夢が現実だった日 番外編   作:カオティック・ロウ
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お兄ちゃん頑張る 本編

「お兄ちゃん。今日も悪い奴をやっつけたの?」

「ああ、なんたってヒーローだからな」

「私もヒーローになれるかなぁ」

「なれるさ。一生懸命リハビリを頑張っているじゃないか」

「うん!」

「まあ、お兄ちゃんはもっと平和な職に就いて欲しいけどね」

「嫌だっ だって、私……生まれた意味がわからなくなっちゃうもん。ミスタ-・ウィルスが、ようやく私に生きる術と意味を与えてくれたんだ。だから……っ」

 

 握った鉄の柵が歪む。

 

「ルイ。落ち着いて」

「あ、うん。ごめんね、エイルお兄ちゃん」

「正義ってのは、難しいことだよ。物語のようには行かない。世界には、本当には悪なんてないんだ。正義もね」

「いいえ。悪も正義もあるわ」

 

 その言葉に、困ったように笑う。

 

「私を救ったミスター・ウィルスが悪であるなら、私はそれを救う正義になりたい」

 

 僕は、目を見開いてルイを見た。

 

「お兄ちゃんは、確かに悪い人をやっつけている。拉致、監禁、洗脳、改造……。それは、正義なんかじゃなくて悪って言うんだよ」

「ル、ルイ……。そんなことを言っちゃいけない。ミスター・ウィルスは怖い人だ」

「そしてあらゆる欲望を許容する人だわ。私の欲望も、ちゃんと受け入れてくれるわよ」

 

 コロコロとルイは笑う。

 

「お兄ちゃん。貴方が私をミスター・ウィルスに預けたように。いずれ、私がお兄ちゃんをミスター・ウィルスから取り戻しに行くわ。その為に私、頑張る」

「ルイ……。ルイが生きる希望を持ってくれるなら、僕は何でもいい」

 

 ルイは強い子だ。生まれつき力のコントロールをすることができず、幼い頃から自分が動かぬように律し続けなければならなかった子。

 ミスター・ウィルスの抑制剤を投与する間だけ、ルイは普通の女の子になれる。

 小さな平和を守る為なら、誰に恨まれようと構わない。

 そう、誓った。

 

 シャドウ・レッドの朝は早い。

 彼の出社は日が昇るずっと前から始まる。

 栄養剤を栄養ドリンクで飲み干し、目を覚ます為の熱いシャワーを浴び、身支度を調える。

 顔を隠す衣装は絶対に外せない。

 目覚ましが鳴ったのを止めて、訓練所へと移動する。

 

 広大な地下訓練所で、早くも訓練をしている人々がいる。

 メリッサだ。

 メリッサは地面に体をこすりつけた。

 走り込みをしながら数える。これで百回目の飛行失敗。

 

「メリッサ。その辺にしておけ。大体、本当に飛べるかどうかもわからない」

「天然物の魔女にはわからないでしょうね。暴れ馬に乗るこの気持ちが。危険だし、怖いし、大変だけど、凄く楽しいの。いいえ、断るわ。それに、信じて行動しなければ、可能性は完全に0よ」

 

 鷹のような翼のメリッサは、立ち上がっては特設された高台に向かう。

 百一回目の飛行。失敗。

 

「もっと、もっとよ。高く! 早く! 強く! お願いよ!」

 

 メリッサは土を掻く。

 メリッサのようなものは珍しくない。そのような者を勧誘している。

 今更止める権利も有りはしない。

 僕にできるのは、効率的なダイエットに協力することくらいだ。

 走り込みの後は、戦闘訓練。今日は皆、調子が悪いようだった。俺も少し調子が悪い。

 約二時間ほどの訓練を終えて、台所に走る。

 メリッサ達の教育は僕達の仕事だ。

 訓練をしているあいだ、それぞれに合わせた食事を僕達が作る。

 

「おっそーい! レッド! その野菜切って!」

「ピンク! 肉が足りない!」

「ちょっと倉庫から取ってきて、ブルー!」

「わかった!」

「あと30分でミスター・ウィルスが出社するぞ」

「「「「わかってる!! つまみ食い禁止!」」」」

 

 それぞれの放った武器が怪物達を牽制する。

 

「ほらほらぁ! 喧嘩しないで食べるのよ! 後絶対自分の分間違えないように!」

 

 ジャバジャバと薬品を料理に掛けている。

 

「ああ……人間の料理が家畜の餌に……」

 

 怪物達は肩を落とす。彼らが真面な食事を取れるのは一週間に一度の休息日だけだ。

 

「じゃあ、私達は警護に行くから!」

 

 バタバタとシャドウチームは走る。

 ミシェルが裏切っていらい、シャドウチームは非常に忙しい。

 任せていた表の仕事が裏の人員まで回ってきたからだ。

 夜間警備の仕事のダーク・チームと交代。社長が食事の間、申し送り事項をすませる。

 天井裏で警護をしつつ、裏で必至に仕事を処理する。

 警護中にあるまじき事だが、ミスター・ウィルスからは許可が出ている。

 途中、一般人の会などから襲撃があるので、それを返り討ちにしてラボ送りにする。

 社長は気まぐれに様々なことを聞いてくる。

 

「ウィルス・レッド。先ほどの襲撃者のデータを出してくれ」

「こちらです」

 

 三十分前に現れた敵の詳細を調べ上げておけというのは、まだ簡単な方。

 社長は敵が多いくせに精力的に動くので、護衛も非常に忙しい。

 そんな中、唯一の楽しみは昼休みである。

 昼休みは、ロシアンルーレットで選ばれてしまった者以外は休憩が取れる素晴らしい時間である。

 しかも、社長は映画を見ながらフルコースを取るので、睡眠すら取れる、至福の時だ。

 

「シャドウ・レッド」

 

 他の四人がガッツポーズを取る。本日の生け贄は僕か。三日連続だ……。

 今日は睡眠を取りたかったのだが。

 

「今日は食事は軽く済ませよう。飲むゼリーを用意してくれ。その代わり研究所の視察を……」

「いやいやいやいや! お昼は大事です! 今日はシェフが腕によりを掛けて作ったフルコースで……! あっ映画も公開前の物を特別に融通して頂いて」

「いつものことじゃないか。……怪しいな」

「いえっ そんなことはっ!? ただ、お昼休みは取った方が良いというか……! 取りたいというか……」

「今から視察に行く。ダーク・チームも呼ぶ」

「かしこまりました……」

 

 天井裏では阿鼻叫喚だ。

 睡眠時間がトイレが発売日の本が、と大騒ぎ。トイレは時間稼ぐから今行ってこい。

 映画を見ながら社長の質問に答え続けるのも辛いが、全員休めず視察も辛い。

 何せ、天井裏伝いに移動してずっと視界に入らないように行動するのは凄く大変なのだ。

 

 だが、ミスター・ウィルスがこの社の法律。いや、自然法則。つまり、絶対に逆らえない。

 俺達は肩を落として、研究室に視察へと向かった。

 

 適当な研究室に入ると、俺は目を見開いた。

 部屋は書類などが箱に入れてあり、閑散としたところで女性が「俺」にのし掛かられていたからだ。

 

「ミスター・ウィルス……っ どうしてここへ……!?」

「ふふふ、だって今日は君の誕生日じゃないか……」

「ああっ ミスター・ウィルス! 覚えていて下さったのですね! 嬉しい!」

「さあ、可愛いレディ。君の素晴らしい研究内容を今ここで発表するんだ……」

「は、はい……っ 私の研究、全て見せちゃいますっ」

 

 

 

 

「スパイ用マスクだな」

 

 俺は隠れて小声で告げる。

 ヒーローチームに緊張が走る。あれほどまでに密接した研究者を助けるのは容易ではない。

 

「俺が隙を作る」

「社長!」

 

「随分とモテているじゃあないか、俺! 成果を分けてくれないかな!?」

「社長!」

「社長!」

 

 研究者の女性は、思いっきり「俺」を突き飛ばして、体裁を整える。

 

「あ、あの。社長。これは違うんです」

「そうなんです、社長」

 

 そう良いながら、犯人は自らマスクを剥ぐ。

 

「君は、日本支部長!?」

「本物か!?」

「間違いありません」

 

 ハイヒールの音を鳴らして、現れたのはミシェルだった。

 ミシェルは、優雅に礼をする。

 

「お久しぶりです、社長」

「ミシェル……!?」

「最後の役目を果たしに参りました。その研究者達を……殺します」

「何故だ、ミシェル! これは一体なんの研究だと言うんだ!」

「トランスジェンダー薬……略して、TS薬。それが日本支部の資金の五分の一を消費して創りだしたこの薬の……名前です。これの完成を防ぐ為に、私は来ました」

 

「何だと? まさか……」

 

 僕は息をのむ。犯人はたじろぎ、ミシェルは、何も言わずに頷く。

 

「なんて事を考えるんだ……」

 

 僕達と社長の声が唱和する。

 

「自分が何をしようとしているのか、わかっているのか!?」

「なんて素晴らしいんだ!」

 

 声が重なる。え!?

 

「わかってくれましたか、社長!」

「うむ、素晴らしい発明だ。こんな素晴らしい発明を闇に葬ろうとは、一般人の会許すまじ!」

「ちょっと待ちなさい!? 貴方の為にやっているのよ!」

「逃げるんだ、君達! ミシェルは俺達が止める! ゆけ! シャドウ&ダーク!」

「ちょっと待て!」

「なんて恐ろしい奴だ」

「しかし社長の命令が!」

「社長の命令だから仕方ないわ!」

「いや、私達はヒーローだ。だから……わかって貰えなくても、社長を守る!」

 

 そうして、仲間割れをしながら社長の命令に逆らい、日本支部長を捉えた。ついでに社長も縛る。

 

「な、何故逆らう? シャドウ・レッド!」

「社長の為です」

「そうだ! 世界の半分を女にして自分一人だけ男としてハーレムを築こうなんて絶対やっちゃ駄目だ!」

「そんな風に見てたのかね!? 俺はただ、迷える人々の為になると……! 妄想の幅も増えると思ったけど!」

「ふふふ、もう遅い! 社の水道にTS薬を混ぜておいた。もうそろそろ効くはずだ。そう、社長は女になるのだ。そうして私とラブチュッチュするのだぁ! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」 

 

 そうして、縄を引き破る日本支部長。

 

「なんて事するんだ貴様!?」

 

 僕は絶叫した。突如としてぶるんと音がして、僕の胸部装甲ははじけ飛んでいた。

 今度こそ、ヒーローの心は一つになり、その日一つの悪が滅びたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見たかったなぁ。お兄ちゃんの女の子姿」

「勘弁してくれ……」

 

 あの後。阿鼻叫喚となった研究所で解除薬を創りだし、汚染された水を全て回収した。

 その頃には夜になり、予定はめちゃくちゃ。

 お昼ご飯はもちろんお流れとなり、夜は栄養剤を飲んで、適当に出前を取って配った。

 怪人達は久々に人間の食事が取れると大喜びだ。

 そして、どうにか戻って妹の元へ。

 この後はお風呂に入って睡眠だ。

 もう、三時を過ぎている。

 疲れ切って、夢も見ずに寝た。明日からまたいつも通りの仕事が始まる。

 

 

 

 

 

   

 翌日。

 

「把握しない研究があったという事で、今研究内容と職場の状況を洗い直してみたんだが……お前達いつ寝てるんだ? 休憩時間と休暇を設定したから、従うように。後、TS薬が高額で売れたぞ。この際、一年に一度TSdayを創って全員性転換するか?」

 

 その後、あっけらかんとした言葉と、誇らしげにぶるんと揺れる社長の胸、扇情的な服に、何故かわき上がる殴りかかる衝動を抑える僕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  






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