私ハリーはこの世界を知っている   作:nofloor

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第2'話 漏れ鍋と再会の友人

 

 

 起きたら、髪が伸びていた。

 そして荒れていた。森がジャングルくらいになっていた。

 

 さてはストレスか。

 ストレスで禿げる人は沢山いるだろうけど、ストレスで髪が伸びるのは私くらいのもんだろう。

 世の男性の怨嗟の声が聞こえた気がする。

 

 ベッドから立ち上がって、背中を鏡に映して肩越しに見てみた。

 今まででも腰の上くらいまであったのが、お尻を半分隠すくらいにまで来ている。しかもくせ毛の状態でそれだから、ピンと伸ばせば足まで届くかもしれない。

 ばっさり切っても良いけど、天パなのもあって髪だけでゴミ袋を一袋埋めそうだ。ご近所さんに事件性を疑われて通報されてしまう。

 魔法的効果を持った髪だからか、この長さでも邪魔にならない。今回はもうこのままでいいか。

 ……もっと気を使えという内なる意志を感じる。

 後で適当にまとめておきます。

 

 あくびをしながら窓に近寄って外を見ると、電車が走っていた。

 ここはロンドン。「漏れ鍋」の一室だ。

 

 

 夏休みの残りをダーズリー家で籠っているのももったいない。そう思った私は昨日のうちに、原作ハリーに倣って夜の騎士(ナイト)バスに乗り、ロンドンにやってきたのだった。

 バスの乗り心地は予想の3倍最悪だった。運転が荒いのと速いので、そこら中の窓ガラスにビッタンビッタン打ち付けられて、降りるころには身体中のお肉が柔らかくなっていたと思う。

 

 漏れ鍋に着くと、コーネリウス・ファッジ魔法省大臣が待っていて、原作同様お叱りを受けた。

 シリウスが脱獄している今、家出なんてのはもっての外、危険もいいところだったわけだ。実際には危険じゃないんだけど。

 そうでなくとも、こんなことに国のトップに出向いてもらって申し訳ない。つくづくこの身は特別扱いされている。二重の意味を込めて謝っておいた。

 

 まあそんなわけで、昨日からここに泊っている、というわけだ。

 時計を見ると、針は正午過ぎを示していた。だいぶ寝坊してしまった。 

 とりあえずいつもの手癖で、ベッドの脇に置いてあるブラシ(マダム・マルキンから貰ったやつ)を取って、ベッドに座って髪に当て始めた。

 

 このブラシ、丸2年使っていて、まだ壊れてはいない。とはいえ最近、髪を梳くたびに「オォーン、オォォーン」と悲痛な泣き声が聞こえるようになってきた。

 「もうあっしにゃ無理です姐さん……!」みたいな。

 貰いものだし大事に使っていたけど、流石に替え時なのかもしれない。丁度いいタイミングだし、新しいのを買っちゃおうか。

 

 そんなことを考えながら、私は着替えるため、ベッドの下のトランクに手を伸ばした。

 

 

-----

 

 

 漏れ鍋での残りの休みは快適なものだった。

 懐中電灯で毛布の中で宿題をする日々と比べればどんな所でも天国だろう。それでもここは、想像していたよりもずっと素敵なところだった。

 

 何よりも、興味を惹くものが尽きないダイアゴン横丁に好きな時に行けるのが良い。

 残っていた(大部分の)宿題も早々に片付けて、私は毎日ダイアゴン横丁に繰り出しては、魔法界の不思議な店を見て回って過ごした。

 

 大きなガラス球に入った動く銀河系の模型に心惹かれたり、純金の魔法薬調合セットの誘惑に必死で耐えたり、『怪物的な怪物の本』の扱いに困っていた書店の店主に扱い方を教えてあげたり、ファイアボルトが売られているクィディッチ専門店は早足で素通りしたり……。

 

 毎日ぶらついているとお店の人に顔を覚えられて、何だか出会うとお菓子をくれるようになった。笑顔で「持って行きな」と言ってくれるから、ほくほくと貰っては食べて、頭を撫でられたりしていた。

 もしかしてすごくちっちゃい子扱いされているのでは? と気づいたのは、道端でぽけっとキャンディを齧っているときだった。

 

 ホグワーツの知り合いにもちょくちょく遭いもした。

 残念ながら、仲の良い女の子たちやウィーズリー家やマルフォイ家の皆さんは見つけられなかったけど。

 

 

 

 そうこうしているうちに、あっという間に休みも終わり、学校に向かう時が来た。

 夏休みが終わるというのは、学生なら残念がるべきなのかもしれないけど、私は全然そんなことはない。

 友達にも会えるし、魔法も解禁される。懐かしのホグワーツに帰ることができる。

 もう3年目だっていうのに、新学期前日はなかなか眠れなかった。

 

 やっぱり私は、あの森と湖に囲まれた城が大好きなんだ。

 

 

 

 

 キングス・クロス駅までは過保護にも魔法省の役人さん2人が車で送ってくれた。

 荷物をカート乗せてもらうまでしてもらって、お礼を言ってから9と4分の3番線のホームに向かった。

 

 柱に偽装した改札を抜けてホームに入り、しばらく歩いていると懐かしい顔を見つけた。

 

「パーバティ!」

 

 双子の妹のパドマと一緒に歩く彼女を見つけて、ジャンプして手を振った。

 パーバティも気づいてくれたみたいで、パドマに断って笑顔でこっちに歩いてくる。

 私も駆け寄って、パッとハグをして再会を喜んだ。

 

「ハリー! 久しぶりね。休みはどうだった? ダイアゴン横丁に居たんでしょう?」

「そう! そうなの! 実はさあ……」

 

 手紙ではダイアゴン横丁に居ることしか伝えていなかったから、詳しい話はしていない。思わずマージおばさんの愚痴が溢れそうになったけど、久しぶりなのに最初からその話をするのも楽しくない。

 

「んー、また後で話す!」

「そう? 私は良いんだけど。……あら?」

 

 ニコニコ笑顔を浮かべていたパーバティが、不意に神妙な顔になった。

 

「ハリー、あなた……」

「え、え、何?」

「ストップ」

 

 顔を急に近づけてくるパーバティに、たじたじとなる。

 割と長い時間私を見ていたパーバティは、やがて言葉を漏らした。

 

「……やっぱり。随分伸びたわね」

「あ、髪のこと? まあ、これは……」

「いいえ、髪はもはや気にしないわ。身長の話よ」

「身長! え、ほんとに?」

「ええ。私の予想の2倍は伸びているわね」

「マジで!?」

 

 なんと。

 パーバティが言うなら間違いはない。気づかないうちに私も成長していたようだな。

 何となく、背筋をピンと伸ばしてみる。

 

「見違えたわ」

 

 真面目腐った顔で手を叩くパーバティ。

 

「ふへへ……それで、どのくらい伸びてるの?」

「そうね、1センチといったところかしら」

 

「…………え?」

「1センチ」

 

 私は頭の中で1センチという意味を考えたけど、どう考えても1センチは1センチだった。

 

「ご、誤差……」

「待って、ようく考えて。ハリーは元が小さいんだから、1センチの価値は他の人とは違うわ」

「言いたいことはわかるけど」

 

 身長でその考え方はどうなんだろう。

 

「というかよく1センチでわかったね」

「あら、当然よ」

「当然ですか」

「ちなみに私は3センチ程伸びたわ」

「ねえ、その情報今言うことだったかな? もう少し後に、こう、さりげなく伝えてほしかった」

 

 パーバティ予想は5ミリだったってことか……。

 私のポテンシャルにまるで期待されていない。

 

 半眼を向けても楽しそうにニコニコしていたパーバティが、不意に私の後ろを見て顔色を変え、一歩横にずれた。後ろ?

 ドタドタした足音が聞こえた、と思い振り向いたときには、視界いっぱいにピンクの大きなリボンが迫っていた。

 

「――――ハッリィィィ!!」

「ラべぶっ」

 

 勢いを殺すことなく突撃してきたたラベンダーに、そのまま抱きしめられた。

 

「久しぶり! 元気してた!? おばさん大丈夫だった!? 誕生日プレゼント送れなくてゴメンね! 今日持って来たから! 来たからぁ!!」

「ぐえぇ」

「はいはい、その辺で。ハリーが窒息しちゃうわよ」

 

 呆れ顔のパーバティが止めるまで、もみくちゃにされた。

 

 

 

 3人で入れるコンパートメントが運よく空いていて、私たちはそこに乗り込んだ。

 会わなかったのは2ヶ月くらいだけど、いろいろ話題は尽きなかった。

 

 新しい防衛術の先生は誰かとか、ロンたちがガリオンくじに当たったこととか、夏休みの話とか。

 

 ちなみにラベンダーのプレゼントは砂糖羽ペン(味替わり100種セット)だった。

 

「これで授業中もお菓子が食べられるわね!」

 

 と笑顔で渡してくれた。

 なんか、最近お菓子しかもらってない気がする。しかも授業中って……そんなに食い意地張ってるイメージかなあ、私。

 いや嬉しいんだけどね? 授業中舐めるんだけどね?

 

 車内販売でまたご飯やお菓子を買って、みんなで分けて食べた。

 

 列車は、のどかに遠く広がる小麦畑を過ぎて、山あいの線路を走っている。陽が沈んで、夜の帳が降りてきた。

 ホグワーツ特急はまだ3度目だから、外の景色もまだまだ目新しい。

 

 原作でも、この登校は事件の導入になっていることも多い。ホグワーツ特急の中でも、何度かハリーは……。

 

 

 ………。

 ………………。

 

 いや、違うんだよ。忘れてたわけじゃない。

 ちょっと学校に着いてからのことで頭がいっぱいだったといいますか。……つまり忘れてたんだけど!

 本当はこのときのために、2年生の内に覚えておこうと思ってたんだよ?

 『守護霊の呪文(パトローナス・チャーム)』。

 あー、ここでびしっと守護霊出して、吸魂鬼(ディメンター)を追い払えたらかっこよかったのになあ!

 

 私の中のもう一人の『私』が心底呆れたと嘆いている。

 いや君も同罪だから! 同一人物だから!

 だから一緒にトラウマ思い出して盛大に気絶しよう! ね?

 

 

 駅に着いてもいないのに、電車は速度を落としつつあった。

 

 

 

 

 


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