どうも。
改心の速さに定評のあるハリー・ポッターです。
皆さんにひとつご報告があります。
私、ハリー・ポッターじゃなかった。間違えた。ハリー・ポッター、男じゃなかった。
衝撃的展開! ハリー・ポッター、女だった!
というわけで改めまして私、ハリエット・ポッター、通称ハリーです。
まさかのTS。これは予想外。
初めて気づいたときに慌てに慌てて、あのバーノンおじさんまで私を心配しかけるという異常事態がおこったよ。
何とか落ち着いてよくよく考えてみた。ハリーが女だった場合原作はどうなるのか。
ぱっと思いつくのはやはり恋愛。私は前世が男か女か分からない。自分でも呆れるほど外見に無頓着だからさては男か、と睨んでいるけど。とにかく生物学上は♀で間違いない。染色体はXX。
すなわち、チョウとジニーにフラグが立たなくなる。
何か問題があるだろうか……?
いや、ない。というか思いつかない。私は頭が悪いんだ。
一瞬登場人物が全員性別が変わっている可能性を考えたけど、バーノン叔父さんが叔父さんだったし、多分それはない。
私一人だけの変化なら、絶対ではないだろうけど本筋に大きく影響してくることはない、はず。たぶん、きっと、めいびー。
まあ、10年心配しながら生きていくのは精神が死ぬので、ひとまず考えないことにした。
思考放棄である。
そんなこともあって、私がダーズリー家に預けられてから早いもので10年が経つ。
あとひと月もしないうちに、ホグワーツから手紙が送られてくる、はずだ。
来てくれよ……? 来なかったらこっちから乗り込むからな……。
さて懸念していたダーズリー家での扱いは、まあ酷いものだった。
10年の辛抱だと思って私は耐えたけども、原作ハリーはよくこんな環境でまっすぐに育つことができたものだと思う。
娯楽は皆無。基本軟禁のような生活。食事も最低限。服だけは原作と違って買ってもらえたけど、安い量産品をまとめ買い。反してダドリーはこれ以上ないくらい甘やかされて育った。これじゃあ歪むなと言う方が無理だぜ。
ちゃんとご飯が食べられなかったせいか、痩せて手足は棒のように細い。身長も学年で一番小さい。そのくせ父親譲りの黒髪は腰くらいまであって、ものすごいくせ毛だ。生きているかのようにあちこちに向かって生えてくる。
そのせいで顔も半分以上隠れているけど、醜い傷跡を隠すには丁度いいとのことで、そのままにされている。
顔はどうやら、両親を混ぜたような感じらしい。ただし目だけは母さんの目、というのは変わっていないようだ。総じて母さん似だということか。
眼鏡? あいつは逝っちまったよ。
関係を改善しようと頑張ってみたときもあったけど、大体が徒労か、逆効果で終わった。
彼らの根底には魔法使いだった両親への恐れがある。実際私も、彼らの言う「まとも」ではないし、その恐れは正しいと言えなくもない。ここ数年は、これ以上扱いが悪くならないように存在感を消す日々が続いている。
そんな両親からの英才教育を受けたダドリーも原作と大して変わりない。ことあるごとに顔面を殴ってくる、という設定も変わっていなかったので、その度クロスカウンターの練習台になってもらっている。まったく婦女子の顔を殴るとはどういう了見だ。
まあ最終巻ではちょっと改心してたし、その境地ができるだけ早く訪れてくれることを祈るばかりだ。足し算も危うい今の状況から見れば、その時は遠そうだけど。
そんな家庭環境と打って変わって、魔法の方は意外なほど順調に来ている。
この世界の魔法は感情とか意志とかが大事なところがあるから、できるはずだと信じて、寝たきりの時分はひたすらベビーベッドの柵を開けることに意識を集中した。1回やったしね。
なかなかうまくいかなかったけど、意識の集中が相当深くなったときに成功した。初めて自分の意志でできたときは本当に嬉しかった。
それから段々とコツを掴んで、今ではスムーズに魔法を使う集中に入れる。
練習はダドリーのベッド(私のよりかなり豪華だった)でも何度もやったから、ペチュニアおばさんはふたつ揃ってものすごく造りが甘いベビーベッドだったと思っていただろう。
程なく処分された。
歩き回れるようになってからは、他にも色々なことを試した。
幼い頃から、リリー・エバンズが妖精の呪文を使っていたように、トム・リドルが闇の魔術の片鱗を見せていたように、この時期から魔法の得手不得手は結構出るように思う。
その辺のものを浮かせてみたり、ガラスを消してみたり、猫を膨らませて紐をつけて飛ばしてみたりと、手当たり次第に魔法を使った結果、どうやら私は変身術の才能があるようだった。
ジェームズがそうだという描写がどこかにあった気がしたので、遺伝かもしれないと思うと少し嬉しい。
得意なことは練習して楽しい。暇さえあれば変身変身。学校でも見えないように変身変身。
お陰でカバンの中はかなりカオスになってしまった。もはや変身元が何だったのかわからない。
原作通りにマッチ棒を針に変えるところから始めて、最近では近所の大型犬をダドリーの自転車に変えるという大技に成功した。当然、乗っているときに元に戻した。
何が起こったかは割愛するけど、本気の犬は速いし強い。
原作の呪文も試してみたけど、呪文は杖とセットになっているようで、「ビューン、ヒョイ」を身体で表現しても木の葉すら浮かばなかった。普通に集中すればできるのにね。
他には……瞑想してみたり、木の枝にカラスの羽を挟んで杖と言い張ってみたり、箒に跨ってジャンプしてみたり。
まあ、お察しの通り全部無駄だったけど。
ダドリーに得体のしれない恐怖を植え付けただけであった。
と、まあ、紆余曲折あれど魔法の特訓は順調すぎるほどに順調である。
命懸かってるしね! 是非もないね!
あ、閉心術に関しては、できているかどうかはさっぱりわからない。取りあえず寝る前に頭を空っぽにする練習を毎日してはいるけど、これで良かったっけ? 教えてスネイプ先生。
魔法に関してはそんなところだ。
不安もあるけど、とにかく魔法を使うことは本当に楽しい。それだけで生きている。
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その日は、ダドリーの誕生日が終わって、1週間ほど経った日のことだった。
ちなみに動物園でガラスを消すイベントは回避させて貰った。物置に閉じ込められるの嫌だし。ニシキヘビ君、本当に申し訳ない。君が最後の犠牲になるようハリーがんばる。
朝食を食べていると、郵便受けに郵便が入れられる音が聞こえた。
「小娘、郵便を取ってこい」
「合点です」
バーノンおじさんに言われ、粛々と玄関に向かう。
来ていたのは3通。マージおばさんからの絵葉書、請求書らしい茶封筒、そして、私宛の手紙。
裏返してみれば、紋章入りの紫色の蝋で封印がしてあった。真ん中に大きく〝H〟と書かれ、その周りをライオン、鷲、穴熊、ヘビが取り囲んでいる。
「来た来た来た……!」
持って戻れば没収される。リビングに戻る前にサッと部屋に投げ込んだ。部屋が階段下の物置であることが初めて役に立った。
何食わぬ顔で朝食を飲むように平らげて、部屋に駆け込む。綺麗に開けるのももどかしくて、蝋封をバリバリ破って手紙を取り出した。
ホグワーツ魔法魔術学校
校長アルバス・ダンブルドア
マーリン勲章、勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長
最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員
親愛なるポッター殿
このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。
新学期は9月1日に始まります。7月31日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。
敬具
副校長ミネルバ・マクゴナガル
「……やっと来た」
長かった……。この十年、長かったぞ!
私の夢へのチケットだこれは。思わず手紙を押し抱いてため息を吐いた。苦節十年、ようやく原作の入り口に立った。いやほんとに長いわ。
中にはもう1枚、教科書や必需品などのリストが書かれた羊皮紙も入っていた。教科書のタイトルなど見るだけで胸が踊る。もう一度最初から読み直そうと1枚目を見て、ふと気づいた。
「7月31日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております」って書いてあるけど、私は当然フクロウなど持ってない。
この手紙を私が入手したことで、この後あったはずの手紙テロはなくなって、絶海の孤島みたいなところに行くこともなくなるだろう。バーノン叔父さんがノイローゼになるというなら積極的に後押ししていきたいところだけど、それはまあ良いや。
ともかく、島に行かないということは、そこにハグリッドが迎えに来てくれることもなくなる。
さすがに「生き残った男の子」ならぬ「生き残った女の子(笑)」を遊ばせておくのはダン爺が許さないだろうから、何らかのアプローチがあるとは思う。
今までも細かい変化はあったとは言え、明確に原作を変えてしまったのはこれが初めてだ。
主人公の性別というドでかい変化がすでにあるけど。
そ、それは私のせいじゃないし。
まあ多分、7月31日にハグリッドがここへ迎えに来てくれるような気がする。
間違いなく、それは私にとって最高の誕生日プレゼントになるだろう。
ふふふ……。
真っ暗な物置で、ぼやぼやと今後の妄想をしていたときだった。
ブー、とインターホンが鳴った。
この家に客が来るとき、私は隠れていなければいけない法則がある。だから一応前もって来客は知らされるのだけど、今回は何も聞いてない。宅配か何かだろうか。
パタパタとペチュニア叔母さんが玄関へ向かう足音が聞こえ、次いで扉を開ける音が響く。
「はいどちら様…………」
唐突に声が途切れて、少しして扉が閉まった。外で話しているようだ。
どうしたんだろ。そういえばお腹が空いてきた。お昼はまだかな。
かなり他人事に考えていたら、再び玄関の扉が開く音がした。
入ってきた足音は物置の前で止まる。
「ハリエット、お迎えが来たわ」
「えっ、私に?」
お迎えの心当たりなど死神しかない。それももう少し後が良いけど。未来で待ってて。
そうでなくとも私に客なんて初めてだ。一体誰だろう?
「どちらに?」
「外よ」
「外? はあ」
生返事をして玄関に向かった。
お客にしては随分な対応だ。まともを信条とするダーズリー家に相応しくない。
今日は珍しいことだらけだな、と思いながら戸を開けて、
全て悟った。
「……ハリエット・ポッター、間違いないな?」
「…………はい、」
なんとかそれだけ絞り出した。
顔色は土気色、大きな鉤鼻。髪は黒くねっとりとしており、肩まである長髪の前髪を左右に分けている。黒いローブもそのままに、セブルス・スネイプ教授がそこに立っていた。
プリベット通りに余りに似つかわしくない。周囲との浮き具合が凄い。
顔は無表情、その黒い眼からは何も読み取れない……いや、多分、憎しみが向けられているのだろう。
それでも彼は、私が最も会いたかった人物の一人だった。
「宜しければハリー、と呼んでください」