β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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さーてさっくりⅡを書くか、これで黎明終了!
>ふと文字数を確認する
>12000字超過して尚完成せず
>怒りの分割投稿

書きやすさに特化して簡潔に書くって言ったでしょ!!!(憤怒
本日戦闘回(まだ人間)です、はい。


Fragments:黎明Ⅱ

 あれと出会ったのは何年前になるか。

 そう、組織再編の折、無能を切り捨て手ずから人材を集めようとしていた時の話だ。

 ああ、そういった人材というものは良くも悪くも噂に欠かぬ。

 私のようなものでさえ、全力で物事に取り組んでいるというだけのつまらぬ理由で巷から金髪の野獣などと呼ばれる始末であるからしてな。

 例えば、情報整理において決してミスをしないという男がいた。

 生真面目な男だった、私はそれを採用し、鍵を持たせ守らせた。

 例えば、小器用で他者を出し抜くことに秀でたものがいた。

 巫山戯た男だった、私はそれを採用し、密偵として歩かせた。

 そして、そう、あの男。

 例えば……私とよく似た男がいた。

 何足もの靴を履き替え、金のために片手間でパートタイムで親衛隊の仕事をしていながら、非常に卓越した技術の持ち主であると噂されるその男は、しかしそれだけなら所詮組織に忠誠を誓うべくもない存在であると、一瞥もせずに通り過ぎるべき男だった。

 だが、私は見てしまった。

 新兵に対等な目線で、人の良さの手本のような朗らかさで講習を行っているその男の顔。

 その薄皮一枚下にある、不感症の顔を。

 それはまるで、毎朝顔を洗いに洗面所に立った時、鏡の向こうにいる誰かのような。

 似ている――この時私は確かに、そう思ったのだ。

 私の足は自然とその男に向かっていた。

 講習を中断されたその男は表向きは上官に対し慇懃に接しながらも、邪魔だというその目の奥の感情がはっきりと見て取れる。

 それを見て、私は、そう、思わず口元を歪めた。

 この男の反抗的な態度を見るのが楽しいと、自然と嘲笑を浮かべていたのだ。

 この時の自身の心境を、上手く言葉にすることは出来ない。

 ただ、あえて言うのなら『面白い』男だった。

 私はそれを強引に採用し、手元においた。

 男はやがて不本意そうな態度を隠しもしなくなり、その態度に反し地位を向上させていった。

 ああ、今も何故かなど分からない。

 しかし、私が奴を特別扱いしていたのは確かであり。

 事あるごとに奴に重荷を背負わせては、『では、どうするのかね、ヴァルター(友よ)』と隠しきれぬ嘲笑と共に問いかけることが、その時だけはたまらなく愉快だった。

 それから何年たとうとも、私はそれを繰り返した。

 我が心を震わせるのはただそれのみであると。

 あの時までは、そう思っていたのだ。

 あの、『不快』という対極の感情を私に与えた詐欺師。

 カール・エルンスト・クラフトと出会うまでは。

 

 

 ラインハルトの独白、或いは詐欺師との会話

 

 

 

 

 常軌を逸した様相だった。

 親衛隊の士官たちの死体がそこかしこに無残に打ち捨てられ、粉砕された乗用車が路上に火を放ち、周囲一体を炎上させている。

 その中心にいるのは、たった二人の凶獣だった。

「あはは! いいね、いいねえ! こんなに長く楽しめるなんて、君ってやつは最高だあ!」

「そうかい、こっちはいい加減飽きてきたぜ。てめえのパチもん顔を見るのがなあ!」

 路を砕き、壁を蹴散らし、乗用車を蹴り飛ばす。

 裏路地のチンピラ、高官を暗殺した毒婦などという言葉だけでは到底納得できない異次元の行いがそこにはあった。

「あー、あー、あー。正直もっと穏便なのを期待してた。このような事態に直面するとはこの怪人のアルフレートの目をもってしても……」

「お前が節穴なのは知ってるよ」

「ひでえや」

 現場に駆けつけたヴァルターとアルフレートは、軽口で精神を落ち着けつつ、先ず周囲の状況把握に務める。

 先ず、あの中心の乱闘。

 誰が見てもこの惨状の原因である、止めねばならない。

 次に、これを見て尚残っている野次馬。

 くたびれた神父と、赤いドレスを身に纏った妖艶な美女が、遠巻きにそれを眺めている。

 こちらに気がつくと、ドレスの美女は笑顔で手を降ってくる。

 口元を読むに、『はーいアルちゃん、奇遇ね』とでも言っているようだ。

「知り合いか、アルフレート」

「あ、アンナちゃんだ。アーネンエルベの高官の人だよ。ちょっと仕事柄付き合いがあってね。まあ、こういう騒ぎを面白いって形容しちゃう系の人だから避難はしてくれそうにないかなあ」

「要するにお前と同じ穴の狢か」

「僕は後悔してるだけマシだと思いません? それより、あっちはどうやら君の方の知り合いのようだけど、どうなのさ」

 アルフレートがそれとは別の方向を指し示す。

 そちらを見ると、自身らと同じ軍服を纏う女性の二人組と、その背後に一人の貴婦人がいる。

 その片割れ、見覚えのある金髪でポニーテールの小娘が、こちらを見て何やらあわあわと視線を行ったり来たりさせており、上官らしき赤髪の女性にひっぱたかれている。

 青髪の貴婦人はこちらに対しおずおずと、主にアルフレートに対し視線を向けたが、すぐに目前の危険へと視線が戻る。

 アルフレートはそちらにも軽く手を振っていた。

「……何やってるんだ、キルヒアイゼン。管轄外だろうが……」

「やっぱりお知り合い? あーんな若いかわいこちゃんいつの間に捕まえてたのさ、やるねえ」

「後輩だ。先日ユーゲントを卒業して士官したばかりの。お前の邪推するようなことはない。お前こそ、随分と知り合いの多いことだな、人間遊びもほどほどにしろよ」

「彼女はレーベンスボルンのご婦人様。今日は女性の知り合いと縁があるねえ、不思議」

「さいで」

 此処まで来てしまっている以上、もう退かせる事はできないだろう。

 あれも騎士である故に、命令より大義を取るであろうことは察せられる。

 そしておあつらえ向きに、その大義がこの場に存在しているのだ。

 護衛もなしにやってきた、自分たちの上司が。

「……ハイドリヒ閣下ェ。なーんでこんな所にいるの」

「あの人のやることをいちいち理解できてたまるかよ。ともあれ、これでこの場の軍属はあの忌々しい金髪の野獣殿を守護することが最優先任務になったわけ……」

 相変わらずの鉄面皮の、その隣の影に視線が向く。

 それを見て、ヴァルターは硬直した。

「……ヴァルター? どしたの?」

 あれは、何だ。

 否、俺はあれを知っている。

 昔、昔、まだ幼い時分、シェレンベルクの森で。

 血の繋がらない兄弟たちと、強く、優しく、小さな母と暮らしていた頃。

 そう、あの時、母を訪ねてきた男のことを、不気味なほど鮮明に覚えている。

 あの夜、気丈な母が、ただ何も詳しいことを言わず、ごめんなさい、ごめんね、と自分を抱きしめて涙を流していたことを。

 確か、そう、クリスチャン・ローゼンクロイツと名乗っていたその男が――

「ヴァルター!」

 アルフレートの一喝で、ヴァルターは思考の渦から引き戻される。

「あっちばかり気にしてる場合でもないよ、あの女性軍人達が突っ込んだ!」

 あの不気味な男のことをひとまず頭から追い出し、ヴァルターは視線を一つ前に巻き戻す。

 知古の少女、ベアトリスとその上官であろう女性は貴婦人を物陰に避難させた後、帯びていた剣を抜き、凶獣の宴の中へと割って入った。

 それぞれが背中合わせに、一人一殺の構えで対抗しようとしている。

 成程、あの布陣ならいくらかの対抗も可能だろう。

 だが、剣一つでは、あの埒外の怪物相手にどこまでやれるか。

「時間ないね。どうするのか手早く決めよう」

 アルフレートがふざけた様子を潜め、手短に話をまとめる。

「先ず民間人は」

 アルフレートが問い。

「手が足りない。現状無事な位置にいるんなら後は自己責任だ」

 ヴァルターが即座に結論を出す。

 端的にタスクを纏めるための手段だった。

「ハイドリヒ中将は」

「言っちゃ何だが同じくだ。どれほどの危険だろうと凶賊はあくまで二人。側付きで護衛しているよりも、この少ない手数じゃ制圧にでたほうが効率的だ。とは言え、最低限こっちで間に入って気を配ってはおく」

「どっちがどっちに行く?」

「……あの長髪の方、お前に任せてもいいか。俺は短髪の方に向かう」

「友人のお嬢さんの危機に颯爽と参上するって? やるねえ色男」

「何だ、あの怪物相手に生き残る自信がないか? 変わってやってもいいぞ」

「冗談」

 ヴァルターの言葉を受け、アルフレートは凄絶な笑みを浮かべた。

「ゴミ溜めから生まれたバケモノ風情が、戦争の領分で僕に勝とうだなんて十年早いね」

「なら任せた。あの気難しそうな中尉との共闘説得も含めてな」

了解(ヤヴォール)了解(ヤヴォール)、それじゃあ行くとしますか」

 そして、駆け出す。

 ヴァルターはラインハルトと短髪の凶獣の間に入るよう陣取り、アルフレートは赤髪の女騎士に暴威を振るう長髪の凶獣相手に素知らぬ顔で介入を行う。

 

 

 

 

 なれば、先に火花が散るのはアルフレートの方だった。

「やあどうも」

「むっ!」

 幾多のナイフのうち一本を小剣で弾き飛ばし一回転。

 それを回避するため敵は後方へと飛び退く。

「……はあ、また飛び入りかい? 相手が多いのは結構だけどさ、こうも何度も邪魔されちゃうとさあ、ほんと興ざめだよね」

 その女性とも男性ともつかぬ獣は多少の苛立ちを見せながらも溜息をつく。

「はっはー、君の楽しみとかそんな死ぬほどどうでもいいことを気にしてあげるほど暇な軍属じゃあなくってね。失礼、お邪魔しますとでも言っておく?」

 手の中で小剣を遊ばせるナウヨックスはというと軽いもので、その笑みはまるで数刻前この凶獣たちが暴れながら浮かべていたそれのようだった。

 アルフレートは獰猛に笑う。

 先の接触で受けた衝撃を表に出さないように。

(……やっべー右手が痙攣してる。あの細身でなんつー馬鹿力だ、指の間のナイフ一本弾いただけでこれかよ。幸い数分程度で感覚は戻ってきそうだけど……こりゃ僕じゃ防御は無理だな)

「おい、きさ――否、失礼」

 一騎打ちに割って入られたエレオノーレは、この吹けば飛ぶような矮躯の男を引かせようとする。

 が、しかし、気付く。

 その襟章に刻まれた印が決して偽装ではなく、自身こそが控える立場にあることに。

 だがしかし、それでも。

「少佐殿、お下がりを。この凶賊相手に万が一があれば」

「言ってる場合かい? 騎士道も行き過ぎれば邪魔だよ、中尉」

 成程、アルフレートの体格では、どう足掻いても戦うものとして見られはしない。

 故にエレオノーレの対応は正しい。

 しかしそんな正しいだけの対応を、アルフレートは切って捨てる。

「君にも同じことを言おうか。騎士の矜持とかそんな死ぬほどどうでもいいことを気にしてあげるほど暇な軍属じゃあなくってね。失礼、お邪魔しますとでも言っておくよ。君がなんと言おうと、勝手にさせてもらうさ」

「……へえ」

 そんな姿に、凶獣が反応する。

 小柄の体躯、銀白の髪色、その赤銅色の瞳こそ差異があるものの。

 彼の姿形はこの凶獣の心の琴線に触れたのだ。

「いいよ、いいよ、君も愛してあげるよ……お兄さん。僕はヴォルフガング・シュライバー……仲良くしよう。手始めに切り刻んで切り刻んで切り刻んでミンチにしてその肉を詰め込んで僕の友達にしてあげるよおおおおおおおおお!!!」

「ち、狂人が……」

「お断りだね」

 それ以上の問答を交わすべくもなく、凶獣は二人に躍りかかる。

 エレオノーレは再度剣を振りかぶり突進し、アルフレートは手の中の小剣を無造作に投げつけその一歩後を踏み出した。

 

 

 

 

 そして一方。

「ごっ……! てめえ、誰だクソがあ!」

「えっ?」

 短髪の凶獣に押し込められていたベアトリスは、突如敵の右肩が弾けたことで体制を立て直す。

 大きく間合いを空けつつ視線をやると、そこには拳銃を構える見知った顔がいた。

「先輩……ヴァルターさん!」

「外したか、関節をぶち抜くつもりだったんだけどな。勘が良い、面倒な」

 ヴァルターは追撃を行う、でもなく、どうでもよさそうに銃の具合を確かめている。

「駄目です! この男、尋常なものではない! 貴方でもどうなるか! 此処は私が」

「命を懸けて食い止める、か? 馬鹿娘。俺の心配をするより自分の心配をするんだな。それに」

 豹変、そう、それは彼を知る人間にとっては豹変と呼べるものだった。

 ヴァルターはあからさまにその危険な凶獣に対し、侮蔑と侮りの視線を向ける。

「そんなに大したものかよ、なあ。帝都に湧いた蛆虫一匹、ただちょっと目立つ色してるだけの珍種がよ。雑魚ばかり殺して俺は最強気取りか。面白いやつだ、牢屋の中じゃ道化になれるぜ」

「んな」

 それを、ベアトリスは知っていた。

 なにせ『それ』でよくからかわれていた故に。

 ゲシュタポ有数の諜報能力を持つ彼。

 彼は自身のあり方を必要に応じていくらでも偽装する才能を持っている。

 即ち、天性の演技力。

 初対面の人間であれば、その振る舞いを欺瞞と看破することなど到底不可能。

 その挑発は覿面に過ぎた。

「ああ……そうかそうか優男。先に死にたいならそう言えよ。俺も暇じゃねえんだからよ……首をねじ切る時間が勿体ねえだろうがああああああ!!!」

 もとより向かってくる敵は喰らい尽くす、そういう獣なのだ。

 ここまでやらずとも、あの男がヴァルターを標的にするのは当然の帰結だった。

 暴風を纏い、凶獣が突貫する。

「じゃ、キルヒアイゼン、頼んだ」

「あああもおおおおおお! 好き勝手してくれますね!」

 剣戟すら受け止め弾く豪腕は、まともに受ければ骨を持っていかれる一撃だろう。

 故に、まともに受けるつもりはない。

 男の意識から一時的に外れたベアトリスは、横側から振りかぶる腕に対し介入を行う。

「ああ!? 邪魔だどけェ!」

「そうは、行かない!」

 振りかぶって、放つ。

 その初動の瞬間にベアトリスの剣は絶妙に合わせる。

 迎撃に出ざるを得なくなった男の腕の威力は大きく減衰され、しかし止まらない。

 だが、それだけあれば十分だった。

「間抜け」

 正面には、悠々と銃を構えるヴァルターの姿。

 その照準は体幹の中心に向かい――

「チィっ!」

 男が咄嗟に体をひねり、急所を狙えなくなる。

「ああ。だろうね」

「なっ」

 しかしその照準は体幹を通り過ぎ、斜め上に向かい止まる。

 その一瞬後、その照準の先には、体を回転させ無防備に差し出された右腕が。

 その右腕を、数度の銃撃が貫く。

「があああああ! クソがクソがクソがクソがあ! 舐めやがって!」

「……また外された。本気で使い物にならなくなるよう狙ってるつもりなのにな」

「何今も冷静に品定めしてるんですか! 馬鹿! 先輩の馬鹿!」

 ズタズタにされた右腕を抱えつつこちらを睨みつける男を怪訝な顔で見るヴァルターを、追いついたベアトリスが引き離す。

「助けてくれたことは感謝しますけど、あんなの何度も続きませんよ! 油断は禁物です」

「油断してる、そんなように見えるか? ならいい」

「……あのですね、ヴァルターさん。気を抜いてないなら抜いてないで、その味方も騙す偽装はよしてください! 心臓飛び出るかと思いました!」

「保険はあってなんぼだろ。辛いときこそ笑ってみせろ、ってのはあいつのよく言うことだが、割と真理だぞ。結構役に立つ」

「そういうの今いいですから!」

 ベアトリスが前衛に立ち、その穴を埋める形でヴァルターが銃を構える。

 右腕を殺したはずのその男の体からはギチギチと不快な音が響き、先程のダメージがなかったかのように立ち上がる。

「……殺す。あいつもてめえもメスガキも軒並みぶち殺して向こう一週間死体になっても嬲り続けてやらああああああ!!!」

「ち、怪物め。後何発入れてやればいいか。まあ、死ぬまでやるか」

「というか、余裕があるならこっちは離脱してヴィッテンブルグ中尉の救援をお願いします! こちらは私が何とか抑えますので」

「同僚を向かわせた、心配はいらない」

「同僚って……あのちっさい人でしょ!? 何が心配いらんのですか!」

「ああ。なにせ」

 

 

「こういう肉弾戦じゃ、アルフレートは俺より数段強いしな」

 

 

 

 

「ハアアアアアアッハアアアアアアアアア!!!」

 もはや幾度目かも分からぬナイフをエレオノーレは剣で受け弾く。

 その強打は反転し攻勢に移るには単独では至難のものだが、今はもう一手。

 振り下ろされた腕の下に潜り込む影がある。

「甘いよ甘いよ甘いんだよお!」

 無論、それを許すような生易しい獣ではない。開いている手が唸り、隙間を通すように自身の懐の陰を狙うが。

「はははこれでくしざ……ぐべっ!?」

「ああごめん、何か言った? お兄さん疲労困憊で聞こえないわ」

 それよりも早く、獣の顎にアルフレートのかかとが突き刺さった。

 ゼロ距離での真上に対する垂直蹴りは、一切無駄な力を消耗せず正確に急所を狙い撃つ。

「あああ、あああああああああああああああ!!!???」

 それでも、朦朧とする意識の中、或いは『あってはならないこと』が起こり動揺している最中、動かした腕はアルフレートを狙う。

「卑怯くさい身体能力だよね。その一突きに対し何回ステップを踏ませるわけ。かなりギリギリ」

 だが、避ける。

 膝から全身を駆使し、致命の一撃を防ぐでもなくかわす。

 先より、エレオノーレは何度もそれを見た。

 この矮躯の少佐が、あろうことか拳闘でこの凶獣と紙一重で渡り合うのを。

 故に、その届かぬ側に自然と剣を向けるのは当然のことで。

 アルフレートもまた、腕をふるいながら体が流れていく獣に対し拳を握る。

「消え失せろ、下郎!」

「大当たりだ!」

 額を捉える拳と、心臓の間際を貫く刺突が同時に突き刺さる。

 凶獣は、その二つの威力を受け、吹き飛んでいった。

「ひー、危ない危ない。流石に死ぬかと思った。というかエレちゃんがいなかったら死んでた」

「その呼び方はやめていただきたい」

「その要求は僕の上官になってからするんだねえ」

 口だけでは変わらぬ態度を貫くが、その瞳孔が揺れ動き、息遣いは大きく、体は震え、顔からとめどなく汗を流し続けている。

 無理もない、あのナイフさばきを至近距離で回避し続けたのだから当然のことだ。

 ふと、エレオノーレは思い出す。

 ゲシュタポにおいて、ラインハルト・ハイドリヒの信頼厚き者が何人か存在する。

 その一人は時々に同僚からも劣等と蔑まれる矮躯の持ち主だが、ある時自身の身の丈の倍もありそうな屈強な前線兵士数人を拳と足で伸してみせたという。

 情報の達人にして、拳闘術の達人。

 その技量は熟練の兵士すら上回るとか。

 またぞろプロパガンダの類かとその時は思ったものだが、だが確かに今ここにいる。

 自身の剣をもってしても、追い詰めるには苦労させられるだろうと思わせる存在が。

「はー……はー……何とか倒せた。じゃあ起きないうちにさっさとトドメを……」

 気力を使い尽くしたと言わんばかりにふらつきながらも、アルフレートは腰の拳銃を抜き倒れ伏した獣の息の根を止めようと近づく。

 だが。

「……うふ」

 それは嗤いか。

 否、咆哮の前触れか、怒りの咆哮か。

「あ、あ、あ、僕に、僕に、僕に僕に僕に僕にふれ、なぐ、なぐぐぐぐぐぐぐぐぐ、殴ったなああああああああゔぁああああああああああああ!!!!!!!!! 父さんだって、母さんだって、僕を、僕に僕に僕をおおおおおおああああああああああああ!!!!!!」

「ぐっ、これは……!」

「……あ。やば、これ死ぬ」

 狂乱の叫びとともに、獣が跳ね起きた。

 頭を抱え、髪を振り乱し、支離滅裂な言動はますます人間のものではなくなっていく。

 体からあふれる血はどう見ても許容量を越えているというのに。

 凶獣は止まらない。

 彼らの行いは、成程、何れはこの獣を死に至らしめるのかもしれないが。

 死に際の最も恐ろしい命の輝きを、顕現させてしまったのだ。

 

 

 




鉄壁ヴァルターと殴り屋ナウヨックスが加わった凶獣いじめ。
でもまあそんなことしたら覚醒するに決まってるよね!!!
ナウヨックスくんは今後シュライバーに粘着されるのが決定しました。

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