私ハリーはこの世界を知っている   作:nofloor

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第5'話② 潜むカメラマンとルーピン先生

 

 必要の部屋では、いつもついつい熱中してしまう。

 一通り終えた所で時計を見ると、もう14時を回っていた。どうりでお腹が空くわけだ。

 必要の部屋を出て、昼食を食べに大広間に向かった。

 

 

「おっと」

「ハリー!」

 

 大広間の入り口で、丁度出てきたコリン・クリービーにエンカウントした。

 マグル生まれにも関わらず、なぜか入学当初から魔法のカメラを持っていて、なぜか隙あらば私を激写しようとしてくる謎の後輩。

 ……あれ? そういえば今年はまだ一度も撮られてないな。年度初めに今年も写真を撮って良いか聞かれて、去年の申し訳なさもあって苦渋の許可を出してしまったのに。

 なんか不気味だけど……まあ撮られないに越したことはないか。

 

 コリンは純粋な笑顔で駆け寄ってきた。うん、こうして見れば可愛い後輩なんだけどね。

 

「どうしたんですか?」

「どうしたって……お昼食べに来たんだよ」

「なるほど、相変わらずよく食べるんですね! そんなところも良い! 一枚良いですか?」

 

 言ってる傍から来た。

 

「……一枚だけね」

「ありがとう!」

 

 嬉しそうにカメラを構えるコリンに、曖昧に笑顔を浮かべて手を振っておく。

 魔法界の写真は動くから、撮られる方はある程度は動いても良いらしいけど。どういう顔や動きをしたらいいかわからないんだよね。コリンはこんな私を撮って楽しいんだろうか?

 バシャリ! とフラッシュが瞬く。

 

「オッケーです! ついでにサインも!」

「それはだめ」

「50枚ほど!」

「だめだって――え、50枚書いたら何する気?」

「会員の貢献度に応じて分配します!」

「待って」

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 

「ごめんなんの話?」

「ファンクラブですよ! 僕、広報兼下級生代表なので!」

 

 何かカードを取り出して突き出してくるコリン。

 「ハリエット・ポッターを介護し隊 会員証」とか書いてある。

 

「ま、まだ解散してなかったのか……! いや役職ができてる! 解散どころか規模拡大してる! 貢献度って何!?」

「お、落ち着いてください……あとそのまま視線ください

「おい、撮るな。一枚って言ったでしょ」

 

 カメラを防ぎながら深呼吸する。落ち着け、落ち着け私……!

 ファンクラブって言ってもファンクラブ(笑)みたいな感じだし? 入っている人もほとんどはふざけ半分みたいなところがあるし? それに対してムキになって怒るのもね?

 去年一昨年は何だかんだ目立ってしまったけど、今年大人しくしていればブームも過ぎて自然消滅するでしょう。するよね?

 

「どうなさいますか? 解散せよとのお達しでしたら即刻解散しますが」

「そんな畏まらないで……」

 

 はあ、とため息をついた。

 

「私の知らないところでなら、もうお好きにどうぞ」

「ありがとうございます!」

 

 コリンは羽根ペンを取り出して、会員証に大きく【公認】と書き出した。

 あれ? 今のってそういう感じだった? ……いやもう何でもいいや。

 

「まあ、コリンも去年みたいに行く先行く先で待ってるようなことはないしね」

「ええ、今年は気づかれないように撮ってますんで、そのあたりは大丈夫ですよ」

「……えっ」

 

 カメラのレンズを拭きながら何ともなしに言うコリン。

 つーっと冷や汗が流れた。全然気づかなかったんだけど……。

 ていうかそれって盗撮―――い、いや、止そう。後輩をアズカバン送りにはしたくない。

 

「ちちちなみに今まで何枚くらい撮ったのかな?」

「去年のように数撃ちゃ当たるでは写真家(プロフェッショナル)として成長がありませんからね、今年はかなり厳選してます。今年度はまだ14枚ですね」

「あ、そんなもんなら……」

 

 いや、2ヵ月で14枚は多い、のか……?

 わ、わからない……去年で感覚が麻痺して私わからない……!

 もしかしてファンクラブのラスボスって双子とかじゃなくてこいつなんじゃ――!?

 

 葛藤する私をパシャリと映して、「ゴチです!」と言ってコリンは去って行った。

 

 原作ではコリンのカメラ系統の話は出てこなかったから、バジリスクのショックか何かで収まったのかと思っていたけど、実は6年間、ハリーはこのカメラ攻撃に耐えていたのかもしれない。

 それかウチのコリンが変なのか……真相は闇の中。

 

 しかし、12歳であのプロ意識は末恐ろしいものがある。

 

 

 

 

 1,2年生たちの物珍し気な視線に晒されながら、お昼ご飯を食べ終えた。

 年度始めのこの時期は注目されやすいけど、いつも以上に見られている気がする。ぼっち飯のせいかな。

 居心地の悪い昼食だった。

 

 

 

「ハリー?」

 

 必要の部屋へ戻る廊下の途中、横合いから声をかけられた。

 見れば、ルーピン先生が自分の部屋のドアのむこうから覗いている。

 

「ルーピン先生」

「一人かい?」

「ええ」

 

 ルーピン先生は、じっと私を観察しているようだった。

 何となく居心地が悪い。

 

「ちょっと中に入らないか?ちょうどつぎのクラス用のグリンデローが届いたところだ」

「水魔ですか?」

「そうだ。よく知っていたね」

 

 先生に促されて部屋に入った。部屋の隅に大きな水槽が置いてあって、中に鋭い角を生やした気味の悪い緑色の生き物がいた。ガラスに顔を押しつけて、百面相をしたり、細長い指を曲げ伸ばししたりしている。

 ルーピン先生は、何か考えながら屈んで水槽を眺めていた。

 

「こいつはあまり難しくはないはずだ。なにしろ河童のあとだしね。コツは、指で締められたらどう解くかだ。異常に長い指だろう? 強力だが、とても脆いんだ」

 

 防衛術の授業でこうやって実物が出てくると、やっぱりすごく楽しい。ルーピン先生は前二人に比べてその回数がとても多く、生徒皆に人気だ。

 

 私が水槽に近づくと、グリンデローは緑色の歯をむき出し、素早い動きで隅の水草の茂みに潜り込んだ。

 それを見て頷き、ルーピン先生は立ち上がって私の方に振り向いた。

 

「紅茶はどうかな? 私もちょうど飲もうと思っていたところだが」

「いただきます」

 

 先生が杖でデスクに置いてあるポットを叩くと、たちまちポットの口から湯気が吹き出した。

 縁が欠けたティーカップふたつと紅茶の缶を棚から取り出して、机に並べられた。

 

「座ってくれ。すまないが、ティーバッグしかないんだが――しかし、お茶の葉はうんざりだろう?」

「あはは……そうですね、割と本気で」

 

 友人二人がドはまりしていることも含めて、占い学はかなり面倒くさい学問になっていた。

 テストで点を取る方法がわかりやすいのはいいけどね。基本私がひどい目に合えばいいのだ。

 

 先生と話していると、自然と防衛術の授業の話になった。

 

「ボガードの演習は、止めてしまって悪かったね。ヴォルデモート卿になると思ったんだ」

「えーと、確かに最初はそう思ったんですけど、汽車でのことを思い出して。あのときはルーピン先生が助けてくれたんですよね? ありがとうございました」

「大したことはしていないよ」

 

 ルーピン先生は、最も恐れているのが「恐怖そのもの」だということは賢明だ、と褒めてくれた。

 

 先生は穏やかで話しやすく、そのまま流れで実は箒も怖いことも話してしまった。

 首の骨を折った話をすると、ルーピン先生は眉を上げて驚いていた。

 

「それは大事故じゃないか! 助かったのは幸運だった」

「はいそれはもう、身に染みて……しかもそれ以降私の箒、60センチしか浮かないんですよ」

 

 ルーピン先生は声を上げて笑った。

 笑顔になると、普段よりずっと若く見える。

 

「いや、失礼。そうか、そんなことがあったんだね。しかし意外だな。君のお父さんはそれは優秀なシーカーだったんだが」

「……ええと」

 

 原作知識で知っていることをどう答えようか少し迷った。

 その沈黙をどう取ったのか、ルーピン先生の表情が少し陰った。気を遣わせたくはない。

 

「あの! 先生は、お父さんと知り合いだったんですか?」

「……ああ、そうだね。親友だった」

 

 努めて明るく聞いた私に先生はそう答えて、懐かしむように宙を見上げた。

 

「よく一緒に過ごしたものだよ。もう20年以上前のことだが……それに、ちょうど同じ学年に――」

 

 とそのとき、ドアをノックする音で話が中断された。

 

「どうぞ」

 

 がちゃりとドアが開いて、入ってきたのは……。

 

「スネイプ先生?」

「………」

 

 黒髪に黒いローブ。スネイプ先生だった。手にした杯からかすかに煙が上がっている。

 私の姿を見つけると、一瞬足を止めかけたけど、何事もなかったように近づいてきた。

 

「ああ、セブルス。どうもありがとう。ここに置いていってくれないか?」

 

 スネイプ先生は煙を上げている杯をデスクに置き、私の方を見ないで言った。

 

「ルーピン、すぐ飲みたまえ」

「はい、はい。そうするよ」

「一鍋分を煎じた。もっと必要とあらば」

「たぶん、明日また少し飲まないと。セブルス、ありがとう」

「礼には及ぼん」

「君も一杯、どうだい?」

「面白い冗談だ」

 

 スネイプ先生はニコリともせず言って、素早く踵を返して出ていった。

 バタン! とドアが閉まる。最後まで私の方は見なかった。

 

「スネイプ先生とは、やはりあまり話さないのかい?」

 

 出ていった扉を見つめながらルーピン先生が呟いた。

 

「あまり大きな声で言う話じゃないが、学生時代、君のお父さんも含めて私たちは、その――彼とはあまり仲が良くなかった」

 

 相当マイルドに言ってくれていることがわかったので、曖昧に笑ってしまった。

 

 でも心当たりはある。

 昨日わざわざ護衛を申し出てくれたのを断った私が、よりによって「あまり仲が良くない」ルーピン先生と談笑していれば、気分は良くないだろう。

 別に悪いことはしていないんだけど、少し無神経だったかもしれない。

 遊びの誘いを断ったのに、別の人と遊んでいるところを見つかった、みたいな気まずさだ。大人しくどこかに籠っていればよかった。

 

 そんなことをルーピン先生に話すと、

 

「それ、誰のことかな?」

 

 と真顔で聞かれてしまった。

 

「スネイプ先生ですよ。こう見えて私は仲良いんです」

「……初めて見たときから、君はお母さんによく似ていると思っていたが」

 

 先生は呆れたように首を振った。

 

「いやまったく、その通りだった!」

「お父さんに似てるとこもありますよ、髪とか」

 

 両手で髪の毛をもふっと持ち上げてみせると、ルーピン先生は私を見て、優しい眼をして微笑んだ。

 

「ああ……そうだね。髪はジェームズ譲りだ」

 

 

 

 

 


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