β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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もう誕生日まで後3日なんだけどうそでしょ??????(ごろごろ
書かなきゃ(大焦り


Last Fragments:光と闇、君と僕、此方と彼方

 死者の城の上にいた。

 黄金ならざる、漆黒の城の上に。

 神ならぬ、しかし神の如き科学の手によって生み出されたイミテーション。

 この世界ならぬ平行すらしない事象の彼方から飛来した技術。

 ナコト・ファンタズマゴリア、狂える世界機械。

「清々しい気分だよ。今この時、この場所に、僕と君がいる。この狂った世界の中で、ただそれだけが、幾万幾億の末に至ったこの世界の先にこそ、真実の安寧がある」

 それは心からの笑顔だった。

 空を仰ぎ、両手を伸ばし、喝采するが如く語りかけるものがいる。

 黒き城の上で、ヴァルターとアルフレートは正に対峙していた。

「君はどう? 親友、我が魂の片割れ。僕と同じ想いを、君も抱いているはずだ」

 ヴァルターはアルフレートのそんな様子を見て、平静に、平坦に、応える。

「生憎と心当たりがない」

「はは、つれないなあ。冗談はもうそこそこでいいんだよ」

 ヴァルターの応えを軽口と切って捨てる。

 そこに、邪なものはない。

 誰かを騙したり、陥れたり、殺したり、そんなときにする歪んだ笑みではなかった。

「帰るんだ。僕たちの魂の故郷に。あの世界からも弾かれた水銀とは違う、僕たちの本当の世界に。そうすれば、この心臓を掻きむしるほどの、致命的にまで狂った世界とのズレを、もう感じなくていい。そのための世界機械だ。そのための、疑似流出。時計人間の欠片なんてものを埋め込まれた僕ができる、この世界への復讐だよ」

 アルフレート・レムナント:カスパール・2。

 アルフレートから分かたれた衝動の一つ。

 反転する裏、真実の願望、狂気の中の祈り。

 水銀の蛇によって飛来する神格に巻き込まれ、眷属となってこの世界へと落ちてしまった、過去ともいえない過去、どこかの世界において別の名を持っていた誰かの願い。

 そして、無論ヴァルターも同様に。

「君はずっとずっと我慢してきた。僕とは違って心を殺すことで世界を守ってきた。誰かを愛することで世界に馴染もうとした。黒の王の欠片を抱いて、それでも尚。僕が一番知っている。誰も知る必要がないこと、僕たちだけが知っている苦しみだ、そうだろう?」

 アルフレートがくしゃりと頭を掻きむしる。

 その顔は徐々に笑みから憎悪のそれへと変わっていった。

「けどダメなんだよ。だめだめだめだめ、何十年、半世紀、何度の回帰を経ようと変わらないんだ。変わってくれないんだ。僕がそうなんだから君だってそうのはずだ。僕だって精一杯楽しもうとしたさ、この世界の土を、空を、星を見ようとしたさ。けどダメなんだ、腐ってるんだよ。この世界は腐ってる、どこにも行き場がない、歯車が噛み合わないんだ、いつだって耳元で、ぎちぎち、ぎちぎちぎちぎち、ぎちぎちぎちぎちチクタクチクタクチクタクチクタク……」

 それは、魂への負荷だった。

 世界単位の帰巣本能、旅先の枕、飲めない真水、口にできない食事、吸えない息、気温は暑すぎて寒すぎて、星の光は目が焼けるようで何も見えない。

 世界をあくまで足場として認識し渡り歩く神格とは違い、どれほど秀でていようと人の魂であった『二人』は、とある別世界の魂だった二人は、この世界において絶えず魂をすり潰されていた。

 ただ、神格が持ってきていた混沌の欠片、月の王と黒の王の欠片を魂にねじ込まれ、無理やり補強されていただけだった。

「1995年は失敗した。きっとこれまでの回帰でも失敗し続けていたんだろう。けど、分かる。時間という概念に耐性を持つ僕は分かる。今この時この瞬間、これは、まだ一度も繰り返してはいない! 僕の悲願が、君の悲願が目の前にある! 僕のナコト・ファンタズマゴリアが、スワスチカを利用して世界に穴をあける!!!」

 純粋な憎悪、純粋な怒り、純粋な歓喜。

 これまで道化として笑ってきた男が絞り出す、今の際の如き叫びだった。

「黄金も、水銀も、神座も、この世界も、知ったことか! 帰るんだ、帰れるんだよ僕たちは! 世界平面さえ抜けてしまえば永劫回帰なんてもの、もう関係ない! メルクリウスだっていちいち僕らを拾い直しにはこないさ!」

「アルフレート」

 ヴァルターは、変わらず静かに切り出した。

 そのあまりの変わらなさに、アルフレートは叫びを止める。

 ヴァルターは変わらない、何も変わらず、そこに怒りはなく、憎悪もなかった。

「悪かった。俺もお前なら大丈夫だと無責任な信頼を置いていたのかもしれない。ここにいるお前は一側面を切り抜いた断片だ。だが断片だろうとそれは真実の叫びなんだろう。そして今この時、お前がここにいるというのなら、それがお前の中で一番強い感情だったのかもな」

「……おい」

「まあ、なんだ。あいにくと俺は鈍くてな。俺が、俺達が何者だったのか。それに気づけたのは、世界各地で水銀の残滓を追っていた頃だ。きっとお前は戦時中から分かってたんだろうな」

「……待てよ」

「俺に心がなかった理由、心臓が苛むものはなんだったのか、これさえなければ、そうさ、何度だって思った。お前と同じだ。俺はお前で、お前は俺だったのかも知れない」

 分かってしまう、その先の言葉を。

 嘗て親友であり、この世界でも親友となった彼らは、魂の双子とも言うべき彼らは。

 しかし、己の片割れが己と違っていることも、見える。

「俺はこの世界で、色々と注ぎ込まれてしまった。だから、もう、帰れない」

「捨てろよそんなものッ!!!!!!」

 アルフレートは激昂し腕を振り被った。

「僕らが消えても世界は進むんだ! どれだけの回帰が先にあろうと、やがてツァラトゥストラが至るべき場に至るさ! ベア子ちゃんは悲しむだろうけど、これっきりさ! 君の母さんだって、君がいなければただ慎まやかに世界の片隅に存在しているだけ! 何の問題もないだろうが!」

「何の問題もない? いいやあるね、あるんだよ。なあアルフレート」

 一瞬、ヴァルターの瞳の中の色が変わる。

 ヴァルターならぬ、彼の魂が、アルフレートならぬ、彼女の魂を見つめて。

「いや、今だけは敢えてこう呼ぼう。アンジェリカ。それはな、正しく俺らをこんなところにつれてきてしまった、神様ってやつの考え方だろう」

「――――」

 瞬間、あらゆる歓喜、怒り、憎悪、その感情の全てが、心のうちで絶望に置き換わった。

 アルフレートは、死を目前にした只人のように、愕然とした顔で硬直する。

「お前は頭がいいからな。けど駄目だ。俺はお前をひっぱたいて、止めることにした」

「……しろっていうんだ」

 やがて、震える口が無理矢理に言葉を紡ぎ始める。

 無垢な少女のごとく、心まで震わせて。

「どうしろっていうんだ! 矮小な人の意志で、どうしようもなく残酷な神の理ってやつに挑めるのなら、僕も君もこんなところにいないんだよ! ヴェルナー!」

「全くもってその通りだ。そんなんだから俺は負け組で、ここにいるんだろう」

 随分と不義理をしてきた、とヴァルターは思う。

 いつだってそうだった。

 迷惑をかけているように見えて、義理を通し世話を焼いているのはアルフレートで、静かにしているように見えて、義理を通さずなすがままにしていたのがヴァルターだった。

 だから、たとえ遅すぎたとしても。

 お節介は、今焼かなければならない。

「けど、やっぱり俺はこう言うよ。意味は、あった。無駄なんかじゃない。この世界は腐っていたのかもしれないが……俺は、あたたかいものを見つけたよ。置いていけない」

「………………………………………………………………そう」

 アルフレートが項垂れる。

 もうどう言っても、何も変わらないことを理解、否、確認して。

 顔を上げた時、その瞳のうちは純粋な善意と殺意に満ちていた。

「じゃあ、しょうがない。やりたくないけど、本当にやりたくないけど、殺して魂を引きずっていこう。君みたいな頑固者には、それくらいがちょうどよかったんだ」

「分かってたことだろ? お互いに、な」

 魂の奥底より、剣を抜き放つ。

 ヴァルターが漆黒の剣を手に取ると、アルフレートも死者の剣を取る。

 拒絶せし黒と、死を喰らう死が、互いに鋒を向けて。

「お前は神に近づき過ぎてる。俺が、引きずり下ろす。それが俺の責任だ」

「神ならぬ尊い君、けれど君は何も分かってない。神ならぬ身では、何もできやしないんだ」

 近づいていく、一歩ずつ。

 その一歩を惜しむように、互いに呼び交わしながら。

 

 

『お前は誰だ?』

 

 ヴァルターが問う。

 お前は神などではなかったはずだ。

 

『どこから来た?』

 

 アルフレートが問う。

 僕たちの故郷はここではない。

 

『今どこにいる?』

 

 ヴァルターが見る。

 数多の感情を切り捨てた魂の断片、お前は決してそれだけではなかった。

 

『行き先は?』

 

 アルフレートが見る。

 それでも、そうだとしても、君は僕の願いに応えてはくれないのだろう?

 

 

 そうして、互いが重ならぬことを、最後に謳い。

 剣の刃が、重なった。

 

 

 

 

「ここが因果の終着点だ。俺達にとっても、奴らにとっても。そうだろう、兄弟」

「訳わかんねえこと、言ってんじゃ、ねえ!」

 戦場が粉砕される。

 死を纏う拳の連撃を、刹那を切り刻み回避する。

 そこは、約束された戦場の中だった。

 自身を知ったように語る敵を前にして、蓮は殺意の中にも苛立ちを隠せなかった。

 その苛立ちは、何よりも目の前にいる男への既知感。

 そして、自身が恐怖を覚えているという事実に対して。

 その恐怖の正体が分からぬことにあった。

「だが、お前は知っている。お前の魂が、俺を覚えている。だからこそ、この戦いが成り立っている。お前はまだ生きている。お前を今生かしているのが、他ならぬ俺達の因果だ」

「薄気味悪い運命論を押し付けてんじゃねえぞ根暗が! 俺とてめえは違う!」

「そう、違う。俺とお前が魂を引き裂き生み出された兄弟であろうと。お前とシェレンベルクが相似した設計図を以て作られた兄弟であろうと。奴とナウヨックスが異なる世界から飛来した何かであろうと。俺も、お前も、奴らも、何もかもが違う。だが、それでいい」

「ぐっ!?」

「異なるからこそ争うのだ。全てが同一であれば、そこにあるのは争いなどではない。ハイドリヒが求める黄金楽土など、所詮奴一人の人形劇だ。賛同者がいようがいるまいが関係はない」

「そこまで言うのなら、何故お前は……!」

「関係ないからだ、分かるだろう。兄弟」

 振るわれる拳は苛烈を極め、極めたと思えば次の瞬間には先を行く。

 互いが互いの限界を破壊し、さらなる高みへ際限無く上昇していく。

 拳が苛烈となるならば、蓮は更に刹那を細かく刻み続ける。

 その果に、何が待っているのかを知ることなく。

「貴様の友とやらがシュライバーに刻まれていようと、ヴァルキュリアが炎の中に沈もうと、シェレンベルクがナウヨックスに叩き潰されていようと」

 すべてを知り、諦観する男は、しかしすべてのうちではない己の執着にのみその目を向ける。

 マキナの拳が、その機械手甲が、呼応するように唸りを上げた。

「今ここにある、この戦いこそが俺のすべて。さあ、楽しめ。楽しめよ兄弟。お前を砕けば、奴らも顔をしかめる程度はしてくれるかもな!」

「ふざけろ……! ああ分かったよ、口で何とでも言おうと、てめえもハイドリヒに迎合するクソッタレの塵屑だ!!!!!!」

 蓮とマキナの攻防はさらに加速し、威力を増していく。

『レン……みんな……』

 時が経つごとに、蓮と同調が深まっていく。

 自身の胸のうちから溢れ出すものを感じながら、マリィは祈る。

『この胸の内のものを、皆へと届けられれば』

 内へと閉じていた己に開いた穴。

 その穴の意味を、はっきりと自覚し出していた。

 開いた穴から、皆を感じる。

 皆が苦しみ、もがき、それでも未来に手を伸ばしているのが分かって。

『私が、護る、抱きしめる、失わせなんかしない』

 そして、祈りが結実するまで、後――

 

 

 

 

『畔放 溝埋 樋放 頻播 串刺 生剥 逆剥 屎戸』

 

『許多ノ罪ト法リ別ケテ 生膚断 死膚断』

 

『白人胡久美トハ国津罪』

 

『己ガ母犯セル罪 己ガ子犯ス罪』

 

『母ト子犯セル罪 子ト母犯セル罪』

 

『畜犯セル罪 昆フ虫ノ災 高津神ノ災』

 

『高津鳥ノ災 蓄仆シ 蠱物セシ罪』

 

『種種ノ罪事ハ天津罪 国津罪』

 

『許許太久ノ罪出デム 此ク出デバ』

 

『創造――此久佐須良比失比氏――罪登云布罪波在良自』

 

「――がぁッ!? ごほ……ッ!」

 天より狂笑が響く。

 地を這いずるものがある。

 自らの流した血の中に膝をついていたヴァルターは、アルフレートの放った呪詛をまともに喰らい仰け反った。

 アルフレートの手にあるのは、彼の本来の聖遺物たる銀時計ではない。

 腐食の毒を撒き散らす、円卓の輝ける象徴ならぬその贋作。

 大剣の姿をした、黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)

「どうしたの? 僕を止めるんだろ? なっちゃいないなあ、なっちゃないよ」

「……つぅッ!」

 剣で肩を叩くアルフレートに、ヴァルターは即座に飛び立ち剣を振るうことで応える。

 黒い衝撃が刃の間に生まれ、しかし拮抗し傾くことはない。

「ヴァルター、ヴァルター、確かに君なら僕を殺せるさ。それは君であり、ツァラトゥストラであり、黄金であり、女神であり……それ以外にもその資格を嘗て持っていたものはいた。僕の『ルフラン・ザ・アンダーワールド』は主役ならぬものを拒絶する。月の王としての、世界を舞台に見立て弄くり回す、世界の脅威者としての権能だ」

 ぎり、と弾ける衝撃の中、僅かに黒円卓の聖槍が押し込む。

 乱雑にそれを振り回すアルフレートの膂力が、ヴァルターのそれを上回りはじめた。

「けど足りないなあ……足りないよ。トバルカインとして覚醒したこの僕の力、何よりこの半世紀を開発に費やした僕の狂える世界機械、ナコト・ファンタズマゴリア! 神域の権能を前に、君は哀れなほど無力だ! 僕を殺す刃があっても、それを突き立てられるかどうかは別の話だろう!」

「……アルフレートッ!」

 剣を押し返し、ヴァルターは再び地に叩きつけられる。

 剣より放った茨も、アルフレートを囲うファンタズマゴリアの腕に阻まれ消え去り、その権能が届くことはない。

「君の創造の能力は自らのうちの黒の王の権能の封印、及び超限定的なフラグメントスケールでの行使……本当呆れたもんだよ。君ってやつは自分を弱体化する創造なんてものを生み出しちゃうんだからさあ。ま、そんなところがらしいんだけど……今や一求道神に近い僕に対して、そんなもので勝てると思ってる? その、三本のトリシューラ……もうすでに一本使ってるから二本かな。攻撃性能のみに限定し神域の威力を保ったとっておきの一本を僕に叩き込めれば、って?」

 アルフレートは左手を掲げると、ファンタズマゴリアの腕も連動し持ち上がる。

 眼下にて尚立ち上がる、あまりに小さい敵に、小さき神がその腕を振り下ろして。

 何度も、何度でも叩きつける。

 機械の巨腕がヴァルターを叩き潰す感触をフィードバックしながら。

 地の下を腐食の呪いで満たしながら。

「無理無理無理無理無駄無駄無駄無駄あっはっはっはっはっはっはっはっは!」

 吹き飛ぶ瓦礫の中、往復する巨腕の中、そこに血を吹き出し衝撃に呑まれなすがまま蹂躙されているヴァルターがいた。

 すでに左腕が潰れ、全身の皮膚が爛れ、抗う力も浮き上がる体には感じさせない。

 もう一度巨腕を振り下ろせば、盾にした左腕が今度こそ完全に吹き飛んだ。

「神ならぬ君よ、神となれなかった君! これが結末だよ! 黒き王たり得ぬ君、君の声は、届かない! 残 念 だ っ た な !」

 叩き潰した、叩き潰した、叩き潰した。

腕を振り下ろし続けた、毒を撒き続けた、あらゆる機構で地上を薙ぎ払った。

 その下にあるものを、自分の行いを、見たくなかったから。

「ははは、はははははは……」

 やがて、喉が枯れ果てたかと思った頃に、アルフレートはゆっくりと動きを止めて。

 地上に降りる、まだ、かたちを保ってるそれに向かって。

「…………」

 生きている、まだ。

 いくら力を抑えていようと、その本質は神域の総体故に。

 ヴァルターは地に伏せながら、もう目も見えず腕も動かず立ち上がることもできなかったが、生きていた。

「もう終わりでいいでしょ」

 アルフレートが黒円卓の聖槍を振り上げる。

 ヴァルターの首目掛けて、慈悲の一撃を見舞うように。

「いいんだよ、もういいんだ。君はもう何もできなくていいんだ。帰ろう、一緒に」

 これで、終わり。

 そして、アルフレートは槍を振り下ろして。

「…………」

 ヴァルターは沈黙したまま、動かず。

 振り下ろされる刃ではなく、遥か彼方、近く遠い戦場の先から、何かを感じていた。

 自身の魂に、熱がこもるのを感じた。

 黄昏の女神が、目覚めたことを。

「――来た」

 瞬間、ヴァルターは瞼を開く。

 半ば塵となっていた黒の剣を、自らの首と振り下ろされる刃の間に挟み込んで。

 起き上がる、断頭の刃を押し返し、ゆっくりと、しかし確実に。

「……! まだ、まだ足りないってのかよ……! 無駄な足掻きが!」

「無駄? 違うな、待ってたんだ。ずっと。俺がお前に勝てないのは分かってたから」

「何を……!?」

 黒の剣が黒円卓の聖槍を弾く。

 望外の力にたたらを踏んだアルフレートは、茨の追撃を受け立ち止まった。

 そして、次の瞬間を許してしまう。

 地面に黒の剣を突き立てたヴァルターが、背後に二枚の刃を顕現させ、そのうちの一枚を、剣が突き立った地面へと向けて。

 

黒銀王冠・宙別つ三叉槍(シェイドウィルド・トリシューラ)

 

 そして、二重に刃が突き立つ。

 隔離された別世界に、黒の権能たる拒絶の刃が振り下ろされて。

 数式領域(クラッキング・フィールド)の地面を、壁を、空間を、黒い茨が支配し亀裂を入れていく。

「お前の領域構築は完璧だったよ。たとえ基幹世界で流出が始まろうとも、それの到達を遅らせるくらいには。だから……俺も、その時が来るまでこの領域を割るための力は温存する必要があった」

「こ、れは……ツァラトゥストラの流出か! 待ってたって、そんな馬鹿な……君がそんな博打を打つはずが!」

「そうだな、全く俺らしくない、他力本願だ。けど、それに賭けないと駄目だってくらい、お前が、完璧だったんだから、仕方ないだろう」

 世界が割れる。

 分かたれていた領域が繋がり、一つになる。

 ヴァルターの一撃は隣り合う数式領域の壁さえ破り、流れ出す法則を伝播させる。

「悪いな。俺、誰かに頼ることを覚えたんだ」

「……ヴァルター!!!」

 アルフレートが我に返った頃には、既にヴァルターは目の前にいた。

 世界の亀裂から流れ出す法則がヴァルターを保護し、アルフレートを停滞させていく。

「……今のお前はトバルカインなんだろ。なら、お前が元々持ってたはずの時間耐性はもうないよな。それは捨てちまったんだから」

「……あ」

 停滞する世界の中、アルフレートは闇に煌めく刃を見た。

 闇の中の己を、闇ですらない黒の中に落とす刃。

 嫌だ、嫌だ、僕は帰りたかった。

 君と一緒に、帰りたかっただけなのに。

 

「……じゃあな。来世で、また会おう」

 

 そして、黒い閃光が疾走って。

 漆黒の刃と、茨の爪に引き裂かれ、アルフレートの肉体は四散し、霧散した。

 




ヴェルナー・ハイゼンベルグ:ヴァルターの魂の名前

アンジェリカ・ノーベル:アルフレートの魂の名前、♀

水銀もといアザトースがスチパン世界から神座世界に飛来した際に巻き込まれた哀れな被害者共。
数年前の我ながらひっどい設定だ……

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