β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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閑話は続くよどこまでも。
いつまでが閑話? 作者が飽きるまでが閑話。
さーて今回のフラグメンツは

1:ヴァルターの旅 ザ・マクアイ・ワールド 創造チラ見せの国
2:鈴ちゃんなう1
3:鈴ちゃんなう2
4:糖分

になります。
4は本当はくっつけるつもり無かったんだけど。
まあ、その、ね?


Fragments:幕間、櫻井Ⅰ

 旅をしている。

 もう、長いことだ。

 流石に延々と旅続きなわけではないが、それでも、これまで仮にも人間の肉体で生きてきた二十余年を巻き戻すように、世界を渡り歩いてきた。

 元々まともな人間ではないとは思っていたが、生まれからして人間ではなかったらしい。

 俺は闇の王を水銀の縄と王冠の威光で縛り付けた合成獣、異形の三叉槍。

 実際にそれを思い知ると中々来るものがあるというのは、それこそ嘗ての自分が抱くことのなかった感情だろう。

「…………」

 灰色の景色。

 その先への憧憬。

 それに至るにはどうすればいいのか、とんと分からなかったが。

 自分でもよく分からないうちに、それは解決してしまった。

 今は、違う。

 白と黒しか使ってこなかったキャンパスに七色を上書きするように。

 嘗て見た筈のあらゆる既知が、まるで未知のように新たな感慨を抱かせる。

 それは、ハイドリヒの抱く『既知』とは逆のものだろう。

 別に何の根拠もない、魂が訴えかけるとかそういうわけでもない、個人の感慨だ。

 けれど、その上で俺自身がそう思いたいと願ったのなら、それが俺だ。

 何も起こったことを否定してるわけではない、自分のことは自分で決める、それだけ。

「それがいいと、そう思ったから。だよな」

 嘗て、自分にそう言った少女がいた。

 そこに、かけがえのない眩しさを感じた。

 幼少の頃母に見た、美しいかたち。

 ならばそれに愛と名付けることの、何がおかしいだろうか。

 誰が何を言う資格もない、そして、俺自身も納得させられてしまった。

 だから、俺もあの時こう思った。

 俺が彼女を、ベアトリスを案じ、悩み、無事を願う心の名は、『愛』がいい。

 あの日確かに在ると確信した。

 しかし己のうちに見つけることのなかったそれを、見つけたと思ったから。

 母さん、あの日の言葉、その全てではなくとも、分かったような気がします。

「『これ』が終わったら、また一度帰るとするか」

 俺の旅は、気ままなものもあれば目的もある。

 今回は、目的のあるものだ。

 俺の中の水銀の血潮が指し示す、世界の裏側の残照。

 おそらく、やつが嘗て試行錯誤し作り上げたなにがしか。

 世界に残るそれらの、後始末。

 それを体よく押し付けられているのだろう。

 押し付けられているのは分かる。

 分かるが、これが自分にとって必要なことだということも分かる。

 今、神の如き衣を捨て、人として存在している今。

 創造位階を得たことにより黒の王の座から人間に転がり落ちた状態は、俺の望みであり、同時に俺という存在の成り立ちに歯向かうものだ。

 見えない亀裂が体にあるのを感じる。

 それは今すぐ自分を殺すものではないが、大分無茶をしているのだろう。

 こうして、色付いた景色を見るためには、必要な代償なのだろう。

 水銀の残照を水銀の眷属たる自分が砕くことにより、俺の創造位階はより強靭に、俺自身を縛り付け、傷つけ、そして弱めていく。

 人であるために、ハイドリヒを止めるために。

 しかし、何でもかんでも、とは行かないらしい。

 その先に待つものを、今は考えることはない。

 十分だ、と俺は思う。

 けれど、何が十分なものか、とも思う。

 人生は一度きり、今を生ききらねば次などない。

 俺ではない誰かの魂を基幹とする男が言うのは、矛盾にも程があるか。

 ああ、全く。

 分からないものだ。人間とは、感情とは。

 そんなものに確かな理屈と、共通の名前をつけようという所から間違っている。

 

「だから」

 地の下、空の上より来る。

 『それ』に対し、言わせてもらう。

「俺の抱える矛盾を吐き出させてもらおう。水銀の置き土産、世界の果てで死を叫ぶ音」

 瞬間、それがかたちを得る。

 無形の黒、大いなる巨人。

 灼熱のごとく煌めく赫眼は天の星のように。

 誰もが見えなかったもの、ずっとそこにあったもの。

 この不可解な世界に数ある一つ、焼き付く残照。

 誰もいるはずもない、近づくはずもない、山脈の奥深く、深く深く深淵に、それはいる。

 だから俺は此処に来た。

 自らのうちにある、水銀の羅針盤に導かれるままに。

「お前には、奪えない。何一つ、誰一人」

 巨人は鳴く、鳴き叫ぶ。

 それは死の奔流だ。

 誰かが、『死にたい』と願った、その願いのままに。

 しかしそれは死を齎すことはなく。

 何もできまい、何もなせまいと山脈の中で眠っていた哀れな残照だ。

 しかし、それでも。

 人を砕き、魔人をも砕き、世界をも砕くには十分に過ぎる神威の欠片。

 たとえこの世界が神なるものに支配された、虚構に近い何かだったとしても。

 死の奔流は何十、何百、何千と波となって重なり、迫る。

「喚くな」

 だとしても、俺には通じない。

 それがたとえ死の奔流であろうとも、関係ない。

 それに込められた思いが何であろうと。

 神なるものを僭称する力、その欠片。

 それを、俺は戒める。

 

 

『胸に深く我が支配する 憤ろしき夢を秘め』

 

『燃え立つ槍と猛る馬もて 我が赴くは死の曠野』

 

『幽鬼と影の騎士として 我が呼ばれしは死の試合』

 

『世の常の旅にしあらね 遥けき世界の果てを行く』

 

 

創造(ブリアー)――黒銀王冠・宙別つ三叉槍(シェイドウィルド・トリシューラ)

 

 

 伸ばした右手が死の奔流を砕き。

 巨大な黒き光条、三本。

 磔刑の様に巨人を貫いて。

 そして、死は終わりを告げた。

 

 

 目覚め後 ヴァルターの旅 一欠片

 

 

 

 

 鉄火吹き荒ぶベトナムの森の中。

 そこで、少女は出会ってはならない吸血鬼に遭遇した。

 

 

 数式領域展開

 数式領域構築

 数式領域顕現

 

 数式領域の維持を開始

 制限時間内に目標を破壊せよ

 お前の願いは果たされる

 

 

「ん、だとぉ!?」

「く、ククク、ハハハ、ヒャーハハハハハハ!!!!!!」

 瞬間、世界は改変された。

 鬱蒼とした森の中であるはずの場所は、世界の彼方に追いやられて。

 少女は世界を見失い、そして、あり得ざる現象を知覚した。

 四方を切り取られた退路無き戦場に、吸血鬼が嗤う。

数式領域(クラッキングフィールド)を展開した。俺の願いは黄金の君に捧ぐ闘争……喜べ、こいつの試運転に選ばれたことをな」

 巨大な歯車が音を立てる。

 中央に、機械柱、その周囲を取り巻く空中に浮かぶ幾つもの柱。

 機械床が金属音を立て、構築されていく、戦闘用の疑似領域。

 数式領域、世界の隙間に形作られた、歪みの地。

 空間ならざる世界、世界ならざる世界。

 本来ならば、黄金の輝きを持つもののみを招き入れる狭間。

 渇望無き、支柱無き空白の創造。

 その空白を掌握したものが染め上げる、無色の世界。

 時計の男が齎した、黄金に忠誠を誓う者共への、力の欠片。

「我が魂の黄金にかけて、クロイツ式《回路》の起動を開始する! 現在時刻を記録しろ、大時計!」

 時計だった。

 中央に突き立った機械柱が変形して、禍々しい時計塔となる。

 チク・タク、チク・タク。

 それは誘いの音、眠りでは何かに、人を無意識に誘う音。

 世界の果てで響く音、誰かが、どこかで嘲笑う音。

「聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ。今や血闘の領域を、我が血染めの森が吸い尽くす。おら、てめえも名乗れよ。戦の作法は知ってんだろ」

 類稀なる人界を超越した生存本能を以て回避していたこれまでも、もう通じない。

 吸血鬼の興に触れてしまった、数式領域を展開されてしまった。

 逃げ場はもう、どこにもない。

「……私は、櫻井」

 だからこそ、覚悟を決める。

 逃げ場がない?

 知っている、知ったことか。

 それでも逃げ続けてきたのだから、今更逃げ場がない程度で走ることをやめるものか。

「櫻井、鈴」

 その名を、呪われし名を口にする。

 怒りのままに、よくもこんな運命に巻き込んでくれたな、と。

「てめえらクソに関わったせいでクソになったクソは、うちのジジイだ!」

「は、悪くねえ啖呵だ! いいぜ、そそるねえ!」

 その佇まいにヴィルヘルムは愉悦を隠すことなく飛びかかる。

 ベルリン陥落後、アメリカを根城に退廃に耽り、争いの気配があれば殺戮に耽る生きた都市伝説、白いSS、吸血鬼、現世ではそう噂される男。

 そのヴィルヘルムがベトナム戦争の最中見つけたのがこの少女だった。

 自身の活動位階による死刺から生還、あわよくば撤退までしようとする規格外。

 数十年ぶりの『当たり』だ、そう判断されるのは無理も無いことだろう。

「個人的に、俺の『敵を取り逃がす』って業をよりにもよってメルクリウスのクソ野郎の術で退路を塞ぐってことに思うとこはあるがよ……なるほど実際悪くねえ、創造を使うまでもなく城の闘技場みたいな好き勝手できる空間を作れるってのはな」

「……ッ!」

「逃げ場でも探すか? いいぜ悪くねえ、そのほうが長く楽しめる。形成(イエツラー)――」

 ヴィルヘルムが遂に形成位階に突入する。

 不可視の棘が実体を得て、しかし恐るべき密度と速度まで兼ね備え襲い来る。

 如何に櫻井の少女、鈴が並外れた身体能力と直感を持つ戦士でも、此処から先はどうにかなる次元ではない。

 間違いなく、死だ。

「やるしか、ねえのかよ! 畜生!」

 鈴は最後の手段に踏み切ることを決意する。

 自身の血に擦り寄る呪いとの契約。

 黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)に選ばれてしまった者の運命。

 その繋がりを、鈴は忌々しいことにはっきりと感じている。

 何やらまだ腐った死体との契約がギリギリ継続中らしいが、そんなものは無理矢理奪い取ってしまえばいい。

 こんなものを無理にでも奪い取らねばならない状況に腹が煮えくり返るが、そうしなければ死ぬしかないのなら、汚泥すら飲み干して見せよう。

 そう、決意して――

 

「どうやら、間に合ったな」

 背後から何か、ひび割れるような音がして。

 そこから迫る何者かに、鈴の決意は中断された。

「な、がッ!?」

「その契約、待て。櫻井の小娘。貴様を一時の間救ってやろう」

 背後、それも空間を越えた音速の不意打ちを鈴は食らい、奇襲を仕掛けた男の手によって首を拘束される。

「ん、だてめえ……待て、だと? 何様だ。てめえが敵じゃない保証がどこにある」

「今貴様の首を砕いていない時点で敵ではないという事を知るがいい。強いて言うなら、貴様の呪いに待ったをかける、鋼の悪魔の遣いさ」

 鈴は首を捻り背後を見る。

 それは、黒い男だった。

 全身黒ずくめの、所々に鋼を纏った男。

 左手で鈴の首を掴み、右手に黒い剣を持っている。

 魔女たちに、鋼、と、マン・オブ・スティールと名乗った男だった。

「貴様に拒否権はない。俺も数式領域への介入により全身にガタが来ている。さっさと……」

「おい」

 介入者であるスティールに、ヴィルヘルムが剣呑な表情で声を掛ける。

「おい、おいおいおいおい、まさかとは思うがよ。てめえ、黒ずくめ。まさか俺の獲物を横取りしにやってきたわけか。この俺に。カズィクル・ベイに」

「そうだと言ったら?」

「死ね」

 瞬間、鮮血の杭が全方位から殺到する。

 刹那の瞬間だった。

「ふん」

「あぁ!?」

 そして、その刹那の瞬間にスティールは対応する。

 回転し円を描く剣の軌道が、杭を斬り裂き叩き落として。

 舐めた攻撃をした自覚はあるものの、その一瞬をヴィルヘルムは見逃してしまった。

 スティールの左腕から、機械音が響く。

 腕に取り付けられた装置が光を発し、数式領域の空間を軋ませて。

「では」

 破壊する、その空間を。

 ひび割れた空中の先に、全く別の景色があるのが見えて。

「貴様はさっさと失せろ、小娘」

「な、このッ!?」

 スティールに首を握られていた鈴が、その今にも消えそうなひび割れの向こうに投げ込まれる。

 鈴は悪態をつきながらも投げ飛ばされ、破れた空間は元に戻っていく。

「悪いな、吸血鬼。貴様の手はまたしても届かない」

「…………かは、か、かはははははははははは!!!!!!」

 ヴィルヘルムは、笑った。

 盛大に笑った、これ以上ないほど笑った。

 ああ、正にそうするしかないだろう。

「……あー、一周回って楽しくなってきたわ。おいおいおい、さすがの俺でもよ。ここまでコケにされたのは初めてでよ。ああ、感情が振り切ると笑うしかなくなるってのはマジらしい」

「そうか、ざまあないな。水銀塗れの負け犬風情にはお似合いだろう」

「だからてめえを一秒でぶっ殺してあの女を追うことにするわ」

「……ッ!」

 それを言い切る頃には、迫る拳と棘の群れがあった。

 スティールは棘の群れを剣で迎撃し、しかし拳までは捌ききれず、その左肩で受ける。

 鋼が折れる音、パイプがちぎれる音と共に、その左肩が抉られた。

「あん? 何だてめえ、マキナか、それともグロッケが造ってるもんの同類か?」

「…………」

「だんまりか、まあいい。今のに反応出来るんなら、てめえもそれなりに楽しめそうだ。てめえをぶっ殺して、さっきのあれはチャラにしてやるよ」

「ほざけ吸血鬼。俺は死なん」

「かはッ、ほざいてるのはてめえだろ。前菜風情がよォッ!」

「…………」

 咆哮とともに再び突貫してくる吸血鬼を前に、スティールは思考する。

 

 左腕の空間圧壊砲(ディスラプター)、二度の使用と肩の損傷により崩壊寸前。

 後一度の使用、或いは損傷により完全に破損する模様。

 空間の亀裂はその存在比率の都合上一度に行き来できる質量は人間一人分。

 我が剣に一切の衰えはなし。

 しかし眼前の吸血鬼、我が戦闘力を凌駕する。

 技量の差によって腕一本は取れれど創造まで使用されれば勝機はなく。

 故に、その前に一撃を見舞った後速やかに脱出する他なし。

 

「……俺は死なん、死ねんのだッ!」

「おらぁぁぁ行くぜぇぇぇぇぇぇ!!!」

 冷たい鋼が激情のままに吼え。

 数式領域の決闘場で、鋼の剣と血染めの杭が交差した。

 

 

1970年 ベトナム戦争渦中、或いは数式領域内にて 吸血鬼、櫻井、鋼の男

 

 

 

 

「ぐぁッ!?」

 櫻井鈴は、空間の亀裂から投げ出され背中を強打した。

 訳の分からない世界を飛んだまま行き来した故受け身もうまく取れず、肺の空気を吐き出しきってしまう。

 血の焼ける臭いと、冷たい土の感触。

 ぼやける視界が木に生える葉を捉え、自分が戻ってきたことを実感する。

「何だってんだ……一体」

 自身と吸血鬼の間に乱入した謎の存在。

 奴は逃げろと言った、その契約を思い止まれと言った。

 何のつもりなのか、黒円卓に対抗する正義の味方気取りか。

 あの連中は、そんな涙ぐましい努力で何とかなる存在ではないというのに。

 それで何とかなってるなら、自分もとっくにこのクソ以下の運命から解き放たれている。

 鈴は心の中で悪態をつきつつ、しかし立ち上がる。

 今が好機なのは事実だし、彼女が契約をせずに済んだことは事実だからだ。

「……はっ、いいよ。精々利用してやるさ。私は逃げる、逃げ続ける。私の背を追い続けるこのクソッタレな運命から――」

「ヘイ彼女、僕とお茶しない?」

 その場違いな声色に、鈴は視線を向けることなくその場から跳ね跳ぶ。

 手頃な木の幹に捕まり、自身の体を隠し、視線の半分を今しがた声の掛かった方向に向ける。

「わーお、大した身のこなしだ。それで十代後半、我流の傭兵とは思えないね。櫻井の血筋とはいえ、聖槍との本契約もまだだろうに」

「クソが……クソが、クソッタレがッ!!!」

 そして、鈴は自身に追いすがる最低な運命に対し吐き捨てるしかなかった。

 それは、先程自身を追ってきた吸血鬼と同じ軍服だった。

 背丈のほどは小さいが、そんなことは警戒を解く理由になりはしない。

「どこまで私の邪魔をすれば気が済む、黒円卓!!!」

「あの、ちょっと、待ってくれない? 待て、待って、早まるな、いいかい、落ち着いて」

 虎のように威嚇する鈴に対し、黒円卓の男……アルフレートは困ったように体の前で両手を振りながら軽く後退する。

「あのね、僕は君に危害を加えるつもりはないんだ。だから、聖槍との契約は待って欲しい。いやマジで、それをされると此処に来た意味が無いというか……マジ落ち着いて」

「あん?」

「んー。まあ、端的に言うよ。櫻井鈴。次代のトバルカイン。君は後数年もしないうちに聖槍に選ばれる。今のカインがもう何時朽ちてもおかしくないからね」

「数年……」

「で、だ。君、助かりたい?」

「は?」

「だから。助かりたい? 僕は君の呪いを何とかする手伝いをしようと思ってるんだけど。受ける気ある? ちなみにここで受けてもらえないと君は多分ベイの追撃を受けることになるんだけど」

「……どういうことだよ黒円卓。いや、てめえだ。てめえ、どういうつもりだ」

「どういうつもりも何も僕は僕で色々企んでてそれにはカインじゃない君が必要だってだけだよ。で、どう、受ける気ない?」

「そうかよ。ならそれの返答は、これだ!」

 鈴は地面に落としていたショットガンを拾い上げ、アルフレートの脳天に向ける。

 完全に虚をつき発射された弾丸は寸分違わず狙い通りに発射され。

「がぺッ」

 アルフレートの頭を吹き飛ばした。

「は?」

 その、予想以上過ぎる成果に鈴は呆然とする。

 銃弾など物ともしない魔人だ。

 例えあのガキの装甲がさっきの吸血鬼より薄かったとしても、一瞬怯ませれば儲けもの、程度の思いだった。

 しかし結果は見ての通り、アルフレートの頭の上半分は吹っ飛び、血を撒き散らしながら無様に倒れ込んだ。

 動き出す気配は、ない。

「殺った、だと?」

 鈴の勘は、確かに殺した、と言っていた。

 だが、本当にそうか。

 殺した、殺した、殺した、のに。

 何故本能以上に理性が警戒しているのか。

「酷いことするなあ。まあ荒んだ生活だったろうし仕方ないか」

「ッ!!!!!!」

 また、背後から響いた間の抜けた声に拳を叩き込もうとする。

 しかし、その拳はあっさりと受け止められた。

「残念、サービスはここまで。クンフーが足りんよ」

 瞬間、鈴の天地は回転した。

 両腕が極められる感覚と同時に、地面に全身を打ち付ける。

「がッ!?」

「はっはっは」

 倒れながら、その両腕を完全に抑えられていた。

 足の力で脱出しようとするも、どう足掻こうと腕が外れるのが先だろう。

「こ、のクソガキ……」

「年齢に左右されない化物だろうと、見た目ってのは大事でね。更に日頃なんてことないことであっさりやられてると、周りは思った以上に油断してくれる」

 如何に魔的な身体能力があろうとも。

 優れた第六感があろうとも。

 ここまで捕らえられてしまえば為す術はない。

「で、話聞いてくれる?」

「クソ喰らえ……」

「うーんこの。まあ焦って契約に踏み切らない最低限の冷静さがあればいいか」

 相変わらず反骨精神溢れる鈴の両腕を抑えたまま、アルフレートは銀時計を掲げる。

「このままうちまで拉致っちゃお。うん、それがいい。話はそれからでいいや」

「ふざっ、離せ! 離しやがれクソチビ!」

「やだよ」

 そして、空間が歪んで。

 ほんの多少の、真新しい争いの痕跡とともに、二人は鉄火の森から掻き消えた。

 

 

1970年 ベトナム戦争渦中にて 櫻井の少女と時記す歯車

 

 

 

 

 ヴァルターは眠っていた。

 暗い部屋の中、陽の光はカーテンで遮断されているだろう。

 瞼の重みは解けることなく、さらなる眠りにつけとヴァルターに言っている。

「……さん……きて……い」

 声がする。

 鈴の音のような、優しい声だ。

 まどろみの中かすかな音を聞けば、それは更なるまどろみの底への誘いとなるだろう。

 ヴァルターは眠った。

「ヴァル……さん……起きて……い」

 声は少しずつはっきりとしてくる。

 このあたりになると誰が声をかけているのか、それが現実か夢なのかはっきりしてくるのだが、それでもヴァルターは眠った。

「ヴァルターさん、ヴァルターさん、起きて下さい」

 ヴァルターは眠った。

「起きてくださいってば! もう昼ですよ!」

「……ひる?」

 布団を被りつつ上半身のみをむくりと起き上がらせる。

 腰に手を当てムッとしている少女は一旦スルーし時計に目をやると、確かに昼だった。

「昼だな……たしかに昼だ」

「ええ昼です。ですから起きて下さい。昼食、作りましたんで。卵とかベーコンとか勝手に使っちゃいましたけど」

「んい……いいよ、いいよ」

 ヴァルターは瞼の端を指でもみ、肩と首を回す。

 腕も伸ばしその場で一伸びして。

「……うん、おはようございます」

「はい、こんにちは。なんというか、本当にぐうたらしてるとは……」

「昨日は戻って早々眠りこけて悪かった……朝早くの仕事も勤労の義務ももうないと思うと、時間の使い方が螺曲がってくるなあ」

 二人がこうして合う期間は、それほど頻繁ではない。

 任務や故郷を尋ねる口実でベアトリスは諏訪原を長期間離れるが、それも頻繁が過ぎれば警戒されるだろう。

 そうした状況でどちらかがどちらかに合わせる形で、会える間は貴重な近況報告の期間であり、こうしてのんびり過ごす期間でもある。

 此処はシェレンベルクの森奥。

 現世において隠された彼の故郷である森のコテージだった。

「ちょっと、ダメな感じになってますよ。自由とはいえど自由すぎるのは問題ですよ。まあ、とにかくご飯の時間です」

「ベアトリスが作ったのか?」

「はい! そう言えば手料理を振る舞うのは初めてでしょうか。簡単なものですが、まあ人並み程度には作れますよ、私も」

「そっか。じゃあ、冷めないうちに行くよ」

「ひぇっ」

 ヴァルターが寝間着の上をひっぺがすと、ベアトリスはビクッと大げさに震える。

「……今更じゃないか?」

「今更でもです! そう言うの、女の子は敏感なんです!」

「そりゃあ、あまり長々と一緒にはいれないけど。互いにもう存分に肌を――」

「あーあーデリカシーのない発言禁止! 先に降りてます!」

「解せん」

 階段を降りていくベアトリスを尻目に、ヴァルターはとりあえず着替えることにした。

 

 

 

 

 

「あまりおいしくない」

 シンプルなベーコンエッグを前に、素朴な顔で感想を漏らす男。

「何ですとぉ!? こんな、ちゃんと普通にできてるじゃないですか! どっかのしょうもない話みたいに焦がしたりしてませんし!」

 少女は激怒した、無理も無い。

「いやまあ、普通だ、普通なんだけど。何でこんなに味気ないんだろう……調味料は?」

「素材の味で十分では?」

「ベーコンの味さえ若干飛んでるような気がするんだが……何故こうも味を消すのか、いや、消せるのか、か? ほら、あーん」

「はぇっ!?」

 ベーコンエッグを刺したフォークを眼前に差し出され、ベアトリスは若干赤面しつつも流れのままに食いつく。

 食いついて、咀嚼して、真顔になって。

「あまりおいしくない」

「だろ」

 先程のヴァルターと同じ感想を素朴な顔で漏らした。

「え? えー? 何で? 何で……? ほんとだ、あまりおいしくない……まあ、食べれるけど、味が薄い……妙に薄い……えー? これくらいで丁度いいと思ったんだけどなあ」

「典型的な味見を怠る奴の言葉だな。もぐもぐ」

「えー……なにこれ、もぐもぐ」

 あまりおいしくない、を連呼しながらも二人は食を進める。

 あまりおいしくない、という表現は舌の肥えた人間にとってはまあ普通? 程度のもので、普通に食べられなくはない。

 テーブルの上の必要以上に味が飛んだ昼食を二人は食べきって。

「ごちそうさまでした」

「……お粗末さまでした」

 食べきって一息つくヴァルターに、ベアトリスは縮こまっている。

「……ごめんなさい、あまりおいしくないもので」

「まあ、確かにおいしくなかった」

「うぐっ」

「俺が作るほうがうまいな……切って焼く程度だけど」

「うぐぐっ……ぐすん」

 ヴァルターは正直に感想を言う。

 それが悪意によらない単に正直な感想だと分かるから、ベアトリスもしょげる。

 これがこう、唐突に昼食を代打するとかではなく自信満々に手料理を振る舞うとかの場面だったらどうなっていたことか。

 ベアトリスは脳内でがあがあ言いながら転げ回っていた。

「ベアトリス」

「……はい」

 料理の特訓、するべきかなあ。

 そんなことを思いながら、はて慰められるのかそれとも純朴に作ってもらったことを感謝されるのか、先輩ってそう言う人だよねなおさら悲しくなるわー。

 そんなことを思いながら、その先を待つ。

「今夜、晩御飯一緒に作ろうか」

「え」

「一緒に作ろう。機会があれば、この先も。いやか?」

 首を微かに傾げる仕草でそんなことを言ってくるヴァルターに、ベアトリスは硬直しながら言葉を絞り出す。

「いやじゃ、ないです」

「じゃあ、決まり」

 必要以上に言わず、ただそれだけを言って。

 呆然としたベアトリスの前でヴァルターは食器を片付け始める。

「…………」

 ベアトリスは、その背中を見つめて。

「ありがとう、ございます」

「何が」

「何でも。ただ、ありがとうって言いたいんです」

「そっか」

 よく分からない、分からないけど、温かい。

 そんな気持ちに小さく笑みをこぼし。

 それを見たヴァルターも同じようによく分からない笑みをこぼすのだった。

 分からなくてもいい、それでも好き。

 そんな二人のやり取りだった。

 

 

 閑話 シェレンベルクの森のコテージにて 二人の生活の一幕

 

 

 




「どういうことだオラァ!」扉ドゴォ
「うん? どうしたんですかバックスタブ少佐ー?」
「どうしたもこうしたもない! 今回君の出番はなかったはずだベア子ッ! だと言うのに何だあれは! 今話は僕が鈴ちゃんを拉致った段階で終わりの予定だったはずだッ!」
「そうですね、そういう予定でしたね」
「この唾吐きたくなる君とヴァルターのイチャイチャ生活はそういう枠として一塊に出す予定の話だったはずだッ! 今回の話の末に入ってるなんてありえないんだッ!」
「だって……今回出ないと皆勤賞逃すじゃないですか! なのでヒロイン権限でねじ込みました! いやーヒロインっていいですねえ、左団扇ですわ」
「貴様ァ! 僕は皆勤賞とっくに逃してるって言うのに一人醜くしがみつきやがって!」
「バックスタブ少佐とは格が違うんですよねー。察してどうぞ」
「次の格闘訓練の時難易度を理不尽に上げてやるからな!」
「えっ」





黒銀王冠・宙別つ三叉槍(シェイドウィルド・トリシューラ)

ヴァルターの創造(と形成の中間技)。
黒の王の欠片を水銀の血潮と聖なる王冠が三相交差し律する大黒天の槍。

元である渇望は『愛を壊す■ではなく愛を抱く■でありたい』。
■■の■■が■に■■しているが故の渇望であり、見方によっては自己を■■■させる能力でもある。
この創造の発現により、ヴァルターは半覚醒状態から著しく弱体化した。
自身の触れている力を分断、拒絶、再結合することで完全制御下に置く。
求道でありながら持続時間は覇道並みに短いという欠点を持つ。

その本質は■■■であり■■■■に特化した能力だが、その中間を行くことにより汎用的な制御と威力の発揮を行うのが現在の状態。
この創造が真価を発揮するのはそれにふさわしい相手と相対したときのみであり、
真の発動を行えば最早引き返せないだろう。
グラズヘイムを瓦解させる三つの鍵の一つ、■■■の黒衣。





詠唱
『胸に深く我が支配する 憤ろしき夢を秘め』
『燃え立つ槍と猛る馬もて 我が赴くは死の曠野』
『幽鬼と影の騎士として 我が呼ばれしは死の試合』
『世の常の旅にしあらね 遥けき世界の果てを行く』

引用:アルフレッド・ベスター作『虎よ! 虎よ!』


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