オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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名御屋へ・・・4

 マスターは深く頷くと、思い出すように瞼を閉じて、その時のことを淡々と話を始めた。

 

「うむ。実は儂も、バロンの姿をはっきり見たと聞いたわけではないのだ。実は名御屋周辺で、謎のモンスターの乱獲が起きておるらしくてな……その情報の中に黒い鎧の兵団を見たという者が数多くおったのだ」

「黒い鎧の兵団……」

「……そりゃ間違いなくバロンだ!」

 

 黒い甲冑に黒い片手剣はバロンの特徴でもある。それは黒の兵士を召喚する為、その軍団の中に紛れる為の彼なりの防衛策なのだろう。

 

 マスターは彼等の言葉に相槌を打つと、言葉を続ける。

 

「それがバロンなのは言うまでもない――だが、狩りをしていたならば、あやつにも何らかの目的があるはず。おそらく、まだこの近辺に潜伏しておるはずだ――皆には街で近辺の狩場で『黒い鎧の兵団を見かけなかったか』と尋ねて回ってほしい」

「おう! なら飯食ったら早速聞き込みだな!」

「うむ。そういえば、朝食はどうするのだ? 確かここは食事も出るはずだったと思うが?」

 

 マスターがそう尋ねると、ソファーに腰掛けていた紅蓮がテーブルの隅に立て掛けてあった本を手に取って、マスターに手渡す。

 

 本を開くと、中にはびっしりと料理のメニュー名が書いてあった。

 

「なるほど、ルームサービスか。現実世界で海外を遠征していた頃を思い出すな……」

 

 感慨深げにそう呟き頷くと、横からきたメルディウスがそのメニュー表を取り上げた。

 

「早くあのバカを探さねぇーといけねぇーんだ。ちゃっちゃと決めちまえよ!」

 

 メルディウスはメニュー表の注文という場所を指で押すと、彼の視界にコマンド入力画面が表示され。そこには部屋番、注文商品番号、合計金額が表示されている。

 

 どうやらサービスを受けると、その料金はチェックアウト時に徴収される仕組みになっているようだ。

 

 メルディウスはそれに素早く数字を入力し終えると、そのメニュー表をマスターに投げた。

 

「ほら、じじいもさっさと注文しちまえよ。時間には限りがあるんだぜ?」

「うむ。ならば……」

 

 マスターはそれを空中で受け取ると、再びメニュー表を開き徐ろに数字を入力し始める。

 

 そのやり取りを見ていた紅蓮が不機嫌そうに目を細めながらメルディウスに告げた。

 

「マスターにあまり迷惑を掛けてはいけません。それに、朝食くらいゆっくり食べてからでも、さほど時間に変わりはありませんよ」

「んなこと言ってもよー。急がねぇーと日が暮れちまうだろ?」

 

 困った顔をして頭を掻きながらそう答えるメルディウス。

 

 そんなメルディウスの困った顔を見て、紅蓮は思わずそっぽを向く。

 まあ、彼女の言う通り。ここで数分短縮したところで、状況が好転するとも思えない。要するに、気持ちの問題なのだ。

 

 見兼ねたマスターが、紅蓮の方にすっとメニュー表を差し出す。

 

「紅蓮よ。メルディウスの言う事も一理ある。この街に来た本来の目的を果たさねばな」

「……分かりました。ですが、私達はマスター達の物が届いてからでいいです。あまり時間を掛けると『日が暮れてしまう』ので」

 

 相当頭に来ている紅蓮は、メルディウスへの当て付けなのか『日が暮れてしまう』の部分を強調して告げると、マスターからメニュー表を受け取った。苦笑いを浮かべると、マスターは更に落ち込んだ様子のメルディウスの肩を軽く叩く。

 

 それから数分して、メルディウスとマスターの注文した料理をメイド服を着た2人のNPCが運んできた。

 

 そのメイド達は銀色の丸い蓋の着いた皿を手に一礼して部屋に入ると、テーブルの上にそれを置いた。

 

「食べ終わりましたら、もう一度お呼びください。食器を下げに参ります」

 

 形式的にそう言った彼女達は頭を下げ、そそくさと部屋を出ていった2人を見送りながら小虎と少女が口を開く。

 

「へぇ~。まるで普通の人間みたいだよね~」

「そうだね~。ここがゲームじゃなかったら」

 

 2人のその言葉はもっともだろう。NPCの動作は全てAIで設定され、それ以外のことはできないのだが、見た目は小虎などと同じく意思を持ったプレイヤーにしか見えない。

 

 まあ、この世界はゲームの世界で、その体を構成しているデータは同じなので、同じと言えば同じなのだろうが……。

 

「なにぼさっとしてんだ? 小虎。おめぇーも早く飯頼めよ。今日は俺達は居ねぇーんだ……あいつと紅蓮の護衛はお前に任せるからな!」

「――メルディウスよ。ホテルの中ならば何も問題はなかろう。それより、お前は朝から本当にそれを食べるのか……?」

 

 困惑しながらメルディウスの目の前に置かれた大皿を指差して言った。

 

 だが、マスターが驚くのも無理はない。何故なら、そこには大皿からはみ出しそうなほど大きなステーキがもくもくと湯気を上げていたのだ。

 

 正直。朝食にステーキとは、随分と豪勢な料理と言わざるを得ないだろう。

 

「男なら朝からこれくらい当然だろ? それより……なんだ? じじい。その年寄りみたいな朝食は――」

 

 不満そうにメルディウスは眉をひそめながら、今度はマスターの目の前に置かれた皿を指差した。

 

 そこには焼き魚に汁物、そしてご飯というシンプル過ぎるくらいの食事が並んでいた。

 

「ふふふっ。一汁一菜……これ武人の心得なり。腹が減っては戦はできぬが、食べ過ぎてもいかん……動けなくなるからな。食事とは、腹八分に留めるのが最も良いのだ」

 

 マスターがほくそ笑みながらそう告げると、メルディウスは「くだらねぇー」と吐き捨て、フォークを手に目の前のステーキにかぶりついた。

 獣の様に肉にかぶりついてはご飯をかき込むメルディウスとは対照的に、手を合わせ「いただきます」と背筋を伸ばし、礼儀正しく食事を取り始めるマスター。

 

 まさに正反対の2人が、お互いに向い合って食事を取る姿を見て、昔を思い出しているのか紅蓮はくすっと微笑みを浮かべ、ベッドの上でトランプをして遊んでいる小虎と少女に声を掛けた。

 

「私達も朝食を頼みましょう。2人もお腹すいたでしょうし」

「やったー! やっとご飯だー!」

「そうですね! 何を食べようかな~♪」

 

 走ってきた2人は紅蓮の持っているメニュー表を食い入るように見つめている。

 それを優しい眼差しで見つめていた紅蓮の耳に、メルディウスの声が飛び込んできた。

 

 彼は大きく膨れた腹を叩きながら、満足そうに叫ぶ。 

 

「よーし! 飯も食ったし。いっちょ行ってくるわっ!」

「……ご馳走様でした――では儂も出る! メルディウス。日が暮れる前にはここで落ち合おう!」

「おう!」

 

 食事を終えた2人は徐に席を立つと拳と拳をぶつけ合って、ニヤリと笑みを浮かべ部屋を出ていった。

 

 そんな2人を見て紅蓮はふと、表情を曇らせながら思った。

 

(私は本当に行かなくて良いのでしょうか……)

 

 部屋の一点を見つめ、小さくため息をつく。

 白雪、メルディウス、マスターだけに、バロンの捜索を任せるのが心苦しかった。

 

 ここ数日。野営続きで昼にも殆ど休息すら取らずに、この名御屋まで走ってきた――皆、相当疲労は蓄積しているはずであり。その条件は紅蓮もマスター達も変わりはない。

 

 にも関わらず。自分達だけ、ホテルでゆっくりとくつろぐのはどうしても気が引けてしまう。

 

 その様子に気付いた少女が、首を傾げながら尋ねてきた。

 

「紅蓮ちゃん大丈夫だよ。あの2人は強いから、何の心配もいらないと思うよ?」

「……それは分かっています。ただ、私達だけゆっくりしていていいのかと思ったので……」

 

 その紅蓮の言葉に、少女は少し考える素振りをすると、突然。紅蓮の顔の前で微笑みながら言った。

 

「ただ待ってるだけも退屈だし。一緒に街を見て回ろっか! もしかしたら、探している人がひょっこり現れるかもだし。そしたら、サボってるわけじゃないよね?」

「――そ、そうですね。それは良い考えかもしれません」 

 

 少女の思わぬ提案に紅蓮は頷くと、ぎこちなく微笑み返した。

 正直。このままホテルの部屋で待っていたら、心苦しくて休んでいても休んだ気にならないところだったので、彼女の提案はまさにうってつけだった。

 

 それから3人は注文した食事――小虎はカレー。紅蓮と少女はサンドイッチを食べ終えると、軽く身支度を整え名御屋の市街地へと向かった。




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