異世界転生でゴーレムチートするだけの簡単なお仕事   作:ほひと

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その62、妙な店と妙な女

 

 

 

 ないと答えると、隠居はやっぱりなという顔で、

 

「それは困ったなあ。さて、うちにあるものと言いたいがわたしのお古じゃあ大きすぎる」

 

 隠居はさほど大柄ではないが、それでも九歳児のゴローと比べれば巨体だ。

 

「あのう、それでしたら適当な古着をちょっと購入してくるとか」

 

「これ、子供がそうおいそれと買うの売るのと言うものではないぞ。都会では衣服も多少安く

売っているとはいえ、子供のお小遣いで買うにはちと高い」

 

「まあ、そうですけど」

 

 一般的には、まあ隠居の言葉は正論である。常識的とも言う。

 そこでゴローは頭を掻きながら、

 

「実は師匠から何かの時に使いなさいといくらか預けられているものがありまして」

 

 そこでゴローは懐中から金貨銀貨の入った革袋を取り出す。

 もちろん、それは月々の『給料』から捻出したもので、バレンシアからではない。

 

 隠居はそれを見て、暖かい情景でも見たかのような妙ちくりんな笑顔となる。

 

「なるほど。良いお師匠を持ったなあ……。しかし、それはしまっておきなさい。ここはまああたしが言ったことだから、あたしが古着の代金を払いましょう」

 

「そうですか?」

 

「うん。そのお金はまた別の時に備えてきちんと取っておきなさい。くれぐれも無駄遣いなどせぬように、心得ておくよう」

 

「はあ。わかりました」

 

 自分の金であり、所有している金額からすれば雀の涙だが、とりあえずゴローはうなずく。

 

「よろしい。それでは、善は急げと言いますし、さっそくに出かけましょうかな」

 

 隠居は見かけに似合わない機敏な動きで屋内に戻ると、

 

「ああ、これこれ。ちょっと出かけてくるので留守を頼みますぞ?」

 

 と、低いが良く通る声で言った。

 どうやらさっきの中年女性に言っているらしい。

 

「あ、さっき見たと思うがあの人は通いでうちの家事やら雑事をやってもらっている人でな。近所に住んでおる」

 

 こんな説明を受けながら、ゴローは隠居と共に出かけることになったのだった。

 向かった先は、隠居の家からそう離れていない場所にあった小さな店。

 

 閑静なところにある店らしく、店には店主が一人いるだけ。

 表の小さな木片看板にはそれらしい印も絵も、文字もない。

 

 ただ『開店中』と彫られているだけである。

 

「ちょいとお邪魔しますぞ」

 

 隠居は慣れた動作で店に入り、店主に微笑みかけた。

 

「おう」

 

 店主はうなずくでも笑うでもなく、カウンターに座ったまま不愛想に返した。

 とても接客する態度ではないが、隠居は気にした様子もない。

 

 店主は鼻の低い褐色の肌をした、屈強そうな男であった。

 ただ背丈は低く、年も若くはない。

 

「一つ子供用の、まあ汚れてもよいような、作業着と言うのかなあ。そういうものを一着ほどこしらえてほしいのだがなあ」

 

「あんたの孫……じゃないな。使用人でもないし。弟子でも取ったか」

 

 店主はじろりとゴローを見て、確認するように言った。

 

「まあ、そのようなものだ。はっはっは」

 

「ふん。坊主、こっちにこい。サイズを測る」

 

 店主は巻き尺を手に、カウンターからのそりと出てきた。

 そこで気づいたが、店の奥には重そうな鈍器や甲冑、兜の類が並んでいる。

 

(衣料品の店っていうか、武器と防具の店か、ここは……?)

 

 ゴローは無言で店主に近づきながら、チラチラと奥に視線を走らせた。

 

「うちは元は武器屋だ。鎧だのも扱ってたけどな」

 

 ゴローの視線に気づいたのか、店主はぶっきらぼうに言った。

 

「ははあ」

 

 しかし、こんなところにそんな店があったとしてやっていけるものだろうか。

 周りは小さな農家とか、あるいは隠居のような人物ばかりである。

 

 商業の中心という感じではない。

 また武器や鎧を必要とする人間など、あまりいるようには思えなかった。

 

「それも昔の話だけどなあ。今はしがない服屋みたいなもんだ」

 

「こちらは昔から、色々と世話になっているかたでなあ。腕の良い鍛冶職だ」

 

「だった、だ。とうに引退しているも同様だよ」

 

 どこか虚無的に、店主は言うのだった。

 

「今じゃあここで年寄り相手のケチな商売だ……」

 

 言いながら、店主は淀みのない動きでゴローのサイズを測っていく。

 それは、まさに職人技だった。

 

「汚れ作業に使う服なら、念のために二日よこしな。その代わり丈夫さは保証する」

 

「はいはい。で、おいくらかな?」

 

 と、隠居が店主の提示した額を支払った、ちょうどその後だった。

 

「おい」

 

 妙に響く女の声が表から飛んでくる。

 同時に、六つの目がこの発した場所へと向けられた。

 

 背の高い、日焼けした肌の女が立って影を作っている。

 赤い切れ長の瞳が店内へと馴れ馴れしい視線を注ぐ。

 

「客か。珍しい」

 

 それだけ言って、女はずいと店内へと入ってきた。

 やはり大柄だ。背丈が天井ギリギリかもしれない。

 

 汚れた革製の鎧を着て、大きな棒状のものをかついでいる。

 鎧は血と汗と埃と泥をすすっているらしく、重たい汚れがあった。

 

「子供か」

 

 女はゴローを見て、一瞬不思議そうな顔をする。

 

 赤い色の短髪に、赤い眼。失明しているのか左の目には黒い眼帯があった。

 女の体格はがっしりとしており、並々ならぬ膂力(りょりょく)を予想させる。

 

「手入れを頼む」

 

 女はゴローたちの横をすり抜け、カウンターに担いでいた棒状のものを置く。

 武器……鈍器か? と、ゴローは微かに興味をそそられた。

 

 傭兵か何かだろうか。山中で出会えば山賊かとも思うような女だ。

 

「今こっちの用をしてる。終わったらやっておく」

 

「ああ」

 

 店主は女のほうを見もしないで作業を進めているが、女は気にした様子もない。

 荒々しい風貌ながら、よく見れば美人と言える顔立ちをしていた。

 

「魔法使いか」

 

 女は隠居を見て言った。

 

「そういうあなたは、どういったかたかな」

 

「狩人だ」

 

 隠居の問いに答えたのは女ではなく、店主だった。

 

「頭に『怪物専門』がつく」

 

 即座に女が言った。

 

(怪物を退治する狩人――モンスターハンター?)

 

 ゴローは首をかしげた。山賊だの盗賊は聞くし、妖精もいるらしい。

 しかし、怪物というのは実際の存在としてあるのだろうか? おとぎ話の中だけでは?

 

 ゴローは自身の記憶を手繰りながら、考え込んでしまうのだった。

 

 

 


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