β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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難しい場面ほど書いててこれじゃない感がすごい出る。
でも、書いて、投げる。
なぜならこれで一区切りだから。
やろうと思えば時間を飛ばして次回原作編ですと言い張っても許される一区切りだから。
(一区切りついて)満足した。
むしろここで終わってもいいのでは(爆)


雷光のスクルディア

 例題です。

 いえ、是はおとぎ話です。

 

 むかし、むかし、あるところに、一人の王様がいました。

 ふるい、ふるい王様でした。

 王様は、人間の王様ではありません。

 炎が、水が、風が、土が、あらゆるはじまりにありし幻想を統べる王様でした。

 漆黒の都で、彼らをただ見守る王様でした。

 漆黒の玉座で、脆弱な人間をただ嘲笑う王様でした。

 ある日、神様が、『光あれ』と言われた日、幻想たちは影の中に消えていきました。

 

 王様も、また、幻想でした。

 しかし王様は、とても強い王様でした。

 王様の民達がもう耐えきれないと、世界から姿を消す中、ただ一人、漆黒の都の玉座に座り、この世界にあり続けました。

 ふるきものたちが、あらゆる幻想達が、或いは彼の真なる主である天上の月さえもが消えゆく中、王様だけは、世界にあり続けることを望みました。

 それが、ただ一人、孤高であり続けるということであったとしても。

 誰もいなくなってしまったとしても。

 王様は、そう在ることを選んだのです。

 

 そして、王様は一人になりました。

 ただ一人、玉座で微睡んで。

 これまでと何も変わらない、王様は、そう思っていました。

 ただ、見ていただけの王様です。

 幻想である彼は、愛など、希望など、人間が求める輝きというものを欲しません。

 彼はただ玉座に座って、闇の中で微睡むだけ。

 何も、何も変わりません。

 どうして彼が変わることがあるでしょう。

 彼は、そう思っていました。

 本当に、そう思っていました。

 

 ですが、いずれ人間は、未来に怯え、永遠の今日を求めるようになって。

 幻想の王たる彼は、それを闇より見つめて。

 彼らと、自分自身を顧みて。

 そして、そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……■■■は、すごいわ。怖いものなんて、ないのね。なにも……』

 

『じゃあ……おとぎ話の、黒い人(シャドウビルダー)は?』

 

『なあに、それ?』

 

『教会の牧師さまが、言っていたの。神さまがね……。光あれ、と仰った時に消えた、黒い影……。だから、黒い人(シャドウビルダー)は、明るいところにいる人間を、恨むの。怖いことをするの……。夜が怖いのも、そのせいなのよ』

 

『怖くないわ』

 

『……本当に……?』

 

『うん。だって、その人は、神様の言葉を聞いたのでしょ?』

 

『きっと言葉がわかるんだわ。それなら、うん、怖くない』

 

『話せるなら大丈夫! 友達を作るのは、得意だもの』

 

『ほら。ね。■■■■■とだって仲良くなれたもの。あたし、自信があるのよ』

 

『友達になれるわ。誰とでも』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って、微笑む少女の、影の中で。

 

 赤い瞳が。

 

 眩しそうに、歪んで。

 

 けれど。

 これは、辿り着かなかった物語。

 すべての希望は潰え、灰燼に消え去った物語です。

 だから、彼女は諦めて。

 言葉を伝えられないまま、死という闇に消えていってしまいました。

 

 

 

 

 

『ここまでか、■■■』

 

『お前なら』

 

『或いは、と思って、いたんだが、な』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから」

 

「もういい」

 

「ベアトリス。帰るんだ」

 

「帰り道は、俺がなんとかする。例えあいつが消えろと言っても」

 

「俺みたいな、わけのわからないなにかを。お前が、理解する必要はないんだよ」

 

「だから」

 

「僕は。ここまでで。いいんだ」

 

「報いるものなんて、返せるものなんて、何も、ないんだから」

 

 

 

 

 

 

 

「何故立つ」

 カドゥケウスの赫眼が、その不条理を睨んだ。

 黒の剣能の拒絶を受け、その身を刺し貫かれた女。

 既に、立ち上がる理由さえも失った女。

 果てなきものなど、尊くあるものなど、すべて、すべて。

 拒絶され、色も、かたちも失ったはずの女だった。

 だというのに。

「…………」

 ベアトリスは、立ち上がる。

 光の宿らない瞳のまま、力の入らない足で。

 震えながら、床についた手を離せず、しかし、それでも。

「折れた心で何をする。それとも無意識か、本能とでも言うつもりか」

 ただ無防備に、立ち上がるだけのベアトリスに、黒の王は再び剣を向けて。

「もういい」

「……ぁ」

 突き刺さる。

 ベアトリスの心臓に、漆黒の剣が。

 既に幾度それを受けただろうか。

 拒絶の剣が、彼女の心から、記憶から、彼の姿を奪い去って。

「……何?」

「…………ぅ、ぁ」

 だが、彼女は。

 胸に突き刺さる剣を、その手で掴み、離さない。

 あろうことか、剣が突き刺さったまま前へ、前へと進んでいく。

 進む度に、剣は深く食い込んで、剣に触れる手には茨が巻き付いて。

 それでも。

「何をしてる。もういいと言った。お前は、もういい。試すこともない。後は俺の気まぐれで、その総身消えゆく身だと。お前も分かっているはずだ」

 彼は、動かない。

 漆黒の剣を体そのもので抑え込まれている彼は、訝しげに、腹ただしげに睨みながら。

 しかし、動かない。

 ベアトリスは、刃を受け入れながら、ゆっくり、ゆっくりと、近づいて。

 もうすぐ手が届く、そこまで近づいて。

「忘れてしまえ。終わってしまえ。それが、人間の幸福だ。忘れられることこそ、脆弱な人間の特権なれば。そうしなければ、お前達は存在できない」

「いやです」

「! ……何を……」

 その言葉に、虚ろな目の少女ははっきりと否を返した。

「ほんとう、わかりにくい、ひとですね」

 おかしな話だ。

 幾度もの拒絶を受け、彼女は失っているはずなのだ。

 ヴァルターとの記憶も、かけがえのない思い出も、そこにあった暖かな色さえも、心の支えであった言葉さえも、すべて、失っているはずなのだ。

 眼の前にいるのが誰の姿なのかさえ、忘れているはずなのだ。

「でも、それでも、わかります」

 けれど、そのがらんどうの瞳は、目の前の姿を映して。

 手を伸ばそうとする、その先に。

「だって、よんでくれた」

 右手を、伸ばして。

 その先にある、彼に。

 確かにそこにいた彼に向けて。

「なまえを、よんでくれたじゃ、ないですか」

「…………ッ」

「わかり、ますよ。ええ、あなた、ほんとうのことしか、いってなかった」

「黙れ」

 近づいて、近づく度に、その瞳に輝きが戻っていく。

 力が、溢れていく。

 一体それは、何故なのか。

「貴方が、名前を呼んでくれるなら。私はそこにいる。馬鹿な私がいくら忘れたって、私はそこにいるから。こうして、また貴方の側まで来れる」

「黙れ、黙れ」

「思えば黒の王。貴方、律儀に私の事キルヒアイゼン(・・・・・・・)って呼んでましたよね。それは自分に許された呼び名ではないから、ですか? 大概ひねくれ者というか」

「黙れ、黙れ、黙れッ!!!」

「黙るのは『貴方達』だッ!!!」

 怒りのような、その実これっぽっちも怒りではない言葉を、真実怒りの言葉で吠え返す。

「何と言われようが、何をされようが! 私は貴方に手を伸ばす! 決めたんだ!」

「それがお前を殺してきたと、今尚気づかない愚か者が! なせるものか、そのような戯言が、何もなせるものかよ!」

「そんなんじゃない!」

「何が違う、炎の彼方に消えるザミエル・ツェンタウアをただ追い求めていた時と! 何もできなかったお前に、何ができる!」

「……ええ、そうよ」

 そして、彼女は手を伸ばす。

 雷の篭手、携えて。

 雷の剣、煌めいて。

 しかし、決してその刃を向けることはなく。

 

「ええ、そうよ。何もできなかったままじゃ、いられなくなったの」

 

 私の犯した罪は、心からの信頼において貴方の命に反したこと。

 

「だって、私。貴方に伝えなくちゃいけないことがある。心から溢れる言葉がある」

 

 私は愚かで、貴方のお役に立てなかった。

 

「もう我慢なんて、できないの。影を踏まずついていくのは」

 

 だから。

 

「恨みがましく黙ってついていくだけなのは、もうやめるの」

 

 だから――だけど。

 だけど、それでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから聞いて、ヴァルターさん」

『どうか戦友たちよ 私の言葉を聞いて欲しい』

 

「そこにいるんでしょう。ずっと、そこにいたんでしょう」

『九界を統べる樹の それを支える泉より 虹色の橋を駆け抜けて』

 

「貴方が何を言おうと、私、帰らない。消えたりしない」

『貴方の言葉を聞いた ならば呼べ 私は来よう』

 

「貴方の顔を見て、貴方の言葉を聞いて、私の言葉をぶつけないと、どこにもいけないの」

『幾度の滅びを目にしても 私は覚えている 輝きを持つものよ 嘗て見た尊き貴方に』

 

「そんな、影の中に隠れて居留守を貫くなんてずるい真似、許さないんだから」

『すべての栄光が滅び行く その運命の螺旋を打ち砕こう』

 

「絶対に許さないから、手を伸ばし続けるから」

『さあ今こそ戒めを解き放ち 我が翼の後へ 我が盾の中へ 我が剣の指し示す先に続け!』

 

「何度拒まれたって、その手を握りに行く、私、決めたんだから!」

創造(ブリアー)――未来世界(ウルザルブルン)極光の戦姫(アウローラ・スクルディア)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 回答です。

 

 少女は、その罪を捨てました。

 自らの罪の証を刃としていた少女でした。

 自らの罪の証を力としていた少女でした。

 その力で、想いを押し込めていた少女でした。

 

 罪を捨てた少女に、鎖を砕く力はありません。

 縋り付き、泣き叫ぶことしか出来ません。

 ですが。

 泣き叫ぶ彼女の声が、彼に届いて。

 彼は、知ることでしょう。

 彼女が押し込めていた想いを、本当の想いを。

 鎖とともに朽ち果てるはずだった彼は、鎖とともに朽ち果てるつもり(・・・)だった彼は。

 その言葉に、確かに揺り動かされて。

 

 刃を捨て、想いを叫ぶ彼女に、

 誰かが、言いました。

 

 

 

 

 

『それでいい』

 

『刃など、今はそこに置いておけ。何時でも拾いに行ける』

 

『お前達には権利がある。互いを想い、愛し、それを言葉にする権利がある』

 

『泣いて祈れば起きるような奇跡なんかいらない? 馬鹿を言うな』

 

『泣くことも、祈ることも忘れてしまった存在に、何がなせる。何もなせはしない』

 

『大切なのだろう? なら、先ずは存分に泣け。存分に叫べ。そして、それを否定するな』

 

『あらゆるすべては、そこから始まるのだから』

 

『だから、お前もいい加減応えてやるといい』

 

『女性を待たせるとは、紳士ではないな。■■■■■』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……お前……」

 輝きが、満ちる。

 それは雷の輝き、ではない。

 ものみな貫く死の舞踏ではなかった。

 聖剣は天を指し示すようにベアトリスの背に浮かび、その手を包む機械篭手(マシンアーム)は腕に突き刺さっていた茨を遮って。

 そしてその背には、幾何学的な形状をした、光の翼が。

 白い鋼の如き翼が、その背で花開いて。

「はぁぁぁあああああああああああああああッ!!!」

 咆哮と共に、光が溢れる。

 彼女の腕が彼の胸ぐらを掴んで、その手の内から溢れる光が、彼を包み込む。

「これは……はは、ははは、そうか、そうか! そう来たか! なんとも度し難い! これが雷で敵を焼くしか脳のない女だと、馬鹿を言え!」

 そして、剥がれ落ちていく。

 剥がれ落ちていくのは、色だ。

 黒の王、その髪の黒色と、左目を染め上げていたカドゥケウスの赫眼が。

 剥がれ落ち、溶け落ち、『本来の色』を取り戻していく。

「これは、魂の開放! 囚われた存在をあるべき流れへと還す、未来へ(スクルド)の導きか! 成程、これが宿業の先にある、この女の本来のかたち!」

 そして、黒の王はそれをさも愉快だと。

 口を喜悦のかたちに歪め、その瞳に僅かな、ほんの僅かな揺らぎを宿して。

「分かるか、ヴァルター! この女は、お前に手を届かせるために事ここに至った! その意味が分かるか! 諦めろ、お前の負けだ! ははは、はははははははははははは」

 語りかけるように。

 自身の内側にいる何者かに語りかけるように。

 そして、その体から漆黒が完全に分離して。

「…………」

「あっ……」

 抱えようとしたベアトリスの手を、すり抜ける。

 漆黒から分かたれたヴァルターの体が、空に溶けるように消えてしまって。

『ほら、あっちだ』

「!」

『よせよせ、言ったろう。あいつの負けだってな。俺を相手にしてる場合か?』

 そこには、黒い切り絵のような立ち姿の、赤い瞳の何者かが。

 漆黒の玉座を指差しながら、ベアトリスを見ている。

「黒の王……ですか」

『俺のことなんざどうでもいいだろう。おめでとう、お前の文句は依代に届いたようだ』

「どうでもいい、なんてことはないでしょう。だって貴方、最初から……」

 そう、最初から、だ。

 口は悪いし容赦はないし全然らしくないし黒いし、だがしかし、今は分かる。

 彼が自身をヴァルターの側面と称した意味が。

『俺はお前を殺すつもりだったよ? 確かに今の俺はヴァルターの形成したパーソナルデータを基準に動いているが、それでも明日を否定する黒の王である以上、お前がダメなようであればここで死んだ方がいいと思った。ここで折れるならこの先行き残っても無駄だし。まあ、それも、ヴァルターが邪魔しただろうけど?』

「……貴方、何がしたかったんですか?」

 だから、問う。

 彼の意思を感じ取れた以上、そこに付随する彼の意志によらない要素は、この黒の王によるものだと知ったから。

「どうして、私は貴方に『試そう』と思われたんですか?」

 その試しがなければ、自分は今ここにいないことを知ったから。

 その影の、赤い瞳に、ベアトリスは問いかける。

『……さてね。俺は這い寄る混沌であり、嘲笑う黒であり、ヴァルターの肉体を顕現体とした、いつか存在した仮面の道化とも、結社のハイ・エージェントとも異なる分かたれた欠片だが』

 遠く、遠く、空よりも、宇宙よりも遠い何処かへと、視線を向ける。

 もう届かないどこかに、赤い瞳が向けられて。

『例えば、俺の中に、諦めない誰かを探し求める黒い男の記憶があって。その記憶の中の誰かが、何となくお前に似てたのかもしれないな。あの日、怪異共の只中に放り込んだどこまでも脆弱なあの女。その足の血を流しきって、終ぞ走れなくなるまで、決して諦めなかったあの女』

 その瞳は、眩しげに歪んで。

『■■■・■■■■■・■■■■■。俺は、あいつの……は、依代の影響かね。これも。こんならしくない黒の王は前代未聞だろうよ』

 やがて、追い払うようにベアトリスに対し手を振って。

『さっさと行けよ。また引き篭もる前にな』

「……そうですね。じゃ、ちょっと、彼のこと持って行きますね」

『ご勝手に』

 そして、ベアトリスが駆け出して。

 黒の王は、それを見送らず静かに消えて。

 その道を阻むものは、もう、ない。

 どこにもない。

 そこには、漆黒の茨に埋もれる玉座があって。

「…………はぁ」

 ベアトリスが、機械篭手の両手で茨をかき分ける。

 こじ開けて、ねじ切って。

 そして、その奥にあるものを引き摺り出す。

「ヴァルターさん」

 その身を茨に繋がれた男が。

 瞼を閉じ、茨に呑まれていた男が、ゆっくりと目を開ける。

「……馬鹿か、お前は。こんな所まで来て」

「ええ、馬鹿です。でも貴方は大馬鹿です。この大馬鹿」

 力なくそう言うヴァルターに、ベアトリスはぴしゃりと返す。

「何で来た。本当に、死ぬところだったんだぞ、お前。ザミエルを、ヴィッテンブルグ少佐に戻すために戦うんじゃなかったのか」

「そうですね。けど、仕方ないじゃないですか。貴方を失いたくなかったんだから」

「積年の渇望と、黒円卓に飛び込んだ理由と、比べるようなことか。俺みたいなやつが。諦めればよかったんだ。本当に大切な一つを、見失うことが」

「私、欲張りだから。大切なもの一つだけなんて、決められません。全部、全部欲しいんです。その先にあるかもしれない未来も、全部」

「俺にそんな価値はない」

 そして、再び目を閉じようとするヴァルターの頬に、ベアトリスが手を触れて。

「私は、貴方を愛しています」

「それは、間違いだ」

 力が、僅かに戻る。

 しかし、それは歯を食い締め否定の言葉を絞り出すための力だった。

「間違いなんかじゃない、私が決めたの。貴方が、私の気持ちを語らないで」

「あるものか。お前だって分かってるはずだ。俺は蛇の欠片で、黒の欠片で、人を人とも思わない色褪せた何かだ。俺が今まで、お前に対し心から応えたことがあったか」

 ない。

 ヴァルターに他者と共感する機能は備わっていない。

 そもそもまともな心さえ、備わっていない。

 すべて、すべて、偽物だ。

 だから、線を引いてきた。

 その線を越えようともせず、迎えようともせずに。

 そこに触れないでくれ、俺はそういうやつだから、と関わる人々に伝えるように。

「なり損ないの嘘で固められた何かに、愛なんてものを抱かないでくれ。それはもっと別の」

「それでも、私は貴方を愛してる」

「何で――」

「貴方のこと、分からなくても! 貴方が、私のことを分からなくても! それでもいいって思ったの! そんなこと、些細な事だって思ったの!」

 引き摺り出す。

 茨に埋まっていた腕を引き摺り出して、その手を取って。

「心からの何かじゃなくても。ううん、違うわ。心からの何かがなくても、貴方は私を尊重してくれたから。カテリナさんだって、きっと何度も言ってるわ。それが貴方の心なんだって。だから私も、貴方にそう言うの」

 瞳のふちに、一滴の涙を溜めながら。

 ベアトリスは、想いを吐き出して。

「私の胸の中の想い。ひょっとすると、違ったのかもしれない。でも、今更よ。私、決めたんだから。この気持ちの名前は『愛』がいいって。私の命と同じくらい、あの時貴方を助けたいと思ったんだって」

「……俺は」

「貴方がいくら拒んだって、私、待ち続けるんだから。希望することだって、やめないわ。ずっと、ずっと。離れてだってあげない。貴方が自分を偽物だと叫ぶ度に、私は貴方を本物だって叫び続けるの。だから」

 もう、迷いはない。

 だから、その瞳をまっすぐに見つめて。

「貴方を愛してる。好きよ、ヴァルター。ずっと側にいて欲しい。だから、帰ってきて」

「…………」

 閃光の様に真っ直ぐな輝きだった。

 瞳、合わさって、揺らいで。

「…………だめだ」

「……ッ! 私は」

「ここまで言われて、拒む言葉を見つけられない。僕の、負けだな」

「え……」

 困ったように、しかし、微かな笑みをこぼして。

 ヴァルターは、頬に添えられたベアトリスの手に触れた。

 その瞳の中の最後の揺らぎを、ベアトリスは見て。

「ご覧の通り、誰かの真似をして生きてきた男だ。それでもいいのか?」

「……はい。そんなことは、問題じゃないから」

「お前に向けるべき感情が、俺には分からなかった。それでもいいのか?」

「それは、お互い様です」

「どうにも惚れっぽい性質のようだから、お前が他の誰かでもそうしていたかもしれない」

「でも、今ここにいるのは私です」

「……お前の行く道に、俺は共感出来なかった。それでも」

「それでも、助けてくれるんでしょう?」

「……ああ、ああ。そうだな、その、通りだ」

 そうして。

 観念したかのように、或いは、満足したかのように。

 目を閉じて。

「なら、俺も、そうするか」

 そして、茨も、玉座も何もかもが。

 真っ白な光の中に、消えていった。

 

 

 

 

「んぅ……?」

 目を覚ます。

 ここはどこ、私は誰。

 そんな定番の文句が頭を過るのは、ここ最近変なところに飛ばされまくってたからか。

 ベアトリスは目をしぱしぱさせながら頭を振る。

「おはよう、ございます?」

「ん。おはよ」

 誰に向けていったわけでもない言葉だったが、それに返答が帰ってくる。

 振り返ると、そこには。

「あ……」

 その顔を見て、徐々に思考が戻ってくる。

 そしてここが現実であることも、実感する。

「……世話、かけた。その、なんだ、先ずはだな」

「ヴァルターさんッ!!!」

 一も二もなく、飛びついた。

 シャツの胸元に頭から飛び込んで、掴んで。

「よかった、よかったよぅ……」

「お、おま……」

 時間牢獄への突入から、時間からいえば短い間だったのかもしれない。

 しかし色々なことがありすぎて、ベアトリスにとっては終戦からの五年に匹敵する長さだった。

 語りたいことも、今は激情に押し流されてうまく言葉にならず。

 なので、この場における著しく重大な問題は、ヴァルターの口から言われることになった。

「ベアトリス、ベアトリス、まずは落ち着いて、自分の状況を顧みてくれ」

「はい?」

「いいから、はやく、シーツでもなんでも巻いて、脱ぎ捨てた服に、着替えてくれ、頼む」

「……え」

 そして、ようやくベアトリスは把握した。

 自身の今の状況。

 

 上から下、全身に至るまで、何も纏ってない全裸の自分を。

 

「………………!!!??? ひゃあああああああああああああああッ!!!???」

 ベアトリスは飛び退いた。

 瞬く間に布団の中にすっぽり身を隠した。

「な、ななな、なんで、なんで」

「何でって……俺より自分が理解してるだろ。その……」

「あ、ああ……わ、私、あのまま」

 そう、それはヴァルターの魂の世界に落ちる直前のこと。

 その直前に、自分は何をしていたか。

 魂のパスを繋げるためとはいえ盛りまくった挙句、気絶したことをベアトリスは思い出した。

「というかヴァルターさんが先に起きて服着てたってことは……見ました!?」

「見た。悪いが回避は不可能だった」

「ぎゃああああああ何で見るんですか何で見るんですか!」

「仕方ないだろ完全に密着してたんだから。まあ、何か言うことがあるとすれば」

 ベアトリスの潜り込んだ布団の上からポンポンと、撫でるように叩いて。

「不意打ちなのは悪かった。綺麗だったぞ」

「あ、はい……ってそうじゃなくて!」

「いいから、着替えろ」

「うう……」

 布団の中から腕だけを伸ばして、脱ぎ捨てた軍服、ズボンとシャツ、下着を回収する。

 そしてベアトリスは布団にくるまったままもぞもぞと器用に服を着替え始める。

「まあ、今更だと思うけどな。やっちまったことを思えば」

「全然今更じゃないです! だって、だって、その、あの時は先輩の意識は無かったし……」

「なら、またしっかりやり直すか?」

「ひぇ、な、何でそんな話になるんですか! 何か、エロい! さっきから先輩エロいですよ!」

「俺に随分な啖呵を切ってくれた女傑はどこに行ったのか」

 呆れながら頭を振るヴァルターを、とりあえずシャツとズボンを着終えたベアトリスが布団から頭を出して睨む。

「何だよ」

「それはこっちのセリフですよ」

「おかしいか?」

「おかしいです」

「まあ、だろうな」

「だろうなって……」

「色々あったからね、()も。吹っ切れたのさ」

「ひゃっ」

 わしゃりと頭を撫でられて、ベアトリスは狼狽した。

「分からなくてもいいって、そんなことは問題じゃないって言ってくれた誰かがいたから。なら、それでもいいかと思ったのさ。わけのわからないやつは、やっぱり嫌か?」

「……嫌じゃないです。でも、驚きます。困りもします」

「そっか、じゃあ、なるべく『俺』でいるか」

「……別に遠慮して欲しいわけでもなくて。その……」

 色々と、言葉を選ぶ素振りがあって。

 ちらりとその顔を見ては、また言葉選びに戻る。

 そんなことを何度か繰り返して。

「……やれやれ、じゃあ、こっちから言わせてもらうとだ」

 ベアトリスから視線を外し、背を向けて。

「あれだけ言われて尚、だなんて、自分でも思うけれど。俺から離れた方が、身のためだ」

「……ヴァルターさん」

「俺は。お前のために何ができるかなんて。考えたこともなかったし、今も未だ分からない。いつか、後悔することも」

 それを遮って、ベアトリスが言う。

「……何時か、私に言いましたよね。待て、しかして希望せよって」

 布団を抜け出して、緩いシャツ姿のまま、その背中によりかかる。

 おろしたままの長い金髪が、ヴァルターの腕を擽って。

「だから、私も貴方に同じことを言います。待て、しかして希望せよ。貴方が、私にそう言ったから。私は貴方を待つ、希望し続ける。貴方も、そうして欲しい」

 先の羞恥も抜けきって、ベアトリスは目を閉じたまま小さく微笑む。

 背中と頭で感じる体温を受け取りながら。

「言い出しっぺはそちらなんですよ? こればっかりは守ってもらいますからね。私みたいなのを構ってしまったのが悪いんです。今更嫌がったって、絶対に離してなんかあげません。だから」

 心地よい風が吹き抜けたような。

 互いに、そんな気がした。

「私のためにできること、その一。先ずは、ここにいて下さい。それだけで、幸せです。私」

「……分かった。ベアトリス」

 帰ってきた最愛の人に、そうあって欲しいと望んだ人に、ベアトリスは隣り合い。

 そして、改めて、帰ってきたことを噛み締めて。

「なあ、ところで。ここはどこ? アルフレートの研究所と構造が似てるような気もするが」

「え? ああ、そうですよ、確かナウヨックス少佐はヴンダーカンマーⅡとか――」

 そう言いかけて、ベアトリスの時が止まった。

 気づいてはならないことに、しかし何れは気付かなければならないことに。

「……あー」

 遠い目をし始めるヴァルター。

 そして、ベアトリスの硬直が解けて。

 恐るべき速さでベッドから飛び降りたベアトリスは周囲を確認する。

 倒れた椅子。

 床。

 机。

 いない。

 あの畜生がいない。

 私がその、あの、事に及んでしまう直前に力尽きてノックダウンしたはずのやつが。

 それをようやく認識したベアトリスの頭上から、ウィーンと機械音が鳴る。

『あ、やっと気づいた? あのねえ。放置される方の身にもなってくんない?』

「な、な、な、ナウヨックス少佐……」

『今回は無罪を主張させてもらうよ。ねえねえエロトリスさん。僕がぶっ倒れてる片側でおっぱじめおったド淫乱エロ戦乙女さん。ヤる前に僕を部屋から出すって発想はなかったの?』

 まあ気が動転してたんだろうね、わかるわー。

 そんな気の抜けた声が天上のスピーカーから響く。

 ヴァルターは目頭を押さえ、ベアトリスはわなわなと震えた。

『僕が目を覚ました時の気持ち分かる? 数年来の相棒とその後輩が。全裸で結合したまま寝落ちしてるのを起き抜けに目の当たりにしたんだよ??? そして今こうしてピロートークまで聞かされちゃってさ。ねえ今どんな気持ち? 君じゃないよ、僕の気持ちだよ』

「うぐ、うぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……」

 怒りと申し訳無さの狭間にいた。

 いくらアルフレートが屑のクソ野郎だからといって、やらかした具合を客観的に顧みれば自分のほうが上だったのだ。

『まあ、それはそれとして、此処は全室監視カメラ付きだから君のやらかし大全は全部消さずに保存しておくんだけどね!!! これを以て罰とします!!! 全部許すよ!!!』

「おい待てふざけんなこら――!!! 消せ、消せ!!!」

『い や で す 残 念 で し た ! バックアップは既に拡散完了、この研究所を全損させても無意味だぁ……悲 し い なぁ……』

「……創造(ブリアー)――」

「おいベアトリス」

『あの、今ふっ飛ばしても無意味だっていって、ちょっと?』

 

 この日。

 アルフレートの第二研究所、ヴンダーカンマーⅡはその区画の五分の一が吹き飛んだ。

 

 

 1950年 花開く春にて ベアトリスの愛、そしてヴァルターの帰還

 

 

 




宿業、両断。










ベアトリスの聖遺物がランクアップしました。真・創造が発現しました。

戦雷の剣帯(スールズ・リュストゥング・ワルキューレ)
スールズ・ワルキューレと■■■・■■■の機械帯(マシンベルト)が悪魔合体した姿。
それ自体が神秘の雷を生成する機械帯(マシンベルト)と、生成した雷を調整、移行する機械篭手(マシンアーム)が聖剣に接続し雷を供給する。
アームの強度も高く、これまで行えなかった拳闘による接近戦も必要とあらば可能。
総じて汎用性が向上したが、その分使用者も忙しなくそれらを使いこなす必要がある。


未来世界(ウルザルブルン)極光の戦姫(アウローラ・スクルディア)

本作におけるベアトリスの雷速剣舞が進化した真・創造。
その渇望は「戦友の魂を、意思を、あるべき場所に導く」という、ベアトリスにとっての魂を還す場所を加味された創造へと変化している。
戦乙女の本懐を成し遂げる真・創造。
発動時は背に幾何学的形状をした光の翼が展開される。
グラズヘイムを瓦解させる三つの鍵の一つ、スクルドの導き。

ウルザルブルンは世界樹を支える泉。
スクルディアはウルザルブルンより来る運命の三女神の一人、未来を司るスクルド。
スクルドは同名の戦乙女がおり、同一存在であるという説が存在する。
即ち、正しい未来に導く極光の戦乙女の意。

発現した能力は「接触した魂を開放しあるべき場所に還す」こと。
対象への接触に成功した瞬間、そこに『本来この場にあるべきではない魂』があるならば、一番外側にある魂から順繰りに昇天させる。
その特性上、他者の魂を蓄えるエイヴィヒカイト、その相似能力に対する超強力な特攻となる。
極めて強固な統率がなければ抵抗は不可能。
尚、この特性によってベアトリスは自身の中に魂を蓄えることができなくなる。
必然、以降は自身の魂一つで戦う必要が出てくる。


詠唱

『どうか戦友たちよ 私の言葉を聞いて欲しい』
『九界を統べる樹の それを支える泉より 虹色の橋を駆け抜けて』
『貴方の言葉を聞いた ならば呼べ 私は来よう』
『幾度の滅びを目にしても 私は覚えている 輝きを持つものよ 嘗て見た尊き貴方に』
『すべての栄光が滅び行く その運命の螺旋を打ち砕こう』
『さあ今こそ戒めを解き放ち 我が翼の後へ 我が盾の中へ 我が剣の指し示す先に続け!』

作成資料:『古エッダ』より『巫女の予言』、黄雷のガクトゥーン










ヴァルターの創造位階が発現しました。

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