β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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スーパーお待たせいたしました。
もう二ヶ月だよ、二ヶ月。
どれくらい長いかって言うとティルヒアが発売したり情報を頑なに吐かないパンテオンくんがようやくメインビジュアルを見せたりしたよ。
その間どうしてたかって?
すまない、イマイチやる気を無くしてサボってた。
大丈夫、完結させる気はある(震え)
UA70000、評価数70超え、9評価50超えサンキューな!
お詫びに二万字ほど詰め込んだから!(長いからいいってもんじゃない)

さて、今回からついに団員が軽率に死んでいきますよ。


chapter8

 時間いっぱいギリギリを費やすことになったが、どうにか鈴ちゃんの説得に成功した。

 偽槍は契約をしなくても徐々に次代候補を蝕み結びつきを強くする。

 あっちもあっちでこれ以上の時間がないことを理解してくれたんだろう。

 それから僕の努力の賜物。

 一年以上遊び相手もとい研究室の助手(拒否権なし)を努めて貰った甲斐あって、まあまあの相互理解に至ることが出来たとは思う。

 その上で了承を取れた、この繋がりはいずれ切れるとしてもその時までは保つだろう。

 肉体の経過を観測させてくれるまで随分な説得が必要だった、必要なこととは言え、向いてないんだよなあこういうこと。

 しかし、度々意識が飛んで戻ってくる度に彼女がすごい怪訝そうな顔をしてるんだけど、狂ってる時の僕、余計なことを言ってないだろうな。

 監視機関で確認しようにもご丁寧に砂嵐にしてくれて、猛烈に不安だ。

 

 櫻井鈴、彼女の話を聞くに随分と矛盾をはらんだ成り立ちだと思う。

 彼女自身の性質は上からぶん殴って言う事聞かせる皮肉屋の体育会系だ。

 一般人としてはその、正直、ポンコツと言うかヴァカと言うか……だが戦士としての冴えが強い、ベイ中尉に似ている気がする。

 だがその口から出てくる言葉は逃げる、逃れる、そういったもの。

 思うに櫻井という英傑の家系と偽槍の呪いは、つくづく相性が悪いのだ。

 櫻井家の渇望は先ず偽槍の呪いありき、であるならば、当人の素養は究極偽槍のポテンシャルを発揮するための強靭な肉体、器としてのみ期待されている。

 惜しい、と思う。

 果たして偽槍の存在がなかったとして、この一族はどれほどの『強さ』を発揮するのか。

 まあ、そんなことは最早試しようもないIFであり、武蔵が黒円卓に捕えられた時点で終わってしまった話なのだが。

 

 さて、目処はついた、これより実験の準備に取り掛かろう。

 機関人間構築計画、聖遺物癒着改造実験、魂のへの侵食観測記録、何れも完了。

 後は万全の体制を整えて実行するのみ。

 死は怖くない、ならば、この歯を打ち鳴らす音と震えは何なのか。

 僕は、それを知っている筈だ、忘れるな、決して。

 

 

『お前は誰だ?』僕はアルフレート・ナウヨックス

『どこから来た?』ドイツの片田舎から、親友と出会いに

『今どこにいる?』陽の光を時々に、研究室に引きこもり

『行き先は?』勿論、輝かしい未来へと

 

 

 秘匿文書:アルフレート・レポート6

 

 

 

 

「改めて、ヴァルターだ。ヴァルター・フリードリヒ・シェレンベルク。よろしく」

「……藤井蓮だ」

「マリィ、です」

 どこか謎の既視感を感じる男だった。

 教会からの帰りの道中、ぽつぽつと言葉を交わし合う。

 ベアトリス・キルヒアイゼン、ヴァルター・シェレンベルク。

 黒円卓から離反しているという二人。

 何かと騒がしい金髪乙女とは違いこの男は必要なことを簡潔に述べる性質だった。

「先ずは拠点に戻る。お前にとってあそこを拠点と呼べるかどうかは疑問だが」

「拠点?」

「ボトムレスピット。遊佐司狼がお前を待っている」

 司狼の名前が出たことに、何処か安堵している自分がいた。

 この様子ならやはり無事だったのか。

 ヴァルターはぼんやりと冬の夜の寒空を見上げている。

「あとうちのベアトリスもな。警戒を解くために散々妙なことしてたって聞いてるが」

「…………」

 お前か。

 やはりお前が責任者か。

 あの自称神がヘリの上から機銃を持ってワーグナーを垂れ流しにしてたのは。

「殴っていいか」

「遠慮しておく」

「迷惑料を要求する」

「後でな、後で」

 そんなやり取りをしてると、隣を歩くマリィが小さく笑みをこぼす。

「……くすくす」

「何だよマリィ」

「だって、レンとヴァルター、なんだか兄弟みたい」

「はあ?」

 この若干眠たげなくすんだ金髪男と俺の何処が似ているというのか。

 共通項なんて背の高さくらいだろう。

「そういうんじゃなくて……なんだかね、目の奥が、似ているの」

 目の奥、と来るか。

 マリィはその存在故か直感的な鋭さを発揮する。

 先の神父に対することとかがそうだろう。

 そんなマリィの言うことだから、ついつい俺もそいつの目を覗き見ようとしてしまう。

 蒼い瞳は大海の暗がりのような底知れなさ。

 流れはなく、ひたすらに凪いでいる。

 他人から見た俺の目もこんな感じなのだろうか。

「思うところもあるだろうが、詳しい話は後で纏めて。理性的な対応を期待したい」

「理性的ってのは、あんたらの協力を受け入れろって意味か?」

「俺達が敵ならこんなことをする意味なぞないと内心分かってるとは思うが」

「それでも、俺にとってあんたはまだ二度顔を合わせた程度の奴だ」

「そこはベアトリスに免じて省略させてくれ」

 まあ、正体不明の謎の男、とジャージのアホ女の仲間、とじゃ後者のほうがほんの若干とっつきやすいのは事実だった、関わり合いにはなりたくないが。

 そこはそんな事を言っている場合じゃないという現実が足を引くわけで。

「……ん」

 誰かの着信音が鳴る。

 俺のものではない。

 ヴァルターがポケットから端末を取り出し、着信に応答する。

「何かあったか」

『おうヴァルターの兄さん。緊急の要件だ』

 端末から僅かに漏れるその声は聞き知った声だった。

「司狼!」

『その声は蓮だな? 無事で何よりだが、まあ話はこっち来てからにしてくれや。それよりもだな……うごっ!?』

 ぼこっ、という何かを叩きつけたような音が響く。

「おい、どうした! 襲撃か!」

『まあある意味襲撃……いてえ! くっそやめろって!』

 がしゃーん、ばきーん。

 何かが割れるような破壊音と、誰かの癇癪のような声が聞こえた、ような気がする。

「……遊佐司狼。その、簡潔に、状況を伝えてくれ……」

『オタクのお嬢さんがヤケ酒して暴れてまーす早く帰ってこーい! ぐえっ!?』

『うっへっへっへっへっへっへ』

 プツッ、ツー、ツー、ツー。

「…………」

「…………」

「ねえレン? シロウ、どうしたのかな?」

 切れる電話。

 目頭を押さえて空を仰ぐヴァルター。

 不思議そうに小首をかしげるマリィ。

 そんなマリィを見て可愛いなーとか思いながら現実逃避する俺。

 夜に吹く冬の風が冷たい。

「……手土産でも買ってこ」

 ヴァルターは丁度左隣にあったケーキ屋にふらりと入っていった。

 マリィがふわあと目を輝かせていたので俺も続いた。

 シンプルなチョコレートケーキとショートケーキをテイクアウトする。

 済まないマリィ、君が物欲しげに見つけているホールケーキを持ち帰るのは今の手持ちでは心もとない、また今度にしてくれ。

「これで機嫌直してくれるといいんだが」

「ケーキ、楽しみだね。レン」

「……やれやれ」

 賄賂を片手に相変わらず何考えてるか分からん目をしたヴァルターと、新たな甘味にワクワクしているマリィを伴って歩く。

 日常っぽい非日常に、自分もどうすればいいのか未だ困惑してるのかもしれない。

 そんな事を考えた。

 

 

 

 

 ボトムレスピット入り口にて本城に出迎えられ、途中で用があると別れつつ奥へと向かった俺が見たのは、惨劇のVIPルームだった。

 砕け散った瓶、ひっくり返ったソファー、倒れ伏す男、その頭を濡らす液体。

「…………」

 おそらく誰が見ても凄まじく嫌そうな顔をしているであろう俺。

 そりゃそうだろう。

「……おい、司狼。無事か」

「なんとか」

 うつ伏せに倒れている司狼を軽く揺するとぼそっと返事が帰ってくる。

 一応無事なようだ。

「大丈夫なら起きろって」

「よせ、よせ、今俺は渾身の擬態、森のクマさんも真っ青の死んだふり作戦中なんだよ」

「クマに死んだフリはガセだろ……で、原因はあれか」

「そう、あれ」

 倒れたままの司狼が指先だけを向ける。

 その先にいるのは。

「ふへへ、ふへへへへへへへへへ……」

 倒れていない方のソファーを占拠し酒瓶を抱えて変な笑い声を上げている、女として終わってるとしか思えない怪人ジャージ女だった。

 傍らにいるヴァルターの目が死んだ。

「おう兄さん、責任とってなんとかしてくれ」

「あの流れで飲ませたのかお前」

「正直すまんかった。悪ノリして飲ませたその結果、俺の頭で酒瓶をかち割ることになった」

「どんな流れだよ……」

「ねえレン、なにか変な匂いがするよ」

 マリィの口元を軽く覆いアルコールの匂いから遠ざける。

 ヴァルターは真っ赤な顔のベアトリスに近づいていった。

「ベアトリス、ベアトリス」

「ういー? おやあ、薄情者のゔぁるたーさんじゃございませんか。おかえりなさい、ふへ」

「ああ、ただいま。無事に帰ってきたからアルコールを分解してシラフに戻ってくれ」

「やーですよ」

「その、な。これが最善だった事は分かってくれたと」

「理解と納得は別物ですうー。かっこつけて一人で藤井君を迎えに教会に凸しに行っちゃう人なんか知りませーん」

「かっこつけとかじゃなくて、こちらの守りにお前が必要だったって」

「そんなに私が頼りないのかー!」

「何度も助けられてるよ。だから機嫌を……」

「一人でハイドリヒ卿の懐まで飛び込んでいくなんて、一緒に戦うって言ったじゃないですか……ぐすっ」

「ケーキ買ってきたから、酔いを覚まして食べよう」

「私だってねえ、ヴィッテンブルグ少佐に言ってやりたいこととかあったんですよお」

「知ってる、知ってるよ」

 ベアトリスはヴァルターの腰元にしがみつきぐりぐりとその腹に額を押し付けている。

「ベアトリス」

「もう今日は酔いは覚ましません、つーん」

「……ベアトリス」

「…………ぐすっ」

 見かねたヴァルターはしがみつくベアトリスを引き剥がし、その体を軽く持ち上げる。

 持ち上がった体の下に入り込み、ソファーに座り、彼女の頭を自分の膝の上で抱えた。

「ふえ?」

「ごめんな、許してくれ」

 そう言って、金糸の髪に指を通し、ゆっくりと撫でる。

 膝枕の状態で撫で付けられているベアトリスは暫し呆然とし……数秒で表情が溶けた。

「えへ、えへへへ……」

「時間がないとはいえ無理くり話を進めたのは悪かったよ」

「……もっと」

「ん」

「もっと撫でてくれたら、許します。ぷりーず、すとろーく、みー」

「はいはい」

「クーン」

 ヴァルターが撫でる、ベアトリスがにやける。

 飼い主が撫でる、犬が鳴く。

 それを何度か繰り返し、酒乱の犬からはやがて寝息が聞こえてくる。

 ベアトリスはヴァルターの膝に頭を置いたまま眠りについた。

「終わったぞ」

「マジかよ兄さん」

 司狼がすごい笑顔で飛び起きた。

 とんでもないおもちゃを見つけた顔だ。

 その、何というか、あまりに堂々としすぎて俺も口を突っ込む合間を見つけられなかった。

 精々マリィの目を塞ぐくらいのものだ。

 何だこいつら、密室で砂糖を振りまいてんじゃねえよ。

「なあなあ兄さん、マジでそいつと付き合ってんの?」

「ん。そうだけど」

「そこの彼女、旦那とか言ってたけどマジ?」

「後ろ暗い身分だから、籍は入れてないな……夫婦って言っていいのかどうか」

「ヒュー! 何と純粋な瞳でしょうか! 勇者だ、勇者がここにいるぜ! おい蓮! こいつは宴を開くべきだと思うんだが?」

「何がだよちょっと黙れ司狼」

 圧倒的アウェイに改めて頭が痛くなる。

 ソリの合わない馬鹿。

 天然気味のお姫様。

 現在進行系で頭を撫でられてる泥酔女と真顔でそれに対応する男のバカップル。

 帰って寝たい、心からそう思った。

 

 

 

 

「じゃ、話を始めるか。とはいえ夜も遅いし、先ずは必要なことをだな」

 ヴァルターが話を切り出す。

 それは睡眠より優先すべきことだ、ことなのだが。

「なあ、膝の上のそいつをどっかにやってからにしてくれないか」

「? 何で?」

「いや何でって……気が散る」

 真面目な話をしようってのに泥酔した女を膝の上で撫でながらとかやってられるか。

 だがそんな俺の主張にヴァルターは素朴な顔で小首を傾げる。

「そうか、それは悪い。すまんな、我慢して欲しい」

「くー……くー……」

 ヴァルターはベアトリスを撫でている。

 ベアトリスは幸せそうに眠っている。

「いやだから……そいつ寝てるんだからベッドに投げるなり何なり」

「いや、ベアトリスが怒ってるのは俺のせいだし。手を離せばそれを感じ取るだろうし」

「いや単に癇癪起こした馬鹿がヤケ酒で迷惑かけてるだけだろ。あんた大分甘いぞ」

「? 甘いのが悪いのか?」

「いやだから……」

「ケーキ、冷蔵庫に入れとくか……」

「いやあんた」

「ベアトリスも色々と疲れてたんだと思う。許してやってほしい」

「いや」

「さて話なんだが」

 あ、駄目だこいつ。

 真面目で厳しい系だと思っていたが、全然違う。

 こいつも大分ズレてる。

 この男、嫁をダダ甘やかしてやがる。

 しかも至近距離で。

 問題があることは理解してるがそれはそれでよしとしてやがる。

 新たなド天然かよ。

 そりゃこんな犬に育つわけだよ馬鹿野郎。

 司狼がニヤニヤしている。

 その煩い顔を止めろ。

「そちらの事情は遊佐司狼から聞いてる。その都合を汲むことはできると思ってる」

 ヴァルターが右手の指を立てながら言う。

 幼馴染のこと、先輩のこと、学校のこと、住人のこと。

 こちらの優先順位を把握していることを示すように順番に。

「幼馴染についてだが、まあ眠らせて保護するのが一番だろう。ゾーネンキント、氷室玲愛については後ほど。次に学校と住民についてだが、そこを語るには新たな知識が必要になる」

 テーブルの上に地図が開かれる。

 諏訪原市全域を俯瞰する地図には、大きく赤いマークが八ヶ所塗られている。

「先ずは、情報だ。聖槍十三騎士団の過程目的、八つのスワスチカについて語ろう」

 ヴァルターが語ったのは、連中の目的、願いを果たすとか、首領を帰還させるとかいう最終結果に至るにはどうすればいいのか、というものだった。

 八つの重要施設、奴らの副首領が描いたという方陣、スワスチカ。

 大量の魂を散華させることによりスワスチカは開き、全てのスワスチカを開くことによりあの黄金、ラインハルト・ハイドリヒが帰還し、団員はその願いを叶える。

「この儀式のたちの悪い所は、止められないことだ。過程においてこちらが勝とうが負けようが、八つのスワスチカは開きハイドリヒは帰還する」

「あいつらを倒してもスワスチカは開くからか? なら余所で倒すか、一度に複数人を倒せば」

「攻め手はあちら。攻撃の自由がある以上、都合のいいことは起こりえない。こちらから提案できる理想はスワスチカを奴らの死によって開き、帰還したハイドリヒを打倒することだけだ」

 戦場を選ぶ自由を一方的に奪われている。

 だからどうしようもない、できる範囲でなんとかするしかないとヴァルターは言う。

「元より、こちらの目的はハイドリヒの打倒だ。仮に、スワスチカを八つまで開く必要のない手段が見えたとしても、それを行うつもりはない」

「それは……! 出るかもしれない犠牲を許容するってのか!」

「そうだ。納得できないか」

「…………」

 納得できない。

 等と、どの口が言えたものか、言えるはずもない。

 既に人々の犠牲を背に、過ぎたことを仕方ないと割り切っている自分が。

「ハイドリヒは強大だ。あまりに強大だが……何の展望も無いわけでは、ない。少なくともスワスチカの複数開放を立て続けに行われなければ、ちょっとした仕込みを行える」

 今開いているスワスチカは、二つ。

 博物館と公園にバツ印が入れられる。

「次の狙いは、まあつけられるだろう。何せ今俺達がその真上にいるんだからな」

「なーるほど、芋ジャージのキルヒアイゼン殿がここを見張ってたのはそういうわけだ」

 その場所に、ぐりぐりと赤ペンで円を描く。

 それを覗き込んだ司狼がこれはしたりと笑った。

「そんなわけで、都合をつけていこう。先ずは綾瀬香純。何処にいても心配なら自分の背で守るのが一番いい。学校に登校する前に眠らせて拉致する。学校には適当に誤魔化す」

「エリーに玄関叩かせて拉致らせてくるわ。それでいいだろ親友」

「……できる限り手荒にはするなよ」

 全くこれっぽっちも手荒にならない保証がないが、仕方ない。

「次に氷室玲愛だが……探すのか?」

「ああ。あの人のことも放っておけない」

 諦めない、そう言った彼女。

 神父の意表さえもついて教会から出ていったあの人は、今頃何処で何をしているのか。

 それは無謀なのか、それとも考えあってのことなのか。

 何にせよ、あの地下の問答のなにがしかが彼女をああさせてしまったなら、俺はその責任を取らないといけない。

「彼女の身の上について語るのは、まだやめておこう。ただ、向こうも確実に捜索に動くだろうな。一体何を考えて脱走したのかは不明だが……あのスクーター、十中八九アルフレートの……」

 髪をかきあげながら思案するヴァルターは難しい顔をする。

「時間も手も足りない。できるだけそちらの意向は汲むつもりだが。んー」

 口元を手で覆い、少しの間沈黙する。

 そして、口を塞いでいた手を離し、

「やはり、そうだな。手を分けよう。ことは明日にも、だ。忙しくなるぞ」

 手に持ったペンを俺に向け、懐からメモを取り出した。

 

 

 

 

 翌夜、ボトムレスピットの大ホール。

 ならず者で昼夜大賑わいをしているはずのその場所は、今はたった四人の影しかない。

 所謂、貸し切りと言える状況だ。

 蓮は呆れたように、この状況を作り出した男……手元で銃をいじる司狼を見る。

 司狼はその視線に気づくと嫌らしい笑みを浮かべた。

「ま、これも俺の人徳の賜物ってやつよ」

「あたしの尽力半分を忘れないよーに」

「へいへい、エリーはいい女だぜ」

「とはいえ、あのアウトロー共にここまで言う事聞かせられるのなんて、今日だけが限度だよ。本当に来るのかな?」

 エリーがこの場にいる最後の一人、ベアトリスに問う。

 軍服姿のベアトリスは椅子に座り呑気に指先で帽子を回しながらちらりと一瞥し、

「ヴァルターさんも言ってましたけど、まあ五分五分なんじゃないですかねえ」

 そう、この場にいない一人と同じ所感を述べた。

「合理的に考えれば、こちらの期限付き人払いに一々乗ってやる義理はないです。マレウスとか、策謀好きな連中ならそうするでしょうね。けど、一方でこうも考えられます。人払いまでして待ち構えているということは、『戦意がある』ということ。戦争を望むやつらにとっては、敵役の我々の戦意が高いに越したことはないでしょう。それこそ、無辜の民なんていう緊急時の数合わせを手に掛けるより、こちらの意に沿って喧嘩しに来てくれる公算は高それなりにあるかと」

 そう、ラインハルト・ハイドリヒも言っていたことだ。

 黒円卓の誰もが言っていたことだ。

 自分たちは戦争をしに来たのであって虐殺をしに来たのではないと。

 であるならば、これまで巻き込まれなすがままになって来た側が奮起し挑戦状を叩きつけるような真似をするならば、喜んでそれを受け入れるのではないか。

「ここのスワスチカが今日開けばもうヤンキー共を抑える必要もなし。最悪誘導暗示でも使えばまあ何とかならないこともありませんし」

「魔術、ってやつか? あんたも使えるのか」

 蓮が想起するのは魔女、ルサルカ・シュヴェーゲリン。

 そして早朝確認した学校の様子だ。

 何の騒ぎも動揺もなく、欠けることなく茫洋と登校する生徒の群れ。

 曰く、あの場所をいつでもスワスチカとして開けるよう、誰かがキープしている。

 そしておそらくそれは黒円卓の中で最も魔道に精通しているルサルカに他ならないと。

「え、私はいまいち。というか魔術って嫌いですし。あんなのじめじめしたきのこ生えてるような連中のやることですよね」

 私の場合はほら、これ。

 そう言ってポケットからなにか小型の機械を取り出す。

「昔、そういった魔術的な現象を誰にでも扱える機関として製造する能力を持ったやつがいたんですよ。まあ、今はいないんですけど。そいつの遺産というか。スイッチひとつで人払い、そういう便利装置ですね」

「へえ?」

 司狼がそれを興味深そうに見る。

 次いで、彼は手元にある銃、正確にはそこに装填された銃弾を見る。

「なるほどね? この弾もそいつの作品ってわけだ」

「ええ。彼によってもたらされた技術は多い。便利ですが、厄介です。過信しすぎないように」

「とはいえまあ俺らはこの弾に命賭けないとやってけない身分であって? ま、利用できるもんは利用するってことで」

「ほんと貴方なんなんですかねえ。もう一人のツァラトゥストラだって言われても驚きませんよ」

 呆れ顔のベアトリスに司狼はどうよと言わんばかりのドヤ顔を浮かべ、その肩の下でエリーもそれを真似る。

「面白いでしょ。でもこいつはあたしのだからあげないよ」

「いりませんよ。私の好みはこう、誠実で包容力のある」

「おいやめろ、腐るほど聞いた」

「えー」

 いやらしい笑みになりかけるベアトリスを蓮が制する。

 今、ヴァルターはここにいない。

 協会から戻って翌日、彼はベアトリスを蓮達の守りにつけ、自分は逃亡した玲愛の追跡を担当することにした。

 協会の一件でふてくされて酔い潰れていたベアトリスはその後半日をかけたヴァルターによる説得もとい甘やかしにより呆気なく陥落。

 いい笑顔で旦那を送り出し、隙きあらば惚気ようとするうざいやつと化した。

 ふてくされるのは鬱陶しいが立ち直られても鬱陶しいなあいつ、とは司狼の弁である。

「こっちは司狼みたいなお気楽と違って緊張してるんだ。気を引き締めさせてくれよ」

「新兵ですねえ。うん、まあ、新兵なんですよね。時々忘れそうになりますが」

 気を付けないと、ベアトリスは思う。

 戦力を分散しているのは手が足りないのもそうだ。

 しかしもう一つ、この『新兵』を実地で鍛える為でもある。

 まあ、それはこれから来る敵次第ではあるのだが。

「さて、じゃ、ちょっとネジ締めていきましょうか」

 夜も更け、もう敵がいつ来てもおかしくはない。

 否、来ている。

 魂のざわつきを感じる。

 ベアトリスは指で回していた帽子を懐に入れ、椅子から立ち上がる。

「さて、どうやら敵が向かってきているようです。現状をもう一度復唱しておきます」

 めじりを強め、口を固く結ぶ。

 一瞬でスイッチを切り替え戦士の顔となったベアトリスが三人に言う。

「今ボトムレスピットに誰一人住民がいない以上、この場のスワスチカを開く方法は私が死ぬか、藤井君が死ぬか、敵が死ぬかしかありません。必然その条件を知った上で攻めてくる以上、様子見など存在しない死闘になるでしょう」

 蓮は緊張した面持ちで、司狼とエリーは相変わらず終始笑顔のままだった。

 後者二人を見やり、ベアトリスは呆れを口にする。

「……あの、分かってますよね? 貴方達は後衛ですからね? 私と藤井君が前衛として出る以上わざわざヒャッハーして躍り出る必要性は皆無ですからね?」

「はーい先生。でも必要性が出ればそうしまーす」

「うーんこの」

 この態度にベアトリスは非常に覚えがある。

 似たようなやつを数十年見てきたのだからそうだろう。

 それは必要だったから仕方ないではなく、口実を作って丸め込むやつの言い分だ。

「あのねえ、貴方唯でさえベイに付け狙われてるって厄種持ちなんですからホントいい加減にしないと死にますよ」

「やっこさんの本気で俺のデジャヴが治まるなら大歓迎」

「諦めなって。司狼はこういうやつよ」

「おい、お前の親友だろ、なんとかしろよ」

 渋い顔で蓮を見つめるベアトリス。

 蓮は真顔で首を振り拒否を示した。

「まったく唯でさえ可能性が高いのはベイだってのに、そういう事言うとフラグになって……」

 

 

 

 

 

数式領域(クラッキング・フィールド)、展開』

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、そういうことなのだろう。

 あの子達の『誘い』に、ベイを押し退けてまで私が指名されたのは。

 ここでやらねば私は用無しであると、ヴァレリア・トリファはそう言っている。

 ここで行かねば、私はもう出られないと、そう言っている。

 そう見くびられ、そう侮られ、そしてそれは仕方のないことで、当然でもある。

 バビロン・マグダレナはそういう女だった。

 私はスワスチカを住人の命を以て手早く開け、自分の分をさっさと終わらせようとしていた。

 それはきっと、黄金の輝きたり得ないのだろうと何処か理解していても。

 この采配は、私に対するあてつけであり、死刑宣告であり、最後の慈悲でもあるのだろう。

 彼は何も言わなかったが、そのくらいは分かる。

 ここで玲愛の友人である彼らを、親友の部下だったあの子を殺すことでしか、私はもう願いを叶える権利を得られない。

 私が死ぬか、彼らが死ぬか。

「……どうして、こうなってしまったんでしょうね。エレオノーレ」

 ああ、そんなことは問うまでもないことだ。

 しかし言葉にせずにはいられない、呆けずにはいられない。

 狂気を免罪符に正しい思考から目を背ける私達には。

 エレオノーレ、貴方の愛した閃光が、貴方を貫きにここにいる。

 嘗て水銀の狂気に目を焼かれた私達は今、極光の輝きに目を焼かれるのかもしれない。

 その果ては変わらず、きっと破滅なのだろう。

「滅びるのが好きなのね。破壊の愛だなんて、ちっとも笑えない。けどもうとっくに手遅れ」

 ああ、玲愛。

 今何処にいるのかしら。

 貴方が境界を飛び出していった時、私はまるで信じられなかった、夢でも見てるのかと思った。

 私の憎く、愛しいあの子が。

 ただ諦めて、生贄であってくれればよかったあの子が、滅びを許容せずあがき始めた。

 一体何があったのか、私には分からない。

 あの子が生まれた時から、あの子から目をそらし続けている私には、何も。

 きっと、それが分かるのは……

 

形成(イエツラー)――青褪めた死面(パッリダ・モルス)

 

 背に現れるデスマスク。

 そこから鳴り響く、屍肉が生まれる音。

 その屍肉と食らい合う(メタル)の響き。

 冒涜の巨躯を黒い鎧が遮り、怪物は黒騎士となる。

『……コォー、……コォー』

 鋼の隙間から漏れ出る瘴気が、『彼』の駆動が十全であることを示す。

 私は『彼』に呼びかける。

「ねえ、カイン」

 それは意味のないことだ。

 壁に話すよりも、空に呟くよりもどうしようもない事。

 けれど、私は。

 私は、私だけが、知っている。

 私だけが知っていて、他の誰も知らない。

 私は、言わなかった。

 言えなかった。

「彼はきっと、嘲笑っているのでしょうね」

 そして、なんとなく分かる。

 きっと誰もが、そうなのだ。

 だとすれば、私達は誰もが救われない。

 それは、私のこれまでに対するあらゆる意味での裏切りだろう。

「けれど、私はそういう女だから」

 そういう女だから、選ばれてしまったのだろう。

 本当にどうしようもない女、嫌われてしまうのも当然。

 子どもたちの幸福を願いながら、その亡骸を抱きしめることしかできない私には。

 ……諦めてしまった、私には。

 

 だから、私はあの子達を。

 

 

 

 

 

数式領域(クラッキング・フィールド)、展開」

 

 

 

 

 

 

 

「ほう」

 

数式領域(クラッキング・フィールド)を展開したか。大淫婦(バビロン・マグダレナ)

 

クラフトの代替(ツァラトゥストラ)と、あの戦乙女(スクルド)を相手に?」

 

「無謀な」

 

 ビルの上で、片腕の男が鮫のように嘲笑した。

 

 

 

 

「なっ、んだここは!」

「へえ、こいつは……」

 瞬間、世界は改変された。

 薄暗いクラブの大ホールであるはずの場所は、世界の彼方に追いやられて。

 そして、彼らはあり得ざる現象を知覚した。

 

 

 

 数式領域展開

 数式領域構築

 数式領域顕現

 

 

 数式領域の維持を開始

 制限時間内に目標を破壊せよ

 お前の願いは果たされる

 

 

 

「この領域は……! 誰が――」

「私よ。ベアトリス」

 警戒するベアトリスの前に、その人物が現れる。

 スリットを大胆に開いた改造軍服の女性と、それに付き従う黒騎士の姿。

数式領域(クラッキング・フィールド)を展開したわ。私の願いは子どもたちの蘇生。貴方達の命を以て、私は私の願いを叶える」

「……まさか、貴方が」

 巨大な歯車が音を立てる。

 中央に、機械柱、その周囲を取り巻く空中に浮かぶ幾つもの柱。

 機械床が金属音を立て、構築されていく、戦闘用の疑似領域。

 数式領域、世界の隙間に形作られた、歪みの地。

 空間ならざる世界、世界ならざる世界。

 本来ならば、黄金の輝きを持つもののみを招き入れる狭間。

 渇望無き、支柱無き空白の創造。

 その空白を掌握したものが染め上げる、無色の世界。

 時計の男が齎した、黄金に忠誠を誓う者共への、力の欠片。

「我が魂の黄金にかけて、クロイツ式《回路》の起動を開始する。現在時刻を記録せよ、大時計」

 時計だった。

 中央に突き立った機械柱が変形して、禍々しい時計塔となる。

 チク・タク、チク・タク。

 それは誘いの音、眠りでは何かに、人を無意識に誘う音。

 世界の果てで響く音、誰かが、どこかで嘲笑う音。

「聖槍十三騎士団黒円卓第十一位、リザ・ブレンナー。今や血闘の領域を、我が陵墓の骸が屍肉を喰らう」

「……シスター!」

 その抑揚のない外道の言葉に、蓮が食ってかかろうとする。

 しかしそれをベアトリスが手を掲げ静止する。

「らしくないんじゃないですか、バビロン。一番消極的な貴方が真っ先にやってくるなんて」

「そうね。消極的だからこそ、よ。意を示せ、さもなくば贄となれ。そんなところね」

「……クリストフ」

 袂を分かった嘗ての友誼に対し、ベアトリスは顔をわずかに歪める。

 しかし、彼女は既に決意を済ませている。

「ならば、覚悟はいいですか。この場で、幾年月の報いを受ける覚悟は」

「あら、自分はまるで清廉潔白であるようなものいいね。傲慢が過ぎるんじゃないかしら」

「私はいつでも。ただ、私の罪が清算される時は貴方達の罪が清算された後ですので」

「……本当、未熟なままで、眩しい子。変わらないわね」

「貴方達は変わってしまった。悪魔だ」

「そうね。その威勢が、果たして悪魔に届くのかしら。あのクリスマスの日に、私達はそれを思い知ったのではなくて?」

「忘れましたね、そんなこと」

「おい、ちょっと待てベアトリス」

 言葉を交わす二人の間に蓮が割って入る。

 焦燥と苦難の面持ちをリザに向けて、

「……シスター、本当に戦わないといけないのかよ」

「ええ、私は貴方の敵だから」

「そうかよ。けど、先輩はどうなんだ」

 リザの無表情が僅かに揺れた。

「俺の敵なのはいい。けど、貴方は先輩の味方じゃないのか。それを嘘だとは思いたくない」

「命乞いにしては拙い言い訳ね」

「そんなんじゃねえよ! 聞かせてくれよ、あんたは先輩を――」

「私がここにいる時点で」

「……ッ!」

 瞬間、泥のような吐き気を催す不快感が蓮を襲う。

 リザの放つ冒涜的な意思、そして背後の黒騎士が放つ暴力の波動が。

「それは、無意味な問なのよ。藤井君」

 カインが軋みを上げる。

 五指が昆虫のように動き、体躯から駆動音が響き、屍肉が鳴動する。

 これ以上ない、宣戦だった。

「藤井君」

 ベアトリスがカインから視線を離さないまま問う。

 ただ一言、是非を。

「やれますか」

「…………くっ、そ、畜生! やるしかないのかよ!」

 追い返す、とか、捕らえる、とか、そういった言葉を蓮は言えなかった。

 ああ、これは無理だ、どちらかが死ぬしかない、と認めてしまった。

 

「形成――時よ止まれ、お前は美しい」

『欲しいのは、血、血、血』

 

 そのやるせない殺意を、形として具現する。

 断頭のリフレインを奏でるマリィの意思を借りて、右腕を処刑台と変える。

「マリィ、力を貸してくれ」

『うん。レンと一緒に戦うよ』

 ギロチンの刃を構えたレンに、陽気な声がかかる。

「おう安心しとけ。お前が無理そうなら俺が脳天ぶち抜いてやるからよ」

「アフターサービスは万全だよー」

「ほざけ司狼。すっこんでろ」

 あれは俺の獲物だ、と歯を食いしばる。

 せめて、俺が罪を背負う。

 その思考は融合型の形成による思考の沸騰で塗り潰されていく。

 この敵を倒さなければ、先はない。

「さて、それでは」

 蓮が戦闘態勢に入ったことを確認し、ベアトリスがその手を掲げる。

 全身が僅かに雷を纏い、その身を鞘とし彼女の武装が具現する、

 

「カイン。光学兵器(シャイコース)

 

「ぉ、がッ!?」

 その瞬間、閃光と爆熱が蓮達の全身を襲った。

 体表を焼く熱、足元を吹き飛ばす力、一条の光芒。

 それは、カインの口から放たれたレーザーだった。

 対応する間もなくベアトリスの足元に着弾したそれが、彼ら全員を吹き飛ばす。

「よーいドンで戦ってくれるとでも思ってた? 甘すぎるわね」

「なっ!?」

 空中で姿勢を整える蓮が目にしたのは、その頭上に跳躍している巨躯。

 大剣を振りかざし、こちらを既に射程に収めている。

「ぐっ、おおおおおお!」

 回避は間に合わない、ならば先にこちらからと、右腕のギロチンを振るう。

 カインの脇腹に刃が接触するが、しかし、

『……キュィー……』

「な、かた……」

 蓮のギロチンはカインの鎧の表面に食い込み、しかしそこで止まる。

 断ち切るに至らない。

 そして半端に接触してしまったせいで更に間合いが縮む。

 音を置き去りに、馬鹿げた風圧に吹き飛ばされる前に、紫に輝く黒の鉄塊が自身の命を断とうとしているのを蓮は感じ、

「やれやれ、せっかちですね」

 その眼前に、金色の閃光が割り込むのを見た。

 

形成(イエツラー)――機械帯(マシンベルト)、起動」

 

 カインのレーザーによって狙い撃たれたベアトリスが、しかし健在なまま立ち塞がる。

 雷を胸に、剣を携え、鎧をまといそこに来る。

 そして、その場が再び輝きに包まれた。

 先ず見たのは、白い鋼の篭手。

 ベアトリスの両手を覆う機械篭手(マシンアーム)が、振り下ろされた大剣を阻む。

 その腰には機械帯(マシンベルト)が、輝きを放ち雷を齎す。

 そしてその頭上には、神々しい一振りの聖剣が、ひとりでにカインに刃を向け、

「ぜえええええええええいッ!!!」

 天から落ちる雷霆のごとく、突貫する。

 聖剣の刃と纏う雷が、カインの一撃の威力を相殺する。

 空中で弾かれ、地面に舞い戻る。

 着地したベアトリスは聖剣をその手にとって、振りかざす。

 それは天から舞い降りる戦乙女(スクルド)の如く。

戦雷の剣帯(リュストゥング・ワルキューレ)。ペルクナスより齎されし雷の鎧が、彼らを救い、貴方を迎え撃つ。軽々しく不意を撃てるなどと思わぬことです」

「……そうね。けれど」

 迎え撃ったベアトリスとすれ違うように、銃声が響く。

 その狙いはリザに、しかし轟音と共に立ち塞がったカインの鎧が銀の弾丸を弾く。

「それはこちらも同じこと。繰り手を容易く害せるなどと思わないほうがいいわ」

「ふーん、守るんだな。ならあんた狙いで戦術的には間違ってねえわけだ」

 銃弾を阻まれた司狼はしかし、確信を得て笑みを深くする。

 その一撃はヴィルヘルムであったなら容易くいなす程度のものだった。

 その程度の銃撃さえもカインを呼び出し盾にするということは、やはり人形の繰り手、リザの戦闘力はほぼ皆無に等しいと。

「貴方のようなただの人間をここで一人二人殺しても何の意味もないの。退く気はない?」

「やなこった。こんな楽しい祭りを抜け出してたまるかよ」

「ふう……後悔するわよ」

 気だるそうに前髪をかきあげる。

 そして、その口から黒騎士へと、次なる指令が告げられて。

「カイン。閃光弾(フラッシュ)

「……! 全員、一瞬たりとも気を抜かないで!」

 そして、戦場は混沌にもつれ込んだ。

 

 

 

 

「成る程、速いわね。形成段階での速度はベアトリスに追随する。それが貴方の特性なのかしら、藤井君」

 リザは傷一つなく悠々と立つ。

 四方を平面に囲われた決闘場の中で。

 ネクロマンサーたる彼女にとって、この決闘場は自身を強化しカインを操るための強度を確保すると同時に、遮るものがカイン以外になく自身が狙われやすい鬼門でもある。

「けれど、私から言わせればそれではまだ人の範疇ね。私のカインは人ではない。荒ぶる災害を人の形に押し留め、鋼鉄で封をした奇なる械に、その程度では勝てないわ」

「ぐっ……」

「ちっ、バケモンだな」

 刹那の緩みが死に繋がる攻防は、数分が数時間、数日に等しいそれだ。

 幾度の斬撃、幾度の打撃が行われたのか、物質ならざる空間である数式領域は砕けず、被害の程度で推し量ることはできない。

 しかし蓮は膝をつき呼吸は荒れ果て、司狼は直撃こそないものの余波のみで骨にヒビが入り、エリーも同様。

 最前線でカインとぶつかり合っていたベアトリスも血を流し片腕を抑えている。

「……ナウヨックスがフルチューンナップしたトバルカイン。その全力戦闘を見るのは初めてですが、最悪の極みですね。以前のままならただ強いだけだった。けど今は」

「そう。彼のあらゆる機関技術を融合させた黒騎士。その鎧は形成程度の刃であれば肉に届かせることなく阻み、その機構は私の指揮によって起動し、プログラムによって制御される」

 シャイコース、と再びリザが伝令すると、カインはその口を開け光を集める。

 その照準はエリーに向けられて、

「おっと、助けてー」

「ちっ! 距離を取ります!」

 発射の瞬間、蓮は司狼を、ベアトリスはエリーを抱えその場から離脱する。

 着弾する轟音、撒き散らされる高熱を背中に受けながら、大きく距離を取る。

 その距離は、敵にとっても味方にとってもものの一瞬で詰められる距離でしかない。

 しかし、

「追撃はなし……この距離がどうやらギリギリのラインですか」

 リザはこちらを見やるとカインを自らの前に立たせ迎撃の構えを取る。

 それを確認し、ベアトリスはこれまでの戦いを総括する。

「ロック機能、攻撃の自動照準、四肢に埋め込まれた閃光弾(フラッシュ)毒液(ヴェノム)等の各種撹乱兵装。このままではジリ貧ですね」

「ヴィルヘルムやルサルカみたいな慢心がない。繰り手がシスターだからか、あくまで確実に当てることを優先してきやがる。その上カインのパワーはまともに喰らえば胴体が泣き別れする威力だ。相打ち覚悟じゃ先に死ぬのはこっちだな」

 その機動力を駆使し何度か斬撃を当てることに成功している蓮も、それが功をなしていないことに歯ぎしりする。

「鎧の方は壊せねえ程の強度じゃねえな。中の肉はもっと脆いだろ。けど、傷つけた先から再生していきやがる。あのデカブツをやるなら一点集中で鎧砕いて、再生されないうちにその隙間に刃をぶっ刺すしかねえ」

 ベアトリスと蓮の戦果を冷静に観察していた司狼が結論を出す。

 すなわちそれは、

「割に合わねえな。シスターぶっ殺すほうが楽だわ」

「だね」

 その結論に蓮は舌打ちし、しかし心の中で肯定するしかなかった。

「見た感じあのカインっての、自動迎撃機能付きだ。何度かシスターを狙ってみたが、狙おうとする度に立ち塞がってきやがる。あっちの視線がこちらに向いてないときでさえもだ。多分、主の命を守るのを最優先にするようにプログラムされてんだろ」

 けどそれでも穴があるのはこっちだ、と銃を向け司狼は言う。

「時間にしちゃ一瞬で、普通なら隙きともいえない隙きだろうがよ、お前らにとっては突くのはここしかねえだろ。こっちには数の理もあるしな」

「全員でシスター狙い。カインの護衛の隙きを突いてざっくり。鉄板だね」

「後は蓮かキルヒアイゼン殿が、あいつの速さを超えてくれればいいだけだ。簡単だろ」

 司狼はベアトリスを挑発的に見る。

 それに対し、ベアトリスは済まし顔で返した。

「フルコンタクト状態での盾役は私が担当します。カインの隙きを突くのは藤井君、貴方が」

「俺が……? けど、俺の速さじゃまだカインの速度を超えられない」

「ええ、貴方がやるのです。自分で言ってるじゃないですか、まだ、って。自覚はあるんじゃないですか。貴方ならば超えられるかもしれないと」

「…………」

 蓮はその言葉を否定しなかった。

 肯定の言葉は紡げなくとも、確かに蓮には確信があった、気持ち悪いまでの確信があった。

 それは、既知感だ。

 自分はここでは死なない、自分はやつを倒せるという、無意識で根拠もない何か。

「藤井くんの形成は、形成段階で既に聖遺物に由来しない特性が見て取れます。純粋な速度によらない、空間を歪ませる機動力。それは『創造位階』の片鱗です。これから連中と戦うのに、それは必要不可欠なものだ」

 今ここで、習得しなさい。

 ベアトリスはそう言う。

「土壇場でのヒーロー覚醒か。主人公の条件だな。なあ、俺も覚醒狙いで前衛担当してもいい?」

「守りませんよ、それでいいなら」

「世知辛いねえ」

「な、おいちょっと待てよ」

 蓮が答える前に、司狼が決まりだな、といいたげに立ち上がる。

「んだよ、自信ねーのかあ? なさけな」

「そういうことじゃない、俺は」

「なんとかしたいなら、なんとかしろよ」

 安い挑発だった。

 彼らにとってはいつもどおりの安い挑発。

 しかしいつだって彼を動かすのは、その安い挑発だった。

「分かったよ。やればいいんだろ」

『レン、がんばろう』

 ギロチンの刃に触れ、内から響くマリィの声を聞きながら意思を固める。

 改めて、その刃で玲愛の大切な人の命を奪うことを。

「接触状態でも三撃までは防いでみせます。逆に言えばそれ以上はヒットアンドアウェイになる。飛び込むタイミングはそちらで取ってください。では……」

 バチリ、と雷の音が鳴る。

 ベアトリスの機械帯が雷を溜め込み、篭手と剣に雷が供給される。

「行きます」

「ッ!」

 帯電しながら疾走するベアトリスに蓮が追随する。

 そして刃が交わされ合う。

「相談は終わりかしら」

「ええ、お待たせしました」

 カインの振るう大剣を、ベアトリスが右手の剣を左腕の篭手で押し込み拮抗する。

 放出される雷がカインの鎧にヒビを入れるが、細かい傷は即座に再生され始める。

「っ、ち!」

 拮抗は一瞬、ベアトリスは即座に後ろに飛ぶ。

 カインの怪力はベアトリスを大きく上回り、それでも潰されないのは篭手による威力の分散と受け流し、ベアトリスの技量によるものだ。

 じりじりと下がりながらベアトリスはカインの猛攻を捌く。

「そう、なるほどね、正しいわ」

 リザは飛んでくる銃弾からカインに守られつつ、若干遠間から機を伺う蓮を見る

 それを見て、自分の推測が間違っていないと確信する。

「配役は彼なのね。ベアトリス、貴方は創造を使わないのかしら」

「…………」

「貴方の聖遺物が、その篭手とベルトを得てから。貴方は自身に魂を蓄えなくなったわね。いいえ、それどころか自分の魂しかない。おそらくそのベルトが貴方に雷を供給し戦えるようにしているのでしょうけど、全力で戦い続けるには燃料が足りない」

「…………」

「貴方はこの先を見据え、私ごときに力を割けないと思っている。だから創造を見せない。舐められたものね、と思うけど。そうね、正しいわ。この先戦う相手に比べれば、私なんてごときに過ぎないのだから」

「…………」

 ベアトリスは答えない。

 苦い顔をしながら雷を纏い剣を振るう。

「カイン。副腕(サイドアーム)

『……krrrrrrrrrrrrrrr!!!』

「なッ!? ぐぅ!」

 リザが再び指揮を振るう。

 カインの背中の装甲から鋼鉄の腕が現れ、ベアトリスの剣を押さえつける。

 唯でさえ押されていたベアトリスは剣に別方向からの力が加わり足が揺れる。

閃光弾(フラッシュ)

「ッ!」

「おっとさせねえぜ」

 副腕の掌から聞こえた駆動音、直後に来るであろう閃光に備えベアトリスは敵の気配を逃さぬまま目を閉じるが、その閃光は別方向に放たれる。

 副腕はリザを遮るようにして伸び、司狼とエリーの撃った銃弾を弾いた。

「貸し一な」

「……不本意ですが、いい援護です! せいッ!」

 指揮の合間、想定通りの結果とならなかった瞬間をつき、ベアトリスは体を回転させ強烈な斬り上げを放つ。

 カインの大剣が力に押され浮き上がる。

 それは、この戦いで初めて、力で押し切った瞬間だった。

「……! カイン!」

 その瞬間、リザは指揮者として、一手の隙きを悟る。

 眼前のベアトリス、遠方の司狼とエリー。

 これらに対処するのにカインの一撃と、副腕による防御。

 だが、もう一人。

「おお、おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 咆哮を上げ、飛来する星がある。

 今の彼が持てる最高速度で、横合いからリザの首を狙い蓮が疾走する。

 自身の渇望と同調したその速度は振り向く間もなく敵に肉薄する。

 その剣も腕もこちらに向かう間もなく、停滞した時間の中、蓮は歯ぎしりする。

(――まずい)

(……やべえな)

(これは、駄目だ)

 奇しくも、その場の全員が思っていた。

 蓮は自らのこと故に、司狼は直感で、ベアトリスは経験で察知する。

 間に合わない。

 これでは、まだ遅い。

 ベアトリスは自身の刃を鎧で受け止め、浮いた剣が流星の迎撃に動くのを幻視する。

 司狼の銃弾は副腕の守りを抜けないまま。

 そして蓮は飛び込んだ自分の体が大剣により四散する未来を見た。

「……無謀だったわね」

 リザの諦観した声を耳にし、ベアトリスは選択を迫られる。

 それは即ち、この後にとっておくべき力のうち一本を装填するか否か。

 機械帯の後ろ側に取り付けられている円筒に手が伸びる。

 意思がそれを決める前に、たまらずその円筒の中にある何かを手にとって、

「……『ユピテ――』」

 それを使う前に、勝敗は決した。

 

 

 

 

 どうして、なんで。

 戦ってる間にも、そんな思考が常に割り込んでくる。

 これがヴィルヘルムやルサルカなら、こんなことはなかったろうに。

 刃を振るってる今でさえ、決意したと嘯いたところで、俺は迷っている。

 右腕の刃が鈍く、精彩を欠いていく。

 こんなざまで上手く行くはずもない。

 そら見たことか、このままでは失敗する。

 どうして、こんなことに。

 畜生、シスター、俺は貴方を殺すしかない。

 俺の平穏を奪い、先輩の平穏を奪う貴方を。

 だからこそ、その平穏の中にいたはずの貴方を殺さなければならないことが苦しい。

 こんなことをして、俺は先輩にどの面下げて会いに行けばいいんだよ。

 

 苦しい、苦しい、苦しい。

 ふざけてやがる、畜生め。

 

 そんな、しょうもない役立たずの恨み言に思考が浸かっていく。

 ああ、なんで俺はこんなことを、

『レン、苦しいの?』

 ……マリィ?

『私の胸の穴から、伝わってくるの。レンの心が、きゅーってなってる気持ち』

 すまない、君にまで不快な気持ちにさせて。

『違うよ、そうじゃないの。えっと、その、なんて言うんだろう』

 あのね、あのね、と刹那の中マリィの声が聞こえる。

『私も、レンと一緒に苦しむよ』

 な、に?

『貴方の苦しみを、私に分けて。一緒に背負うよ。そうすれば、きっとレンの心も軽くなる』

 それは、その言葉は白痴のそれじゃなくて。

 マリィが、戸惑いつつも真剣に俺のことを案じているのが分かる。

 噛み合わなかった歯車が、噛み合った気がした。

『レン?』

 マリィ。

『うん』

 俺は弱い、一人じゃ抱えきれないかもしれない。

 こんなことで君に頼るなんて、情けないし間違ってる。

 けれど、君が『私を使って』ではなく『一緒に戦おう』と、そう言ってくれるなら。

『いいよ、レン。あなたのために』

 俺は、マリィ、君のために。

 

 

 

 

 

『時よ止まれ、お前は美しい』

 

 

 

 

 

 

 

「は――」

 ベアトリスの、円筒か何かを抜き出そうとする手が止まる。

 刹那の加速、今まさにカインに立ち塞がれようとしていた道筋が、通った。

 光を残し疾走した痕跡を見た。

 彗星の尻尾を追うようにその痕跡をたどって、斬首の音が響いていたことを認識して、

「……さよなら、シスター」

 そこには血塗られたギロチンと共に佇む蓮と、首を跳ね飛ばされたリザがいた。

 驚きと、恐怖と、諦観が混ざりあった瞳。

 そんな瞳を持つ美しい女性の首が、地面に落ちる。

 主を失った数式領域が、役目を終え解けていく。

 ボトムレスピットの大ホールにリザの死体が落ちる。

 その肉体が溶け、うちにあった魂が散華する。

 散華した魂は恐怖を吸い、方陣を満たす。

 ここに、第三のスワスチカが開放された。

「……リザさん」

 複雑な思いを抱きつつ、ベアトリスは刃を収めようとして、

「……カインが、消えない?」

 眼の前の黒騎士が、リザの聖遺物によって存在しているはずのカインが消えない。

 大剣を地面につきたて佇んだまま、不気味な沈黙を保っている。

「これは勘なんだけどよ。この木偶人形を適当なスワスチカに持ってってくたばってもらうってのは都合が良すぎると思うぜ」

「……分かってますよ」

 動かないカインを警戒し、一定の距離のまま包囲する。

 そして、

『……キュィー、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ』

「ッ!」

 駆動音が響く。

 指揮者のいない殺戮機械が、指揮を受けず、守るべき主も失ったまま。

『ガ、ガ、ガ』

 それは何度か首を小刻みに揺らし、何かを確かめるように指を動かし。

 突如、跳躍した。

「なッ!?」

 跳躍したカインは大ホールの天上を突き破り、その姿を消す。

 おぞましい気配が遠ざかっていくのを感じた。

「……逃げ、た?」

 蓮が呆然と呟く。

 敵が消えたことに納得できない何かを抱えたように。

「とりあえずは勝ち、ってことでいいのかねえ」

 そんな事を言って、司狼がお疲れ様と銃で自分の肩を叩いた。

「いやーしんどかった。しかもしんどい割にあんま面白くなかったな。他人様の覚醒シーンとか、そういうのはアニメと映画で見るもんであってリアルで見るもんじゃねえや」

「お前な」

「あたしも同感。次はもうちょっと趣向を凝らしましょ」

「こいつら……」

 そんな司狼とエリーの様子に、蓮とベアトリスもため息を付き、警戒を解いた。

 なんにせよ、とりあえずは勝ち。

 今はそれでいいか、と納得して。

「ふぅ……」

 ベアトリスは剣を収め、ベルトの円筒に軽く触れる。

 中にあるそれを使わずに済んだことを思い、その立役者を見る。

『えっと……お疲れ様? レン』

「ああ……その、お疲れ様、マリィ」

 自身のうちにある彼女と言葉を交わす蓮を見て、つい先程彼が行った疾走を思い起こす。

 どうやら予想以上の力の持ち主だったようだ。

 この先も期待していいかもしれない。

「さて、一先ずは連絡ですかね」

 端末を取り出しスイッチを押す。

 ヴァルターの番号に連絡を入れ、数秒して回線が繋がる。

「もしもしヴァルターさんですか」

『もしもし。スワスチカが開いたのを確認した。そちらはどうなった』

「こちらに来た敵はバビロンとカインでした。バビロンを倒し、スワスチカを開きました」

『バビロン? それはまた』

「ええ、詳しいことは……ああ、先に伝えておかないといけないことが。バビロンは倒しましたがカインが消えないまま離脱していきました。気を付けておいてください」

『分かった。そろそろ戻る』

「そちらは、彼女の捜索は?」

『ああ、その、一度見つけたんだがな』

 一呼吸分の間が空いて、

『すまん。逃げられた』

「……はい!?」

 申し訳ない、といったその返答に、ベアトリスは素っ頓狂な声を上げた。

 

 




「ところで前回の話で、私なにか大切なものを失ったような気がするんですよね、何でしょう」
「教えてやろうか!」
「貴方は! ここ最近レポートでしか現れない怪人小僧!」
「ベアトリス・キルヒアイゼン! 君が前話で一体何を失ったのくわァ! その答えはただ一つ……」
「あの、そういうのいいんで。で、なんです」
「そりゃあ君。皆勤賞でしょ?」
「……あー!?」

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