β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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今回の話はノベル版Dies irae Song to the Witchの読了が前提です。
読了してない人は一体全体どういう状況なのか全くわからないと思われますがあしからず。
これはフラグメントだから最低限の描写しかしないんだ。

さて、それはともかく。こちらとは関係有るようなないような話になりますが。
なんと、ベアトリスR18SSの寄稿を頂きました! めでたい。貴重なベアトリスがまた増えるよ。
某N氏はありがとうございます。
拙作の本編と繋がりはない内容ですが、興味のあるエロい人はR18の方を覗きに行ってどうぞ。



Fragments:Song to the Witch

「ムショって聞くと何だか無意味にワクワクするよね。古巣を思い出すなあ。ゲシュタポの拷問係達は中々に理性的にぶっ飛んだ連中だったね」

「そりゃあゲシュタポに比べりゃ辺境の刑務所なんてどこもおどろおどろしさじゃあ負けるでしょ。とは言え、ここも相当だけどね。連合側から蛇蝎の如く嫌われてたドイツの戦犯が収容されてるってだけで、大した憎しみの渦なわけよ」

 イスラエル、ラムラ刑務所。

 幾多の戦犯たちを収容しているこの刑務所は今、音もない襲撃を受けていた。

 夜半、看守たちは一人残らず足元から消えていく。

 薄暗い建物の中に生じる影、蠢くそれが、彼らを飲み込み消していく。

 悲鳴を上げる時間もなく、しかし死の恐怖だけはそこにあって。

 そして首謀者たちは誰もいなくなった刑務所内を悠々と歩く。

「自分たちが優位だと思ってる、そういう連中の末期の姿っていうのは悪くないわ。つまんない枝切だけど、それくらいの娯楽はないとねえ」

 影から看守を、その肉と魂を食らうのはルサルカ。

 そしてその後ろをついていくのはアルフレート。

 肉も魂も喰らわず、しかし確実に別の何かを食らっている。

 彼は魂を喰らわない、喰らうのは。

「負の感情が濃厚なのはこちらとしてもありがたい限りで。マレウスと組んでるとこういう場面に事欠かないから助かるよ、ごっつぁんです」

「ま、私としても損はないわけだし。アルちゃんはギブ・アンド・テイクの関係が上手いから居心地悪くないのよねー」

 感情を喰らう怪物、それがアルフレート・ナウヨックスの特異性。

 彼のエイヴィヒカイトは魂を喰らわない、魂を燃料としない。

 彼の用いるクリッターは、人間の負の感情を喰らうことによりその力を増していく。

 それは困惑であり、嫌悪であり、或いは怒りであり、嘆きである。

 あらゆる負の感情からクリッターは顕れ、その存在強度を増していく。

 人を玩弄するほどその機会には事欠かず、戦時中黒円卓が活動する際もアルフレートは専らルサルカと組んでいた。

 魂はルサルカが、そこから生じる感情はアルフレートがそれぞれ喰らう。

 黒円卓初期、軍属だった頃からの鉄板であり、協力契約だ。

「さて、もうすぐね。アルちゃんにとっては旧友との再会じゃない? 私達にとっても彼は縁深い存在だったし、それなりに感慨深いわねえ」

「まあ、多分そんな変わってないと思うよ。僕らと違って良くも悪くも芯の出来た奴だったからね、歳を経て柔軟になっているにしろ強固になっているにしろ。何にせよ、今回は拷問じゃなくて談話の出番だって意見は変わらないねえ」

「ふーん……まあ、そこは見てから決めるとして」

 そして、二人は辿り着く。

 最奥の独房、収監された戦犯の中でも大物が入るその場所に。

 長きに渡る幽閉で、嘗ての番兵たる頑健さは見る影もない男が一人。

 しかして、その生気を失った瞳さえ、あらゆる威圧を跳ね除けるであろうその男。

 嘗てはラインハルト・ハイドリヒの懐剣であった男が、そこにいる。

 ルサルカは独房の入り口を融解させ入り込むと、壁を背に座り込んでいる男に話しかけた。

「はあい、久しぶりね。石頭の番兵さん」

「…………」

「ちょっとー。何か反応くれてもいいんじゃない?」

「…………」

 男は、応えない。

 ルサルカの顔をはっきりを認識しつつも、視線だけよこしつつ黙したままだ。

「……アルちゃーん、この無音語の翻訳よろしく」

「アイヒマンくんの心情を語るならー。『何しに来た』『まさかとは思うが私を糾弾しにでも来たのではあるまいな』『馬鹿かね貴様らは、致命的なまでの察しの悪さだ』『それにしても一際面倒臭いのが来たな、さっさと帰れ』ってところじゃない?」

 しかし、ルサルカの背後から頭を出したアルフレートの言葉に、ぴくりと反応して。

「……分かっているなら余計な手間は省くべきだと思わんかね、アルフレート」

「悪いねえ。今じゃすっかり黒円卓も行楽シーズンなのさ。ちょっとばかし付き合っておくれよ、アイヒマン君」

 独房の男、アドルフ・アイヒマンは一際懐かしい同僚に対し顔を顰め、アルフレートはからりと邪気のない顔で笑った。

 

 

 

 

 

「結局アルちゃんの言ったとおりだったわねえ。このおっさん、一途過ぎてヴァルキュリアにも引けを取らない戦乙女っぷりなわけよ」

「真面目が取り柄が行き過ぎて才能になったみたいなやつだからねえアイヒマン君は。出会ったときから精神性の完成したやつだったから、何を思って情報をゲロったとかは予測の範囲内だよ」

 数日後。

 誰もいない、否、つい先程誰もいなくなった処刑場で。

 二人は決して運命を変えることなく絞首刑となった男を見上げていた。

「実のところ、悩んでいたのさ」

「何を?」

 あの日、檻の中で。

 君は変わらないね、とアルフレートは言った。

 貴様は随分と変わったな、とアドルフは言った。

 僕は変わったかい、とアルフレートは尋ねた。

 貴様の狂気が目に見えないのは今に始まったことではあるまい、とアドルフは返した。

 そのやりとりに、アルフレートは満足したように頷いて。

「けど、うん、決めた。君を『使う』のはやめにしよう。君の感情だけを、貰っていく。形見代わりに許しておくれ」

 そう、自分にしか分からない言葉をアルフレートは呟いて。

 ゆらりと、その影が蠢いた。

 床を伝い、壁を伝い、背後に現れる影は、獣の顎の如き形状で揺らめく。

「僕は見た、その心の中に秘める恐るべき純度の感情を。魂が失われた今、その肉体に残留するそれさえも消え去る前に。君の『怒り』を僕におくれ」

「『怒り』?」

 その単語に、ルサルカは首を傾げる。

「この気色悪いほど自己を律していたおっさんを表現する言葉には、それは相応しくないんじゃない? 後悔、とか、そのへんじゃなくて?」

「いいや、いいや、違うね。これは怒りだ。紛れもない怒りだよ。彼は何もしなかった、なにもしないことを選択できる意志の強さがあったからこそ、それは他者から見て怒りとは判断されなかっただろう。だからこそ、彼はその怒りを戦争が終えるまで全く表に出すことなく抱え続け、今や死地に至ってさえ、何もしなかった。すごい男だ。お陰様で、彼一人だけで新たなクリッターを生み出すには十分な質だ」

 影の獣が軋み鳴く。

 絞首刑の男を、そこから生じる赤黒い霧を、その顎で飲み込んで。

 影の瞳が、炎のように煌めいて。

 時を告げる、誕生の時を。

「幾百万の悲劇全てが、僕の力になる。さあ祝おう、君が三匹目だ」

 鋼の響きとともに、影がかたちを変えていく。

 炎を宿す影が、炎を宿す鋼に。

 その体に翼を、その足に爪を、その顔に嘴を。

 そして、その背に剣と槍を携えた鋼の騎士の姿が顕れて

「雲を引き裂く烈火の嘶き、風を斬り裂く鋼の鉤爪、そして、天空を別つ獄炎の刃。怒りの業炎、その化身。名付けよう、クリッター・フェネクスライダー」

 炎の鋼、剣と槍をその背に携えた鋼の鳳は、その名を受け取ったとアルフレートの影に傅き、その身を沈めていった。

 そして、静寂が戻ってくる。

「やあ、付き合わせて悪かったね」

「いーわよ、好きで付き合ったんだし。アルちゃんの謎に触れる貴重な機会だもの」

「今では君ほど僕に詳しい奴はいないぜ、多分。クリッター誕生の儀式を他人に見られちゃうなんて……いやんエッチ!」

「なーに、ベッドでの語らいが好み?」

「あ、正直趣味じゃないんでパスで」

「はったおすわよ」

 きゃー犯されるーと棒読みで歩き去っていくアルフレートをルサルカが追う。

 二人揃えばどっちもボケでどっちもツッコミなので、話題には事欠かないのだった。

「ねえ所でアルちゃん」

「なーに?」

 処刑場を後にしながら、ルサルカが問う。

 数日前、独房の中で会話した一部についてだ。

「シェイド……消えちゃった将軍閣下については、貴方はどう思ってるのかしら」

 ヴァルター・シェレンベルク=シェイドウィルダー・マハカーラ。

 元黒円卓第十位、ベルリン陥落から未帰還であることを受け、暫定的に死亡扱いとなっているその男とルサルカの接点は、アルフレートを通しての事が多い。

 ルサルカ視点、ヴァルターはエレオノーレやマキナに近い相手であり、話しかけたりちょっかいかけてみたりはするものの、積極的につるむ相手ではなかった。

 あのどこまでも闇色の中に、一瞬だけ青の煌めきが瞬いたような。

 底知れない相手であり、またアルフレートと違い触れにくい存在でもあった。

 ヴァルキュリア……ベアトリスはザミエルに対する反応もかくやといった様子で懐いていたし、ヴァルターもベアトリスを蔑ろにはしていなかったようだが。

 アルフレート、アドルフ、この二人がいる場であれば、必然彼の話題にもなって。

 

『はん。シェレンベルクが死んだ、だと? 馬鹿を言え』

『アレが何もすること無くのたれ死ぬ輩か』

『君らが生きているのなら、奴も生きているだろうよ』

 

 そんな話を聞いたものだから、考えても仕方ないと放り投げていたことが気になり始めた。

「正直、私は実質死んでるようなもんだと思ってたんだけど。生きてるのかしら、彼」

「ああ、まあ、生きてるだろうね」

 アルフレートはけろりと返した。

 あまりに単調な返しだった。

「え、マジで?」

「まあ生きてて、何をどうするつもりなのか。それが来るまでは忘れてていいんじゃないの。僕は絶対生きてると思うけど、相棒の自由意志を尊重しまーす」

「自由って、彼ハイドリヒ卿に敵対宣言してたじゃない。仮に生きてるならやることなんて」

「それが君の不利益になり得るかどうかは君次第じゃないの?」

「……! まあ、確かにそれもそう、ね。どうせ予想でしかないんだし」

「そーそー、待てしかして希望せよってやつさ」

 仮に生きていたとして、或いは。

 それを不利益とするか利益とするかは己次第でしかない。

 魔女はそれに気づき、己の手管を顧みて。

 その件を、保留にすることにした。

 注意喚起するようなことでもない、現存の団員は時が来れば競争相手でしかないのだ。

 時が来るまでに何枚の伏せ札を用意できるか。

 そういう意味でアルフレートは鬼札だが、現状この男に最も近いのは自分だという自負もある、手札の数は最優、後は時間をかけてこの男のからくりを暴いていけばいい。

 したたかに、ルサルカはそう結論づけて。

 アルフレートは、そんな魔女のしたたかさを嘲笑っていた。

 

 

 1962年 ラムラ刑務所にて 番兵の最後と、魔女と、クリッターと

 

 

 

 

 アメリカのとある高級ホテルのワンフロアにて。

 ベアトリスはキレていた。

 それはもう静かにキレていた。

 何やら挑発され激昂したらしいルサルカよりも、この部屋に立ち入った瞬間からキレていて、そしてそれはもう止める必要がなかった。

「あのですね」

 随分温度の低い声が出るものだとベアトリスは我ながら思う。

 目を細めて、今しがた銃を乱射してきた相手を、そのようなことが起きながら未だ桃色の香の中淫欲のサバトに耽っている連中を見渡しながら。

 黒円卓に干渉する組織、『恵まれた魔女』を名乗るマリリン・モンローとその一派が作り上げた汚らわしい肉欲の宴。

 脳を破壊するほどの催淫香の中交わり続ける男女の中で、果てしなくキレていた。

 先程までずっと我慢していた。

 彼女の役目はルサルカの護衛であり、作戦権限はルサルカが担っていたからだ。

 しかし、対話が決裂思考して戦闘に入った以上、もう、我慢する必要は、ない。

「即刻、この下劣な催しを撤収させて、消えて下さい。そうすれば今は何もしません」

 目の前で銃口を向けてくるカウガールに向けて警告する。

 それが無意味だと知りながら。

 そして案の定、それは無意味だった。

「連れないこと言わないでよ! もっと楽しみましょう!」

 カウガールがそう言ってリボルバーの引き金を引く。

 肉体に連結された異形の複腕による弾幕。

 その銃は聖遺物であり、魔人をも傷つけるものだろう。

 どういった経緯でそうなったのかは知りようもないが、こうして愉悦のままに襲いかかってくる時点で、ベアトリスの中で許して置けるような段階は越えている。

「ほらほら、得意の剣はどうしたの? そんなんじゃ、私が席を貰っちゃうんだからあ!」

「…………」

「貴方の器、空っぽじゃない! 自分の魂以外ないなんて、ひょっとして剣を抜きたくても抜けないのかしら!」

「……分からない人ですね」

 瞬間、大気が震えた。

 空気の中を静電気が走ったかのような違和感に、カウガールはその動きを止める。

 

「貴様ら如きに、我が誇りである剣を抜くことはない」

『我が槍を恐れるのなら この炎を越すこと許さぬ』

 

「え」

 瞬間、轟音と共にベアトリスの姿が消え去って。

 カウガールは背後から、自身の首に指が当てられていることに気づいた。

発雷(イグニッション)

 そして、気づいた時には終わっていた。

 振り返る一瞬さえもなく、発光、帯電。

 室内であるはずのその場所で、雷が降る。

カウガールは脳天から降った雷に頭を焼かれ絶命した。

「…………」

 焼け焦げたカウガールから視線を外し、ベアトリスは周囲をぐるりと睨む。

 今しがたの派手な轟音と発雷で、互いに戦っていたルサルカも、マリリン・モンローも、こちらをびっくりした顔で見やっていた。

「えっと……ヴァルキュリアー?」

「よくもまあ、私の前で」

 ベアトリスは死んだ目でブツブツと自分に言い聞かせるように喋っている。

 喋りながら、無手の両腕を胸の前で交差させて。

 そして、その掌に雷が帯電する。

「こんな、下劣な。愛の欠片もない」

 その力はどこから来るものか。

 ベアトリスは自身以外の魂を一切貯蔵していない。

 であればエイヴィヒカイトにおいてその出力が制限されるのも当然の話だ。

「私に、こんなものを見せてくれたな……」

 しかし、ベアトリスの腰元に、雷の輝きが煌めく。

 そこから生まれる。

 人が願い夢見た、空を駆ける雷、その力が。

 故に聖遺物に魂を込める必要はなく。

「ああ、分かりますよ。この場の全員、とっくに手遅れでしょう。香だけじゃない、脳だか神経だかに薬でも打ち込みましたか。明日の日を見れない命だ。ならせめて介錯するのが慈悲でしょう」

 それは、その怒りは、この場に向けたものであり、この場を作り上げたマリリン・モンローに向けたものであり、或いは。

 或いは、自分自身に向けたものなのかもしれない。

「何より、私が見ていたくない。おい腐れ女、よくもまあ私にこんなもの見せてくれたな」

「あらあら……可愛らしさもここまで来ると獰猛ね」

「ちょっとヴァルキュリア、あんたやり過ぎるのは――」

 

「うるせえ。電刃――電位雷帝の剣先(ヴァジュラ・ニードル)

 

 

 そして、雷の針が全方位に発射され。

 激しい光とともに周囲の空間を寸分無く砕いて。

 既に無残な有様だったホテルのワンフロアは物理的に吹っ飛んだ。

 

 

 1962年 恵まれし魔女のサバトにて 色々とぶちギレた戦乙女

 

 

 

 

「……そんなわけで、本当に嫌になってきますよ」

『随分参っているな』

 アメリカの隠れ家の一つ。

 シュピーネが用意した黒円卓、聖餐杯にも知られていない隠れ家の通信機は、傍受を警戒した特別仕様のワンオフ機だ。

 その通信でベアトリスが憂鬱な顔で愚痴を漏らすのは、今は遠くドイツにいる男。

 受話器の先のヴァルターはベアトリスの声に、その心境を察した。

「多くの人の生死に関わってきた身だとしても。外道の身だとしても。あそこまで、逸脱することを喜ぶような輩には、その醜態には、慣れたくありません」

『酷なことを言うようだが。なら慣れないまま乗り越えることだ。慣れないと思うことが、お前がお前である証だよ』

「はい。それに今回は、その、女性としてああいうのを見てしまうと……自分のことながら不安になってくるというか……ごにょごにょ」

 ベアトリスが静かに激怒していた理由は多々あるが。

 そのうちの一つとして、『ああいったこと』をまるで醜いもののように仕立てられたことがたまらなく嫌だったのもある。

 外道への嫌悪と自己嫌悪が複雑怪奇に入り混じった境地だった。

『何だ、声が小さいぞ』

「ああいえ何でもありません、何でもないんです、何でも……。そんなわけで、近いうちに作戦行動に入るんで、まあ、決着は近いかと。ご心配には及びません」

『…………』

 受話器の向こうで、呆れたようなため息が漏れる。

『ベアトリス』

「はい?」

『来週の頭に、そちらに向かうよ。隠れ家、四番で』

 その言葉に、ベアトリスはぎょっとする。

 あの人は、作戦終了後なんていうタイミングでこちらに来る気なのか。

「いえわざわざ来て頂かなくても、私は元気です! 万が一バレたりしたら」

『そんなヘマは侵さない。聞かないね。兎に角向かうから。いいな』

「う……分かりました」

 自信満々にぴしゃりと言い切るヴァルターに、ベアトリスはあっさり押し負けた。

 実際、慣れた手際であるし水際の飛び入りだろうとバレるようなことはないだろう。

 そう言った機微に関しては自分などよりよほど優れた故国屈指の実力者だ。

 故に、そんなものは方便で、ベアトリスは自分の精神が何となく弱りかけていることを心配されて駆けつけられてしまうのが不甲斐なく。

「すいません……ありがとうございます」

『ん。よろしい』

 そして、同時に嬉しくも思ってしまうのが、益々不甲斐なくさせるのだろう。

 弱くなったのかなあ、とふと思う時がある。

 しかしそれが悪いものではないとも思う。

 嘗て弱さに怒り黒円卓に飛び込んだ自分。

 今は、弱さが悪ではないと思う自分。

 何故だろう、それがとても健全なことだと思える。

「では、私はこれで」

 さて、では目前に迫る憂鬱な任務に集中しよう。

 そう心に決め、受話器を置こうとして。

『ああ、ベアトリス。最後にひとつ』

「はい?」

 その呼びとめる声に、耳から離しかけた受話器を掴む腕を止めて。

『愛してるよ。頑張れ』

 

 

 

 

 

「うわああああああああああああ!!!???」

 キューバ付近の海上は阿鼻叫喚に包まれていた。

 ソ連とアメリカの対立による、艦隊を用いての海上封鎖、と言うのは方便だ。

 その本来の目的はキューバに存在する魔女たちと、聖槍十三騎士団を打ち取るための大国の威信をかけた秘密裏の合同作戦。

 しかし、軍事力の象徴たる大戦艦は、光の瞬きと共に謎の損傷を受け、若き海兵はそれを行った人物を前に腰を抜かしていた。

「さて通信手の方。命が惜しければちょっと全艦隊にお知らせしたいので手伝いなさい」

 雷を纏い剣を携えた戦乙女が有無を言わさず笑顔で恫喝する。

 他の軍人たちが部屋の隅で震える中ただ一人襟首を掴まれてしまった若き海兵は無言で首を縦に振り、通信機を繋げ、差し出すしかなかった。

「こ、これで通信が繋がりました」

「ええありがとうございます。えー、あー、あー、聞こえていますね。アメリカ海軍の方々。どうも、聖槍十三騎士団です。今しがた中央艦隊の一隻に雷が落ちたのを確認したと思いますが私の仕業です。ぶっちゃけ小技です」

 ファッだのオーノーだのアンビリーバボーだのFooooooだの余計な喧騒が聞こえてくるが、ベアトリスは無視する。

「残念ですがこの程度でどうにかなると考えてらっしゃるお偉いさん方、これでは私一人程度も殺すことは出来ません。私はこれから貴方方の艦隊全てを沈めます。真っ二つです」

 ひぇっ、と足元にへたり込んだ通信手から情けない声が出る。

 通信先の連中は未だ交戦する気満々のようで、罵声が聞こえてくる。

 だがまあ、無視する。

「まあ認めようと認めまいと私が実行することに変わりはないので、数分のうちに現実を受け入れてくださいね。ここで重要なお知らせですが、私今極めて機嫌が良いんです。機嫌の良さと悪さが交差してるっていうか、さっさと終わらせて帰りたいというか」

 笑顔の威嚇は文字通り、半々の意味を持っていた。

 ベアトリスは己の心のままに動く。

「詰まる所、船は沈めますが、貴方方の命は取らないでおいてあげます。浮き輪なりボートなり脱出手段を整えておくことですね。貴方方は運がいい、私でなければ死んでましたよ。私の機嫌の良さに感謝して下さい。ではさようなら、願わくば我々と二度と関わらないことを」

 そうして、通信を切って。

 怒れる雷神が、色ボケ雷神が、己の矮小さに震える哀れな海兵に、にへらと笑いかける。

「まあ、そういうことなんで、これから十秒後にこの船を両断します。この部屋から脱出口までは近いですし、皆さんはここで衝撃を凌いだら迅速に脱出してくださいね、では」

 そして、バチィッ! と雷が鳴る音と共に、ベアトリスの姿が掻き消える。

 海兵たちは天井を見た。

 つい先程雷が振り大穴が空いた天井を。

 その穴から、雷が出ていったことを察した。

「…………」

 現実味のないその光景を誰もが唖然としながら。

「……とりあえず、伏せとく?」

「だな」

 混乱した頭で、とりあえず伏せることにした。

 

『電刃――荷電粒子の神鎚(トール・ハンマー)

 

 十秒後、その艦は真っ二つに粉砕された。

 その後、生き残った彼らは口を揃えてこう言ったという。

 俺たちゃ雷の女神様の気まぐれに触れたのさ、HAHAHA。

 

 

 1962年 キューバ海上にて 幸運な海軍通信手の思い出

 

 

 

 

「ちっ」

 ルサルカは自身の迂闊さに追い詰められていた。

 とどめを刺すべきだった、深入りは後ですればよかった。

 結果的に狭い密室の中、規格外の怪物を相手に壁際まで追い詰められている。

 ブブブ、と不快な虫音を響かせながら、頭部を失い、全身から口を生やした怪物が迫る。

 聖遺物を融合した魔女、マリリン・モンロー、その末路。

 食欲という浅ましい渇望に支配されそれそのものとなった、蠅の女王、ベルゼブブ。

「――――」

「退路はなし、ってやつかしらねえ」

 ルサルカは自身の割に合わない状況に追い込まれた。

 正面から立ち向かう、そのような戦いに彼女の異能は極めて不向きだ。

 更には食人影すら喰らうような怪物に、この状況でどう決定打まで持っていくのか。

 しかし、やるしかない。

 やるしか、ない。

 やるしかない、などと、そのような。

「あは」

 そのような選択を、ルサルカは取る必要はなかった。

 蝿声と共に襲い来るベルゼブブを眼前まで迎え入れて尚、ルサルカは笑みを深くし。

 その左手を、掲げる。

 そして、鈴のなるような声でそれを呼ぶのだ。

 

数式領域(クラッキング・フィールド)、展開」

 

 瞬間、世界は改変された。

 狭苦しい地下の一室であるはずの場所は、世界の彼方に追いやられて。

 ベルゼブブは目標を見失い、そして、その触覚があり得ざる現象を知覚した。

 

 

 数式領域展開

 数式領域構築

 数式領域顕現

 

 数式領域の維持を開始

 制限時間内に目標を破壊せよ

 お前の願いは果たされる

 

 

数式領域(クラッキング・フィールド)を展開したわ。私の願いは永遠の生の獲得……なんて、貴方如きに言っても仕方ないけれど。まあ、これを使った以上戦の作法ってやつに則りましょうか」

 巨大な歯車が音を立てる。

 中央に、機械柱、その周囲を取り巻く空中に浮かぶ幾つもの柱。

 機械床が金属音を立て、構築されていく、戦闘用の疑似領域。

 数式領域、世界の隙間に形作られた、歪みの地。

 空間ならざる世界、世界ならざる世界。

 本来ならば、黄金の輝きを持つもののみを招き入れる狭間。

 渇望無き、支柱無き空白の創造。

 その空白を掌握したものが染め上げる、無色の世界。

 時計の男が齎した、黄金に忠誠を誓う者共への、力の欠片。

「我が魂の黄金にかけて、クロイツ式《回路》の起動を開始する。現在時刻を記録せよ、大時計」

 時計だった。

 中央に突き立った機械柱が変形して、禍々しい時計塔となる。

 チク・タク、チク・タク。

 それは誘いの音、眠りでは何かに、人を無意識に誘う音。

 世界の果てで響く音、誰かが、どこかで嘲笑う音。

「聖槍十三騎士団黒円卓第八位、ルサルカ・マリーア・シュヴェーゲリン。今や血闘の領域を、我が魔女の鉄槌が踏み躙る。……くすくす、けど、もう終わりよ」

 そう言って、尚も本能に任せ飛びかかるベルゼブブを嘲笑って。

 ベルゼブブは囚われる、空から染み出した影に。

 それはルサルカの創造、拷問城の食人影。

「――――」

 それさえも、貪り喰らおうとする。

 先と同じであれば、そうなっていただろう。

 だが、今は。

「無駄よ無駄無駄。数式領域(クラッキング・フィールド)の創造領域によって私の覇道の幅はさっきの比じゃないほど膨れ上がってるわ。それに遮るもののない広大な空間を確保できた以上貴方相手に私の不利となる要素がどこにもない。せっかくのお披露目だけどぉ、ここまでね」

 影を喰らおうとする、しかし、喰らえない。

 今や食物連鎖の矢印は逆転し、食人影によってベルゼブブはその肉を喰らわれる。

 痛みを感じる頭も、恐怖を感じる頭も最早無い暴食の機能は自分が喰らわれて尚影を喰らおうと暴れて、暴れて。

「バイバイ」

 見飽きたルサルカが指を鳴らす音と同時に、その全てが影に喰らわれた。

 チク・タク、チク・タク。

 静寂の中に、影の蠢く音と、時計の音のみが残る。

「くっふ、ふふふふふふ、あっはっはっはっはっはっは!!! 儚いものよね、所詮!!! 本当の怪物を前に、怪物気取りは頭を垂れるしかないって!? ……冗談じゃないわ、本当に、冗談じゃない」

 愉快げに、忌々しげに、ルサルカは吐き捨てる。

 時計塔の麓、ただ一人で。

 水銀が齎したというこの世界で。

 自身の創造が絶大な威力を発揮するのを目の当たりにして。

「なんだっていい、私は生きるのよ。全てを引きずり下ろして、のし上がるの。何もかも、エイヴィヒカイトだろうと、クラッキング・フィールドだろうと、全部奪って見下して私のものにしてやるんだから。そうでしょ」

 それは、誰に向けた言葉だったのか。

 自分自身に向けた誓いか、それとも忘れ去った誰かへの懺悔か。

 しかし、忘れてしまえば、何の意味も、ない。

 その懺悔は届かない、歪んだ魔女の誓いだけが残って。

「……さ、行きますか」

 自身の意志により世界の果てに還っていく数式領域を脱し、ルサルカは地下の奥深くに向かうのだった。

 

 

 1962年 キューバ危機にて マレウス、数式領域展開

 

 

 

 

「終わったな」

 死屍累々、とはこのことだった。

 キューバより離れたフロリダ付近の離島。

 人の気配のしないその場所に、一人の男がいた。

 顔の大部分を隠すフェイスガードはその素顔を見通させることはなく。

 鎧じみた鋼の黒衣は特殊部隊よりも剣呑だ。

 何より、その手足からギシリ、ギシリとなる不協和音。

 肉を鋼に打ち直したかの如き、異形の人型だ。

 死人のような声を絞り出す、この世の絶望を見たかのような白髪に、黒光りする鋼の鎧を纏う男だった。

「ふん。もとより、連中にとってはこの戦艦による包囲さえも、魔女の反乱さえも囮に過ぎなかったのだろうが。人ならぬ鋼の俺が、知ったことでは、ない」

 岩肌に腰掛ける男は、その体の前に杖をつくように、一振りの剣をついている。

 黒い鋼の剣だ。

 両刃に夥しい血の滴る、しかしその身には一切の血痕を残さず。

 そう、血だ。

 この剣は、今しがた数多の血を吸ったのだ。

 男の周囲に倒れ伏す、魔女たち。

 ルサルカによって解き放たれ、狂気のままにアメリカを襲うはずだった、異形の魔女たち。

 それら全てが、この男によって一切の例外もなく斬殺されていた。

「あ……が……」

「ああ。なんだ、生きてるのがいたか」

 否、ただ一人、命ある魔女がいた。

 それは眼帯をした魔女だった。

 豪奢なサーベルを聖遺物とする、近接戦闘を得手とする魔女。

 寡黙ながら鍛錬を怠らぬ、狂気に流されない珍しい魔女だった。

 しかし、改造に改造を重ねられ、狂気の魔女たちと一緒くたに幽閉され。

 仲間が動くままに、自身もここまで来た。

 命あるままに、助かりたいと思うままに、助けたいと思うままに。

 そんな彼女たちの前に、この男は現れた。

 幽鬼が現世にまろび出たが如く、いつの間にかそこにいて、いつの間にか剣を抜いて。

 いつの間にか、斬られていた。

「こく、えん、たく?」

「奴らと一緒にするな。ま、奴らに生み出されたという意味では、近いか。俺も、貴様らも」

「じゃあ、なん、で、どう、して」

「どうして、とくるか、ふん」

 その眼帯の下の、悍ましき異形の単眼を。

 異形なれど、人並みの恐怖と疑問を知ったのだろう瞳を、男は見て。

「成る程、お前か」

「……? ごほ、が」

 何かを納得したように、眼帯の魔女を見て。

 眼帯の魔女は、訳が分からなくて。

「もしもの話だ。あの男が、狂気のままに語ったもしもの話。或いは、俺ならぬ俺がお前を導き、しかし盲目の輝きによって無残に倒れる、そんな世界もあったのかもしれない、という世迷言だ」

「もし、も」

「不毛な話だ。知りようのない話だ。遠く史実さえも霞む三世の果ての話だ」

 そう吐き捨てて、男は眼帯の魔女に近づく。

 土から切っ先を抜いたその剣を向けて。

「お前達は俺の八つ当たりで死んだ。人ならぬ鋼の俺が。人々を喰らわんとするお前達を殺し尽くし、奪い尽くした。そこに大義はなく、人の道はない。ただ、鋼となった己への憎しみが、人であった頃の俺の憎しみが、お前を殺すのだ。俺ではなく、お前を殺す」

「…………」

 その、道理に合わない言葉を、しかし眼帯の魔女は静かに聞いて。

 憤るべきその場面で、しかし口をつくのは別の、どうでもいい疑問だった。

「あなた、は?」

「何?」

「あなた、だれ」

「……理不尽に追いやられた死の淵で。殺した相手の存在を問うかよ、女。哀れな、哀れな女よ。その精神があって尚、お前は永劫苦しみ続けるのだ」

「…………」

 血を吐きながら、それでも。

その目を、フェイスガードの先にあるであろう目に合わせる女に。

 男は辟易したように、人間のように反応して。

「俺に名はない。人ならぬ鋼の身には。悍ましき鋼の身には。そう、ああ、そうか。名は必要だ。■■■■■■■■■の家名を錆びつかせたこの俺には」

 その剣を抜き、眼帯の魔女の首に押し当てながら。

 その問いに、男は答える。

「鋼鉄の男。マン・オブ・スティール。そうだ、それが俺だ。何者も救えぬ鋼の忌み名こそが、俺に相応しい。さらばだ、哀れな女」

 そして、最後の一人の命が奪われた。

 

 

 1962年 フロリダ対岸にて 魔女の殺戮、鋼鉄の男

 

 

 




分岐点
アイヒマンを機関人間に……  する
              ✓しない


ベアトリス、キレる、落ち込む、弾ける。
すっかり某雷電おじいちゃん並みにたちの悪いセリフを吐くようになったねヴァルターってば。


数式領域、初展開。
空白の世界、狭間の世界。黄金に魂をかけた存在のみが、その領域を使用できる。
願いが覇道であれば強度を増し、求道であればその求道の性質が世界を軋ませ滲み出る。
チク・タク、チク・タク。
世界の果てで響く音、誰かが、どこかで嘲笑う音。


そして、この世界では彼がああなってしまったので眼帯の魔女は彼女と相対せず。
冷たい鋼が月の王の企みのもと世界の裏側を渡り歩く。


大体そんな感じの話。


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