「ハリー!」
廊下を歩いていると、突然後ろから弾んだ声で名前を呼ばれた。この声は……!
「会いたかったわ!」
「わっ」
振り返った瞬間勢いよく飛びついて来てハグされた。
「ふぁーまいおにー?」
「そうよ、久しぶりね!」
「うん、ひさしぶり」
予想通りハーマイオニーだ。
久々の再会に私も嬉しくなって抱きしめ返した。
……背伸びたなハー子。
二人で大広間に向かって歩く。
「元気だった? 休みは……あんまり楽しいものにならなかったみたいだけど。手紙をストップされてたんですって? それって然るべきところに訴え出た方が良いんじゃない? 調べたんだけど、魔法省に魔法生物規制管理部っていう部署があって……」
「まあまあハーマイオニー、本人……本妖精と話もできたし、あんまり大ごとにはしたくないしさ」
久々のハーマイオニー節で思わず顔がにやけてしまった。
この一息で延々と言葉が出てくる感じ、懐かしい。
「そう? あなたがそう言うならいいけど」
ハーマイオニーは心配顔だったけど、とりあえず納得はしてくれたみたいだった。
「それはそれとして」
と思いきや、息つく間もなく次の話に移る。
「酷いわね、あなたの叔父さんって! まさか鉄格子なんて……ほとんど監禁じゃない! それって然るべきところに訴え出た方が良いんじゃない? 調べたんだけど、地方児童保護委員会っていう自治体が設置してるシステムがあって……」
「まあまあハーマイオニー、一応育ててくれた人たちだし。私は大丈夫」
「そう? でも本当に辛かったら休み中私の家にも来てくれていいのよ? パパもママも歓迎してくれると思うわ。この休みも手紙が届いていれば迎えに行ったのに……」
「ありがと。でも、早いうちにドラコが訪ねてくれたから、彼の家でお世話になってたよ」
「ああ……ドラコ・マルフォイね」
そういえば、ハーマイオニーはちょうど1年前くらいに、汽車の中でドラコと険悪になっていた。
私はもう昔のことだと思っていたけど、まだわだかまりがあるだろうか?
そう思って顔色を窺ったけど、別にマイナスな表情はしていなかった。むしろスッキリとした顔をしている。
「ハーマイオニー、ドラコと何かあった?」
「何かってほどじゃないけど。あの人最近、合同授業の度に張り合ってくるのよ」
「……張り合ってくる?」
「先生に質問されたときとか、課題とかね。口は悪いけど真剣に予習もしているみたいだし……正直言って、私も張り合いがあるわね」
「へー」
そういえば休み中マルフォイさんに小言を言われていた。
魔法族でもなかった少女に全教科負けるなど情けない、みたいな。
奮起したのかもしれない。
「でも、試験総合1位の座は譲らないわ。彼もいずれ100点の壁を越えてくる存在……油断はしないわ。もちろん全教科1位も狙っていくわよ」
「おー」
拳を握って宙を睨むハーマイオニーに向かってぺちぺちぺち、と胸の前で手を叩く。
素晴らしいモチベーションだ。
するとハーマイオニーが私を見て眉尻を下げた。
「気が抜けるわね。ハリー、あなたにも言っているのよ?」
「え」
「去年の変身術の試験、忘れてないわよ。私は138点って聞いて間違いなくトップだと思ってたのに……何、203点って。何をどうしたらそんなに加点されるの」
「ああ……」
変身術は得意科目だけあって筆記は文句なしだった。
問題は実技で、ねずみを嗅ぎたばこ入れに変えるというものだったけど。
徹夜続きだった私は、ぼけーっとしたままとりあえず合格すれば良いやと全霊の全力を注ぎ込んだ。
「いや、あのときはちょっと余裕なくてやりすぎたんです」
「……余裕ないからやりすぎるなら普段はどうなのよ。意識して抑えてるってこと?」
「はははそんなまさか」
完璧な誤魔化し方をする私をハーマイオニーはしばらくジト目で見ていたけど、やがて諦めたようにため息を吐いて腕を組んだ。
「いいわよ、いつか本気のあなたに勝ってみせるわ。変身術も目下練習中。ちょっと止まって」
「なに?」
「いいから」
立ち止まったハーマイオニーは、しゃっと杖を抜いて、私の髪に向けた。
「動かないでね……レクータ(真っ直ぐ)!」
杖から閃光が走り、私の髪に当たる。
「お、おおおー?」
髪の毛がうねうねと触手のように蠢き(キモい)、しかし徐々に、根源に根差しているとさえ思えたしつこい捩れが取れ、サラサラストレートの髪に変わっていく――かに思えた。
――バチィン! と髪の毛がゴムのように戻ってきて頭で弾けた。
「いっだぁーっ!」
「くっ、強敵ね。ごめんなさいハリー、大丈夫?」
何度か頷きつつ、じんじん痛む頭を抑えながら杖を摘んで「エピスキー(癒えよ)」と唱える。
「ごめんなさい、ハリー……ハンカチ、使って?」
「な、泣いてないし。もう痛くないから大丈夫……わ、縦ロールだこれ」
「今回は敗けを認めるけど、また来年挑戦するわ。楽しみにしていて」
「うん……できれば痛くない感じでお願い」
その日1日縦ロールでなかなか好評だったけど、翌朝にはいつものもじゃもじゃに戻っていた。
もしかしたらこいつがラスボスなのかもしれない。
大広間に入ると、もうお昼の時間も終わりかけで人はまばらだった。
ハーマイオニーは後輩と食べる約束をしているらしく、「また図書館で」と言って別れた。
私も出て行く人波に逆らってグリフィンドールの席へ向かって歩いて行く。
「お、ハリー、久しぶり」
「どーもです」
「ハイハリー、元気だった?」
「超元気ですよー」
すれ違う上級生たちと挨拶を交わしつつ、ラベンダーのピンクのリボンを見つけて近寄っていく。
パーバティと、あとロンとジニーが一緒にいた。
「おまたせー。あーお腹すいた」
「ハッリィー! あなたどれだけロックハート先生に目ぇかけられてるのよちょっと!」
「あーもー、パーバティー!」
「はいはいラベンダー、ハウス!」
「ちょっと、犬じゃないわ!」
「あ、あっちにロックハート」
「マジで!? ちょっと行ってくる!」
息の合った漫才を横で聞き流しつつ、私はパスタをもっさり取って食べだした。
「災難だな、ハリー」
ロンが向かい側から心底同情したように言った。
「ママと代わってやってよ。僕らも一日中ロックハートの話でうんざりだったんだ。まさか本人の方がタチ悪いとは思わなかったけどさ」
「ははは――」
乾いた笑いが出てしまった。いやまったくですわ。
半ばヤケになって聞いてみる。
「ジニーもロックハートのファンなの?」
「あ、ううん。私は……」
ジニーは私をちらりと見て真っ赤になった。
えっ。
「ジニーは君のファンなんだよ」
「ロン!」
「なんだよ、こっちはこっちで休み中話をせがまれて大変だったんだぞ。君とロックハートのツーショットでも撮れば我が家の家宝に――あ痛っ! ジニー!」
ジニーは顔をさらに赤くして私をチラッと見ると、勢いよく立ち上がって走って行ってしまった。
「いったた、あいつ、足踏んでったぞ」
「ロン、ふぁ、ファン、ってどういうこと?」
「どういうこともなにも、そのままだよ。ハリー、君――」
「あの、すみません……あの、もしかしてハリエット・ポッターさんですか?」
急に横合いから話しかけられて振り向くと、薄茶色の髪をした小さな少年がカメラを持ってこっちを見ていた。
小さいと言っても私よりは以下略。
「そうだけど」
「やっぱり! ツーショットと聞こえたのでそうだと思いました。あの、僕、コリン・クリービーと言います」
おっと。
「僕も、グリフィンドールです。あなたのこと、本でたくさん読んだし、みんなにも聞きました。ファンクラブも入ったんです――あの、もし、かまわなかったら、写真を撮ってもいいですか?」
「お、早くも我が家の家宝ができるのかい?」
「やめてロン、ていうか、ていうか……」
コリンの時点で若干嫌な予感したけど、絶対原作にない言葉が聞こえたぞおい。
「ファンクラブって何ー!?」
「フレッドとジョージがリー・ジョーダンと組んで立ち上げてたよ。なんだかんだグリフィンドール生はだいたい入ってる」
「当たり前みたいに言わないで! 聞いてないんだけど!!」
「他の寮生もチラ、ホラ」
「だから聞いてねえ―!」
あの双子! 去年から小さな女王様とかアホなこと言ってたけど悪乗りしすぎだろ!
何がファンクラブだ! 私なんかでできるなら私だってセブルス・スネイプファンクラブでもつくるわ!
「ハリー、どうでしょう、写真? それで、後で現像したのを持ってくるのでサインくれると――」
「写真はNG! サインとかないから! サイン欲しいならロックハートのところでも行ったら良いじゃん」
「いえ、あの人は僕の魂に響かないので」
何言ってんだこの11歳。
「とにかくダメなもんはダメ! ロナルド・ウィーズリー!」
「は、はい!」
「双子にファンクラブとか解散させるよう言っといて!」
「サー! イェッサー!」
「誰がサーだ馬鹿!」
「イエスマム!」
私は肩を怒らせて大広間を出た。
大広間で騒ぎ過ぎたこの一件によって新たなファン層を獲得した、とは後のフレッドの言らしい。
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ファンクラブ云々の騒動は1ヵ月ほど続いたけど、結局解散させるには至らなかった。
アホ3人が写真とかグッズを作って売りさばこうとしていたのはなんとか交渉(魔法)して止めさせたけど。
ファンクラブのことを揶揄う男子にはシャーッ! と威嚇を繰り返していたら、最近は猫っぽいと噂されてると知った。去年はハリネズミだったから大幅な巨大化である。
コリンは事あるごとに写真とサインを狙ってきた。私もそれを避けようとするんだけど、何故か行く先々にカメラを構えて立ち膝でスタンバイしているコリンが居て若干怖くなった。
それとは打って変わって、ロックハートは大人しいものだった。
流石に演技はお手の物なのか、私の前でも不審な動きをすることもなく、笑顔も絶やさなかったけど、これまでから一転して私に関わらなくなった。
少し不気味だけど、私としてはありがたい。
平和だった。
なんとなく落ち着かない感じもするけど。
友達と過ごす騒がしくも充実した魔法学校生活こそが私が本当に望んでいたものだったはずだし。
来年はまた別の事件が起こるんだし、今年くらい、ただの学生として過ごしても罰はあたらないだろう。
そう思っていた。
――それが嵐の前の静けさだったと知るのは、ハロウィンの日だった。
水浸しの床。
壁に吊り下げられた石になった猫。
その上に大きく血で塗りつけられた文字。
松明でちらちらと照らされて鈍い光を放つその文字が、私を釘付けにして離さなかった。
『秘密の部屋は開かれたり』
当小説初のオリジナル魔法
直線魔法「レクータ」です。