クリスマスの朝、目を覚ますと足元にたくさんのプレゼントがあって、幸せな気分になった。
今までで一番のクリスマスプレゼントは硬貨3枚だったから、大幅更新と言える。
内訳は、大半がお菓子とか甘いものだったけど、ヘアーブラシが3本も来ていたあたり、私の髪はまだまだ徹底抗戦の構えのようだ。
でもお菓子は見たことのない魔法界のお菓子の目白押しだった。ドルーブル風船ガム、歯みがき糸楊枝型ミント、黒胡椒キャンディ、ブルブル・マウス、ヒキガエル型ペパーミント、綿飴羽根ペン、爆発ボンボン――。
むむむ。
決めました。今日から3食お菓子にします。
パーバティも新学期まで帰って来ないし、鬼の居ぬ間に何とやらだ。
太らないかだけが少し心配だけど、まあいっか。年齢的には成長期だし、横じゃなくて縦に大きくなってくれるでしょう。
するよね、成長……?
ハグリッドのドラゴンは、ロンが学校に残っていてくれたのでとんとん拍子に話は進み、年末にチャーリーが来てくれて引き渡すことができた。
ハグリッドは泣いていたけど、普通に違法だから是非もないね。
人が少なかったこともあって見つかるようなへまもせず、減点も罰則もなく首尾よく終わった。
1年生は大体みんな帰省してしまっていたので、休暇のその後も主にロンと過ごした。
誘われて魔法使いのチェスもやってみたけど……結果はお察しで。
休みが明けてから、帰ってきたパーバティに当然のように叱られた。残当。
すぐにクィディッチのハッフルパフ戦があって、スネイプ先生が審判をしていた。でもブラッジャーが暴れるような事態は起こらず、いたって平和な試合観戦ができた。
しかし、平和な時間は長く続かないものだ。私はそれを魔法薬学の時間に気付いた。
明らかに宿題が増えている。
この時期から既にもう、先生方は学年末試験に向けて準備を初めていた。
イースター休暇の前には、全ての教師から、これでもかというほど宿題がどっさり出た。
レポートは苦手だ。私は図書館に駆け込んだ。
「つらいです」
「あなたって、書き物系と暗記系は本当に苦手ね」
「素直に実技しか取り柄が無いって言っていいんですよ……」
「実技が得意なのは良いことでしょ。ほら、頑張る」
「うう、助けてハーえもん」
「なに、ハー……?」
この世界にもドラえもんはあるのだろうか。
いつかはこの世界の日本にも行ってみたいなあ。
「ところでハリー、あなた、スネイプ先生になにかした?」
羊皮紙から目を離して、ハーマイオニーが尋ねた。
ハーマイオニーにしては珍しく、すごく漠然とした質問だ。
「なにかって」
「だってここ最近、急にすごく関わるようになったじゃない」
「あーうん、ドラコにも言われた」
ここのところ、よく授業後とかに荷物持ちや研究室の整理を頼まれる。
今までそんなことを生徒に頼んだことがないらしく、噂になっているようだ。
多分、護衛をしてくれているんだと私はわかっているけど、他の生徒からすれば異常だろう。
「ウィーズリー家の双子がロリコン疑惑を広めて罰則を受けたらしいわね」
「重めのね」
ほんとに、あの二人は怖いもの知らずにもほどがある。
「まあドラコにも言ったけど、今年一杯で終わると思うから、見ない振りしといて」
「そう、それならいいけど……ハリー、本当に何もないの? 私といる時も異常なくらいスネイプ先生と会うでしょう? 私はね、先生があなたを護っているように見えるの」
相変わらず鋭い。
賢者の石のことも、ヴォルデモートのことも何も知らないはずなのに。
「ありがと、ハーマイオニー。今は大丈夫」
「……それならいいけど。何かあったら言うのよ? 絶対よ?」
「うん……なんかハーマイオニーまでお姉ちゃんになってきたね」
本当に今は大丈夫だ。
ことが起こるのは、学年末試験の最終日。
私の本当の試練のときだ。
そう思っていた。
イースター頃から傷痕が痛みだしたのも、こんな早くからだったのか、としか思わなかった。
ハグリッドがドラゴンを受け取ったのが早かった時点で、考えるべきだったかもしれない。
いつもと変わらない夕食。
何気なく、癖で教員テーブルを見た。大体の先生方がいる。スネイプ先生もいる。クィレルと、ダンブルドア先生はいない。
人選がちょっと引っかかったけど、まあ時間がずれて居なかったことはこれまでにも何回かあったし、特に気にしなかった。
いつものように、1年生で固まって食べた。メインが終わって、そろそろデザート(別腹)に行きますか、と思った、そのとき。
バターンと広間の戸が大きな音を立てて開き、クィレルが全速力で部屋にかけこんで来た。ターバンはゆがみ、顔は恐怖で引きつっている。
みんながぎょっと見る中、叫んだ。
「トロールが5体、地下室に! ……お知らせしなくてはと思って」
クィレルその場でバッタリ倒れ、気を失った。
多くね?
という感想を抱いたのは、私だけかもしれない。
広間はパニックになった。
マクゴナガル先生が杖から緑の爆発を何度かさせて、ようやく静かになった。
先生は喉に杖を当て、広間に居ない生徒にも聞こえるように声を響かせた。
「監督生はすぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に帰るように。広間に居ない生徒も全員、寮に戻りなさい。先生方は地下室へ。トロールと言えども5体もいれば油断はなりません」
パーシーが水を得た魚のように引率を開始するのを尻目に、私は教員席を見た。慌ただしく皆立ち上がっているけど、ダンブルドア先生は、いない。
私は足早に通り過ぎようとするマクゴナガル先生に尋ねた。
「先生! ダンブルドア先生は」
「ポッター、今は……」
「お願いします」
一旦は通り過ぎようとした先生だったけど、見上げる視線に折れてくれたようだ。
「魔法省から緊急のふくろう便が来て、すぐにロンドンに飛び発たれました。もう良いですか? 私も地下に向かわねば」
「はい、ありがとう――」
ございます、と言い終わる前には風のように去って行ってしまった。
考える。
考えるのは苦手だけど、考えなきゃ。
これって、罠だよね。原作で試験最終日に起きた、偽の魔法省の手紙。一年に何回も校長が出向くレベルの緊急事態が起きることはないだろうし、計画を前倒しにしてきたのか。
でも同時にハロウィンの振り替えでもある。しかも何かトロール多い。
かなりの本気度が窺える。
や、でも大丈夫だろう。
地上や地下でどんなに周到な用意をしても、賢者の石は絶対に安全だ。
例えダンブルドア先生がいなくても、みぞの鏡の仕組みが解かれない限り――。
引っ掛かりを覚えた。
みぞの鏡の、仕組み。
ハリーにそれを知らせることで、ヴォルデモートと賢者の石を賭けて対決させる権利を与える、というのがダンブルドア先生の思惑だったはず。よくわからんけど。
でも私は、結局みぞの鏡を見に行っていない。
もし、原作の通りなら、まだみぞの鏡は城のどこかの部屋にある。
なら、賢者の石は?
鏡の中に既に入っているなら、鏡がその辺に放置されてようと誰かの姿見に使われてようとどうでも良い。
もし、まだ鏡の中に入っていなかったら。仕掛け扉の最奥に置いてあったら。
簡単に盗られてしまうんじゃないか?
いや、それよりも。
これはハロウィンの振り替えだ。
原作ハロウィンと同じなら、スネイプ先生が止めに行くはずだ。
一人で。
ところどころに本気が見える以上、クィレルだけじゃなく、ヴォルデモートも力を使うことを躊躇わないかもしれない。
先生は原作でも足を怪我している。
賢者の石自体は、ダンブルドア先生のことだ。こう、何かうまくやって取られないようになってるかもしれない。
でもそれでも、スネイプ先生はクィレルを止めに4階に向かうだろう。
危ない。
スネイプ先生が。
「……リー! ハリー!」
パーバティが肩を揺すっていた。
「もう皆行っちゃうわよ! しっかりして!」
周りを見ると生徒が順に避難を始めていた。
先生はみんなもういない。スネイプ先生も、倒れていたはずのクィレルも、いない。
「パーバティ。悪いんだけど、先生たちに石のところに行きますって伝えて」
「えっ、は、ハリー!?」
「トロールがうろついてるかもしれないから、透明マントを使って。カバンの中にある」
「あなたは!?」
「行かないと。ううん、私が行きたい」
「ハリー!」
「ごめんね」
目くらまし術を使って透明になる。
ほんとにごめん。でもみんな優しいから、絶対付いてくる。
それはダメだ。
私一人で大丈夫かはわからない。
恐怖もある。
無謀かもしれない。
でも、私は、死んでほしくはない。
誰にもなんて大きなことは言えないけど。
私が知る、私が好きな人には生きていてほしい。
それが私の本当の望みだ。
本物のハリーとは全然違う形だけど、私も闘いに向かっていく。