私ハリーはこの世界を知っている   作:nofloor

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誤字報告もありがとうございます。
誤字が多くて本当に申し訳ない……。


第15話 日記の正体とトム・リドル

 

 ばったりとドラコが倒れて、私は駆け寄った。

 容体を確かめる……うん、大丈夫。気絶しているだけだ。 

 

 自分で放ったのは失神呪文だったから当たり前と言えばそうなんだけど、一安心してため息を吐いた。

 

 後は蘇生させて、帰るだけ……だったらよかったんだけど。

 

「愚かな男だ」

「……!」

 

 誰もいないはずの部屋に、後ろから男の声が響いた。

 しゃがんだまま振り向いて、ドラコを背に杖を構える。

 

 ドラコが落とした本の傍らに、男子生徒が立っていた。

 4年生くらいだろうか。かなり整った顔立ちをしている。でもそんな高評価を消して有り余るのは、その全てを見下したような表情と、一目で闇の魔法使いだとわかる禍々しい気配だった。

 

「思ったより驚いていないようだね」

 

 男は薄く笑いながら喋った。

 

「……当然でしょ。ドラコを操ってた奴がいるのはわかってたから」

「おや、じゃあさっきのは、嘘や方便でなく本音かい? はは――」

 

 爽やかとすら言えるのに、はっきり人を見下している笑みだった。

 

「これはまた、随分とおめでたい頭をしているんだな、ハリエット・ポッター」

「……うるさいな」

 

 バカにされているのはわかったけど、心は揺るがない。

 

「どうして私の名前を知っている」

「そこで倒れているマルフォイ君が教えてくれたんだ。どうしても勝ちたい奴がいると」

「やっぱり、お前がドラコを……!」

「そうだとも。力を求める類の者はこの世で最も御しやすい。そう思わないか?」

 

 男は背後のドラコに侮蔑の視線を向ける。

 視線を遮るように手を広げて、床を踏みしめて立ち上がった。

 大丈夫、大丈夫だ、この程度じゃ揺るがない。

 

 だって私は、最初から、

 友達を利用したこの男に、これ以上ない程に怒っている。

 

「……御しきれてなかったみたいだけど?」

「ああ、だから愚かな奴だと、そう言ったろう」

 

 事もなげに言う男を歯を食いしばって睨みつけた。

 気にした風もなく、得意げな調子で男は続ける。

 

「流石に最初は警戒心が強くてね。何時しかそれも薄れて、この本……正しくは日記だがね、まあつまり、日記()をマルフォイ君が完全に信じ切ったとき、僕は彼に魂を注ぎ込み始めた」

「魂を、注ぐ? そんなことが」

「そうさ。故にマルフォイ君は僕の力のほんの一部を使うことができた。彼は自分の力だと思いたかったようだけどね。同時に僕も、彼の魂を得て力をつけていったのさ」

 

 心底おかしそうに笑う男を見つめながら、私の頭は怒りとは別に目まぐるしく回っていた。

 そんな、そんなことが可能なのか?

 あの本は……日記らしいけど、外見は本当にただの古ぼけた本だ。あんなものが意志を持って、人を操り、あまつさえ魂を持つだなんてこと――知る限りの魔法界の常識に当てはめても、あり得ない。

 

「お前は……」

 

 何と言っていいかわからず、言い淀んだ。

 

「……お前は、何だ?」

「つまらない質問だけど、答えよう。僕は『記憶』だよ。50年前にこの部屋の秘密を解き明かし、その入り口を開いた……その生徒の記憶が、あの日記には封じ込められていたのさ」

 

 男は足元に転がる日記に目を向けた。

 秘密の部屋を開いた生徒……つまり。

 

「お前が、本当のスリザリンの継承者」

「いかにも」

 

 望んでいた答えだったのか、男は満足そうにうなずいた。

 

「50年前は穢れた血を一人殺しただけで部屋を閉じなくてはならなくてね。しかし部屋を見つけるのに費やした苦労の対価が生徒一人では割に合わない。だからこそ、日記を残して、十六歳の自分をその中に保存しようと決心した。いつか、時が巡ってくれば、誰かに僕の足跡を追わせて、サラザール・スリザリンの崇高な仕事を成し遂げることができるだろうと」

「成し遂げられていない!」

 

 私は思わず叫んだ。

 

「生徒どころか、猫だって死んでない! みんな石になっただけだ!」

「はは――そうだね、それは確かに誤算だった。偶然にしてはあり得ない……でも、もうそんなことはどうでも良いんだ」

 

 男は滑るように歩き近づいてきた。

 私は後ろに下がりかけた足を踏みとどまって、男の顔を強く見上げた。

 

「マルフォイ君が話してくれたよ。君のすばらしい経歴をだ……憎まれ口を叩くようだったけど、君の功績を羨んでいたようだ。本当は彼は……」

「――それ以上彼のことを好き勝手喋るな」

「おっと失礼。まあ彼はともかく、君に聞きたいことがあるんだ。さっきまで君の問いに答えていたんだ。君も答えろ」

 

 ほんのすぐ近くまで近づいた男は、ギラギラした目で舐めるように私の額を見ていた。

 額の傷を。

 

「僕が聞きたいのは――」

 

 囁くような声だった。

 

「これといって特別な魔力も持たない赤ん坊が、不世出の偉大な魔法使いをどうやって破った? ヴォルデモート卿の力が打ち砕かれたのに、君の方はたった一つの傷痕だけで逃れたのは何故だ?」

 

 予想外の問いに、私は眉をひそめた。

 

「……どうしてそんなことを聞くの? お前とヴォルデモートに、何の関係があるのさ」

「ああ、ヴォルデモートは僕の過去であり、現在であり、未来なのだ」

 

 静かな声で男は言った。

 

 

「自己紹介をしようか。僕はトム・マールヴォロ・リドル。またの名を――ヴォルデモート卿」

 

 

 その名前はずしんと、私の心臓を打ち鳴らした。 

 脳がゆっくりとその事実を受け止めた。

 ヴォルデモート。闇の帝王。最も邪悪な魔法使い。

 目の前の男が、この後大人になり、多くの魔法使いを、そして私の両親を殺すのか。 

 

 仇への怒りはあった。

 でも、もうひとつ。自分でも意外なほどに、悲しみが心に溢れた。

 

 記憶の中の異形の姿のヴォルデモートも、元々は私たちと変わらない普通の生徒だったのだ。

 この端正な顔立ちの少年が、化け物へと変わっていく年月を視た気がして、数秒目を閉じた。

 道を間違えても、人はやり直せる。さっきのドラコのように、自分で間違っていると気づくことができるはずなのに。

 

「……私が生きているのは」

 

 いつの間にか怒りとか憎しみは、消えてはいないけど、遠く離れた所に感じた。

 

「母さんのおかげだよ。お前が私を殺そうとするのを、母さんが命を懸けて助けてくれた」

「……なるほど。それは呪いに対する強力な反対呪文だ。はは――結局君自身には特別なものは何もないわけだ」

 

 さっきまでの狂気的な雰囲気は消えて、最初の方の余裕がリドルに戻ってきていた。

 私が恐れるに足る存在ではないと確信したんだろう。

 身軽に踵を返して、上機嫌に右に左に歩いた。

 

「君には少し期待していたんだけどね。ほら、僕たち似た所があるだろう?」

「………」

「混血で、孤児で、マグルに育てられた。蛇語を話せるのも、かのスリザリン以来僕ら二人だけだろう」

「さあ?」

「だが蓋を開けてみればなんだ、ただ運が良かっただけか。やはり、この世界で最も偉大な魔法使いは、僕を措いて他にはいない」

 

 ……楽しそうなところに水を差して悪いけど。

 

「それは違う」

 

 ぴたり、とリドルは立ち止まってぎょろりと私を見た。

 その眼には、何の感情も浮かんでいないようで不気味だった。

 

「世界一偉大な魔法使いはダンブルドア先生だよ」

「……ダンブルドアは僕の記憶にしか過ぎないものによって追放された」

「どうかな。あの強かなお爺ちゃんが何もせず放ってこの学校を去ると思う?」

「……!」

 

 絶句したところを見るに、暗躍者ぶりは昔から変わっていないらしい。

 50年も前のことなのに。いつから狸爺なんだろう、あの人。

 

「しかし、そこの生徒は何の妨害もなくここまで来た!」

「ドラコが死んだらお前も困るんでしょ? 生徒が本当に助けが欲しい時は、あの人はきっと与えてくれる。そう思うよ――」

 

 

 私がそう言った瞬間、心を震わせる不思議な旋律が部屋高くに鳴り響き、中央に白鳥ほどの大きさの真紅の鳥が炎と共に現れた。

 

 不死鳥だ。初めて見るけど、どうしてか味方だと信じられる安心感があった。

 孔雀の羽のように長い金色の尾羽を輝かせて、優雅に滑空してきた不死鳥は、私の手にボロボロの包みを落とし、ひゅうっと重さなく私の肩に止まった。

 

「ほら、こんな風に」

「な――」

 

 図ったかのように、完璧なタイミングだった。

 気圧されたようにリドルが1歩、後ろに下がる。

 

「貴様、何が――いや、関係ない」

 

 何か言いかけたけど、リドルは首を振って唇を歪めた。

 

「例え貴様が言った通りでも、ダンブルドアの送ってきた援軍はなんだ? 歌い鳥に古い組み分け帽子だ。そんなものが何の役に立つ?」

 

 私はぎゅっと組み分け帽子を握りしめた。

 確かになぜこんなものを送って来たかはわからない。でも、あの人は意味のないことはしない。それだけは信じられる。

 

「聞きたいことはもう聞いた。これ以上の会話は必要ない!」

 

 リドルは蛇のような瞳孔を私に向けた。ゾッとするような魔力が身体から放たれていた。

 私は恐怖を飲み込んで、改めて杖を強く握ってリドルに向けた。

 まさか二年連続でこいつと闘う羽目になるとは思ってもみなかった。でも、私がハリエット・ポッターとしている以上、避けて通れないことなのかもしれない。

 深呼吸をした。

 

「戦う前に一つだけ聞いていい?」

「……ああ、遺言くらいは聞いてやろう」

「トム・リドル……お前は、どうしてヴォルデモートになってしまったの? 引き返すことだって、きっとできたでしょう? ――手を差し伸べてくれる人は、いなかったの?」

 

 喉の奥から零れた問いに、リドルはあっさりと、呆れたように肩を竦めた。

 

「何を言うかと思えば……下らないな。このヴォルデモート卿にそんな言葉を吐いたのは君で2人目だよ。答える意味もないし、意義も感じない」

「……そうだね。意味のないことだった」

 

 ただ、私の自己満足だった。感じてしまった気持ちを、言葉にしたいだけだった。

 過去のこいつに何を言っても、現在(いま)が変わるわけじゃない。

 

 2,3秒目を瞑って、開く。

 意識を闘いに切り替える。遠のいていた怒りに空気を入れ燃え上がらせる。

 魔法においては、強い感情も燃料だ。

 

「さて、では揉んでやろう。スリザリンの正統なる後継者、ヴォルデモート卿と、かの有名なハリエット・ポッターの闘いだ」

「有名なのは私の力じゃない。母さんの力だよ。それでも――」

 

 大きく息を吸って、気炎と共に吐き出した。

 

「私はお前に打ち勝ってきたんだ!」

 

 闘いの合図のように、不死鳥が肩からパッと飛び立った。

 

 

 


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