オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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名御屋へ・・・

    * * *

 

 

 時間はさかのぼって、名御屋マスター達はというと……。

 

 日が落ちて仕方なく、平原の陸路を進むマスター達は水辺の大通りに面した場所にテントを張り野宿している。

 焚き火を前に、大きな丸太に腰を下ろし。空に浮かぶ月を見上げていたマスターの元に突然の連絡が入った。

 

「……なに? カレンからか……」

 

 マスターは視界に表示された【カレン様からのボイスチャット通信が入りました】という表示の下の【チャット開始】という所に、彼はゆっくりと指を当てる。

 

 すると、次の瞬間。聞き慣れた愛弟子の声が聞こえて来た。

 

『――師匠。夜分遅くにすみません。緊急の要件で連絡しました』

「ふむ。カレンか? どうした。何かあったか?」

 

 照れ隠しでわざとらしく聞き返したマスターに、カレンの落ち込んだ様な声が聴こえる。

 

『はい。実は……今さっき星ちゃんをダークブレットという組織に誘拐されてしまいまして……』

 

 それを聞いて目を見開くと、勢い良く立ち上がり。

 

「なっ……何をやっておるか! このバカタレが!!」

『はい! も、申し訳ありません』

 

 突然のことに驚き、思わず怒鳴ってしまう。

 

 マスターは『しまった』と思ったのだが、その時には全てが遅く。声の張りをなくし申し訳なさそうに謝るカレンが言葉を続けた。

 

『――師匠! 師匠はダークブレットのアジトの場所を知っていますか?』

 

 驚くカレンの言葉に、マスターは眉をひそめる。

 

 それもそのはずだ。その組織の名前を知らない高レベルプレイヤーなどフリーダムにはいない。しかも、その組織はマスターと少なからず因縁のある組織――。

 

(……ダークブレットだと? ふむ。星という娘は奴等に連れ去られたということか、しかし……)

 

 そんなことを考えながら、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 

 何を隠そう以前、マスターが独自に彼等の組織の壊滅しようと試みたことが関係していた。

 それは数カ月前。ある機関から依頼され、ダークブレットの調査を頼まれた時のことだ――。

 

 本来の目的はあくまで調査。組織の規模、活動目的や資金源などを調査して、依頼主に報告するというそれほど難しくないものだったが、組織の内情を最中。マスターは組織の者達の待ち伏せに合い。

 

 結局。顔を知られたマスターが止むを得ず、1人で組織を再起不能にまで追い込んだのだが……事はそれほど、簡単ではなかった。

 

 ダークブレッドは様々な国のサーバーに支部があるようで、多くの離反者を出したものの。すぐに各支部から人員を補給し、半月程度でほぼ元の機能を取り戻してたのである。

 

 その時にマスターは思った――この組織には底知れぬ闇を感じ、もうこの組織には手を出さぬほうが良いと……。

 

(――できることならダークブレットと争わぬほうが良いのだが……仕掛けられたなら仕方あるまい)

 

 カレンの声の様子から、事は一刻を争うということを感じ取ったマスターは、難しい顔をしながらもカレンに向かって告げる。

 

「……うむ。奴等のアジトはウォーレスト山脈に城がある。そこが奴等のアジトだ……だが、あの組織の規模は大きい。儂が戻るまで大人しく待っておれ! 儂等もすぐにこちらを終わらせてそちらへ向かう!」

『……はい。分かりました』

 

 カレンは深刻そうな重い声で言うと、突然通信を切った。

 

 元々そうなることは分かっていたものの愛弟子に一方的に切られ、その心に焦りがあると感じたマスターが『やはり教えるべきではなかったか……』と思い。マスターは深刻そうな顔になる。

 

 戦力としては確かにエミル達だけでは少ないが、個々の能力をフルに発揮すれば、そう難しい相手ではない。

 

 ましてや、今回の任務は殲滅ではなく星の救出だけだ。だが、もし浮足立ち冷静さを欠いてしまっているのであれば、敵の術中にはまり容易に危機的状況に陥りかねない。

 

 マスターの険しい表情を見て、心配そうに紅蓮が声を掛けてきた。

 

「……マスター。なにかありましたか? 深刻そうな顔をしていますよ?」

 

 小首を傾げている紅蓮の姿に気付いたマスターは、すぐに微笑みを浮かべ。

 

「あっ、ああ。始まりの街に残してきた弟子から通信があってな……」

「弟子? なにか、困ったことでもありましたか?」

「うむ。儂の知り合いがダークブレットという組織に連れ去られたらしい」

 

 それを聞いた直後、普段あまり表情に出さない紅蓮の顔が少し険しくなった。

 

「……えっ? ダークブレットって、あのダークブレットですか?」

「……うむ」

「その方は大丈夫なのでしょうか……私達も救出に向かった方がいいのでは? マスター」

 

 紅蓮が少し早い口調でそう告げると、マスターはしばらく考える仕草の後、徐ろに口を開いた。

 

「――いや。儂らはこのままバロンの元へと急ぐ」

「……マスター。分かりました……なら、街に寄るのは止めて先を急ぎましょう」

 

 彼を気遣ってそう提案する紅蓮に、マスターは首を横に振って言った。

 

「いや、こちらも一筋縄ではいかぬだろう。予定通り街に寄って、情報収集と補給をしてから名御屋へと向かおう」

「それでこそじじいだぜ!」

 

 テントの中から出てきたメルディウスが満足そうな笑みを浮かべ歩いてきた。

 突然現れたメルディウスに、マスターと紅蓮は彼の方を向く。

 

 メルディウスは紅蓮の顔をまじまじと見つめると、背後にあるテントの方に親指を向けた。

 

「紅蓮。風呂が沸いたから入ってこいよ。ああ、他の2人にも伝えてくれ!」

「……あ、はい。分かりました」

 

 紅蓮は拍子抜けて答えると白雪と少女を呼びにいった。

 

 隣に座っていた紅蓮が立ち上がってマスターに一礼すると、白雪達を呼びにテントの方へと向かっていく。

 その背中を見送ってメルディウスはマスターの方に向き直ると、神妙な面持ちで告げる。

 

「紅蓮の手前、ああは言ったが。おい、じじい……大きなお世話かもしれねぇーが、ダークブレットはやばいぜ? 俺はこれでも名の通った1つのギルドを背負ってるからよ。色んなところから情報が入るんだが……この事件後。あそこには、大事なメンバーをやられたギルドも多い。だが、その報復に行った連中は1人たりとも帰ってきたことがねぇーて話だ――おめぇーの弟子。本当にやばいぞ? かっこつけてないで、行ったらどうだ? じじいなら――」

「――メルディウス!」

 

 その話を遮るようにマスターが声を上げた。

 まるで敵に向けるように鋭い視線でメルディウスを見据える。マスターのその瞳に、さすがの彼も心臓を鷲掴みにされた様な息苦しさに言葉を失う。

 

 手がガタガタと震え出し、それを脳が制御できない。

 これは恐怖なんて生易しいものではない。深層心理にある野生の本能がそうさせるのだ――。

  

 萎縮したメルディウスに気付き、マスターがすぐに視線を落とし「すまん」と告げると。

 

「だが、それ以上は言うでない! 儂とて分かっておる。だが、儂はカレン――弟子には儂を待てと命じたのだ。それでも行くというならば、あやつらも儂の助けは期待していないはずだ」

「……じじい」

「ならば、こちらはこちらの仕事をせねばなるまい! それにな……」

 

 そう呟くと、マスターは空をゆっくりと頭上に輝く月を見上げた。

 

 その時のマスターの脳裏にはカレンの顔が浮かんでいた。そして、もう一つ気掛かりなことが頭を過る。

 

「儂はどうにも解せぬのだ。誘拐されたのは年端もいかぬ小娘……ダークブレットほど巨大な組織が、そんな娘を誘拐する意図が全く見えん。なにか別の、もっと大きな何かが起ころうとしておる。そんな気がしてならんのだ――」

「――大きな何か。か……」

 

 メルディウスはそう呟くと、マスターと同じように月を見上げた。

 2人の見上げていた月が大きな黒い雲に見る見るうちに呑み込まれ、その光景が彼等にこれから起こるであろう不穏な空気を予感させている様だった……。

 

 

 その翌日。マスター達は、当初の予定通りに近くの街に入った。

 

 フリーダムの中には、都市と呼ばれる大きな街とNPCのみしかいない小さな町がある。

 まあ、小さな町の大きい宿屋はプレイヤーの店舗の許可も下りない為、フィールド攻略時の補給と休憩くらいしか使う用途はないのだが……。

 

 マスター達はこの集落の様な小さな町で道中、戦闘により消耗したアイテムを一通り買い集めると、名御屋の街へと本来は一泊する予定だったが、待機させていた馬に跨がり、再び馬を走らせた。

 

 それに続く様に、逸早く紅蓮とマスターが馬に跳び乗ると、手綱をしならせて馬を出す。それに驚きながらも、他のメンバーも続いていく。

 

 突如走り出したメルディウスが先頭で大声で叫んだ。

 

「日が高いうちに距離を進める! ここからは休息を入れずに行くぞー!!」

 

 そのメルディウスの声に小虎が不満そうに叫んだ。

 

「えぇ~、もうすぐ名御屋だし。ゆっくり行けばいいじゃん! もう僕、馬に乗りすぎてくたくただよ~」

「うるせぇー! もうすぐだから急いで行くんだろうがッ!!」

「うえぇ~。鬼! 悪魔! 甲斐性なし~。……だから、姉さんに嫌われるんだよ」

「なにぃ!? 聞こえてるぞ小虎!!」

 

 ふてくされながら小さく毒突いた小虎に、メルディウスが右手を掲げて怒鳴る。

 

 そんな2人の間に紅蓮の馬が割って入ると、紅蓮は小虎に向かって話し掛けた。

 

「少し急な用事が入ってしまいまして、急がないといけないんです。もう少しだけ辛抱してくれませんか? 小虎」

「……分かった! 姉さんがそう言うなら仕方ないなぁ~」

 

 紅蓮に言われてはそれ以上文句を言うわけにもいかず、小虎がそう言って渋々了解した。

 

 その時、一番後方を進んでいた少女が言い難そうに言った。

 

「――あのー。実は名御屋に知り合いが居るはずなんですが……会って来てもいいですか? あっ、時間がないならまたにしますけど!」

「あっ、いいえ。大丈夫ですよ? 名御屋の街で情報収集をしないといけませんから、時間はありますし」

「……そうですね。紅蓮様もそう言ってる事ですし。情報収集はこちらに任せて、あなたは人と会ってくればいい」

「はい! ありがとうございます!」

 

 紅蓮と白雪にそう言われ、少女は嬉しそうに微笑んだ。

 

 そんな少女の横に馬を着けると、小虎が首を傾げながら尋ねる。

 

「お姉さんの会いに行く人ってもしかして、このゲームをお姉さんに勧めた人……とか?」

「うん! 私のお兄ちゃんだよ。今は名御屋の街で武器を造ってもらってるらしくて……本当ならそれを待ってから始まりの街で合流するはずだったんだけどねぇー」

「ふ~ん」

 

 少女のその話を聞き、自分から話を切り出したはずの小虎が生返事を返すと、少女は苦笑いを浮かべる。だが、楽しそうに会話をしていたのも最初のうちだけで……。

 

 すっかり日が落ち始めた頃には、小虎も少女もすっかり口数が少なくなっていた。

 もう日の出からずっと馬を取っ替え引っ替えしながら進み続けているのだ。疲労が溜まるのも無理はない。

 

 そんな2人を気遣ってか、2人に紅蓮が声を掛けてきた。 

 

「……大丈夫ですか? すみません。無理させてしまって……」

 

 申し訳なさそうにそう言って表情を曇らせた紅蓮に、慌てて2人が言葉を返した。

 

「いや、姉さんのせいじゃないよ! もとはといえば、僕から行きたいって言ったんだし!」

「そ、そう! 紅蓮ちゃんは悪くないよ! 私の方がお姉さんなのに……逆に心配かけてごめんね。紅蓮ちゃんの方こそ大丈夫?」

「えっ? ええ、私はまだまだ大丈夫です」

(私の方がお姉さん? 何を言ってるんでしょうか、この人は……)

 

 紅蓮は頷くと心の中で少女の『お姉さん』という発言に、不思議そうに小首を傾げていた。




小説家になろうをメインに活動しています。
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