β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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完結に向けての怒涛の展開に成っていくので大分話が荒くなっていくのが作者にも自覚できるようですが寛大な心で許してください。
βリメイクは完結のみを目指したものであってそれ以外の部分を切り捨てているんだよ!


Fragments:黒円卓崩壊

 黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)という聖遺物がある。

 嘗て櫻井武蔵が鍛えた聖槍の贋作。

 あまりに精巧な贋作故に本家の権能の一部を写し取り、そしてその写し取りがあくまで一部の不完全であったが故に最悪の形で造り手に牙を剥いた。

 造り手たる櫻井武蔵を始めとする櫻井の一族に寄生し、その魂を通常の聖遺物とは比較にならない速度で食らい尽くし、宿主を生ける屍と変える魔剣。

 そして殺したものの能力をその槍のうちに取り込んで際限なく強くなっていく。

 屍と化した肉体はバビロンによって傀儡とされ、意思なき暴力として黒円卓第二位、トバルカインとして座る。

 正しく魔人の持つ呪い、その末路を形としたものである。

 

 だがしかし。

 その呪いにこそ着目した男がいた。

 契約者の魂のみを付け狙うその性質。

 憑り殺した契約者も刃を以て食らった敵も等しくその能力を取り込むという性質。

 エイヴィヒカイトの力とは渇望の力、意志の力であれば。

 それは、取り込んだ魂を何が何でも生かし続ける機構、と呼べるのではないか。

 それがおぞましき不完全な不死であろうとも。

 あるいは、引き裂いたことで意思さえも残らぬ死にかけの魂の断片を、甦らせることもできるのではないか。

 

 その男は、狂気に蝕まれていた。

 魂に憑りつく狂気だった。

 その狂気を制御する、捨て去るために考案した技術があった。

 魂の分割。

 魔導を知るものであれは狂気ですら無い自殺者の所業。

 自身の魂を分かち。片方の魂に自身の狂気の全てを押し付ける。

 果たしてその発想が、狂気の中の正気から来る正義であったのか、狂気の中の狂気から来る道化の嘲笑であったのか、本人さえも知る由はない。

 

 とかく、その男は数十年の年月をかけ実験を行い、幾度も魂を引き裂こうとしては失敗し、その度にあらゆる技術を掘り起こし、そして、遂にそれに相応しいものを見つけた。

 それを手に入れるのは簡単だった。

 バビロン・マグダレナは何かを感づくことはしても、それを探るような殊勝さも根気も持ち合わせてはいなかった。

 

 そこから先は、その男の独壇場だった。

 黒円卓の聖槍の権能は驚くほど都合がよく、何よりセキュリティが馬鹿みたいに曖昧だった。

 この聖遺物は『一族』という基準に当てはまれば誰でもよかった。

 例えば、愛し合う誰かでも……名目上籍を入れただけの一族でも構わなかった。

 

 ベトナム戦争の渦中カズィクル・ベイを出し抜き血族の少女を捕らえ、協力を取り付ける。

 破損した初代をメンテナンスという名目で研究所に長期間接収し、時期を調整。

 そして、初代を破壊し黒円卓の聖槍と聖遺物の多重契約を決行。

 エイヴィヒカイトの禁忌である多重契約により剥離していく魂、剥離した魂さえ食らおうとする黒円卓の聖槍。

 『ルフラン』という狂気の不死性を持つその男だからこそ、かろうじて耐えきり、魂は分割され、それぞれの聖遺物に喰らわれる。

 分かたれた一つは、予め用意していた全身機関義肢を器とし。

 分かたれたもう一つと自身の肉体は、黒円卓の聖槍と共にトバルカインの肉塊に沈んだ。

 前者をメルキオール、後者をカスパールと命名し、自意識すら残らぬ小さな魂の断片であるカスパールが黒円卓の聖槍の中で渇望を発揮できるほどに魂を育む間、メルキオールが活動する。

 そして、最後に狂気が発露した側を、もう一つの側が討滅する。

 

 

 

 

 ――そんな予定だったっけ?

 正気だった頃の僕はそんな予定だった気がするね。

 でも残念なことにね。

 魂を二つに分割した程度じゃ、僕の狂気はこれっぽっちも薄れてくれなかったんだよね!!!

 

 チク・タク、チク・タク。

 ああ、今宵も時計の針は進む。

 機関(エンジン)異常なし、機関(エンジン)異常なし、我らの願いは正しく進み続けるだけ。

 時計人間(チクタクマン)は姿を見せず、黒の王の咆哮は月へと届かない。

 

 だから……僕こそが恐怖にならないとねえ!!!!!!

 げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!!!!!!!!!

 

 

 

 

 今ここに、双首領を除くほぼ全ての人物が集まっていた。

 蓮が、ヴァルターが、トバルカインを追ってそこにいた。

 玲愛が、何かに呼び寄せられるようにそこにいた。

 ヴァレリアが、何かを待っていたかのようにそこにいた。

 ベアトリスがヴァルターを追って駆けつけた。

 そして……

「そういうことか」

 7つのスワスチカが開いたことを感知し、三人の騎士が別次元より飛来していた。

「ハイドリヒ卿は、貴様を見ていたのか。我々に対する『スワスチカを開くな』、という命令は。貴様の企てが実現するかどうかを試していたのだな」

 エレオノーレが眼下を見る。

 その銀髪の小男、『二代目トバルカイン』となった男を。

「これが我が君の意思であればこそ、許そう。だが、ふざけた話だ。なあ、ナウヨックス」

「再会を喜んでくれないのかいエレちゃん。僕ってば見事に期待に応えてみせたんだけどなー」

「ほざけ、バビロンとマレウスの軟弱さにつけ込んだだけだろう。それさえも一分程度の目しか無い賭けとあっては、作戦立案段階での評価には値せんな」

 エレオノーレは憮然と切り捨てる。

 マキナは眉を顰めるも黙し、シュライバーはこれまた対照的に、楽しげに話しかける。

「僕は嬉しいよアルフレートお兄さん。経緯なんてどうでもいい、君はハイドリヒ卿の期待に応えてここにいるんだ。それ以上に評価すべきことがあるもんか。何せ、もっともっと君と遊べるんだろう? 最高だよ……最高だ」

「わあい起き抜け早々ロックオンされてるぞお。けど、ちょっと今は君らに用は無いんですっこんでてくれない?」

 ギラギラとした目で見つめるシュライバーをスルーし、アルフレートは別方向に体を向ける。

 険しい顔で見つめてくるヴァルターに向けて、

「やあ親友、ひさしぶ、りっ、ぺ」

「なッ」

 挨拶の途中で首が跳ね跳んだ。

 遅れて轟音が鳴り、風が巻き起こる。

「やだなあアルフレートお兄さん、無視されると傷ついちゃうよ」

 シュライバーが地上に降り立ち、ねじ切ったアルフレートの首を手の中で回した。

 頭を失った胴体は盛大に血を吹き出し、ゆっくりと倒れ込み、

 

チク・タク。

チク・タク。

カチリ。

 

「まあこうなるよね、知ってた」

 次の瞬間、血の雨は綺麗サッパリ消え失せて。

 頭のない死体が頭のある人間に置き換わっていた。

「は?」

「……アルフレート」

「やはり、『ルフラン』」

 それを知らぬ蓮は瞠目し、それを知るヴァルターとベアトリスは改めて確信する。

 エインフェリアならぬ不死の怪人がそこにあることを。

「あはは、あはははははは! 健在だねお兄さん! 満を持して来たってことはさあ、もういいんだよね!? 君が死ぬまで何度でも殺していいんだよね!? そうなんだろう!?」

「チガウヨ。正直帰ってくれるならそれに越したことはないんだよなあ。ねえエレちゃんからもなんとか言ってやってよ。今日のところはここまでだ、的なさー」

「ナウヨックス。我々が我が君より受けた使命は、『第七の開放まで一切のスワスチカを開かず見届けろ』、という命令だけだ」

 エレオノーレがアルフレートを、そして奥にいるヴァレリアを睨んだ。

「そして――見るに、貴様はクリストフと共謀し何か企んでいるらしい。これより先、それを見逃す義理はないな」

「とんでもない、私がハイドリヒ卿に翻意を抱くなど……ありえませんよ」

「そうそう、ヴァレリアくんに限ってそれはありえないよ、なんせヴァレリアくんだぜ?」

「前科者と前科者の組み合わせに何を信用しろと言うのか戯けが」

 そう吐き捨てると、背後に真紅の方陣が描かれる。

 焼け付く炎の音を纏わせ、方陣が回転する。

「貴様らの戯言を長々と聞く気はない。これ以上を望むのなら力を以て示すがいい」

「まあこうなるよね」

「まあこうなりますね。ではお願いします」

 放たれる火球を前に、ヴァレリアは危機感を持たず一歩下がり。

 アルフレートもまた危機感を持たず一歩前に出た。

 そして、右足で軽く地面を打ち鳴らし――

 

 

数式領域(クラッキングフィールド)、展開」

 

 

「ちょ、待――」

 ベアトリスが焦りと共に手を伸ばす前に、三人の騎士とアルフレートがその場から消え去った。

 後に残ったのは蓮、ヴァルター、ベアトリス、玲愛、そして、

「やれやれ、ようやく静かになりましたね」

 不気味な笑みのままの聖餐杯、ヴァレリア・トリファのみ。

 ゆっくりと指を組み、満足げに頷いて、

「では、皆さん。少々お話をしませんか?」

 世間話でもするかのように、そう切り出した。

 

 

 

 

 アルフレートの展開した数式領域内は、既に散々たる有様だった。

 空を炎が満たし、地面は轍と化し、壁など全て砕かれて。

 そしてその全てに晒されているアルフレートは、既に数十回は死を迎えていた。

 だが、それだけだった。

「わはははははは無駄無駄無駄無駄なんだよお!!!」

 消し炭となった。

 塵も残らず轢き潰された。

 しかしその度に、時は巻き戻る。

 死したアルフレートは何度でも生き返る。

 エインフェリアならぬ身で、三人のエインフェリアを前にして、何度でも生き返る。

「非常に残念なお知らせです、君たちじゃ僕を殺せませーん! どんなに強かろうと関係ないね、君らじゃ無理なんだ、『主役を張れない連中』じゃ、僕のルフランは止められないんだよねえ!」

「……ちっ」

 挑発を聞き流し、エレオノーレはただ砲撃を撃ち込む。

 シュライバーはもう何も聞いていないだろう。

 狂奔のままに、生き返る度に殺しに行っている。

 しかし、やはり、何の手応えもない。

 エレオノーレの感覚が、これを続けて何かが変わる、と思わない。

 いや、むしろその逆で。

 何か今、致命的なことが起こっているような気さえした。

「ならば、これはどうだ。小僧」

 ここで、沈黙を守っていた男が動き出す。

 死を纏う戦士が、アルフレートの背後に立った。

「あ、やべ」

 

『死よ、死の幕引きこそが唯一の救い』

 

 アルフレートが焦り振り返る。

 その瞬間、アルフレートの肉体に死の拳が突き刺さる。

 デウス・エクス・マキナ、幕引きの一撃が。

 創造位階を発動したマキナの拳が、当たりさえすれば神さえも終わる一撃が、アルフレートを粉々に粉砕し、

「まあ無理なんですけどね」

「……貴様」

 粉砕された欠片は、終焉を迎えること無く再構築された。

 幕引きは、なされない。

「ダーメダメダメ、ダメなんだよねえ。正直君なら可能性はあったんだ。幕引きの拳とかそういう話じゃなくて。けれど、君は『物語の主人公たる資格を捨てた存在』だから。もうその拳は僕には届かないんだ」

「主役、だと?」

「そ。君もツァラトゥストラくんやうちのヴァルターの兄弟みたいなもんなんだから、その資格は有してたんだけど。至高の死がどうたらとか言っちゃうから。残念だねえ、残念残念」

「カール・クラフトの真似事か」

「うん? 不愉快だって? ごめーんに?」

 再度、幕引きの拳がアルフレートを粉砕する。

 元に戻る。

 死は訪れない。

「関係ない。貴様がいかなる手段で死を拒もうと、何度でも叩き込むのみ」

「君が言うとマジでそうなりそうな気がしてくるから嫌なんだよねえ。だーかーらー」

 アルフレートは空を仰ぐ。

 東からは砲撃が、西からは轢き逃げが、下からはインチキ幕引きパンチが飛んでくる。

 うーん今日も酷い天気ですね、さっさと帰りましょう。

 目前に笑顔で迫るシュライバーを見て、アルフレートは、スイッチを切った。

 

『ルフラン・ザ・アンダーワールド』

 

「――ぎ!?」

 瞬間、シュライバーが制御を失ったように横転する。

 自身の聖遺物たるモンスターバイクから投げ飛ばされ、地面をバウンドした。

「な、なんだ……なにが……」

 シュライバーはそうなった訳が分からず、立ち上がろうとする。

 両腕に力を込め、上体を起こそうとして。

 両腕が、おかしいことに気がついた。

「……え」

 自身の右腕を見る。

 その右腕に、肉は残っていなかった。

 骨も残っていなかった。

 ただ、不細工な金属と軋む歯車が、自分の右腕を構成していた。

「何だよこれ……僕の腕、僕の腕があああああああああ!?」

 それを認識した瞬間、異常が急速に進行していく。

 右腕を侵食する金属が肉を喰らい、喰らった部分も金属に変えていく。

 左腕が、両足が、胴体も、全て機械にすげ変わっていく。

「が、ぁ!? ぁふ、僕が、僕が、僕が、やめろ僕は完璧なんだ完全なんだ無敵なんだ、僕を変えるなああああああああああああ!?」

「え、無理。スイッチ入れちゃったもん。『ルフラン・ザ・アンダーワールド』は僕を殺害した回数に比例して侵食率を高めていくから、もう総合回数の半分は君が殺してくれた以上、仕方ないね?」

「があああああああああああああああ、ぁぁぁぁぁぁ、……………………」

 ぎぃ、ぎぃ、がちゃこん、がちゃこん。

 不出来な鋼の組み変わる音が数度して。

 シュライバーが崩れ落ちる、その全身を奇怪なオブジェと化して。

 そして、ぴくりとも動かなくなった。

「はいおしまい。悲しいほど雑魚だったぜ! わはははははははははははは!!!」

「……ッ、貴様、ナウヨックス!」

 そして、異変が起こっているのはシュライバーだけではない。

 エレオノーレもまたその両足首が鋼と化し、膝をつく。

 「そりゃ何も考えず僕を気ままに殺し続けてりゃこうなるんだよなあ。昔ならいざしらず、今の僕はルフランを逆流できる。殺害という縁を通して君たちにルフランをおすそ分けしてあげる事もできるのさ」

「ルフランだと……それは貴様の不死性の」

「ま、深く考えなさんな。結局は適性だよ。エイヴィヒカイトと同じように、これに適応するのは時計人間の要素を持つ存在だけって話。だから君らは耐えられない」

 自身の肉が歯車に食われていくのを感じながら、エレオノーレは砲撃を止める。

 しかし、それでもゆっくりと、確実に、鋼が身を侵食していく。

「さっきも言ったよね? 僕のルフランを破る条件。こいつはね、『主人公の資格を持つもの』にしか破れないんだ。そしてそれは今の所ツァラトゥストラくんであり、その女神ちゃんであり、ハイドリヒ閣下であり、ヴァルターであり、レッちゃんであり、ベア子ちゃんのことなんだ。主人公ならぬ君たちじゃあ、どうあがいても僕はどうにもできないの、お分かり?」

「巫山戯たことを……!」

「いやーごめんね。エレちゃんもベア子ちゃんと信念をかけた決闘とかしたかったろうね。けど安心して! 君のことはしっかりと僕が操り人形にして、ベア子ちゃんにぶつけておくから! Auf Wiedersehen, Kamerad!」

「き、さ」

 その喜悦と侮蔑に満ちた別れの言葉が、歯車を加速させる。

 軋む鋼の音がエレオノーレの鼓膜を支配し、その意識が失われていき――

 

 

 

 

「そういうわけでして。ご安心を。黄金錬成は成されませんよ。今ナウヨックス卿がシュライバー卿を消した頃でしょう。ザミエル卿が本質を悟り撤退をした所で、マキナ卿の幕引きがナウヨックス卿を砕いてしまった所で、既に黄金錬成のための色の一つは欠落しました」

「…………」

 ヴァレリア・トリファの語る内容は、黒円卓への反旗そのものだった。

 ラインハルトを降臨させる気は毛頭なく、五色の一つを欠落させることでそれを阻む。

 アルフレート・ナウヨックスと共謀し、邪魔者をスワスチカの贄へと捧げ、三騎士の介入を凌ぎ、彼の企みはほぼ成就していた。

「言ったでしょう、藤井さん。私もテレジアを犠牲にするつもりなどないと。不完全な黄金錬成であれば、彼女が贄になることもありません。無論、第八のスワスチカも開きますよ。その点では我々は未だ敵でしょう。ただ知っておいて欲しかっただけです。貴方とテレジアに。私の目的を」

「……香純を攫ったのは」

「無論、貴方が確実に追ってきてくれるための保険ですよ。あのカイン……ナウヨックス卿がおかしなことをして貴方達を連れてきてくれない可能性もありましたからね」

「…………」

 辻褄は、合う。

 無論敵ではあるものの、信頼はできないものの。

 その目的自体に偽りはない、と蓮は感じた。

 玲愛もまた、同じだ。

 今のヴァレリアは恐ろしい、恐ろしいが、それ故に彼女も分からなかった。

 その恐ろしさの内包する『偽り』を看破できない。

 だからこそ、

「「適当なことを言うなクリストフ」」

 ヴァルターとベアトリスの二人が、口を揃えてそれに異を唱える。

 二人は、ある事実を知らない。

 シュピーネはその事実を切り札とし公開することはなかった。

 だが、その挙動がおかしいことは十分に理解していた。

「どうせ綾瀬香純の身柄は敵らしく私を倒したら返して差し上げましょうとでも言うつもりだったんだろうが」

「藤井くんだけなら騙せたでしょうね。私も昔のままならどうだったか。貴方は慎重で神経質で無駄を嫌う。彼女を攫う理由としては弱いんですよ」

 警戒をあらわにするヴァルターとベアトリスを前に、ヴァレリアは眉尻を下げ、交互にその顔を見つめると、やがて諦めたように息を吐いた。

「……やれやれ、やはりダメですか。あと一歩というところなのですが、中々楽をさせてくれませんねえ、お二方」

「ッ、てめえ!」

「ええ、はい。まあ、綾瀬さんを誘拐させて頂いたのは別の目的あってのことです。そして、それを教えるつもりはありません。そういうわけでして、此処から先はやはり実力行使ということになってしまいますかね」

 残念ですよ、と言うヴァレリアに、どの口が言う、と蓮が返す。

 そんな一触即発の空気の中、蓮の掲げる手に、別の手が添えられる。

「藤井くん、ちょっといいかな」

「先輩?」

 添えられた手を見て力の抜けた蓮の腕を、玲愛が掴み下げる。

 玲愛が一歩前に出て、ヴァレリアの目を見つめた。

「ねえ神父様」

「何でしょう、テレジア」

「私のため?」

「…………」

 その問いに、ヴァレリアは沈黙する。

 それが、玲愛にとっては答えだった。

「そっか、そういうことなんだね」

「……貴方も、死にたくないでしょう。テレジア」

「死にたくないよ。けど、私はまだ諦めてないから」

「私も、諦めていませんよ。ナウヨックス卿も貴方を生かすという点においては同志であると」

「そう。でも、あのアルはきっと私に問いかけてきたアルじゃないから、引っ叩かないといけないんだ。だから、ありがた迷惑なんだよ」

「そう、ですか。なら、仕方ありませんね」

 何度か、かぶりを振るう。

 やりきれない何かを振り切るように、その瞬間だけは偽りではなく。

 しかし、邪なる聖道は、曲がらない。

 

『――親愛なる白鳥よ』

 

「「「ッ!」」」

 黄金の輝きがヴァレリアを満たす。

 三人は玲愛をかばうように立ち塞がり、構える。

 しかし、それを意に介さず、それすら諸共貫こうと、ヴァレリアは創造を完成させようとして、しかしそれは中断された。

 ガラスの割れるような音と共に、アルフレートがその場に帰還したのだ。

「……ナウヨックス卿ですか。首尾は上々のようですね、では」

「いや悪いクリストフ、ちょっと想定外だわ。割とすまん。あれは盲点だった」

「はい?」

 そう言うアルフレートの背後の割れた空間。

 そこから、腕が突き出される。

 鋼鉄の腕が、アルフレートの背中めがけて突き進み、

「ぎゃあーーーーーー!!!???」

「なッ……」

 アルフレートは吹き飛ばされた。

 そして、その腕の持ち主が空間の向こうから這い出てくる。

「…………」

「あいつは……!」

「マキナ卿……!」

 黒騎士、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲンが、その暗い目で周囲を見つめる。

 その肉体に欠けも、鋼の侵食も見当たらない。

「ナウヨックス卿……マキナ卿の抑えに失敗したのですか」

「うん、まあ、なんつーか、やられたわ。僕の『ルフラン・ザ・アンダーワールド』はルフランを逆流させて対象を機械化し制御下に置くものだけど……あいつ元から肉体そのものが機械で戦車だからルフランが効いてねえわ! いやーまさかこんな方法で無効化してくるとはこれは参った! はっはっはっはっはっは! 草しか生えねえ」

「黙れ」

 マキナが厳かに告げる。

 その闘志を怒りで凝縮し、鋼の求道に曇り無く。

「俺の聖戦に水を差すのなら、たとえ死なぬのであろうと永遠に殺し続けてやろう。この場の全てが敵だろうと構いやしない。俺の、邪魔を、するな」

「……やっべ」

 今、戦場は三つ巴の様相を呈していた。

 アルフレートとヴァレリア、蓮とヴァルターとベアトリス、そしてマキナ。

 誰もが、誰もを殺す理由がある、混沌とした場であった。

 意図したところでも意図しないところでも場をかき回す、そんなアルフレートにヴァルターは相変わらずと呆れる他なかった。

「おいアルフレート――」

「しゃーね、全部ぶっ壊しちゃお」

「は?」

 悩み顔のアルフレートが突如覚めた顔でそう呟く。

「わはは、ごめんねヴァルター、積もる話はまた後でしよう! そういうわけで、もうちょっと出し渋るつもりだったんだけど」

 影が揺らめく。

 アルフレートの影が揺らめいて、そこから鋼鉄の異形が顕現する。

 ハルピュイア、グレムリンオーガ、フェネクスライダー、彼がそのように名付けた異形。

 その異形たちが異形同士で食らい合い、一つの鋼の塊と化していく。

 やがてそれは球体の形となり、また影に沈んでいき。

 

制御核(クリッターコア)、接続完了」

 

 そして、何かが。

 地面の中からせり上がってくる何かが地表を揺らしているのを誰もが感じ。

「離れろ!!!」

「え、きゃっ!?」

 唐突にヴァルターがベアトリスと蓮を弾き出す。

 その瞬間、地面を砕き、何かが現れるのが全員に見えた。

「ヴァルターさん!?」

「二人共加速して離脱しろ! こいつは……!」

「ぐっ、先輩!」

「わっ」

 その忠告と頭によぎった危機感のままに二人はその場を離脱する。

 蓮は玲愛を抱え、せり上がる地面のヒビの届かない位置まで後退した。

 そして、それを見た。

「何だ、あれ……」

「ヴェヴェルスブルグ城……いえ、違う!」

 その威容に、ベアトリスは嘗て黄金の獣が動かした死者の城を連想した。

 しかし、違う。

 巨大さにおいては等しくも、それは黒き鋼鉄の巨人であった。

 全身から蒸気を噴き出し、青く瞳を輝かせる、文明の巨人。

 

『ナコト・ファンタスマゴリア、起動』

 

 その巨人の内から、アルフレートの声が響く。

 そして、巨人はかぱりと口を開け、耳鳴りのような音を響かせて、

「――いけない! 藤井くん、ヴァルターさん!」

「ぐッ,ァ!?」

 その音が天井知らずに増大していく。

 聞くものの頭を揺らし、やがて威力を持ち始め、地面を砕き、石畳をめくり、建物を吹き飛ばし、やがて遠くの住人さえもその音を聞き、

 

 

『――■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 そして、蓮は意識を失った。

 

 

 

 

……

 

……

 

…………

 

………………

 

「う……」

「あら、目が覚めた?」

 聞き慣れない声だった。

 痛む頭を堪えて、蓮は目を開ける。

 意識は揺れているが、直前に起こったことは鮮明に記憶していた。

 今、どうなっているのか、皆は無事なのか。

 目を開けると、そこは見慣れた天井だった。

「ボトムレス・ピット……?」

「そういう名前らしいわね、ここ」

「あ……?」

 そこにいたのはヘルメットを被ったライダースーツの女性だった。

 顔は見えないが、口調と声色からして蓮の知り合いのものではない。

「誰だ、お前」

「あら、折角運んであげたのにご挨拶ね」

「あいにくそんな安っぽい恩で擦り寄れるような危機感なしじゃねえんだよ。いいから答え……」

「お、起きたのか蓮」

 蓮の言葉はもう一つの、『とても聞き覚えのある声』に遮られた。

 部屋の向こう側、厨房から見知った顔、聞いた声が蓮の前に出てくる。

「そんだけ元気なら大丈夫そうだな、なあ兄弟?」

「……司狼!?」

「おうよ、司狼お兄さんですよー。留守してて寂しかったかあ蓮ちゃんよ?」

 司狼はニヤニヤしている。

 その対応に目を白黒させつつも、それが現実であると蓮は理解した。

「……無事だったのか、司狼」

「無事とはご挨拶じゃねえか。俺がどうにかなるとでも?」

「いや、ルサルカがお前のことを食ったって」

「ああ、まあ食われたな」

「は?」

「死に際のクソ雑魚状態のババアを逆に食い殺してやったんだよ。聖遺物の乗っ取り、ってやつらしい。まあよく分からんけど。とにかく今の俺はお前とか連中と同じバケモノの仲間入りってわけ、オーケー?」

「いや、お前それ……」

「つか今そんなことどうでもいいじゃん? もっと聞くことあんだろ」

「ああ……」

 司狼は周囲に視線をやる。

 それを追うことで、蓮の頭も徐々に冷えてきた。

 今この部屋に、蓮と司狼とメットの女の三人以外の誰かはいない。

「香純は?」

「知らん。あの神父が捕まえたままだろ」

「先輩は?」

「ここにいるぞ、後で会いに行けよ」

「マリィは……」

「お前の中にいるほうが治りが速いからってよ。健気だねえ」

「ベアトリスとヴァルターは?」

「ねーちゃんの方はここにいる。その辺ちと話長くなるんで後でな」

「じゃあ……」

 そこまで聞いて、ようやく蓮は渋々とメットの女に視線をやった。

「こいつは?」

「……貴方、本当に失礼ね。可愛い顔して直ぐ側にいる女性にそっけないなんて、あれね。さては非モテってやつね。兄さんとは正反対だわ」

「誰が非モテだ。お前の兄さんとかどうでもいいわ。で、お前は何なんだよ」

「私の兄さんはどうでもいいくせに私のことは聞くのね。本当に失礼だわ」

「お前の言動のほうが場違いだって自覚あるか?」

 蓮は話していて頭が痛くなった。

 何せ、会話の節々からこのメットの女の馬鹿っぽさがにじみ出ている。

 端的に言って関わりたくない、合わない的な意味で。

「あんた、とりあえずメット取ったらどうなんだよ、蓮に顔見えてないぜ」

「……あ、そうだった。忘れてたわ」

 おい。

 ナチュラルに馬鹿丸出しの発言に頭を痛めつつ、蓮は女がメットを外すのを見る。

 メットの下から出てきたのは長い黒髪と切れ長の瞳、自身と同年代程度の、まあ美形と言えるであろう整った顔。

 その女はどこか呆れたように視線を合わせてきて――

 

「櫻井螢よ。ほら、これでよろしくしてくれるのかしら、藤井蓮くん?」

 

 

 




生産廃「勝ったな、風呂入ってくる」

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