β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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春の境目に魂ごと体を沈めていたらあら不思議、一ヶ月経っていました。
そろそろ投稿しねえとなあ……と思って投稿した次第。
今回は共通ルートラストになります。
次から個別ルート時間かな。


chapter6

 黒円卓の聖槍、ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス。

 櫻井一族の魂を取り込み喰らう、聖遺物のある種の極致。

 トバルカインを機関化する傍ら、この聖遺物に触れる機会を得た。

 既に櫻井武蔵の魂が取り込まれた腐敗の大剣。

 殺した対象の力を簒奪する、聖槍のデッドコピー。

 櫻井一族に妄執の如き呪いを向け、その魂を一方的に食らうソウルイーター。

 聖遺物の格としては、贋作とはいえ上位に食い込むだろう。

 それを見て、ふと、思った。

 これは、ひょっとして似ているのでは?

 確信のない直感のまま、僕はカインの改造もそこそこの隠れ蓑に、偽槍の解析を最優先に研究室の機能を集中させた。

 カインの鎧は既に八割方雛形を構築しているのだ、そちらの研究の主導権は僕が握っている以上、専門外の分野に関してバビロンからの追求なぞ行わせない。

 そして、結論を出した。

 

 これは、使える。

 

 そうと決まれば早急に計画を建てなければならない。

 かなり無理がある工程になるだろう。

 クリストフには途中で見抜かれるだろうし、いや、マレウスとバビロンに対しても今まで以上の、綱渡りという表現すら生ぬるい断崖行になる。

 危険度だって形成と創造くらいの差まで跳ね上がるのは間違いない。

 だが、それでも。

 これは使える、使えるぞ。

 この呪いはまさしく、僕への祝福だ。

 成る程背信の刃たる僕には、呪いこそが相応しいか!

 滑稽だ、哀れなまでに滑稽だ!

 はは、はははははは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!

 げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!!!

 

 

『チク・タク、チク・タク』

『少女、生贄、さまよう子羊』

『果てなきものなど、尊くあるものなど』

『全て、全て、あらゆるものは意味を持たない』

 

 

秘匿文書:アルフレート・レポート4

 

 

 

 

「こうして過ごしてることを」

「はい?」

「普通の人間なら、狂ってるとでも言うのかな」

 諏訪原タワーのレストランの中に、彼らはいた。

 灰金の髪を持つ美しい男女は、道行く人が見れば兄妹では、と噂するであろう姿だった。

 互いにストロベリーとチョコレートのパフェを突きながら、何かぼんやりとしている男に少女が微笑んでいる。

 休日の昼下がり、タワーの窓から日が照らす、たおやかな午後だった。

「未練だな、未練だよ。それでも俺は」

「私は、魂ならざる記録でしかないけれど」

 ストロベリーパフェを食べる手を止めて、少女は言う。

 何時までたっても自分に対しては卑屈な態度を取る息子に、

「貴方が、私とこうしたいと思ったこと。それを素直に形に、言葉にしてくれること。私は嬉しく思います。ここに彼女がいたら、きっと、いいえ、必ずそう言うわ」

「……母さん」

「けれど、そうね。次はベアトリスさんを連れて。あの子、寒空の下で今日も駆け回っているのでしょ? 息子の孝行は嬉しいけれど、貴方はあの子のことを第一に考えてあげるのよ? いい?」

「……はい」

「よろしい。貴方が育んだ誰かを想う心は、何も間違ってなんかいないわ」

 カテリナが優雅に微笑み、ヴァルターも小さく笑った。

 例え、魂ならざる偽りだとしても。

 ヴァルターの力によって顕現した生亡き者であっても。

 カテリナ・シェレンベルクがかつて擲った『思い出』はヴァルターの中にあり、その思い出は本人のものである以上、こうして顕現し言葉を語る彼女のそれは、生前の言葉に等しい。

 意思を、思い出を失うという現象を前に人間ではなくなりかけた彼に母が与えた、何よりも大きな遺言だった。

「ヴァルター」

「……ん」

「迷いがないこと、決意があること。それはいいの。けれど、貴方は彼と対面して、また新たに、選ばなくてはならない何かに出会うと思うの」

「なんとなく、分かってる」

「そうね。貴方はなんとなく分かっている。けれど、いざその時になれば……誰も、冷静でなんていられない。そういうもの」

 机の上で、両手を握る。

 祈るように、細い指が鳴った。

「貴方の愛に、従うのよ。それこそが、貴方が培い、育んできたもの」

「俺の、愛、ですか」

「はい。そうすれば、きっと大丈夫」

「……はあ。分かり、ました」

 煮え切らない返事をすると、分かっていると微笑んでくる。

 何も変わらぬ、思い出の母。

 彼女の言葉を求めた自分は、それを否定することはない。

 そう、笑顔の母をぼんやり見つめていたからか、ヴァルターは近づく影が目の前に来るまで気づかなかった。

「……ん?」

「あら?」

 そこにいたのは、黒いゴシック服をきた、金髪の乙女だった。

 碧い目をヴァルターにまじまじと向けている。

 やや、沈黙の時間があって、

「こんにちは」

「……はあ、こんにちは」

 ぺかーという効果音が付きそうな笑顔で挨拶などしてくるものだから、ヴァルターもなんとなく挨拶を返す。

「此処は、楽しいところですね」

「まあ、そうですね」

「パフェ、美味しそうですね」

「頼んでみるといいかと」

「そうしてみます。レン、聞いてくれるかな」

「金に困ってるとかじゃないのなら、多分」

 そんな、どこか不可思議な会話を繰り広げる二人。

 何故、そのようなことになっているのか。

 天然ゆえの偶然ではない。

 少女、マリィは覚えていた。

 彼が、以前出会った、似てるけど違う人に。

 ヴァルターも、気付いた。

 少女の黄昏色の魂、無垢なる特異点の力に。

「あの後、レンと出会えたんです」

「そう」

「貴方は違ったけど、けど、カリオストロの知り合い?」

「まあ、そんなところ」

 マリィはカテリナのことも見る。

 そのあり方を、魂で感じて、

「貴方も……似てるけど、違う?」

「えーっと……?」

 ヴァルターを見て、カテリナを見て、ころころと表情を変える。

 その感情はあまりに純粋で無垢で。一切の雑味がない。

 ヴァルターは思う、成る程、これがあの男の本命、あの男の宿願。

「きっと、カリオストロのオペラ、もうすぐなんですね。貴方も来るんですね」

「……それは」

 きっと、未だ何も分かってない。

 分かる余地が無いのかも知れない。

 その位階は、この世界における神なるものの位階である故に。

 そしてそれは、自分の役目ではなく、領分でもない。

 ツァラトゥストラならざるこの身では。

「おーいマリィちゃーん! 迷ってるのかな、こっちだよー?」

「あ、カスミ! では、私はこれで。また会えるの、楽しみにしてますね」

 遠くからの呼び声。

 それに応えて、マリィは去っていく。

 席三つほど向こう側、見ようとしなければ見えない位置だ。

 きっと、そこに。

「難しい顔になってますよ」

 険しい顔のヴァルターが、カテリナにたしなめられる。

「今は、話を聞いて欲しい。そう言ったのは貴方なのだから」

「む……ごめん」

「ベアトリスさんの苦労が忍ばれるわね」

「いや、そこは、要所要所はともかく、普段苦労してるのは僕の方のはず……」

「そんなことはありません。貴方はとても女泣かせになったのだわ」

「ええ……?」

 納得がいかないという顔をするヴァルターを、カテリナがピシャリと言い込める時間は、その後三十分ほど続いた。

 

 

 諏訪原タワーにて 休日の裏の親子

 

 

 

 

「…………」

 ボトムレスピット。

 そんな風に呼ぶらしい、まあどうでもいいんだが。

 俺にとっては、こいつがここにいる、ということの方が重要なことだ。

 対面のソファーに大仰に座りヘラヘラ笑ってるこの男、遊佐司狼。

 以前までとは様変わりした派手な装いは、正にこいつの性根を表していると言える。

 二度と会うこともない、そう思っていた男。

 こいつの方はどう思っていたのか、相変わらず食えない顔をしている。

「……で」

 今、この場にいるのは俺を含めて五人。

 俺、実体化しているマリィ、司狼、本城恵梨依と名乗った女、そして……

「何であんたがここにいるんだよ」

「あー、いやまあ、のっぴきならない事情があると言いますか……」

 ソファーの端に気まずそうに座っている、妖怪ジャージ女ことヒロインB。

 帽子のつばを指で下げ視線をそらしている。

「ああ、こいつなら俺がとっ捕まえた」

「はあ?」

「うちの付近でボケっと入り口を眺めてたもんでね。カマかけてご招待したってワケ」

「藤井君、何なんですかこの少年。友人は選んだほうがいいですよ」

「それは全く同感だが、あんたには言われたくない気しかしないな」

「おいおい現在進行系で面白人間一直線の連中がよく言うわ」

「結局皆が皆相手に対して同じようなこと思ってるわけよ。あら似た者同士」

 司狼と本城は嫌な笑みを浮かべ、俺とジャージ女は溜息をつき、マリィは首を傾げながらオロオロしている。

 ああ、もう、こういう空気はうんざりだ。

 マリィの教育にも悪い。

「いいから、話を進めろよ」

「おう、何だっけ。俺様のボトムレスピット君臨録最終章、俺とヘルシェイク矢野のエアギター頂上決戦の話だっけか」

「帰るぞ」

「釣れないねえ。もっとヘルシェイク矢野に興味を示そうぜ。あいつはやべえぞ、一瞬だが俺のデジャヴを止めやがった逸材でな」

「こちとらそんな場合じゃないんだよ」

「ああ、変態集団に追われてるんだもんな」

「…………」

 そう、それが本題だ。

 相変わらず選択肢の総当たりとか抜かして今じゃアングラな方面に突き抜けているこの馬鹿が、有ろう事か今俺を取り巻く最低最悪の非日常に首を突っ込もうとしている。

 こいつが何処でどうなろうと知ったこっちゃないが、俺の目につく所で狂った真似をされるのは迷惑だ。

「関わるなよ司狼。これはお前は面白がるようなもんじゃないんだ」

「それは俺が決めることだよエセ優等生。ここ数日訳も分からずもがいてましたって顔しやがってよ。俺達の方が、お前よりは詳しいぜ?」

 俺の言葉を意にも介さず、煙草に火をつける。

「例えば、連中の正体とかね。なあ、自称謎のヒロインBさんよ」

 そしてその先端を、俺ではなく、幅を開けた隣にいる女に向ける。

「…………はあ」

 ジャージ女は何やら恨めしそうな目で司狼を見ていた。

「私としても、そろそろ藤井君にはあいつらの正体諸々話す気ではいたんですよ。でも」

「超優秀でイケメンの司狼さんは事前にその正体に辿り着き、自称ヒロインは無様に脅迫かまされて連行されてしまいました悔しいでしょうねえってか? ねえ今どんな気持ち? どんな気持ち?」

「ぐぬぬ……」

「あのね、この情報調べたのも、情報開示のための資金を出したのも全部あたしなんだけど? 司狼は偉そうに突っ張ってるだけ」

「面白バケモノ相手に前衛で突っ張ってんだぜ? 殊勲賞ものだろエリー」

「はいはい」

 概ね、察してはいたもののいざ言葉にするとぼやけた輪郭が形になってくる。

 司狼と本城は言う。

聖槍十三騎士団、ラストバタリオン、と。

 お尋ね者のハイエンド、終戦から年を食うこともなく生きている化物集団。

 ナチスドイツの亡霊共。

「ま、俺にとって重要なことはあいつらがちょっと気違い過ぎた領域の何かってことに尽きるがね、なあ蓮。お前ももうそうなんだろ?」

「……司狼。何度でも言うぞ。お前は――」

「そんでそこの謎のヒロインBさんもだ。なあ、そうだろ? 聖槍十三騎士団黒円卓第五位、ベアトリス・キルヒアイゼンさんよ」

 その言葉に、一瞬呼吸が止まった。

 いや、考えていなかったわけじゃない、目を逸らしてごまかしていただけだ。

 単に、条件反射だった。

 隣りにいるこの女が、あいつらと同じだと断言されたことが。

 それが形となった途端、猛烈な不安感に襲われる。

「言ったろ? こちとら大枚叩いてこいつらのデータベース覗いたって。そんで顔が割れた連中の中の一人がよ、芋くせえジャージ姿でボケっとこっち見てるわけよ。こりゃ捕まえてみるしかねえじゃん?」

「…………」

「まあ結果はこの通り、不気味なくらいすんなりついてきたわけなんだけどよ。なあお嬢ちゃん、あんた、どっち側だ?」

「…………」

 目を閉じ腕を組み黙していたジャージ女。

司狼が言うには、ベアトリス・キルヒアイゼン。

 そいつはややあって組んだ腕を解き、その目を開いて、

「私の言い分は、変わりませんよ。ちょっとそこに多少の事情が加わっただけで」

「ふん、つまり?」

「私は、聖槍十三騎士団の『裏切り者』なんですよ。第五位の席は既に、あの黄金の獣に反旗を翻している。私はこうすることを、もう何十年も前から決めていましたから」

「へえ」

 裏切り者。

 ジャージ女、キルヒアイゼンは厳粛にそう言い放った。

 その瞳の中の輝きが、俺達に見えた。

「味方……と言うには都合が良すぎますね。当初、私達もそちらを利用するつもりだった。ツァラトゥストラ、そう呼ばれる存在がいる。その程度の情報しかなかったのですから」

「あんたも、やり方は違えど俺を試していた、ってことか」

「そうなります」

 キルヒアイゼンは帽子を取り、それを胸に当てる。

 宝石のような緑の瞳が、帽子の暗がりを介さずこちらの視線と合わさった。

「疑念も、嫌悪も、あらゆる全てを受け入れましょう。ですが藤井君。私の言うことは此処にいる彼と同じようなものです。貴方が何を思おうと、私は奴らと戦う。そのために、此処にいる。ですが私としては願わくば、背を守り合う関係であれることを望みます」

 貴方が正しく善良な人間であることを、私は確信したから。

 金髪の乙女は、堂々とそれを宣言した。

 

 

 

 

 

「ふん、ま、こうなるよなあ」

 蓮とマリィが去った後、司狼は真っ二つになった拳銃の断面を面白そうになぞりながら笑った。

「安心しろよ、キルヒアイゼン殿。あいつからの心象は多分悪くねえぜ。悪かったのはあれだ、あんたのスタンスが俺のスタンスと似通ってたのが都合が悪かったからさ。理屈じゃなくとも、自分より俺の味方だと取られたんだろうな」

「けれど、事実です。私を止めるものがないように、彼を止めるものがないように。貴方を止めるものなどない。……個人的には、すっこんでなさいと言いたいところなんですけどね」

「やだね。年食ったジジババからの説教なら尚更だ」

「支援やめますよ」

「おっと、図星突かれたからってそんな怒るなよ」

「はあ……」

 ベアトリスは盛大に呆れつつ、足元においていたバックパックからいくつか袋を取り出し、それを司狼とエリーに投げた。

「はい、これ。貴方達ならまあ、使いこなせるでしょう。一先ずは馬鹿みたいな無茶しないように一戦闘分、その結果次第でということにします」

「へへ、待ってました。おいエリー」

 袋の中身を開けながら、司狼は外に、エリーは奥に向かっていく。

「はいはい、ナビがてら検分しておくから、あんたはさっさと行ってらっしゃい」

 厄介払いのように適当に手を振ってくるエリーを背に、司狼は大仰に手を広げ、

「んじゃ夜のタンデムと行こうか、麗しのお嬢様」

「いや、私走りますんで。離れなさい痴漢。着替えてから追いつきます」

 肩を組もうとした腕はベアトリスに阻止され、ついでに親指を絞められた。

「何だよ釣れないねえ」

「さっきはジジババ扱いしてたくせに何ですか。というか私旦那持ちなんで」

「ええー? うっそだあ?」

「その素朴な顔と棒読みを今すぐ止めろ小僧、刺すぞ」

 

 

 ボトムレスピットにて 蓮と司狼とキルヒアイゼン殿

 

 

 

 

「通りすがりのイケメン参上」

 飛来する鋼鉄を、ヴィルヘルムは知覚した。

 いつぞやの命知らずのガキ、その程度の認識だ。

 多少は面白くはあるが、今のところはそれだけのガキ。

 呆れたようにその銃弾を――

「……ッ!」

 噛み潰してやろう、そう思っていたものを、僅かな焦燥と共に間一髪で回避する。

 顔の横を掠めた銃弾は自身の髪の数本を断ち切り通過していく。

 それは本来、ありえないことだった。

「てめえ、そいつは……」

「へえ、マジじゃん。どうやらこいつなら、てめえらに効くみたいだな」

「司狼、お前……?」

 蓮も、ヴィルヘルムも、手元でいくつかの弾丸をいじっている司狼を見る。

 その彼の扱うデザートイーグルに適応した、先端が銀色に光る弾丸を。

「よお、驚いたか蓮」

「お前、どうやって、まさか……!」

「生憎と、お前みたいなビックリ人間には未だなれてないんだよなあ。種はこいつ」

 その弾丸を摘みながら語ろうとする司狼に先んじて、口を開く男がいた。

「……『AN-0008 シルバー・ブレッド』。霊体を破壊し、超人を殺傷する弾丸」

 ヴィルヘルムはそう言いながら、静かに笑う。

 武器を持たぬからこそ敵たり得なかった惜しい男が、敵となりえるかも知れないことに。

「懐かしい骨董品だ。試し撃ちにつきあわされたことを覚えてるぜ。ナウヨックス……ツァイト・グロッケの遺産。クリストフが流通されると困るって特に警戒してたもんの一つ。成る程なァ……ヴァルキュリアの差金か? 確かにそいつがあれば、ある程度は俺らと戦えるかもな」

「我慢しなくてもいいんだぜ? ふええこれじゃあキメ顔で舐めプできなくなっちゃうよお、イケメンの司狼さんには敵わなかったよお、ってな」

「はッ! ほざいたな」

 その不遜さがたまらなく愉快だと、ヴィルヘルムは歓喜する。

 今宵の獲物は決まった、総言わんばかりに。

「おいマレウス! ツァラトゥストラはてめえに譲ってやるよ……こいつは俺が貰う」

「へえ? 貴方がそこまで言うなんて、本当に珍しいわね? それはそれで興味があるけれど……いいわ、蓮君を譲ってくれるなら、今は任せちゃう」

「ッ!」

 ヴィルヘルムの背後の暗がりを、蓮は見る。

 あの日以来学校に来なかったルサルカが、件の軍服姿でそこにいた。

「貴方は? バビロン?」

「……手が空くのなら、このまま帰らせてもらうと言いたいところだけど」

「……な、貴方は……!」

「ふーん、まあ想定の範囲内だな」

 更に現れるのは大胆にスリットを空けた改造軍服を纏う、彼らにとっては見知った姿。

 リザ・ブレンナー、蓮にとっての日常の一つであるはずたった女は、彼らを怜悧に見つめる。

「……嘘だろ、シスター。なんかの冗談だって言ってくれよ」

「いいえ、これが現実よ。私にとっても、貴方にとっても、ね」

「似合ってないですよ、その服……」

「そう、そんな事を言ってくれるのは、貴方だけね……」

 自嘲するような言葉の色を、微かに感じる。

 だが、それだけだ。

「でも、私は悪い女なの。今ここで、貴方の腕一本でも取ってみれば信じてくれるかしら」

「いいえ、それはなされない。何故なら、私がここにいる」

「…………!」

 雷の音を聞いた。

 雷の光を見た。

 リザは振り返ることなく、その正体を察する。

 自分の背中に突きつけられる刃を知覚する。

「……そう、話には聞いていたけど。やっぱり、そうだったのね」

「ええ。貴方の相手は、私だ」

 それは、天を駆る雷だった。

 黒き円卓にあって、未熟であることを失わない少女であることを、リザは知っていた。

 蓮の見知った帽子とジャージ姿ではなく、奴らと同じ軍服を纏い、しかしその刃を同じ服を纏う連中に向ける姿が、そこにある。

「私を殺す? ベアトリス」

「あの落日のベルリンで、私はそうするべきだった」

「今更、とは思わないのね」

「思いません。だって、未だ何も遅くはない」

「そう……相変わらず、強いのね。エレオノーレそっくり」

「私とあの人は違います……ヴィッテンブルグ少佐は、あの人は、あまりに強すぎた」

 互いに、知りたる仲と言葉をかわす。

 しかし、向ける刃に震えはなく、決意は揺るがない。

「ですが、リザさん。貴方は弱すぎた。どっちも振り切れるだけ振り切れて。貴方は、きっと何時だって、何もかもが遅いと思っているのでしょうね」

「そうね、その通りよ。でも――私は、この生き方しか知らないわ」

「ッ!」

 リザの背とベアトリスの刃を分かつように、仮面が顕現する。

 ベアトリスは即座に距離を取り、蓮と司狼の側に跳躍した。

 膨張する肉と鋼、仮面の中から、悍ましい人型が現れる。

「な、んだ、あれ……」

「おー、おー。キモいな、如何にもバケモノ、って感じだ」

「……トバルカイン」

 鋼鉄の人型を従えて、リザは前髪をかきあげる。

 バビロン・マグダレーナの忠実なしもべ、彼女の手足。

 鈍く光る長剣を担ぎ、怪しげな息遣いをする。

「藤井君」

「あんた……」

「改めまして。ベアトリス・キルヒアイゼンです」

 雷を纏う聖剣、その手を覆う機械篭手。

 ヴァルキュリア、戦乙女の二つ名を持つ少女が呼びかける。

「遊佐司狼、彼は言って止まるようなものじゃないでしょう。故に、武器を与えました。これである程度死ぬ確率は下がったでしょう。そして……」

 剣を構え、掲げるように。

「貴方と私の利害は一致する。共に、戦ってはくれませんか」

「……分かった」

 掲げた剣に、右腕の刃を合わせることで応える。

「あんたを信じる。一緒に戦ってくれ」

 聞きたいことも言いたいこともある。

 しかしその行動と眼差しを、蓮は信じることにした。

「よしよし、いい感じに分担できたんじゃね?」

 司狼が銃で敵側を示す。

 ヴィルヘルムは司狼に対し牙を見せ、ルサルカは蓮を前に舌なめずりをし、リザはトバルカインを前に出しつつもベアトリスに感情の読めない瞳を向ける。

「俺はあのチンピラを、蓮はピンクババアを、そこの自称ヒロインはシスターと肉団子を。これで丁度三対三……」

「いいえ、これで」

「!」

 厳かな声が、三人の背後から聞こえた。

 振り返ろうとするも、何かが迫る。

 ベアトリスの背を狙った抜き手がそこにあって、

「これで、四対四。そうだろう」

「……ええ、そうですね。シェレンベルク卿」

 その手刀は、突如現れた漆黒の長剣に阻まれた。

 金髪の神父は笑みを深くし、灰金の男は瞳を鋭く細める。

「ヴァルターさん!」

「あんた……あんたも、そうなのか、神父さん」

 神父、ヴァレリアが距離を取り、ヴァルターはベアトリスの隣についた。

 その剣をヴァレリアに向けて。

「改めまして、藤井さん。名乗らせて頂きましょう。私は聖槍十三騎士団黒円卓第三位、ヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリーン。神を運ぶ者、聖餐杯。今、彼らを取りまとめる首領代行の任を負うもの。貴方の、敵です」

 その悠々とした名乗りに、蓮は歯ぎしりする。

 シスターは敵だった。

 神父も敵だった。

 なら、あの人は、先輩は――!

「此度は開戦の号砲として、この地にいる団員たちを連れ伺いました。ベイ、マレウス、バビロン、誰もが毛色は違えど我ら黒円卓に名を連ねる騎士。果たして貴方がその敵手として相応しいか否か、暫くの間様子見をしていたのですが……」

 ヴァレリアは蓮を取り巻く者たちを見て、笑みを深くする。

「成る程、これも或いは副首領閣下の采配というのなら、納得する他ありません。キルヒアイゼン卿、そしてシェレンベルク卿がそちらにつくというのなら、遠慮の必要もないわけだ」

 あちらは四人、こちらも四人。

 蓮と司狼は突如乱入した男を見る。

 くすんだ金髪に青い瞳の、禍々しい黒い茨の波動を纏うその男。

 蓮にとっては、何処かで見たことがあるような男だった。

「ヴァルター・シェレンベルクだ」

 ヴァルターは簡潔に応えた。

 そしてベアトリスの襟を掴み軽く揺する。

「これはうちの。迷惑をかけたな」

「んなッ!? 私迷惑なんてかけてませんよ! ほんとですからね!」

「……味方、でいいのか」

「へえ、成る程ね?」

 そのやり取りに蓮は警戒心を薄め、司狼は面白そうに笑った。

 そして、それは形は違えど敵方も同じく。

「シェーイド……やっぱりいやがったか……」

「ま、なんとなく分かってたけどね。でもこうして直に見ると、半世紀ぶりってわけよ」

「そう、そういうことね。将軍閣下、貴方が、その子の……」

「御託は結構」

 それらを、ヴァルターは一蹴する。

 黒い風が吹き、各々は殺気を顕にした。

「俺の目的は唯一つ。黄金錬成を砕き、ハイドリヒを打ち破る。分かったならかかってこい。それとも首を差し出せば楽に終わらせてやるが?」

「やれやれ、そこのところは本当にお変わりない。まあ、話が早いのはいいですが」

 ヴァレリアが両手を広げ、宣言する。

 今宵の戦端を、その号砲を。

「今宵は、しばし付き合って頂きましょう。さて、では栄えある騎士たちよ。暫し、戯れの時間と行きなさい」

 そして、魔人が激突する。

 

「……何が戯れだ。ここで終わらせてやる!」

「ふふ、元気元気。そんなに頑張る子してるとー、益々遊びたくなっちゃう」

 飛び跳ねながら鎖を投擲するルサルカを蓮が追い、

 

「んじゃ、俺らはこれで。ほーれ追ってこいよ、中尉殿?」

「は、ちげえな、てめえが耐えるんだよ。早々にぶっ壊れるんじゃねえぞオラァ!」

 無茶苦茶な体勢で銃を乱射しながらバイクで逃げ去る司狼をヴィルヘルムが追う。

 

「……カイン、行きなさい」

「バビロン……リザさん、貴方は、せめて私の手で」

 駆動音を鳴らすトバルカインを前に、ベアトリスが構え、

 

「さて……我々は、マレウスを追いながら戦うとしましょうか」

「……いいよ、乗ってやる」

 大橋へと向かったルサルカに追随するように、ヴァレリアとヴァルターが走った。

 諏訪原は遂に、魔人の狩り場であることを隠せぬ時に至っていた。

 

 

 

 




蓮VSルサルカ
司狼VSヴィルヘルム
ヴァレリアVSヴァルター
リザVSベアトリス

次回、始まりません。
省略します。
なんだかんだ戦ったけど結局橋で獣殿が降臨してマリィが拉致られて聖槍ぶっ刺されるとこまで省略しまーす!
これ全部描写するのは疲れると思うんだ!(真顔)

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