私ハリーはこの世界を知っている   作:nofloor

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第8話 シューティングと決闘クラブ

 

 広い部屋に石が砕ける音だけが響いていた。

 

 

 だだっ広い部屋の中央、私はひとり立っている。

 周りからは何処から湧いてくるのか、様々な形をした石像が次々と現れて私に近づいてくる。

 そいつらに私が杖を向ける度に、向けられた石像が砕けたり燃え上がったりしていた。

 

 これは対応力と呪文のスピードを上げる練習。

 一体一体に適した呪文を当てなければならない。

 

 例えば人型の石像には「ステューピファイ」

 蜘蛛型には「アラーニアエグズメイ」

 植物のようなやつには「インセンディオ」

 大きな爪やハサミを持った奴には「エクスペリアームズ」

 

 などなど。他にもまだまだ種類がある。

 実戦を想定したものなので、もちろん基本無言呪文だ。

 ……困ったときはレダクト(粉々)で良いのは秘密だ。

 

 シューティングのゲームみたいに、だんだん石像の出現が早くなるようになっていて、石像が私の身体に触られるまで何体倒せたかをカウントしてくれる。

 

 

 石像が身体に触れたのはそれから3分後くらいだった。

 記録、56体。ベストではないけどまあまあのスコア。

 

「よし」

 

 次は杖を仕舞って同じゲーム……もとい特訓だ。

 杖無しの場合はより深い集中とイメージ力が要求される。

 

「スタート」

 

 声に反応し、またどこからともなく石像がガコンガコンと湧きだした。

 

 

 結果は37体。まだまだ杖ありの精度と速さは遠い。

 でも記録は徐々に伸びてきているから、成長はしてる。

 

 

 

 いつもは他にも難しい呪文の練習とかもしているんだけど、今日はこれでお終い。

 片付けをして部屋を出た。

 

 向かいの壁には大きなタペストリーが掛かっていて、バカなバーナバスがトロールにバレエを教えようとしている絵が描いてある。

 

 ここはホグワーツ城8階、必要の部屋。

 5巻以降頻繁に使われるようになる、本当に必要としているものが出てくる文字通り魔法のような部屋だ。

 

 最初は「闘いの練習ができる場所が必要」と念じて入ったらただの広い空間だったので、「一人でも! 闘いの練習ができる場所が必要」と念じたら今の部屋ができた。

 

 2年生になってから重宝している。

 

 

 

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 ハロウィンの日、ミセス・ノリスの石化した姿と壁に書かれた血の文字は、多くの生徒が目撃することになった。

 

 ダンブルドア先生が猫を調べている間、生徒たちも石になったかのように静まり返り、誰も声を上げなかった。

 私は第一発見者でもしかしたら疑われていたのかもしれないけど、あのときはかなり混乱していて、どうやって解放されて寮に戻ったか覚えていない。

 

 

 何とかものを考えられる頭を取り戻した私は、真っ先にジニーに詰め寄った。

 記憶の欠落や混乱が無いかを確認したけど、不自然な様子は見うけられなかった。

 ジニーじゃない。

 「強引なのも……良い……」とか言ってたけど、それは記憶からすっ飛ばした。

 

 じゃあ誰なのか? いったい誰が、リドルの日記を持っているの?

 

 ――わからない。

 

 とりあえず今できることを考えて、ハーマイオニーやコリン、ジャスティンとかの知っている限りのマグル生まれに、何かの気配を感じたら手鏡で確認するようにきつく言っておいた。

 怪物の仕業なら視線で石化させるような伝承が多いから、と説明したけど、どこまで信じてくれるだろう。

 

 それに私もマグル生まれを全員知っているわけじゃない。

 原作で襲われた人にはとにかく伝えたけど、襲われる人が変わらないとも限らない。

 日記を持っている人間が違うのだ。

 

 

 城の雰囲気は、はっきりわかるほどに暗くなっていった。

 「秘密の部屋」とはなんなのか、中にいると言われる怪物とはなんなのか。生徒全員がそれを知りたがり、図書館中の「ホグワーツの歴史」が貸し出された。

 寒さと共に、得体のしれない恐怖が城を覆っていくような気がした。

 

 

 

 そしてそんな雰囲気とか空気を読めない、ある意味安定しているのがこの男。

 

 ご存知、ギルデロイ・ロックハートだ。

 ミセス・ノリスのときにはペラペラと適当なことを喋り散らかして場を和ませていた。

 事件の後も何事も無いかのように笑顔を振りまいて、根拠のない自信を持っているように見えるので、何も知らない人からすればそれこそ英雄っぽく見えるのがまた腹立たしい。

 

 そんなロックハートの自己顕示の一環として「決闘クラブ」を開催すると告知した。

 

 ……ちょっと、彼に対して当たりが強すぎるような気がするな。

 原作知識で何をしたかわかっているし、個人的に会って苦手になったけど、それでも行動ひとつひとつをわざわざ否定的に見る必要はないか。

 

 今回のことも、生徒の不安を払拭するのに一役買うかもしれない。

 うん、わざわざマイナスに考えることはない。

 

 

 ラベンダーに誘われたから私も行くけれど、それ以外にももう1つ、私にも目的がある。

 ドラコに、お父さん――ルシウス・マルフォイの動向を聞きたい。

 リドルの日記がルシウス・マルフォイから誰かに渡ったことは間違いない以上、彼を調べることは日記の行方に繋がる……と思う。

 

 わからないけど、聞くだけ損ではあるまい。

 

 原作ではこの決闘クラブでドラコと闘ってたはず。しばらくスリザリンと合同授業もないし、行かない手はない。

 

 

 

 

 

 大広間の4つの机は全て撤去されて、中央に金色の模様が入った決闘台が据えてあった。

 

「私の決闘クラブへようこそ! さあさあ皆さん、集まって!」

 

 ロックハートの登場と共に歓声が上がる。

 後ろに、10人いたら10人が機嫌が悪いと断言する顔をしたスネイプ先生を連れているけど、ファンに手を振るそのパフォーマンスに陰りはない。

 

 すぐに模擬戦でスネイプ先生に景気良く吹っ飛ばされていたけど。

 

 

 その後、生徒同士でペアを組み始めた。

 私はドラコを探さなきゃならないけど、こういう時は自分の背の低さが恨めしい。

 うんと背伸びをしてきょろきょろ探していたら、ぬっと背後にスネイプ先生が現れた。

 

「ポッター、お前はこっちだ」

 

 連れてこられたのは決闘台の端っこに置いてある椅子。ぽつんと座らせられた。

 え、どういうこと?

 

「はっきり言うが、お前と他の生徒では勝負にならん。大人しく見学していたまえ」

「えー」

「文句を言うな」

 

 まあ、決闘が目的じゃないしいいですけど。

 ここからならドラコも探しやすいし。

 なんだかんだ言いつつさっきまで決闘に向けて仕上げて来てたんだけど、別にいいし。

 

 頬杖をついて膨れる私を余所に、ロックハートが声を張り上げる。

 

「いいですね! 杖を取り上げるだけですよ! それでは――始め!」

 

 合図と共に広間のあちらこちらで、明らかに武装解除じゃない火花や爆発音が巻き起こった。

 まともに武装解除を使おうとしている人の方が少ない気がする。

 

 ロックハートが止めるまで時間はかからなかった。

 

「やれやれ、まったく……非友好的な術の防ぎ方を教える方が良いようですね」

 

 ロックハートは頭を振って言った。

 

「誰か進んでモデルになりたい人は………おや?」

 

 ロックハートの目が、ひとりで座っている私を捉えた。

 またかい。

 

「これはこれは、ミス・ハリエット。高みの見物とはいいご身分だが、この会場に来たからには決闘に参加してもらわないとね。いくら君が決闘に向いていないとしても!」

 

 なぜか勝ち誇ったように高々と名指しされた。

 確かに言ってることは尤もだけど、見学の理由は逆です、先生。

 

「丁度いい。君には私が直々に魔法使いの決闘というものを教えてあげよう!」

 

 答えも聞かずに、決闘台の反対側の端へ意気揚々と歩いて行った。

 ちらりとスネイプ先生を見ると、カッ! と勢いのある親指でロックハートを指していた。完璧なGOサインだけど、いいんすか。

 ……ま、私も正式な決闘って一回してみたかった。

 

 ぴょんと椅子から飛び降りて、ローブから杖を抜き取った。

 

 周りの生徒はいつのまにか静まり返って、私たちの一挙手一投足を見守っているようだった。

 

「互いに礼を」

 

 スネイプ先生が中央に立ち、落ち着いた声で言った。

 

 私とロックハートは杖を胸の前に当ててお辞儀をする。ヴォルっちも満足だろう。

 

「それでは。1、2……」

 

 先生の朗々とした宣言の間に、私の意識は深みに潜る。

 イメージと集中力を一気に高めて、魔法を使う段階に持っていく。

 原作でろくに魔法が成功しないロックハートと言えど、この学校で7年学んで卒業したことは確かだ。油断はしない。

 

「……3、始め!」

「エクスペリアームズ!」

 

 気取った感じの呪文と共に、オレンジの閃光が飛んでくるのがハッキリ見えた。

 威力、速度、共に問題なく対処可能。

 

 イメージするのは盾。

 どんな攻撃もいなして防ぐ、堅牢でありつつも柔軟な盾。

 現実にはそんなもの存在しないけど、これは魔法。私のイメージで不可能は可能になる。

 

「――プロテゴ」

 

 一音一音噛んで含めるように言葉を放つ。

 眼前の空間が薄く紫の光を帯びて、六角形の盾が何重にもなって現れた。

 ロックハートの呪文はそれにぶつかり、私を外れて虚空へと消えていった。

 

「盾の呪文とは、さすが学年一の秀才と言ったところですね! ですがどうやらギリギリ逸らすので精一杯のようだ!」

 

 弾んだ声でロックハートが叫び、次々と杖を振って呪文を連射してきた。

 大丈夫。この盾は逸らすための盾だから。

 

「みんなちょっとだけ離れて貰える? 流れ弾が当たるかもしれないから」

 

 盾の横の生徒たちに言うと素直に空けてくれた。

 

 ロックハートの呪文は順に盾に突き刺さるけど、ぬるりと滑るようにいなされて私の後方へ飛んで行く。

 うん、この分ならまだまだ保つ。

 この決闘は呪文を連射するロックハートと最初以外ぼーっと立ってる私を見るだけの決闘です。

 

「ブラキアム・エンメンドー! はっ、はあっ、なぜだ! なぜ破れない!? たかが盾の呪文ごときが!」

 

 ちょっと今の呪文骨抜くやつじゃん! なんで攻撃として使ってるの!

 

 しかし、どうしよう。

 盾が壊されれば次の行動の取りようもあるけど、耐久力まだ半分くらい残ってるんだよね。

 このまままたロックハートの独り相撲を見ているのも忍びない。

 

 またちらりとスネイプ先生を見ると、無表情で親指で首を搔き切るジェスチャーをしていた。

 あ、やっちゃえって? 合点です。

 

「エクスペリアームズ、武器よ去れ」

 

 呪文の隙間を縫って放った私の武装解除呪文は、スネイプ先生のときの焼き直しのようにロックハートを吹っ飛ばした。

 

 今回は呪文連射で体力を使っていたせいか立ってくる様子がない。

 

 スネイプ先生がさっと様子を確認して宣言した。

 

「ギルデロイ・ロックハート戦闘不能! よって勝者、ハリエット・ポッター!」

 

 わっと周りから歓声が上がった。

 

 私は大きく息をついて集中を解く。ただの武装解除だけどロックハートは大丈夫だろうか。

 近づこうとしたら、既にスネイプ先生が蘇生を施していた。

 目が覚めてしばらくは何が起こったかわからないようにあたりを見回していたけど、やがて私を見つけて自分が負けたことを理解したようだった。

 

 一瞬、どきりと心臓が跳ねた。

 私を見るロックハートの顔が、普段からは考えられないほどに恐ろしく歪んだ気がしたのだ。

 

 瞬きした後には、いつもの完璧なスマイルがその顔にはあった。

 

 

 なんだ、気のせいか。

 ……いや、そんな鈍感主人公みたいなこと言わない。

 

 よく考えなくても恨まれることばかりしているよ私。ほとんど逆恨みだと思うけど。

 それに、勢いでロックハートの秘密を知っていることを話してしまっている。

 

 何かされてもおかしくない。

 客観的に見て、多分実力的には私の方が上だと思うけど、用心しよう。

 

 

 私の方を見ることなく、ロックハートが手を振りつつ退場していく。

 絶対に笑顔を崩さない姿は少し尊敬に値するかもしれない。

 

 

 でも、あの端正な顔が歪んだときの歪さは、しばらく私の脳裏に焼き付いて離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 2週間後、コリン・クリービーが襲われた。

 

 

 

 

 


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