には、分からなかったから。

 ヴィッテンブルグ少佐をどう連れ戻せばいいかも分からない私には。

『さてね。未だどうとも』

 はい?

 その見当違いの回答に、私は目を丸くして。

 何ですかそれ、ひょっとしてただの無謀なんですか、破れかぶれなんですかって。

『そんなんじゃない。ただ、己を見失わなければ、その先にこそやるべきことは自ずと見えてくる。今は未だ、動くのではなく見つめる時だろう』

 人界を隔てた魔境の如きここにあっては、尚更だ。

 そう言って、じっと私の瞳を見つめて。

『お前も。忘れるな。自分だけじゃない。むしろ自分ほど頼りにならないものはないからな。だから、思い出せ。お前を見つめる誰かがいた事を。それが自分になることもあるだろう。諦めるな。詰まる所、待て、しかして希望せよ、さ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………先輩」

 

「…………ヴァルターさん」

 

「…………お兄さんッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 ああ、私には何も出来ないかもしれない。

 何も出来なかったし、これからもそうかもしれない。

 でも、でも。

 この先に、あの人がいるんなら。

 あの人が、生きてそこにいるのなら。

 願わずにはいられないのです。

 叫ばずにはいられないのです。

 私が救うことが出来ないとしても、それが残酷なまでの真実だとしても。

 どうか、どうか。

 消えないで、お兄さん。

 

 がむしゃらにみっともなく伸ばした手の先に、確かな光が見えた。

 

 

 

 

「はっ、はっ……」

 長い夢を見ていた気がする。

 どんな夢だったのかは、思い出せない。

 でも、辛くて、悲しくて、みっともなかったことだけが心に残っている。

 気付けば私は辿り着いていた扉を開け放ち、光の先で息を切らしていた。

 空が、紫色の空が見える、嘲笑う三日月が見える。

 此処は、あの塔の頂上か。

 白い床、ただただ白い床が続いている。

 余分なものは何もなく、床の白を視線で辿る内に、壁に行き当たった。

 その壁には鎖が取り付けられていて。

 その鎖に拘束される誰かがいて。

 その誰かは、正に助け出さんとする誰かで。

「ヴァルターさん!」

 よろけるのも構わず駆け寄った。

 こうして呼んでも身じろぎ一つしない。

 無事なのか、無事でいて欲しい。

 そうして、項垂れる頬に触れられるほどまで近付いて。

「ヴァルターさん、ヴァルターさん、大丈夫ですか!?」

 声を掛ける。

 手を握る。

 頬を叩く。

 けれど、彼は何も応えない。

 開かれた目はしかし虚ろなまま、まるで時が凍りついたかのように。

「……ッ!」

 手を離し、彼の胸に、心臓に耳を寄せる。

 その体内で、ほんの微かだが、トクン、トクンと鼓動が聞こえた。

 良かった、未だ、生きている。

 何がどうなって、どうすればいいのかはわからないけれど、未だ、生きている。

 ならば、兎に角後は一刻も早くここから連れ出さねばならない。

形成(イェツラー)……!」

 戦雷の聖剣(スールズ・ワルキューレ)を構え、狙いをつける。

 ヴァルターの四肢を繋ぐ鎖がある限り、ここから救出することは出来ない。

 故に、それを砕くため雷の斬撃がその細い鎖を断とうと振るわれる。

 だが、しかし。

「え……そんな!」

 帰ってきたのは鋼を砕く音ではなく、刃が弾かれた音だった。

 その斬撃も、雷撃も、鎖を断つことは出来ない。

「この……!」

 こんな鎖如きが、そう思い何度も、何度も斬りかかろうとも、鎖には罅さえ入らない。

 機械死人を両断する程の、戦艦を沈める程の斬撃が、通らない。

 その力は、願う場所には届かない。

 数十、いわんや百にも届くかといったところで、ベアトリスの腕は止まる。

 否が応でも自覚させられる、今のままではこの鎖を断つことが出来ないと。

「なら……!」

 祈るように、剣を顔に寄せ構える。

 救出対象は目前、後はこの鎖を断ち、帰還するのみ。

 であれば、もう出し惜しみする意味はない。

 創造位階を以て打ち破り、速やかに帰還する。

 

 

 

 

 

『私の――』

 

 

 

 

 

 その時、ベアトリスを強烈な違和感が襲った。

 吐き気のような、恐怖のような。

 自分が、一体何をしようとしているのか。

 本当に、これでいいのか。

 そんな、訳の分からない怖気が体を一瞬硬直させる。

 それを新手の精神攻撃だと解釈し、歯を食いしばる。

 

 

 

 

 

『私の犯した罪は――』

 

 

 

 

 

 私の、犯した、罪。

 それは、それは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例題です。

 そう、これは例題です。

 これは、未だおとぎ話ではありません。

 

 あるところに、一人の少女がいました。

 祖国を愛し、人々を愛する少女でした。

 嘗て、少女は誓いました。

 人々を、尊い者たちを守ると。

 女の身で剣を携え、確かな輝きを胸に。

 誰が言わずとも、その輝きにこそ少女は導かれ、歩みを進めます。

 

 しかし、少女は目にしました。

 それは瞳を焼く黄金の輝きであり、瞳を塗り潰す水銀の輝きでした。

 自身の輝きとはまるで違う、しかし遥かに強大な輝きでした。

 黄金と水銀は言いました。

 愛とは破壊であると、破壊こそがさだめだと。

 

 少女は、恐怖に震えます。

 剣に託した誓いはそのままに。

 しかしその手の剣は、輝きではなく罪が宿るようになって。

 

 破壊は、先ず炎を連れ去りました。

 厳しくも、暖かな炎でした。

 暖かな炎はただ焼き尽くす炎となり、少女は凍える吹雪に晒されました。

 

 それでも、少女は歩み続けます。

 恐怖を抱えながら、破壊を抱えながら。

 自らに輝きがあることを信じて、その輝きが愛する人々を救えるのだと信じて。

 漆黒の両手が瞳を焼き潰す黄金と水銀の輝きを僅かに阻んで。

 少女は、歩み続けます。

 

 ある日、漆黒の両手がなくなりました。

 それは少女の瞳を覆い隠し守っていた、光無き黒い輝きでした。

 漆黒は水銀に連れ去られ、今にも消えようとしています。

 少女の瞳は、再び黄金と水銀に焼き潰されて。

 行かないで、と少女は走ります。

 剣を携え、手を伸ばして、漆黒を救おうと走ります。

 

 そして、少女は辿り着きました。

 もう何も失わせないと、ぼろぼろの誓いを胸にした少女は。

 鎖に囚われる漆黒を解き放たんと、泣き叫びながら刃を振りかざします。

 しかし、鎖は砕けません。

 少女の刃では、砕けません。

 それを砕くには、足りません。

 輝きも、罪も、足りません。

 

 

 ――どうすべきですか?

 

 少女は、自らを罪と刃に懸け力を求めるべき?

 少女は、自らの輝きが破壊であると認めるべき?

 少女は、自らが過ちであったと刃を折り砕くべき?

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

『やれやれ』

 

『いいのか、本当にそれで』

 

『よく見ろ、そしてお前は理解する』

 

『その漆黒を、お前はどう救うべきなのか』

 

『分かっているはずだ、既に。渇望に曇った瞳に非ざれば』

 

『お前は言う。私の犯した罪は、と』

 

『他でもない、罪を刃と託しているのがお前自身であるのなら』

 

『お前が■したものたちを、罪を以て救い上げるべきなのか、否か』

 

『問おう、少女よ。本当に、それで、いいのか』

 

『罪ならざる想いが、あるのではないのか』

 

 

 

 

 

 

 

『私の――私、の』

 

 

 私の犯した罪は、心からの信頼において、貴方の命に反したこと。

 私は愚かで、貴方のお役に立てなかった。

 その時、彼女は理解した。

 否、理解ではない、それにすら満たない、一縷の瞬きのようなもので。

 だが、その瞬きは、確かに瞳に届いて。

 

 

 止めろ! 私の犯した罪は、この人を救うものではない!

 罪で、この人は救えない!

 愚かでお役に立てないのなら、誰を救えると言うんだ!

 

 

 ふと、剣を下げていた。

 無意識に剣持つ右手を後方に、無手の左手を開き掲げて。

 自分が何をしているのか、ベアトリスは認識していない。

 だが、それでも。

 

 輝き、届いて。

 

 

 

 

 

『我が翼の後に――』

 

 

 

 

 

『我が剣の指し示す先に続け!』

 

 

 

 

 

 そして。

 溢れた光が鎖を砕き、振るった剣がその戒めを断った。

「……あ、え?」

 彼女がそれを認識したのは、剣を振るい終えた後で。

 その目前には、四肢の戒めが解き放たれ、ゆっくりと落ちてくるヴァルターの姿があって。

「あ、ヴァルターさん!」

 それを、正面から受け止める。

 身長差故に、力不足で倒れることはなくともその体の大きさに手間取った。

 ベアトリスに倒れ込むヴァルターからは、一切の力を感じない。

 ただ、僅かにベアトリスに聞こえる心臓の鼓動が、生きている証だった。

「良かった……ッ!」

 零れ落ちそうなものをぐっとこらえて、ベアトリスはヴァルターを抱える。

 たとえ生きていても尋常ではないこの様子、いつ何がどうなってもおかしくはない。

 そういった事情に関して、ベアトリスは弱い。

 早急にアルフレートを拾って脱出しなければ。

 

 『雷速剣舞・戦姫変生』

 

 その創造はベアトリスの肉体を確かに雷へと変えていた。

 あの鎖を砕いた折、自分が一体何をしたのか。

 それは分からないが、今考えることでもない。

 創造を発動したことで実感する、アルフレートの見立ては間違っていなかった。

 時間が狂い、ありえないほど急速に消耗していく感覚。

 ベアトリスの求道の燃費は通常の覇道以下のものまで減退している。

 往復などしようものなら途中で力尽きていただろう。

「……間に合ってくださいよ!」

 扉を置き去りにし螺旋階段を下降する。

 しかし、どうだ。

 行きの道はあれほどベアトリスを阻んだ螺旋階段は、踏み入った瞬間まるで存在しなかったかのように消えていく。

 消える螺旋階段、消える塔。

 その中を一瞬呆けながらも気を取り戻し、雷速のままに垂直落下するベアトリス。

 爆発した雷は間髪を置かず地上を駆け抜け、犇めく機械死人を置き去りにする。

 自身が消耗していく感覚と戦いながら間隙をすり抜け、間隙無き場は斬り伏せ、走る。

 そして、自身以外が起こしている喧騒が見えた。

 膝をつく巨人に群がる機械死人の群れ。

 その肩の上で、にじり寄ってくる機械死人の手を躱す姿。

「ナウヨックス少佐!」

 一度空中に滞空し、声をかければ、振り向いた顔はニヤリと笑って。

「でかした、さあとっととずらかるよ!」

 その伸ばした手に向けて一直線に、剣を持った右腕でヴァルターを抱えつつ、左手でアルフレートの手を掴む。

「開いた異空間の入り口、そこにこのまま突っ込め! 創造と異界境界面の瞬間衝突によって僕らに大ダメージが入るけどそれが一番安全だ!」

「分かってますよ! もう猶予がない!」

 見れば、機械死人たちは行きの道とは比べ物にならないほど増殖している。

 このままでは数分足らずでこの空間を埋め尽くさんばかりだ。

 むしろ、そういった方法で自壊しようとしているのかもしれない。

 今や大地からのみならず、無空からも生まれようとしているのだ。

「急げ急げ急げ急げ! 死ぬぞ、死ぬぞ!」

「うっさい! ただでさえ剣振りにくいのに、手伝って下さいよ!」

「僕はもうガス欠! 君がくたばれば一緒にくたばるしかないの!」

「こんのおーッ!!!」

 砕く、進む、砕く、進む。

 背後に機械の手が、命を寄越せと輪唱するノイズが迫りながら雷速の戦姫は突き進み、

「見えた、とど、けぇーッ!」

 機械死人の指が背中を掠めるその寸前に、空間の亀裂に飛び込んだ。

 そして、世界が反転した。

 

 

 疑似紫影世界 アルカトラズ時間牢獄にて 崩壊する世界と帰還する戦乙女

 

 

 

 

「うーん……」

 閉じた瞼に光が差す。

 カーテンの開いた窓から差し込む光に瞼が焼かれる、いつもの一日のような。

 寝ぼけた頭が徐々に意識を帯びていく感覚。

 その光に応じ、ゆっくりと瞼を開ける。

「うごッ!?」

「あ、やっと起きた。おせーよベア子」

 ドギツイ光が目を焼いた。

 アルフレートが懐中電灯の光をベアトリスに向けて照射していた。

「情緒の欠片もないッ!」

「はいはい、分かったからさっさと起きて現状を認識してね」

 条件反射でぶん殴ろうとするもののアルフレートは首を傾げその拳をひょいと避ける。

 ぐぬぬぬぬぬぬと怒りのままに唸るベアトリスだったが、意識が覚醒するに連れて、直前の出来事が鮮明になってくる。

「ここは!?」

「僕のヴンダーカンマーⅡ。脱出完了の段階で意識が吹っ飛んだ君を抱えて飛んだんだよ」

 その部屋は確かに見覚えのあるものだった。

 アルフレートの秘密研究所、ヴンダーカンマーⅡ。

 彼はそこに至るための鍵とも言える技術を持ち、移動することができる。

 ベアトリスはあの世界から無事に帰還したことを把握し、そして。

「……ヴァルターさん! ヴァルターさんは!?」

「…………」

 アルフレートが仏頂面で背後を示す。

 ベアトリスが眠っていたベッドの一つ向こう側のベッド。

 そこに、黒円卓の軍服を纏ったヴァルターが眠っていた。

「あ……」

 その姿を見て、足から力が抜ける。

 自分の寝ていたベッドに座り込み、祈るように手を組んだ。

「よかった……助け出せた……」

 目の前にいることが、こんなにも安心できることだとは。

 戦士として背中を預け、遠く戦友を思うことはある、それでも。

 この瞬間ベアトリスはそこにあることの幸福を噛み締めて。

「よかったじゃねえよ。全然よくないんだよ」

「え……?」

 忌々しそうなアルフレートの言葉に顔を上げる。

「どういうことですか、一体何が」

「ああ、五体満足で生きてたのは何よりさ。でもね、状況は未だ危機的だよ。このまま放置しておけば、ヴァルターは死ぬ」

「なッ!?」

「ああもういちいち立ち上がるな! こっちも辛いんだよ、座れ座れ!」

 掴みかかろうとしたベアトリスを大声で静止し、頭を抑えながら椅子を取り出し座る。

 尋常ではないアルフレートの様子にベアトリスも一度静止する。

「……どういう、ことですか」

「魂が衰弱しきってる。今夜が山だ」

 頭痛をこらえるようにこめかみを指で叩くアルフレートにベアトリスは問いかけて。

 苛立ちを吐き出すようにアルフレートは説明を始める。

「あの時間の狂った世界に五年も囚われてたんだ。体感時間はどれほどだったか。それに絶えず精神侵略も受けていたろうに。恐らくヴァルターはそれを自己の内的世界を凍結させることで抵抗してたんだ。そうすることで少なくとも死は先延ばしにできる。だけど、それは一時的処置でしかなかった」

「それはどういう」

「あの時間牢獄の外に出したことで、言っちゃ何だけど『安定した状態』が乱されたんだ。ヴァルターは長らく時間の狂った世界で精神拷問を受けてた。受けすぎて、それが正常な状態だと認識するに至るまで。それが今外の正常な世界に触れたことでその分のずれとバックファイアが一気に降り掛かって魂が衰弱が急激に進行してる」

「魂の衰弱とは、具体的にどういう? 自壊衝動とは違うのですか?」

「ああ。これはヴァルターの、そして僕の落ち度だ。本来エイヴィヒカイトを扱う魔人ってのは自身の内部に多数の魂を蓄えることでそれを消費し外的要因に対抗できる、この一方的な魂への精神攻撃も例外じゃない。けど、僕とヴァルターは別だ。僕らはその特質から魂を蓄える必要性がない! だから、こういう魂を直接攻撃してくる手合に対する抵抗力が殆ど無い!」

 髪をぐしゃぐしゃにかき乱しながらアルフレートは叫んだ。

「僕らは通常のエイヴィヒカイトとは別に、力を発揮するための何らかのリソースが働いてる。それが働けば自己回復が始まるはずが、でもそれが何故か今回だけうんともすんとも言ってない。つまりヴァルターはこの状態から自己回復しないし、自己回復が出来ない以上ヴァルターが身一つで立ち直る可能性はない。後はこのまま魂が衰弱しきって死ぬだけだ」

 その言葉を聞いて、今度こそベアトリスはその襟に掴みかかった。

「……手段は、手段はないんですか!」

「ある! 外部から刺激を与えてやればいい!」

 互いに声を張り上げる。

 掴んだ手を払い除け、アルフレートはベアトリスに指を突きつけた。

「外部から、ヴァルターのエイヴィヒカイトに魂を供給してやればいい! そうすることで僕ら本来のリソースが動き出せば儲けもの、そうでなくてもエイヴィヒカイトの本来の機能を駆動させる! 必要量の魂さえあれば後は術式が勝手に自己回復を始めるはずだ!」

「なら!」

「僕には出来ない! ヴァルターと同じく蓄えている魂なんてない!」

 アルフレートが突きつけた指を今一度強調する。

 ベアトリスを指差して、アルフレートは言い放った。

「君しかいないんだよ! 君が今、その身に蓄えてる魂をヴァルターに供給するんだ!」

「なッ!?」

 ベアトリスは瞠目する。

 理屈は分かった、十分過ぎるほど理解した、だがしかし。

「ですが……私、他者への魂の供給だなんて、そんな技術はありません! 黒円卓ではマレウスでもなければ、そういったことは……」

「知るか! 出来なかろうがやるんだよ! 基本は聖遺物と肉体を魂で繋げてることと変わりないだろ! 出来なきゃヴァルターが死ぬだけだ!」

「そういう道具はないんですか? 二者を繋げて魂の遣り取りをするみたいな……」

「そんなもん製作中だわハゲ! いいから手でも取って、気合でラインを繋げて、魂を流し込め! さっさと……あ……」

 熱り立つアルフレートの語尾が突如力を失う。

 足元がふらつき、視線が明後日の方向を向いた。

「やば、もうだめ、あと……」

「少佐!?」

 盛大な音を立ててアルフレートはその場でひっくり返った。

 倒れたアルフレートをベアトリスが揺するも、アルフレートはしばし痙攣した後呼吸以外の動きが静止した。

「ちょっと、少佐!?」

 呼びかけるも、完全に意識を失ったアルフレートは応えられない。

 途方に暮れかけるベアトリスだったが、そんな場合でもない。

「……どうすれば」

 一先ず、眠るヴァルターの側につく。

 非常に薄くはあるが、僅かに呼吸はできている。

 しかし、健常な人間が眠りについている様子ではどう見ても、ない。

「…………ッ!」

 試しに、その手を取る。

 その冷え切った手は体温のみならず、失ってはならない何かを失っていることをベアトリスにも直感させた。

 温度とかそういう次元ではなく、今も尚必要不可欠な何かが失われている。

「ヴァルターさん……!」

 その手を両手で握り込み、ぎゅっと目を瞑る。

 最早出来る出来ないを論じている場合ではなかった。

 自らの内側、聖遺物と繋がるラインとそこを巡る魂を意識し、それをその手で触れている先に繋げようと試みる。

 しかし自身の肉体ならともかく他者へと繋げるとなると上手く行かず、まるで裁縫糸同士の先端を遠くから手で繋ぎ止めようとしているが如き有様だった。

「繋がれ……繋がって……繋がってよ!」

 糸の先が掠めるその瞬間に魂を流し込もうとするが、それで流せるものなど文字通り塵のようなもので、全く効果がないとは言わないが、何の解決にもなっていなかった。

「駄目だ……この方法じゃ繋げられない……他に何か……何か……」

 思考を回す。

 何か、何かないのかと。

 魔道など、知りたくもないし忌み嫌っていた。

 自身がその輩として人外に成り果てても、常にそう思っていた。

 しかし、今はどうだろう、メルクリウスやマレウスが気まぐれに語っていた言葉の端を拾い上げてでも、どうにかしなければと思っている。

 例え、魔に身を浸しても。

 それはあの時に抱いた初心だった。

 ベアトリスは考え、思い出し、拾い上げ、どれだけ時間が経っただろうか。

 

「……あ」

 

 一つの可能性に、行き当たった。

 それは、何も難しいことではなかった。

 魔道のみならず至る所で見られる概念であったし、実際そのようなことを行った人物をベアトリスは知っていた。

 それは誰かが口にした極めて原始的な霊的ラインを得る方法で。

 だからこそ、逡巡した。

「私は……」

 あの人のような真似を、行おうというのか。

 否、それは違う。

 私は、彼のことを救いたくて、それは一つの可能性であって。

 しかし事が事であるが故に、つい独り言を口走ってしまう。

「いやあれですよ。それ以前に、寝込みの先輩にそんな卑劣な……いやいや冷え切って死にかけている相手にそんなこと言ってる場合でもなくって、分かってます、分かってるんです」

 そうして悶えている内に気付いた。

 後味の悪さとか、そういったものは彼の命に変えるべくもないことで。

 結局、自分なのだ。

 自分が、どう想っているのか、なのだと。

「…………」

 これを実行に移せば、もう誤魔化せない。

 嫌でも自分の心と向き合うことになるだろう。

 だからこそ、その前に決断しなければならない。

 

「私は」

 

 私は、この人のことをどう思っているのだろう。

 年上の友人?

 尊敬する先輩?

 頼りになる同僚?

 それとも……それとも……。

 あの時、答えは出なかった。

 今は、どうだろうか。

 私が命を懸けて救いに走ったこの男の人のことを、私は。

 考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃで、訳が分からなくなって。

 そのうち、単純な思考と、そこから叫ばれる声ばかりが頭を満たしていく。

 自分の中の少女が、泣き叫んでいるのが嫌というほど分かって。

 

 死なないで。

 死んじゃやだ。

 生きて。

 生きて、側にいて。

 

 私は。

 私は。

 

 両手、痛いほど握りしめて、私は。

 

 

 

 

 

「……死なないで、お兄さん!!!」

 

 

 

 

 

 私は、この人を抱きすくめて、口づけをした。

 




●REC


この後のピーピーピー的描写を望む人は評価を投げたり感想欄でわっふるわっふるしてください。

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。