私ハリーはこの世界を知っている   作:nofloor

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第11話 仕掛け扉の先と私の闘い

 走る。

 廊下を走り、階段を駆け上がり、4階の廊下を目指す。

 

 走りながら気づいたけど、地下室への階段は完全に城の逆方向だ。

 クィレルがわざわざトロールを地下室まで持って行ったのはそれが理由か。

 

 走っているうちに目くらまし術は解けてしまった。

 まだまだ精度が足りてないけど、今は気にしない。

 

 これからのことを考える。

 先生たちの張った罠を突破する方法はずっと考えてあった。予想より早く実践することになったけど!

 

 

 4階までの階段を昇りきった。

 扉が半分開いている。やはり、誰かが……クィレルは少なくともここを通っている。

 

 躊躇ってる暇はない。一気にドアの中へ身体を滑り込ませた。

 

 

 天井まで届く3つの頭と、黄ばんだ6つの眼が飛び込んだ私を見た。思っていたよりも大きくて、一瞬立ち止まってしまった。

 低い低い唸り声が、3つの口からパノラマで聞こえる。

 

「っ……!」

 

 右の頭の口元から血が滴っている。床にも血が点々と、仕掛け扉に続いている。

 そして扉には、黒いローブの切れ端が挟まっていた。

 

「っエイビス!(鳥よ)」

 

 杖から小鳥が立て続けに5羽飛び出し、部屋を飛び回り歌い出す。

 目論見通り、三頭犬はたちまちとろんと微睡みだした。ちょっろ!

 

 魔力も大して込めてないから、小鳥はすぐに消えてしまうだろう。問題ない、すぐこの部屋からは居なくなる。

 仕掛け扉を引っ張って開けようとして、重くて無理だったので魔法で開けた。

 

 底は見えない。真っ暗だ。

 深呼吸。

 

「よし、いくぞっ!」

 

 飛び降りる。

 同時に下に向けて呪文を唱えた。

 

「ルーモス・ソレム! 太陽の光よ!」

 

 太陽の光が杖から飛び出し、蠢く悪魔の罠を照らす。その熱と光が植物を一斉に後退させた。

 潮が引くように空いた穴に突っ込み、突破! でもこのままじゃ床に激突する。

 立て続けに、落ちる先の床へ向かって叫ぶ。

 

「スポンジファイ!(衰えよ)」

 

 石の地面が柔らかく変わる。

 お尻から落ちたけど、うまく衝撃は吸収されてぼよんと跳ね上げられる。何度かぽよんぽよんしてから止まった。

 呪文を解いて硬く戻った石の床で立ち上がって、一本道を走り出す。

 ルーモスの光がついてきて、行く先を照らしてくれた。

 

 道を抜けると広いアーチ状の部屋に出た。天井は高く、無数の鍵が空を飛んでいる。

 光を天井近くまで上げて、部屋を昼間のように照らす。そうして目を凝らしても飛んでいる鍵の判別は難しい

 箒も置いてあるけど、私には関係なかった。

 よし。

 杖を挙げて叫ぶ。

 

「イモビラス!(動くな)」

 

 魔力が部屋中に広がって行き、それに触れた鍵たちはピタリとその場に停止して漂った。

 でも1匹だけ、ふらふらと不安定に落ちてくる奴がいる。

 大きな銀色の鍵。一度捕まって無理やり鍵穴に押し込まれたかのように、片方の羽が折れているせいで上手く飛べていない。

 

「アクシオ(来い)」

 

 呼び寄せ呪文で鍵を手元に引き寄せ、そっと手に取った。

 走って部屋の反対の扉の前に行き、鍵を差し入れた。かちゃりと開く音がする。

 

「……エピスキー(癒えよ)」

 

 呪文を唱えてから放してやる。銀の鍵は元気になって飛んで行った。

 もう捕まるんじゃないぞー。

 

 見送りもそこそこに扉を開ける。

 

 次は、マクゴナガル先生の魔法使いのチェス(Lサイズ)。これだけは、どうしても正攻法で突破できないだろうと思う。

 最悪全部レダクト(粉々)にするか、とも考えていたけど、部屋に入った瞬間、予想とあまりに違う光景が目に入り、固まった。

 

 既にレダクトされている。

 機関銃の撃ち合いでもしたかのように、大小さまざまな白と黒の瓦礫が、チェス盤の部屋一面に広がっている。

 そして、その中でもはっきりわかる、真新しい血の跡。

 出血が多い。これがクィレルのなら万々歳だけど……。

 急がなきゃ。

 

 もはや動かなくなった駒の残骸の中を走り抜けて、次の扉を開いて飛び込んだ。

 たちまち入口と出口の両方に紫の炎が燃え上がり道を塞ぐ。目の前にはテーブルがあって、その上に形の違う7つの瓶が1列に並んでいた。

 その脇には紙が置かれていて、正解を示すヒントがある――

 

 

前には危険後ろは安全

君が見つけさえすれば2つが君を救うだろう

7つのうちの1つだけ君を前進さ

 

 

「そんな暇はなーい!!」

 

 とりあえず右から全部飲む!

 もちろん毒薬も混ざっているでしょう。そんなときのために、スネイプ先生の研究室整理のときにくすねておいたこれ、ベアゾール石! なんとこれ、大抵の毒薬に対する解毒剤になるのです!

 萎びた肝臓のようなその石を頑張って飲み込んだ。

 

 身体が氷のように冷たくなる。これは正解の薬の効果。それ以外は……

 大丈夫だ、問題ない!

 

 躊躇う時間も、覚悟する時間もない。

 行くぞ。

 杖をしっかり握りしめて、炎を通り抜けた。

 

 

 

 

 入った先は一際広い空間だった。 

 

 予想通り、そこにはクィレルとスネイプ先生がいた。

 部屋はあちこち砕けたり燃えたりして闘いの激しさを物語っているけど、まだ二人とも生きて、15メートルほど離れてお互いに杖を向け合っている。

 でもスネイプ先生は片膝をついて、足からダラダラ血が流して顔色が真っ青だ。

 クィレルが杖を振り上げ、今まさに魔法をかけようとしている!

 

「先生!」

 

 思わず叫んだ。

 私の登場は予想外だったらしく、駆け込んだ私に一斉に視線が向く。

 

「ポッター! 何故来た!」

「私も戦います!」

「馬鹿者! 今すぐ戻れ!!」

 

 聞いたことない程の大声で叱り飛ばされた。でも、ここから逃げる気はない。

 杖を構える私を見て、クィレルはせせら笑った。

 

「頼もしい援軍だな、セブルス?」

「彼女には手を出すな! これは私とお前の闘いだ」

「おや、セブルス、君にはそのような――」

「エクスペリア―ムズ!」

 

 私の呪文は不意を突いて、防がれたけどクィレルをよろめかせた。

 心臓が脈打つ。今までになく自分の呪文が強いのを感じる。

 ここまではっきりとした感情を持って魔法を使うのは初めてかもしれなかった。

 

 クィレルが忌々しそうに私に杖を向ける。

 

「礼儀がなっていないな、ポッター!」

 

 何処からともなくロープが現れ、私に巻きつこうとする。

 

「ととっ!」

 

 落ち着いて杖を振る。ロープは大蛇へと変わり、クィレルに牙を剥いた。

 

「この私に蛇とは!」

 

 シューシューという空気の掠れたような声が聞こえて、蛇は弾かれたようにスネイプ先生に飛び掛かる。私にははっきりと、「男を襲え」と聞こえた。それと同時に、額の傷がずきりと痛んだ。

 

「蛇語だと……! ヴィペラ・イヴァネスカ!(蛇よ消えよ)」

 

 先生の呪文で燃え尽きるように蛇が消える。そのときには既にクィレルは杖を振っていた。

 辺りにあるたくさんの瓦礫が浮き上がり、スネイプ先生に向かって一斉に飛んでいく。

 呪文を唱えたばかりの先生は対応できない、でも私が間に合った。

 先生の前に転がるように走り込んで、横凪ぎに杖をスーっと振るうと、瓦礫が全部綿に変わる。ぽふぽふ身体に当たるけど、害はない。

 

「エクスペリアームズ!」

 

 逆に綿を目くらましにして、武装解除を撃つ。が、防がれた。

 でも同じタイミングでスネイプ先生も無言で呪文を放っていた。これには対応できず、クィレルの心臓辺りに恐ろしい威力を持った赤い閃光が突き刺さった。

 クィレルが吹き飛び、弧を描いて壁に激突し、ズルズルと沈んだ。

 

「やた! さすが先生!」

「………」

「先生?」

 

 先生はその青白い顔のまま、クィレルを睨んだままだった。

 そうしなければならない気がして、気絶したはずのクィレルを見た。そして、思わず悲鳴を上げそうになった。

 

 まるで操り人形のように、ギクシャクとクィレルが立ち上がろうとしていた。

 顔は白目をむき、泡を吹いている。どう見ても気絶しているのに、それでも、ふらふらと、不安定に立ち上がった。ぶっちゃけかなりキモい。

 

「なんで、気絶したはずなのに!」

「……そう思うかね?」

 

 掠れた声が聞こえたけど、それはクィレルの声じゃなかった。もっともっと、おぞましい、声だった。傷痕が、未だかつてないほどの熱と痛みを持った。

 カクッと腕が振り上げられ、杖から禍々しい炎が噴き出し、蛇の形を取った。

 悪霊の火! こんな地下で!

 

「退がれ! ポッター!」

 

 足を引き摺りながら先生が前に出て私を押しのけた。

 杖を上げると同じ火が噴き出し、それはキメラの形を取って蛇に噛みつく。

 余波だけで火傷しそうなほどの呪いの炎の応酬。

 蛇とキメラは互いに喰い合い、お互いの制御を離れ炎が爆発を起こした。

 

「アグアメンティ! プロテゴ・マキシマ!」

 

 全力で水の盾を張って、熱と爆風を防ぐ。

 

 何とか防ぎ切った私の隣で、先生ががっくりと膝をついた。

 

「スネイプ先生!」

 

 顔が青を通り越してシーツのように白くなっている。

 息も絶え絶えで、足の血も止まっていない。

 

 それでも立ち上がろうとしていた。

 それでも私の目を見ていた。

  

「逃げろ、ポッター」

「嫌です」

「私が相手を、できるうちに、逃げろ」

「嫌です!」

「……逃げてくれ……頼む」

「……ごめんなさい、嫌です」

 

 逃げることだけならできるかもしれない。

 それで逃げて、スネイプ先生が死んでしまったら、私は二度と、心から笑うことができない。

 

「逃げません。私がこれまで、10年頑張ってきたのは、きっと今日のためだから」

「………リ、リー」

 

 ふっと力が抜けた先生の身体を何とか受け止めて、そっと地面に横たえた。

 

 

「胸を打たれるねえ」

 

 クィレルじゃない声がした。

 

 立ち上がって、向き直る。

 

「ヴォルデモート」

 

 人々が名前すら恐れるその理由がわかる。

 切り刻まれた魂の、その残り滓でさえ、これほどの重圧がある。

 

「気づいていたのか……なかなか頭も回ると見える」

 

 すいませんカンニングです。

 

 白目をむいたままのクィレルがターバンを外し、後ろを向いた。

 後頭部には、見覚えのある顔があった。蝋のように白い顔、ギラギラと血走った目、鼻孔はヘビのような裂け目になっている。

 

「ハリエット・ポッター……」

 

 顔が喋った。

 

「見ろ、この有様を……ただの影と霞に過ぎない……誰かの身体を借りて初めて形となれるのだ。賢者の石さえ……命の水さえあれば、俺様は自分の身体を創造することができる……。退くが良い。セブルス・スネイプの持つ石をいただく」

「……さっ、させると思う?」

 

 糊で付けたように口が強張っていたけど、やっとそれだけ言った。

 

「くっくっく……愚かな真似は止せ。さもないとお前の両親と同じ目に会うぞ……二人とも命乞いをしながら死んでいった」

「それは、嘘だって知ってるし」

 

 ヴォルデモートはニヤリと笑った。

 

「俺様はいつも勇気を称える……そうだ、お前の両親は勇敢だった。俺様はまずお前の父親を殺した。だが母親は死ぬ必要はなかった」

 

 そう言ってちらりと、私の後ろに目を向けたようだった。

 

「抵抗しなければ生かしてやったものを。お前を護るために死んだのだ。母親の死を無駄にしたくなければ、退け、小娘」

「………」

「それとも、俺様の側に付くか? お前は才能がある。その年にしては見事な魔法だ。俺様と来れば、より強い力を手に入れられるぞ。この世で最も優れた――」

「ステューピファイ!」

 

 撃った魔法は、いとも簡単に逸らされた。

 許されざる呪文を練習しなかったことを後悔したのは初めてだった。

 

「よくも……よくもそんなことが言えたな! 私の父さんと母さんを殺しておいて!」

「……礼儀を知らぬ小娘だ。魔法使いの決闘というのはまずお辞儀からと決まっているのに」

 

 ヴォルデモートはつまらなそうに言った後、短く告げた。

 

「ならば死ね」

 

 

 

 防戦一方だった。

 全盛期とは程遠いはずだし、自分の身体ですらない。

 それなのに、攻めに転じることさえ難しい。

 魔法は強く、速く、多彩で、防御が間に合わず、転がって避けることも多い。

 身体はあちこち傷ついてじくじく痛むし、頭もどこか切って血が流れている。

 

 それでもいい。

 こうして耐えていれば、耐えることさえできていれば、誰か来てくれるはずだと信じる。

 援軍が来るか、均衡が崩れて私が死ぬか、どちらが先か。

 いいよ。この程度の我慢比べならいくらでも付き合ってやる。

 

 そう、決意したとき。

 不意に、ヴォルデモートが手を止めた。

 

「思った以上に粘ってみせるな。だが、あまり時間をかけるのは良くない。お前がそれを目的としているのも、俺様は既に見抜いている」

「っ、どうしたヴォルデモート! 杖なんか捨ててかかってこい!」

「挑発には乗らぬ。ふむ、こういう手はどうだ?」

 

 ヴォルデモートは私に向けていた杖をふいとずらした。

 その先には……倒れているスネイプ先生。

 

「お前のような奴には、かなり有効な手だとかつて学んだのだ」

「やめっ……!」

「アバダケダブラ」

 

 身体が動いていた。

 杖を放り投げ、身体を引き摺って飛び込み、死の呪文を胸に受けた。

 

 額の傷跡が焼けるように痛い。

 ヴォルデモートの高笑いが聞こえる。

 

 それが最後の記憶だった。

 

 

 走馬燈とか、感慨とか、心残りとか、そういうことを考える余地もなしに。

 私の意識は闇に呑まれたのだった。

 

 

 

 

 


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