β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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二ヶ月も放置してると皆忘れてそうだなあと思った。
なので良かれと思ってさっさと続き書きました、褒めて、そして感想評価くれ。
さて、ここからです。
だいたいここから、誰が何をしているのか、誰かが何かを企んでいるのかが明瞭になってきます。

今回のフラグメントは

1:レッちゃんの旅&マレウスの陰謀
2:いつものおさとう
3:やはり司狼は司狼だったよ
4:ベイ中尉非モテ定期

こんな感じでどうぞ


chapter9

 ふはは。

 やった。

 やったぞ。

 

 侵食調整、銀時計に封印処置を施すことにより拮抗を可能。

 聖遺物相互干渉度、50%を維持。

 契約ラインの逸脱、なし。

 魂の捕食はアルフレート・ナウヨックスに収束している。

 拮抗境界からの崩壊現象、『ルフラン』で補強可能。

 

 黒円卓の聖槍との多重契約、成功。

 この段階で、契約を担当する魂の分割処理が行われたことを確認。

 日数経過による侵食拮抗により境界面を通じ魂の剥離が進行中。

 消滅の兆候、無し。

 ここに第一の実験の成功を宣言する。

 

 喝采をもって迎えよ、狂気をもって静まるがいい。

 時計人間は姿を見せず、黒の王の咆哮は月へと届かない。

 なれば、恐怖はここに、こここそが恐怖。

 神は我らを救わない、ただ壊し、奪い去っていくだけ。

 冒涜せよ、涜神せよ、次なる喝采をもって。

 

 第二の実験を開始する。

 第二の実験を開始する。

 さあ、メスを突き立てよう。

 肉を剥ぎ取ろう、箱の中に詰め込もう。

 蛆が沸く前に、土に還る前に、新鮮な肉を詰め込もう。

 鋼の腕を取り付けよう、鋼の柱を突き刺そう。

 さあ、来たれ東の果の果より、お誕生日おめでとう、お二人様ご案内。

 

 さあ、僕は誰になるのかな。

 

 

『おまえはだれだ』あいつはアルフレート

『どこからきた』さあ、知らねえよ

『いまどこにいる』またどっか変な所に飛んでってるけど

『いきさきは』仕方ないから、もう少しだけ付き合うよ

 

 

 秘匿文書:アルフレート・レポート7

 

 

 

 

「おーたんねばーむおーたんねばーむ」

 夜の街を、少女が行く。

 多くの車が行き交う道路を、少女を乗せたスクーターが走る。

 街灯に照らされて、道路を走る車の脇を通り抜けて。

 気にするものは誰もいない、気にすることができるものは誰もいない。

 スクーターが発する振動、音、電波が、人々の認識をあやふやにして。

 小さな少女がスクーターに乗り夜の街を呑気に走っているのを咎める誰かはいない。

「あいむしんかーとぅとぅとぅ」

 氷室玲愛は小気味よく歌いながらスクーターを走らせる。

 それはあてのない旅か、過去への巡礼か。

 しかし少なくとも今は目的地を定めているようで、目的の場所に向かうにつれ人通りも車の数も減っていく。

 気楽な旅人の様相で、彼女は路を行く。

「かもかてぺてー、ずてぃー、んごでぃご」

 そしてやがて、人の気配は誰ひとりなくなる。

 この先に進むものはいない。

 汚染された方陣は公的には既に封鎖され、一般人は近寄ることもできない。

 そのような場所に玲愛はいく。

 彼女はゾーネンキントであれど、その肉体は常人と変わらない。

 しかしそれでも汚染を意に介さず進んでいく、招かれるかのように。

「もすかうもすかう、ゆめみるあんでぃさん、おっさんですかしゃあですか、おっほっほっほっほ、へい」

 そして、目的の場所にたどり着きスクーターを止める。

 玲愛はおっとり足を地面におろし、その場所を見上げた。

「…………」

 博物館。

 第一のスワスチカ。

 とある少年の魂が溶けたその場所。

 玲愛は、ぼんやりとそれを見つめる。

 その屋根の上に、何かを幻視するように。

 何かを探すように、見上げ続ける。

「…………」

 何分も、ただその場で博物館の屋根を見上げ、時折首を傾げる。

 そんなことを何度か繰り返す。

 何かを探すように、探すべき何かを探すように。

 それはまるで幼子が高名な絵画から意味を捻り出そうとするかのような行いだった。

「んー、むう」

 その瞳に、何かが映って。

 映った霧のようなそれを、玲愛は頭の中で咀嚼する。

 霧だけでは、まだ分からない。

 ふ、と寒空の下、白い息を吐いた。

 その時、突如甲高い音が鳴る。

「……む」

 目覚まし時計のような単調な音。

 それは玲愛のスクーターから鳴っていた。

 何かを警告するかのように、スクーターは音を鳴らし続ける。

「早いなー。知ってたけど」

 玲愛はスクーターにまたがり、ハンドルの間にあるいくつかのボタンを叩く。

 すると青い板のようなコンソールが現れる。

「えーと。こうして、こうして、こう」

 ピッピッピと電子音を出しながら、拙くも確信的にボタンを叩く。

 するとコンソールが何かの機能を起動させたことを表して。

 スクーターが蒸気を吐き出し震える。

 玲愛を乗せたまま、鋼の身だけでなく、その周囲の空間まで震えて。

「追跡ご苦労さま。じゃ、バイビー」

 そう言った次の瞬間。

 玲愛は、その場からかき消えた。

 蜃気楼のように、音もなく空に溶けた。

 透明になった、否、違う。

 認識をずらされた、否、違う。

 それは、それを見ていた彼らが一番良く分かるだろう。

「……やられた!」

 彼女が消えて数秒後、一人の魔人が空からその場に着地する。

 そこにもう誰もいないことを確かめるように。

 ヴァルターは目を細め、前髪をくしゃりと握った。

「アルフレートめ、また面倒な発明品を……隔離部屋を介した短距離転移か。暗示迷彩を張りながら走るに加えて」

 ヴァルターは溜息を履く。

 今日一日を費やし捕捉したにも関わらず一手で撒かれることになるとは。

 まだ一つの方角に絞れば追いつける可能性はあるかもしれないが。

 ヴァルターはそれをせず、道の先の闇の中を見る。

「で、お前も同じ用件か、マレウス」

 そう問いかけると、闇の中から少女のかたちが現れる。

 食えない妖艶な笑みを常とする魔女が、気楽に手を振って応えた。

「はぁいシェイド。いい夜ね」

「いつもの夜だ」

「相変わらずつれないの。乗ってくれてもいいんじゃない?」

「時間をかけすぎる迂遠な問答は好まない」

 宵闇の中、敵対する魔人が二人。

 しかし、不思議と殺意も戦意もない。

 ルサルカは全てをあげつらうかのような態度を崩さないし、ヴァルターもルサルカに対し眉をひそめているが、そこに戦意も殺意もない。

「ま、貴方の想像通りよ。今の私はお姫様の追跡役。独断専行じゃなくて、ちゃあんとクリストフの采配を受けた、ね」

 その言葉に、態度に、状況に、ヴァルターはますます目を険しくする。

 その目は無言で何かを訴えているが、ルサルカは笑ったまま答えない。

「どうしたの? 聞きたいことがあるんでしょう? 今日はとても気分がいいから、答えてあげるわよ? 何なら一緒に熱い一夜でも過ごす?」

「冗談きついな、マレウス・マレフィカルム。……どういうつもりだ」

 どうやら、この状況こそがあちらにとって想定通りらしいことを察したヴァルターは、その口を開くことにした。

 疑問、否、確信を言葉として魔女にぶつける。

「お前なら捕まえられたんじゃないのか。何故見逃した」

 ゾーネンキントは脆く、暴力的な能力の持ち主では強硬に動くことはできない。

 しかし搦手に秀でる影の使い手である彼女だけは別だ。

 恐らく、彼女であれば捕らえることができたはずなのだ。

「そりゃあ、約束したからよ、テレジアちゃんと。暫く捕まえないでおいてあげるって」

「…………」

「あの二輪車の性能もアルちゃんらしい嫌な機能満載だったし、逃したーって言えば言い訳として通じる範囲なのも幸いね。クリストフが後を追えない時点で、私を糾弾する権利もなし」

「じゃあ」

 その言葉を聞き、ヴァルターは電柱に寄りかかる。

 それはまるで、これから長話でもするかのような姿勢で。

「俺に何の用だ、マレウス」

 その対応に、ルサルカは笑みを深くする。

 その舌が小さな唇を濡らし、

「話をしましょう? シェイド、貴方にとっても、私にとってもいい話をね」

 そして、彼女は――

 

 

 

 

「そんな感じで、撒かれた」

 ボトムレスピットはスワスチカが開き、瘴気に満ちている。

 しかし魔人である彼らや、常軌を逸した人間であればいつくこともできるだろう。

 また、開いた場所が大ホールなのもあって、奥のVIPルームに影響がないのもある。

 蓮たちはひとまず、今日もまだこの場所を拠点としていた。

 時刻は昼、学校も終わった晩との間。

 今は、申し訳なさそうに首の後に手をやるヴァルターと、微妙な顔をしているベアトリスと、体中ずたずたのくせに普段通り面白がっている司狼とエリー、そしてちびちびとケーキをつついているマリィを隣にベアトリスと同様微妙な顔をしている蓮が揃っている。

「多分あのスクーターに索敵機能でもついてるんだろう。彼女からしてみれば俺は味方とは言い切れない誰かだし、逃げられるのも仕方ない」

「索敵の範囲外から一気に距離を詰めるのは?」

「多分、認識に作用する精神型の結界だ。こっちがあっちを認識した段階で、あっちも機構もこっちを認識するようになってる。手荒な方法は論外な以上、多分俺じゃ追いきれない」

 悪いな、とヴァルターは結論を出した。

 そして、蓮を見る。

「彼女ともう一度会って話をするには……多分、お前じゃないと駄目だ。お前か、あるいは遊佐司狼。それ以外じゃ逃げられると思う」

「あ、俺はパスね。蓮、分かってるよなあ?」

 司狼は早々に拒否を示す。

 その様子を、だろうよと蓮は返して、

「分かった。先輩のことは、俺が探す」

「捜索中はスワスチカの警戒はこちらでやる。そっちはそっちに集中してくれていい」

「頼む」

「レン、センパイのこと探しに行くの?」

「ああ。一応無事なことが分かったのは収穫だけど、もう一度しっかり話したい。こんな状況だ、こっちとしてもいつ何に襲われるか気が気じゃないからな」

「……うん、私も。センパイとお話してみたい。レンの心配は、私の心配だよ」

「サンキュ、マリィ」

 マリィが嬉しそうに頷く。

 それを見て、蓮の口元も思わず緩んだ。

「ねえねえ奥さん見ました? この男、オンナ探しに彼女を駆り出すんですって。不潔!」

「下衆男ですね。男の風上にも置けません」

 だがその笑みは司狼とベアトリスの物言いで一瞬にして引き攣った。

「……あのな、お前ら。俺とマリィは」

「お前とマリィちゃんは何だって? おいおいまさかとは思うがよ。この事件の間のみの現地妻とか言うんじゃねえだろうな? 可哀想に」

「ゲンチズマ?」

「現地妻っていうのはねマリィちゃん」

「おいこらやめろ司狼! 本城も!」

「じゃあやっぱマリィちゃんが本命で現地妻は先輩の方? それはそれで不倫じゃね? お前もすっかり鬼畜勇者だな。その場合香純はどうなるのかね……都合のいい女?」

「フリン?」

「不倫とはですね。つまり藤井君は貴方という女性がいるにも関わらず、別の女性に」

「お前らあああああああああああああああ!!!」

 悲しいかな、そう言われても仕方ないのは理解できなくもないのである。

 真面目な話、この先どちらかを優先しないといけないとかそういう巫山戯た展開が待ち受けてるかもしれない。

 そんな時、自分はどうするのか……という屁理屈はともかく。

 蓮は激怒した。

 中も外も敵ばかりである、色んな意味で。

「……やめてやれ、やめてやれ」

 そんな様子をヴァルターが間に手を挟み諌める。

 物悲しい目をしていた。

「え、ヴァルターさんは不倫男の肩を持つんですか、見損ないました」

「おいおい兄さん、嫁さんと離婚の危機だぜ。肩を持つ相手は選んだほうがいいんじゃね」

「単純に不憫でならんだけだよ。からかうのも程々にな」

 思わぬ援軍に蓮は心を若干落ち着ける。

 どうやらこの男はこちらの心中を察してくれるらしい。

「あー、その、助かるよ」

「いーよ。お前とは他人の気がしないからな」

 互いの目を見ながらゆっくりとソファーに座る。

 その様子をベアトリスが不満そうに見つめる。

「……お兄さんは不倫なんてしませんよね」

「だから、別に肩を持ってるわけじゃ」

「軍属の頃、諜報活動の一環でプレイボーイみたいなことしてたらしいじゃないですか」

「否定はできないけど、もうしないし、仮に必要に迫れれてもしようとは思わないよ」

「ほんとかなあ?」

「本当です。俺は、お前だけだよ」

「……えへへ」

 ゴフッと悲鳴が上がった。

「おいやっぱ逃げてもいいか」

「エリー! コーヒーくれコーヒー! めっちゃ濃くしてな!」

「はいはいラジャー」

「ふぉぉ……!」

 蓮が白目剥いて砂糖を吐き、司狼が笑いながら砂糖を吐き、エリーは砂糖を吐きながらコーヒーを作りに行った。

 マリィは蓮の隣で頬を赤らめながらふぉぉ……と目を輝かせながら声を漏らしている。

「レン、あの二人を見てるとなんだかポカポカしてすごいって思うの。これって何?」

「すまん、勘弁してくれマリィ。口の中がジャリジャリするんだ」

「大丈夫? 砂でも食べちゃったの?」

 エリーがコーヒーを持ってくる頃、ようやく砂糖発作は治まった。

 濃いめのコーヒーを啜りながら、蓮はヴァルターに渋い目を向ける。

「あのさ、あんた。何というか、あんたらの仲がいいのは分かったから、そういうこと人前でやるのは控えてくれないか」

「そういうこととは」

「さっきみたいにイチャつくことだよ! 恥ずかしいとか思えよ!」

「何故」

「いや何故ってあんた」

「この程度なら別に人前でも公序良俗に反してはいないだろ」

「いやあんた」

「言葉を尽くすのは大切だぞ」

「いや」

「流石にハグとかキスとかは二人きりで――」

「こいつはダメだ! おいあんた、ベアトリス! あんたまで同じこと言わないだろうな!?」

「え? あ、はい」

 怒れる蓮に話を振られたベアトリスはデレモードから我に返り真顔になった。

「えー、まあ、この人は本当に何の躊躇いもなく唐突に愛を囁いてきてですね……そりゃあ恥ずかしかったですよ、何年かは。でもねえ……もうなんて言うか、開き直っちゃいますよね! そんなところも好き!」

「この役立たずの謎の色ボケジャージBが!」

「口が悪いぞ少年。人の事を言う暇があれば自分が責任を取ることを考えなさい。後謎のヒロインBです、呼ぶなら正確な呼称を心がけてください」

「シネ」

 小学生レベルで口が悪くなった蓮はしばし頭を抱え呻き、そして虚無に達した。

「……センパイヲ、サガシニ、イッテクル」

「行くの? じゃあ、行ってくるね、みんな」

「おうおう、いじめすぎたな。夫婦さんやりすぎじゃね?」

「え、やめてくださいよこの場合最低でも責任は半々でしょ」

 マリィの手を引き錆びた鉄のように立ち上がると、部屋を出ていこうとする。

「あ、ちょっと待ってくれ」

「ん?」

 ヴァルターは蓮を呼び止めると、何かを投げ渡す。

 蓮はそれを左手で受け取った。

 それは、幾何学模様のカードだった。

「綾瀬香純の隔離先を移した。薬で眠らせてても、ここに置きっぱなしじゃいつ襲われるやら」

「このカードは?」

「とある場所へ飛ぶ鍵だ。俺達が持つ『部屋』の一つ。そのカードキーを持って『開け』と思えば部屋に飛べる」

「安全なのか?」

「少なくともこの手の空間の利点は、正しい座標を知らなければ侵入できないところにある。一度確認してみて心配なようなら別の場所を使ってもいい。その場合は伝えてくれ」

「……分かった」

 カードをポケットにしまい、蓮は部屋を出ていく。

 マリィが部屋の皆に手を振りながらそれに続いて出て行った。

「……さて、と。俺もそろそろ出るとしますか」

 司狼も半分ほど飲んだコーヒーを置き立ち上がる。

「どちらへ?」

「ま、息抜きにブラっとね。エリー、行くぞ」

「はいはい」

「はあ。どうせ出かけるなら手伝ってあげればよかったのでは」

「気が向いたらなー」

 そう言い捨てて司狼とエリーも部屋を出ていく。

 部屋にはベアトリスとヴァルターが残った。

「素直じゃないお年頃、ってやつですかねえ」

「さてな」

 二人は手元にあった、手を付けてないコーヒーを手にとって、

「「苦っ」」

 二人揃って顔を顰めた。

 

 

 

 

 司狼は鼻歌を歌いながら歩く。

 エリーもその行き先に疑問を持つことはない。

 二人はボトムレスピットを出て、そして今日はもう帰るつもりはなかった。

 携帯の電源を落とし懐にしまう。

 連絡さえ取るつもりはなかった。

 暫く街を練り歩き時間を潰し、日も落ちて時刻が夜になる頃。

 もう一時間ほどで蓮から連絡が来るだろう、という絶妙な時間。

 二人はある門の前にいた。

「とーちゃーく」

 そこは月ノ澤学園、その正門前。

 この地に配置されたスワスチカ、その一つ。

 そしてある人物がキープしているという、『呼べば接触できるであろう場所』。

 無論、偶然そこを選んだはずなどない。

 全て、司狼の目論見だ。

「さて、と」

 懐から銃を出し獰猛に笑う。

 司狼は考えていた。

 ボトムレスピットでの戦いを経てからずっと。

 これでは足りないと、考えていた。

 その結果がこの行動だった。

 そう、狼を繋ぐ鎖などない。

 誰もが縛鎖など気にも留めないからこそ、仲間だ共同戦線だ、という状況が必ずしも轡を並べるということにはならない。

 何処へ向けるでもない、強いて言うなら学校そのものに向けて司狼は叫ぶ。

「おーい! いるんだろ年齢詐称のロリババア! ネタは上がってんだよ!」

 瞬間、足元に影が伸びる。

 司狼とエリーは横っ飛びに跳躍し、その影に弾丸を打ち込む。

 しかし、影は揺るがない。

「言葉には気を付けないとダメだゾ? あんまりおいたがすぎると食べちゃうかも」

 その影から這い出るように、ルサルカが現れる。

 言葉では脅しつつも内心何とも思っていないと普段の笑みを浮かべて。

「蓮くんもヴァルキュリアもシェイドも連れずに何の用かなー? 折角学園の子たちを呼び出して『遊んでた』のに。女の子はおめかし大変なんだからね?」

「うっわババくさ。汚いババアだ腐臭がするぜ。純愛してる方のババアを見習えよな」

「ま、十代そこそこの坊やは粋がるのが習性みたいなものだしね。私の興味を惹ける自信があるなら、言ってくれていいわよ」

「ほー、じゃあ遠慮なく」

 司狼とエリーはルサルカに銃口を向ける。

 その引き金に指をかけ、引き絞り、

「くたばれ老害」

「バッキューン」

 甲高い炸裂音と同時に銀の弾丸がルサルカに迫る。

 命中すれば魔人の肉さえ削ぐ弾丸は狙い通りルサルカの顔面に向けて飛来する。

「んー?」

 ルサルカはきょとんとした顔でその挨拶に応対する。

その手に影を纏い、弾丸を弾いた。

 影は僅かに焼けたように着弾点が崩れたが、それもすぐ元に戻る。

「わっからないなあ。貴方、一見破天荒なように見えて方法が見えればクレバーにそれを選ぶタイプだと思ったんだけど。平和に学校を陣取りしてた私にそんな無謀な挑戦して何になるの? それともー、何かの足止めとか?」

「そうだとして、お前に言う必要あるか?」

 慇懃な司狼の態度に、それでもルサルカは億劫そうに対応する。

「うーん。あのね、ここで貴方を食べちゃうのは簡単なんだけど。私、暫くの間やることがあるの。今ここのスワスチカを開けると後でうるさい連中もいるし、何もせずに帰るなら今ならまだ追いはしないわよ?」

「へえ、成る程機せずして嫌がらせってわけだ」

「あたし嫌がらせって大好き」

「俺も嫌がらせって大好き」

 そう笑顔でのたまう二人にルサルカも笑顔で応える。

「私も嫌がらせは大好きよー。気が合うじゃない、ふふふ……はあ」

向けられる銃口を覗き込むように、ルサルカは視線をやる。

 ルサルカの足元から、まるで昆虫の足のように影の爪が湧き出して、

「似た者同士は反りが合わないって言うけれど。いざ同じようなことされるとよく分かるわ。やーねー人の都合を顧みない男って。モテないわよそんなんじゃ」

「ご心配無用、司狼様はモテモテのスターだから。現にここに俺専用のやわらけえケツが」

「揉むな馬鹿」

「ま、少なくとも? 昆虫ババアは俺と違ってスター性なさそうだし? 自分の心配でもしてろよ。お前今からくたばっちまうんだからよ」

 その物言いに、ルサルカの愛想よく開いていた目がすっと細まった。

 これまで散々挑発を受け流していたルサルカだが、己を殺すという宣言、その天井知らずの不遜は見逃さなかった。

 声の音もトーンが下がる。

「ほんと間が悪い坊やね。ベイの気持ちが分かった気がするわ。貴方達も面白そうだけど、熟してないと言うか、響かないと言うか」

「おいおい負ける言い訳とかやめろよ萎えるだろ」

「は?」

 首を傾け、その目を再び開く。

 先ほどまであった愛想は残らず消え、不気味に輝く瞳が司狼とエリーを捕えた。

 それは捕食者の瞳、ギラギラと獲物の食いでをはかる魔女の瞳だった。

「心の底から本気で言ってるなら、この後も同じことを言えるなら褒めてあげるわ。ベイが遊んだせいで調子に乗ってるみたいね。そんな骨董品を担ぎ出して私を殺せると思ってるなら……」

 影の足がキチキチと不快な音を鳴らす。

 キチキチ、ギチギチ、チク・タク、チク・タク。

「……時計の音?」

 チク・タク。

 チク・タク。

 カチリ。

「そうね、まずは貴方達に最新型ってものを教えてあげるわ。完膚なきまでに屈服させてひれ伏させて、食べるのはその後ね」

 影から新たにせり上がる。

 それは不気味な瞳であり、鋼の歯車であり、血塗られた棘だ。

 鋼の響きが折り重なり、影の歯車が噛み合っていく。

 立体の絵本を開いたときのような、現実味のない二次元の塔が建造されていく。

「貴方達のせいよ。今日、ここのスワスチカは開かれる。この後ここの生徒を呼び出して、全部飲み込んじゃう。蓮君も可愛そうね、お友達がまだ生きれたかもしれないのに」

「知らねえよ。そんで、あいつもそういうやつじゃねえし。あいつは学校に生徒が通ってるっていう日常を好んでるんであって連中のツラなんざ見てねえんだから」

「あらそう、ならまた直接聞いてみるとするわ」

「またなんてねえ、よッ!」

 再び拳銃を向ける、と見せかけ、体で隠していた左腕を振りかぶる。

 その指に挟んでいた三つの棒、その先端に接着された球体が投げつけられて。

「……ッ! 霊障爆弾、それも完成型、厄介なものを!」

「骨董品上等、あんたらだって骨董品だろ、仲良く土に還りな!」

 そして、学園は異形の音に包まれた。

 

 

 

 

「ほう」

 

「面白い、面白いな」

 

「できるのか? お前に」

 

「歯車の回転を狂わす、砕けぬ小石に」

 

「お前は何者だ? どこから来た? 今どこにいる? 行き先は?」

 

「お前は何処までやれる、遊佐司狼」

 

ビルの上で、片腕の男が鮫のように嘲笑した。

 

 

 

 

「くははッ。よお、会えると思ってたぜ優等生」

 諏訪原タワー付近、彼が哨戒に向かったその場所で、遭遇は起こった。

 真紅の大棘を身の内から曝け出す、黒円卓の中でも特に血に狂い暴虐を成す男。

 反転した瞳が獲物を捉え、鋭い牙が口から覗く。

 それこそはカズィクル・ベイの吸血杭。

「ベイ……ご機嫌そうだな」

 それに対するは、漆黒の剣を構え、その鍔から何本もの茨を生み出す男。

 その漆黒は拒絶、その茨は蒙昧に突き進むものを捕え絞め殺す。

 それこそはシェイドウィルダーの黒き剣。

「ああ……全く、一番槍をバビロンなんぞに譲る羽目になってイライラさせられたがな。ま、俺もこの業とは長年の付き合いだ。味の出し方も覚えるってもんさ。次こそは、次こそは、それが重なる度に俺の怒りは力となる。牙は研ぎ澄まされ、薔薇の色は深くなる。そう思えば、その時が楽しみになってくる。俺の業を完膚なきまでに砕くその瞬間ってやつがな」

「…………」

「お前はどうだ、シェイド。どうだったよ。城の頃からお前の力はいまいちはっきりとしなかったが、随分落ち着いてやがる。昔のお前は手に余る何かを抱えた爆弾みたいなやつだったが、どうだ。今じゃ水面に凪もねえ。ものにしたかよ、完全に」

「それが、なんだ」

「楽しめるのかってことだよ、ええ?」

 戦いに歓喜するヴィルヘルムに対し、ヴァルターは静かに剣を向ける。

 侮蔑も嫌悪もない。

「カズィクル・ベイ。俺は、お前に応えない」

 ただ、お前を理解しない。

 その意志だけを、言葉に込めて。

「黄金の牙から落ちた一欠片。現世を食らう幽境の化生。俺にとって、お前はそれだけだ」

「カッ、理解も誉れも不要、か。つくづく合わねえなあ、シェイド。そうだよなあ、てめえはあの人の、敵だもんなあ!」

 膨れ上がる殺気に宙に浮かぶ茨が蠢く。

 ヴィルヘルムは獣のごとくその手を爪と構え、ヴァルターは騎士のごとくその剣の切っ先を獣に向けて。

 

 

『お前は何者だ』

 

『どこから来た』

 

『今どこにいる』

 

『行き先は』

 

 

 己に問いかけるように、ヴァルターの言霊が響く。

 黒の剣、黒の茨、それらを彩る漆黒が美しく流れるように煌めいて。

 その背に巨大な三つの刃が幻視される。

 

 

『日の光はいらねえ』

 

『ならば夜こそ我が世界』

 

『俺の血が汚えなら』

 

『無限に入れ替えて新生し続けてやる』

 

 

 それに返すように、ヴィルヘルムの血が蠢く。

 鮮血の杭はその身に、背後に、周囲にさえ届くように研ぎ澄まされて。

 その頭上に赤い満月が幻視される。

「……砕けろ、影!」

「逝けやヴァルハラァァァッ!!!」

 そして、殺意と殺意が交差せんと、互いの一歩が地面を砕くその刹那。

「……!」

「……あ?」

 二人は、ある共通する感覚を掴んだ。

 遠くで、何かが起きた音。

 遠くで、何かが開いた音。

 間違えるはずもない、ヴィルヘルムにとっては『また邪魔をされた』音。

「これは、学園?」

「おい、おいおいおい、どういうことだよなあマレウス。お前……お前……」

 ヴィルヘルムの脳裏に蘇る、忌々しい首領代行の命令。

 

 

『聖櫃は開き始めたばかりで、まだ安定していません。私がよしと宣言するまで、一日に二箇所以上のスワスチカを開けることを禁じます。これを破った場合叛逆とみなします』

 

 

 ヴィルヘルムの額が、浮き出た血管が破れる。

 凶相に凶相を重ね、しかしその足は進むことはなく、食いしばる歯がビキビキと音を上げ。

「あ、の、ババアアアアアアアアアア!!!!!! この俺から、掠め取りやがったなあああああああああああああああ!!!!!!」

 吸血鬼の咆哮は、開戦の号砲ではなく、中断の宣言にしかならなかった。

 

 

 

 

「くそ、あいつ何してやがる……」

 蓮は通りを歩きつつ、通じない電話に苛立っていた。

 電波の届かない場所か、電源が切れています、そうとしか言わない携帯を握りしめ。

 それを単なる事故や、一方的な敵の襲撃だとは、全く思っていなかった。

 いつもそうだ、そうだった。

 あいつは意図的に連絡を絶ち、何かを企んでいる。

「レン? シロウ、でないの? どうするの?」

「…………」

 一旦捜索を切り上げ戻るべきか、ベアトリスとヴァルターに連絡を入れるか。

 僅かな迷い、何故あの馬鹿のことを一々心配してやらないといけないんだという上辺の葛藤は取り払われて。

「戻ろう、マリィ。走れるか」

「うん、大丈夫」

 踵を翻す。

 マリィの手を握り、転ばないように、しかし急いで駆けようとして。

 唐突に、それを感知する。

「……ッ!」

「あ……これ」

 遠くで、大量の魂が散華した。

 散華した魂が、方陣を起動させた。

 魔人であるならば誰もが感じ取る、冒涜的な気配。

 それを感じさせる方角を、蓮は見る。

 自らの学校、まだ暫くは確保されたまま動かないと見ていた場所。

 そこに、いてはいけない誰かを感じた気がした。

「……司狼?」

 

 

 

 

「全く、手間取らせてくれたわ。道具の使い方はアルちゃんを思い出すわね」

 ルサルカは多少煤けてしまった軍服の袖をつまむ。

 その部分を影に飲み込ませ、影を取ると汚れはなくなっていた。

「想定外に時間かけちゃったけど……ま、思い知らせたからいいでしょ。こういう手合は生意気な口を止めて、ただ傷つけるのを楽しむに限るわ」

 ルサルカの背後に、巨大な影が蠢く。

 肉が動くような生々しい音と、歯車が動くような機械の音が合わさる不協和音。

 ただカインとは違い、それは物質的なおぞましさはなく、ただただ怪異であった。

「貴方達が何だったのかは知らないけれど……ま、相手が悪かったわね。その血肉も、魂も、もう私のもの。もしこの地にとってなにか重要なパーツだったのなら……そのうち拾い上げて、有効活用してあげる」

 その影と戦っていた二人は、もういない。

 隙間もない棘の密室の中、血の霧にされ、喰われ、吸収され、何一つ残らない。

「さて……戦いを行っちゃったからには、スワスチカを開かないとね。不本意だけど、仕方ない。あーあ、ベイになんて言い訳しようかしら……」

 そして、ルサルカは校舎に戻る。

 彼らが来る前に『遊んでいた』子どもたちのもとに。

 彼らを殺し、スワスチカを開く。

 これで、四つ。

 タワーでヴィルヘルムとヴァルターが戦い始めようとする、その寸前のことだった。

 




安定状態になったヴァルターの能力の概要が語られると思ったけどそんなことはなかった。
これもルサルカってやつの仕業なんだ!


獣殿「なんだと? ほう、そうか……」
猊下「ハイドリヒ卿が、怒っておられる……?」
エレオノーレ「(ハイドリヒ卿がなんか不機嫌だから)殺す」
シュライバー「(ハイドリヒ卿がなんか不機嫌だから)殺す」
ベイ「(俺の邪魔しやがったから)殺す」
蓮「(司狼を食いやがったから)殺す」
謎のB「(お兄さんの見せ場を奪ったので)殺す」


ルサルカ「なんで!?」


水銀「計画通り」

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