私ハリーはこの世界を知っている   作:nofloor

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第4話 男の戦いとフラグ管理

 

 煙突飛行、まさかの成功。

 

 いいんだけどね? なんか腑に落ちないというか……。

 いやいや、何が悪いことがあるんだ。問題ないに越したことはないし。

 

 

 ともかく、無事に合流した私たちは、グリンゴッツへ向かった。

 マルフォイ家の金庫はさすがで、見通せないほど遠くまで金貨が山と積まれていた。

 将来は私も稼ぎたいものです。

 

 次いで私も金庫から硬貨を取って、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店へと向かった。

 

「なんてこと!」

 

 店の前まで来たとき、お母様が悲鳴を上げてウインドウへ駆け寄った。

 

 

サイン会

ギルデロイ・ロックハート

自伝「私はマジックだ」

本日午後一2:30~4:30

 

 

「私としたことが、チェックを怠っていたわ! でもギリギリまだ間に合うわね、行くわよ!」

「母上……」

 

 想像以上にファンだった。

 げんなりした顔のドラコと三人で店に入る。

 

 その瞬間、私たちは熱気に顔を叩かれた。

 

 そこには熱い闘いがあった。

 飛び交う野次と声援。交差する拳と拳。

 一方が優勢になったと思えば、もう一方がやり返す。

 人の輪はさながら即席のリングだ。大の男と男の意地と誇りをかけた真剣勝負。

 

 が、本屋で行われていた。

 

 ごめん、原作で知ってたんだけど言っていい?

 何してんのさ。

 

「「やっつけろ! パパ!」」

 

 双子のウィーズリーが叫んでいるのが見えた。

 争っているのはさっき家で別れたマルフォイさんと、もう一人の男……多分、アーサーさん。

 

「ルシウス! 何を……」

「アーサー! ダメ、やめて!」

 

 当然お母様が止めに入る。と同時に、モリーさんだと思われる恰幅の良いおかんも叫んだ。

 

「ロックハートの前で!」

「そうよ、彼がどう思うか……!」

 

 その瞬間、二人の奥方の目が合った。

 彼女たちは確かに、お互いを歴戦のロックハートファンとして認め合い、また通じ合っていた。

 どちらからともなく歩み寄り、握手を交わした。

 

 いや何してんのさ。

 

 

 そんな母親二人を余所に、父親二人はようやく公衆の面前ということを思い出したのか、お互いを睨みながらもパッと離れた。

 マルフォイさんは頬を腫らしているし、ウィーズリーさんは鼻血を流している。

 

「止めてくれるなモリー。こいつは私の家族を侮辱したんだ」

「手を出したのはこいつが先だぞ、ナルシッサ!」

 

 あの、奥様たちもうこっち見てません。

 

 一触即発な空気が漂い、杖が抜かれるのも時間の問題かと思われた。観客たちも固唾を飲んで見守る。

 しかし! なんとも都合の良いことに、ここには空気を読まないことにかけては他の追随を許さない男が存在した!

 

「おやおや、これは何事ですか? 皆さん」

 

 人垣をかき分け、ロックハートが乱入だ!

 母親二人が本気の眼をしてサイン用色紙を高速で構えた。お母様そんなん持ってましたっけ?

 

「おっと、喧嘩ですか? 熱心なファンは大歓迎ですが、行き過ぎは困りますね! 安心してください、この店の品揃えなら私の本が取り合いになることはありませんよ!」

 

 多分、初めて二人の父親の心が一つになった。

 ――何言ってんだこいつ。

 

 ロックハートは自分の言葉をまるで疑っていないようで、ぽかんとした顔の二人に華麗にウインクして見せていた。

 

 

 まったく、どうやったらここまで都合よく現実を認識できるのか、理解に苦しむところだ。

 ……盛大なブーメランが過去の私に直撃した気がするけど。

 

 

 とそのとき、自分の登場に沸き立つ観客を満足そうに眺めていたロックハートの視線がふと、私で止まった。

 やばい――

 

「おや、もしや……ハリエット・ポッターでは?」

「人違いです!」

 

 人混みに飛び込もうとしたけど、飛び込んだところから私を取り残してモーゼのように人垣が割れた。

 

 いーやー!

 

「恥ずかしがることはない」

 

 本気の勢いでロックハートがダッシュして来て、二の腕を強く掴まれた。

 

「カメラマンの、ああ君だ。ほら、撮ると良い。さあハリエット、ニッコリ笑って!」

 

 ロックハートが輝くような歯を見せながら言った。

 

「一緒に写れば、君と私とで一面大見出し記事ですよ」

「いたい、いたいです!」

「おっと失礼」

 

 腕は離してくれたけど、そのまま肩にがっちり手を置かれて逃げられない。

 注目はすっかり、マルフォイさんたちから私たちに移ってしまった。

 ロックハートはそのまま演説でもするように高らかに話し出した。

 

「みなさん! 彼女、ミス・ハリエット・ポッターが私の自伝を求めてこの店に来たことは明白であり――私はこの小さな少女に、サイン入りの自伝を喜んでプレゼントしましょう、もちろん無料で!」

「ほんとに要らない」

 

 私の声は周りの拍手にかき消された。

 「私はマジックだ!」と書かれた分厚い本を無理矢理押し付けられた。

 

「今日は喜ばしい日です! みなさん、ここに、大いなる喜びと、誇りを持って発表いたします。この九月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて、『闇の魔術に対する防衛術』担当教授職をお引き受けすることになりました!」

 

 人々が爆発的に沸き、拍手が雨のように振り、口笛が飛び交い、あれよあれよと言う間に、私はいつの間にかギルデロイ・ロックハートの全著書をプレゼントされていた。もちろんサイン入りの。

 

 私は重みでふらふらしながらも、何とかロックハートの隙をついて傍から逃げだした。

 

「有名人だねえ」

 

 店の片隅に転がりるように座り込むと、ドラコが近づいてきてにやにやしながら言った。

 

「ちょっと書店に行くのでさえ、一面大見出し記事だ。良い気持ちだったかい?」

「そんな訳ないでしょ!」

 

 ぐいと本の山を押し付けて睨んだ。

 

「おい、自分で持てよ」

「うっさい!」

 

 私は怒っているのだ。

 「生き残った女の子」としてちやほやされるのは好きじゃない。それくらい、ドラコもこの休み中にわかってるはずなのに。

 本を押し付けたまま大人たちの元へ足早に歩き出すと、ドラコが肩を竦めてついてくるのが視界の端に見えた。

 

 

 

  父親たちの闘争はロックハートの登場で有耶無耶になったらしく、多分彼が唯一役に立ったことだった。

 そして、私が戻ったときがちょうど、マルフォイさんが手に持っていた擦り切れた「変身術入門」をジニーの大鍋に突き出しているところだった。

 よし! 気を取り直そう。

 問題の場面に立ち会うことができた。

 あとは私がどれだけ自然に、リドル日記が混ざっていることを指摘できるかにかかっている。

 

「ほら、チビ――君の本だ。君の父親にしてみればこれが精一杯だろう」

「あれれー? おかしいぞー? ……マルフォイさん、別の本が重なってませんか?」

「っ!?」

 

 弾かれたように、マルフォイ氏がこっちを見た。

 私は「単に見たことを言っただけですよよよ」という顔をした。出来てるかはともかく頑張った。

 

「何だと、ルシウス! 私の娘に何を渡そうと……!」

「っ失礼! 誤って私の本が紛れたようだ。行くぞ、ドラコ!」

「待て! まだ話は――く、逃げ足の速い男だ!」

 

 マルフォイさんは風のように去って行った。

 ドラコが私を見て、どうする、という様に首を傾げた。

 

「お母様もまだいるし、ちょっとロンたちと話してく」

「そうか。じゃあ屋敷でな」

「うん」

 

 手を振ったけど、ドラコはひとつ頷いただけで去って行った。

 

 その姿が消える前に、すぐ後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「ハリー!」

「ロン、久しぶり! 元気だった?」

 

 振り返ると、2ヶ月会わないうちにさらに背が伸びたロンが立っていた。

 

「君の方こそどうなんだよ! 手紙が止められてたなんて……ここだけの話」

 

 ロンが屈んで声を潜める。

 

「フレッドとジョージと迎えに行こうかって話してたんだ。実はさ、うちの車が……」

「おっとロン、そいつは禁則事項だ」

「親父さんの首が飛んじまう」

「フレッド、ジョージ」

 

 こちらはあまり変わらない、グリフィンドールの名物双子がロンの肩に腕を組んで現れた。

 

「ハリー聞いたぜ、マルフォイの家にいるんだって?」

「どんな感じだ? 変なことされてないか?」

「大丈夫だって」

「さあお前たち、もう……おや、君は」

 

 さらにもう一人、さっき見たウィーズリーさんがジニーを伴って歩いてきた。

 

「ハリエット・ポッターさんだね? 息子たちがよく話してくれるよ。小さいとは聞いていたが……いや失礼、アーサー・ウィーズリーだ」

「ハリエットです。ハリーって呼んでください」

 

 おじさんと握手をする。

 みんな一様に、背が凄く高くて赤毛だ。巨人の国に迷い込んだ気分。

 あ、でもさすがにジニーよりは……あれ?

 ……気づかなかったことにしよう。

 

「末娘のジネブラだ。さっきは助かった。ルシウスめ、きっと呪いの品だったに違いない」

「いえたまたまみえただけですから。……えっと、よろしくね、ジニー?」

「……よろしく、あの、さっきは、ありがとう」

 

 私が声をかけると、大鍋の陰から顔だけ出して答えてくれた。

 何この子かわいい!

 

「さっきは恥ずかしい姿を見られてしまったね。あー、何と言ったらいいか、私と彼はその、職場での仲があまり良くない」

「パパ、それ僕もだ。グリフィンドールであいつと話すのはハリーくらいのもんだよ」

 

 そんなに悪い奴じゃないんですよー、と言いたいけど、マルフォイさんが実際やっちゃった手前、庇いづらい。

 このまま続くと居た堪れない、と思ったけどジョージが話を逸らしてくれた。

 

「でもさ、どうやらママ同士は仲が悪くないみたいだぜ」

 

 指さす方を見れば、何事もなかったように再開したロックハートのサイン会の列に並びながら、マルフォイ夫人とウィーズリー夫人が盛り上がっている。

 180度タイプが違うと思うんだけど、意外と相性は悪くないのかもしれない。

 共通の話題があるのも大きいだろうけど。

 

「マルフォイの母親もロックハートなんかにお熱ってわけだ」

 

 ロンが呆れたように言う。残念ながらこれには反論できない。

 

「夫の微妙な気持ちをルシウスも感じているなら、もう少し仲良くできるかもしれないな……」

 

 アーサー叔父さんの物悲しい呟きが耳に残った。

 

 

 今度は我が家にも来てくれ、という招待を受けつつ、お母様と一緒に屋敷へ戻った。

 

 

 

 

 休みの残りはあっという間だった。

 マルフォイさんとはより微妙な関係になったけど、それもわりと元からだったし。

 そんなカビの生えたパンがとうとう腐ったみたいな変化よりも、ジニーに日記を渡すことを阻止できた方が大きい。

 ウィーズリー家の人に渡さなければ、マルフォイ氏的には意味がないはず。これで『秘密の部屋』の事件自体が防げたはずだ。

 

 勝ったッ! 第二部完!

 

 

 

 そんなわけで、私は残り僅かになった休みを満喫したのだった。

 具体的には、魔法の練習したり、ニンバスの自慢をしてくるドラコの相手をしたり、ニンバスに乗ったドラコの練習を手伝ったり。

 授業の予習もしたけど、ロックハートの本には手を付けてない。

 

 実際会って思ったけど、私苦手だ、あの人。

 学校でも絡まれるようなら一回正直にびしっと言う必要があるかもしれない。

 撮影会だろうがサイン会だろうがやってくれて構わないけど、私に関わらないところでお願いしますって感じ。

 

 

 まあロックハートはともかく、この夏は今までになく充実した休みだったことは間違いない。

 連れ出してくれたドラコには本当に感謝感謝だ。

 

 でも相変わらずドビーの忠告は絶えなかったから、もう危機は去った! と宣言しておいた。

 そうしたら納得してくれたのか、忠告はなくなった。

 

 よしよし。

 2年生はもはや、私が普通に学校生活を送るだけのお話なのだよ。

 

 もちろんこれも、フラグじゃない。

 

 

 

 

 

 

 ――ガッシャアン!

 

 派手な音を立てて、カートが転がる。

 

「おい、何だってんだ!」

 

 ドラコが怒鳴る。

 辺りに荷物が散らばり、ヘドウィグがピギィー! と鳴く。

 トランクの留め金が外れてガパッと開き、インクの瓶が割れたのか黒い液が荷物にぶちまけられた。

 

「最悪だ!」

「全くです……」

 

 はい、すいませんフラグでした。

 ドラコ、巻き込んでしまって申し訳ない……。

 

 ていうか結局やるのか、ドビーよ。

 


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