β Ewigkeit:Fragments   作:影次

23 / 41
幕間も終りが近いですよ! ようやく1990年間近まで書けました。
次回テレジアちゃん誕生から双頭の鷲までやって、原作に入ると思われます。

原作突入は書くに当たってもっかい見直して書き溜め作ってからになると思われますが。
ところで鈴さんですがその性格は完全に独自解釈で書いたのでパンテオンが来たら死にます。


今回のフラグメンツは

1:鈴ちゃんなう3
2:ベア子枠
3:荒川アンダーザブリッジin聖餐杯猊下2

になります。


Fragments:幕間、櫻井Ⅱ

 私は、呪われている。

 呪われた一族だ、呪われた血筋だ。

 その原因が御大層な神話でもなく、僅か数十年前のジジイの迂闊さ加減だというのだから笑えもしない、ただただ憎いだけだ。

 手前勝手に異国に飛んで、言われるままに槍とやらを造って、その呪いに取り殺された。

 刀鍛冶が自分の作った作品に殺されるなんて耄碌しているにも程がある。

 

 幼い頃から、父も母も何かに怯えていて。

 私も、兄貴も、そういうのには敏感だったから、ああ、この家は何かに取り込まれてる、まともじゃないんだな、と幼心に思っていた。

 それでも、そんなものに粛々と従うような性根じゃなかった。

 

 だからだろう。

 父が、母が、それを私達に打ち明けた時。

 選ばれたのが、私だと知った時。

 その道を選ぶのに、躊躇いはなかった。

 生きるためなら、全力で生を全うするためなら、何もかもを捨てられると思った。

 歪だなんて、自分でも分かっている。

 歪で狂った人間だからこそ、兄貴じゃなく私が選ばれたんだろう。

 兄貴はきっと、呪いが取りつくには清廉に過ぎたのだ。

 あいつがもっと掃き溜めの屑みたいな人格だったらよかったのに、そうすれば、この呪いも私ではなくあいつに取り付いたかもしれないのに。

 そんなことを考えて、当たり散らした時もあった。

 それでも返ってきた言葉は、俺にどうして欲しい、なんて一言だったものだから、やめた。

 

 私の家系はクソだ、クソのジジイから始まって、父も母も呪われた運命にヘコヘコ従っている。

 きっとこの先もクソみたいな連中が続いていくんだろう、そんなやつらにこの呪いが引き継がれようと知ったことじゃないし、私は私が助かればそれでいい。

 ただ、それでも、あのときの私は、私の代わりに死ねと言えば分かった、そうしようと平然と返してきかねない兄貴を利用することはできなかった。

 ……櫻井の家で、一番身近に過ごしてきた相手だ。

 私もクズの自覚はあるが、あいつだけは、そういう風に犠牲にするのは何となく嫌だった。

 

 だから、何もかも自分で何とかするために、私は早々に道を選んだ。

 鉄火の向こう側に渡り、この命を早々に使い切る。

 自死なんて真似はしない。

 バケモノ共のせいで死ぬのではなく、全力で生き抜いた果てに死ぬ。

 そして私に追いつくことができなかったクソの呪いに中指おっ立てて嘲笑ってやる。

 だから私はこうして狂気の沙汰の中に身を置いている。

 傭兵として戦地を渡り歩き、戦って、戦って、戦って。

 私が命を散らすべき運命を、真っ当に死ねる運命を探して。

 

 

「そして戦場荒らし中のベイ中尉に遭遇してしまったのでした、と。ちょっと噂を手繰れば変だなーって思うところだろうね、猪だね君」

「うるせえ」

 私より背の低い色白のクソガキが呆れたようなニヤついたような目で見てくる。

 死ぬほど不愉快だ。

 此処はバケモノどもの腹の中。

 このチビも見た目なんて全く勘定に入れるべきではない魔人なのは分かっている。

 だが不愉快なものは不愉快だ。

「で、何のつもりだ黒円卓。私の呪いを解くだと? 私の呪いが消えて一番困るのはお前らじゃないのかよ」

「んっんー。まあまあ落ち着きなすって。僕はアルフレート。アルフレート・ヘルムート・ナウヨックス。君の言う通り黒円卓の六番目の席に居座ってる小粋な少年だけど、この僕の行動は黒円卓の総意じゃない。と言うか、むしろ絶賛僕は反逆者側なわけで」

 アルフレート・ナウヨックス、そう名乗ったこの男。

 黒円卓という事前知識がなくとも、大戦中のドイツのことを調べれば出てくる名前だ。

 グライヴィッツの缶詰を開けた男、等と呼ばれている、大戦の引き金を引いた軍人。

 それが、黒円卓に反逆しようとしている?

「僕の個人的事情でね。偽槍の存在が鍵になるしれないんだ。だから、こうして次に選ばれたっていう君が偽槍の担い手になる前に見っけ出して交渉がしたいと思ってね」

「お前みたいな怪しいのの口車に乗って私に何の利益があるんだよ」

「呪いから逃げられるかもしれないね?」

「…………」

「まあ、まあ、君の事情はしっかり顧みさせてもらったよ。その上で確信した。僕らはこの上ない利益を交換できる関係を結べる。何を犠牲にしても、逃げ切ってやるんだろう? 僕としても、この交渉にある程度賭けてるんだ」

 こちらをじっと見つめ、どうだい、と言外に問いかけてくる。

 実際、どうだいも何もない。

 こいつは私を幽閉し、殴ろうが蹴ろうが撃とうが傷一つつかない体で握手を求めてきている。

 どうせ、私が首を縦に振るまでこの監禁は続くのだろう。

 そして私も、現状死に瀕するほどの危機ではない故に、人外に堕ちてでも抜け出してやる、等とは今更思えない。

 なら、話を聞くしかないのだろう。

 或いは、本当にこの男の言うことが正しいのだとしたら。

「……いいよ。聞くだけ聞くよ。どうせそうしないと延々とこのままなんだろ」

「本当かい? いやーよかったよかった! 破れかぶれで偽槍契約して突撃されるのが一番困ったけどその心配もなさそうだ!」

「お前が振り返りざまに私を殺しに来ればそうするかもね」

「うん、だからやらないよー」

 上機嫌な小男、ナウヨックスは椅子から立ち上がると背後の箪笥を開ける。

 開けようとして。

「……ギッ!?」

「……?」

 突如、あいつは鈍く軋むような苦悶の声を上げて、頭を抱える。

 口元が、瞳が、尋常ではなく歪み始める。

 片手で頭を抱えながら、今しがた開けようとした引き出しとは別の引き出しをもう片方の手で開けると、その中から何か液体の入った小瓶を取り出す。

 そしてそれを一気に飲み干した。

「……ふー、危ない危ない。勘弁してくれよ、このタイミングはまずいって……」

「おい、どうした」

「何でもない何でもない、持病の頭痛だから。ストレス社会との戦いで患わった不治の病だから。さて本筋はこっちこっち」

 妙な違和感を感じたけど、特に言うことも言えることもない。

 あっちの反応を待つことにする。

 改めてナウヨックスは先程開けようとしていた引き出しを開ける。

 取り出したのは何かの紙束と、手に収まる程度の大きさの小箱。

「さて、詳しい提案の時間と行こうか。とは言えまずは趣旨を伝えないとね。色々あって、僕は暫くトバルカインと偽槍を共同で預かっている立場だ。それ故にその身の性質、呪いの概要などを研究する時間はいくらでもあった」

 バサバサと机の上に撒かれる紙。

 こんなものを見せられても、理解できた所で不愉快なだけだと思う。

 実際、中の紙に仮面を被せられたクソジジイの写真や、薄気味悪い灰色の肉の塊になったクソジジイの写真があるのを確認した、反吐が出る、過去に戻ってクソジジイをぶっ殺せたらどれだけいいか。

「で、その研究とやらで、うちのクソ一族の呪いがどうにかなるって?」

「んにゃぴ。まあぶっちゃけこんなん一族が根絶やしになるか、偽槍をぶっ壊しちゃうのが一番手っ取り早いよね。でも、僕が必要としていることはそういうことじゃないんだ」

 その撒いた研究資料とやらを、今は関係ないとすいと机の脇に除ける。

 ならなんで撒いたんだよ、鬱陶しいな。

「さて、この話が大本命なんだけど……」

 残ったのはわずか数枚の紙と、小箱。

 小箱が開くと、そこから親指程度の大きさの長方形の何かが出てくる。

 広げられた紙は何やら空白が多く、役所に出す書類のような印象を受ける。

「なにこれ」

「はい」

 紙の上部を掴んだ手が目前までずいと差し出される。

 そして、紙の上部を掴んでいた、否、上部を意図的に隠していた指が離され、隠されていた文字がはっきり見えるようになる。

「…………」

「…………」

「…………はぁ!?」

 思わず、素っ頓狂な声を上げた。

 だって、そうだろう。

 何だこれは、ふざけているのか。

「僕は至って真面目だよー。さあ、名前を書いて、印鑑を押してね」

 警戒性の欠片もない笑顔でそれを向けてくるナウヨックスの言葉はどこからどこまでが本気なのかさっぱり分からない。

 否、何某か本気の欠片が見えたとしても、だ。

 

「櫻井さん家の鈴ちゃん。僕と結婚して、家族になってよ!」

 

 とりあえず私はその『婚姻届』と書かれた用紙を持った馬鹿をぶん殴ることにした。

 

 

 1970年 ヴンダーカンマーⅡにて アルフレートと鈴

 

 

 

 

「…………」

 靴の裏が規則的に地面を打ち鳴らす音が響く。

 広々とした物の無い広大なスペースで、ヴァルターはそれを観戦していた。

 向き合う二人は互いに無手、少女は得意の剣を持たずに、少年に対して踏み込む。

「はッ!」

 あらゆる武道にとって体術とは基礎だ。

 足運び、体捌き、武器で戦う人間はある程度の白兵戦も出来なければ話にならない。

 ベアトリスは騎士の家に生まれ、幼少の頃より剣を握り、黒円卓においてその剣技は最高峰であれば、その間合いの詰め方も、腕に乗せられた威力も、決して生半可ではない。

 しかし、それが剣の技量ほどではない名人程度のものであれば、達人はそれを乗り越える。

「はいハズレ」

 風を切る音さえ聞こえた見事な正拳突きは、到達点に軽く手を添えられ体を僅かにそらされることで回避される。

 無論それにいちいち驚いている隙きなどなく、ベアトリスは次打に移ろうとするが。

「遅い遅い、一撃一撃が全力過ぎ。到底間に合わない」

 アルフレートはその小柄を活かし斜め下に潜り込むように、既にベアトリスの懐に入っていた。

「このっ!」

 とっさに膝を出しても、その膝の頭を捕まれ更に接近される。

 事もあろうにそれを踏み台のようにして。

「せいッ!」

「がッ!?」

 ベアトリスの顎に、アルフレートの頭突きが命中した。

 固い衝撃に襲われたベアトリスはたたらを踏みよろけることとなり。

「はい、はい、はい。しゅーりょー」

「ぐぅ……参りました」

 そこからは、流れるように後ろから足を掬われひっくり返り、関節を固められて終わりだ。

 ベアトリスは悔しげに敗北を認め、アルフレートは不敵に笑いベアトリスを開放した。

「剣と拳の差だね。獲物がない分威力を補おうと拳の先に意図してない力が乗ってるよ。微妙な差だけど、僕にとっては掻っ攫うに足る差だ。僕に一矢報いたいならもっと全身の力の配分を調整するんだね」

「意識してるつもりなんですが……まだ力み過ぎですか」

「ま、時間はあるし、いずれは意識せずスイッチを入れられるようになるまで鍛え込むつもりだし、その辺は回数回数。現役時代路地裏のチンピラを無意味にしばき倒すのがライフワークだった僕としては、ベア子ちゃんにはそのへんの経験が足りないね」

「嫌すぎでしょその趣味。ほんとろくでもない人ですね貴方」

 それは、組手の訓練だった。

 経緯を遡れば、ベアトリスがヴァルターを救い出した折、聖遺物に変化が起こったことにある。

 その身に自身の魂のみで戦う制約を課されたのと引き換えに、手に入れたのが真の創造と、魂を燃料を焼べずとも雷を生成する機械の帯、そして腕に纏った強靭な装甲。

 雷の戦士、ペルクナスの残滓。

 ただの力に固執するのはやめた、しかしそれはそれとして力は必要だ。

 心機一転したベアトリスが来る戦いに向けて始めようと思ったのは、やはり訓練だった。

 剣の腕は錆びついていない、であれば、今持ち得る手札を十全に活かすためにと、彼女は本格的に拳闘の訓練を行うことにした。

 その所をヴァルターに伝えると。

『ああ、それなら。丁度お誂え向きのがいるだろう。俺たち共通の知り合いに』

 そう言われ、そして今に至る。

 こうして訓練を行うのももう何度目か。

「むう……次、お願いします」

「疲れたから十分休憩ー」

「嘘つけ! 活動位階中に疲れたとか成り立てじゃないんですから!」

「いいからいいから、感覚を掴めないうちは動作と思考の反芻が必要なんだって」

 アルフレート・ナウヨックスは拳闘の達人だ。

 恐ろしいことに彼と長く付き合ってる人間でも注意してないとその事実を忘れることがある。

 彼が、他人から侮られるように、意図的にそう振る舞っているからだ。

 純粋な戦士でなければ、たとえその事実が分かっていても彼を侮る。

 実際ベアトリスもヴァルターに言われて思い出したのはいいが、こうして手合わせするまで大した期待を持てなかったのだから筋金入りだ。

 訓練内容は活動位階の微弱隆起まで縛りをいれた白兵戦闘。

 未だ、ベアトリスはアルフレートの背を地につけられていない。

「はあ……」

「お疲れ様」

 溜息をつくベアトリスに、ヴァルターがタオルとボトルを渡した。

 それを受け取りながら、遠くで床に乗っ転がってるアルフレートを見てベアトリスがぼやく。

「何というか、彼の技量が高いのは分かるんです。小憎たらしい振る舞いしてますけど、分かります。彼の動きは正当な鍛錬と実践に裏打ちされた技術です。駆け引き自体に邪道はあっても、その動きは鋼の如き理念で構成されている。私が培った剣技と同じです」

「邪道って言うならそれはむしろ俺のことだろう。基礎能力だけをひたすら鍛えた後は実践と直感と目の良さだけで何とかしてきたようなものだし。だからベアトリスから攻めの剣を教わるのは有り難いと思うよ」

「ええ、そのくらいならいくらでも、です」

 ヴァルターはアルフレートの研究に協力する。

 アルフレートはベアトリスに拳闘の訓練をする。

 ベアトリスはヴァルターに正道の剣技を教える。

 来る時に向けての準備期間、その間に何ができるのか。

それを踏まえての、この三人の概ねの関係性がこれだった。

「彼のは彼の、あやふやで気分屋のように見えて確かな何かがあるのは分かります。それでも……それでも腹立つんですよねえーーーーーーほんと、何時か絶対ひっくり返してやる」

「余り真に受けるな、とは言えないけど。そうしようとしてもペースに引きずり込んで切るのがあいつだし。まあ、でも」

 起き上がり、体を曲げて柔軟体操をしているアルフレートをヴァルターは見る。

 視線が合うと、アルフレートはへらりと笑いながら手を振ってくる。

「組み手してるときのあいつに邪念はないよ。純粋に楽しそうだ。そこは信じていいと思う。あいつはあいつなりにしっかり鍛えてるよ」

「……ですか。まあ、先輩がそう言うのなら。きっとそうなんでしょうね」

 ベアトリスにも実感はある。

 この鍛錬の一つ一つが確かな血肉となっていることを。

 相手は未だ拳闘においては全く及ばぬ熟練の領域であれば、学ぶものは多い。

 どこまで近づけるか、否、完全にものにしてみせる。

 それに、もたついてたら間に合わなくなるかもしれない。

 あの言葉を、あの日耳元で囁かれた言葉を思い出す。

 

『僕がヴァルターの味方でいられるのも、後少しかもしれない。そうなったら、後は頼むよ』

 

「…………」

 その表情を見る。

 変わりは、見えない、分からない。

 けれど、あの日何故自分にあんなことを言ったのか。

「それだけは、信じますよ。ナウヨックス少佐」

 アルフレートが起き上がるのを見て、ベアトリスも立ち上がった。

 

 

 ヴンダーカンマーⅡ:試験区画にて 彼らの鍛錬風景

 

 

 

 

「くっ……まさか、このようなことになるとは。不覚でした」

 ヴァレリア・トリファは大いに動揺していた。

 人の良い神父の顔は表の世を渡り歩く姿。

 黄金の玉体を借り受ける男、聖餐杯、邪なる聖者、クリストフ・ローエングリーン。

 稀代の策謀家、人心掌握者、ンを抜いた人、ドスケベ変態。

 裏世界からは数々の忌み名で陰口を叩かれる男だ。

 世界が恐れる聖槍十三騎士団、その首領代行である男が今、橋の上で動揺に震えている。

 何を恐れるものがあるのか、よもや、彼の真なる主の降臨か。

 そう、ヴァレリアは今……

 

「ここまでしますか! もうこの段階で泣きそうなんですが!」

 

 現在、下着のシャツまで奪われパンツを晒した姿で諏訪原の橋の上で仁王立ちしていた。

 日も若干斜めに傾いた、昼間のことだった。

 ヴァレリアは、パンツむき出しで橋の上にいた。

 パンツむき出しで。

「なんということでしょう……報告がある故昼間にも構わず教会に帰ろうと橋を渡っていたら、またも下校途中のエキセントリックな小学生たちにカソックを奪われ、ついでにバッグの中に入れておいた予備のカソックさえも奪われ、鉄塔の上に引っ掛けられてしまうとは……このままでは、私は更なる変態の烙印を押されてしまう!」

 尚ヴァレリアは既に身内からはドスケベ変態の烙印を押されている。

 近所の奥方も神父様はいつも大変ねと思われつつそれでも若干変態扱いされている。

 しかしヴァレリアはへこたれない、だって聖餐杯だから。

 例え会心の策として用意したバッグに服の予備を持ち歩くという完璧な防護を破られあまつさえシャツまで奪われてしまっても、聖餐杯はめげないのだ。

「聖餐杯は砕けない」

 中天の太陽の輝きが眼鏡に反射する。

 ヴァレリアは今、試練の只中にいた。

「さて、では登りますか」

 すっかり襲撃に慣れてしまったので、ヴァレリアは嘆きも程々に鉄塔によじ登ることにした。

 相変わらず意外と角ばっているわ表面は滑るわで登りにくいことこの上ない。

 この鉄塔も老朽化が激しいのでシュピーネに話して新品に立て直してもらいましょうか、これに登る小学生たちが怪我をしてしまったら事ですからね。

 そんなことを思いつつヴァレリアは鉄塔を登る。

 そう、ヴァレリアは子供たちを怒らない。

 いくら代が変わるごとに小賢しさが増し、伝統とでも言わんばかりに自分のカソックを剥ぎに来るクソガキ共であろうと、彼にとっては愛すべき子供たちなのだ。

 何だかんだ卒業式の日に思いの篭った寄せ書きをくれる子供達をどうして怒ることができましょうか、いやない。

 そんなんだから最早金髪の神父からカソックを剥ぐ話が諏訪原の都市伝説となっているのだが、邪なる聖者だろうと日頃のうだつの上がらなさはどうしようもなかった。

「ふん、ふん、もう少し、もう少しですよ……」

 鉄塔を半ば以上まで登り、風にたなびくカソック(予備含め五着)が目前に迫る。

 ギシギシバキバキと危険な音を鳴らしながら自身の体重を支えている鉄塔を左手と両足でしっかり抑えつつ、その右手をカソックに伸ばして。

「あ、ああっ!? そんなご無体な!」

 しかし、やはり突風が起き、鉄塔の先に引っかかっていたカソックが全て外れる。

 カソックが宙を舞おうとしているのを見たヴァレリアはしかし慌てて手を伸ばさないよう落ち着いて現状把握に努め、しかしそれでも結局負担がかかった左手のパイプと足元のパイプから、バキッっという嫌な音が響いて。

「あ」

 古びた鉄塔の一部が見事に折れた。

 ヴァレリアの体は慣性のままに鉄塔を離れ空に放り出される。

「ああああああぁぁぁぁぁ…………」

 ヴァレリアは橋の地面ではなく、その下、川の中に叩き込まれた。

 魔人的にはコンクリートに叩きつけられても別に平気なのだが、衆目がある中叩きつけられてピンピンしているのはおかしい。

 なのでヴァレリアは落ちる時は川の中にしようと、空中での体のひねり方を覚えたのだ。

「はひぃ、はひぃ、こ、今回も酷い目にあいました……すっかりナウヨックス卿の口癖が移ってしまったような……」

 ざぶざぶと川の水を搔き分け、河川敷に倒れ込む金髪の大男。

 何故か眼鏡だけは流されることなく死守していた。

「わ、私のカソックは……ああ、よかった、やはり神は私を見捨てない」

 突風で鉄塔から飛ばされたカソック四着はバラバラに飛んでいったがそのうち一着が河川敷の坂に落ちていた。

 やはり数分待っていればこんな目に合わずともカソックを回収できていたのだが、まああの社会死ゲージ急上昇中の身にそれを省みろというのは不可能だろう。

「カソックは取り戻せても今度は我が身が水浸し。ふ、ですが子供たちよ甘いですね、カソックに固執する余り私のバッグに入っていたバスタオルには無頓着だった。今回は私の勝ちです」

 そう言って予め河川敷においておいたバッグに近づこうとして。

 背後からパシャー、パシャー、と何か音が聞こえたので、振り返る。

「……マレウス。あの、やめてください」

「えー? やだ」

 ルサルカはヴァレリアのバッグを背負いながら、カメラのシャッターを切っていた。

 被写体は無論ずぶ濡れのヴァレリアである。

 愉悦の瞬間はそこらじゅうに転がってるのよねーと、いつの頃からかカメラと録音機械を手放さないようになったルサルカ。

 その表情はあくどい。

「私のバッグ返して下さい、体拭きたいんですよ」

「取った写真は現像次第バビロンに送るわ」

「本当にやめて下さい」

「仕方ないわねー。まあどうせまた噂になるだろうし、この中身は私のコレクションに加えるだけにしておくわ」

「ふんッ」

「おっと」

 カメラを奪おうとする変態。

 こういうときばかり機敏に避けるルサルカ。

 ルサルカは脱兎のごとくその場から駆け出し、河川敷には両手両膝を地につき項垂れるヴァレリアのみが残った。

「ママーまた神父様が変なことになってるよー」

「しっ、見ちゃいけません」

 そんな声が橋の上から聞こえてきて。

「……聖餐杯は、壊れない」

 砂利の上で、ピュアな涙を零す聖人がいたのだった。

 

 

 

 

 教会の地下、黒円卓の会議場にて。

 ヴァレリアは厳かに手を組み、首領代行として団員を見る。

「さて……面倒なことになりました」

「何が面倒なのかしらドスケベ変態」

 ヴァレリアの腕はずるっと椅子から滑った。

「あの、いい加減この流れやめません?」

「アルちゃん印の映写機械なら当日現像余裕だからもう全員に配っておいたわよ」

「何やってるんですか貴方、またパンツ……」

「ドスケベ変態くんってやっぱりホモだったんだね」

「私はホモじゃない!!!」

 この場に集っているのはヴァレリア、リザ、ルサルカ、ベアトリス、アルフレートの五人。

 ヴィルヘルムは相変わらず戦場荒らしに精を出しているし、シュピーネは資金繰りのため米国に飛んでいる。

 今回は非常事態ではあるが、とりあえずはその場にいる面々のみでの会議だった。

「んんッ!!! 私のことはどうでもいいでしょう。今回の主題は今も尚我々に刃向かおうとする何某かの話なのですから! なので私の話はもうやめましょう、ハイ、やめやめ!」

「ついにドスケベ変態の部分は否定しなくなったわね」

「まあ、ドスケベ変態だろうと仲間なのが黒円卓のいい所? って感じだし」

「ドスケベ変態に正論を言われても……」

「皆、ドスケベ変態が何をしたっていうんだ! ドスケベで変態だからって、彼も同胞なんだぞ! 体を張ってずぶ濡れ男優写真集を作ろうだなんて、中々できることじゃないよ!」

「もおおおおおおおおおおおお!!! そんな恐れ多いことするわけ無いでしょ!!!」

グラズヘイムの面々に知られたら間違いなく殺される恐るべき企画に、ヴァレリアはみっともなくキレて無理矢理話をすすめることにした。

 聖餐杯は壊れない、壊れないったら壊れない。

「いいですか……櫻井の一族が失踪しました」

「失踪?」

 リザが一番に眉をしかめる。

 彼女にとっても由々しき事態だったからだ。

「ええ、二代目トバルカイン、櫻井鈴の出奔が起こったことを踏まえ、あの一族は常に監視下に置いていたのですが……監視員は皆殺しでした。櫻井の人間は、全員消えていたそうです」

「下手人は不明、ということかしら」

「現場に残った破壊痕跡、そしてそれに反し家屋全体は不自然なほど損傷が小さいことから、推定ですが、大型兵器ではなく人間大の何者かが暴れまわった可能性が高い。少なくとも嘗て我々に敵対した、あの魔女たちのような何者かであることは間違いありません」

「へえー、まだそんなのがいたなんて、おっどろき。枝切はほとんど済んだと思ったのに」

 ルサルカがそう囃し立てると、ヴァレリアは厳かに頷く。

「ええ、まさしくそれですよ。ほとんど、とは、全て、ではない。今回の手口は鮮やかにすぎる、我々に尻尾を掴ませないための作戦校であったと言わざるを得ません。と、なると」

「未だ現存している数少ない反黒円卓組織の仕業、そういうことですか」

「ええ。大国の幾つかは既に機能を停止している、となるとある程度の絞込は出来ます。ただ、それに対しこちらから攻勢を仕掛けた所で、目当てのものが返ってくるかどうか。我々は奪われた段階ですでに半ば敗北しているわけだ。ゾーネンキント程の重要度ではなかった故に下部組織による監視に留めていたとはいえ、やられましたね」

 脅威ではない、しかし面倒だ。

 年月も既に半ば以上まで過ぎ近づき、今は1987年。

 この時期に未だ黄金錬成に介入しようなどと目論む身の程知らずがいるのは実に良くない、とヴァレリアはため息を吐く。

「では、どうするんです? 今まで敢えて放置していたものを、片っ端から潰していくんですか」

 ベアトリスが問うと、ヴァレリアは首を横に振った。

「いいえ。今回は何もしません。行動を起こしたということは、狙いがあるということ。私は今回の櫻井一族誘拐は、最初の一手に過ぎないと考える。であれば」

「相手が自発的に本命の作戦を実行してこそ、一網打尽にできる。こっちから叩いてもまた蟻が散っていくみたいにバラけるだけ、そういうことね」

 ルサルカが手を広げ握り込む動作をした。

 敵、などというものは全て掌の上にあると。

「ええ。何せ負ける要素がない。双頭の鷲(ドッペル・アドラー)あたりは古代機関(イニシエイト・エンジン)の発掘場独占に成功したという話ですが、精々位階としては形成がいい所。間違えてはなりません、我々は決して脅かされる側ではない」

 ヴァレリアが席から立ち上がり、第二位の席の後ろまでゆったり歩く。

 その席に、軽く手をおいて。

「故、三代目は諦めましょう。二代で十分だ。そうですね、ナウヨックス卿」

 その問いかけに、アルフレートは眠たげに答える。

「或いは、今のカインを破損でもさせれば偽槍は少なくとも世界の何処かにいる次の担い手と契約するんだろうけど。それじゃあ二代目の木阿弥ってやつさ。そんなことをしたら次の目処が立たなくなる。カインに被せた鎧は完成したし、まあ二代で十分と見るべきだね」

「ええ、少なくとも、二代に渡る血肉を吸収できたのですから。櫻井鈴は偽槍と契約後も延々と我々から逃げ続けてくれましたが……カインの肉が肥大化したということは、彼女が役目を果たしたのは間違いない。そうでしょう」

「……ええ。確かに、今カインは二人分の人間の肉で構成されているわ。二代目は、死んだ」

 トバルカインのメンテナンスをするリザが、そう断言する。

 その言葉に満足したように、ヴァレリアは周囲に対し呼びかける。

「であれば。後は時を待つとしましょうか。反攻勢力が我らの儀式を待つはずがない、必ずその前に事を起こすはずです。そうなれば、分かっていますね?」

「ボーナスゲームチャーンス、ってわけでしょ?」

「敵が来れば、排除するだけね」

「……襲い来るのであれば、刃を以て示します」

「楽しそうであれば参加するよー。つまんなそうならお任せ」

「では、此度はこれにて」

 積もる話はあるが、一旦席を立ち地上に戻っていく。

 ルサルカ、リザ、ベアトリスと女性陣が先んじて部屋を出ていき。

 それを見届けた後、ヴァレリアもまた席を立つ。

 乗じるように、アルフレートも席を立ち、その隣に続いて。

「ナウヨックス卿」

「何だい?」

 隣り合う親子ほどの身長差の二人が、互いを横目で見て。

 

「貴方の仕業ですか?」

「…………ひひっ」

 

 

 1989年 諏訪原にて 櫻井一族の失踪

 

 

 

 

「お前は、何なんだ」

 生まれたばかりの妹を抱える母を背に、少年は問う。

 恐怖と、困惑と、怒りを宿して。

 自分たちをあの牢獄にも等しい場から解き放った何者かに。

 そして、その何者かは。

「……お前たちを次の地獄に落とす、鋼の悪魔の使者だよ」

 彼らを連れ出した、血塗られた黒い剣を携えた、顔の見えないその男は。

 左腕のない、黒い鋼を纏った男は、皮肉げにそう言った。

 

 




分岐点
棚の中の薬を……  ✓飲む
           飲まない

さてアルフレートくんは一体何をしてるのでしょうか。


冒頭の鈴ちゃん独白ですが、彼女は兄さんたちの叔母だそうで、なら兄弟がいるよねと。
本作では特に生かされない裏設定ですが鈴ちゃんがこの時兄貴を犠牲にしてでも……という選択をしていた場合、この兄貴が偽槍を完全掌握するに至り超戦士が誕生していたとかしていないとか。
そんな与太話。

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。