β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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正直書いててイマイチだと思った(素直な感想)
でも終盤の愉悦タイムはよく出来たと思う(外道な感想)

https://www.youtube.com/watch?v=2GxYqKVHagg


Dark Impetus

「永遠、というものをお前はどう捉える?」

「…………」

 暗い。

 そこは何と暗いのか。

 影絵の如き、始まりも終わりも最早無い町並みと、それを見下ろす玉座があった。

 その玉座を前にして、二つの人影が対面している。

 朗々と、歌うように彼女に背を向けたまま語る男の姿を、ベアトリスはじっと見つめて。

「それはあらゆる祈り、願い、欲望が行き着く最後の場所だ。神ならぬ身で空にさえ手を伸ばす人が。己の命の幸福であらんことを求めれば、幸福であることを知れば、今日も、明日も、明後日も。それを継続しようと励む努力は、やがてそれが永遠であればいいという結論に行き着く」

「…………」

 背を向け両手を掲げるその男の声色は、所作は、仰々しく慇懃で、侮蔑的だった。

 その背中、髪の色を持つはずの、ベアトリスが知る男性と同じ特徴を持つはずのその男はしかし、彼女にとっては似ても似つかない。

「嘗てお前が見たものは、定命の理を脱した悍ましき魔人の業か、死者を使役する戦奴の世界か。何れにせよ、お前が明確に触れた永遠という概念は、お前にとっては唾棄すべきものだった。だがしかし、永遠を願うことに罪はなく、後はそこに何が託されるかでしかない」

「…………」

 ゆっくりと、振り返る。

 男は、ヴァルター・シェレンベルクと同じかたちを持つその男は。

 しかし、その瞳を細め、鮫の如き歪んだ笑みを貼り付けて。

「そう、例えば。この永遠の闇の中にあって、お前はそこに何を託す。キルヒアイゼン(・・・・・・・)

「止めろ」

 ベアトリスは雷とともに抜剣する。

 闇の中、輝きが瞬いて、その切っ先が男に向けられて。

「あの人の声で、顔で、瞳で、さえずるな。正体を見せろ!」

「は、つれないな。愛しの先輩との再会だろう、喝采してくれよ」

「貴様があの人であるものか。黒の王、ヴァルターさんに巣食うもの、貴様は何だ。何のつもりで、ここにいる。何のつもりで、私を呼んだ!」

「ハ、何のつもりで、ね」

 歪んだ笑い、ヴァルターであれば決して見せない嘲笑のかたち。

 それはまるで、ヴァルターの肉体にアルフレートが入っているような錯覚さえ覚える。

「さて、俺が何、ときたか。まあ常套句だな。だが、それはどうでもいいことなんだよ。お前が知っておくべきなのは、俺もまたヴァルター・シェレンベルクであることのみだ」

「戯言をッ!」

「事実だ。俺の正体も何もない。今の俺を形成する人格は、他ならぬあいつが俺に託したものである故に。正道であれ、と、そう託した故に形成された人格の鎧に、黒の王の欠片を注ぎ込んだもの。俺は紛れもないヴァルター・シェレンベルクだよ。何も違わない、違わないさ。俺は欠片として、依代となったもののかたちを守っているのだから」

 そう言って、前髪を掻き上げる。

 するとその髪色は黒に、瞳の色は真紅に塗り替わって。

 両目の中に、絡み合う蛇の紋章が浮かび上がる。

 ヴァルター、否、黒の王。

「カドゥケウス……!」

「俺としても不本意ながら、起源があれであることは間違いないがな。だが、記憶の世界の母も言っていたように、俺はヴァルターの付属物じゃない。表裏一体の影であり、闇そのもの。あいつは俺で、俺はあいつだ」

「…………ッ!」

 その歯を怒りで噛み締めながら、しかしベアトリスはまだ斬りかからなかった。

 その腕が、足が、未だ、未だ動かない。

 似ても似つかないその姿、の筈なのに。

 言葉の節々や所作の既視感が、この存在がヴァルターではないと納得してくれない。

 自分の怒りと無意識とが乖離しているのだ。

「貴様が、貴様が彼の一部だというのなら。彼を眠らせているその所業は何だ。その身に取り憑き奪わんとする悪霊と何が違う」

「ああ、そうだな。だがこれも、考えた末の結論だ。こいつをこのまま目覚めさせる訳にはいかない。だからお前を呼んだんだ」

「何……?」

「俺は。お前を、お前達を試しに来たんだよ。黒の王の欠片として、我が依代たる人間と、それに寄り添うお前が。永遠の中に何を望むのかを」

 その蛇を孕む赫眼が、ベアトリスを射抜く。

 ベアトリスの中の、そしてその先の何かを見つめるように。

「なあ、キルヒアイゼン。お前は何度も諦めかけた。何度も折れかけた。しかし、お前は此処にいる。それは何故だ?」

「何故、ですって? そんなの、そんなの、決まってる」

 それでも、諦めたくなかったから。

 諦められないものが、そこにあったから。

 遠く、遠く、去ってしまう前に、未だ掴めるのだと知ったから。

「そのために、私は此処にいるんだ」

「不合格」

「なッ!?」

 それを、黒の王は適当に吐き捨てた。

「負け犬の、既知感塗れの悪足掻き。さっきはああ言ったがな、お前は諦めているも同然だ。折れているも同然だ。何も出来やしない、何も」

 その一瞬、瞳の奥がどこまでも黒く、黒く。

 歪んだ笑みも消え去り、能面の如き裁定者の顔が現れて。

「だが。それでも、俺は此処にいる。そしてお前達を見てしまった以上、問わねばならん」

「…………!」

 闇が、溢れる。

 その足元から漆黒の茨が持ち上がり、黒の中で赫眼が煌々と輝いて。

「何故走るのか。既知感と渇望に塗れたこの永遠の世界で、失われゆくそれを、忘れゆくそれを問うために俺はいる。だがもしそれが、走ることも能わぬ愚図のそれであったのなら」

 その右手に、漆黒の刃が。

 茨を纏う黒の長剣が、雷の剣を向けるベアトリスと同じように、その切っ先を向けて。

「どこに帰す価値もない。ここで眠れ」

「……一体どういうつもりなのか、知らないが」

 それに、ベアトリスは纏う雷を一層強く、輝かせて。

「貴様には、譲らない。何一つ、誰一人。私は、諦めない! 未だ、諦めてなんか、いない!」

 思いのままに、吠える。

 雷鳴が響くように、この闇の中を斬り裂くように。

「ハ、威勢だけは一人前と来る。色々と思い出すね」

 それに、何か懐かしいものを覚えたように、黒の王は微かに笑う。

 しかしそれも僅かなこと、カドゥケウスの赫眼は、どこまでも眼前の意思を嘲笑って。

「興が乗った。いいだろう、お前とはこの肉体のまま、メルキオール体で相手をしてやる。俺はただヴァルター・シェレンベルクの肉体のまま、気ままに力を振るうのみ、それを凌いで見せろ」

 漆黒の剣を持つ右腕を大きく振り上げ、凄絶に笑う。

 その身を貫く、と、そう示しているが如き、本来のヴァルターであれば決して見せないその構えを見て、ベアトリスはぐっと足を踏みしめて。

「あいつは最後には諦めたが、お前はどうだろうな? 懐かしき声の女、キルヒアイゼン」

 白い雷の剣と、黒い闇の剣を持つ二人。

 鮫の嘲笑と、戦乙女の激情が、今交差して。

「お前は諦めるのか、それとも、諦めないのか。見せてみろ、人間」

「言われなくともッ!」

 その言葉が、開戦の号砲となった。

 床を踏み砕き突進しようとするベアトリスの渇望は、瞬間で最高潮に達する。

 

 

 

 

 

『私の犯した罪は 心からの信頼において貴方の命に反したこと』

 

 

『私は愚かで貴方のお役に立てなかった だから貴方の炎で包んで欲しい』

 

 

『我が槍を恐れるならば この炎を越すこと許さぬ』

 

 

創造(ブリアー)――雷速剣舞(トール・トーテンターツ)戦姫変生(ヴァルキュリア)

 

 

 

 

 

 その身を雷と化すベアトリスの創造位階。

 物理法則を超越した神秘の雷となったベアトリスが、剣の切っ先でその喉元を狙って。

 ものの一瞬であるはずの、その時間。

「え……?」

 しかし、届かない。

 全力で突貫したはずなのに、彼我の距離は全く縮まっていなかった。

 今も、前進しようと駆けているはずなのに。

「何が……!」

「下らん」

 黒の王が漆黒の剣の切っ先をベアトリスに向ける。

 その両目はどこまでも透明に、ベアトリスの渇望を糾弾しているようにも見えて。

「お前が性懲りもなくそれを続けるのなら」

 その剣の波動、向けられる切っ先が、ベアトリスを寄せ付けず。

 ただ、拒絶する、その拒絶を、ベアトリスは突破できない。

「提案しよう。食事の時間だ」

 剣、届かずに。

 不気味に輝くカドゥケウスの赫眼と、剣を持たない左手が、向けられて。

 

 

 

 

 

『城より溢れた欠片の一つ クルーシュチャの名において』

 

 

『方程式は導き出す 我が力と我が権能、失われたもの』

 

 

『喰らう牙』

 

 

『足掻く全てを、一とするもの』

 

 

 

 

 

「なッ……!?」

 そして、ベアトリスは見る。

 その輝くカドゥケウスの赫眼の、左目の内より溢れ出す黒より黒き漆黒の影。

 剣を、茨を形成するそれらと同じ、身を貫かれるような不快感が襲って。

 いつしか、その左手までも、左半身が黒に染まる。

 左手を包み込む漆黒が、悪魔の爪のようにかたちをなして。

 そこから茨が、無数の茨が伸びる。

 未だ拒絶の波動に呑まれ前進できないベアトリスに、一方的に。

「がッ、うぁ!?」

 剣持つ腕と、その首に茨は巻き付き、ベアトリスを締め上げる。

 肌に突き刺さる棘を通じ、肉そのものが削れているような痛みが襲う。

「こ、の」

 雷を用い、茨を焼き払おうとするが、しかし。

 その拘束は解けない、いくら雷を放とうとも。

「言った筈だな? 愚図の歩みなら、どこに帰す価値もない」

 青から赫に、そして今は黒く染まった左目が、ベアトリスを嘲笑う。

「戦場の光とやらが、お前をどこまで運んだか。変わらないのなら、何の意味も、ない」

 一歩、二歩、ベアトリスからは一向に詰められなかった距離を、不自然なほど短い歩数で黒の王は縮める。

 その剣先が触れる距離で、漆黒の剣を振りかぶって。

「ここで終われ、楽になれ」

『させん』

 瞬間、それは来る。

 雷の力、その場に満ちて。

「……何?」

「え……?」

 迫る漆黒を、砕く、砕く。

 刃を阻み、その腕を、首を、拘束する茨さえも打ち砕き、ベアトリスは自由を取り戻す。

 輝くばかりの雷が、ベアトリスはそれを放っている自分の両腕を呆然と見つめている。

「一体……」

『無謀な。黒の王、否、彼の操る黒の剣能による拒絶に、鎧も纏わず立ち向かうとは』

「貴方は!」

 その声を、その見の内より響く声を、ベアトリスは知っていた。

「ペルクナス、貴方が?」

『拒絶とは、ただそこにあるものではない。何の為の拒絶であるのか。少なくとも、お前の照らす道はどうやらお門違いであるらしい。であれば、だ』

 雷が、ベアトリスの身を、腰を、両手を覆う。

 かたちなき白い雷は、かたちある重みへと編成していく。

『……お前に、私の最後の力を託す。我が機械篭手(マシンアーム)、そして機械帯(マシンベルト)。既に、お前の剣に繋いである。一つの聖遺物として、十分な働きをしてくれる筈だ』

「これは……」

『名付けよう。我が機械帯(マシンベルト)の権能を以て、その剣を雷を果てへと導かん。戦雷の剣帯、スールズ・リュストゥング・ワルキューレ、と』

「雷の、鎧」

 ベアトリスの、雷を纏うその両手には、幾つもの計器が揺れる鋼の篭手が。

 その腰元には、雷が揺らぐごとに共鳴するが如く輝く、鋼の帯が。

『少女の輝きにかけて。我が勇壮なる雷が応えよう。……久しいな、黒の王、否、その欠片』

「……随分と懐かしい力だ。ああ、嘗て黒の王は、確かにお前を知っていた。その狂気、既に託すものがあったかよ。残照なりし雷電王、哀れな正義の成れの果て。そいつを、どこに連れて行くつもりだ」

『無論、その輝きの先に。彼女から奪った輝き、返して貰おう』

「……それを帰すのは、俺じゃないな。俺じゃあないんだよ、ペルクナス」

『だとしても』

「こ、のお!!!」

「っ、ち」

 篭手が、剣を弾く。

 戒めから解き放たれた体は自由を取り戻し、地へと降り立つ。

 雷の波が境界を引き、二人の距離は再び開く。

「ペルクナス……私に、力を?」

『私にできることは、ここまでだ』

「ペルクナス!?」

 身の内から響く声、その正体が、溶けるように消えていくのをベアトリスは感じた。

 目まぐるしくも託されたこの力に、感謝と困惑を抱いて。

「待ってください、ペルクナス。貴方は、私に何を、この力で何をしろと」

『迷うな』

「…………!」

『迷うな、ベアトリス。進め、今は、未だ。それが、奴と、彼への――』

 その言葉を最後に。

 雷電の声は、魂は、枯れ果てて。

 砂のように、溶け落ちていくのを感じて。

「で、それがどうした」

「っ! くッ!?」

 再び、衝撃が襲う。

 黒の王は剣先を向け、拒絶の波動を示す。

 彼我を寄せ付けぬその力。

 だが、ベアトリスはとっさに、その篭手に包まれた両手で、それを防いで。

「ハ。まあ、いい、そのくらいはな」

 距離を殺しもの皆寄せ付けぬその力を、防ぐ。

 前進する手応えを感じなかった先とは違う、

 見出した光明に、ベアトリスは一も二もなく突貫した。

「はああああああッ!!!」

「……ハッ」

 そして、上段から振り下ろされる漆黒の剣と、下段から振り上げられる雷の剣が交差する。

 これまでにはなかった、仰々しい機械の篭手に包まれた腕はしかし、剣を振るうことを阻害せず、まるで十年来の相棒のようにベアトリスの手に馴染んでいた。

「成程。奴の機械篭手(マシンアーム)、そして機械帯(マシンベルト)。お前の剣と接続し、その雷の威力を高めているか。死に損ないの残照が器用な真似をしたものだな」

 反発する力と力。

 拒絶の黒と雷の白が激しく散華し、刃を合わせた箇所で競り合う。

 そして、刃を押し込むのは。

「……愚劣。貴様があの人の身体で戦っているというのなら、攻めではなく守りこそが真骨頂。そんな威嚇ばかりの大振りで、私の剣が劣るものか!」

 雷の刃が、漆黒の刃を払い、振り切る。

 その切っ先が、確かに黒の王の喉元に達して、斬り裂いて。

「ああ……お前の剣は強い。だが、それで?」

「…………ッ!」

 振り切った刃に手応えはなく、斬り裂いた喉は闇の霧が霞むように、瞬く間に再生する。

「それはいい。だが、それじゃない。しかしまあ、距離の拒絶を突破し俺に斬りかかることが出来たなら、そら、次だ」

 返しの一撃、無造作に振るわれた漆黒の剣の一撃が、ベアトリスを大きく弾き飛ばして。

「足掻け足掻け、諦めないとほざいたなら、永遠に踊り狂えよ戦乙女」

「くッ!?」

 体勢を整えた矢先から襲い来る。

 曲線を描く茨、直線を疾走する漆黒の光条、そして格子のように、檻のように交差し束ねられた無数の剣、それら全てが、ベアトリスを貫くために。

 だがそれら全てを、ベアトリスは回避する。

 剣を以て打ち払い、雷速の起動は縦横無尽に戦場を駆ける。

 故に、気づく。

 この圧倒的物量は、自身の知るヴァルターの扱えるものでなければ、それが黒の王に由来するのは当然で。

「踊らされてる……! その気になればとっくに押し潰されて」

「そうだよ。言ったろ? 試すって」

「!!!」

 声の先にベアトリスは反射で剣を振るったが、それは音もなく動きを止められる。

 禍々しく脈動する闇の左手が、剣を掴んで、雷さえも弾いて。

「全てで抗え、あらゆる道を模索しろ、そうでなくては意味がない。出来ないなら死ねよ、さっさと死ね。希望なぞ、輝きなぞ、示す価値もないだろうがよ」

 右手の漆黒の剣が振り上げられる。

 合わせるべきベアトリスの剣は、押さえつけられて動かない。

 迫る刃に、どう抗うべきか。

 手元の機械篭手がその眼にちらついて、次の瞬間にはもう動いていた。

「せ、えッ!」

「む」

 横一文字に首を狙う斬撃に、剣から手を離した左腕を割り込ませる。

 漆黒の剣と鋼の篭手が、火花を散らして拮抗する。

 そして、その一瞬でベアトリスは右手さえも剣から離して。

「はああああああッ!!!」

 雷電が、その掌に集う。

 剣士たるベアトリスが普段なら行うことのないその手段。

 雷の掌底がベアトリスの剣を掴む左腕と胴体に突き刺さり、黒の王は雷の剣を手放し数歩程を後退する。

「ハ。そうだ、それでいい。そうでなくては試している意味がない」

 焦げ付くように立ち上る煤は、単に散った後は再生するのみの闇の霧でしかなく。

 しかし、闇はそれがたまらなく愉快だと笑う。

 その瞳は全く笑わないまま、口を歪める。

「どこまで行ける? 何になれる? 示せ、でなければ、お前もヴァルターも消えるのみだ。下らん妄執は置いていけ。走れ、そして迷え」

 その指先を向けて、僅かに、茨の断片が散る。

 危機感に従いベアトリスが動こうとした時には、それはもう完成していた。

「……うッ!? ぐあ、あ!?」

 茨の波動が、ベアトリスの全身を戒める。

 これまでとは違う、射程を届かせる間隙すらない、空間に直接作用する縛呪。

 不意を打たれたベアトリスは対応に遅れつつも内側から戒めを破壊するが、

「先ず、一つ」

「え……」

 音もなく、胸の中の違和感だけがあって。

 ベアトリスの胸の中心を、漆黒の剣が貫いていた。

「あ……」

 血は、流れない。

 しかし、この世のものとは思えない痛み、痛み、痛み。

 全身の細胞が端から細切れに、或いは溶け落ちていくかのような錯覚を覚えて。

「あ、あああああああああああああああ」

 理由の知れない恐怖に支配され、膝をつく。

 何か、何か、失ってはならない何かが失われたような。

「で、いつまでそうしてるつもりだ?」

「……え」

 そして、ふと我に返る。

 胸に刺さっていたはずの漆黒の剣は既になく、その刺し傷さえもない。

 その場には崩れ落ちるベアトリスと、数歩離れて億劫げに剣を担ぐ黒の王の姿。

 何が起こったのかはともかく、と剣を杖に、膝に力を入れ立ち上がろうとするが。

「う、あ?」

 その時、違和感を覚える。

 力が入らない、足元がおぼつかない。

 それは、体の怪我や傷などではなくて、何か。

 そう、先程も実感していたことだった。

 失ってはならない何かを、失ったような。

「黒の剣能とは、命が持つ原初の心のかたち。拒絶のかたち。俺はそれをただ引きずり出し使役できるようにしているに過ぎない。傷つけ合うための刃、自身の願いのために他者を排斥する闘争の刃。互いを駆逐し合う、自滅の刃。その根底に存在するのが、拒絶」

 心のざわつきのままに、ベアトリスはその漆黒の剣を目にする。

 鍔から生える茨が、握る手そのものを苛んでいるその剣。

 おぞましいまでの、拒絶、漆黒。

「俺は紛れもないヴァルター・シェレンベルクであれば。この剣でお前を貫くということは、お前を拒絶するということに他ならない。さて、今お前の中から何が拒絶され、失われただろうな?」

「え、なに、それ」

 無意識に、胸のあたりをわしづかむ。

 くしゃりと歪んだ服のその向こう。

 何が失われたのか、失われてしまったのか。

 力の入らぬこの足は、一体何を失ったことでそうなってしまったのか。

 膝を折るのは力尽きたからではなく、戦う意志が折れようとしているから。

 そして、それは、戦う意志が折れようとしているのは、何故か。

「何をしたの……私の心に、何をした!?」

 色褪せる、それは心の中の記憶。

 何のために、誰のためにここまできたのか。

 彼との思い出が、驚くほど色褪せて、焦げ付いて。

 その恐怖に、ベアトリスは吠え叫ぶ。

 瞳を揺らしながら、僅かに歯さえ鳴らしながら。

「ハ。分かってるなら、かかってこい。その膝、折れないうちがお前の最後の抵抗だ」

「ふ、ざけるな、返せ、返せ、返せええええええ!!!」

「さて、いつまで言っていられるか。見ものだな」

 赫怒のままに、ベアトリスは雷と化した。

 まだ、色褪せたとしても、失われたそれが尊いものだということは忘れられず。

 剣を振るう、悲鳴のままに。

 しかし、しかし、それでは。

 それでは、何を為すことも出来ない。

 元より、黒の王とは、『倒す』ものでは、ない。

 

 

「その明日を否定しよう。先に待つ静寂こそが、嘗て遠き欠片ならざる俺が至った終着点だ」

「あ、がッ」

 再び、黒の剣能が突き刺さる。

 雷を纏おうと、ぶつけようと、返ってくるのは虚空を打つが如き無のみ。

 

 

「お前も、その果てに今ある苦しみから解き放たれるだろう。そこには何もなく、それ故に全てがある。世界を諦めたものにこそ、黄金の螺旋階段を登りきる資格が生まれる」

「あ、ああ」

 突き刺さる。

 その度、心の中の大切な人、その面影が消えていく。

 色が抜けて、景色が焼けて、やがて音さえ遠のいていく。

 

 

「眠れ。お前も魔人として、一度は明日を否定したのならば。そこから目を逸らすことは出来ない。お前の拒絶に、意味は、ない」

 突き刺さる。

 誰のために、戦っていたのか。

 立ち上がり、刃を振るえる、そのための想いは、既に崩れ去って。

 もう、創造さえとっくに消え失せて。

「……めて」

「何だ」

 漆黒の剣が胸を貫いたまま、仰向けに倒れるベアトリスは、瞳から輝きを失いかけて。

 それでも、震える手で、刃を、掴んで。

「……やめて、おねがい、おねがいよ、けさないで……かえして……かえしてよ」

「…………」

 

 

「嫌だね」

「あ」

 

 

 涙を流しながら伸ばされるその手を、鮫の如き嘲笑が愚弄して。

 

「お前の願いは届かない。残 念 だ っ た な !」

「いや……いや……」

 

 カドゥケウスの赫眼が、無慈悲に最後の欠片をえぐり取る。

 

 剣、突き刺さって。

 想い、消えて。

 

「ハハ」

 

 突き刺さる。

 消える。

 

「ハハハ」

 

 突き刺さる。

 消える。

 

「はははははははははははは」

 

 突き刺さる。

 消える。

 

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 

 突き刺さる。

 消える。

 

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 

 突き刺さる。

 消える。

 

 

「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら」

 

 

 突き刺さって突き刺さって突き刺さって突き刺さって突き刺さって突き刺さって消えて消えて消えて消えて消えて消えてどこにもなくて思い出せなくて色あせて燃え尽きて聞こえなくて顔がなくて思い出せなくて思い出せなくて思い出せなくて思い出せなくて思い出せなくて思い出せなくてああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたし なんで

 

 ここに いるの

 

 だれ だれが

 

 いたい いたい いたい

 

 どこが いたいの

 

 むねが こころ

 

 しらない いたい

 

 わたし わたし わた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりか」

 

「諦めるか、お前も」

 

「まあ、当然のことだ。人間であれば、痛み無き永遠の今日から、逃れられることなど出来ない。誰であれ、明日を否定せずには、いられない」

 

「当然のことだ。当然の」

 

「…………」

 

「だが」

 

「ここまでか、ベアトリス(・・・・・)

 

「お前なら」

 

「或いは、と思って、いたんだが、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゔぁるたー、さん?

 

 




それは、お伽噺でした。
漆黒のお伽噺でした。
しかし、今では。
否、ここでは。


――さて、例題です。

そして、回答です。

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