β Ewigkeit:Fragments   作:影次

19 / 41
やりたい部分が終わった。
これで容赦なく合間を端折ってフラグメント投げられると思うと心が軽くなるよね。

というわけで今回のフラグメントは

1:こいつが味方だなんて何時言ったっけ???
2:四国を喰らうもの リボルケイン爆誕フラグ
3:拝啓、愛する家族へ(雷光)

の三本になります


Fragments:幕間、月明かりの下

「さて、はい」

 ヴァルターが目を覚ましてから数日。

 ところどころ焼け焦げた一室で、三人が机を囲んでいた。

 危難は一先ず越えたものの、三者三様消耗しきっていたため休息と様子見を繰り返しつつ、合間に相談するべきなのは今後の立ち振舞いだ。

 アルフレートが音頭を取り、ヴァルターとベアトリスに言葉を投げかける。

「御存知の通り僕らはベルリン陥落の段階で黒円卓に反旗を翻そうとしてたわけだけど、その計画は副首領閣下によって未然に阻まれたわけです。それ以外の団員にその行動が割れてないかつ、その行いの周知もされてないってことは、現状僕らは未だ黒円卓の一員であるってことだね。それを踏まえて、ヴァルターはどうする?」

「色々と思う所はあるが。俺の、ハイドリヒを阻むという目的は変わってないよ。とはいえ、あいつがグラズヘイムに登った今、現世の団員と敵対した所であいつの降臨が先延ばしになるだけだ」

「次のスワスチカが満ちるまで待つかい?」

「まあ、そうなるな」

 極めてシビアにそう結論する。

 彼は、決して正義の味方ではない。

 国の軍人として血を啜った身分が、黒円卓の暴虐に憤るなど今更な話。

 ただ、その先にあるさらなる脅威のために、彼はここにいる。

「じゃあ、戻る? 戻らない?」

 現状、失踪及び暫定死亡扱いのヴァルターの立場は宙に浮いている。

 このまま戻らなくてもいいし、戻ってもいい。

「戻らない。俺はその時まで消える。それが一番いい、誰にとってもな」

「だろうねえ」

 戻った所で監視の目が増えるだけ。

 なら、そのままのほうが都合がいい。

 首領代行、ヴァレリア・トリファは抜け目がない。

 正面切って数十年をやりあうのは時間の無駄というものだろう。

「じゃあ、私も」

 戻らない、といったヴァルターにベアトリスが追随する。

 見失ったものを取り戻した彼女が、ヴァルターについて行かずあんな所に戻る理由はなく、しかしそれは跳ね除けられる。

「あ、ベア子ちゃんはダメ。少なくとも今はね」

「なッ」

「僕が連れ出した矢先に失踪、なんていう形式は少なくとも避けたいんだよ。クリストフ相手にどこまでごまかせるかは分からないけど、極力怪しまれる材料は少ないほうが好ましい。こっちからも流れを誘導しやすいし。そういうわけで、君は諏訪原に戻ってもらうよ」

「む…………」

 正論だった。

 連れ出した矢先消えた、となれば何かがあったと喧伝しているようなもので。

 いわんや、追跡網が構築される恐れもある。

「ま、僕としてはそうだねえ。ヴンダーカンマーの区画の幾つかを隠れ家として提供してあげてもいいよ。君達とはまだまだ縁が続きそうだ。協力しようじゃないか」

 ろくろを回しながらケラケラと笑うアルフレートを、ベアトリスは怪訝な目で見て。

「ナウヨックス少佐」

「なーにー?」

「十歩譲って、貴方が、ヴァルターさんに味方することについては、信じます。けれど、聞いておきたい。貴方は、一体どういうつもりでいるんですか?」

「…………」

 そして、切り出す。

 アルフレートは押し黙った。

「快楽主義の愉快犯なのは百も承知ですが、それでも。何か、あるんじゃないですか?」

 無二の相棒、魂の兄弟、とヴァルターを呼ぶ男。

 しかし道化っぷりも度が過ぎれば、その下に何かがあると言っているようなもので。

 それは、あの首領代行にも通じるものがある。

 故に、ベアトリスは聞いた、これまで直接は聞いてこなかったことを。

「……ベアトリス、こいつは」

「ヴァルターさんが聞かないのは、いいです。だから、私が聞きます。何であれ、ここで少佐の答えを聞いておきたい。答えてもいいし、はぐらかしてもいい。私、貴方に対しては分からないままでいいなんて言えるほど甘くないので」

「…………」

 ヴァルターはアルフレートに対して、甘い。

 正確には、事が起きてもかまわない、とさえ思っている。

 想像よりも遥かに、彼はアルフレートを許し過ぎている。

 許す、ということに関して、ヴァルターのすべてを許したベアトリスの言えたことではないかもしれないが、それでもベアトリスは声を上げて。

「…………にひ」

 それに、アルフレートは小さく笑った。

「いいね、それでいい。それが君の役割だ。ヴァルターじゃ出来ないことだろう」

 アルフレートは椅子を降りて、ベアトリスに近づく。

「そうだね、君の現状認識に際して一つ、言えることがあるとすれば」

 そしてその肩を叩き、耳元に顔を寄せ。

「…………」

 小さく、何かを呟いて。

「!!! 貴方は……」

「じゃ、今日のところはお開き。二人共寝てた割に恐ろしく消耗してるみたいだし、暫くは安静安静。力を取り戻すことだね。……僕も吹っ飛んだ部屋を直さないといけないし」

 そして、背を向けながら手を振り、出て行く。

「…………」

 それを、ヴァルターはただ見送って、ベアトリスは険しく見送って。

 その言葉が、囁かれた言葉をベアトリスは頭の中で反芻する。

「……ナウヨックス少佐。どういうつもりですか」

 黒の夜明けは来たり。

 しかし、月は未だ光を知らない。

 

 

 

 

「さて、これにて一区切り、ってところかな。今回は」

 ヴンダーカンマー、そう名付けられたアルフレートの基地は、広大にして観測不能。

 幾多もの区画に分割され、その全貌を知るのは今は彼のみ。

 来賓用の区画は勘気のままに暴れた戦乙女によって焼け焦げたが、本当に重要な部分は秘匿されたまま、侵入さえも許してはいない。

 思考に働きかけ存在すら認識的ない道を、アルフレートは進む。

 合間の扉に銀時計を掲げ、その封を解いて、深く、深く、深淵へと。

「ふ、くっくっくっく」

 辿り着いた部屋は、暗がりの中に水の光のみがぼんやりと漂う場所だった。

 人一人を収容できる程度の大きさのカプセルが、暗がりの中にあって確かに駆動していることを証明するように、歯車の音と蒸気の音を鳴らし点滅している。

 アルフレートは、その隣にあるコンソールを叩きながら、

「チク・タク、チク・タク。ああ、今宵も時計の針は進む」

 鮫の如き笑みを浮かべ、冒涜の口上を呟く。

 チク・タク、チク・タク、イア・イア。

機関(エンジン)異常なし。機関(エンジン)異常なし。我らの願いは正しく進み続けるだけ」

 カプセルが、開く。

 水の引く音と蒸気の漏れ出る音、封じられていた境界が開いて。

 その奥にいる何者かが見て取れる。

「再起動を確認。調子はどうだい? 哀れな僕の親指くん」

「……相も変わらず。最悪の気分だよ。ナウヨックス」

 カプセルの奥に横たわっていたもの。

 それは、男だ。

 猛禽の如き目を持った、長身の男だ。

 男は眠たげに、憎々しげに、アルフレートを横目で睨む。

「ひひっ、君が完成していれば、時間牢獄に帯同するのも面白いと思ったんだけどね。どうやらまだまだ出番は先らしいよ、運命じゃなかった、ってことだろうねえ」

「…………」

 愉快、愉快。

 アルフレートはそのような面持ちで男を誂う。

 男は、憎々しげな視線は崩さないまま、それに応えない。

「カプセルの中でしっかり見ていただろう、聞いていただろう。どんな気持ちだい? 積年の想い、君がこうして恥を晒している原因が、ああも掠め取られてしまった感想は」

「黙れ」

「そう、なんてったって彼女は君の――」

「喚くな」

「つれないねえ」

 その腕は動かない。

 その足は動かない。

 しかしその瞳だけは、視線で射殺してやろうと言わんばかりに歪む。

 冷え切った肉体の中に激情を宿す男が。

 最早、人間ではなく、鋼鉄となってしまった男だ。

 あの日、そう、ベルリンが燃えたあの日に。

 忌まわしい時計の響きに絡め取られ、不運にもそれを見られてしまった男だ。

 今や時計の針に触れる親指でしかない、滑稽なる記憶(メモリー)の男だ。

「さて、とはいえ君が動けるようになる日も近い。祭りは逃したものの、この腐るほどある数十年の一年も無駄にする気はなくってね。色々と働いてもらうよ」

「ふん。俺に拒否権などないだろう」

「まあね。嫌なら錆に還ってもらうだけだし。それに、君は拒否なんてしないだろう?」

「…………」

「君的に、どうだった? 今君はどんな気持ちでしょう?」

 男は、安堵と、憤怒を抱えて。

 それをあらゆる全てにぶつけながら、抱えて。

「……俺は、見た。確かな輝きが、まだそこにあったこと。あれが、まだ堕ちきっていないこと。そのきっかけとなったのが、あの男であること。ああ、未だ希望はあった。そしてそれ以上に、許せんよ。それが、俺ではなかったことに。そして、あれが魔の道をゆくことは変わらないことに」

 その怒りは、誰に向けられたものか、それとも自身に向けられたものか。

「矛盾だ。今や同じ穴の狢に堕ちた俺が。堕ちてしまったからこそこのようなことが頭をよぎる。この忌々しい、体のうちを巡る機関の音。いっそこの手で心臓をえぐり出せたなら、どれほど楽になることか」

 ぎ、ぎ、ぎ、とその両手を掲げる。

 そこにあるのはヒトの肌の色ではない。

 鈍色の、鋼鉄の色。

「今なら未だ、間に合うよ? 君のお陰で生体の機関人間(エンジン・ヒューマン)化技術は安定した。君がダメでも次を探せるさ」

 アルフレートが、問いかける。

「……できない。俺は、未だ、死ねない」

 男は、答える。

 そう答えることを、アルフレートは知っていた。

 だからこそ、選んだのだ。

「全て、全て、貴様の目論見通りだ。俺は死ねない。そして、俺は成し遂げられない。俺の歩みは、今ここで終わってしまった。俺はもう、どこにもいけない」

 鋼の腕。

 嘗て己の全てだった腕は失われた。

 己の存在意義を、既に失っていた男であれば。

「貴様の鋼の導きのみが、俺を動かす。邪悪なる鋼鉄の悪魔よ。貴様だけが、我が魂の残響を、世界に響かせる。そうだろう」

「その通りだ。僕の親指である限り、君は成し遂げることができるだろう。鋼鉄に焼き付いた影の分際が、その証を刻めるのさ」

 それを拾い上げたの例え悪魔であろうとも。

 ただそれだけが、男を動かす。

 それを分かっているからこそ、アルフレートは笑う、笑う、嘲笑う。

「世界を諦めたものにこそ、黄金螺旋階段の先に辿り着く権利がある。さようなら、そしておめでとう。お誕生日おめでとう。そう、君は見るだろう。嘗て君が夢見たその続き、嘗て君が夢見なかったその続きを」

 ははは、はははははは、げらげらげら。

 その諦めが、何と心をくすぐることか。

 潤滑油が流し込まれたかのように、止まらない、止まらない。

 否、それは。

「だが、貴様は」

「んー?」

「貴様は、どうする」

 その様子を、男は見て。

 問いかける、先ほどとは逆に。

「邪悪なる鋼よ。貴様が友と呼ぶ、あの男」

 問わねばならない、決定的な部分があった。

 この、正気と狂気の狭間をたゆたう男に。

 魂など、友情など、幻の如く揺らめきながら、未だそれを守り続ける男に。

「殺すのか」

「…………」

 アルフレートは、即答しなかった。

 即答、できなかった。

「……さあ?」

 呆けるように、絞り出すように、出てきたのはそんな返答で。

 その瞳をガラス玉のように、人形めいた振る舞いでアルフレートは。

「分からないな、分からない。今の僕がもうだいぶおかしくなってることは分かってる。ルフランが起こる度に、時計の針をこの身のうちに取り込む度に。僕の心の中にある狂気に、歯車が噛み合っていく。既知感、そう、既知感だ。双首領閣下たちのいうそれとは大分違う自覚があるけれど。世界を壊したいという原初の思いと、あいつを見続けていたいという思いが全部全部ないまぜになっていくんだ……」

 その表情がぶれていく。

 アルフレートが、他者になど絶対見せようもない、ただ傍らにあるのが鋼だからこそ、鋼でしかないその男はそれを見る。

「ああ……僕は逃れられない……理屈じゃない、もうひとりの僕……ヴァルター、ヴァルター、こんなにも君に手を伸ばすのに。今や、君を殺したくてたまらない!!! 全てを成し遂げるであろう君を殺した瞬間、僕はどうなるんだろう!!! そう思う僕がいる!!!」

 その瞳、右の瞳が真っ赤に染まり、双頭の蛇が顕れて。

 カドゥケウスの赫眼が、狂気のままに煌めいて。

「僕は逃れられないのか! 水銀卿、高くある君の言葉から! 果たしてその男は裏切りの宿業をどこに持っていくのか! 興味深いとは思いませんか!!! ははは、はははははは、げらげらげらげらげらげら!!! 分からない、分からないなあ!!! あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは」

 その狂気を聞き届けるものは、今は、未だ。

 アルフレートと、男のみ。

 今は、未だ。

「滑稽かな、滑稽かな! そんなものさ、君も、僕も、全て、全て、あらゆるものが! そうだろう、哀れなる■■■■■■■■■君!」

「……哀れな。哀れな男だ。蛇に魅入られた男、最早、その毒を抜くことは出来まいよ」

 

 

 ヴンダーカンマーⅡ 明るみと暗がりの狭間にて アルフレートの、

 

 

 

 

「トバルカインが壊れたあ?」

「ええ、まあ。死体ですもの、いつかは壊れるわ。これまでメンテナンスで持たせてきたけれど、これ以上は無理ね」

 素っ頓狂な声を上げるアルフレートに、リザは淡白に答える。

 聖槍十三騎士団黒円卓第二位、トバルカイン。

 黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)の担い手にして、魂を喰われた櫻井武蔵の成れの果て。

 死人となって尚聖槍に喰われ続け、その死体をリザ・ブレンナーによって操られる肉人形。

 その力のみであれば現世に残留した騎士団の中でもトップクラスだが。

「私のメンテナンスで劣化を限りなく抑えることは出来ても、無にしてるわけじゃないわ。使えば使うほど痛むし、修復はされない。この間、とうとう体幹部分に致命的な亀裂が入ったの」

「じゃあ、トバルカインはどうなるの?」

「壊れたカインのことを言っているのなら、もう終わり。次のカインのことを言っているのなら、貴方も分かっているのではなくて? アルフレート」

「櫻井一族の誰かに、呪いが移るって?」

「ええ、今のカインが決定的に壊れた以上は。今の肉体を破棄次第、次の所有者を探し始めるでしょうね。あの呪いに相応しい血と渇望を兼ね備えた、誰かを」

「ふーん……」

 現在の櫻井家の状況を顧みれば、選ばれるであろう存在の目星もつく。

 その中に年若い少女さえも含まれていることに、リザは憐れみつつも何もしない。

 カインの贄となる誰かに思うことなど、ない、あってはならない。

「…………」

「……何?」

 アルフレートがじっとリザを見つめる。

 その研究対象を見つめるかのような素朴な顔をリザは居心地悪くも見つめ返す。

「ねえねえバビロン」

「だから、何? 貴方今度は何を企んで」

「壊れたっていうトバルカイン、見せて」

「はい? 一体どういう」

「いいからいいから、何ならクリストフを連れてきてもいいよ。疚しい所は何もないからね」

「…………」

 にんまりと笑うこの男の言う通りにしていいものか。

 リザは、アルフレートとは黒円卓に入る前からの間柄だ。

 レーベンスボルンに出入りする諜報員の一人、怪人。

 その企みがあらゆる者の利となり、あらゆる者の害となる、そういう人物だ。

 道化のような振る舞いをされると絆されそうにもなるが、基本的に味方であろうと心を許してはならないタイプの存在だ。

 しかし、リザから見て今のアルフレートに何らかの邪念は感じず、またヴァレリアが帯同しても構わないとまで言っている。

 それを顧みて、結論を出した。

「……まあ、いいけれど。わざわざ壊れた死体を見たいだなんて、悪趣味ね」

「バビロンが言えたことじゃないね。ひひ」

 懐から地下室への鍵を出し、先導する。

 教会にあるまじき、暗がりの地下。

 トバルカインを幽閉する地下牢があるそこへ、リザとアルフレートは向かう。

「で、一体何をするつもりなの」

「まあ、それは見てから決める。ダメかも知れないしね」

 土の下、湿気の満ちる道を二つの靴音が進む。

 カツ、カツ、と暫しそれだけが響いて。

「ここよ」

 そして、辿り着く。

 その鉄格子にかかった鍵を開け、中に入ると。

「わぉ」

 巨大な、死体。

 否、それを死体と言っていいものか。

 肉から何もかも、歪み、捻じれ、おぞましい怪物となった肉の塊が。

 腹部に大きな亀裂の入った肉の塊が、そこに倒れ伏していた。

「見ての通り。後はもう朽ちるだけ。四肢を繋ぎ止めても、要がなければ意味は無いわ」

「……んー」

 その悍ましき死骸、トバルカインに、しかしこの場にそれを物怖じする者はいない。

 アルフレートは気軽にそれに近づき、ごろりとひっくり返す。

 不用意に胴体を叩いたり、腕や足の具合を確かめているようだった。

「ねえねえバビロン。確認するんだけど、今のカインは『完全に壊れた』んじゃなくて『もうすぐ壊れる』って状態だよね。次動かしたら腹部の亀裂から崩壊していくけど、両腕両足その他もろもろは肉体的に見れば破損はない」

「そうだけど……そんな事実に意味はないわ」

「いや、これはこれは……」

 もう一度、トバルカインをひっくり返し、亀裂の中を覗き込む。

 透明な視線がその内部を見透かしているような、そんな雰囲気さえ感じられる。

 やがて、アルフレートが悪い笑みを浮かべて。

「ねえバビロン。君の能力だけどさ。死体を操るって、厳密にはどこまで死体なんだろうね」

「どこまで?」

「そう。例えば事故で四肢を失った人間の死体があるとして。生前そいつが用いていた義体が仮に、仮にだよ? 本物の手足そのものと遜色なく動かせるものだとして。君の能力は死体の肉の部分のみを動かすけれど、付属する義体も同様に動かせると思う?」

「……操る規模にもよるけれど、私の死体操作は、手足の物理的操作は勿論、生理現象も掌握するわ。仮にそういった機器が存在して、それが人間に動かせるもので、死体に取り付けられてるなら、付随するそれらを扱い機能させることも不可能じゃない。けれど、手足を失った死体、なんてもの自体が論外よ。そこまで損傷してしまった死体に仮に別の手足を付けた所で、すぐに朽ちるわ」

 そんなことは机上の空論だ、とリザは断じる。

 しかしそれを聞いたアルフレートはその笑みを一層悪くする。

「オー。つまり削がれた部分から肉が朽ちるっていう根本的な問題がどうにかなれば行けるわけですね。これは楽しくなってきましたよ」

 トバルカインの髪を掴み、持ち上げる。

 その醜悪な顔に何かを期待するように。

「ねえ、この壊れたカイン。未だメンテを続けてくれない? 後、メンテについて教えて」

「何を――」

「どうせ捨てる予定だったんだろう? でもさあ、勿体無いと思わない? ひょっとすると、僕はこいつに面白いことができるかもしれない。これが成功すれば、バビロン。君は極めて大きな力を手に入れられるよ。ダメで元々、乗ってみない? これからの便宜も図るからさあ、個人的にね? 貸し一ってことでいいよ」

「…………」

「どうする?」

 その、闇の中でひときわ輝く暗い瞳の奥底に、リザは囚われて。

「私は――」

 そして、彼女は。

「……いいわ、貸し一よ。どうせ捨てるもので貴方に貸しを作れるのなら悪くない。けれど、何をするつもりなのかは、事前に教えてもらうわ」

「もっちろん。何なら研究室に招待しようじゃないか。最近丁度、この手の技術が確立したところでねえ。君と相性が良さそうな技術もちらほらとあるんだよねえ」

「それで、何をするの?」

「そうだなあ……言うなれば」

 

 

「トバルカイン機関人間化計画、かなあ」

 

 

1960年 諏訪原にて グロッケとバビロンと、トバルカイン

 

 

 

 

 拝啓 親愛なる父上、母上、兄上、フォン・キルヒアイゼン家に仕える皆さん

 

 戦火を越え、年が明け、どれほどの時が流れたでしょうか。

 卑しくも、私は今丘の上で皆のことを想っています。

 これが手紙にしたためられることは、ありません。

 不肖の娘が、皆には若い身空で戦死したと伝えられた娘が。

 人であることを捨て、魔人となった私が、今更どの面下げて会いにいけるでしょうか。

 ですが、今強く生きていてくれた皆のことを遠くから見守りつつ、思うことを許して下さい。

 

 私、ベアトリス・ヴァルトルート・キルヒアイゼンは生きています。

 卑しくも、それでも、生きています。

 誇りを捨て魔道に走った私を、皆は軽蔑するでしょうね。

 その通りです、あの日、ベルリンで同胞を屠った私は、許されざる何かで。

 ヴァルターさんが、親衛隊諜報部が筆跡や家紋の偽装までして皆を説得してくれなければ、私はキルヒアイゼンの家の皆さえも、この手にかけるつもりだった。

 地獄の深さに、程度などありましょうか、そんなものは、ありません。

 例えあの悪鬼共の手にかからなかったとしても、どうしてそれが救いとなりえるでしょうか。

 

 どうかしていたのです。

 私は、魔の道に触れて、心まで腐り落ちようとしていた。

 こんな言い方、まるで今は目が覚めたみたいな言い草で卑怯ですね。

 父上や兄上に聞かれたら、ひっぱたかれること間違い無しです。

 けど、それでも、そう言いたかった。

 私は、私という人間が死に切る前に、引き返せたんだって。

 そう、信じたいから。

 

 父上、母上。

 私、好きな人ができました。

 愛する人が、できたのです。

 あの人を救うために、走ることができた。

 誰に恥じ入るものもなく、剣を振るうことができたのです。

 もう、ずっと前から、手遅れだと思っていたけど。

 この手が、血を啜ることなくあの人を救えたから、信じたくなるのです。

 私は未だ、ひょっとすると、誰かの為に戦えるのかもしれないって。

 

 だから、未だ諦めません。

 ヴィッテンブルグ少佐のことだって、諦めません。

 光に手をのばすこと、諦めません。

 見掛け倒しで大分いい年になってきた不肖の娘ではありますが。

 父上、母上、どうか、私がもう一度、騎士を目指すことを許して下さい。

 皆が生きていてくれたことを、ここから喜ぶことを許して下さい。

 

 そして、もしも、全て、全てが許されるのなら。

 私が、私を許すことができたのなら。

 いつか、皆と、また。

 会いに、行ってもいいでしょうか。

 ……なんて、都合が良すぎますね。

 

 だから、今日はここまで。

 ベアトリスは、今も皆の健やかなることを祈っています。

 どうか、どうか、お元気で。

 

 敬具

 

 

 

 

 

「もう、いいのか」

「はい。今は、これで。きっと、また来てしまいますから」

 風吹く丘の上、夜も深く月の光が地上を照らす中。

 眼下に戦火を凌ぎ復興するドイツの街の一角を、二人は眺めていた。

 街に向け手を合わせていたベアトリスが、ヴァルターに振り返る。

「今日は、ありがとうございました。個人的な用事につき合わせてしまって」

「いーよ。暇だったし。もう軍属じゃないのにな……早起きの習慣が抜けきらないんだ。一度くらい自宅でダラダラしてみるってのもいいんじゃないかと思うんだが」

 ぼんやり草原の向こうを見つめるヴァルターの顔は、何か途方に暮れているような、軍人だった頃には見せなかった表情で、ベアトリスは見ていて不思議な気持ちになった。

「……想像できませんね。だらけてるヴァルターさんなんて。らしくないというか」

「結局、人生の大半はああして生きてきたって事実は変えられない。けど、まあ。これだけ時間があれば『らしさ』なんていくらでも変わるだろ」

「ヴァルターさんは、変わりたいと思ってます?」

「…………さて、そこの所は未だ分からない、が」

 変わるもの、変わらないもの。

 嘗てヴァルターはかくあるべしと己を定めた、不変の正道を歩んでいた。

 それが、最も善き道であると信じたからだ。

 そして今も、それを否定しているわけではない。

 己を貫くのであれば、あやふやで気が多いような真似は慎むべきだろう。

 けれど、彼女が。

「例え変わっても、見ててくれるんだろ? なら、やってこなかったこと、やってみてもいいんじゃないかって。嫌か?」

 正しくなくとも、分からなくとも、それでもいいと、そう言われた。

 その時、不要なまでに雁字搦めに縛り付けた何かが、確かに緩んだ。

 それを、救われた、と表現するのなら、自分は今までやってこなかったことをしてみてもいいのではないか。

 そんな想いを彼に抱かせた戦乙女は、口をへの字に曲げて。

 それでも瞳は決して陰らずに。

「驚きます。いきなりなら困りもします……でも、嫌では、ないです」

 何時かと同じ答えを返すベアトリスの姿に。

「はは」

「あ……」

 ヴァルターが、小さく笑って。

 ベアトリスが、それを見て、頬を染めて。

「……ええ、はい。貴方が、そうやって全然見せてくれなかった笑みを見せてくれるなら、悪いことではないと思いますよ。自堕落に向かおうとするのはどうかと思いますけど」

「それ、お前が言うか?」

「訓練してますもん」

 そして、風のままに去っていく。

 いつか、出会うかもしれない誰かに別れを告げて。

 

 

 戦後 故郷にて 拝啓、両親へ

 

 

 




月の胎動その1とその2。
ところでトバルカインとリボルケインって響きが似てると思いません?(妄言)

目覚めたヴァルターさんですが誰てめえレベルで角が取れてます。
こいつね、元々マジで惚れっぽいから。
友情であれ恋愛であれ。
でなきゃナウヨックスを友人として扱うとかできるはずもない。
基本こんな自分のおかしな部分を理解した上でそれでも側に居てくれるやつは大切にしようってくらいの友好ガバガバ判定の男なの。
それがあんな超雷光告白剣とかされてみろよ、落ちるよね(真顔)
野獣先輩閣下は愛の解釈違いで決裂しちゃったけど。

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。