β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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幕間、これにて。
長かったけどもうこれ以上長引かせる気はないんだ。
やーーっと一区切りだよ、皆には退屈させたんじゃないでしょうか。
これから先が退屈じゃない保証はないけど。

さーて今回のお話は。

1:アル君とレッちゃん
2:ショートコント、学級新聞のインタビューby聖餐杯猊下
3:さよならアルフレート

になります。


Verfaulen segen:β

O Tannenbaum(オー タンネンバォム), O Tannenbaum(オー タンネンバォム)

 

 ブランコが揺れる。

 片側に誰もいないブランコで一人、幼い少女は茫洋とした顔で船を漕ぐ。

Wie treu sind(ヴィー トロィ ズィン) deine Blätter(ダィネ ブレーッテァ)

 幼稚園内の片隅の、年季の入ったブランコで。

 同じ園の子供たちを歳にそぐわぬ達観した瞳で見つめながら。

Du grünst nicht(ドゥ グルューンスツ ニヒト) nur zur Sommerzeit(ヌーァ ツゥァ ゾンメァツァィッ)

 幻想的な銀色の髪が風に舞う様は冷ややかな妖精じみていて。

 現実味のないその少女に好んで近づく子供はいなかったし、彼女自身も園の子供たちと話が合うはずもないと思っていた。

 だからブランコの片側は、埋まらない。

Nein auch im Winter(ナィン アォヒ イム ヴィンテァ) wenn es schneit(ヴェン エス シュナィッ)

 退屈な時間。

 茫洋と過ごすだけの時間。

 氷室玲愛にとって、園にいる時間とは眠っているにも等しい時間で。

O Tannenbaum(オー タンネンバォム), O Tannenbaum(オー タンネンバォム)

 しかし、しかし。

 帰る場所、あの教会さえも。

 果たしてそこは、暖かい場所、と言ってもいいのだろうか。

 彼らは、暖かい。

 同時に、冷たい。

冷たい金属の手すりがぎぃ、ぎぃ、と音を鳴らす。

 その冷たさを言い表せないかたちで感じ取っている少女は、しかしそれに見て見ぬふりをする。

Wie grün sind(ヴィー グルューン ズィン) deine Blätter!(ダィネ ブレーッテァ)

 そんなことは知らない、私は知らない。

 何も、何も、私を脅かすものなど無い、と、そう信じ込みたかった。

 幼心にそれを表現する言葉も理屈も知らないまま、しかしそれを明確に感じ取れてしまった少女の心は、半ば凍てついている。

 それはクリスマスの雪のように、溶けない氷のように。

 氷室玲愛の手は、冷たい。

 

「おお、モミの木よ、おお、モミの木よ! そなたの葉はなんと変わらずあり続けることか! 夏場だけはでなく、雪の降る冬でも青々としている!」

 

 がちゃこん、とやかましい音が響いた。

 隣のブランコに、誰かが飛び乗る音だった。

 玲愛の歌っていた美しいドイツのキャロル、それに仰々しく被せるように、やかましい愉悦に満ちた音が響いた。

「おお、モミの木よ、おお、モミの木よ! そなたの葉はなんと青々としていることか!」

「アル、うるさい」

 ひっくり返りそうなくらい勢いをつけガチャガチャ音を鳴らしながらブランコを急制動させる誰かを、玲愛はブランコを漕ぐのをやめて半眼で睨めつける。

「美少女が歌ってるんだから、静聴するくらいの節度は設けようとは思わないの」

「してたらしてたで何バカ面で棒立ちしてるのとか言うくせに。レッちゃん相手に幼気を優先することはしないのさ、僕は」

 アル、この街においてはアルフレート・氷室と名乗る男はブランコから飛び降り、その左手を玲愛に向けて伸ばす。

玲愛が、その手を取る。

「さ、帰ろうか。お姫様」

「くるしゅうない、今日も私の盾として励むがよい」

「今年の大河ドラマは何だったっけ」

「八代将軍吉宗」

「テレビ好きだねえ、レッちゃんは」

「園にいるよりは何だって好きだよ。テレビは特別だけど」

「ママンとトゥギャザー好きだよね、教育番組の」

「うらみちお兄さんは人生の師匠」

「神父様が構ってくれないって夜半にべそかいてたぜ?」

「気持ち悪いって伝えておいて」

「よーし分かった、今度とっておきのいじりネタを披露してくる」

 町中の帰路、緩く手を繋ぎ歩く銀髪の二人。

 揺れる小さな影、隣からかすかに聞こえる鼻歌。

 鋼のように冷たくとも、確かにその手に触れている感覚。

 まだ幼い玲愛にとっての、それが日常。

「アルの手、冷たい」

「冷え性でねえ、手袋が欲しい?」

「いい」

「そう」

 手を握ると、聞こえてくる。

 柔らかい人肌の内から聞こえてくる、時計の音。

 チク・タク、チク・タク。

 遠くで、誰かが嗤う音。

 それでも、手は離さない。

「もうすぐ君の誕生日だねえ」

「クリスマス」

「そう、彼の人の生誕祭に生まれた、輝かしい運命の子。それが君だよ、テレジア。皆が君の誕生に喜び、祈ったものさ」

「アルも?」

「……そうだねえ。僕もさ」

「神父様とリザはともかく、アルは何だか想像できない」

「酷いなあ。君の出産にも立ち会って、皆を差し置いて最初に君の手を握ったのは僕なんだぜ? ゴッドファーザーは神父様だけど、そこは僕だって特別でいいんじゃないかなあ」

「ふーん」

「冷たあい。お兄さん信用ないなあ」

 ふええんと露骨な泣き声を上げるアルフレートを、玲愛はじっと見上げる。

 生まれた時からずっと一緒だった、神父様やリザよりは背の近い彼。

 自分と違いことある毎によく笑い、動き、連れ回されて。

 近所のいい子も悪ガキ共も皆纏めて神父様にけしかけたり。

 教会では愉快なお兄さん役として、神父様から一方的にライバル視されている彼。

「アルの優しさは白々しいから、浮気を疑われても仕方ないと思うよ。誰にだってそんなこと言ってるんでしょう、この泥棒猫、って感じで」

「泥棒猫はむしろ僕じゃない側に言うべきじゃないかなあ。しかし浮気、浮気ねえ……心外だなあ、僕ってばこう見えて一途よ?」

「それはそれで気持ち悪い」

「神父様と同レベルの貶められ方をされてしまった、これは流石にショックだ……」

 目頭を覆い嘆くアルフレートは、よし、と一声小さく何かを決めたようにして立ち止まる。

 釣られて立ち止まった玲愛の隣、膝を付き、握った手を胸の前まで掲げて。

「じゃあどうだろう、約束しよう」

「約束?」

「そう、この一度きりの気まぐれを、幼い君に。その約束を、僕は必ず守る。破ってしまったら、僕の負け。守れたら、僕の勝ち。どうだい?」

 そんなことを言い出す。

 不敵さに満ちた緩やかな笑みのまま、似合わない姿勢で。

「一度きりの約束を守っただけで信用されたいなんて、アルはズルいやつだね。この詐欺師」

「ぐわあ。近所のお姉さま方には通じる手管なのに。レッちゃんってば大人の女」

「そう、私は大人の女。なめんなよ小僧」

「まーたそんなどっかのドラマかぶれのセリフ覚えちゃって」

 苦笑いしながら、少しだけ力を入れられた手が、また緩まっていく。

 アルフレートがゆっくり立ち上がろうとするのを玲愛は見て。

「…………」

 なんとなく、手を握り返した。

「約束」

「ん?」

 立ち上がろうとしたアルフレートが、怪訝そうに止まる。

 その瞳の中まで、先まで覗き込んで、玲愛が言う。

「別に、信じてないなんて言ってないでしょ。だから、約束」

 彼は白々しいし嘘つきだしろくでなしだが、それでも。

 瞳の中まで覗き込んだ上で、玲愛は。

 何となく、何となくだけど、言葉にするつもりはなかったことを、言葉にすることにした。

 彼が『それ』を冗談のように口にするのなら、自分も『それ』を冗談のように口にしてもいいのではないか、と、そう思ったから。

 

「私が困ってたら、助けてね。アル」

 

「…………」

 一瞬、ほんの一瞬、何かが剥がれ落ちたような気がした。

 アルフレートはその言葉に苦虫を噛み潰したような顔をする。

「うーんやられた、何という長期契約。これは僕の勝機が薄くなってきましたよ」

「負けを認める?」

「しかしそれはまだ今ではない。僕は諦めないよ、数時間後に来そうなその時まで!」

「駄目だこりゃ」

 すくっと立ち上がり半歩前を行くアルフレートに、玲愛は溜息を付きながらも続いた。

 なんでもない、ある日の一幕。

 その交わされた冗談が、互いに本気の冗談であったことを知ることになるのは、果たして明日のことか数年先のことか。

 二人は今日も家路を歩く、まるで本当の兄妹のように。

 

 

 1995年冬 アルフレートと玲愛、帰り道

 

 

 

 

 聖誕祭が近くとあれば、教会は老若男女問わず賑わう。

 諏訪原の教会は町外れにあるが、近隣の住人の信用は篤い。

 神父様が定期的に悪ガキ共の襲撃を受けカソック無しで町中を放浪するのが玉に瑕。

 ともあれ、聖誕祭をささやかに祝うため集まった人も、それとは特に関係なく騒ぎたい子供たちも、この日は教会に訪れていた。

「神父様! 神父様!」

「はいはい、慌てずとも私は逃げたりはしませんよ」

 小学校の生徒達に囲まれ、手ずから菓子を配る長身の神父、ヴァレリアは小さな袋菓子をカゴいっぱいに詰めて子供たちを歓待していた。

「神父様、今日学校の体育でねー、かけっこで一番になったんだ」

「それはそれは、では一等賞の記念にもう一つプレゼントしましょうか」

「神父様、こいつが一番になった理由ってクラスで一番足の早いやつが転んだからだぜ」

「あ、言うなよ!」

「ははは、しかし転んでしまった彼は不注意だったのでしょう。今回は注意深かった彼の勝ち、ということでいいではありませんか」

「神父様、顔色悪いよ。またシスターと喧嘩したの? ダメだよ仲良くしなきゃ」

「ああ……私もそうしたいのですが、リザは相も変わらず機嫌がよろしくなく」

「神父様また寝坊? シスターに怒られたの?」

「疲労? 年だから?」

「体の節々が怪しくなってきてるの?」

「悩みがいつの間にか漠然とした不安に置き換わっていく?」

「断じてそんな事はありません。私は若々しく現役です」

 時々世知辛い言葉を的確に突き刺してくる子供たちに、ヴァレリアは笑顔で道徳的に接する。

 そんな中、一人の子供が手を上げる。

「神父様! 今度の学級新聞に、神父様のインタビューを載せたいんです!」

「ほう、それはそれは。勿論構いませんよ、私が答えられる範囲なら存分に」

 そう言いかけて、ヴァレリアは気づいた。

 はて、今の声聞き覚えあるな、と。

 しかし、そう思った時には遅かった。

「やったあ、ありがとうございます!」

 出てきたのはペロキャンを持ち帽子を被った謎の少年だった。

 悲しいことに今日集まってきている子供たちの中に、彼の正体を看破できる者はいない。

(な、ナウヨックス卿―!?)

 少年がニヤリと笑った。

 十中八九ヴァレリアをいじりに来たのだろう。

 この衆目の中、見た目だけは少年のアルフレートを邪険に扱う訳にはいかない。

 しかしこのままでは相手の思う壺。

「それでは、この奥の部屋でゆっくり話を聞きましょう」

「メモ取れるからここでいいです」

「いえいえこういったことは落ち着いて、時間と場を整えなければいけませんよ」

「えー皆に聞かれるとまずいことでもあるんですかあ?」

「ぐっ……いやいやそんな事はありませんよ、ですが」

「皆も神父様の話聞きたいよねー!」

「ちょ……」

 聞きたーい、と子どもたちの合唱が響いた。

(ナウヨックス卿、この卑怯者! 個人の舌戦に子供たちを引き込むとは……!)

(邪なる聖者が子供を利用云々とか寝言をほざいてますう、おととい出直せ)

 非常にしょうもないやり取りを表側と内心で繰り広げ、ヴァレリアは折れた。

 せめて答えられない質問は黙秘を貫けばいいだろう、と。

「いいでしょう、この場で何なりと質問して下さい。ただし、答えるべきではないと思ったことには私は答えませ……」

「はい。じゃあ……『年収は?』」

「いきなり!?」

 いきなりそういう質問が来た。

「あのですね……そのような質問を聖職者、いわんや大人にしてはいけませんよ。貴方達にとって大切なことはもっと」

「答えられませんか、じゃあ推定出しちゃっていいっすかね」

「は?」

 だがしかし。

 黙秘などという対策は悲しいことに無意味である。

「えーっと……僕のお小遣いが月五百円だから……きっとその五倍は貰ってますよね!」

「いや何でですか。月二千五百円じゃ生活なんてできませんよ! もっと貰ってます!」

「ほう」

 流石に小学生感覚の的外れな結論にツッコミを入れてしまうヴァレリアだったが、少年はその言葉尻を悪どく拾い上げる。

「『もっと貰ってます』、と声を荒げるトリファ神父。『出て行け、出て行け、マスコミは出て行け!』」

「ちょ、まッ……! やめ、やめなさい!」

 有る事無い事呟きながらメモを凄い勢いで取り始める少年。

 あんまりすぎる言い草に流石のヴァレリアも止めに入る。

「やめなさい、ちょっと、やめなさい、人聞き悪いでしょ!」

「はい? 『人妻恋しい』?」

「何ですか。言ってないでしょそんなこと」

 すごい文章改変をされて呆然とするも、少年のペンは止まらない。

「成る程。……『人妻恋しい夜もあるさ。神父である前に人間だからねえ!』」

「ちょ、やめっ、やめッ! やめて! クビになっちゃう、クビになっちゃいますから!」

「クビになっちゃう?」

「そう、クビに……」

「『クビになっちゃってもいい、クビになっちゃってもいいから、人妻を、人妻を!』」

「やめ、ヤメロォー! やめなさい、お願いします! 小児の子たちもいるんですよ! これ以上変なことを言いふらさないで!」

「小児? ……『人妻から小児まで!』」

「まッ……まてッ……ちょ、まッ」

 精神的に息も絶え絶えになりながら何とかメモとペンを持つ手に介入するヴァレリア。

 そして真っ青な顔で首を振った。

「そこまでひどくない、そこまでひどくないです」

 心からの言葉だった。

 ヴァレリア・トリファの心からの言葉だった。

「そこまでひどくない、成る程。『そこまでひどくない』っと……」

「いやそこまでひどくないも書かなくていいですから! 本当にやめ……」

 

 

 

 

 

『シオンの歌を歌えよ、アリルイヤ!』

 

 

 

 

 

「おん?」

「……! これは……」

 その時、この二人だけは確かに、何かが砕け散る音を聞いた。

 それは自身の内から響く音。

 最強の鎧が、剥がされ砕かれた音に他ならない。

 鷲の羽ばたきが、聞こえたような気がした。

「……さーてチビっ子諸君に父兄の方々。今日はここまで、さようなら」

 アルフレートが軽く手を打ち鳴らす。

 すると、その場の人々は夢でも見ているかのようにぼんやりと、出口から教会を出ていく。

 そして、帰宅するだろう、何の疑問も持つことはなく。

「暗示迷彩完了。さてどうするね、クリストフ」

「些か想定より早かったとはいえ、ベイ、マレウス、シュピーネもいずれ合流するでしょう。よもや彼らが死ぬことはありますまい、ゆったりと待たせて頂きましょう」

 鷲の襲来、それは予期していたことではあった。

 恐らく来る時の前の、最後の露払いとなることを予感しつつ、ヴァレリアは悠然と構えた。

 聖餐杯は砕けない、たとえ鎧を剥がれようとも。

 

 

 

 

 さて。

 さてさて。

 さて、さて、さて。

 

 例題です、いえ、是はおとぎ話です、もしくは宣言?

 まあ、何でもいいでしょう、それは既に終わった話です。

 終わったからには変えようがありません、かの水銀の王以外には。

 

 鷲が襲来します。

 蛇の眷属を襲うためです。

 人類最醜にして最美の魂が宿った刃を携えて。

 蛇の鎧は全て砕かれてしまいます、危機感は破壊されてしまいます。

 どこかの世界では、ここでとある男女の運命が決まってしまったのかもしれません。

 

 さて、何が違いますか?

 

 まず一つ、彼女は数十年前に既に己の運命を見定めています。

 二つ、彼は今や行方が知れず、黒円卓に囚われる哀れな青年ではありません。

 三つ、鷲の集団には、とある人物が欠けています。

 しかし、そんなことは大した問題ではありません。

 三者三様、誰一人関わらないのであれば、それに関連する事象が起こりえないだけです。

 

 では、何が問題なのでしょう?

 

「うふ、うふふふふふふふふふ」

「何が可笑しいのですか」

 

 まず一つ、鷲の兵団に、鋼鉄の異形が入り混じっていること?

 

「可笑しいわ、何もかもが。だって、全て、意味なんてないもの。意味なんて、なくなるのよ」

 

 二つ、ジークリンデ・エーベルヴァインは既にあの男の操り人形であったこと?

 

「それが、全ての願いだもの。チク・タク、チク・タク、ああ、今宵も時計の針は進む」

 

 三つ、双頭の鷲は黒円卓第六位に掌握されその尖兵となっていたこと?

 

「うふふふ、あっはっはっはっはっはっはガガガガガガガガガ」

 

 そして、そして。

 

 

 

 

 

「うわはははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 アルフレート・ヘルムート・ナウヨックスが氷室玲愛を捕え、反旗を翻したこと?

 

 

 

 

 双頭の鷲の襲来を跳ね除けたシャンバラ、諏訪原上空を突然覆う雷雲。

 突然の怪異に、しかし危機感を奪われた人々は目を逸らす。

 渦巻く曇天に描かれた光景は、そうでもなければ正気を保つことはできなかっただろう。

 

 ――空が、割れる。

 

 天空の亀裂より振り下ろされた光の剣は大地に突き立ち、滅びの炎を吹き上げる。

 阿鼻も叫喚も不要、唯一人の喝采をもって、この蛮行は言祝がれる。

 恐怖せよ、恐怖せよ、それこそが我が原初の渇望なれば。

 それすらも、終わりの始まりに過ぎないのであれば。

 全て、全て、意味などない。

「ゾーネンキントはまだ幼く、ツァラトゥストラは現れないィ? 結構結構、だからこそできることがある。喝采せよ、喝采せよ!!! 盲目の生贄が、今こそ灰燼の結末を呼び込もう!!!」

 建設途中所博物館の屋上に、影はあった。

 背後に巨大な十字架を立て、そこには幼い少女、気を失った玲愛が鎖で磔にされている。

 少女、生贄、さまよう子羊。

 狂笑するアルフレートは冒涜の口上を歌い上げ、第一のスワスチカは歪み軋む。

 上空には捻れた空間が、割れた空の先が黒い洞となって唸り声を上げている。

「未発達のスワスチカが発達していく過程、それがどこでもない空間をグラズヘイムへと繋げるための術式を仕込む過程だとするならば、今なら繋げられる! ここではないどこか、此方ならざる彼方への道! ゲートジェネレーター隆起確認、ワームホール展開完了! ここより先は制御を放棄し臨界暴走を開始する!」

「何を……何をしているのですか、ナウヨックス少佐!」

 そこに、立ちふさがるものがある。

 早々に異変を察知し、雷光と共に駆けてくる戦乙女が。

 ベアトリスがアルフレートを見上げながら、その剣を向ける。

「何、何をしているのかって? そりゃあ勿論大いなる実験さベア子ちゃん。全て、全て、このための仕込みだ。この機構を作り上げるのに数十年かけた、今この瞬間のために全てはあった!」

「何が実験……! 私の雷の残照が叫んでいる! 『それ』は、世界を滅ぼすものだ!」

「はははははは、そう、そうか、君がそう言うのなら確かに『繋がる』のか! ありがとうよベア子ちゃん、これで益々止める必要性がなくなったぜ!」

「ぐッ!?」

 風が吹き荒れる。

 無空の世界が空気を取り込むかのように。

 割れた空の向こう側が、何もない世界が何もかもがある世界を取り込むかのように。

 その風は何もかもを取り込み絡め取ろうとする、ベアトリスさえも。

「未知世界ワームホール。早い話が『何処とも知れぬ世界の外側に放逐されるブラックホール』さ。今繋がってる先なんて僕にも分からないけど、展開したワームホールがこんな有様なら十中八九あらゆる生命が存在できない空間であることは間違いない。これに吸い込まれればまあ、死ぬだろうね。逃げたほうが身のためだよ?」

「誰が……! ここで貴方を止め、少女を救う! それ以外の道はない!」

「あ、そう。じゃ、残念だけど君はここで詰みだ。さようなら」

 アルフレートは、そう憐れむように言う。

 ここまで近づいてしまった段階で、どうしようもなく詰んでいる彼女に。

 

『さあ、始めよう』

 

『月の王の光を借りて。来たれ我が影、我がかたち』

 

『暗闇より這いずる両脚』

 

『覆い隠すくろがねの鎧』

 

『そして、貪り尽くす悪食の牙。我が声に応えて出でよ、我がかたち』

 

『嫌悪の大壁――クリッター・グレムリンオーガ!』

 

 影より這い出るのは、土の王。

 嫌悪を司る巨躯、鋼の巨人。

 その巨人が、ベアトリスを襲い――

「何?」

 否、襲わない。

 鋼の巨躯は吹きすさぶ風の中に身を投じ、割れた空目掛けて上空へと舞い上げられていく。

「――吼え叫べ、グレムリンオーガ」

 そして、遅れてベアトリスも気付く。

 そう、彼女はあの巨人の特性を知っていた、知っていたにも関わらず見逃してしまった。

 叫び声が響く。

 鋼鉄を打ち鳴らす音、歯車が軋む音、油が跳ねる音、それらをぐちゃぐちゃに混ぜ返したような、ただただ不快な音。

 その叫びは、嫌悪を呼び寄せる。

 あらゆる暴虐がその巨躯に殺到する、囮となるための力。

 それを忘れていたベアトリスは精神力で抵抗する間もなく、無意識のうちに体が追撃を行い、飛び立っていた。

「しまった……!」

 追撃しようとする体をなんとか押し留め、地上に戻ろうとする。

 しかし、一度浮いてしまった体は、雷の推進力さえ受け付けない。

「こ、のお!」

「無駄無駄。もう何もかも遅いのさ。残念だよベア子ちゃん、君とはここでお別れだ」

「ナウ、ヨックス!」

Auf Wiedersehen(さようなら)。また会う日も無いでしょう、多分ね! 世界の果てで一足先に、終末の音を聞いてくるといいよ!」

 そして。

 嘲笑うアルフレートに見上げられて。

 ベアトリスは割れた空の向こう側に消え去った。

 悔恨の声さえ届かぬ彼方、そう断じる何処かに。

 戦乙女は戻らない、魂の行き先さえ知らないままに。

「さようなら、さようなら。神は何者をも救わない、ただ君のすべてを奪い壊すのみ! なら今のうちに朽ち果てることこそが幸福だったかもよ! はははははは!」

 無情のままそれを見送ったアルフレート。

 割れた空は更に軋み、亀裂が広がっていく。

「おっと、呑気に笑ってられる時間ももうないか」

「……アル?」

「おやお目覚めかい? 起きないようにしていたはずなんだけどね」

 玲愛がぼんやりと目を開けた。

 朦朧とした意識は自身が縛り付けられていることを認識しておらず、ただ眼前にいるアルフレートと、その上空にある割れた空のみを認識している。

「何、してるの?」

「これからね、灰を積み上げるのさ」

「灰?」

「そう、何もかも埋め尽くしてしまうくらいの。嫌なこと全部まっさらにしてしまうほどの。学校の宿題も、煩わしい人間関係も、見通すことの出来ない希望無き真っ暗な明日さえも、全て、全て。灰燼の中に消してしまうのさ。素敵だと思わない?」

「何もかも……」

 何もかも、その言葉に玲愛は思いを馳せる。

 自分にとっての何もかもとは、何だろう。

 生まれてこの方、ずっとずっとまとわりつく不安感か。

 親代わりの皆さえも、むしろ皆からこそ感じるこの何もかも終わってしまったような。

 そんな不安感のみが自分の何もかもだというのなら、消えてしまってもいいのではとも思う。

「あの空の向こうに君が渡ってくれるなら。あの混沌の空は多分、僕の魂が忘れ去った故郷へと繋がる。その時こそ月の気まぐれは終幕を迎え、大時計は降り来たる。そして全てを代償に、君を終わりなき永遠の今日に導くこともできるだろう」

「永遠の、今日」

「そう、いつか来る終わりに怯えることのない、永遠の今日。君の心が欲するものだよ。君がそれを望むなら、それを得ることができるのさ」

「嘘だね。私、死ぬんでしょ」

「…………」

 そう玲愛が言うと、アルフレートは押し黙った。

「ねえ、アル」

「何だい、レッちゃん」

「いいよ、別に。アルが私をそこに連れていきたいなら」

 でも、だけど。

 もし、貴方が。

 玲愛がその瞳で、アルフレートを見つめて。

「私、諦めたなんて言った覚えはないよ。余計なお世話」

 たとえその先に、避けようのない悲劇が約束されていたとしても。

 それでも、自分は生きている。

 逃避だとしても、生きている。

 

「だから、約束。守ってからにして」

 

 その言葉が、まるで鋭利な刃物のように突き刺さった。

 アルフレートはその言葉をぽつりと反響する。

「……約束」

「そう。助けてくれるんでしょ? 一生かけて、助けてね。何もかも灰の中に投げ込む前に」

 

 その言葉は。

 

 その、言葉は。

 

 その言葉に、意味など無い。

 

 否、ある。

 

 ない、全て、全て、意味など無い。

 

 いいや、僕はあの時運命を任せたはずだ。

 

 賽の目を見るかのように、その手を振ったはずだ。

 

 それがどうした、ただの気まぐれだ。

 

 ただの気まぐれ?

 

 ああ、そうだ、気まぐれだ。

 

 意味などなくて気まぐれで意味なんて意味なんて意味なんて意味なんて意味なんて意味なんて意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味意味げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら。

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 うるさい、黙ってろ。

 

「……くっ」

「?」

「はは、はははははは、ははははははははは! そうか、そうか……そっか……約束、かあ」

 そんな気まぐれに賭けたのも、お前じゃないか。

 お前の負けだ、残念だったな。

 諦めると思っていたのだろう、黄金の螺旋階段を登ると思っていたんだろう?

「世の中の関節は外れてしまった。ああ、なんと呪われた因果か、君も僕も、それを直すために生れついた因果とは、傑作だ」

 がちゃり、と音がして。

 玲愛の身を縛っていた鎖がほどかれる。

 玲愛の小さな体が、アルフレートに抱え上げられた。

「諦めたものにこそ、黄金螺旋階段を登りきる事ができる。けれど、君はそうじゃなかった。その胸に既に黄金の輝きを秘めていたとは、僕の目は曇っていたらしい。いや、この場合確かだったのかな? どっちでもいいや」

 ぼんやりとしたまま、なすがまま、玲愛はアルフレートを見つめる。

 彼の言っていることはさっぱりよく分からない。

 けれど、自分がああ言うべきだというのはわかったから、言った。

 すると彼は残念そうで、でも嬉しそうで。

「レッちゃん。テレジア。君の道行きは悲劇の道だ。これから十年ほど、あの時くたばっておけばよかった、そう思うことが続くだろう。けれど」

 アルフレートが、その手を下ろす。

 十字架の麓に、小さな玲愛を座らせて、自分はそこから数歩離れて。

「君との約束だ。約束してしまった。この呪わしい宿命を、さらなる呪いで結びつけてしまった、その意味を。どうかこの一瞬を、いつかのその日に思い出しておくれ。そしてその日まで、ゆっくりお休み」

「アル……?」

「ばいばい、お姫様。ちょっとだけ早いけど、ハッピーバースデー。君に幸あれ」

 

創造(ブリアー)――神世界へ(ヴァナヘイム) 翔けよ黄金化する白鳥の騎士(ゴルデネ・シュヴァーン・ローエングリーン)

 

 そして、光が迫りくる。

 その瞬間、認識する間もない一瞬に迫りくる黄金の槍の輝きを。

 玲愛は、アルフレートは、何処か他人事のように目にして。

 全ては光に包まれて、玲愛は黄金の槍に貫かれるアルフレートを目にすることはなかった。

 

 ゆりかごの鐘は、響かず。

 黒円卓は第六位の片翼による反逆は多くの謎を残し。

 しかし、気に留めるものはいなかった。

 

 

1995年 12月24日 アルフレートと玲愛の、

 

 

 




業務連絡。

アルフレートが黒円卓に反旗を翻しました。

ベアトリスがワームホールに呑まれ行方不明になりました、生存は絶望的です。

氷室玲愛が諦めないことを無意識に選択しました。
大機関時計は降り立ちませんでした。

アルフレートがヴァレリアによって討ち取られました。
《ルフラン》は発動しませんでした。

アルフレート・レムナント:メルキオール1が死亡しました。
第一のスワスチカが開放待機状態となります。




















Q:アルフレートは何故このタイミングで裏切った?

Q:隠しているのは誰だ?

Q:奴は今何処にいる?

Q:アルフレート・レムナント:カスパール2は誰だ?


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