β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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新鮮な評価が増えたんで何とか頑張って連投してみました。
とはいえchap2、謎のヒロインオンステージでまるまる一話費やしてしまいましたね。
次回はchap3省略して4からかな。

https://www.youtube.com/watch?v=fecniljY7M4
そして私は神になる。


chapter2

 人間の機関化、まず最初の光明がこれだ。

 異形の機関文明を操る僕であれば、或いは聖遺物の使徒たる肉体さえも手を出すことができれば、魂に干渉する足がかりになる。

 技術は確実に積み上がっていく。

 まず一号機として、才能ある一人の人間を機関化させる。

 今では籠もりきりの間外で活動させられる便利な手足だ。

 まあ彼は彼で、僕の望むように動いてくれるだろう、いつか刺されるかも知れないけど。

 

 二つ目。

 ヴァルター救出の折、ベア子ちゃんの聖遺物が変化した。

 いや、あれは融合というべきか。

 相性の問題もあるが、複数の聖遺物の融合という実例は大きな指針となる。

 魂と融合した聖遺物の可変化、それはマレウスとも一度研究したものだ。

 融合、武装、事象と展開が多岐にわたるエイヴィヒカイトにおいて、聖遺物の原型を変化させられないということはないだろう、その本質さえ違えなければ。

 まずは魂そのものではなく、魂と融合し飲み込んだ聖遺物から手を出していくのが順番というものか、これが成功すれば次の光明も自ずと見い出せる。

 ベア子ちゃんから渋々協力は取り付け、蹴られない範囲であの機械帯の調整を担当することに成功、先行きはどうあれ、進行は一応順調。

 

 三つ目。

 トバルカイン、あれの崩壊が始まったとバビロンから聞いた時、チャンスだと思った。

 聖遺物の使徒でありながら既に死体でもあるあれ。

 手を出すことができれば、そして成功すれば進行率は圧倒的に上がるだろう。

 バビロンは頑なだが、扱いやすい。

 馬鹿な女だ、クリストフを欺き続けることに比べれば何のことはない。

 何もしないやつほど呆気ないものはない、協力を取り付けさせることに成功した。

 ヴンダーカンマーの研究企画にトバルカインを接収する。

 さて、あれから得るものが多いといいんだが。

 時計の音が今日も響く。

 うるさいな。

 

 

『お前は誰だ?』

『どこから来た?』

『今どこにいる?』

『行き先は?』

 

 

 秘匿文書:アルフレート・レポート2

 

 

 

 

「神が叫ぶ。ヘリの上から。機銃を持って。ワーグナーだ、ワーグナーをかけろ……!」

 なんとも場違いなものだった。

 あの人外共は俺にとってジャンル違いも甚だしい存在だったが、この女はそこから斜め上に突き抜けている。

 体の何処かにスピーカーでもつけているのか、夜半の公園にやかましいクラシック音楽が鳴り響いている、確かこれはワルキューレの騎行だったか。

 どうでもいいわ。

 なんだこいつ。

 全身の痛みも一瞬忘れて俺は口を半開きにしてそれを見る。

 帽子の下はえらい美人なのだろう、透き通った金髪に深緑の宝石のような瞳は、一瞬しか垣間見なかったにせよ幻想的ですらあった。

 しかし格好がそれを相殺して余りある。

 謎のヒロインBとかたわけた名乗りを上げた赤ジャージ女は連中と相対しながら俺に振り返り、何か機械を操作しやかましい音楽を止めて爽やかな笑顔を向けてくる。

「少年、安心して下さい。私は味方です」

「は……?」

 は……?

 いや、そうとしか言いようがない。

 絶賛大混乱中だ。

 意味不明な人外共に好き勝手嬲られまくっていた最中に飛び込んできたのがこの女。

 一体何のつもりだ、というか、さっきはあいつの腕を弾いていなかったか。

「なんだてめえそのチンケなナリは、しばらく見ねえ間に頭が茹で上がったか?」

「私の格好について他人にどうこう言われる筋合いはありませんね、カズィクル・ベイ」

 ヴィルヘルムの嘲りに、女は飄々と返す。

 それは、互いに互いを知る者のやり取りのようだった。

「まあいい。で、お前つまりだ。そういうことでいいんだな? ヴァルキュリア」

「…………」

「おいヴァルキュリア、聞いてんのか」

「ヴァルキュリア、知らない名前ですね。私は謎のヒロインBだと言ったはずですが」

「ハア? お前何似合わねえボケかましてんだ薄ら寒いわ」

 男、ベイにヴァルキュリアと呼ばれる女は口元をマフラーに埋め半眼で否定する。

 尚もヴァルキュリアとベイが呼びかけると、チッチッチッチ、と舌打ちをかまして、

「とりあえず、せいッ!」

「うぉッ!」

 跳躍から一息でヴィルヘルムの懐に入り込み、その胴体に蹴りを入れる。

 両腕でそれを防いだヴィルヘルムはしかし、衝撃で数メートルは後退した。

 あの、俺が何をしても微動だにすらしなかったヴィルヘルムを、蹴りの一つで。

「てめえ、ご挨拶じゃねえか」

「今日の私は不届き者の撃退が任務なので、では精々付き合ってもらいましょうか」

 好きでしょう、戦うの。

 そう言って挑発するように手招きする。

 やつはそれを凶悪な笑みで睨みつけた。

「上等だ……へし折れても知らねえぞイカレ女ァ!」

「誰がイカレ女ですか失礼な!」

 そして、白と黄色の閃光が激突した。

 踏み込んだ地面を抉るほどの埒外の膂力。

 そこから繰り出される拳と拳がぶつかりあう音。

 爆撃でも起こっているような轟音が、しかし無手の人型による肉弾戦の応酬であることを、目の当たりにしている俺は理解せざるを得ない。

「拳闘だと? 随分小器用になったなヴァルキュリア、お得意の剣はどうした?」

「未だ剣は抜きませんよ。だって、今日の所は様子見でしょう。私も、貴方達もね。やり過ぎたら聖餐杯からどやされるんじゃないですか下っ端君。ひっぱたいてあげますんで、それで満足して帰りなさい色白ヴィラン」

「ほざきやがったな、面えぐれるのはてめえの方だ!!!」

 ヴィルヘルムが放つ豪速の拳を、女は両拳を握りしめ内から外に弾くように防御する。

 力はヴィルヘルムが上、しかしその差を補うように女は両腕で拳を弾く。

 不思議と、その動きは俺の目に鮮明に見えていた。

 野生の獣じみた蹂躙劇をその両腕で繰り出すヴィルヘルムに対し、ジャージ女の動きは無駄がなく、スマートだ。

 足を踏み出せばすっと体が進み、その踏み込みの速さはヴィルヘルムに勝る。

 前進と後退を繰り返しヴィルヘルムを手数で襲い、その拳も蹴りも流麗な軌跡を描く。

 そしてついに大振りの一撃を掌でいなし、その懐に踏み込んで、

「はッ!」

 ヴィルヘルムの胸の中心に、掌底一発。

 鋼が打ち合うような音が響き、またもヴィルヘルムを数歩後退させる。

 もはや間違いない。

 纏う気配の感覚こそ違うが、あのジャージ女もあいつらの同類だ。

「……ほー、どうやらいじらしいチンケな賜物ってだけじゃないらしい。随分とやり口を変えたな、ヴァルキュリア」

「小手先で貴方とやり合おうだなんて自殺志願者じゃありませんよ、生憎ね」

「ハ――!」

 どうする。

 この状況を俺はどうするべきだ。

 あのジャージ女の真意は知れないが、あのヴィルヘルムを相手に互角にやりあっている。

 手が空いた今、本来なら逃げるべきなのだろう。

 だが、教会を襲うなどとふざけたことを抜かしたあいつらから逃げてどうなる。

 俺が逃げたら、香純が、先輩が――

「ばあ」

「ッ!?」

「脳筋たちがヒャッハーしてる間に改めてこんばんは。まあ、そんな怖い顔しないの」

 考えているうちに、またしてもこの女。

 先に俺を不可解な現象で縛り上げた女が眼前まで迫っていた。

「今日の所はもう貴方をどうこうするつもりはないわ。教会にだって手は出さないわよ」

「何……?」

「あの子、ベイと戦いながらしっかりこっちにも目を光らせてるのよね。私が何かしようとしたらかっ飛んでくるんじゃないかしら。流石に私もこんな序盤から創造でかっ飛んでくるかもしれない彼女とか相手にしたくないし。というか、見ない間にずいぶん愉快なことになっちゃってまあ。多分わざとね、あれ」

 人外の戦いを行っている二人を呆れたように見て、この女は何やら苦笑する。

「けどまあ、さっき貴方が何かしようとしてたのは分かったし。ヴァルキュリアも出張ってきたってことは、当たりにしろそうでないにしろ何かある、っていうことでいいんでしょうね。だから今日の所はもう帰るわ」

 帰る、だと?

 やつはあっけらかんとそう言うと、こちらから視線を外した。

「ベイー! 楽しんでる所悪いけど、今日はこれでお開きよー。続きはまたにしましょ」

「はぁ!? ざけんな、ようやく体温まってきたとこなんだよ」

「これ以上体温まったら貴方形成使い出すでしょうが。気が早いって言ってるのよ。確認はできたし、お楽しみはゆっくりと味わうようにって、クリストフに注意されてるでしょ?」

「……ちっ、わーったよ。確かにこれ以上は加減が効かねえ。小うるせえのはうんざりだ」

「ヴァルキュリアもそれでいいわよね?」

「…………」

「ちょっとー? ヴァルキュリアー?」

 戦いが止まり、ジャージ女がこちらに近づいてくる。

 俺の前で膝を折り、視線を合わせてくる。

 その透き通った深緑の瞳が俺を見つめてくる。

「無事……とは言えませんが。意識と喉はしっかり生きているようですね、少年」

「あんた、一体……」

 こいつは一体何なんだ。

 敵なのか、味方なのか。

 あいつらとの関係は。

 結果的に助けられた形になるが、連中の顔見知りなんて輩をどうあれ信じてもいいのか。

 ヴァルキュリア、なんて、先から連中が呼び合ってるベイだのマレウスだのと同じようなものではないのか。

「私について、色々と思う所はあるでしょう。ですが、私は貴方を傷つけない。信じて」

 その言葉は、何処までも真っ直ぐだった。

 それに、彼女が発する気配はあの二人とは何か違うような気がする。

 血に飢えた軍隊が人の形をしているような吐き気を催す重みではなく。

 血を流しながらもただ一つの魂で戦う、そんなズレが、疑いつつもやつらとなにか違うと思わせるのかも知れない。

「一先ず、その傷では明日の生活もままならないでしょう。これを飲みなさい」

「な、むぐっ!?」

 何だ、口元に強引に何かをねじ込まれた。

 錠剤らしきそれは吐き出す間もなく口の中で溶け切ってしまう。

「とりあえず吐けるものは吐いて眠ってしまいなさい。詳しい話は、また」

「ま、ごほっ、ごほっ、うぉぇ、げぇ、ぐぼっ!?」

 胃の中が捻れる。

 反吐と血がごちゃまぜになったものが、堪えていたものが無理矢理排出される感覚。

 二度、三度と体の何処からでてくるのかというくらい吐き散らし、視界がぼやけていく。

 体はしびれ、前のめりに倒れていく。

 そして、倒れる先には今しがた吐き散らした俺の反吐……

「……あ、やべ。すまない少年、ちゃんと洗っておくから」

 おいざけんなクソ女。

 それを最後に、俺の意識は失われた。

 

 

 

 

 自分の吐いた吐瀉物の中に顔面ダイブする少年から私は即刻距離をとった。

 危ない危ない足に飛び散るところでしたよ。

 えんがちょ。

「割と酷いわね貴方」

「私のせいじゃない」

 支えるのが間に合わなかったのは別に私の怠慢じゃない、薬が効きすぎたからだ。

 後で手ずからシャワーに放り込んであげるので許して欲しい。

 むしろ思春期の少年にとってはご褒美の割合のほうが大きいはず。

 ホラ、私って美少女だし、あ、浮気じゃないよ、私は一途だからね。

「で、ヴァルキュリア。貴方は――」

「私はヴァルキュリアじゃありません、謎のヒロインBです。妖怪ロリババア」

「その茶番未だ続けるの?」

 茶番と言われようがなんだろうが、私はしばらくこのままです。

 未だ少年が起きてるかも知れませんし。

 ちょっとだけ楽しくなってきたのは言わないお約束。

「まあ、あながち間違いでもないですよ。私はその名前は返上しに来たんですから」

「へえ?」

 ヴァルキュリア、グラズヘイムを肥え太らせる死神。

 今も、目的のためにスワスチカを開くことを否定しない私はその名から逃れられているとは言い難いだろう。

 それでも、私は誓ったのだ。

 未来を導く光輝の剣、紫電の翼、スクルドの盾たらんことを。

「第五位はそちらの幕下につくつもりはありません。これより私は黒円卓を離反し貴方達と戦います。聖餐杯にもそう伝えといてください。どうせ元々黄金を奪い合う仲間ですらない腐れ集団でしょ。何の問題がありますかね」

「ツァラトゥストラにつく、そういうことかしら」

「そうなるかどうかはツァラトゥストラ次第ですかね」

「彼は違うの?」

「さて、どうでしょう。何にせよ」

「ちっとはいい戦いになりそう、ってことじゃねえか。カハッ」

 マレウスは笑みの下で冷徹に状況勘定を行っているだろう。

 対して、ベイは相も変わらず戦うことしか頭にない。

 いずれ争いあうにせよ、早い段階で私という敵が現れたことに喜んでいるのだろう。

 ほんとめんどくさいやつだ。

「いいぜいいぜ、楽しくなってきた。てめえがそっちに立つってんなら、おい。キルヒアイゼン中尉殿、この戦争期待していいんだよな」

「言われなくとも。貴方をヴァルハラ送りにしてあげますよ。首を洗って待ってなさい」

「ハーハッハッハ! そっちこそな。てめえの首を取るのは俺だ。あの日、ベルリンでの決着を今度こそつけてやるぜ」

 うわきしょ。

 あの時のこと未だ気にしてたんですか、これだから非モテは……やだやだ。

「ねえ所でヴァルキュリア」

「謎のヒロインBですが」

「貴方の意思は分かったわ。まあどうせ時が来れば私達はバラバラになる運命だったしね。貴方がその時に備えていたっていうのも納得。けど」

 マレウスが嫌らしい笑みを浮かべてくる。

「貴方だけかしら?」

「…………」

 答える必要性を感じない。

 カマかけにせよ、何にせよ、何処まで情報を流されているかは知らないが。

 この女と私が取引をする必要性はない、それは私の領分ではない。

「…………」

「…………」

「…………まっ、いいわ。お楽しみってことで」

 じゃーねー、と手を振りながら離れていくマレウス。

 鼻で笑いながらベイもそれに続く。

 一先ず、今日の所はここまで。

 少年の危機に間に合ったので良しとしよう。

 少年の家は既に先輩の尾行で割れているので、さっさと運ぶことにする。

 うわ顔面ゲロまみれだ汚い、触らないようにしよ。

 付近の惨状はどうせマレウスが影で隠蔽するだろうし、私もさっさとずらかろう。

 気絶する少年を持ち上げて、そのポケットを探る。

 あったあった、鍵。

 さて、この少年が比較的まともな感性をしているといいんだけど。

 そして、我々の希望になり得るか、否か。

 抱えてると匂いがきついので、私は先を急ぐことにした。

 

 

 

 

「……ん」

 意識が覚醒する。

 背中に柔らかい感覚を覚えながら、俺は目を覚ます。

「俺の……部屋?」

 起き上がると、そこは紛れもない自室で、俺は自分のベッドに寝転んでいた。

 まさか、さっきのは夢?

 あの血の匂いも、暴虐も、全ては幻だったのだろうかという思いが頭をよぎる。

「…………」

 腕に触れる。

 傷は、ない。

 着ている服は……簡素な部屋着だ。

 あの時着ていた私服ではない。

「まさか、本当に夢だったんじゃ」

「お。起きましたね、少年」

「え」

 玄関先から、聞こえるはずのない誰かの声がした。

 野球帽を被り緑のマフラーを巻いた赤ジャージの不審者が、暗がりから顔を出す。

 おい、ちょっと待て。

「なッ、お前、何でここに……!」

「ああと、しー、静かにして下さい、隣まで響きますよ。全く、この部屋を見て驚きましたよ、何で両側の部屋に出入り口が物理的に貫通してるんですか……」

 そう言われて、頭が冷える。

 今騒げば、香純がこちらに来かねない。

 そうすると、この状況をどう説明すればいいのか。

 それよりも、あれが現実だとするならこいつは。

「お前、俺を薬使って反吐の海に沈めやがったクソジャージ女……」

「そこは俺の窮地を救ってくれたスーパーヒロインじゃないんですか!?」

 何いってんだこのトンチキは。

 あの人外共に殴られた痛みや恐怖が鮮明にぶり返してきたが、それを上回る腹ただしさも蘇ってきたぞこっちは、一発殴らせろ。

 ああいや、こいつがあいつらの同類なら殴っても無駄か、ファッキンゴッド。

「仕方ないじゃないですか、薬の効き目があんなに即効性だとは思わなかったんですよ……というか実際あんな即効性じゃないはずなのに。貴方とエイヴィヒカイトの親和性の問題ですかね」

 おのれナウヨックス、と独りごちるジャージ女を前に俺の心は不思議と安定していた。

 いや、安定している、というのは間違いか。

 今も不思議と治ってる体に幻痛のようなものを感じるし、あの訳のわからない連中、自分が殺人者かも知れないことへの恐れはある。

 しかし、少なくとも理性的に会話しようという気分はあった。

「あ、落ち着いてくれました?」

「不思議なことにな」

「それは良かった、アームロックで外に連れ出す手間も省けるというものです」

「お前今なんて言った?」

「さて、ちょっと夜風に当たるとしましょうか。少年も準備ができたら来て下さい」

 そう言って、勝手知りたると玄関から出ていくジャージ女。

 何か鼻歌まで歌っていた気がする、人様の家に不法侵入した分際で何様のつもりだ。

 いまいち何というか、やる気が削がれる。

 記憶に違いがなければ俺は先程命の危機に瀕していて、あのジャージ女はその一味に関わりがあるかも知れないのに。

 あの奇妙な出で立ちがそうさせるのか。

 いや、そんな事で誤魔化されるほど俺も鈍くはないはずだ。

 あのマレウスとかいう女も猫かぶりな言動が目立ったが、その裏にある狂気、恐怖は確かに感じ取れた。

「まさか、あれが素、ってことはないよな……」

 だとしたら痛すぎだろあの女。

 しかし、何にしろ今の俺にできるのはあの女から話を聞くことだけだ。

 躊躇っていても始まらない、俺は手早く寒空の下に出てもいいよう上着を羽織り、玄関から外に出ることにした。

「おや、早いですね」

「躊躇っても仕方ないだろ」

 ジャージ女は玄関横の壁に寄りかかっていた。

 時間は夜中、周囲に人影はない。

「はいこれ、お一つどうぞ」

 そういって、差し出してくるのはコンビニで売ってる飲むヨーグルト。

 手持ちの袋に他にも入っているらしく、ジャージ女は缶のココアを取り出し飲み始めた。

 俺へのチョイスが飲むヨーグルトなのは、微妙に胃の調子を配慮されているのか。

「で、わざわざ俺を家まで運んで待ってたってことは、説明する気はあるんだろうな」

「んー、ま、概略程度ですけどね。それに何でも分かってるわけじゃないですし」

「それでもいい」

 飲むヨーグルトをポケットに突っ込む話を始める。

 こっちはこの何が何だか分からない頭の中を落ち着けたいんだ。

 すると、ジャージ女はおっとりと壁から背中を離して、

「まあ、とりあえず定番の自己紹介から始めましょうか」

 何言ってるんだお前。

「何ですかその目。ちゃんと自分の口から素性を述べることは大切なことですよ。でないと私はこれから延々と君のことを少年と呼ぶことになりますが。寝顔がかわいい少年」

「やめろ、やめろ」

 この女、的確に人が嫌がることを。

 まあ、円滑に話を進めるためには仕方ない。

 どうせバレているだろうし、大人しく名乗ることにする。

「……藤井蓮。ただの学生だよ」

「ただのかどうかはともかく。ふむ、藤井蓮君ですね。では藤井君と呼びましょう」

「で、あんたは。謎のヒロインBとか酔っ払いみたいに名乗ってた気がするけど、名前は」

「私は謎のヒロインBです」

「おいこら」

 問答する気あるのかこの女。

 人に名乗らせておいて自分は名乗るつもりがないとか。

「一先ず、そういうことにしておいてください。情報があまりに多いと頭がパンクしてしまいますし、私も私で知ってること洗いざらい吐く気もないので。貴方がもしこの先も関わることになるのだとしたら、自ずと分かることです。とにかく私は謎のヒロインB、この諏訪原市を影ながら守るご当地ヒーロー、因みに彼氏は募集してません、愛しの旦那様がいるので。えへへ」

「聞いてねえよ」

「呼び方は好きなように呼んで下さい」

 どう呼べと。

 謎のヒロインBとか字面だけで恥ずかしい呼び名を強制するな。

 絶対呼ばねえぞ。

「別に『謎の』とか『B』とかでも構いませんから。私の懐は太平洋の如く広いので」

「じゃああんたで」

「呼ばれねえ……そっかー」

 テヘヘと苦笑いする謎のジャージ馬鹿。

 やめろ、腹立つだけだぞそれ。

「で、その、自称ヒーローさんの知り合いっぽいあの連中は何者なんだ。あの人間の範疇を逸脱した化物共は」

「ドイツ帝国華撃団です」

「は?」

「奴らはドイツ帝国華撃団。この諏訪原を牛耳り君臨しようと企む、悪の組織です」

 真顔で身も蓋もないことを言い出したぞこいつ。

 悪の組織ってお前……いやこれ以上ないほどしっくり来るんだけど。

 悪役顔で平然と暴力振るってきたし、殺されかけたし、脅迫もされたし。

「とにかく、連中は悪です。今はそれだけ把握していればよろしい。心を許さないように」

「あんたは連中とはどういう関係なんだ」

「無論いがみ合ってます。私はヒーロー、向こうは悪の組織ですから」

「にしてはあいつらは随分とあんたに気安そうだったが」

「かれこれ長いこと争ってるんで、てめえの顔も見飽きたぜ的な関係ですね。そろそろ決着をつけたいところです」

「…………」

 一先ず。

 俺を殺そうとしたあいつらが悪党で、こいつがそれと敵対していることは理解することにした。

 そうしないと先に進まない、こいつが信用に値するかはともかく。

 なら、次だ。

「この町で起こってる殺人は……」

「分かりません」

 間髪入れず、俺の言葉は遮られた。

「この町で起こっている殺人事件とやつらに何の関わりがあるのか。それを語ると長くなりますが。ただ、あれは連中の仕業では、ない。連中は単に興味を惹かれて寄ってきただけです」

「それは……」

「それは、貴方が探すべきことでは。疑っているんでしょう、自分を」

「…………」

 あの殺人事件と、俺に起こっている異変。

 あの殺人が連中の仕業であったのなら、どれだけ心が軽くなることか。

 あんな化物が街中にいることへの恐怖はあるが、自分が殺人なんてしていないと知れれば。

 だが、だが、そんな安易な収束は許されないとでも言うのか、畜生。

「あんたも、俺を疑ってるのか」

「正直に言うのなら、はい。ただ殺人という一点のみにおいてという意味なら、いいえ。私が貴方を助けたこととは別の話ですね」

「それはどういう……」

「この街の異変を解決するのは、一筋縄では行かないということです。私も色々とやらなければならないことがある。貴方は連中に目をつけられましたし、あまり周囲をうろちょろしてると見つかりそうですからね」

「あ、おい!」

 とん、と靴が地面を叩く音がして。

 あいつはアパートの通路からひとっ飛びに身を躍らせる。

 動物でもありえない、長く幻想的な跳躍。

 それを経て、あいつは道路の手前まで降り立った。

 その現実味のない光景に、自分がジャンル違いのなにかに巻き込まれたことを否が応でも実感させられる。

「明日から、貴方も身の振り方を大いに考えさせられることになるでしょう。とはいえ、それほど性急に事が起こるわけではないと思います。私は私で結構忙しいですが、また頃合いを見て会いに来るかも知れませんので、その間頑張って下さい」

「待てよ、未だ話は……」

「敵がいます。守るべきものがいます。さて、貴方はどうしますか」

 そんな事を言うだけ言って、あいつは闇の中に消えていった。

 あとに残ったのは、あやふやなもどかしさ。

 喉元にナイフを突きつけられている不安感のみだ。

 結局、分かったことは少ない。

 恐らくだが、あの女はその当たりをぼかすことによってわかりやすい事実のみを先に把握させようとしたのだろう。

 つまり、あの連中が俺の日常を壊す存在で、俺は日常を守らないといけないということ。

「どうしますか、だって? そんなの、決まってんだろ……」

 これ以上、失ってたまるか。

 俺はその時、そう思った。

 一体何を失ったのか、それは死と隣り合わせの今を顧みた単なる平穏か。

 ただ、その時あの馬鹿の、司狼の顔が脳裏を過った。

 お前は、何処で何をやってるんだろうな。

 とりあえずヨーグルト飲んで、疲れのまま泥のように眠る事にした。

 

 

 

 

 第一接触は成功。

 彼が思いの外理性的で助かった。

 ツァラトゥストラとしてメルクリウスに選ばれるような存在なら、もっとぶっ飛んだ存在なのではと危惧していたが。

 私や黒円卓の連中はともかく、先輩は彼こそがツァラトゥストラであると確信しているようだ。

 色々と腑に落ちない部分もあるが、特にアテがあるわけでもなし、それを信じようと思う。

 結果的には、この装いも役に立った。

 いくら助けに入るといっても、今しがた自分を殺しかけていた連中と同じ服装の奴が間に入って信じるやつがいるだろうか、私は信じない。

 なるべく警戒を解いてくれるよう、また後ろ暗いことが露見しないように暗示誘導などの手段に頼ることは極力避けた。

 とりあえず、次回も邪険にはされど追い払われることはあるまい。

 言うな、分かってる、邪険にはされてるんじゃんって言いたいんでしょ畜生。

 自分でも変なことしてるだなんて分かってるわい。

 でもなんだかこのジャージ着心地がいいんですよね……癖になりそう。

 しかし、目処を付けたからと言って張り込みをするわけにも行かず。

 これから先のことを考えると連中が頭のおかしさにかこつけて先走らないことを祈りつつ用事を済ませねば。

 じき第一のスワスチカが完全開放されるというのなら、そこからが勝負。

 そこからは、どれだけ連中を押し留め、開いたスワスチカを抑えられるかに掛かっている。

 時間は後どれだけあるか、一週間、数日、それとも明日にはもう?

 覚悟は決まっている。

 けれど、あの黄金の獣に何の展望もなく仕掛けるのは馬鹿げている。

 兎にも角にも、時間が必要だ、時間が。

 藤井君、君が本当にツァラトゥストラだというのなら。

 いずれ、或いは、共に戦う時も来るかも知れない。

 そんな無責任なことを考えながら、私は宵闇の中を走る。

 時計の音が、聞こえた気がした。

 




アルフレート・レポート2:実験計画始動

ワーグナーをかけろ:神、来たれり。

拳闘:アルフレート直伝。だが私にはバリツがある。

錠剤:鋼鉄製薬の殺人ドクターA氏謹製の回復薬。
   体から異物を強制排出し怪我を回復、強制睡眠状態にする。

虹色の中に沈む蓮君:俺はやつを一生許さないと供述しており

ドイツ帝国華撃団:正義の為に戦います。

謎のヒロインやってた理由:蓮くんに警戒されないため。でもジャージが癖になりつつある。


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