β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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これにて黎明終了。
次回より黎明その後と、黒円卓の胎動、ヴァルターの道行き、犬、あたりを書いていこうかと。
やっぱ原作と似たり寄ったりの部分って書きにくいんですよね、書くことは変わらないのに、同じような文章だと許せないというか。

あ、評価感想ありがとうございました、どうやらランキングに浮上したようです。
ベア子ァ! お前の冒頭フラグメント他の倍の量になったぞコラァ!(憤怒)


Fragments:黎明Ⅲ

 ベルリンの町中、貴重な休暇にうまいもん巡りしてた時の話でしたっけ?

 そうですそうです、懐かしいですねー、先輩と初めて会った時。

 一年でしたっけ、それとも二年くらいありました?

 私はまだユーゲントの学生で、先輩はその頃からバリバリ働いてる尉官さんで。

 ああ、えーっと、ぶつかったんですよ、はい、町中で。

 その日の収穫に満足してた私が不注意状態で駆け足してたのが悪いんですけどね。

 こう、曲がり角から飛び出す形になった私が、こう、むぎゅっと。

 あーなにかぶつかったなーやっちゃったなーって混乱する中はて壁にしては弾力があるような……とか思って目を開けると、体は密着したまま頭と肩をがっしり掴まれて運動エネルギーを相殺されてましたね、ええ。

 しかし密着した体の間には、無残に潰れてしまった菓子袋が。

 で、そのお詫びということでちょっと奢ってもらえることになって。

 ……思えば私あの時形だけとはいえ抱きすくめられていたのでは?

 な、なんか思い出したら急に恥ずかしくなってごにょごにょごにょ……

 はい、なんです?

『いい年こいた女子が潰れた菓子袋一つで大仰に膝をついてえぐえぐ泣き出せばまともな大人なら妥協するに決まってるだろ意地汚いやつめ』ですと?

 そんなこと思ってたんですか、ひどい!

 

 え、えーと、ともかく、私はそれにかこつけて色々話してみるわけですよ。

 よく馴れ馴れしいとかうるさいとか形容されるのは自覚してますけど、お喋りとか好きな私ですから、やらかしたこともこれも機会だーって感じで。

 あの時の先輩どんな感じでしたっけ?

 あ、思い出しましたよ、いかにも人好きしそうな微笑みでお嬢さんいかがされましたとかサラッと口にしてましたけど、あれ今思えば私を適当にあしらおうと一般女性受けする感じに偽装してましたよね、話の中身もはぐらかしてたし!

 忘れろ?

 嫌ですぷー、日記につけときます痛い痛いつねらないでつねらないで!

 はあ、とにかくその日は適当にはえー紳士な人だなあって感じで奢るだけ奢ってもらって、お気をつけてお嬢さんとか言われて別れ痛い痛いわかりましたもうあの時のセリフ再現はしませんから手を離して!

 ちょっとあっち行っててください、あっち!

 女同士の話に男性が聞き耳を立てるのは無粋ですよ!

 

 ……ふーやれやれ、行ってくれました、これで存分にお話できます。

 さてまあ、それだけならそれだけだったんですけどね。

 休日の行動範囲が妙に合っていたのか、次の月も会っちゃったんですよ。

 見覚えのある顔が横切るのを私が咄嗟に呼び止める感じで。

 私も初対面の時からなにか気になる顔だなーって思ってたんで割とすぐ思い出しました。

 まああの人『誰だお前』って返してきやがったんですけどね、ええ。

 初めて会った時紳士的だった人が、半眼でドスの利いた声でなげやりに言ってくるわけですよ。

 そりゃあまあ私でも呆然とするってもんです。

 粘り強く食い下がって、ようやく思い出してもらいました。

 『あー……あの時の不注意な小娘』とか不名誉な思い出し方されましたけど!

 怒った私は暇ですか暇ですねよし来いって感じで先輩を引き摺っていってですね。

 怒りのままにお菓子を注文してですね、改めて色々聞き出そうとしましたよ。

 

 支払い?

 先輩持ちでしたけど?

 

 まあとにかく前回とは打って変わった様子に、憤慨以上に興味も湧きまして。

 こう、構いたくなる、って言うんですかねえ、こういうの。

 透き通った目、影の差す表情、どことなく疲れてるようないないような。

 あ、分かります?

 ですよねー、やっぱりお兄さんってそういう所ありますもんねー。

 ああ、そういえば先輩って呼び出す前は、お兄さんって呼んでたんですよねえ。

 実家に兄はいるんですけど、なんというかあの人は喧嘩の対象であっても慕う対象ではないというか……まあやんちゃしてた頃の弊害というか……

 え、なんで笑うんです?

 は、はあ……まあその日にようやく、あの人の顔を見たんです。

 きっとそれが普段の顔だっていうものを。

 でも……それでも、まだ気になって。

 

 ……あの、これからちょっとおかしなことを言います。

 不快にさせてしまったらごめんなさい。

 これは何ヶ月か先輩の顔を見てようやく気づいたことなんですけど。

 あの人、ずっと何か無理をしてるような。

 私が平常だと思っていたときでさえ、絶えず苦労し、心を削り続けているような。

 一体何が先輩をそうさせているのか、私には分かりません。

 けれど、いつかのある日、『あらゆるすべての感情が抜け落ちてしまったような』先輩の顔をほんの一瞬でも見てしまった時から、言葉にできない疑問のかけらは形容できない恐ろしい確信に似た何かに変わったんです。

 ああ、この人の側にいてあげないとって。

 なんでもない次の朝、突如消えてしまっていてもおかしくない、そんな恐怖を感じたんです。

 

 何言ってるかよくわからないですよね、ごめんなさい、私も言っててよく分からなくて。

 変なこと言いました、やっぱり忘れて……え。

 ええと……その……何で私は抱きしめられて撫でられてるんでしょうか……いえ、その嫌というわけではなく、むしろ心地良いですけど……

 

 ……ええ、はい、勿論です。

 私はこれからも先輩と仲良くやっていきたいと思いますよ。

 だって、私はこうしないと、なんていう義務感よりずっと前から。

 私は好きでお兄さんにつきまとってるんですから!

 嫌われようが食いついてやりますとも!

 

 

 ベルリンの一軒家にて 金髪の乙女と、小さな母の会話

 

 

 

 

「あー、あれやばいわね。いくらアルちゃんの加勢があっても無理があるわ」

「な、何と……うっ」

 狂奔する戦場に神父、ヴァレリアン・トリファは口を覆いうずくまり、ドレスの女性、アンナ・シュヴェーゲリンは尚の愉悦の態度を崩さない。

 その牙がいつ向いてもおかしくはないというのに、アンナはのうのうと品定めをしていた。

「唯でさえ9点の怪物くんが完全にプッツンしてるわ。何が引き金だったのかは知らないけど、ここからはもう闘争というより戦争の域ね。もう一人の方も大分キレだしてるし、ああいう魔道によらない魔性っていうのはこういうことがあるから怖いわ」

「彼らでも、もうどうしようもないのですか?」

 ヴァレリアンが、恐る恐る聞く。

 しかしアンナの回答は煮えきらないものだった。

「どうかしら、あの半端ない軍人さんとアルちゃんの7点コンビは即席っぽさは抜け切らないけど、或いはアルちゃんが懐にしっかり準備を抱えた上で『戦争状態』に入ればワンチャンあるかも」

 彼女は、アルフレートのことをそれなりによく知っている。

 彼の『趣味と実益を兼ねた工作』の産物のこともだ。

 それが懐にあるのであれば……大怪我は避けられないだろうが、まあ勝てるだろう。

「あっちのお嬢さんとイケメンの5点コンビはー、割りと安定してるわね。身体能力を知恵と勇気で補ってる感じ? あのイケメンさんが付かず離れず戦ってるから、お嬢ちゃんが大分楽できてるわねー。攻撃よりも防御に秀でてるのかしら、その点で言えばひょっとすると8点あるかもしれないわ。まだ一発もいいのを貰ってない」

 対し、ヴァルターとベアトリスの方は既に余裕を無くし乱戦にもつれ込んでいるものの、互いに硬直する瞬間をカバーし、痛打を通さず押し留めている。

 即席の連携ではあるまい、あれは互いの動きを知る故の動きだ。

「しかし……では、双方未だ危機的な状況であることに変わりはないのでは」

「うん、まあ、そうとも言う」

「どうにかならないのでしょうか」

「なーに、私に何かできると思って? それともどうにかしたいと思う? あなたが? 言っておくけど、貴方マイナス10点よ、あんなところに何かしに行ったら、木っ端微塵になっちゃうわね」

 くすくす、と傍観者気取りを崩さないアンナに、さしものヴァレリアンもむっとする。

 確かにその身は何の役にも立たぬ身ではあるが、このような恐ろしいものを目にして何もせず笑っていられるような悪人ではないつもりだった。

「……では、彼らは」

 そして、指し示してしまう。

 この争いを同じように眺める二人を。

「……え」

 そして、彼女も見てしまった。

 見てはならないものを。

 常人であろうと、魔性であろうと。

 そのすべてを知る賢者でさえも、知り得てはいけないものが。

「あ、あ、あ」

 ああ、黄金の輝きがその目を焼く。

 焼いた先には暗闇しか残らない。

 暗闇が続く先に、淡い光が差し込んでくる。

 それはまるで頭の中を紐解くような、紫色の月明かり。

 

 けたけた、けたけた、けたけた、げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら。

 

 あれは、何?

 

 

 

 

「いやはや、相も変わらずこの国は面白い。外を歩けば宝の山、時代が産んだ混沌のるつぼ。人間という種の、文明と本能を併せ持った極限。ああ、何度も見た光景ではあれど、されどやはり心が躍る」

 その影は、まるで歌うように言葉を語る。

 しかして、人間味を一切感じさせない無機質な声だ。

 それこそ、そう、歌劇でも眺めているような。

 お気に入りの歌劇を何度も、何度も何度も何度も回し見し、決まって同じ感想を呟くような。

 人を人と思わぬ視界、感慨。

「どうですかな。あなたにも、何か感じ入るものがあれば幸いですが」

 そして、そのようなものに魅入られ、こうして語りかけられている自分とは。

 ラインハルトは一瞬そのような考えが頭をよぎり、しかし馬鹿なことだと完結する。

 この道化のやることに、意味などあるものか。

 自分の存在に、意味などあるものか。

「卿が私に何を見出し、何を期待しているのかは知らないが。そのようなものはまやかしだ」

「ははは。僭越ながら、あなたは勘違いをされておられる。否、目を逸らしていると言うべきか」

「何?」

「あなたは既に知っているはずだ。胸を掻きむしる衝動を。鏡の向こう側を。ただ、その正体を覗く気がないだけ。そう、始まりは私と出会う前より。あなたは自分と相似した可能性に、喜悦という感情を覚えていたはずだ」

 それは。

 この男、カール・クラフトの言うそれは、ラインハルトの瞳を揺り動かす。

「なんともいじらしく、頑なだ。稀有であるからこそ、それを失うまいと、その先を見通すことを無意識に避けておられる。だが、それはあなたの本質を妨げるものでしかない。何せ、あれとあなたでは、向いている方向が違う。元より、あれはそうあれかしと期待され、彼女が育み、私が選んだ存在故に」

「何が、言いたい」

「守る側に座り、その拳を握らぬ故の倦怠感、絶望感。ああ、何故だ。何故だ。何故私は」

 両手を広げ、躍り出るように数歩。

 カール・クラフトは語る。

 それは、意味不明な言葉だ。

 意味不明でなければならぬ、そうでなければならぬはずの言葉だ。

 しかし、水銀の毒はその胸に染み渡り、際限なく広がっていく。

 

『何故私は、私を破壊しないのか。何故私は、あれを破壊しないのか、自制してしまうのか』

 

『その面の皮を、その面の下を。一思いに引剥してやれば何と心のすくことか』

 

『失ってしまうやも知れぬ、ああ、だがそれが? そうしなければ、行動無くして何故自覚ができようか、何故証明ができようか』

 

『だがすべてが壊れゆく、それが指を動かす以前に最早知れてしまう。何と口惜しい世界の脆さ』

 

『私は、すべてを――』

 

「黙れ」

 聞くに耐えぬと最後の言葉を遮った。

 一体それを『何度』聞かせるつもりだと。

 そんなものはとうに知っている。那由多の果て、幾星霜も前から、この身を苛むそれの正体を。

 ラインハルトは、分からないが知っているのだ。

「卿の戯言には『飽いている』。それ以上雑音を歌うようなら、牢獄の中に引き返すことになるぞ」

「おやおや」

 そう言いながらも、ラインハルトは歩みを進めていく。

 それは興味が失せこの場から去るのではなく、その争乱の中心へと向いていた。

「では、閣下。このめでたき門出に一つだけ」

 カールはその背中に対し笑みを向け、尚も言葉をもって送り出す。

「あなたはすべてに倦んでいる。あなたはすべてに堪えている。その意味を、言葉として形にすねばなりますまい。存分に歌いなされ、何度でも、何度でも、この既知感のみが愛おしいと」

 

「そう、あなたは、すべてを壊したい(愛したい)のだ」

 

 

 

 

「ぐっ、おのれ……!」

「ごほっ……ごほっ……」

「ああああああああああああああああッゔぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 最早それは言葉の羅列でも獣の叫びでもないだろう。

 生命の本能さえ捨て去ったその形は、血を振り乱し肉体が自壊するのも顧みない。

 さらなる圧倒的暴威で、二人を甚振っていた。

 放っておけば自滅するだろう、だが、それまでに果たして自分たちが生きていられるのか。

 そのような戦術を見通す故にたどり着いてしまう結論を、エレオノーレは思考の中でねじ伏せ、己を奮い立たせる。

 このような薄汚い敗北者の汚泥と共に沈むなど、誰が許そうか、何より自分が許そうか。

 フルコンタクト状態で接近戦を行った結果、アルフレートがエレオノーレより先に沈みかけていようと、例え一人であろうとだ。

「……あ゛ー」

 そうした決意を彼女が固める中、もう一方は諦めが凝固したような呻き声を発する。

 それは一概に、もういいや、とか、知ったこっちゃない、とか、どうにでもなれ、とか。

 大凡聞き覚えのある、敗者の泣き言に似た、しかし何かが違う音だ。

 エレオノーレは無意識に、何が違うのかを把握する。

 そう、この音からは諦めこそ感じるものの、負けた、という想念だけが感じられない。

 今まさに凶獣の手で命を奪われようとしているアルフレートは呑気に懐を弄り。

 何か手のひら大の球体をぽいと真上に投げた。

「死ねよ」

 直後、破裂音が響いた。

「ぎゃあああああああああああああああ!!!」

「がふっ!!!」

 アルフレートが投げた球体が耳をつんざく音を発し、爆発する。

 その衝撃で凶獣は吹き飛び、至近距離で爆発を浴びたアルフレートにもはじけ飛んだ破片が突き刺さり、互いの血が入り交じった。

「……爆弾、だと?」

 エレオノーレはそれに瞠目する。

 現在軍で採用されている爆弾に、あれほど小型で且つ実用段階の爆弾は存在しない。

 よしんば秘密裏に開発されている実験兵器だったとしても。

 今、エレオノーレが見ている光景はことさら異常なものだろう。

 幽鬼のようにふらりと立ち上がったアルフレートは軍服の襟を開き、袖からガチンガチンとなにか鋼鉄じみた音を発している。

 そこから取り出したものは先の球体であったり、拳銃のカートリッジにも似た立方体であったり、何かよく分からない仕掛けを施されている彫刻じみた物体であったり。

 それら全てが、アルフレート・ナウヨックスが抱える『爆弾』であった。

「はは、もういい、もういい、どうせもう炎上してるんだ、路上を吹き飛ばしたり更に炎上したり建物がぶっ壊れたりしてもさあ……関係ないよね、もう関係ないよ」

「ぐ、が」

 起き上がろうとする凶獣に対し、アルフレートはその両手に一杯の爆弾を抱え込む。

 それは、先程死ぬ死ぬと喚いていた時とはまるで違う、何かスイッチが入ったかのようで。

「本当にやってくれたよね。僕が一方的に死ぬなんてさあ……ありえないんだよ、ありえないんだ、それでも死ぬっていうんならさあ……お前も一緒に死ぬんだよ!!!!!!」

「っ! おい、待て!!!」

「待たないねえ!!! 焼けたくなけりゃとっとと失せな!!!」

 静止をかけるエレオノーレに構わず、アルフレートは爆弾をあたり一面に放出する。

 まるでどこに逃げようと吹き飛ばしてやると言わんばかりに、距離さえ構わず、更には自分が巻き込まれるであろうことにも構わずに。

 狂騒は、さらなる狂騒によって誰の勝利もない状況に押し込まれ始めた。

 

 

 

 

「あの、馬鹿!」

 その轟音は愚か爆発の余波さえも、ヴァルターとベアトリスには伝播していた。

 風は熱を帯び、血と鉄の香りが肌を撫で付ける。

「ひー! なんですなんです!? これまでも十分におかしいですけど、これはちょっと意味分かんないですよ!」

「アルフレートが完全にキレやがった! 自分毎相手を消し飛ばすつもりかあいつは!」

 獣の吠え声にひゃははははははと甲高い狂い声と折り重なる爆発音が混ざる。

 歯を食いしばるヴァルターにと慌てふためくベアトリスに対し、凶獣は愉快げに笑う。

「ああ? 何だそっちにも随分キレたやつがいるじゃねえか。軍服が泣くぜ、同類がよ」

「……そろそろ倒れてくれないか、あれを止めるのも俺の仕事でね」

「は、つれないこと言うなや優男。行くってんなら両腕を代金に置いてきな」

「ゴミめが。相手にしている価値がないっつってんだよ」

「おっと、もうそれは聞く気はないぜ。さっきはしてやられたが、安い挑発と分かれば適当に聞き流せばいいだけだ」

 内心で舌打ちする。

 情報が足りない故に、これ以上はどこを突けば自尊心に触れられるのかが不明瞭だ。

 言葉とは探る以上に探られる起点でもある、多言が過ぎればそこからつけ込まれる。

 本能で生きる故の敏感さを侮りすぎたか、此処に来て既に正攻法以外の方法は効力を失いつつあった。

 一刻も早くこの男を打倒し、キレたアルフレートを落ち着かせなければならない。

 どうするべきか、再度ヴァルターは取捨選択の思考に視界と肉体は警戒しつつ沈みかけ。

 その視界に、悠々と歩を進める黄金の姿を捉えた。

「……は? あいつ何を――」

 何の気まぐれかこの場にいるにしても後方でふんぞり返っているべき忌々しい上官の姿を見て一瞬この場を放棄し駆けつけかけたが、しかし踏みとどまる。

 怖気が、走った。

 恐らく、この場の誰もが同時に感じ入るものだった。

 目覚めてはならないものが目覚めてしまった。

 この場の全てが捻じ曲げられる、否、■される。

 だがしかしそれは、ヴァルター・シェレンベルクにとっては微妙に違う意味を持っていた。

 それは忌むべき(祝福すべき)対なる聖遺物(同種の聖遺物)の覚醒。

 運命に繋がれた何かが、それを知覚してしまったのだ。

 

 その背の向こう側で、影法師がゆらりと笑った。

 

 

 

 

「邪魔だ、ナウヨックス」

「あ、がっ!?」

 爆風の中、ぐしゃ、と何かが潰れたような音がした。

 エレオノーレは危機感のままその音の先に振り返る。

 そこには、なにかを蹴り飛ばしたかのように足を掲げている黄金の中将と、まるで車にはね飛ばされたかのように地面を無残にバウンドする、先程まで勘気のままに爆弾を起爆させていたアルフレートの姿があった。

「が、ぐっ」

 アルフレートは石畳に全身を強打し、震えたまま沈む。

 そしてラインハルトはそのまま滂沱の血溜まりに未だ立つ凶獣へと歩みを進める。

「一体なにを……お下がりください中将閣下!」

「どけ」

「なっ、があっ!?」

 その明らかに異常な行為をエレオノーレは止めようとするも、振りかぶった腕を払われるだけで、尋常ならざる威力が彼女を襲った。

 かろうじで差し込んだ腕が盾となり、しかし先のアルフレートと同様彼女も吹き飛ぶ。

 自らが綿毛にでもなったかのような錯覚、それほどの暴威。

「ア……ア゛?」

「ふん、どうした。ナウヨックスに散々嬲られたとて、貴様まだ動けるだろう」

 凶獣、ヴォルフガング・シュライバーは、骨砕け血を撒き散らし最早死の道行きを暴走する以外のことが頭にないその存在は、今まさにそれ以外の何かを頭に叩き込まれた。

 なんだ、これは。

 自身が人を超えたケモノであるならば、これは一体なんなのだ。

 元より理解というものを放棄しているが故に、誰よりも鮮烈にその本能に刻まれる。

 本能が屈してしまったならば、後は膝をつくしかないのだ。

「止まるか。なら――壊すか。その目、要るまい」

「ガッ、あ、あああああああああああああああ!!!???」

 その片目、包帯に包まれた、最早機能していない方の目を、ラインハルトは容赦なく突く。

 否、抉ったのだ、それは人道にもとる破壊だった。

 たとえ腐敗していようとも、ただ単純な暴力によってその目玉を抉られた凶獣は、どれだけの肉を削がれ血を流そうと決して上げなかった心からの悲鳴を上げる。

「ふん」

 それは恐怖か、その恐怖こそが祝福か。

 ことは終わったと『次』へ向かうラインハルトの背後で、ヴォルフガング・シュライバーは、枯れた火花のような後数分の命のみを残しその一切の動きを停止させた。

 黄金の輝き、ただそれのみが失った眼孔の奥に残ったまま。

「う、ぐっ」

 エレオノーレは防御に使った腕が完膚なきまでに折られていることを自覚しつつ、何とかその上体を起こし、ラインハルトを視線で追う。

その先は、ある意味予想できたことではあるが……もう一人の凶獣と、自らの部下が戦う戦場だった。

 あの破壊の化身は、そこに向かうため果敢に戦う二人の軍属の背後へと迫っていた。

「……け、退け! キルヒアイゼン!」

「……え?」

「!!! お前、何をっ!」

 あるがままに叫んだそれが、果たして届いたのか。

 それとも、あのもう一人の少佐が、片方の視界でラインハルトの行いを追っていたが故か。

「きゃあっ!?」

 修羅場の最中だと言うのに、ベアトリスは味方がいるはずの背後から、肩を力の限り押し出され突き飛ばされる。

「せ、先輩……? 何を……」

「何をしてる……お前は何をしている! ラインハルト・ハイドリヒ! お前のその目は何だ! 止まれ、そして答えろ!」

「…………」

 一瞬、一瞬のみラインハルトは動きを止めた。

 眉を顰め、ヴァルターを見る。

 微かに、口元が動いたかに見えた。

『卿が、それを、言うかよ。ヴァルター』

「ぐ、がっ!」

 そう見えた次の刹那には、彼もまた先の者たちと同じ運命を辿る。

 この狂乱の中ただの一度も拳を通さなかった防戦の練達は、それでもベアトリスを庇うように彼女を背に暴虐に倒れる。

「先輩!」

「立つな……まだ!」

 そして、その場に立っているのは、ラインハルトともう一人。

 暴れに暴れていた、最後の一人。

「な、なあっ……なんだよ、なんだてめえは」

「さあ? 貴様にはどう見える。貴様はなんだ」

「お、おれ、俺は……」

「下らん、血と暴虐を好むのなら、先ず血を吐き暴虐を受け入れるがいい」

「うごぁあああッ!!!????」

 男もまた、ケモノである。

 ならば、先の焼き増しになることは言うまでもない。

 恐怖がそこにはあった。

 あらゆる暴虐、あらゆる背徳、あらゆる傲慢を是とし、行ってきたと自認するヴィルヘルム・エーレンブルグは、今宵その価値観のすべてを破壊される。

 黄金の輝きに、目を焼かれたのだ。

 腹を貫かれ、肉と骨を潰され、血を吐いた。

 しかしそれも、その破壊こそが新生の証だというように。

 獣達はその暴虐(祝福)の中に沈んだ。

『ふ、ふっくくく、くくくくくく、はははははははははははははははははははははははは』

 何処より哄笑が聞こえる。

 それは何だ、言祝ぎ、嘲笑うものは。

 天より響くかのように錯覚するそれが、月の嘲笑が黄金の獣の生誕を祝うのだ。

 おめでとう、さようなら、ケタケタ、ケタケタケタケタケタケタ。

「こんな……」

「こ、これは……我々は助かったのでしょうか、それとも」

「黄金の、輝き……あんなの、あんなの、ありえない」

 傍観者に徹していたリザも、ヴァレリアンも、アンナも、誰もがそれを前に動けずにいた。

 最早、早まったと目を塞ぎ逃げ出すことも出来ない。

 足元を縫い止められたように、王たるものの言葉なしに動けば死んでしまうと言わんばかりに。

「……くそ」

 まだ立ち上がれない者、或いは呆然としている者の中で、ヴァルターは真っ先に膝立ちの状態まで身を立て直す。

 何が起こったかは分からない、だが、あれは止めねばならないものだ。

 あってはならないものだ、覇道の王だ。

 ヴァルター・シェレンベルクはその身命をかけて、それを阻まねばならない。

 それが、『自身が背負った使命』――

「やあ、久しぶりだ」

 だがその激情も、唐突に投げかけられた一言によって凍てつく。

 ラインハルトの隣に控えていたその男、影を切り取ったかのようなその男が。

 ヴァルターに三日月の如き笑みを向けているのだ。

「どうだったかな、今宵の運命は。愛すべき王の覚醒は」

「お前は、なんだ……なにをした、なにをしようと……」

「まだ、語るべきときではない。その身が抱いた数々の疑問も、解き明かすときではない。もう暫く、そう、暫くのことだよ、ヴァルター。シェレンベルクの森の子よ」

 その男は、あの日、二十年も前から変わらぬ姿で立っている。

 それはまるで――

「故、今は眠るがいい。ああ、そうそう。母君に、よろしく伝えておいてくれたまえ」

 視界が暗く落ちていく。

 そして、ヴァルターの意識は水銀の雑音の中に途絶えた。

 

 

 ベルリン大聖堂にて 人と獣と神と歯車と

 

 

 




黄金の野獣先輩閣下による邪拳・夜の戦果

エレオノーレ:変わらず腕をへし折られる。
シュライバー:ナウヨックスによってミンチ寸前まで追い込まれてたんでミンチになりました。
ヴィルヘルム:変わらず内臓と背骨を潰される。
アルフレート:お前は殴らずに蹴る。その方が痛いだろ(真顔)
ヴァルター:防御姿勢が間に合ったものの水銀の電波攻撃によりブラックアウト。
ベアトリス:ヴァルターが庇ったので無傷。野獣先輩がヴァルターを殴って満足したのもある。
傍観者の皆さん:特に変わらずこの後連行される。


どれだけ肉の塊になっててもギリギリ生きてれば永劫破壊埋め込めば再生する。
何も問題はないね、と水銀卿はおっしゃっている。


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