後でもう1話あげます
結局のところ、今までは中途半端だったのだ。
ゆらゆら揺られながら、私はそう思った。
こんなことではだめだ。もっと自分を律しなければ。
そう言い聞かせた。
今まではちょっと楽しすぎた。
いやだいぶ、いやかなり、いや凄く楽しすぎた。
ホグワーツで、ただのハリエットとして生きることはあまりにも楽しかった。
私は前世の生活の記憶はないけど、一般的な生活のイメージはちゃんとある。そのせいで、ダーズリー家での扱いの酷さがはっきりわかってしまうし、ここでの楽しさもひとしおだ。
(というかこんな環境で自分を律することができる精神を持っているなら最初からあんな失敗はしないと思うんですけど)
城の中を運ばれていく私の目に、華やぐホグワーツが映る。
雪で真っ白になった中庭には、そこかしこに飾り付けがしてあり、何人かの生徒たちが雪玉を飛ばし合って遊んでいる。もちろん、魔法でだ。
クリスマスパーティにもすごく期待してる。例年ご馳走もすごいとの噂だ。きっとケーキや、お菓子なんかもたくさんあるだろう。
生徒たちも、先生たちも浮かれてきて、全体的に城の中が賑やかになってきた。
私は元日本人(多分)だけど、クリスマスの雰囲気は好きだ。恋人はいたか知らないけど。
今世では良い思い出はまったくない分、今年のクリスマスを迎えるのがとても楽しみ。
「ジングル・ベル」の鼻歌なんか歌ってしまう。
ふんふんふん、ふんふんふん、ふんふんふん、ふふん……
――はっ!
いかん、また雰囲気に流されて楽しい生活を送ってしまった。
むむむ。
滝行でもしたほうが良いかしらん。
でも今の状況を考えると、クリスマスソングを歌うというのは割と役割に合っているような気もする。
大広間に運び込まれていく。
広間はすばらしい眺めだった。ヒイラギやヤドリギが綱のように編まれて壁に飾られているし、クリスマスツリーは十二本もそびえ立っていた。小さなツララでキラキラ光るツリーもあれば、何百というろうそくで輝いているツリーもある。
マクゴナガル先生とフリットウィック先生が忙しく飾りつけを続けている。
マクゴナガル先生が気づいた。
「あぁ、ハグリッド、最後の樅の木ね――あそこの角に置いてちょうだい。おや、何か毛玉のようなものがついていますよ」
「そうですかい?」
「ええ、ほら、ここに……」
私なんだよなあ。
マクゴナガル先生とばっちり目が合った。
「………」
「………」
無言の空間があった。
見たことない顔しておられる。
「……ミス・ポッター、何をしているのですか」
「地下牢から出た所で攫われました。先生、申し訳ないのですが、解いていただけませんか。髪が知恵の輪状態で」
「……エマンシパレ(解け)」
ものすごく何かを言いたそうな顔をされたけど、飲み込んだのか杖を振って髪を解いてくれた。ついでに自動で梳かしてくれるおまけつきだった。流石です。
「こりゃおったまげた、まさか生徒が引っ付いてたとは。悪かったな、嬢ちゃん」
「ハグリッド、彼女がミス・ハリエット・ポッターですよ。ミス・ポッターは……」
「会うのは初めてです」
先生は頷いて続けた。
「彼はルビウス・ハグリッド。ホグワーツの森の番人です」
「オーッ! お前さんがハリーか!」
吠えるような声で、ハグリッドが言った。
「最後にお前さんを見た時にゃ、まだほんの赤ん坊だったなあ。母さんにそっくりだ。特に目は瓜二つだ。でも髪は……父さんだな」
「えへ、みんなそう言ってくれるよ」
最近は両親に似てるって言われるのが嬉しくなってきた私である。
ハグリッドが差し出す大きい手を握って、ブンブン振られる。大振りすぎて身体が持って行かれた。
「もっと早く会いたかったもんだ……そうだ、ハリー、この後は授業か?」
「いや、今日はもう無いよ」
「じゃあちぃーとお茶でもせんか? 俺の小屋へおいで」
校庭の方指さすハグリッドの言葉に、少し考える。
「じゃあ、うん、ご招待に預かります」
「なんでそんなへりくだっとるんだ?」
打算というか、計算を挟む後ろめたさがありまして。
ハグリッドに伴って城の玄関へ歩く。
ここだけの話、私とハグリッドの間には実に2メートル以上の身長差がある。屈んでもらわなきゃ顔が見えないし、単純に話すのも大変だ。
ひとつ思うんだけど、私ハグリッドの小屋の家具は使えるのかな?
椅子に登れるかわからないぞ。
そんなしてもしょうがない心配をしながら歩いていたら、前から妙に息を切らしたスネイプ先生が早足で歩いてきた。
なんか最近、結構な頻度でスネイプ先生に遭遇する。先回りされているのかもと思うほどだ。
先生はハグリッドを見て、その後隣の私に気付いてピタリと止まった。
「ポッ、ポッター、なにか、攫われた、とか聞いたが」
「え? あ、はい、ハグリッドの樅の木に絡まって、攫われました」
「……………………」
黙ってしまった。相変わらずの無表情だけど、なんだか今はいつにも増して怖い。
「……ミス・ポッター」
「はい」
「紛らわしい噂で教師を惑わせた罰で5点減点」
「!?」
そう言ってスネイプ先生は来た時のさらに倍の速度で去って行った。
この間僅か30秒。
ぽかん、とした私とハグリッドがその場に残された。
「お前さん、スネイプ先生に嫌われとるのか?」
「そうでもないと思ってたけど、そうなのかも」
雪を踏み踏み、校庭を横切って行く。
ハグリッドの小屋は、禁じられた森の端にあった。
小屋に入ると、やっぱり何もかものサイズが大きい。椅子には座れたけど、当然足はつかないし、ほとんど首から上までしか机から出なかった。
まあ、そんな状態でもさっきより話しやすいのは確かだ。
大きなヤカンから、これまた大きなティーポットにお湯を注いで紅茶を淹れてもらった。マグカップも巨大だったけど、お茶はおいしい。
ロックケーキを勧められたけど、文字通り歯が立ちそうになかったので、遠慮した。
いろいろな話をした。
学校に来てからの4ヶ月間のこと、授業や、できた友人や、失敗したこと。
言葉は乱暴なところもあるけど、ハグリッドは表情豊かで聞き上手だった。私が喋りたがりなだけかもしれないけど。
ついでに入学前の話まで少ししてしまった。
スネイプ先生とダイアゴン横丁に行ったことや、ダーズリー家の愚痴などだ。
それを話すと、ハグリッドはウーンと唸った。
「お前さんは覚えとらんだろうが、赤ん坊のおまえさんをあの家へ連れてったのは俺なんだ」
「うん、そうらしいね」
「だがまさかそんな家だったとはなあ。俺の見た中でも最悪の、極めつきの大マグルの家で育てられるなんて、おまえさんも不運だったなあ」
「……まあ、運が良くはないよねえ」
ほんとに、唯一の親戚があれとは、運がない。
ハグリッドはお茶を飲み終えて、ヤカンに水を入れて暖炉の火にかけた。
「手紙のときもな、本当は俺が迎えに行きたかったんだが、なんだ、ちょっくら用事があってなあ。スネイプ先生に取られちまった。まあ、そんときは先生しか空いとらんかったんだが」
「そうだったんだぁ……」
丁度いい高さにあるので、顎を机に乗せてハグリッドの言葉を聞いていた。
先生が自分から言い出したとは思ってなかったけど、そういう理由があったのか。
暖炉の火はパチパチと勢いよく燃えて、暖かくて少しだけ眠たくなってきた。
じんわりとした温もりに包まれた気分になって、ふと言葉か口から零れた。
「スネイプ先生が嫌だったわけじゃないけど、ハグリッドにもっと早く会えてたら良かったな。悩みとか、相談できたかもしれないのに」
「? お前さん、何か悩んどるのか?」
「んー、まあ、ちょっとだけ」
「話しちまったらどうだ。話しちまえば楽になることもある。俺も退学になったばっかのときは……いや、何でもねえ」
話の後半は聞かなかったことにしておこう。
話せば楽になる、か。
そうだなあ、何かに置き換えて話せば大丈夫かな。
「例えばさ、ハグリッド。ドラゴンとアクロマンチュラだったらどっちの方が欲しい?」
「そりゃドラゴンだったが」
即答だった。
……なんか違うな。
「えと、どっちもおんなじくらい欲しかったら?」
「そうさなあ、それでもドラゴンだったろうなあ。なんせ子供の頃からの夢だったからな。……悩みってのはそれか? アクロマンチュラ1匹くらいなら俺が」
「いや待って待って待って」
勢い込んで話し始めるハグリッドを両手を挙げて制止する。
んー。駄目だ。
なんとなく知ってたけど、私例える才能ない。
「えっとね、ごめん。今の話は一旦なかったことにしてもらって」
「そうか……」
残念そうなハグリッドをよそに、どうしたら現状をオブラートに包めるか考える。
「つまり、悩んでるのは、ふたつのやりたいことがあったときに、どっちを選んだらいいかなってこと」
「そういう意味か……フーム、どっちともお前さんのやりたいことなのか?」
「うん、まあ、そんな感じ」
答えながら、なんってぼんやりした悩み相談だ、と思った。あまりに抽象的すぎる。
真面目に考えてくれているハグリッドに申し訳ない。
でも、私がやっぱり大丈夫、と声をかける前にもう、ハグリッドは答えていた。
「それも結局、さっきと変わりあるめえ」
「やっぱり……どういうこと?」
「俺はドラゴンのほうが欲しかった。おまえさんも、やりたい方をやりゃあいい」
「それは、そうかもしれなけどさ」
それがぱっと決められればこんなに苦労はしてない。
楽しいほう、楽なほう、幸せなほう、なら考えるまでもない。
だけど、そのために多数の人間を危険に晒すのは私が望むことではない。
そうすると、私が本当に望んでいるのは「ハリー」として生きていくことなのかもしれない。
でも、それでは救えない人物もいる。
全員を救うのが一番いいんだろうけど、私にできるかと聞かれれば、自信がない。
結局私はまだ、わからない。私がどう生きたいのか。
明日はクリスマスで、ダンブルドア先生から透明マントが届くだろう。
先生はきっと、それを使ってみぞの鏡の仕組みを知ってほしいと思っている。
みぞの鏡。
心の奥の、本当の望みを映す鏡。
私が見れば、きっと、本当に私がしたいことが映るんだろう。
そこに「ハリー・ポッター」に成りきって生きている私の姿が映るかもしれないと思うと、とても見に行く気にはなれないのだった。
ハグリッドが心配そうなひげもじゃの顔を近づけてきた。
「ハリー? 大丈夫か?」
「……大丈夫。悩みを聞いてくれてありがとう、ハグリッド」
「よくわからんかったが……力になれたか?」
「うん。お礼に私もハグリッドの悩みを解決してあげる」
「な、なんのこった?」
暖炉を指さした。
炎の真ん中、ヤカンの下に黒く大きな卵があった。
「ドラゴン。友達のお兄さんがルーマニアで研究してるから、引き取ってもらおうね」
「そ、そんな……なぜバレた」
「むしろなんで気づかれないと思ったのさ……」
透明マントの出番はありそうだった。