私ハリーはこの世界を知っている   作:nofloor

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第1話 今年度の方針と怒りの1週間

 

 みなさん、ご機嫌麗しゅう!

 ハリエット・ポッターだよ!

 

 本日7月30日。時刻は間もなく深夜0時を迎えようとしています。

 さて、問題。私は今何をしているでしょう?

 

 答え:布団の中で必死に音を殺して宿題をしています。

 

 なんだかなー。

 魔法の宿題をしているなんて叔父さんが知ったらそれはもう怒るから仕方ないんだよね……もう半ば諦めの境地に足を突っ込んでます。

 あと十何分かで13歳だっていうのに、中々に悲惨な私だ。

 

 叔父さんの魔法アレルギーはまだまだ健在のようで、休暇で帰って来るなり杖から教科書から下の物置に押し込まれた。

 まあその日の夕方にダドリーに取ってきてもらったんだけど。

 

 ダドリーとの仲は悪くない。

 ただ一つ危ないのが、最近ボクシングを始めたらしい。

 見た目大デブが中デブくらいになり、かなり筋肉質に。そしてパンチのキレが増した。

 ベタベタのインファイターをまともに相手はできない。身軽な身体を生かしてどこまで攪乱できるかが勝負のカギになる。

 蝶のように舞い、蜂のように刺す……モハメド・ハリと呼んで欲しい。

 

 

 まあ、そんな冗談は置いといて。

 手は動かしつつ、少し今の状況を整理しておきたい。

 

 私ハリエット・ポッターは、原作ことハリー・ポッターシリーズの知識を持ってこの世界に生まれた。

 今年は第3巻、「アズカバンの囚人」の事件が起こる年だ。

 それを踏まえた上で、今年私がどう動くべきか。

 

 何せ、その「原作」を思い出したのがつい先日のことなのだ。

 

 

 

 

 

 去年の暮れ、私はロックハートとかいうアホに忘却術をかけられて、原作の記憶をまるっと失った。

 アホは捕まってアズカバンに入れられたんだけど、そいつに面会に行って魔法を解いてもらったのが、ちょうど1週間前のことだ。

 半年間、原作を知らない純粋な「ハリエット・ポッター」として生きたのは気楽ではあったけど、一歩間違えば記憶が全部吹っ飛んでたことを思えば、アホに感謝する気は起きない。

 それに、死亡フラグ満載のこの世界。原作知識無しに無事に生きられる気がしない。

 

 記憶が一気に戻ってからは数日混乱の極みで、頭痛と眩暈に苛まれた。

 でもその結果、この謎の知識についてわかったことがある。

 

 どうやら「原作知識を持った私」と『この世界で生まれた私』は別のものである、ということ。

 生まれた時から既に両方の私がいたから、ふたつは殆ど同一の人格だ。でもこの半年は「原作知識の私」は消えて、『この世界の私』が純度100パーで生活していた。

 

 そのせいか、記憶が戻ってからは二つの人格が今までより区別できるようになった。

 区別といっても、今まで一本の紐だと思っていた精神が、よく見れば二本の編み紐だった、くらいの誤差だ。ほとんど同一人格だし、前と何かが大きく変わったわけでもない。

 思考の分割が楽になるかも、とかその程度のものだ。

 そう考えればむしろメリットかもしれない。

 

 

 ……私のことは置いといて、今年のことを考えよう。

 「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」……原作を思い起こしてみると、去年や一昨年に比べればかなり気が楽だ。

 人が死に得る要因が小さく、少しの介入で排除することも可能だろう。

 欲を言ってしまえば、去年の内に解決できる話だったんだけど。ロンのペット、スキャバーズ……ピーター・ペティグリューを校長につき出せば、それだけで多分、今年の事件は起こらなかっただろう。

 

 だというのに! いくらでもチャンスの合った去年、記憶を飛ばされていたのだ。

 頭の中でアホがウインクしてきたので、パンチを入れておく。

 

 その拍子に羽ペンを持つ手に力が入って、羊皮紙に穴を空けてしまった。

 

「うわ、まずい……」

 

 慌ててパジャマの袖でインクが付いたシーツを拭うけど、伸びて余計目立つようになってしまった。

 ペチュニア叔母さんに怒られる……。

 溜息を吐く。

 

 今年の事件の引き金は、「ウィーズリー家を映した新聞に載っているスキャバーズをシリウスが見ること」だったはず。

 つまり、記憶が戻った時点で、もう始まってしまっているのだ。

 

 起こってしまったのはもう、仕方がないけど、やるべきことは変わらない。

 ペティグリューを捕まえてしまえばいい。

 

 もちろん問答無用というわけではない。原作ではロンがスキャバーズ関連で相当荒れていたし、今後の展開がどうなるかわからないから、少し様子を見つつ。

 まあ最悪放っておいても問題ない気もするし、余裕を持ってやっていこう。

 

 うむ。

 勝ったッ! 第3巻完! も遠くはない。

 我々の勝利は目前である。

 ふあーっはっはっは!

 

 ……なぜだろう。何も安心できない。

 フラグじゃない! フラグじゃないからね!?

 

 

 

 独りで誰に向かっているのかわからない言い訳をしながらふと時計を見ると、いつの間にか0時を回っていた。

 13歳になってもう10分も過ぎてしまった。

 この家ではわたしの誕生日は存在しないも同然だけど、またひとつ歳を重ねられたことは素直に嬉しい。

 

 小声で「ハッピー・バースデー」を歌いながら、今年に想いを馳せる。

 来年の今日を無事に迎えることができるかは、今年一年の私の頑張りにかかっている。

 頑張ろう。 

 

 

 明日から、原作第3巻が動き出す。

 今年度の始まりを告げるイベントは、そう――マージおばさんの来襲である。

 

 

 

 

 

 

「第一に。マージに話すときは、いいか、礼儀をわきまえた言葉を話すんだぞ。第二に、マージはお前の異常さについては何も知らん。何か――何かキテレツなことはマージがいる間いっさい起こすな。行儀よくしろ。そして、第三に。マージにはお前が『セント・ブルータス更生不能非行少年院』に収容されていると言ってある。おまえは口裏を合わせるんだ。いいか、小娘。さもないとひどい目に遭うぞ!」

「ふーん」

 

 翌朝の朝食の席で捲し立てられた言葉に、私は気のない返事を返した。

 寝起きで頭が働かないのもあるけど、単純に聞いても意味のないことだからでもある。

 生返事が気に入らなかったのか、叔父さんの赤ら顔がずいと近づいてきた。

 

「わかったかと聞いているんだ!」

「わかってるって。ヘドウィグにもどっか行っててもらうし、変な真似もしないよ。そのセント何たらって施設の名前だけもっかい教えて」

「む、ん、お……?」

 

 予想外の物分かりの良さに目を白黒させた叔父さんだったけど、すぐに頭をぶんぶん振って、肩を怒らせ直した。

 

「『セント・ブルータス更生不能非行少年院』だ! お前が何を企んでいるのか知らんが……」

「企みなんかないって。あ、でもひとつお願いがあるんだった」

 

 ポケットからホグズミード行きの許可証を取り出して、叔父さんに見せた。

 

「なんだこれは?」

「学校から外出する許可証。叔父さんのサインが要るの。大人しくしてたら、これにサインしてくれる?」

「なぜわしが………いや、わかった、いいだろう。その代わり忘れるな! 『セント・ブルータス更生不能非行少年院』! 復唱!」

「せんとぶるーたすこうせいふのうひこうしょうねんいん」

「フン!」

 

 差し出した許可証を引っ掴み、ポケットにねじ込む叔父さん。苦虫を嚙み潰したような顔だけど、案外素直にお願いを聞いてくれた。

 私も素直にしていたのが良かったんだろうか。相変わらず疑いの眼差しは感じるけど。

 

 でも間違いなく私は、最初から大人しくしているつもりだったのだ。その結果サインをしてくれるなら、マージおばさんに更生不能非行少女だと思われようがどうでもいい。

 原作ハリーは忍耐力が足りずにキレ倒していたけど、何、来るとわかっているものに怒りはしませんよ。

 

「それじゃお前は、上に行って忌々しいふくろうをなんとかしろ。わしはマージを駅に……」

「あ、叔父さん」

 

 朝食を食べ終え、車のキーを取った叔父さんを呼び止める。

 

「なんだ、今度は……」

「マージおばさんに、私の両親のことわざと悪く言ったりはしないでね。それは怒るから」

 

 おばさんが言うのは諦めるけど。と付け加えると、叔父さんは返事はしないで少しだけ青くなって出ていった。

 去年の怒った私を思い出してくれたのかもしれない。

 もちろん学校の外で魔法は使っちゃいけないし、怒っても制御できるよう訓練もしているけど、それは叔父さんは知らないわけで。

 

 ふふふと笑う私に、ダドリーがベーコンをもごもご頬張りながら目線を向けてきた。

 

「お前……去年よりもなんか、手際? が良くなったな?」

「そう? そうかな」

「ああ。しっかりというか、ちゃっかりというか」

 

 そうだとしたら、私の中でも『この世界の私』の方だろう。

 去年の後半は、正直前世の私が意識に居たときよりしっかりしていた気がする。

 生きてきた年数は少なくとも、前世がある分今の私の方が長いはずなんだけどなあ。

 腑に落ちない。

 

「さあ、私たちも準備するわよ!」

 

 ペチュニア叔母さんがピシャリと言ったので、私達は慌てて朝食を掻き込む。

 叔母さんはそんなダドリーに笑顔を向けて、

 

「ダディちゃんはおめかししなくちゃね。素敵な蝶ネクタイを買っておいたのよ」

 

 と言った。そしてついでのように、私をちらりと見て付け加えた。

 

「あんたも、その髪を何とかおし。……ブラシくらいなら貸してあげるから」

 

 食パンをごくりと飲み込んだ。

 

「うん、ありがとう。頑張るよ」

 

 

 だが、この父さん譲りの髪は普通のブラシでは歯が立たない。

 思いっきり歯の欠けたブラシを返すことになった。叔母さん、ごめんなさい。

 

 

 

 

 誤算だったのは、滞在期間だった。

 だって、まさか1週間ずっといるとは思わなかったの。原作でもそんなに長い間居たっけ?

 

 

 マージおばさんがやって来て、顔を合わせた第一声は「ふん、お前、まだここに居たのかい!」だった。

 あはは、まあ、予想の範疇ですね。

 

 その後も事あるごとに、むしろ何事も無くても、私が何たら少年院に入れられて当然だとか、ダドリーと比べていかに劣っているかとか、役立たずの穀潰しだとか、嫁の貰い手なんてあるわけないとか、上げればキリがない豊富な貶し方を披露してくれた。

 あははは、まあ、罵詈雑言のボキャブラリーが増えたと思っておきましょう。

 

 ていうか用も無いのに呼びつけてまで言わないといけないですか、その嫌味?

 嫌いなら放っておいて欲しい。

 あとお尻を蹴らないで欲しい。地味にダメージが蓄積されていってる。

 

 それも別にいいのだ。1日とか2日ならば。

 さすがに毎日毎日そんな扱いをされていれば、私の気も滅入ってくる。

 対策として、頭の中でお菓子や魔法のことだけを考えに考えて、現実をシャットアウトするという手法を編み出した。13歳にもなって、頭の中がお菓子と魔法でいっぱいのメルヘン少女になってしまったことは、この際考えない。

 ただこれをすると、「ぬ」と「ね」の区別がつかなそうな顔になるらしく、マージおばさんはそれもまた気に食わないようだった。 

 

 

 4日ほど経って、とうとう私への暴言が思いつかなくなったのか、両親について貶しだした。

 暴言を思いつかなくなったら、言わなければ良いと思います。

 

「ブリーダーにとっちゃ基本原則の一つだがね、犬なら例外なしに原則通りだ。牝犬に欠陥があれば、その仔犬もどこかおかしくなるのさ」

 

 とか、

 

「お前の父親は無職で文無しで穀潰しで、自動車事故で死んじまったのも当然の報いだね。むしろ世の中のためだよ」

 

 とか。

 

 いやーあはははは。まあまあまあまあ、このくらいの暴言は想定内――

 

 

「なわけないだろー!!!」

 

 部屋の枕を全力で殴った。

 

 人って人のことこんなに悪く言えるの!?  もうなんか、びっくりしたー!!

 原作ハリーごめん! これはキレていい。忍耐力足りないとか言ってごめんなさいでした!!

 私は我慢するけどね! 約束だしね!!

 バーノン叔父さんも一応、両親のことは知らぬ存ぜぬで通してくれてるし? 挙動不審だけど!

 ペチュニア叔母さんも、やんわりと話題を避けようとはしてくれるし? ほぼ意味ないけど!

 ダドリー? あいつはお小遣い欲しさにすり寄っていくだけだから知らん。

 

「ハリー、おばさんが呼んでるぜ」

「いーやー!!」

 

 もう数えるのも億劫になった呼び出しに、私は頭を抱えて悶えた。

 

 

 

 とにかく、何を聞いても、反論はしない。反応もしない。

 こんな奴のためにホグズミードに行けなくなるなんてバカげている。

 

 むしろもう一人の『私』の方が激怒していて、終盤はずっと私は宥める側だった。何度あの(自主規制)ババアを破裂させようと言い出したかわからない。

 膨らませる、じゃなくて破裂とは。発想が過激で怖い。

 

 

 

 

 まあそんなこんなで、やっと一週間が経って、叔母さんは意気揚々と帰って行った。

 私は遠巻きに青くなるダーズリー一家に見向きもせず、幽鬼のような足取りで、無意識に壁にヒビを入れながら部屋に戻った。

 

 その後休みが明けるまで3週間、9割部屋に籠って過ごすのだった。

 

 


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