今年もよろしくお願いします。
新入生歓迎会が始まるまでに、久しぶりに会った同級生や先輩たちからもみくちゃにされて質問攻めにあって若干ボロボロになったけど、それはそれとして。
新入生が並んで大広間に入ってきて、組み分けの儀式が始まった。
緊張した様子の1年生が順に組み分け帽子を被り、帽子が寮の名を叫んでいく。
ちらほら聞き覚えのある名前もあった。
ジニーはもちろんグリフィンドールで、ウィーズリー兄弟が揃って立ち上がり歓声を上げていた。
最後の一人が終わって賑わいが残っているうちに、ダンブルドア先生が立ち上がって声を張り上げた。
「おめでとう! 新学期おめでとう! さて皆にひとつふたつ、お知らせがあるから聞いてくれるかの。まず新任の先生に、空席じゃった『闇の魔術に対する防衛術』を担当してくださるギルデロイ・ロックハート先生じゃ」
それまでの余韻をかき消すように黄色い悲鳴が爆発した。
ロックハートがにこやかに立ち上がる。
やっぱり学生にも人気が高いのか。でも彼の授業を受けた後はいくらかは落ち着いてくれるでしょう。
そういえば原作では初回の授業しか書かれていなかったけど、その他はどうなんだろう……。
不意に、生徒を見渡している青い眼が細められ、私を見た気がした。
……あ、なんかデジャヴ。
まさかと思ったけど、あろうことかこの場で、ロックハートは笑みを深めて、私に向けて手を振りやがった。
全校生徒の視線が一斉にこちらを向く音すら聞こえた気がしたけど、一瞬前に私は机の下に滑り込むことに成功した。
「キャーちょっと! 今こっちに向かって手を振ったわ! ロックハートせんせー!!」
テーブルの下から猛烈に両手を振るラベンダーを見上げてため息を吐く。
幸いにも、ダンブルドア先生はすぐに次の話題に移ってくれた。顔半分だけ覗かせて様子を窺うと、もう誰もこちらに注目している様子はない。
さり気なく席に座りなおした。
「ハリーはロックハート先生のファンじゃないのね」
パーバティが後ろから耳うちしてきた。
「うん、実はそう。パーバティも?」
「ええそうね。私もあんまり好きになれないわ、ああいう浮ついてそうな人」
「……ラベンダーはダメみたいだけど」
「この子はミーハーだしね。放っておいたらそのうち落ち着くわ」
「だといいけど」
教員席に座るロックハートを見て、私は楽しいホグワーツ生活に暗雲が立ち込めるような気がしたのだった。
今学期最初の授業は薬草学だったけど、その時に早くも悪い予感が当たっていたことがわかった。
が当たっていたことがわかった。
原作でもそうだったけど、なぜか温室に行くとロックハートがスプラウト先生と話していて、私を見つけるなり手を広げて近づいてきた。
「ハリー! 君と話がしたかった――スプラウト先生、ハリーがほんの2,3分授業に遅れることになっても差し支えありませんね?」
スプラウト先生はどう見ても「あるに決まってんだろタコ」という顔をしていたけど、ロックハートは答えを聞かずに私の腕を強く引いて温室の陰へ引っ張って行った。
温室の壁を背にして見下ろされる。
「ハリー」
「ハリエットです」
「ハリー、ハリー、ハリー」
聞けや。
と突っ込みそうになったけど、ぐっと感情を抑えて、できるだけ事務的に答える。
「なんの御用ですか」
「良くないですね。まさか学年初日からとは――もっとも、みんな私が悪いのですがね。自分を責めましたよ」
「仰ってる意味がわかりかねます」
「ハリー、惚けなくてよろしい!」
ロックハートは腹が立つほど完璧な笑顔で私を見た。
「有名になるという蜜の味を、私が教えてしまった。そうでしょう?『有名虫』を移してしまった。新聞の一面に私と一緒に載ってしまって、君はまたそうなりたいという思いをこらえられなかった」
「いえ全く違います」
「隠さなくてもいいんだよ。ハリー、私の前ではね?」
「ハリエットです」
私、相当つれない態度を取っていると思うのだけど、なんでこの人笑顔なの。
ロックハートは両腕を伸ばしてがっしりと私の肩を掴んだ。
なんとか無表情は保ったと思う。
「こう思ったのでしょう? 汽車に乗って他の者と一緒に学校へ向かうなんて相応しくない! 自分のような特別な人間はもっと特別に扱われるべきだ……と」
「いやできることなら私も」
「気持ちはわかりますよ、ハリー! 気持ちはね。でも私も君くらいのときは無名だった。むしろ、君の方が有名とさえ言えるかもしれない。ほら『例のあの人』とかなんとかで?」
耳ついてる?
「もちろん、君が尊敬して止まない私のように――」
「先生」
私ははっきりと、ロックハートの言葉を遮った。
「もう5分は経ったので、授業に行きたいんですが」
「おっと、もうそんな時間かな? でもハリー、これだけは言っておくよ。焦らずとも良い。『週間魔女』の『チャーミング・スマイル賞』に五回も続けて私が選ばれたのに比べれば、君のはたいしたことではないでしょう――でも、初めはそれぐらいでいい。ハリー、初めはね」
ばちこーん! と思いっきりウインクして去っていった。
私はたっぷり30秒はその場にぽかーんと突っ立っていたと思う。
温室に入るとラベンダーに猛烈に手招きされてこと細かに話の内容を聞かれた。
正直思い出すのも馬鹿馬鹿しいけど、聞いてくる勢いがあまりにも強すぎて、適当に答えてしまった。
「そう、そうなのよ。彼ってとっても優しいの……」
「ソーデスネ」
夢見るような顔で上の空だったラベンダーは、耳あてをしっかりしていなかったせいでマンドレイクの叫びを聞いてぶっ倒れた。
スプラウト先生に医務室に運ばれていく彼女を尻目に、私たちは何事もなかったかのようにマンドレイク植え替えを続けるのだった。
ちなみに4人1組のチームで、あとの2人はハッフルパフのパーバティの妹のパドマと、ジャスティン・フィンチ=フレッチリーだった。
4人体制でやっても植え替えはかなり大変で、私は何度かマンドレイクと格闘する羽目になった。
まあ、1勝2敗といったところ。
ロックハートの侵攻は終わらない。
「闇の魔術に対する防衛術」の授業で最初にやったペーパーテストは記憶の通りくだらないものだった。好きな色がライラック色だったことだけなぜか覚えていたけど、それを書くのも釈然としない。
結局グリフィンドールには碌に答えられた生徒はいなかったらしく、大層ご不満顔だった。
ラベンダーも微妙なあたりミーハー感がある。
「チ、チ、チ。皆さんもっとしっかりと予習をしないといけないようだ」
一部女子を除いて白けたムードに気づいているのかいないのか、ロックハートは気にした様子もなく授業を続ける。
次に取り出したのはピクシー妖精が大量に詰まったケージ。
うぞうぞ蠢いていて、正直気持ち悪い。
「さあ、それでは」
ロックハートが声を張り上げる。
「君たちがピクシーをどう扱うかやってみましょう!」
妖精を解き放とうと籠の戸に手をかけるのを見て、私は慌てて立ち上がった。
「先生!」
ロックハートと、クラスメイトたちも怪訝そうに私を見た。
「ん? どうかしたのかね、ハリー?」
「あの、呪文というか、対処の仕方くらい教えて頂かないと、私たちもどうしようもないと思うのですが」
やってみましょう! じゃ完全に丸投げだし。せめて呪文くらい教えてくれれば、原作のようにネビルがシャンデリアに吊られることもなくなるかもしれない。
「なるほど、一理ありますね」
あら、思いのほか素直に頷いてくれた。
でも良かった。これで無駄な被害を防げるだろう。
私が笑みを浮かべると、ロックハートも応えるように輝く笑顔を浮かべた。
「ハリー、そんなに怖がらなくて大丈夫! 私がいるから安心しなさい。狼男に立ち向かったときに比べれば、ピクシーなど物の数ではありませんよ! それでは、君たちのお手並みを拝見しましょう!」
「はーー!?」
これが原作の強制力か!
ごめんネビル、私は無力だ――って諦めるかい!
妖精が飛び出して部屋中に広がる前に私は立ち上がって杖を向けた。
「イモビラス!(動くな)」
やる気満々に飛び出して教室に広がっていく妖精たちが、呪文の効果でぴたりと止まる。
「戻って」
杖を振ると、来たときの軌道を辿って全てのピクシーが高速で籠に戻り、最後にぱちんと扉が閉まった。
なんとかなったと息を吐いたとき「わあ!」とネビルが叫んで、それを皮切りに教室に拍手が起こった。
「こらこら! 皆さん静かに!」
ロックハートが大声を出して、大袈裟に腕を広げて私を見る。
「ハリー! 他の生徒の学ぶ機会を奪ってはいけない」
「すみません、ですがこのままではピクシーが暴れて惨事になると思ったので」
「そうはならない。なぜなら私がその前に止めるからだ。この私がね」
「じゃあ私たちは、生徒はそれを見ているだけですか?」
「ハリー。君は――」
そこまで言ったとき、終業のベルが鳴った。
「おっと、今日はここまでのようだ。今日はその――あまりうまくいかなかったが、次回からは目の覚めるような体験を君たちに約束しましょう! では今日は解散! ……ああ、ハリー、君は少し残って」
「…………」
「キャーッ、ハリー! 何てこと! ねえ、どうかしら、私も一緒に……」
「ホラ行くわよラベンダー。ハリー、食堂で待ってるわ」
パーバティにラベンダーが引き摺られて出て行って、教室は静かになった。
振り向くと、相変わらず笑みを浮かべたロックハートがゆっくり近づいてくるところだった。
「ハリー、ハリー……少々おイタが過ぎましたね」
ロックハートが見上げる私にぐいっと顔を寄せて囁くように言った。
「君の気持はわかると言いましたが……私の授業では控えてくれないかな?」
「別に目立ちたかったわけじゃないです。ただ、本当に意図がわからなかったので」
「ハリー、確かに君は優秀な生徒だったと聞いているよ? しかし、この授業の教師は私だ。この私、ギルデロイ・ロックハートだ」
ロックハートは机の上に置いてあった「バンパイアとバッチリ船旅」を取り上げた。表紙と同じ顔が同じように笑っている。
「勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして、『週間魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞――君が少しばかり有名だからって調子に乗ってはいけない。特に、そう、私のように数々の輝かしい成果を残してきた物の前では――」
「借り物の成果ですか?」
ぴたり、と時間が止まったように、得意げだった顔が凍りついた。
私は無感情に、目の前の男の百面相する顔を眺めていた。
「は、ははは――ど、どういうことかな、私には、さっぱり……」
ああ――しまった。言ってしまった。
いや、もう、いいや!
「いえ、他意はないです。言葉の綾です気のせいです。すみません先生」
「そ、そうかね? それなら――」
「ですけど、言っときますけど! 私先生が思う以上にいろんなこと知ってますから! だから私にあんまり関わらないことをお勧めします! それじゃっ!」
脱兎のごとく逃げ出した。
階段を降りるまで走って逃げて、息を切らして立ち止まった。
ロックハートは追っては来ていない。
一安心だけど、勢いで言ってしまったことにため息を吐いた。
「原作知識」に関連することを人に話したのは初めてだ。
いや直接的なことを話してはないんだけど、知ってることを仄めかしたことも、多分今までなかった。
大丈夫かな。ちょっと……かなり心配になってきた。
軽率だったかな……我慢が足りなかったのかなあ。うーんでもなあ。
うー。
…………。
あー、もう考えない!
あいつに脳使ってもいいことないし!
なるようになる!
気にしない気にしない。
ご飯食べに行く!
お腹空いた!
そうやって思考を放棄して、私は大広間に向かって歩き出した。
心で渦巻く、もやもやとした不安を見ないふりをしながら。