β Ewigkeit:Fragments   作:影次

27 / 41
三連投は無理だったか、だが翌日には間に合わせたぞ。
なんかまた新鮮な評価もらえて日刊30位くらいに浮上してたみたいなんで。
共通ルートくらいはササッと書いていきたいと思った今日此の頃。
感想評価がパワーになる。

後ろくもるさんに書いてもらったベアトリスもパワーになる。
皆見て、讃えて、打ち震えて、リツイートいいねして(宣伝)
https://twitter.com/abilants/status/975704268249251841


chapter4

 ルサルカ・マリーア・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカルムは密約の相手であり、今も研究室に秘密裏に出入りしている同盟相手だ。

 現在の研究テーマは聖遺物の脱着、魂との分離、構造解析。

 僕の契約した銀時計、こいつはどうにも聖遺物と呼ぶには毛色が違う。

 魂ではなく感情を喰らう銀時計。

 それを糧にクリッターを生み出し、無限に知識を湧き出させる。

 こいつを齎したもの……まあ十中八九、この時計の音だろうけど。

 ルフランの進行はこの銀時計に魂の割合を奪われているに等しい。

 だからその前に、狂気と正気を切り離さなければならない。

 魂の分断、その目標を聞いたマレウスは盛大に顔を顰めていたが。

 そんなことをしても分断した魂が個として機能するはずもない、亀裂から砕け散って死ぬだけだ、とぼやいていた。

 だが、それでも、それ自体が狂気の沙汰であろうとも、やるしかない。

 マレウスは強かで自信家で享楽家だ、そこを擽るように、自分が優位であるという環境を作らせておけば協力者としてうまくやっていける。

 そう、諜報、交渉だって同じこと。

 下手に出ることから始まって、少しずつ、少しずつ、自身の秘密を分け与えていく。

 秘密というものは蜜より甘く、薬物よりも不確かで分かりにくい。

 リスクは常に命の危険、断崖絶壁の綱渡りだ。

 だからこそ、踏破した時の見返りは大きい。

 僕が成し遂げる時、或いは成し遂げられなかった時まで、この賭けは続く。

 誰から情報が漏れても僕は終わりだ。

 マレウスとバビロンの二人はまだいい。

 が、クリストフの目がある。

 時間は常に僕の味方をしているわけではない、指をかけられるのも時間の問題だろう。

 そうなる前に、対策を講じなければ。

 とはいえ、現状どうにかする手段は見えない。

 好機が来ることを信じて、研究を進めるのみか。

 因みに研究に行き詰まったので徹夜のテンションのまま物理的な手段で魂を切断してみようと試みた、死ぬかと思った。

 マレウスには盛大に呆れられた。

 

 

『お前は誰だ?』

『どこから来た?』

『今どこにいる?』

『行き先は?』

 

 

秘匿文書:アルフレート・レポート3

 

 

 

 

「開いた」

 博物館のスワスチカが、開いた。

 メルクリウスが見初めたのであろう少女の宿った刃は消失し、然るべき場へと。

 この場は嘗てあった魂の散華がギロチンの血によって喚起され、そして条件が満ちる。

 戦場跡として剣呑を越えて冒涜的とまで言わせしめるその気配は、只人を以降一切寄せ付けないだろう。

 携帯が鳴る、着信名は見慣れた名前だった。

 通話ボタンを押す。

「ん。そっちはどうだ、ベアトリス」

『すいません完全に出遅れました! 時々様子を見に行ってたとはいえここ数日静かだったからとちょっと物資調達をしていたら……そっちはどうです?』

「博物館が開いたのを確認したよ。体の方は、どうだ」

『それは心配いりません。私の体の、聖槍の聖痕はしっかり打ち消されているようです。特に痛みもありません。先輩の、聖釘の聖痕がちゃんと効いてます』

「そか、良かった。……始まるな、これから」

『ええ、そうですね。私も終わった後とはいえ、彼らの姿を確認しました。藤井君……彼が、本当にツァラトゥストラなんですね』

「話してみて、どうだった」

『……些か奇矯な気配を、水銀の残滓を確認したことは否定できません。ですが、少なくとも、友人のために戦える少年であることは。彼はそのために、黒円卓と戦うのでしょう。……それも、予め用意されていた動機なのかも知れませんが』

「……ベアトリス、俺は」

『分かってます、そこを疑ったりはしませんよ。彼が嘗て何処の誰だったにしろ。貴方を否定するような真似はしません。カテリナさんにまた怒られちゃいます』

「ん。もう暫くは、頼む。俺が出ていけるのは、少なくとも第二を抑えてからでないと」

『ええ、それでは私は一旦これで。先輩も、聖餐杯の目には気をつけて』

「ああ、また」

 通話を切り、闇の中から博物館の出入り口を伺う。

 夜間、封鎖されているはずのそこから大柄の人影が出ていくのが見て取れる。

 血の匂い、呼び水として警備員を何人か殺したのだろう。

 クリストフ……ヴァレリア・トリファが何食わぬ顔で博物館を後にする。

 こちらには、気づいていない。

 そのまま、闇の向こうに背中まで消えていくのを見届ける。

「――形成(イェツラー)

 こちらも始めよう。

 暫く待機し、クリストフが教会に戻った頃を見計らい術式を被せる。

 俺の聖遺物、聖なる釘を擁する鉄王冠が、形成の段階から持つ特性。

 それを、死が充満する博物館の地面に向ける。

 

「母さん。結界の聖痕、お借りします」

『ここに神の子、顕現せり』

 

 刻印を刻む。

 打ち消すまでは行かない、流石にメルクリウスの刻んだ術は規模が大きすぎる。

 だが、一部を上書きすることはこの短期間でもできる。

 第一の仕込みが、この地の法陣に浸透する手応えを、確かに感じた。

「刻印、完了」

 先ず、一つ。

 究極的な切り札にはなりえないが、それでも。

 効果のある一手は確実に積み重ねていかねばなるまい。

 八つ目までを一気に開けられる前に。

 さて、そのためにも、制御できる展開は制御していかないと。

 携帯から番号を呼び出し、耳に当てる。

 間髪入れず、通話が繋がった。

『これはこれは、お久しぶりですシェレンベルク卿』

「早いな。監視の目はないのか」

『ええ、まあ。私先程まで聖餐杯猊下の命によりベイとマレウスを諌めていたところでして。一仕事終えた後はゆったり夜景を見ながら帰還しようかと』

 慇懃な声。

 先日、もうすぐシャンバラに入る、と連絡をよこしてきた男だ。

 この数十年、俺達を黒円卓からひた隠しにしていた男。

 ロート・シュピーネ。

『どうやらツァラトゥストラも見つかったようで。そちらのご首尾は如何です?』

「一先ずは、成功と言っておこう」

『ほう、ほう! それは素晴らしい! ヴァルキュリアを隠れ蓑に、うまく立ち回っているといった具合ですか』

「シュピーネ、お前はどうする」

『ふむ』

「こちらの計画は未だ始動の段階に過ぎない。お前が勝利を確信するほどの段階に至るまでは、後いくらかスワスチカが開いてみないと分からないからな。だが敵対しないのであれば変わらず見過ごせ。そちらに不利益はないはずだ」

『ええ、それは。貴方の企みを糾弾した所で、私の望みを叶える手段が一つ減るだけだ。ですが、まだ慎重を期したいのも事実。私は私で、こちらの計画を進めましょう』

「色々と企んでいるのは知っていたが、何をするんだ」

『ここ暫くの諜報で聖餐杯猊下に恩を売れました。それを使って、ツァラトゥストラへの第一の接触を譲って頂こうかと』

「……接触してどうする」

『無論、どうとでもやり込めるまでですよ。メルクリウスの代替とはいえ、この町で暮らしている日本人の学生だという話ではないですか。貴方もそう思っているのでは? ツァラトゥストラと共闘する、そのためにヴァルキュリアを遣わしたのでしょう?』

「…………」

『私が勝利を確信した暁には、より強固な結束を以て黒円卓を迎え撃てるはずだ。その時が来るのを楽しみにしていますよ……』

「……ああ、分かった。場合によっては話を合わせて貰う必要がある。ベアトリスとの通信も取るようにしておいてくれ」

『ええ、それでは、今宵はこれにて』

 通話の切れた携帯を、暫く眺める。

 頭の中で今の会話を反芻する。

 ツァラトゥストラと接触する?

 別にそれ自体は間違いじゃない。

 しかし本気で共闘するつもりなら、あの増長の色を込めたやりこめる等という発現は不適切だ。

 あいつは自分が人にとって不愉快な存在であることを熟知していた。

 それ故の慎重さ、臆病さだったはずだ。

 それが、わざわざ顔を出して挑発じみた文句で勧誘を行う?

 ロート・シュピーネの持つ長所が歪められているのを感じる。

 嘗てのあの男なら、ここであの言い草はない。

 ツァラトゥストラに対し又聞きのみの情報でそこまで無警戒に近寄るなど。

 或いは、もう。

「……………」

 先の電話番号を呼び出し、ベアトリスにかけ直す。

 間髪入れずに繋がった。

『はいはい貴方のベアトリスですよー』

「すまんベアトリス、追加で話しておくことがある」

『何ですか? 愛の言葉とかです?』

「愛してるよ」

『……えへへへへへへ』

「で、本題だが」

『あ、はい何ですか』

「ああ、――」

 

 

 

 

 事が起こったのがこの時期だったことは、不幸中の幸いか。

 冬場に屋上に登ってくる物好きなんぞ早々いない故、一人になるにはうってつけだ。

 特に今は、誰かを寄せ付けたくない。

 氷室先輩がいたら、申し訳ないが降りてもらうところだ。

 香純は、多分昼休みまで追いかけてはこないだろう。

 来た所で鍵はかけてるし。

 あいつも、俺のここ最近の態度に困惑して話しかけるのを躊躇っている。

 できれば、そのままでいて欲しい。

「……ぐっ」

 首の傷が痛む。

 断罪のリフレイン、跳ね飛ばされる首、浜辺で歌う少女。

 幻視は見続けているとやがて殺意に変わりそうになる。

 右手を床に打ち付ける。

 痛みはない、打ち付けた床からみしり、という音が鳴る。

 床には罅が入っていた。

「分かってたことだけど、いよいよ俺も化け物か」

 それでも、香純があのままよりはずっといい。

 失ったものは戻らない、俺が人間でなくなったなら、それを受け入れるしかない。

 受け入れて、やるしかない。

 あの夜、香純からギロチンを剥ぎ取り、この手に宿した時に誓ったはずだ。

 化け物は化け物同士で、俺の愛する日常を穢させやしない。

 一人残らず叩き出してやると。

 ……だが、この体たらくでどれだけやれるか。

 衝動に熱される体は常に食いしばってなければ何をしでかすか分からない。

 力を得た、しかし今の俺はそれを持て余している。

 どうすればいい、どうすれば。

「よ、っと」

 不意に、誰かの声が聞こえた。

 馬鹿な、屋上の扉の鍵は閉めてある、誰かが来るはずがない。

 来るとすれば、まさかあの日から登校して来ないルサルカあたりが――

「お、いますね。こんにちは」

「…………」

 屋上のフェンスの向こう側。

 縁に指をかけ、ひょっこり頭を出してくる野球帽。

 俺の姿を確認するやよっこらせと登りきり、フェンスをひとっ飛びで乗り越えてくる。

 着地する赤ジャージ。

 目が死んでいく俺。

「どうも少年、一週間ぶりですね」

「帰れ」

 危うく殺意をぶつけそうになった。

「あれ、流石に初手でここまで邪険にされるとは予想外ですよ……? どうしよう、ワーグナーかけるか……?」

「やめろ、マジでやめろ」

 昼休みに屋上でワーグナーなんか垂れ流したら校舎中に響き渡るに決まってんだろ。

 勘弁してくれ。

「何しに来たんだ、あんた」

「いえ、一山越えた藤井君を労いにですね」

 こいつのことはいまいち分からん。

 いや、分からないのはあの連中のこともそうだ。

 以前ルサルカを問い詰めたが暖簾に腕押し、奴らが何か目的を持ってこの街に来て、俺はそいつらの一員によって選ばれちまった代行とかいうやつということくらいなものだ。

 この自称謎のヒロインBについてもルサルカに聞いてみたが、あの女半笑いでろくに答えもしなかった。

 ヴァルキュリアもまあ随分面白くなっちゃって、いじましい努力が空回りしてる感じねー、とか言っているあたりそれなりに互いを知る仲なんだろうが。

「ああ、そうだな色々ありすぎたよ。ご当地ヒーロー様とやらは助けてくれないみたいなんで自分で何とかしたけどな」

「うぐっ、その節は私も席を外していたというか……まあ、でも実際貴方の手で切り開かなければならないのも事実ですし」

 嫌味の一つでも言ってやるとバツが悪そうに俯く。

 ややあって、調子を取り戻したのか顔を上げた。

「お詫びと言ってはなんですが、今回は貴方の力になりますよ」

「力?」

「ええ、それの制御、難儀しているでしょう。活動位階の初期、最も暴走の危険性が高い段階です。ですが抑え込めているあたり、きっと形成まではすぐの筈ですよ」

 知ったような物言い、いや実際に知っているのだろう。

 あいつらと、俺と同じ力を使うこの女。

 それと長いこと付き合ってきたというのなら。

「とりあえず、はい」

「な、うぉッ!?」

 瞬間、目の前まで距離を詰められた。

 こちらが何か言う前に、する前に、ジャージ女の手が俺の頭の横に添えられて、

「ずぁっ……!?」

 瞬間、頭の中から全身に電撃が走ったような感覚。

 それは痛みを与えず、衝撃のみが体を駆け巡る。

 何だ、何をした。

「貴方の殺意を一時的に麻痺させたんですよ。未だ辛いですか?」

「え、あ……」

 首筋の痛みが、殺意の衝動が、無くなっている。

 いや、完全に消えたわけじゃないが、ちょっとした違和感程度まで抑えられている。

「永続的なものではありませんが、貴方がそれを克服するまでは多分抑えられてると思います、安心なさい。これで日常の友人を貴方の手で傷つけるようなことは起こりませんよ」

「…………」

「むう、まだ邪険モードですか。いい加減こっちも傷ついてきたような」

「あ、いや、その。すまん、ありがとう……」

 分からないやつだ、分からないやつだが。

 少なくともこいつは、俺に対して敵対的な行動を取っていない。

 前回も、今回も、俺を助けようと振る舞っている。

 こいつが敵だとして、わざわざ俺に友好的にすり寄る理由が見えない。

 それこそあのヴィルヘルムやルサルカのように、最初から敵としてかかってくるはずだ。

 あいつらに比べれば、多少は信用してもいいだろう。

 たった今また助けられたのだから、感謝くらいは、まあ。

「どういたしまして。これを機に私を神と敬ってくれてもいいですよ」

 うるせえよ。

 やっぱ感謝はいらなかったかも知れない、所詮は非日常か。

「さて。ともあれ、貴方は武器を手に入れました。やつらに通じる武器を。ゲームで言うと聖剣ゲットみたいな感じです。即装備です。ですがレベルが足りなくて聖剣が扱えません」

 相変わらず身も蓋もない表現だが、今の俺を端的に表す表現としては妥当だ。

 つまり、レベルが足りなくてせっかくの聖剣も宝の持ち腐れということ。

「大枠で区切って、レベル1からレベル4まで段階があるとします。今の貴方はレベル1、その力を安定して使えるようになるのがレベル2、やつらを纏めてこの街から叩き出そうというのなら、レベル3が目標です。敵の過半数はこの段階に至ってますからね」

「レベル1……」

「私達の用いる魔術、エイヴィヒカイトにおいては、活動位階、と称される段階ですね」

 魔術、エイヴィヒカイト、活動位階。

 言葉自体はパーツに過ぎないが、その言葉を聞いてだんだんと輪郭が形成されていく。

 そう、それは永劫破壊の理、ゲットーを超越し天を誅殺せしめる水銀の理――

 ……俺は、何を考えている?

「つまり、ようやく先を教えてくれる気になったってことか」

「ええ、貴方の扱うべき力について。そのきっかけを私が教導します」

 扱うべき力について、か。

 どうやらやはり、段階を踏んで情報を開示していく腹積もりらしい。

 こいつの背景については謎のままか。

 以前の俺なら先まで吐かせようとしてたかも知れないが。

「分かった、頼む」

「おや、素直ですね。もっと尖ってくるかと思ったんですが」

「尖っても仕方ないって結論が出たんだよ」

 謎も、敵もあっちこっちに溢れかえってる。

 でもだからって目につくもの全部を警戒してても仕方ないと思った。

「あんたのこと、一応は信用することにする」

 だから、このジャージ女を一先ず信用してみよう。

 今の俺なんぞ友好を装って陥れる価値もないと思えば、意外とすんなり受け入れた。

 この女がジャージ姿の馬鹿なのもあるかも知れない。

 本当なんだその格好は、もっとマシな服はないのか。

「なんだか不名誉なことを思われてる気がしますが、とにかくよし! では、そちらの予定が良ければ、今夜にでも始めましょう。よろしくね、藤井君」

「ああ、よろしく……」

 

 そしてこの夜、俺は俺に宿った超常の力、その詳細を知ることとなった。

 聖遺物、重ねた歴史と食らった魂。

 飛ぶ斬撃、走る稲妻、あの女の片腕に顕れた鋼の装甲。

 活動、形成、創造。

 尚、活動については手加減されていたものの実地で散々叩きのめされた。

 俺の体を割かないギリギリの強さでしこたま打ち込まれた。

 どうやら同じ斬撃系ですし、体で覚えたほうが早いですねとか抜かしやがってあの女。

 その御蔭かある程度指向性を絞った斬撃を扱えるようになったがそれはそれ。

 もしこのご当地ヒーローとやらに責任者がいるとしたら絶対クレーム入れてやる。

 そう固く誓った。

 

 

 

 

「あの、大丈夫? 神父さん」

 今、俺の目の前には常軌を逸した光景が広がっていた。

 交差点で色々考えすぎて気分を悪くしてたら先輩とシスターに会って、神父さんが二人に虐められて家出した(申し訳ないがかなりしっくり来た)と聞かされて。

 二人には帰ってもらい、たまたま神父さんの姿が目についたからその後を追ったのだが。

 曲がり角から何故ですかー、とか、ぬわー、とか、哀愁漂う悲鳴が聞こえてきて。

 駆けつけると、無人の工事現場の中パンツ一丁で倒れ伏している神父さんがいた。

 

 なんでだ。

 

 とりあえず二人が探してましたよと伝えつつ助けることにした。

「はは、申し訳ない。みっともない姿を晒してしまいましたね」

「いやみっともないを超えてるだろ、何があったんですか」

「いやあ何、ちょっとですね……」

 神父さんは斜め上を指差す。

 そこを見ると、立てかけてある俺の身長のゆうに倍以上はあるでかい鉄柱があって、その鉄柱のてっぺんに黒い布が引っ掛けられている。

「教会を飛び出し気の向くまま散歩していたのですが、突如エキセントリックな小学生たちの襲撃を受けまして。カソックを奪われ鉄柱の上に吊るされてしまったんですよ」

「何だそりゃ……」

 ちょっと意味が分からなかった。

 エキセントリックな小学生に?

 カソックを奪われる?

 どんな小学生だよ、それ。

「彼らも根は良い子達なのですがね。これもまたスキンシップの一環なんでしょう」

「普通に不良の卵だと思うけど。突如襲いかかってきたクソガキ共を根は良い子って、神父さんちょっと人が良すぎるんじゃないの」

「ああいえ、何というか、慣れてますから」

「は?」

「この街には昔から一定数いるんですよ、ああいう子達。私もメキシコに飛ばされる前から標的にされてましたから。懐かしいですねえ、カソックを剥ぎに来る子供たち、それを阻止する私、輝かしい青春のメモリーでした」

「ええ……何それは」

 諏訪原ってそんな頭おかしい所だったのか。

 現在進行系で頭も体もおかしい連中が襲来してるけど。

 知りとうなかった、そんな別口の非日常。

「とりあえず、そのままじゃダメでしょ。通報されちゃいますよ」

「ですね。幸いここには足場になるものがあるので、今までのように老朽化した鉄塔によじ登って川に落ちるなんてことはせずに済むでしょう」

 そう言って神父さんは手近な台を鉄柱の麓に積み重ねカソックを回収した。

 何、老朽化した鉄塔によじ登るって。

 何、川に落ちるって。

 ひょっとして諏訪原大橋のあれのことか。

 聞きたいような聞きたくないような。

「さて、これでよし。では私も帰ることにします」

「そうしてください、先輩が心配してましたよ」

「おおそれは……急がねばなりませんね、性悪リザに感動の再会を阻まれる前に!」

 この人達は何というか、互いに性悪って罵ってる割には暖かい。

 何だかんだ仲は悪くないのだろう、先輩にとってのひだまりというやつか。

「藤井さんも、お手数おかけしました。これから帰るので?」

「ああ、いや……」

 帰る、そう聞かれて思い出す。

 先ほどすれ違ったあの男。

 ジャージ女との特訓中に放送で語りかけてきた、シュピーネとかいう男の声。

 あいつは明確に、意図的にこちらに語りかけてきた。

 このまま帰って、いいものか。

「ふむ、なにやら用事がある様子。帰りなさい、といいたい所ですが」

 神父さんがこちらに向き直る。

 人の良い笑みが、俺に向けられる。

「……ならば、急ぎなさい。時は待たない。貴方の望むものを、無情に奪い去っていってしまうやも知れない」

「……ッ!?」

 その笑みに。

 その笑みに、俺は何か得体のしれないものを感じた。

 思わず一歩後ずさる。

 何だ、この、全身が竦む、津波を目前にでもしているような。

 何故俺は、この人を前にそんな感想を抱いているんだ。

「……どうしました? 私の顔に何か?」

「あ、ああ……いや。なんでもないよ」

 再び問いかけられると、そんな気分は何処かに消え失せた。

 普通の、人好きする温和な笑顔だ。

 先輩の慕う神父さんの顔だ。

 だから、俺はさっきの感覚を気のせいだと断じる。

 だってそうだろ、ありえない。

 あの人が、そんなこと。

 忘れよう。

「ん?」

 そう思った矢先、携帯に着信が入る。

 呑気に響く着信音。

 着信画面には、愛のヴィーナスなんてふざけた名前が表示される。

 俺にとっては、嫌な思い出。

 ごく最近の、あの時の怒りと悲しみを思い出す。

 馬鹿な、二度も三度もそんな芸のないことがあるかよ。

 香純は助けた、もうこんな非日常には関わらない。

 だから、この電話の先にはまたあのやかましい声が待っているはずなんだ。

「……もしもし」

 そして、俺は電話に出た。

 ――本当に、芸のない。

 その先から聞こえる最低の音を聞き終わった俺は、首の疼きのままに駆け出した。

 

 

 

 

「があ、ぅ、ぐぇぇ……」

 公園から這い出る影があった。

 蜘蛛のように手足の長い男が血塗れになりながらその長い腕で這いずっている。

 シュピーネは敗北した。

 ツァラトゥストラと接触し、幼馴染を用いて外道なまでの挑発を行い、その逆鱗に触れた。

 形成位階に至ったその聖遺物によって自身の聖遺物を絶たれ、満身創痍となりながら、集めた犠牲者の魂が散華する煙に紛れ逃げ出した。

「おのれ……おのれ……このままでは……」

 迂闊だった。

 ツァラトゥストラを舐めていた。

 実のところ最初の一歩から盛大に間違えているのだが、それにシュピーネは気づかない。

 今や魂が摩耗しきっている彼では、気づけない。

 故に、直ぐ側に『二人』の魔人がいることも、察知できなかった。

「シュピーネ」

 気づけば、眼前に男の足が見えた。

 その声を聞き、シュピーネは顔を上げる。

 透き通った瞳が、シュピーネを見ていた。

「お、おお……シェレン、ベルク卿!」

「随分としてやられたようだな。らしくもない油断だ」

 その相手は、シュピーネにとっては僥倖とも言える相手だった。

 彼に傷を治してもらおう、そこから再起していけばいい。

「は、は、これは、おはず、かしい」

「全くだな」

 ああ、ああ、そうだ、私はこの男に恩を売っている。

 らしくもない義理立ての関係を、今こそ何よりありがたいとシュピーネは思った。

 助けてくれ、と手を伸ばす。

「…………」

「…………?」

 ヴァルターは、答えない。

 その手は、取られない。

「なあシュピーネ。お前、ここで命を繋いでももうダメだ。死ぬよ、どうしようもない」

 何だ、何を言っている、何を言っているんだ。

 シュピーネは困惑し、焦燥し、そして恐怖した。

 自分がどうなるのか頭では理解できず、しかし何処かで理解していた。

「俺が来た理由は、正に『義理立て』だよ。お前には世話になった。ならせめて、死後幾ばくかくらいはマシな結末を用意してやる」

「――ぁ?」

 

「形成」

 

「は――がッ!?」

 シュピーネは、穢れなき少女の歌声を聞いたような気がした。

 しかしその歌声を聞いたときには、既に終わっていた。

 閃光が、黒い閃光がシュピーネを射抜く。

 一条のそれが幾重にも分かれ、シュピーネの体を貫いた。

 それはキリストの受難、脇腹の聖痕を狙ったものだった。

「その刻印、死の前に潰してやる。お前は外道だったが、それでもグラズヘイムには落ちない。俺は、確かにお前に恩があった。こういった形にはなるが、聖餐杯に潰されるよりはマシだろう」

「せい、さん、は」

 それを聞き、シュピーネはようやく気づく。

 もう一人、近づいてくる影があることを。

 バレていたのか、全て、全て、バレていたのか。

 そんな、では私のやってきたことは、

「逃げるがいいよ、シュピーネ。最後の慈悲としては不満に思うかも知れないが」

 少なくとも、自覚あるうちに何度も死ぬことはないだろう。

「ぁ――」

 それを末期として、シュピーネは息絶えた。

 肉体は風化し、魂は散華する。

 数百人規模の魂の散華によりスワスチカが開き、戦場の呪いが充満する。

 二つ目のスワスチカが、開放された。

「……さて」

 それを見届けたヴァルターが、背後に振り返る。

 正にそこにいる人物に向けて、

「こうしてその姿で対面するのは初めてになるか。様変わりしたな、神父トリファ。今ではクリストフ・ローエングリーンか」

「ああ……何と懐かしい、懐かしい顔だ。その可能性を否定していたわけではなかったが、しかしそれでも。お久しぶりです、シェレンベルク卿」

 ヴァレリア・トリファがそこにいた。

 多くの驚きと、僅かばかりの歓喜を覗かせて、その目を見開いている。

「キルヒアイゼン卿の参戦から、貴方の存在を嗅ぎ取った者は他にもいるでしょう。私としてはこの数十年間の間もですが。しかし貴方は影はあれど尻尾を掴ませてはくれなかった。流石は落日に至るまで戦い続けた情報局長官、将軍(ヘル・ゲネラール)と言った所でしょうか」

 揚々と、友のように語りかけるヴァレリアに、ヴァルターは僅かに眉を顰める。

「お前、変わったな」

「ふむ、変わった、とは?」

 姿形、などという簡潔な意味ではないだろう。

 ヴァルターは今、黄金の玉体の中にいるその魂を見つめていた。

「痩せぎすで気弱な優男が、随分と役者になった」

「恐れながらも首領代行の身ですので。傲慢と言われればそれまでですが、多少はそういった振る舞いもなければかえって不忠になりましょう。あの黄金の君に」

「どうだかな。俺には……」

 その先を、言葉にはしない。

 何もかもがないまぜになって自他の境界さえもあやふやになっていることに苦しんでいるのは、本人が一番良く分かっているだろう。

 彼もまたかつて通った道を、しかし違う道のりから歩む男に、かける言葉はなかった。

「私からすれば貴方こそ随分と様変わりしたものだ。あの鷹の如き沈着冷静の将が、年を経て丸くなりましたか。キルヒアイゼン卿は嘗てより貴方を慕っていましたが、よもや」

「ああ、そうだな。六十年は長かった。何もないやつなんて、いなかったろうに」

 これも戯言か、とヴァルターは言い捨てた。

「ですが、変わらないものもある。シェレンベルク卿、見るに貴方の初志は変わっていない。今も尚、ハイドリヒ卿と戦うことを選びますか」

「…………」

「成る程愚問のようだ。貴方もまた長きに渡り準備をしていた。キルヒアイゼン卿を排する余裕がなかったのも、シュピーネを抱き込まれていたのも、こちらの失態ですね」

 或いは、十一年前、あの男が起こした謀反は。

 ふとしたその思考を、ヴァレリアは切り捨てた。

 終わったことだ、既に。

 そう、無意識のうちに危機を抱くことなく切り捨てた。

「ツァラトゥストラに与しますか」

「必要なら」

「怖い人だ。貴方と、そしてザミエル卿は昔からそうだった。副首領閣下の術理を受けて尚油断のない一流というものは」

「戦争とは、そういうものだろう」

「違いない。これは我らにとっての戦争であれば、我らもまた恐怖を以て挑むべき。それを理解しうる存在が何人いるかは知りませんがね」

 そう、だからこそつけ入る隙きがある。

 我にとっても、彼にとっても。

 その天秤がどう傾くか、未だ未知なれど。

「聖槍十三騎士団黒円卓第十位、ヴァルター・フリードリヒ・シェレンベルク=シェイドウィルダー・マハカーラ。貴方の帰還を喜びを以て迎えましょう。今偽りの席は廃され、真の友が帰ってきた。我々の戦争に、最高の敵役として! ハイドリヒ卿も歓喜しておられる! 分かりますか!」

「生憎と、分からないな」

「ああ、そうでしたね。貴方はそれを許されていた。約束された敵手である貴方には」

 脇腹と手足から血を吹き出すヴァレリア。

 刻まれた聖痕が、主の感情を反映し傷として開いている。

 黒円卓に参じたすべての団員が持つその祝福を、ヴァルターは最初から受けていない。

 それを、黄金の獣も許している。

 水銀の蛇が嗤う。

「……では、私はこれで。今宵はこれまでとしましょう。貴方も、今は未だそれほど血の気が多いわけではなさそうだ」

「ん」

「或いは、何か……いえ、詮無きことですね」

「お互いにな」

「はは、そうですね。お互いに」

 それを最後に、ヴァレリアは踵を返す。

 老獪な神父が闇に消えていくのを確認して、ヴァルターは息を吐いた。

 時間はない、察されるわけにも行かない、何れ露見することだし、この近さならなにかしていることくらいは知られてしまうだろうが。

「こうなった以上、躊躇ってる場合じゃないからな」

 スワスチカが機能し、呪われし戦場跡となった公園の地面に手を向ける。

 そして、ヴァルターは唱える、喚起する。

 聖なる声、戒めの鉄輪を。

 

「母さん。結界の聖痕、お借りします」

『ここに神の子、顕現せり』

 

 刻印を刻む。

 それは博物館で行ったのと同様のものだった。

 黒き光は大地に、魂に、術式に被さるよう浸透していく。

「刻印、完了」

 これで、二つ目。

 悠々と抑えられる期間もあと僅かか、とヴァルターは目を細める。

 ツァラトゥストラ、藤井蓮が形成位階に至り、シュピーネが斃れた。

 なら、開戦の時は近い。

 すべてを賭けるときが。

 愛する女が本懐を遂げる時が。

 せめて、自分が消えるとしても、その時までは。

 ヴァルターもまた、公園から消える。

 束の間の静寂を、そこに残して。

 

 

 




レポート3:聖遺物に喰らわれる魂、魂の分離を果たすには

結界の聖痕、お借りします:ヴァルターの形成、黒の王によらない聖遺物の特性。
             黒の王がなくてもあれだけで十分特級である。
             その効果は……

愛してるよ:軽率に言葉にしていくスタイル。これがあるからこいつらは死なない。割とマジで。

ヒロインBの特訓:レオンハルトちゃんはいないので。
         スマイル0円で座学と実践という名のリンチを受けました。
         これでも原作に比べりゃ大分高待遇。

神父:ついに原作主人公にまでカソックを剥がされる現場を目撃される。

シュピーネさん:まさか生きられるとか思ってたわけじゃあるまいね。
        一応救いは与えたんでそれで満足して。

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。