前回までのあらすじ。
ドラコ・マルフォイ、襲来。
「出るぞ」と言われたけど、何がどうなったのか全然わかってない私である。
近づいてきたドラコをベッドに座ったままぽかんと見上げる。
「ドラコ? 久しぶり――なんでここに?」
「説明は後だ。行くぞ」
「行くぞ、ってどこに? さっきの音は……?」
「……あれは魔法だ。思わず壁に穴を空けた」
「えっ、魔法? 壁? 使ったの? 休み中は……それに私1回警告受けてて」
「父上がいるから問題ない。良いから、来い!」
強引に手を引かれてベッドから引っ張り出された。
いくつもの疑問が頭の中を浮いては言葉にならずに消えていく。
ん? ていうか父上って……。
引かれるがままに階段を下りると、バーノン叔父さんが玄関で尻餅をついていて、怯えた表情でこっちを見てきた。
リビングに続く扉からは、叔母さんとダドリーが顔だけを覗き込ませている。
そして玄関先には……父フォイ、もといルシウス・マルフォイが立っていた。
うん。
今年度の黒幕キター!
とりあえずぺこりと会釈をするけど、マルフォイさんこれを華麗にスルー。ドラコに顔を向けて話しかけた。
「ドラコ、その娘を連れ出してどうしようというのだ」
「一ヶ月くらいなら家においてやればいいじゃないか」
「……えぇ」
マルフォイ氏、ものすごく微妙な表情。
ですよね! そういう顔なりますよね! かつてのボスの仇だもんね!
「しかしドラコ、我が家は、あー……その子にとって居心地が良いかどうか――」
「ここよりは100倍マシだ、そうだろ?」
「………」
反論できないマルフォイ氏。
え、ていうかそういう流れですか? 急過ぎてついて行けてないんだけど。
「ポッターもそれでいいな?」
「あ、うん。え? えーと、良いんですか? マルフォイさん」
「…………うむ、まあ、よかろう」
しぶしぶって感じだけど……いやでも正直に言って、私もここで後ひと月過ごすのは御免だ。精神的に頑張るとか言ってたけど、もうギブアップ寸前でした。
「すみません、お世話にならせてください」
「ポッター、荷物は?」
「そこの物置に……でも鍵がかかってる」
「父上」
マルフォイ氏がゆったりと、悪く言えばノロノロと懐から杖を取り出し物置に向けた。
「アロホモラ」
問題なく鍵が開き、かつての私の部屋が開かれた。
そこからトランクを引っ張り出す。必要なものは全部ここに入ってる。
「おい、ふくろうは?」
「あ、取ってくる」
危うく置いていくところだった。
二階の部屋に戻って、ヘドウィグの鳥籠をそっと持った。
不機嫌そうにピィー! と鳴くヘドウィグに「もうすぐ出られるよ!」と言って玄関に走って降り、マルフォイさんに見えるように頭の上に持ち上げてみせた。
「マルフォイさん、この鍵も開けてもらえませんか? もうずっと飛んでないので」
南京錠が外れ、実にひと月ぶりにふくろうが解き放たれた。
魔法使いのふくろうは住所を教えればそこまで飛んでいける。マルフォイ屋敷の住所を聞いて、ヘドウィグはプリベット通りの空を風に乗って優雅に飛んで行った。
良かった。飛べるか少し心配だったけど、完全に杞憂だった。
流石でございます。
これでもう、忘れ物はない。
「ありがとうございます。もう大丈夫です――」
そう言ってから思い出した。
玄関から顔だけ見せている二人に呼びかける。
「えーと、そんな感じで、ひと月お世話になって学校には直接行くから。また来年、です」
「い、行かせんぞ……!」
地獄の底から聞こえるような声を出して、顔を赤くしたバーノン叔父さんが壁に手を突いて立ち上がってきた。
しぶといなこの人。
「もう魔法だのなんだのは終わりにすると誓ったんだ! 二度とその下らん学校には戻らせん!」
「叔父さん――」
「どうせ皆貴様らのような、頭のおかしい、イカれた連中ばかりなんだろう!」
「……叔父さん」
「ぱ、パパ……!」
ダドリーが心配そうに叫んだが、耳に入っていないようだった。
「そこの子供なんぞ、礼儀もなにもあったものじゃない! 間違いなく碌な育ち方をしてきて……」
「叔父さん――やめて」
ビクッ、と、叔父さんが私を見た。
「私の友達を馬鹿にするな」
めこっ、と近くに立っていたランプが潰れた。
花瓶が砕けて水が飛び散った。
物置の戸が、階段の手摺が、ひしゃげて地面に這いつくばった。
「ひ、ひいぃぃ!」
「わ、しまった、やっちゃった。ごめん、魔法使う気はなかった。ほんとに」
「あわわわわ……」
叔父さんは壁に寄りかかって、ずるずると滑り落ちた。
泡を吹きかけた顔を見るに、もう立ってくることはないだろう。
いや、でも本当にこんなことする気はなかったのに。
魔法力の暴走って初めてだったけど、抑えられないのも問題だ。
学校にいるうちになんとかしよう。
「あのー、すいません。お手数なんですがマルフォイさん、直していただけませんか」
「あ、ああ……レパロ・トタラム」
すーっと杖を振ると、潰れた物たちがひとりでに直っていく。ごめんなさい。
振り返ると、ドラコが妙な顔で私を見ていた。
「ポッター、お前……」
「なに?」
「い、いや、何でもない」
おっと。これはもしや、ドラコのために怒った私へデレかなこれは。
ふふふ。
お礼なんて良いんだよドラコ。私が怒りたかったからそうしただけなんだからね!
今学期、ホグワーツで「ハリエット・ポッター、怒るとかなり怖い説」が広まり、このときの見当違いを悟るんだけど、それは先の話である。
叔父さんが介抱されているのを尻目に、ダーズリー家を出た。
マルフォイ邸までは姿現わしで行くものと思っていたけど、なんと
移動の心地は……うん、姿現わしとどっこいだったかな。
転んで土だらけになった髪を叩きながら、ついに私はマルフォイ邸に侵入を果たした。
予想通りといえばそうなんだけど、実際に来てみるとやっぱりものすごく大きい。ダーズリー家の何十倍もありそうな庭には、たくさんの草木が全て完璧に整えられていた。門から続く石畳が整然と道を作って、中央には当然のように噴水があり、勢いよく水を吹いていた。
あとなんか塀の上に白い孔雀がいた。
孔雀て。
屋敷自体も当然大きく、エントランスの広さに数秒ぽかんと立ち止まってしまった。
通された客間も何十人も入れそうなほど広く、クリスタルガラスのシャンデリアが天井から下がり、暗紫色の壁にはたくさん肖像画がかかっていた。
正直に言って、今まで体験したことがない豪華すぎる屋敷に圧倒されて、敵地とか一切考える余裕なかった。
いやあ、文字通り住んでる世界が違いますわ。
客間では母フォイことナルシッサ・マルフォイが迎えてくれて、お茶を淹れてくれた。
このお茶もダーズリー家での私の何食分だろう、とか考えて味がよくわからなかった。
発覚。私、貧乏性。
ちなみにナルシッサさんは、原作では最後にヴォルデモートを裏切った印象がほとんどだけど、実際に会ってみた印象は「超美人」だった。まさに美魔女……いや魔女なんだけど。
長い食卓の端に4人で座って、一息ついてようやく、今回の件、何がどうなったのか経緯を聞くことができた。
「今日の朝、玄関ホールで何かが崩れるような音を聞いたんだ」
向かいに座ったドラコが言う。
「見に行ったら、なぜか大量の手紙と菓子の類がばらまかれていた。宛名を見てみれば、全部お前宛てだ。なぜ我が家に届いたのかわからないが……」
「あー、うん、なんでだろうねえ」
「とにかくお前に送ろうと思ったが、量も量だ。ふくろう便で送るのも面倒だから、直接持って行ってやろうとしたわけだ」
「え、じゃあ手紙を持ってきてくれてたの?」
ドラコは脇に置いてあった小さなカバンを取り、机の上でひっくり返した。
明らかにカバンの容量を超えるほどの中身がざぱあー、と波のように机に広がり……
「……わーお」
手紙とお菓子で堆い山ができた。
うん、どうやらこれは……贈り物の量がドビーのキャパを越えたか。
運悪く――私にとっては運よく、バラまいてしまったところをドラコが見つけたようだ。
「わざわざごめんね。でも、なんで連れ出してくれたの? や、私は嬉しかったけど」
「別に、深い意味はない――」
ドラコは言いづらそうに目を逸らした。
「ただ、あんな、鉄格子なんか付けられた部屋で……まるで奴隷か囚人じゃないか。あれじゃあ余りにも……」
「ドラコ……」
「……かっ、勘違いするんじゃないぞ! 魔法族が、あんなマグルごときに虐げられているのが気に入らなかっただけだ!」
「ドラコ……!」
ツンデレっ・・・・!
圧倒的ツンデレ・・・・!
いやだがしかし、私は精神が大人であるからして、ここでドラコをからかって遊ぶような真似はしないのだ。素直にお礼だけ言っておこう。
「そうなんだ、でもありが――」
「まあドラコ。お前は本当に優しい子ね」
お母様!?
「は、母上!? なんのことか――」
「恥ずかしがらなくていいのよ、私にはわかっていますから。可哀想に思ったのでしょう? そんな扱いを受けた友人を。立派よ、ドラコ」
「母上ェ……」
母は強し……。
「ポッターさん、あなたも災難でしたわね。そのようなマグルの元で暮らさなくてはならないなんて」
「いえ、息子さんのお陰でその災難も終わりましたから。本当に、優しく勇気のある方です」
「ポッター、お前まで――」
「まあ、どうもありがとう。新学期まで、寛いでいって頂戴ね」
「ありがとうございます。お世話になります」
おほほと笑い合う女たち。
困った顔の男たち。
うーん、和やか! 敵対していたとは思えません。
ひとしきりガールズ?トークを終えて、ドラコに案内されて二階へ向かった。
「この部屋を使ってくれ」
空けてくれた部屋は、またかなり広い客室だった。一人だと持て余しそうだ。
大きなベッドと、暖かい陽が差し込む雰囲気の良い部屋だ。
荷物は既に隅に置いてあって、鳥籠にはヘドウィグがもう着いていた。お早い。
「ありがとう、良い部屋だね」
「僕は隣にいるから、何かあれば言え。――それか、こうだ」
ドラコはパン、と手を叩いて、宙に呼びかけた。
「ドビー!」
ぱちん! と音がして、数日前に見た妖精が頭を垂れつつ現れた。
「お呼びでしょうか、坊ちゃま」
「ああ、今日から滞在する客人だ。呼ばれたら応えてやれ」
「畏まりまし――は、は、は、」
「は?」
「くしゃみだね! 初めまして! ハリエット・ポッターだよ!」
テニスボールのような目を真ん丸に見開いたドビーに、先手を打つ。
知らない体! 知らない体!
「は、は、はははr、は初めましてにございますドビーめにございます、ご用件があればなんなりとお申し付けください」
「うんうん、よろしくね」
隣でドラコが怪訝そうな顔をしていたけど、これ以上ボロが出る前にドビーは一礼してばちん、と姿くらましをして消えた。せふせふ。
「屋敷しもべ妖精は見たことがあるのか?」
「ほ、本でね、本で……」
「……ふん、まあいい。それじゃ僕は行くぞ。夕食は7時にさっきの客間だ」
「うん、いろいろありがとう」
ドラコは頷いて、ドアノブを掴み、ふとこっちを振り向いた。
「言い忘れていたが」
「ん?」
「この屋敷の中なら魔法を使っても問題ない。父上が使ったことになるからな」
それだけ言って今度こそ、ドラコは部屋を出ていった。
しばらく、ドラコの言葉を反芻していた。
ここでは、魔法が、使える。
思う存分。
「ぃやたーーーーっ!!!」
「うるさい!!」
一瞬で戻って来たドラコに叱られた。