私ハリーはこの世界を知っている   作:nofloor

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第6'話 阿鼻叫喚のクィディッチと忍びの地図

 

 

 その日は宴会があって、パーバティやラベンダーと共にお腹がいっぱいになるまで食べた。

 でも、生徒たちが出払った裏で、シリウスおじさんがグリフィンドールの談話室に押し入ろうとして、太った婦人の絵画を切り裂く事件が起こっていた。

 今日のことだったっけ。もっと遅いと思っていた。

 

 ただ、おじさんの目的のペティグリューはもう行方不明だから、グリフィンドールに侵入する意味は実はない。

 唯々、捕まる危険を冒しているだけである。おじさーん!

 

 いや、原作に準じてくれるなら捕まらないとは思うんだけどさ、何があるかわからないから。

 

 

 

 

 おじさんの騒ぎも収まった土曜日。

 

「ハリー、クィディッチ、見に行く……?」

 

 例によって例のごとくロン、シェーマス、ディーンがスクラムを組んでやってきた。

 と、なんか元気がない。

 

 読んでいた本を机にポンと置いて、肘掛け椅子から飛び降りた。

 

「スリザリン戦でしょ、行く行く」

「そうか、行くか……」

「……なんでそんなにテンション低いの?」

 

 ストレートに聞いてみた。

 

「だって、この天気だぜ?」

 

 シェーマスが窓の外を指した。

 確かに、まるで天が今日に向けて調整してきたかのように最悪の天気。

 バケツをひっくり返したかのよう、とはまさにこのことだ。この嵐の中、クィディッチ観戦が本当に楽しいのかは微妙なところだ。

 

「でも、3人は行くんでしょ?」

「ああ、行くよ。でももう一つ心配があってさ」

「毎回君を誘うと何かが起こる。一昨年はブラッジャーが暴れたし、去年は中止になった」

 

 ロンが神妙な顔をしてそんなことを言うので、私は腰に手を当てて睨んだ。

 

「そんな言われても、私のせいじゃないし」

 

 いや、間接的には私のせいなんだけど、そんなところまで責任を負っていたら生きていけない。

 ロンも本気では言ってなかったようで、肩を竦めた。

 

「わかってるよ、冗談さ。今年まで何か起きたら、流石に疑い始めるけどな」

「…………あっ」

 

 

 

 

 30分後。

 クィディッチ競技場は阿鼻叫喚の渦に呑まれていた。

 大嵐の中、混乱する生徒、飛び交う怒号、飛び回る吸魂鬼。

 

 まさに地獄のような様相を呈してきた。

 

「悪いけど! 君はもうクィディッチに誘わないぞ!」

「これこそ本当に私のせいじゃないから!」

 

 ガチガチ震える歯を堪えて、何とか叫び返す。

 虚勢を張っておかないと、今にも倒れそうだった。

 

 幸福な思い出なんてまるで浮かんでこない。過去と未来の恐ろしいことだけが頭に浮かんで、果てしなく気分が沈んで行く。

 

「おい、大丈夫か、ハリー!?」

 

 嵐に負けない大声でロンが呼びかけてくれている。

 答えようとしたけど、それももう無理そうだった。

 身体中から力が抜けて、視界が眩む。現実が遠のいて、今にも意識がちぎれ飛びそうだ……ダメ、まだ、まだ気絶するわけには――

 

 

「エクスペクト・パトローナム」

 

 

 声が轟いた。

 

 心臓の鼓動のように、銀の波紋が広がる。

 その光に包まれた瞬間、突然熱湯を浴びたかのように、私の意識も叩き起こされた。

 

 中心には、銀色に輝く巨大な美しい不死鳥――守護霊(パトローナス)

 大きな羽ばたきとともに、銀の光が生まれる。競技場の中をゆったりと、それでいてすさまじい速さで翔け巡り、吸魂鬼を追い払って行った。

 

 

 

 不死鳥の守護霊は競技場を大きく1周、2周と廻った。その主の元へ戻るころには、いつの間にか雨さえも止んで、雲の切れ間から白く日の光が差し込んだ。

 天候の変化は偶然のはずだ。でも、それすらも引き起こしたんじゃないかと思うほどの強さがその守護霊にはあった。

 

 競技場は静寂に満ちていた。

 不死鳥は観客席の一角まで来るとスピードを落とし、一際大きく羽ばたいたかと思えば、宙に溶けて消えていった。

 その下には予想通り、ダンブルドア校長が杖を掲げて立っていた。

 

 先生は自分の喉に杖を向け、拡声器を通したように響く声で話し出した。

 

「この試合は没収試合とする。生徒たちは速やかに寮へ戻りなさい。気分の悪いものはマダム・ポンフリーが面倒を見てくれるじゃろう――」

 

 これが見たかった。

 あれが、本物の守護霊。本物の「守護霊の呪文」。

 たった一人が生み出したとは思えない程、強大な守護霊だった。

 

 守護霊を「作るだけ」なら難しくない。本当に必要なのは、吸魂鬼を前にしても守護霊を作り出せる心の強さだ。

 私も、あんな守護霊を作りたい。雄大で、力強い、どこまでも安心できるような守護霊を。

 それは遠い目標かもしれないけど、だからこそ目指し甲斐がある。

 

 吸魂鬼の前で守護霊を作る練習は、ボガートを使うとしても1人では危ない。

 失敗したときにどうなるかわからないからだ。

 

 やっぱり、ルーピン先生にもう一度頼んでみよう。前と違って引き受けてくれるかもしれない。

 

 

 

 

 クィディッチの試合から、またしばらく城内はざわついていた。

 今年は平和な年だと思っていたけど、こうして体験してみると騒ぎの絶えない年だ。

 ダンブルドア先生の怒りによって吸魂鬼は影も見えず、クィディッチの騒ぎも落ち着いて行った。

 ちなみに私はルーピン先生に守護霊の特訓をお願いして、承諾してもらえた。休暇後に時間を作ってくれるらしい。

 

 どんどん気温が下がっていって、今ではすっかり、クリスマスとその前のホグズミード行きの話題に染まっていた。

 城中がクリスマスの色に飾り付けられていく様子は、子供のようにワクワクしてしまう。

 

 が、その中でひとつ、悲しいお知らせがあります。

 

 

「私は残るよ。いつも通り」

 

 ある日の夕食時、クリスマス休暇の予定の話になって、私は肩を竦めてそう言った。

 

「二人は帰っちゃうんでしょ?」

「ええ。家族旅行に行くのよ。パドマと一緒に帰るわ……って、ラベンダーも?」

「ママが絶対に帰って来なさいって……この前のブラックの話をしちゃったせいかも。ごめんね、ハリー」

「いいよー」

 

 かぼちゃジュースをストローで混ぜながら言った。わかってたことだし。

 

「でも休暇中一人きりになっちゃいそうだから、ちょっと寂しいかなってだけ。……ちょっと早めに帰ってきてくれたら嬉しいかも」

 

 いひひ、と歯を見せて笑ってみせると、ラベンダーとパーバティが何やらこそこそ話し出した。

 

 「誰か残れる人……」とか、「ファンクラブの連絡網で……」とか言っていたみたいだけど、詳しくは聞こえない。趣味が悪いから、わざわざ耳を欹てるようなことはしなかった。

  

 それにしても、本当に怖いものは人間とでも言いたいのか、去年のバジリスク騒ぎのときより今年の方が、家へ帰る生徒が多かった。

 

 クリスマス休暇はグリフィンドール塔を占有できてしまいそうだ。

 

 

 

 

 ホグズミード行きの許可が出たのは、学期の最後の週末だった。

 例によって皆を見送った私は、前と同じように必要の部屋に向かった。

 

「ハリー!」

 

 四階の廊下の中ほどで、呼び止められた。フレッドとジョージが背中にコブのある隻眼の魔女の像の後ろから顔を覗かせている。

 どきん、と心臓が鳴った。平静を装って答える。

 

「何してるの? ホグズミードに行かないの?」

「行く前に、君にお祭り気分を分けてあげようかと思って」

 

 フレッドは意味ありげにウィンクした。そしてマントの下から仰々しく何かを引っ張り出して、机の上に広げて見せた。

 大きな、四角い、相当くたびれた羊皮紙だった。何も書いてない。

 

「これはだね、ハリー、俺たちの成功の秘訣さ」

「君にやるのは実におしいぜ。しかし、これが必要なのは俺たちより君の方だって、俺たち、昨日の夜そう決めたんだ」

 

 ジョージとフレッドが言った。

 

「「我、ここに誓う。我、よからぬことを企む者なり」」

 

 すると、ジョージの杖の先が触れたところから、細いインクの線がクモの巣のように広がりはじめた。線があちこちでつながり、交差し、羊皮紙の隅から隅まで伸びていった。

 そして、一番上に花が開くように、渦巻形の大きな緑色の文字が、ポッ、ポッと現われた。

 

 

  ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ

  われら「魔法いたずら仕掛人」のご用達商人がお届けする自慢の品

 

    忍びの地図

 

 

 それはホグワーツ城と学校の敷地全体の詳しい地図だった。

 地図上を動く小さな点で、一つ一つに細かい字で名前が書いてあり、誰が、何処を歩いているのかが一目でわかる。

 

「忍びの地図……」

「そうさ。君には必要なはずだ。ホグズミードに行けないんだろう? これを使えば直行さ」

「ロンに聞いて驚いたぜ。サインが貰えなかったのか? とにかく、一足早いクリスマスプレゼントだ」

「うん、うん……すごい、これ……すごいよほんとに」

 

 私の想像していた「忍びの地図」よりもずっと綺麗で細かく書かれていた。

 私の驚きように、双子はニヤッと笑って見せた。

 

「ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ……われわれはこの諸兄にどんなにご恩を受けたことか」

「気高き人々よ。後輩の無法者を助けんがため、かくのごとく労を惜しまず」

「ああ、使ったあとは忘れずに消しとけよ――呪文はこうだ『いたずら完了』」

「「じゃないと、誰かに読まれちまう」」

 

 フレッドとジョージは颯爽と去って行った。

 私はしばらく、地図を持って突っ立っていた。

 原作通りなのに、何故だろう。忍びの地図を手に入れられたことが信じられなかった。

 

 はっと我に返ると、私は走り出した。

 目的地は、当初と同じ――必要の部屋だ。

 壁の前で乱暴に3往復して扉を開けると、低めのデスクと椅子、手元用のランタンが置いてあった。ありがたい――。

 

 座って、羊皮紙を広げ、杖で叩いて早口で唱える。

 

「わりぇっ!……我、ここに誓う。我、よからぬことを企む者なり」

 

 じわり、と地図がにじみ出てくる。

 一瞬、「プロングズ」の文字に気を留めたけど、その横の「ワームテール」の文字を見て、意識を地図に引き戻した。

 

 ホグズミードに行けるように、とこれを譲ってくれたフレッド、ジョージには悪いけど、これを手に入れたら絶対にしようと思っていたことがある。

 探すのは、「ピーター・ペティグリュー」の文字だ。

 

 

 

 3時間をかけて、目を皿のようにして地図の隅から隅までを探した。

 

 結論から言えば、見つからなかった。

 城から出てしまったのか、「必要の部屋」のように地図に映らないところに居るのか――いくらこの地図でも、下水道の中は表示されない。

 それか単純に、この複雑に入り組んだ城を精査しきれなかったのか。

 

 解決への第二の近道も、当てが外れた。

 でも、この地図を貰えたのは大きな前進だ。時間があったら確認して、ピーター・ペティグリューの名前を探すようにしよう。

 

 

 

 


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