β Ewigkeit:Fragments   作:影次

20 / 41
リメイクもこれで20話目。
フラグメント小話の寄り集めに戻ると不思議とサクサクかけたので翌日投稿に踏み切りました。
キリがいいのでこのSSもどれだけ成長したかと省みると。
UA40000超え、お気に入り件数700、感想170件、評価数80、総合評価2000超え。
マイナー×マイナー×やばい性癖というSSがだいぶ肥え太ったものです、読者に感謝。
完結で評価数100位を目指して頑張ろうかなと思います。
ただこの感想170件だけね……うち2割程を占めるのがエロガッパ祭りだと思うとなんか無性に悲しくなってくる(真顔)
まあ山無しオチ無しの話書いてる方も悪いのかもだけど、今回もそうだしね。
今回もあまり話の進まないほそぼそとした策謀フェイズです。
後他作品ネタもりもり。

えー今回のフラグメンツは

1:荒川アンダーザブリッジin聖餐杯猊下
2:仮面ライダートバルカインBLACK-RXお披露目
3:貫禄のシュピーネさん

ギャグとシリアス半々になります。



Fragments:幕間、草の根

「くっ……まさか、このようなことになるとは。不覚でした」

 ヴァレリア・トリファは大いに動揺していた。

 人の良い神父の顔は表の世を渡り歩く姿。

 黄金の玉体を借り受ける男、聖餐杯、邪なる聖者、クリストフ・ローエングリーン。

 聖槍十三騎士団黒円卓第三位、稀代の策謀家、人心掌握者、ンを抜いた人、その他諸々。

 裏世界からは数々の忌み名で恐れられる男だ。

 世界が恐れる聖槍十三騎士団、その首領代行である男が今、橋の上で動揺に震えている。

 何を恐れるものがあるのか、よもや、彼の真なる主の降臨か。

 そう、ヴァレリアは今……

 

「由々しき事態です……これは由々しき事態ですよ……!」

 

 現在、下着のシャツとパンツを晒した姿で諏訪原の橋の上で仁王立ちしていた。

 日も若干斜めに傾いた、昼間のことだった。

 ヴァレリアは、パンツむき出しで橋の上にいた。

 パンツむき出しで。

「なんということでしょう……教会に帰ろうと橋を渡っていたら、下校途中のエキセントリックな小学生たちにカソックを奪われ、鉄塔の上に引っ掛けられてしまうとは……このままでは、私は変態の烙印を押されてしまう!」

 尚時刻の関係上通行者がいるので、現在進行形で目撃者に変態の烙印を押されている。

 それからリザを始めとする団員たちからはとっくに変態扱いされている。

 しかしヴァレリアはへこたれない、だって聖餐杯だから。

 たとえアルフレートが小学校に混じり邪悪な遊びを教え込んだ結果誕生してしまったエキセントリックな小学生たちの襲撃を幾度受けようと、聖餐杯はめげないのだ。

「聖餐杯は砕けない」

 中天の太陽の輝きが眼鏡に反射する。

 ヴァレリアは今、試練の只中にいた。

「しかし、どうしたものか……早々にあの鉄塔に引っ掛けられたカソックを回収しなければなりませんが、シュピーネが不在の今衆目の只中で人外の動きをする訳にはいかない。一般人の範疇で、あの鉄塔に登るしかありませんか」

 通りすがりの婦人方にひそひそと陰口を叩かれつつ、ヴァレリアは鉄塔によじ登ることにした。

 意外と角ばっているわ表面は滑るわで登りにくいことこの上ない。

 あの小学生たちは流れるような動作でこの塔を登っていたが一体日頃どういうことをしているのか、よもや怪しい薬など摂取させられているのでは。

 ナウヨックス卿を一度問い詰めねばなりませんね。

 そんなことを思いつつヴァレリアは鉄塔を登る。

 そう、ヴァレリアは子供たちを怒らない。

 いくらこの諏訪原という魔境に誕生した通り魔的名物であり、エキセントリックが過ぎる最早小学生という言葉など生ぬるいクソガキ共であろうと、彼にとっては愛すべき子供たちなのだ。

 教会の礼拝にも熱心に参加してくれる子供達をどうして怒ることができましょうか、いやない。

 そんなんだから毎度毎度ターゲットにされているのだが、邪なる聖者だろうと日頃のうだつの上がらなさはどうしようもなかった。

「ふん、ふん、もう少し、もう少しですよ……」

 鉄塔を半ば以上まで登り、風にたなびくカソックが目前に迫る。

 ギシギシと鈍い音を鳴らしながら自身の体重を支えている鉄塔を左手と両足でしっかり抑えつつ、その右手をカソックに伸ばして。

「あ、ああっ!? そんなご無体な!」

 しかし、そのタイミングで突風が起き、鉄塔の先に引っかかっていたカソックが外れる。

 カソックが宙を舞おうとしているのを見たヴァレリアはつい反射的に体と手をぐいと無理に伸ばしてしまい、結果負担がかかった足元から、バキッっという嫌な音が響いて。

「あ」

 自身が足を載せていた、古びた鉄塔の一部が見事に折れた。

 迂闊にも手を離していたヴァレリアの体は慣性のままに鉄塔を離れ空に放り出される。

「ああああああぁぁぁぁぁ…………」

 果たして幸運なのか、不幸なのか、ヴァレリアは橋の地面ではなく、その下、川の中に叩き込まれた。

 魔人的にはコンクリートに叩きつけられても別に平気なのだが、衆目がある中叩きつけられてピンピンしているのはおかしい。

 故に社会的には幸運であった。

「はひぃ、はひぃ、ひ、酷い目にあいました……」

 ざぶざぶと川の水を搔き分け、河川敷に倒れ込む金髪の大男。

 何故か眼鏡だけは流されることなく死守していた。

「わ、私のカソックは……ああ、よかった、そこにありましたか」

 突風で鉄塔から飛ばされたカソックは丁度ヴァレリアの目の前に、河川敷の坂に落ちていた。

 詰まる所数分待っていればこんな目に合わずともカソックを回収できていたのだが、まああの社会死ゲージ急上昇中の身にそれを省みろというのは酷だろう。

「しかし困りました、カソックは取り戻せても今度は我が身が水浸し。このまま服を着ても、いえ、背に腹は抱えられないか」

「…………ヴァレリア…………」

「おお! この声は、いいところに来てくれましたねリザ、何か体を拭くものを……」

 背後からかけられた言葉に反射的に反応してしまい。

 反応した直後、ヴァレリアはあっ、と間の抜けた声を上げた。

「リ、リザ、何故こんな所に……」

「近所の奥方様たちから、おたくの神父様がパンツ姿で橋の上にいるんですが、なんていう信じられない話を聞いて飛んできたんだけれど。これはどういう状況かしらね? ねえヴァレリア」

「あ、あわわわわわわ……これは、これはですね。そう、事故なのです、誰のせいでもない、不幸な事故なのですよリザ」

「ねえヴァレリア、私こういう時、どんな顔をすればいいのかわからないの」

「降りかかる危難に慈愛を以て接するのが、教会の人間のあるべき姿ではないでしょうか」

「変態にかける慈悲はないわ。さようなら」

「待って下さい! せめてタオルを! タオルをお恵み下さい!」

「話しかけないで変態」

 足早に去っていくリザ。

 そのくるぶしを掴みすがりつこうとする変態。

 蹴りを入れるリザ。

 撃沈する変態。

 流れるように淀みのない一連の動作だった。

「ママーまた神父様が変なことになってるよー」

「しっ、見ちゃいけません」

 そんな声が橋の上から聞こえてきて。

「……聖餐杯は、壊れない」

 砂利の上で、ピュアな涙を零す聖人がいたのだった。

 

 

 

 

 教会の地下、黒円卓の会議場にて。

 ヴァレリアは厳かに手を組み、首領代行として団員を見る。

「さて……リザ、報告することがあるそうですね?」

「話しかけないで変態」

 ヴァレリアの腕はずるっと椅子から滑った。

「あの、ホント勘弁して下さい……話を、話を進めましょう」

「うわ、あの話マジだったの? クリストフ、貴方……やるわね」

「何やってるんですか貴方、衆目の中パンツって……」

「ヴァレリアくんってホモだったんだね」

「そこ、さり気なく謂れなき烙印を押そうとしないように」

 現在この場に集っているのはヴァレリア、リザ、ルサルカ、ベアトリス、アルフレートの五人。

 ヴィルヘルムは相変わらず戦場荒らしに精を出しているし、シュピーネは資金繰りのため米国に飛んでいる。

 今回は全団員を招集する急務ではないため、その場にいる面々のみでの会議だった。

「んんッ!!! 私のことはどうでもいいでしょう。ええ至極どうでもいい、今回の主題はリザの報告にあるのですから、そうですよね! では私の話はもうやめましょう、ハイ、やめやめ!」

「そうね、変態の言うことも一理あるわ。話を進めましょう」

「まあ、変態でも尊重してあげるのがゲテモノ集団黒円卓のいい所? って感じだし」

「変態ですが正論ですね」

「皆! 変態が何をしたっていうんだ! 生まれが変態だからって、彼も同胞なんだぞ! 話を聞いてあげよう! 名前からンを抜くなんて、中々できることじゃないよ!」

「もおおおおおおおおおおおお!!! はいリザ、報告どうぞ!!!!!!」

 ヴィルヘルムかシュピーネがいれば話は違ったが、この場に集ったのは女性陣ばかり、アルフレートもそちら側。

 普段の鬱憤晴らしのようにいじられるヴァレリアは遂にキレた。

 みっともなくキレて無理矢理話をすすめることにした。

 聖餐杯は壊れない、壊れないったら壊れない。

「正確には、私とアルフレートからの報告、なんだけど。彼との共同研究に目処が立ってね」

「それは……もしやいつか話していた、トバルカインの改造についてですか」

「ええ」

 トバルカインの名が出たことで、団員の表情が切り替わる。

 厳かになるものもいれば、興味深いと笑みを浮かべるものもいる。

「あくまで実験作、という扱いだけど、一応まともに駆動させられる段階まで進んだから。一度見てもらおうかと思って」

「渾身の力作だよ」

「ふむ……」

 朽ちて崩壊しそうだったトバルカインをアルフレートの機関改造で復帰させる。

 それ自体は興味深いものだった。

 ヴァレリアにとってはいくつかの懸念事項があり、それこそがアルフレートの狙いなのでは、と思いもしたが、彼についてあまりにも情報が少ない今、悪手にならない程度には動かしたほうがこちらとしても動向を把握しやすいため、それを許した。

 許可を出してから一年ほど、異端の技術にとってそれは早いと言うべきかやっとと言うべきか。

 否、数十年を目処に謀を構築している身にとっては氷山の一角、と言えるものだろう。

「もうここに連れてきてるから、何時でも見せられるわよ」

「ほう、では、お願いします」

 リザが前髪をかきあげながら息を吐き、アルフレートが不気味に笑う。

形成(イェツラー)

 リザの座る席の背後に、黒い仮面が現れて。

 それを中心に形をなしていく。

 青褪めた死面(パッリダ・モルス)

 リザ・ブレンナー=バビロン・マグダレーナが保有する、死体を操る聖遺物。

 その仮面から、第二位たる巨躯の死骸が現れる。

 本来なら、その筈だった。

「あら?」

「これは……」

 しかし、出てきたのは団員たちの予想に反するものだった。

「……コォォォ……コォォォ……」

 それは、全身を黒い鋼で覆った、中世の騎士の如き存在だった。

 そのおぞましい成れの果ての肉は鋼に覆われ、見通すことは出来ない。

 仮面の隙間からは何やら呼吸音のような、排熱音のような音が漏れ出ている。

「どうよ、イカしてるでしょ。僕らの設計したトバルカインBLACK-RX・プロトタイプは」

「……アルフレート。そのネーミングはどうも受け付けないって言ってるんだけど」

「えー何で。かっちょいいじゃん」

「コォォォォォォ」

「ほらカインくんだっていいセンスだって言ってる」

「言ってるわけ無いでしょ」

 そのあまりの変わりように一同驚いていたが、気を取り直す。

「ねえバビロン。それって本当にトバルカインなのよね?」

「疑問に思うなら黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)を取り出させてみる?」

「いえ、気配というか、魂の質でそれがトバルカインなのはまあ、分かりますけど……」

 ルサルカもベアトリスも、外見から判断するまでもなくその腐敗しきった気配から判断はついているが、それでも聞かずにはいられない様変わりの仕方だった。

「変わりすぎでしょって? そりゃあ私もこんなことになるなんて思わなかったわ。でもアルフレートがね……」

「せっかく改造するのに欠陥部分を補完するだけとかないでしょ。僕の美学に反するね」

「こんな調子なものだから」

「いえ、まあ、それで問題ないならいいのですが。問題の性能の方は?」

 ヴァレリアがもっとも重要な部分を問う。

 詰まる所、トバルカインの役目はどこまで行っても兵器でしかない。

 意思無き死体は黄金錬成を分かち合う同胞ではなく、策謀を以て出し抜く相手でもない。

 ただ暴力装置として強力にあればいい、単純な手駒。

 そこに付随する櫻井の人間に利用価値はあるが、カインそのものについてはその程度。

「今のところ、試験用だから未だ完全とは言い難いけど、確実に後何度かの運用には耐えられる。それに……」

「僕の鋼鉄(クローム)を完全に肉に癒着させた。単純な強度は飛躍的に上がってるよ。いやあ、生きたエイヴィヒカイトの使徒じゃないから改造し放題で楽しかったね」

「アルフレートが接続した機関技術は、トバルカインの生体部分の反応から駆動するように調整されているわ。その駆動方法は私が熟知しているから、仮面を通じてそのポテンシャルを十全に発揮させられる」

「形成フィジカル面の戦力向上は当社比五割増しと思ってくれていいぜ。いやああまりに楽しい仕事だったから色々気合入っちゃったよ」

「へえ、そこまで言い切るの。これは本物っぽいわね」

「……死肉に鋼鉄をねじ込んで強化するなんて」

「貴方まーだそんなこと言ってるの? 今更っていうか、青いっていうか」

 ルサルカが楽しげに目を細め、ベアトリスが嫌悪感を示す。

 各々思う所はあるものの、しかし確かにそこにある以上変えるべくもない現実であって。

「ふむ、ではその実力の程は機会があれば振るってもらうこととして。私としてはもう何点か確認したいことがあります」

 ヴァレリアが表面上は朗らかに、次の話を切り出す。

 今のこの状況から起こり得ること。

 この行いに果たして何の意味があるのか。

 そして、意味があるのだとすれば。

「トバルカイン……櫻井武蔵の肉体が持ち直した。ということは、黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)の次代への継承は行われないのですか?」

「それは……」

 若干言い淀むリザの代わりに、アルフレートが口を出す。

「研究がてら、ちょっとした検証を行ってみたんだけどね。結論から言うと、未だ起こらないってことになるかな。今のカインの肉体は機関と特殊な培養液の循環とかで維持してるわけだけど、それが朽ちきらない限りは、今のカインの肉体が続いてるって、槍は認識するみたい」

「ですがあの聖遺物の真骨頂は次代へと継承し、取り込むことにあります。カインを維持する方法が見えたのは喜ばしいことですが、今のまま完全に維持されても、次がない」

「ヴァレリア、貴方はッ」

「何です? 私は何か間違ったことを言っていますか? リザ」

「…………」

 ヴァレリアの冷徹な目がリザを捉えて。

 声を上げかけたリザは、押し黙る。

 そう、何も間違ってはいない。

 そうした方が、トバルカインは強くなる。

 この数十年があればもう一代、ひょっとすると二代は取り込めるかもしれないのだから。

「心配しなくてもいーよ、これは試験作だ。完全維持とはいかない。実働データを取って改良することにはなるけど、完成版ができる頃にはこのカインは朽ちるさ」

「ほう、では」

「暫定の本命は次のカインになる。その時に換装の幅を広げた真作を纏わせる予定だから。自信作とは言えプロトタイプ、これは破棄前提の捨て石さ。もし僕の才能が爆発しすぎて完璧な維持装置を開発できちゃっても、代替わりの頃合いに捨てちゃえばいいだけでしょ? そうだよね」

「なるほどよく分かりました。ありがとうございます」

「どういたしまして。ニヒッ」

 温和に笑うヴァレリアと、いたずら気味に笑うアルフレート。

 その会話の内容が外道畜生の予定表でなければ、それは微笑ましいものだったろう。

 しかし、この黒き席が並ぶ中において、そのような平和はありえない。

 安らかな日常は教会とともに地上においてきたのであれば、そこにいるのは悪辣な敏腕を振るう魔人に他ならないのだから。

(さて……一体どこからどこまでが狙いなのやら。扱いづらいですねえ)

(ふーむ。ギリギリ誤魔化せるかな? とは言えその時が来ればまずいか。世知辛いねえ)

 悪魔の頭脳が二つ、面従腹背の様相を呈していた。

 

 

1961年 諏訪原にて ヴァレリア・トリファの思考

 

 

 

 

「……何時かこの日が来ると、少なからず考えていましたよ、私は」

 アメリカのとある企業、ビルが犇めくうちの一つ、その最上階にて。

 蜘蛛の如き男が、上質な椅子に座りつつも緊張の面持ちで対面の男に言葉を投げかける。

 それはまるでその時が来るのは分かっていた、しかし恐れてもいた。

 死の国から舞い戻ることを約束された悍ましき存在達に似た、しかしそれよりかは遥かにマシな存在ではあった。

「そうだな。だからこそ俺もこうして先ずお前に接触しに来た」

 こうして彼の、シュピーネの眼の前にいる男は、嘗ての同胞であり、上官であり、消えたはずの人物だった。

 あのナチスドイツにおいて研究所から拉致されゲシュタポの雑務に走っていた自分が、将軍殿(ヘル・ゲネラール)と呼んでいた有能にして無謬の男。

 自身が代行として、その椅子を頂いた男が。

「ええ、お久しぶりです、シェレンベルク卿。貴方が生きているであろうと、そう確信していたのは間違いなく私とナウヨックス卿だけでしょう」

「十三号室が機能していた頃から一番近くで俺達を見ていたのはお前だ。そういう意味では、相容れずとも一定の確信には至っていると思っていた、お前ならな」

「恐縮ですねえ」

 ヴァルターの視線から、シュピーネは僅かに顔を逸らす。

 改めて、覚悟はしていたものの顔を合わせると表情が引きつりそうになる。

 黒円卓に列席する前からあの仕事中毒者たちと愉快犯には散々こき使われたものだった。

 今となっても逆らおうとするビジョンがさっぱり浮かばないのだ。

「まあ、そう慌てるな。お前を詰りに来たわけじゃないしな」

「それは……まあ、そうですが」

「故郷を離れ、諏訪原を開拓し十年も過ぎたか。充実してるみたいだな。元々こういうのが好きだろう、お前。財を積み上げる行為そのものを楽しめるやつだったからな」

「ええそれはもう……好きな時に飲み、食い、遊び、奪う。誰に憚ることもなく、今は厄介な上官や恐ろしい双首領もいな……ハッ!?」

 つい文句をポロッと出してしまい、息を呑む。

 ヴァルターが何やら自分を理解しているような面持ちでゆったりと声をかけてくるものだから、緊張も相まって本音が飛び出してしまった。

 忘れているつもりはなかった、しかし油断は引き出されてしまった。

 七色の顔を操る演技の達人、その技量を久しく見ることがなかったため、それに引っ掛けられてしまった、とシュピーネは思った。

「落ち着けよ、それでいいんだ。俺はその反応を期待してたし、待っていたんだからな」

「それは……」

 呆れたように、小気味がいいと僅かに顔を伏せ笑みを浮かべる。

 それは対外時にヴァルターが使用する仮面の一つであった、その筈だった。

 しかしシュピーネはそこに違和感を持つ。

 ヴァルターの演技力は完璧だ、そこに疑う余地はない。

 しかし、その振る舞いから一種の完成された小綺麗な感覚が僅かに抜けているような。

「さて。挨拶もほどほどに、緊張しっぱなしも何だし本題と切り込もう。あの日、メルクリウスから俺がベルリンの作戦に不参加だと通告されたらしいな?」

「ええ。ですが大方違うのでしょう? 思うに、ハイドリヒ卿と敵対することが確定していた貴方は、すでにあの作戦の概要を掴んでいた。そして――」

「ああ、邪魔するつもりだったよ。具体的にはスワスチカの一つを破壊するつもりだった」

「何と……そのようなことが可能なのですか」

「ああ。メルクリウスの邪魔立てがなければ間違いなく可能だったと断言する。隆起状態から直ぐである必要はあったがな」

 その言葉に、シュピーネは顔を歪める。

 歪める感情は恐怖であり、呆れであり、そして、同時に一抹の歓喜でもあった。

「……思った通りだ。シュピーネ、お前、もうハイドリヒに従うつもりがないな?」

「なッ……、ふ、ふふふ、ふふふふふふ。そうですね、私が貴方を知るように、貴方も私を知る。でなければ私が貴方の代行としてこの席に座ることはなかった。ええ、ならば、否定はしませんよ。戦争を終え、権力の椅子につき、この十年は順風満帆だった。そしてこれから先も。諏訪原の地が満ちるまで、私は決して失敗することなく、この地位を高めていけるでしょう」

「双首領は恐ろしい。だが、機があるとすれば次しかない、そうだろう」

「ええ、ええ、その通りだ。その通りですとも。ですが!」

 シュピーネは意図的に声を荒げ、勢い良く頭を振るう。

 これだけは、これだけは決して譲れない一線であると。

「シェレンベルク卿。貴方もあの黄金の獣の愛を許さないという渇望に動かされるものであれば。貴方の行く道が絶対的な保証の下成就するという確信がどこにありましょうか。貴方の言うことは分かりますよ、ハイドリヒ卿を退けるため、秘密裏に協定を結ぼうと言われるのでしょう」

「話が早くて助かるね。その通りだ」

「ならば、私としては――」

「保証はない」

「……何ですと?」

「保証はないが、俺はお前を拘束するつもりはない。多くを伝えるつもりもない。ただ、権利を与える。もしその時、俺が勝利しうると判断した時、俺につく権利をだ」

「…………」

 その言葉に、シュピーネは絶句した。

 鋼鉄の、氷の、第二の獣とすら形容されるあの将軍(ヘル・ゲネラール)から、出てこようもない言葉が飛び出してきたからだ。

「先ずは俺がコソコソ隠れ住む必要がないコネを、各国を渡り歩ける足と身分があればいい。戦前俺自身が繋げたコネクションもあるが、そちらを使った方がバレないからな。それ以降はお前自身の判断でどの程度協力できるかを決めて行けばいい。最後の最後、決定的なその瞬間まで。お前は選ぶことができる。己が生きるための道を。その時まで一切を懐に覆い隠している限り、俺は契約を守る」

「……驚いた、驚きましたよ。貴方とも長い付き合いだ。それ故に私の性質を分かっているはずだ。その私に。貴方は義理と信条で契約を結ぼうと仰っている。このロート・シュピーネに」

「そうだ。だがお前はこの話を受けるだろう。これが最善の道だと理解できるからだ」

「……ヒヒッ」

 その歪んだ笑みから放たれた言葉に、シュピーネも同じように口を歪めて笑った。

「いいでしょう、いいでしょう。私は貴方の存在を口外しない。貴方は私の庇護を受け、来るべき時まで潜伏し続ける。その代わりに、貴方は私を害さない。私が貴方の庇護を求めた時、貴方は私を守る。そういうことですね」

「いやに答えが早いな。慎重派らしくないんじゃないか」

「とんでもない! ただ、今の貴方に対する最善の行動を取っているまでですよ。今や黒円卓の運営を一手に取り仕切るこの私! それ味方にせんとする貴方の正しさ! そこらの有象無象が持ち得ない要素を武器とし切り込んでくる大胆さ! そして……私が裏切るだけで貴方の全てが終わるという圧倒的な負債を率先して背負おうという愚直さ! 私はそれを面白いと思ってしまったのだから!」

 大げさに身振り、手を振るシュピーネは、しかし早々に興奮を収め。

 その長い手を差し出す。

「では……親愛なる同胞を、歓迎いたしましょう。約束されしその日まで」

「約束されしその日まで」

 その手を、躊躇いなくヴァルターは取って。

 遠く、嘗ての敵国の只中で、密約が交わされた。

 

 

 米国にて 某社社長を訪ねてきたとある男との会話内容

 

 

 

 

「そんなわけで、文化的な生活を手に入れてきたぞ」

「いや、まあ、分かりますよ、分かります、けど言います。よくあれを真っ先に引き込もうとか思いますよね……有能なのは否定しませんけど、生理的に避ける場所でしょう」

「引き込める確信があったからな。ああいう人格を駆け引きに換算するほどの慎重派は、付き合いが長いと逆にやりやすい。何にせよこれで長らくの間、行動の制限がなくなる。俺が和平交渉に出向く傍ら繋いでたコネは万が一監視されてる可能性もあったし、あっちを確認するまでは使用に踏み切れなかった」

「シュピーネに対しては色々、何であんなのととか思う所はありますけど。まあ、警戒する余り隠遁生活みたいな真似を数十年続けるのは辛いですよね」

「俺はともかく、お前に付き合わせるのも何だし……な」

「……この人は要所要所でそういうことを言うようになって……たち悪いですよ」

「……悪いか? なら、やめる」

「……前言撤回、悪くは、ないです。ただ、びっくりします、困りもします」

「その言い回し、気に入ったのか?」

「貴方がそういうことばっかするから言うんじゃないですか」

 

 

 




エキセントリックな小学生たちはナウヨックスによる特殊な遊び(訓練)を受けています。

大っぴらに活動するにあたりシュピーネさんを味方につけるのは急務だった。
彼が協力してくれるだけで黒円卓に怪しまれることなく現世を謳歌できるんですよ。やばいわ。

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。