私ハリーはこの世界を知っている   作:nofloor

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誤字は無いように気を付けます……。




第6話 失墜と幻想

 飛行訓練。

 原作においてマルフォイとの確執を描いたいくつもの出来事の内のひとつであり、ハリーがクィディッチの資質を見出だされた場面でもある。

 ネビルが箒から落ちて、落とした思い出し玉をマルフォイが拾い、それを私が取り返そうとする。マルフォイが箒の上から放り投げた玉を、初めて乗った箒で見事なキャッチを見せ、それを目撃したマクゴナガル先生が私をシーカーに抜擢するのだ。

 

 これぞ、仲間を助ける騎士道精神。さらにスーパーアクションを披露して一躍ヒーローだ。

 完璧……っ! まさに神の一手……っ!

 勝ったな。

 

 

 

 そして私の完璧な作戦は第一段階から躓いていた。

 

「上がれ! 上がれ! 上がれったら!! 上がってよ! 上がってください! 上がってくださいお願いします!」 

 

 上がらない。

 地面で震えるだけで、一向に手元に来ない。

 周囲ではネビルと私、どっちが最後まで残るか賭けが始まっていた。

 ネ、ネビルと同レベル……。

 

 結局手で拾うこととなった。

 

 

 

 

 

 軽微なアクシデントはあったものの、その後は概ね原作通りに進む。つまり、ネビルが箒から落ちて腕の骨を折り、マダム・フーチに保健室へ連れて行かれた。

 よしよし。順調。

 

 二人が見えなくなってから、マルフォイを筆頭にスリザリン生が笑いだした。

 マルフォイが草むらの中から白い靄が詰まったようなガラス球を拾い上げた。

 

「ごらんよ。ロングボトムのバカ玉だ」

 

 高々と差し上げると、思い出し玉は陽の中にきらきらと輝く。

 ここからだ。深呼吸。

 ようし。

 

「マルフォイ、こっちに渡してもらおう」

 

 噛まんかった!

 私の声に、周りの生徒たちはお喋りを止め静かになった。

 マルフォイは私の目を見てニヤリと笑った。

 

「おや、ミス・ポッター。いや、ポッター。もう箒に頭を下げるのはいいのかい?」

「い、今はそれは関係ないでしょ……!」

 

 スリザリン生がどっと笑う。顔が熱くなるのを感じた。

 

「それじゃ、君が取りにこられる所に置いておくよ。そうだな――木の上なんてどうだい?」

 

 マルフォイはひらりと箒に飛び乗り、綺麗に弧を描いて滑るように木の梢近くまで飛んでいく。

 やはりかなり飛び慣れている様子だ。

 

「ここまで取りに来いよ、ポッター。尤も君には無理だろうけどな。ロングボトムと仲良く隣のベッドで入院することになるぞ」

「言ってろし」

 

 ここまでほぼ完璧な流れだ。原作だとここでハーマイオニーが止めに入るけど……今は止める者は無いだろう。

 そう思って、私は箒に跨り、飛び立とうとした。

 

「止めとけよ、ハリー」

「えっ、ろ、ロン!?」

 

 止める者が居た。仏頂面のような、複雑な顔をしたロンが、私の柄を箒を掴んでいた。

 

「箒は危ないんだよ。僕も昔、その、勝手に兄さんの箒に乗って死にかけたことがある。絶対パパかママの前じゃないと乗っちゃいけなかったし、下手したら……」

「ロン!」

 

 感動のあまり、もごもごと喋るロンの手を両手で握ってぶんぶん振った。

 

「心配してくれてありがとう!」

「べ、別に心配じゃないよ、ただ、僕は……」

「でも大丈夫!」

 

 根拠のない自信が身体に溢れていた。

 満面の笑みが浮かんでいるだろうと思う。

 ロンが、ヘソを曲げたら長いロンが、仲たがいしていたと思ったのに、心配してくれている! もはや目的は半分以上達したようなものだ。

 フェリックス・フェリシスを飲んだらこんな感じかもしれない、と思うような幸福感が身体を駆け巡っていた。

 ロンの手をぱっと離し、邪魔されない内に箒を握った。

 

「ハリー!」

 

 ロンが叫ぶ。

 ふと、箒が上がらなかったことが頭を過る。でもそれはすぐに、些細なこととして思考の彼方に押し流された。

 

 大丈夫に決まってる。

 だって私は主人公だ。

 私は、ハリー・ポッターなんだから。

 

 

 地面を勢いよく蹴りつけた。

 

 それ以降の記憶はない。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

 さすがハリーだ! 生き残った女の子!

やっぱりハリーはすごいな!

   ハリーじゃないとこんなことはできなかった!

 ハリー! ハリー! ハリー!

 

 他の誰でもない。君が、ハリー・ポッターじゃ。

  

 

 

「………」

 

 目が覚めた。

 夢を見ていた。気がする。

 

 横を見れば、白いベッドが並んでいた。ここはあれか、医務室って奴か。

 首を巡らして、反対側を見れば、半月形のメガネをかけた、長い銀色の髪と髭のおじいさんが座っている。

 んー。

 夢の中で逢った、ような……。

 

「……ダンじっ、ダンブルドア先生!」

「目が覚めたかい、ハリエット」

 

 勢いよく上体を起こしたら、びっくりするくらいの眩暈が起きてそのまま身体が折れた。

 うめき声が漏れる。

 

「く、うぁ……」

「無理をするでない。首の骨が折れていたんじゃから」

「くっ、くくく」

 

 首の骨ぇ!?

 別の意味で眩暈がおこりそう。記憶を辿るけど、もやがかかったように思い出せない。

 前世のとはまた違う感じの記憶喪失だ。

 眉を寄せて眩暈を堪えながら何とか顔を上げて、ブルーの瞳を見つめた。

 何となく微笑んでいる印象が強いダンブルドア先生だったけど、今はその顔に何の表情も浮かんでいないように見えた。

 

「あの、先生、私は箒に乗ってからどうなったのですか?」

「記憶が飛んでおるようじゃのう。君は頭から地面に落ちたのじゃ。城のてっぺんくらいの高さからの」

「し、城のてっぺん……頭から……」

 

 むしろ眩暈程度で済んでるのが凄い。

 まほうの ちからって すげー!

 

「よく、生きてますね、私……」

「たまたまマクゴナガル先生が目撃しての。ギリギリで停止呪文が間に合ったが、勢いを殺しきれんかった。少しでもタイミングがずれていたらおそらく、君は命を落としていたじゃろう。まさに危機一髪の状況じゃった」

 

 ぞっとする、という言葉を頭ではなく身体で理解した。

 恐ろしく冷たいものが背中を走り、眩暈がより一層酷くなった気がした。

 淡々と告げられる言葉が、逆に真実味を感じさせた。

 

「落ちてからも、マクゴナガル先生ほどの腕がなければ危うかったかもしれん。後でお礼を言った方が良いじゃろう」

「はい、そうします……」

 

 今更ながら、自分が死にかけたという事実を頭が受け止め始めたらしい。

 眩暈と寒気が身体を支配して、ダンブルドアの顔を見ていられず俯いた。

 

 

「ハリエット。聞きたくないじゃろうが、わしは言わねばならん」

 

 しばらくしてから、先生が静かな声で話し始めた。

 

「君は才能のある魔女じゃ。特に変身術は第一回の授業から素晴らしい成果を残したと珍しくマクゴナガル先生が褒めておった」

 

 褒められたけど、これが本題ではないことはわかった。

 

「じゃがの、最初から上手くいくことなど人生においては少ない。赤子が立ち、歩き出すのに時間がかかるように、殆どのことは少しずつ学び得ていくものじゃ。それは魔法界でも変わらぬ。むしろ、魔法は扱いを間違えれば危険なものにもなりうる分、より慎重に学ぶ必要がある。ホグワーツでは、それができるようにしておるつもりじゃ」

 

 先生はいったんそこで言葉を切った。

 返事を期待されていたのかもしれないけど、私は喉が詰まったように声が出なかった。

 

「ハリエット。君は『生き残った少女』じゃ」

 

 そうです。

 いや、本当にそうなのだろうか。

 

「10年前、君はヴォルデモートの手から逃れ、あやつは力を失った。……皆好き勝手色々なことを言うが、ヴォルデモートを退けたのは君の母上の愛情じゃと、わしは確信しておる。君の母上が君に注いだ愛情が、君の中に残り、永久に愛されたものを守る力になっておるのじゃ」

 

 ずきん、と心臓に痛みが走って、一瞬呼吸が出来なくなったように思った。

 

「自分を大切にしておくれ、ハリエット。君のために亡くなったご両親が悲しむ」

 

 初めてそこで、ダンブルドア先生の言葉に感情を感じた。

 悲しみだった。

 

 しばらくの間また沈黙があって、隣で立ち上がる気配がした。

 

「君自身は、今はまだ何者でもない。『生き残った少女』であることは君の母上が遺したものじゃ。君自身が何を成すか、どう生きるかは、まだこれからじゃ。焦らずともよい……今日一日はゆっくりお休み」

 

 人の気配が無くなり、静寂が満ちた。

 

 私の頭はぐわんぐわんと眩暈が頭痛のようになって、でもこれが首を折ったせいじゃないことはわかっていた。

 こめかみを押さえて白いシーツに突っ伏した。

 

 

 

 

 

 

 外はいつの間にか日が沈み、誰もいない医務室には僅かな灯りが揺らめくばかりで、暗さと静けさが満ちていた。

 

 ダンブルドア先生の言葉は、私にハンマーで殴られたような衝撃を残していった。

 今まで見落としていた、見ないようにしてきたものが現実となって襲ってきたようだった。

 

 

 

 この世界は「ハリー・ポッター」で、私はその主人公ハリー・ポッターで、この世界は私のための物語なんだと思っていた。

 

 それはある意味では間違いではないのかもしれない。

 でも、私は「ハリー・ポッター」ではない。「ハリエット・ポッター」だ。

 前世も何もかも忘れてしまっても、私という人間は目覚めた時から私でしかなく、原作のハリーではない。

 性格も、嗜好も、考え方も、知識も、性別も違う。

 何もかも違う。

 

 わかっていたことなのに、私はハリーになろうとしていた。

 いや、違う、私がハリーであると思い込んでいた。

 

 私は、私が主人公なのだと思いたかった。

 

 

 

 私は「生き残った女の子」

 それは確かだ。

 でもそれは、私の力ではない。

 私は両親によって生かされている。

 ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターの愛によって、私はここで生きている。

 私自身はまだ、自分で何も成してはいない。精々、変身術の授業でちょっと良いところを見せたくらいだ。

 

 ハリーも最初はそうだったろう。自分では何をした記憶も無いのに、わけもわからぬまま周りの人間にちやほやされ、覚えてもいないことで英雄と言われた。

 でも彼は最初から、両親を想い、友達を想い、愛の大切さを知っていた。

 戸惑いつつも、幾度となくヴォルデモートと対峙し、その類い稀なる勇気によって切り抜けて……。

 いつしか、本当の英雄になった。 

 

 

 

 そして、私は。

 「ハリー・ポッター」の名前を持っただけの私は。

 

 本で読んだからと相手のことを知った気になっていた。

 自分の思うように動くと思った。

 

 見ず知らずのキャラクターに讃えられても当然だと思った。

 

 原作通りに話が進まなければ苛立った。

 原作通りに話が進めば、悪いことだって喜んだ。

 

 箒にだって乗れると思った。

 

 思い通りになると思った。

 

 「だって私は主人公(ハリー・ポッター)だから」

 

 なんという傲慢!

 盲目にそう信じるのは、あまりにも違い過ぎていたのに。

 救えないことに、私は今日まで心の奥で、この世界を都合の良い舞台だと思っていたらしい。

 

 そして、その幻想(まほう)は解かれた。

 

 脚本通りに自分が飛べると思い込んだ自称主人公は、真っ逆さまに落ちて死にかけた。

 人の忠告も聞かずに、救われた命を自ら捨てに行った。

 

 

 ずっと、勘違いしてた。

 

 私は主人公(ハリー・ポッター)じゃない。

 

 

 

 

 それなら私は、この世界で、これからどうやって生きればよいの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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