私ハリーはこの世界を知っている   作:nofloor

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エピローグ' 私ハリーの終わりの決意

 

 

「それで? あの後、どうなったの? 私こっそり逃げたから見てないんだけど」

「ペティグリューは言い逃れしようとしてたよ。スネイプ先生も気持ち的にはシリウスを捕まえたかったみたいだけど……どう考えてもあいつが犯人だしね。しぶしぶ納得してくれてた」 

 

 一連の騒ぎから数時間。

 夜も更けて、もう深夜近くだろうか。

 満月の下、城の陰。誰もいない校庭の隅で、私は()()と話していた。

 彼女に向かって言う。

 

「そういえば、あのときスネイプ先生を止めてくれたの、あなたでしょ? 助かった」

「うん。上手くいってよかった」

 

 あのアシストが無ければ、シリウスは助けられてもペティグリューを逃がしていただろう。

 彼女がぺちぺちと手を叩く。

 

「じゃあこれでペティグリューはアズカバン送り、シリウスおじさんは晴れて潔白、自由の身と」

「……それがねえ」

 

 私は大きくため息を吐いて、お手上げ!という様に両手を上げた。

 

「逃げられた」

「え……なんで? あそこまでお膳立てして」

「ルーピン先生」

「……ああ、なるほど」

 

 たった一言で察してくれた。

 

 あの後、さあペティグリューを連行しよう、という段になって、窓から月の光が差し込んだ。

 ルーピン先生は何かを言う間もなく、ぬるっと狼人間に変身した。

 

 当然生徒たちはパニックになった。

 殺人鬼だと思っていた人が無実だったし、ネズミだと思っていたら真犯人だったし、先生だと思っていたら狼人間だった。もう散々だ。パニックにならない方がおかしい。

 全員がわっとバラバラに逃げ出して、何をする間も無かった。慌てて目を向けたときにはペティグリューは忽然と消えていた。

 

「いや、うっかりしてたわ」

「いや、うっかりで済ませるんじゃない! 大事件じゃん!」

「や、でも被害はなかったんだよ?」

 

 原作と違い、ルーピン先生は忍びの地図に気を取られることはなく、脱狼薬をちゃんと毎日服用していた。

 逃げ惑う生徒たちを見て途方に暮れたように天を仰いだ後、「縛ってくれ」という様に両手を突き出した。スネイプ先生が容赦なくぐるぐるに縛った。

 まあ安全だというパフォーマンスだろう。他意はない。

 

「それにさ、絶対自分の番になったら何かうっかりするよ、あなたも」

「……そ、そんなことないし」

「ある。だって私だもん」

 

 満月が()()の顔を照らし出した。

 その姿は私と瓜二つ……いや、少し背が低いし、髪も短いか。

 なにせ『1年前の私』だ。

 不満そうに唇を尖らせている。

 

 

 逆転時計(タイムターナー)

 時間旅行をするための魔道具だ。成績優秀な生徒はこれを使って全ての授業を受けることができる。

 原作ではハーマイオニーが使っていたし、パーシーなんかもそのはずだ。

 

 そしてこの世界では、私ハリーも使っていた。

 夏休みに記憶を取り戻して最初にしたのが、マクゴナガル先生に勉強への熱意をしたためた手紙を送ることだった。(大臣が私に甘くて、あっさり許可が出たと先生はぼやいていた。)

 新学期の宴会の前に、マクゴナガル先生から受け取ったのだ。

 

 逆転時計を貰えるタイミングとしては、授業科目が増える3年生の始めしかない。貰えるかどうかは賭けだったけど、うまくいった。

 貰うことを決めた理由は「保険」のためだったことは否めない。でも単純に『私』と取りたい科目が違ったこともあったんだけど。

 結局、こうして使っちゃったから、言い訳にしかならない。

 

 この1年ホグワーツで生活していた私は、1年後から逆転時計で戻ってきた私だった。

 

 シリウスが死んだあの夜から、マージおばさんが帰った夜へ。

 不貞寝をしようとしていた過去の私に接触し、()()()()()()。14歳の私が、2周目の3年生を過ごしていた。

 身体ごと時間旅行(タイムトラベル)する逆転時計で、無理矢理に時間跳躍(タイムリープ)の真似事をしたわけだ。

 過去の自分に接触してはいけないというルールがある中で、世界を外から覗いたことがある私だからこそできた力技だ。

 

 つまり正しい時間の私には1年間、雲隠れしてもらおうとしたわけなんだけど。

 どこか外国とか……それこそ日本とかに行っていると思ったら、まさかの1年間、ホグワーツに潜伏していたらしい。

 

「いや……何してるのさ! 助かったけど!」

「だって、魔法使いたいんだもん」

「あ、わかるー」

 

 同意しちゃった。

 それなら仕方ない。そうだよね、私だもんね。

 

「そういえば、そもそもどうやって学校まで来たの?」

「普通に汽車で来たよ。ドラコと乗ってた」

「そうだったの!?……あっ、気絶は?」

「したよ」

「だからかー!」

 

 だからドラコがあんなに心配してくれたのか……! そりゃ目の前で倒れられればねえ!

 

「学校始まってからは大体必要の部屋で過ごしてたかな。ちょくちょく外に出て話したり遊んだりご飯食べたりしてたけど」

「よくバレなかったね!」

 

 ……い、いや、ちょっと待てよ。

 恐る恐る聞いてみる。

 

「もしかしてだけど、何回か鉢合わせそうになってない? 何となく心当たりがあるんだけど」

「まあ、案外気のせいで済むよね。それか『まあハリーだし』で流されるか」

「り、リスキーすぎる……」

 

 私の人物評に文句をつけたいところでもあるけど、今まさに自分のぶっ飛び具合を傍から見ているから反論ができない。

 慄いていると、13歳の私がジト目を向けてきた。

 

「リスキーって言うなら自分(あなた)でしょ。1年丸々戻ってやり直すなんて……ねえ、なんでわざわざ1年も戻ったの? 今日のことを止めるなら、1時間くらいで十分だったでしょ?」

「………確かに!」

「おい」

「や、冗談冗談」

 

 彼女もわかっていたようで、腰に手を当てたまま答えを待っている。

 理由はいろいろある。軽く息を吐いて話し出した。

 

「細々した黒歴史を消したいってのもあったけど。ひとつは、余りにも原作から離れちゃったことでできなかったことがあるから、その修正」

「忍びの地図とか?」

「そう。たぶんホグズミードに行っちゃったから、前の私は貰えなかったんだ」

 

 わざと貰うために行動するのは気が引けたけど、万全を期すためには絶対に必要だと思い込んでいた。今となれば、無くても何とかなったかもしれないと思うけど。

 

「あとルーピン先生、前のときボガートを吸魂鬼にしなかったら、守護霊の特訓してくれなかった」

「そうなんだ。……過保護?」

「さあ、多分?」

 

 真に恐怖を感じているとわかって、今回は練習を引き受けてくれた。

 

「もうひとつは、動物もどき(アニメ―ガス)覚えたかったから」

「動物もどき? なんで?」

「前回と同じ状況になったときに、打開策が欲しくて」

 

 これも今となっては、他にももっと簡単なやり様はあったと思うけど……でも、苦労して覚えた魔法だ。これからの大きな財産になる。

 

「でも一番は……」

 

 少しひんやりとした夜の空気を吸って、吐いた。

 

「一番は、『この一年、何か根本的なことを間違えたから失敗したんだ』って思っちゃったからかな。あのときは混乱というか……シリウスを死なせちゃったっていうショックが大きくて」

 

 それから自分への怒りも。

 かきむしるような激情の中、逆転時計の針を回した。

 

「……でも、戻って良かったとも思ってるよ」

 

 気持ちを落ち着けることができたし、時間遡行の良いところも悪いところも、知ることができた。

 それにしたって1年は長すぎたかもだけど。

 

「ふうん」

 

 気のないように、13歳の私は相槌を打った。

 

「でもどうせなら、マージおばさんが来る前に入れ替わって欲しかったけど」

「本当はマージおばさん来る前にはそっちに居たんだけど、まあ隠れてたよね」

「こいつ……!」

 

 「私も絶対そうしてやる」と彼女は呟いていた。次の私、南無。

 

「そんなところかな」

「なるほどね。まあ過程はどうあれ、結果的にシリウス助けられたんだし、それは喜んでいいと思うよ」

「うん。ありがとう」

 

 自分にお礼を言うのは変な感じだ。自分にお礼を言われるのも変な感じのようで、13歳の私も微妙な顔をしている。

 

「まあ、1年お疲れ様、私」

「うん、1年付き合わせちゃってごめんね、私」

「いいよー。それなりに好き勝手出来て楽しかったし」

 

 彼女はそう言いながら私に近づいて、ローブのポケットに手を突っ込んだ。

 取り出したのはきらりと輝く金の鎖と、きらきらした小さな砂時計――逆転時計(タイムターナー)だった。ちょっとツマミのところが拉げて壊れてしまっているけど。

 本来の3年生の初めに――つまり体感的には2年前に貰ったものだ。

 時計をちらっと見てから、彼女は私に手渡した。

 

「はい、入れ替わったときに預かってたやつ。そういえば、なんで壊れてるの?」

「……そりゃ、魔法の道具とは言え道具だし、壊れることもあるよ?」

 

 私もポケットからもうひとつの逆転時計を取り出した。こっちのは私が2周目――今年の初めに貰ったもの。完品である。

 

 彼女はそれをじっと見つめて、続いて私を見上げた。

 何を言いたいかわかったから、首を振って答えた。

 

「……多分、もう使わないよ」

「そっか。あなたはそう思ったんだ」

「うん」

 

 今年1年、逆転時計で2周目を歩んで思った。

 生きている人間の行動を望むように変えようなんて、余りにも現実を蔑ろにしている。

 今年だけで十分だ。

 もう、この時計を使うことはない、と思いたい。

 

 そうならないように、私が頑張るのだ。

 

 

「来年は三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)かぁ」

 

 不意に、彼女が夜空を仰いでそんなことを言った。

 首を傾げながらも頷く。

 

「うん。どうなることやらだね」

「大変だねー……頑張って!」

「他人事だなあ。明日は我が身だよ……ホントに」

 

 正確には来年は、だけど。

 そう言うと彼女は肩を竦めた。

 

「その前に、私は私で3年生やらないといけないからね! 1年戻って、プリベット通りに行って入れ替わればいいんだよね?」

「そうそう。シリウスを助けられれば、私の一年をなぞる必要も別にないと思うけど」

「あ、そっか。……ふふ、私はもう一人の私がホグワーツに来ること知ってるからね。私が2人いるってわかってれば、なんか面白いことできそうじゃない?」

「す、好きにすればいいと思うけど、バレないようにね……?」

 

 彼女は彼女で波乱の多い1年になりそうだ。

 

 私に続くハリエット・ポッター達は、皆この1年を二周することになる。

 でもきっと、それは一つとして同じものはない。

 彼女(わたし)たち一人一人が、彼女(じぶん)たち自身の世界を、平行(パラレル)に紡いでいくのだろう。

 

 

 

 さて。もう、言うべきことは言っただろうか。

 彼女も聞くべきことは聞いたと思ったのか、私を見て頷いた。

 

「じゃ、お互いに」

「おー」

 

 ハイタッチをする。

 ぺしゃ、と間の抜けた音が出た。まあそれも私たちらしいか。

 

「じゃあそろそろ……って、そういえばどうやって戻ったの? その逆転時計1時間のタイプだよね。月単位のタイプとか、何処で手に入れたの?」

「え?」

「え?」

 

 まったく……何を言っているんだ、私ともあろう者が。

 

「回すんだよ。7200回転」

「は? ななせん?」

「大体300日×24時間で7200だよ。いやあキリが良いね」

 

 ぐい、と壊れていない方の逆転時計を手に押し付けた。

 ぽかんとしていた顔にみるみる血が上った。

 

「いや、あんたやっぱり馬鹿だよ!」

「私はあんたですー。ほら、キリキリ回した回した」

「ふざけんな! あ、壊れたのってあれでしょ! シンプルに耐用限度超えたからでしょ!!」

 

 深夜の校庭ということも忘れて、ぎゃあぎゃあ騒ぐ私たちだった。

 

 

 

 

 

 

 10分ほど半泣きでツマミをくるくるしていたけど、魔法を使って回せばいいということを思いついてからは速かった。

 私も思いつくのに10分かかったから、やっぱり同一人物だなあと思う。

 

 宙に浮いて高速回転する砂時計はそれでもあと5分ほど時間が必要で、きっちり回し終わると、13歳の私はすうっと溶けるように消えた。

 

 

 見届けて、私は大きく息を吐いた。

 ペティグリューやシリウスのこと、あと動物もどきのこととか、色々説明したりされたりしないといけないことは残ってるけど、今年の山場は過ぎたと思っていいだろう。

 

 

 1周目から戻ってきたこの1年、過ごしてみて思ったことがある。

 それは、原作でハリーが通ったルートは、多分ほとんど正解に近いルートだったということだ。……薄々わかっていたけどね。

 もちろんそれは、物語の都合上のことかもしれない。でもだからこそ、原作と違う行動をとるのは当然リスクが伴うし、それでより良い結果を得ようとするのは、多分考えていた以上に難しい。

 

 1周目は、失敗した。

 2周目は、できるだけ原作に沿わせて行動した。

 

 その結果、原作とは大きく変わったことが2つある。

 ひとつは、シリウスの無実が証明されたこと。

 もうひとつは、『ハリーがペティグリューの命を救わなかった』こと。

 

 運命という大局から見たら、この結果はプラスマイナスゼロなのかもしれないけど、私からすればもちろん、1周目よりもずっとずっと良い結果だ。ペティグリューに恩を売るよりも、シリウスが自由の身になれたことの方がよっぽど嬉しい。

 

 この結果が、先にどう影響してくるのかはわからない。

 不安はある。でも、先がわからないなんて、普通の人生じゃ当たり前だ――

 

 なんて、そんな甘いことは言ってられない。

 

 逆転時計に頼らないのなら、私はもっともっと真剣に、一度きりの人生をがむしゃらに進んでいかなければならない。

 

「―――」

 

 月を見上げる。

 

 大変だ。

 大変だろう。でも、もう私の意志は揺らぐことはない。

 去年、やり直しを決意した時点で、覚悟は決まったんだ。

 

 零れていく命を、一つ残さず拾っていこうと決めたから――。

 

 

 

 

「こんばんは、ハリエット」

 

 

 

 

 柔らかな声が、後ろから聞こえた。

 

 冷水を浴びせられたように、頭と体がさあっと冷えていくのを感じた。

 目を瞑って、大きく息を吸って、吐いた。

 落ち着こう。とにかく落ち着こう。

 魔法を使う時のような、雑念を考えないナチュラルな思考状態に持って行く。

 

 山場が終わったなんて何の冗談? むしろここが究極の修羅場だ。

 

 何せ相手は、当代最高の魔法使いにして、超優秀な開心術士でもある。

 

 

 振り向いた。

 

 大きな満月の下。一体いつからいたのだろう。

 最初からそこにいたと言われても驚かないほどに自然に、

 アルバス・ダンブルドアが、そのブルーの瞳を輝かせて立っていた。

 

「話を聞かせてもらっても良いかの?」

 

 優し気な口調の中に、有無を言わせぬ強い意志を感じる。

 下手なごまかしは許されないらしい。

 

 

 

 

 さあ――どうしよう?

 

 

 

 

 

 

 

 




ということでアズカバンの囚人終了です!
気づかれた方も多いと思いますが、今回ちょっとしたギミックを仕込んでみました。
メタ的なネタバレをしますと、サブタイトルに「'」が入っている回が2周目となっています。
伝わるか伝わらないか、ややこしすぎるんじゃないかなどかなり迷った章でしたが、何とかまとめられてほっとしています。

長い間更新していなかったのに、沢山の感想、評価感謝の限りです。
いつも励みになります。
次回炎のゴブレットはまた少し時間がかかるかと思いますが、気長に待っていただけたら幸いです。
でも少なくとも3分の1年よりは早く投稿します。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
それではまた。

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