私ハリーはこの世界を知っている   作:nofloor

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第7話 謝罪回りと味のしないパン

 

 メンタルとアイデンティティに致命の一撃を喰らった次の日。

 医務室で夢も見ないほど深く寝て眩暈もすっかり消えた私は、お昼前にもう退院できることになった。首を折ったのに入院が一日とは驚きである。

 やっぱり魔法ってすごいなあ。

 

 

 退院する直前、医務室の外からばたばたと足音が聞こえ、ハーマイオニーが駆け込んできた。

 

「ハリー! 箒で暴れ柳に突っ込んで全身複雑骨折って聞いたわよ!」

「ハーマ……なにそれこわい」

 

 話が大きくなるにも程がある。

 息を切らせるハーマイオニーに、水を飲ませて落ち着かせる。

 

「折れたのは首だけだよ」

「なんだ首だけなのね、ってそれでも十分重傷じゃない! 大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫。マクゴナガル先生とマダム・ポンフリーが治してくれたから」

 

 笑顔を浮かべてそう答えるけど、ハーマイオニーの表情は優れない。

 

「ハリー、本当に大丈夫?」

「? どうして?」

「だって、なんだか……」

 

 言葉に表せず迷っているようだった。私の混乱状態に気がついているのだろうか。

 だとしたら……いや。

 

「大丈夫だよ、ハーマイオニー。ただ強いて言うなら」

「言うなら?」

「自分探しの旅に出たい」

 

 私の返答を冗談と受け取るべきか、ハーマイオニーはしばらく考えていた。

 

 

 

 

 これ以上話すといろいろとボロが出そうな気がしたので、訪ねてくれたハーマイオニーには悪いけど、用事があると言って別れた。

 

 実際しなければならないことはある。

 マクゴナガル先生に、助けてくれたお礼を言うのだ。

 

 

 マクゴナガル先生の部屋の前に立ち、ノックをするとすぐに返事があった。

 

「どなたですか?」

 

 少し迷って、「ポッターです」と答える。

 

 次の返事までには妙な間があった。

 

「お入りなさい」

「失礼します」

 

 扉を開けた。

 開けた瞬間、部屋の奥でデスクに座っている先生の表情を見て、大変失礼ながら回れ右して逃げ出したくなった。

 普段から厳しい表情をしていることが多いけど、今は目算、普段の5割増しだった。

 

「お入りなさい」

 

 ドアで固まった私に、先生は有無を言わせぬ口調でもう一度言った。

 ギクシャク歩いてデスクの前に立った私に視線が突き刺さる。

 

「要件は?」

「はい、あの、せんじちゅっ、先日は―――」

 

 噛みっかみではあったけど、なんとか平身低頭謝り、お礼を言った。

 最後に、もう危ない真似はしません、と言うと、マクゴナガル先生は変に無表情で、張り詰めて絞り出したような声で言った。

 

「以上ですか?」

「……はい」

「結構」

 

 先生は杖を取り出しひょいと振った。窓や廊下から聞こえる生徒たちの声がぴたりと聞こえなくなった。私はこれから起こることを正確に予測することができた。

 

 

 

「こんな事は初めてでした! 私が間に合っていなかったら、間違いなくあなたは命を落としていました! 確かにまだ11歳でしょうが、やって良いことと悪いことの区別がつかないのですか! あなたにはもう少し分別があると思っていました―――」

 

 予想通りものすごいお叱りを受けた。しかもその中にまた両親が悲しむ的な話も入ってきて、私の精神は鰹節のように容易く削られた。

 

 30分にもわたるフルコースのお説教、そしてグリフィンドールから20点引かれ、くしゃくしゃのホコリクズのようになった私だった。

 最後にもう一度謝ってからすごすごと退室しようとする直前、「ポッター」と呼び止められた。

 

「私も、あなたほどの才能がなくなるのは惜しいことだと思っています。……無事で何よりです」

 

 最後にデレを見せてくれる見事な飴と鞭の使い分けだった。

 これは良い先生。不覚にも泣きそうになった。

 

 

 

 

 ちょっとだけトイレの洗面所で時間を潰して、談話室へ向かう。

 

 次はロンだ。忠告を無視したことを謝らなくちゃ。

 

 談話室に戻ると、皆心配してくれていたらしく、あっという間に囲まれてしまった。

 ラベンダーやパーバティは特にそうで、笑顔を浮かべてジャンプをして元気アピールをしてみせるまで、心配そうな顔が晴れなかった。

 他の皆にも大丈夫大丈夫と連呼しながらロンの姿を探したけど、見つからない。

 

「ロンなら部屋にいるよ」

 

 とシェーマスが言うのを聞いて、チョップで人ごみをかき分け、男子部屋の階段を昇った。

 

 

 

「ロン?」

 

 顔だけ出してそっと部屋を覗くと、ベッドに横になってる赤毛が見える。

 

「ロン……? 起きてる?」

「ん? ……は、ハリー!? 何で男子部屋に居るんだ! どうやって入ったんだ!?」

「ロンが居るって聞いたから……普通に入ったよ」

「男子は女子部屋に入れないのになあ……あ、ハリー、首はもう大丈夫?」

 

 よっぽど、何故入れないことを知っているんだ、と聞きそうになったけど、それよりあまりにも普通に心配してくれているロンを見て、私は逆に固まってしまった。

 

「? おーい、ハリー? やっぱりまだどこか……?」

「いや、違うん、えっと、大丈夫。あの……もう、怒ってない、の?」

「あー……」

 

 ロンはバツが悪そうに鼻の頭を擦った。

 

「うん、しばらく前から、っていうか、かなり前から、あの時はしょうがなかったと思ってたんだけど……なんて声かけたらいいかわからなくて。ウン、意地になってた、僕。……その、ごめん」

「そんな! 私だって、あの時はハッキリしてなかったし、マルフォイに怒るべきだったし……」

 

 謝る言葉は今までに散々考えたはずなのに、しどろもどろになってしまった。

 

「それに、昨日も、止めてくれたのに、それを聞かないで飛び出して……ごめんなさい」

「でも君はネビルのためにやったんだ、そうだろう?」

 

 違うんすよ。

 と、暴露する勇気も、肯定する強かさも私にはないのである。

 日本人特有の愛想笑いを繰り出すしかなかった。

 肯定と受け取ったのか、ロンは笑みを浮かべて、少し躊躇いがちに手を差し出した。

 

「君って、勇気があるよ。凄いと思う。あー……よかったら、これからよろしく、ハリー」

「う、うん。ロン……」

 

 差し出された手を握った。

 当たり前だけど、生きてる手だった。

 

 

 

 

 折角なので(なにが折角なのか)、グリフィンドールの1年生皆で一緒に昼食を摂ることになってしまった。周りを同級生に囲まれて大広間にぞろぞろと向かい、私はなんとなく、護送される囚人のような気分になった。

 

 ロンとラベンダーの間に座った私はもちろん食が進むわけもなく、もそもそと食パンだけを口に詰めていた。いつももそもそしてんな。

 ロンとシェーマスのクィディッチ談義と、ラベンダーとパーバティの昨日の宿題の話を両耳で聞き流していていると、不意に後ろから声をかけられた。

 

「おや、ミス・ポッター。お早い退院だね」

「まうほい?」

 

 振り返れば予想通りマルフォイがいた。……ミスと呼んでもらっているのに呼び捨ても悪いな。

 思えばこの呼び方も……いや、とりあえず置いておこう。

 

「まうほい……ふん?」

「……飲み込むと良い」

 

 口に中のパンをミルクで流し込んで向き直った。

 珍しいことに、クラップとゴイルを連れていない。そうすると、何だか小さく見える。

 

「ごめん、お待たせ。マルフォイ、くん?」

「……ああ、まあ、良いさ。その……怪我の調子はどうなんだ?」

「良いよ。眩暈があったけど、一日寝たら治ったよ」

「そうか……それなら良い」

 

 そう言って踵を返した。

 えっ。

 

「そ、それだけ?」

「そうだよ。…………悪いか!」

「いえ悪くないですはい! ……あ、ありがとう」

「ふん」

 

 青白い顔に赤みが差していた。

 マルフォイはそのまま大広間を出て行った。

 

 今のは、何の衒いも深読みもなく受け取るなら……

 

「心配、してくれた?」

「まあ、そうだと思うよ」

 

 独り言のつもりだったけど、いつの間にか聞いていたらしいロンが不機嫌そうに答えた。

 

「君、相当やばい状態だったから。流石に悪いと思ってるんだろ」

「そ、そんなに?」

「あんまり思い出したくないけど、首が180度曲がってた。マクゴナガルがいなかったら、マジ、やばかった」

「ひゃくはちじゅうど……」

 

 周りのグリフィンドール生が示し合わせたようにほとんど首なしニックを見たけど、たぶん他意は無い。

 

「マルフォイも青くなってたよ。いや、いつも青いからほとんど白だったな、あれは」

「でも思い出し玉も返してくれたんだ。君のおかげだよ、ハリー!」

 

 ネビルが弾んだ声で思い出し玉を見せてくれた。相変わらず赤く反応している。

 その顔は輝くような笑顔で、私がネビルのために身体を張ったことを微塵も疑っていないようで、ものすごくいたたまれない気持ちになった。

 

「いや……別に、そんな――」

「謙遜召されるな、我らが小さき女王様よ」

「そうとも。グリフィンドール生らしい勇気ある行動だ」

 

 もごもご言い訳しようとしたら、後ろから聞き覚えのある声……というか聞き覚えのあるヨイショが聞こえてきて、反射的にまた持ち上げられないように机を掴んだ。

 

「けど聞いたぜ、ハリー。かなりぶっ飛んでるな。二つの意味で」

「無茶しすぎるなよ、命あっての物種だぜ」

 

 心配は杞憂で、そのまま頭の上から声が続いて、上を向くと見下ろしている同じ顔が2つ見えた。

 軽い言葉とは裏腹に、その顔には同じように心配が浮かんでいる。

 

「うん、ありがとう……ごめん」

 

 

 

 世界が終わるような失敗をしたと思ったのに、誰も呆れたり見放したりはせず、私のことを心配してくれる。

 

 素直に感謝できればいいんだろうけど、でも、これも結局「生き残った女の子」への心配なのかもとか、原作ハリーの位置にいるからだとか、そういうネガティブな思考が頭の中で蜷局を巻いている。ハリーだけに。

 

 いやいや、皆そんな人間じゃないだろう、ってことはわかってるんだけど。

 そう簡単に割り切って付き合えるなら、きっと組み分け帽子もあんなに悩まなかっただろう。

 

 

 というか単純に、みんなの優しさが痛い。

 

 

 

 

 不意に視線を感じて上座のテーブルに目を向けると、スネイプ先生とばっちり目が合った。ダイアゴン横丁ぶりな気がする。

 じっと見てくるので、両手でぐいっとガッツポーズをして元気ですアピールをしてみた。

 特にリアクションはなく、目を逸らされた。

 

 うん、むしろこれくらいの塩対応が気持ちいい。

 久しぶりに、自然に口元に笑みが浮かんだ感触があった。

 

 もう一切こっちを見ようとしないスネイプ先生から目を離し、何気なく視線を滑らせた。

 そのとき。

 

「あぅっ」

 

 悲鳴が漏れた。咄嗟にパシリと額を手で覆った。

 

「どうしたハリー!」

「大丈夫かハリー!」

「まさかまだ首が!?」

「い、医務室、医務室に早くつれていかないと!」

「「俺たちが連れてく! さあ乗ってくれ!」」

「気分は? 意識はしっかりしてる? ここがどこかわかる?」

「ハリー!? 私がわかる!? あなたの姉よ!」

「ここなら先生を呼んだ方が速い! 任せてくれ僕は監督生だ」

「大丈夫だから! 大丈夫だからっ!」

 

 大袈裟なくらい大騒ぎする面々を宥めるのに5分かかった。

 

 

 

 

 

 初めて、傷が痛んだ。

 クィレルのターバンに目が行ったときだ。

 

 私の悩みとか、原作との違いとか、そういうことに関わらず時間は進む。

 

 

 ハロウィンが迫っている。

 

 

 





いつの間にかお気に入り1000件超えてました。

ありがとうございます。

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