オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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家出2

 食べ物を探しに森に入ったのは良いが、もう大分経つのに木の実さえ見つけることができないでいた。

 始めのうちは直ぐに何か食べ物が見つかるだろうと、簡単に考えていた星だったが、森の中をいくら探しても食べ物どころかモンスターすら見当たらない。

 

 そうこうしている間に。完全に日が落ちて夜になってしまった。

 

「はぁ、はぁ……こんなに探してるのに、何もないなんて……。こんなことなら、川に行って魚にすれば良かったかな?」

 

 星は後悔しながら、そんなことを口にしていると、どこからともなくモンスターの雄叫びが聞こえてきた。

 

 体の芯に響くその鳴き声は、まるで心臓を鷲掴みにされるような威圧感を帯びていた。

 驚いて近くにあった木の穴に逃げ込むと、星は体を丸くして、その鳴き声が止むのを待った。

 

 それからしばらくして、辺りに響いていた雄叫びが止んだ。

 星はほっと胸を撫で下ろした。それと同時に今度は張り詰めていた緊張が解け、また『ぐうぅぅ~』とお腹が大きな音を立てる。

 

「うぅぅ~」

 

 星は鳴り止まないお腹を必死に押さえて丸 くなる。

 

(そういえば……こんなことが、前にもあったっけ……)

 

 その時、ふと現実世界の学校での出来事を思い出す。

 

                

        * * *

 

 

 それは学年が進級してすぐくらいの時期だった。

 

 教室で帰る準備をしていた星の元に突然男子生徒がきて。

 

「体育倉庫の中から猫の鳴き声がするから見てきてくれ」

 

 星は可哀想だと、疑うこともなく男の子に言われるまま倉庫の中に飛び込んだ。

 

 中に入ると、確かに倉庫の奥の方から猫の鳴き声が聞こえる――。

 

「待っててね。今助けてあげるから!」

 

 星がその鳴き声のする方を必死に探していると、用具棚の奥からちらっと猫のしっぽが見えた。

 

 そのしっぽはぴくりとも動いておらず、それを見た星は猫が怪我をしていると思い込み、急いで周りの用具を移動させやっとの思いで猫がいる場所が見えるまでになった。

 

「なに? これ……」 

 

 星はそれを見て言葉を失う。

 

 それもそのはずだ。そこには電池式のスピーカーに猫の尻尾の玩具が付いているだけというお粗末な作りだった。

 

 本当なら騙されたことに怒ってもいいはずの星だったが、それを見た彼女は『嘘で良かった』と、ほっと胸を撫で下ろした。

 その後、外に出ようと扉に手を掛けると――。

 

「――あれ? 開かない……どうして!?」

 

 さっきまで鍵の掛かっていなかったはずの体育倉庫には、何故かしっかりと鍵が掛かっていた。

 間違いなくさっきの男子生徒の仕業だ――星は必死で開かないドアを叩いて助けを呼んだ。

 

 だが、周囲に誰も居ないのか、いくら叫んでも誰もくる気配すらない。

 

 それから数時間――さすがに叫び疲れたのか、星はどうしようもない状況に途方に暮れていた。

 星が体育倉庫の窓を見た。だが、そこから出ることは不可能だろう。

 

 何故ならその窓は内側が防犯用の鉄格子で覆われていて、とても子供の力では外れそうにない。

 

「これは……私の力じゃ……無理」

 

 父親もいなく、母親は仕事で夜遅くにしか帰って来ない。

 そんな状況では、星が居ないことに気付く人間がいるはずもない……それは星自身が最も分かっていた。

 

 だから、自分が助かるには明日学校が始まるまで待つしかないという絶望的な事実もすぐに理解出来た。

 

「とりあえず。ここは体力を無駄に使わないようにしないと……」

 

 そう呟くように言うと、その場に座り込み小さくうずくまる。

 それから何時間が経っただろう……星が窓から外を見たら満月が顔を覗かせている。

 

 暗い場所が苦手な星にとって、満月の光りが窓から差し込むことで、微かに安らぎを感じていた。

 

「――月綺麗だなぁ……はぁ~。お腹すいた……」

 

 星は若干の現実逃避をしつつ。空腹で鳴り止まないお腹を押さえていると、いつの間にか眠ってしまっていた。

 

 結局それから星が助け出されたのは、深夜12時を過ぎてからだった。

 その時もかくれんぼをしていた星に生徒が気付かずに、鍵を閉めてしまったということでケリが付いたのだが……。

 

  

        * * *

 

 

 木の窪みの部分に入り込んだ星は、空に浮かぶ月を見上げていた。

 

「でも、あの時はお母さんが気付いてくれたから助かったけど……今は……」

 

 星はそう呟くと、自分の置かれた状況に絶望し表情を曇らせた。

 

 そんな時、星の近くを男が通っていった。

 それを見た星は気付かれないように隠れながら、その男の様子を見つめている。

 

「おっかしいなぁ~。反応はこの辺りのはずなのになぁ~」

 

 星が怪しいと感じた要因は、彼の格好とは不釣合いな髪と瞳の色だった。

 

 キョロキョロと何かを探すように辺りを見渡す男は、金髪で青い瞳をしているのに腰には日本刀を差し日本伝統の甲冑を身に纏っている。その出で立ちはまるで、日本の侍の姿そのものだった。

 

 しばらく物陰から男の様子を窺っていると、男は何かを探しているらしく辺りを頻りに見渡しながら歩いている。

 

(……絶対に怪しい!)

 

 何にせよ。夜に森の中を1人で歩き回っているなんて絶対におかしい。あの男はきっと襲う為に、他のプレイヤーを探していると星は直感でそう判断した。

 

 星は木の穴に隠れながら身を小さくしてその男の動きを見張っていたが、男は諦めたのか、頭を掻いて他の場所に向かって歩いていく。

 男が去りほっとしたからか、どっと疲れが出てきて不意に星の口からあくびが出た。

 

「ふわぁ~。ちょっと眠い……」

 

 それもそのはずだ。昼間に男達に襲撃され、今度は城の外壁を伝っての大脱出劇。そしてフィールドでの初戦闘。一日に色々なことが起きたのだから無理もない。

 

 さらに空腹で体に力も入らず、いつまで続くか分からない終わりの見えないサバイバル生活が待っていると思うと、気が滅入りそうだった。

 それは子供の星にとって過酷すぎる状況だろう。睡魔に襲われた星はそれに抗えず、うたた寝を始める。

 

 しばらくすると、星のもとに何やら肉が焼けるような香ばしいかおりが漂ってきて目を覚ます。

 

「なんだろう……この美味しそうな匂い」

 

 

 星は鼻をくんくんと動かし、その匂いの方へと引き寄せられるように歩き出した。

 その匂いのする方へと歩を進めていると、目の前に焚き火で炙られた串に刺さった肉が見える。

 

 お腹の空いていた星はそれに一目散に駆け寄っていくと、物欲しそうにその肉を見つめた。

 空腹で倒れそうになっていた直後に見たせいか、その肉の表面を滴る油がキラキラと輝きとても魅力的に感じる。

 

「――あの~。食べる?」

 

 突然に耳に飛び込んできた声に気付いて横を振り向くと、少女は串を掴んで星に差し出した。

 

 彼女は腰に白いレイピアを差し、ピンク色の長い髪を後ろで結んでいる。フリルの付いたドレスの様な服装に、瞳はまるで空の様に青く透き通っていた。

 

 星はそれを指を咥えて見つめると、ぶんぶんと首を横に振った。

 

「ふ~ん。いらないんだ」

 

 少女は首を傾げ持っていた串を自分の口に運ぶと、美味しそうにほっぺたに手を当てて幸せそうな笑顔を見せている。

 

 星は口を開けたまま、羨ましそうにその様子を見つめた。

 

「なに? やっぱり食べたいでしょ?」

「えっ? あ、いえ……」

 

 そう言って俯くと『ぐうぅぅ』と、今までにないほどに大きくお腹が鳴った。

 

 星は顔を真っ赤にさせ、慌ててお腹を抱える。

 それを見た少女は笑い声を上げ「体は正直だね~」と、地面に刺していた一本の串を手に持って、それを星の顔の前に突き出す。

 

「はい。食べていいよ? ここで会ったのも何かの縁だし」

「本当にいいんですか?」

「うん!」

 

 そう言って少女の顔を見上げた星に、彼女は頷くと優しく微笑み掛けた。

 彼女の言葉に甘えた星はその肉にかぷっと噛み付くと、噛み締めるようにもぐもぐと口を動かす。

 

 少女はそれを見て徐ろにコマンド画面を操作すると、串に刺さった肉を取り出して次々に焚き火の近くに刺していく。

 

 星は食べるのを止め、その様子を興味深く見ていると、ふと彼女と目が合った。すると、少女は手に持った串を星に見えるように前に出す。

 

「ああ、これ? 気にせずどんどん食べてね! 私こう見えて意外と食べる方だから、今のうちに焼いておかないと……ね!」

 

 一瞬微笑んだと思ったら少女は、次の瞬間には止めた手を再び串を地面に刺して並べていく。

 

 見事なまでの早業で次から次へと地面に刺された串が大きな円を作る。

 

 星は彼女に遠慮しつつも。相当お腹が空いていたのか、次々と肉を平らげていく。

 

「おぉ~。あなたも意外と食べるんだね! もう1ついかが?」

 

 焼き上がった肉を持って、上機嫌の少女はにっこりと微笑んだ。

 

 星は「いただきます」と遠慮しがちに、それを受け取ると口に運ぶ。少女も星のその食べっぷりに気を良くしたのか、次々に串を手渡してくる。

 

 星は渡される度に食べていたが、さすがに6本目に突入した時にこれ以上はまずいと感じたのか、次の串を持ってにこにこしている少女に、口を抑えてもう無理だという意思を伝えた。

 

 だが、少女は不思議そうに首を傾げている。

 

「もう良いの? 遠慮しなくていいのに~」

「い、いえ。もう本当にお腹いっぱいなので……」

「そう。私はまだまだ食べれるけど……本当にもういいの?」

 

 星はそう言って首を傾げている彼女に、こくこくと何度も頷くと、少女は「そう」と残念そうに、持っていた肉にぱくっと噛み付いた。

 

 それから1時間近く食事をしていた。少女の周りには30本近く肉が刺さっていた串が並んでいる。

 

「はあ~。食べた食べた~」

「そ、そうですね……」

 

 満足そうに寝転がる彼女を見て、星は『この人のどこにあんなに入ってるんだろう』と思いながら苦笑いを浮かべている。

 

 2人は焚き火の炎を見ながらしばらくぼーっとしていると、徐ろに少女が口を開いた。

 

「あっ! そういえば、あなたはどうしてこんなところにいたの?」

「えっ? そ、それは……」

 

 彼女の核心に迫る質問に、星は思わず口をつぐむ。

 急に表情が暗くなった星を見て、少女が「まあ、人には色々あるから、話したくないならいいけど」と言った。

 

 すると、彼女は徐ろにコマンド画面を開いて何かを始める。

 

 彼女が何かを取り出したかと思うと、それを星に差し出した。

 

「はい。これあげる!」

「これって……」

 

 星は少女が出した物を見て、驚きのあまり目を丸くさせて言葉を失う。

 

 それもそのはずだ。彼女の手には30cmほどの長さのチュロスが握られていたのだ。

 

「いっぱい食べていっぱい寝れば、どんな嫌な事もすぐに忘れられるよ!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 にっこりと微笑んでいる少女から、チュロスを受け取りとりあえず口に運んでみる。

 

「あ……おいしい」

「でしょ! 私の自信作なの!」

 

 星のその言葉を聞いて嬉しそうに微笑むと、彼女もチュロスを食べ始めた。

 

 2人はチュロスを食べ終えると、2人の間に長い沈黙が流れる。

 

「とりあえず、自己紹介でもする……?」

 

 そういうと彼女は徐ろに立ち上がり、胸に手を当てて自己紹介を始めた。

 

「私の名前はエリエよ、趣味はお菓子作り。ヒューマンで片手剣――てかフェンシングって競技が得意だから、武器もレイピアを愛用してるんだ。よろしくね!」

 

 エリエはそういうと、自慢げに腰に差したレイピアを見せた。

 

 少し言葉を詰まらせながらも、星もエリエに自己紹介を始める。

 

「えっ、えっと……私の名前は星です。このゲームは始めたばかりで、まだ戦い方は分からないですけど……あっ、趣味は読書です。よろしくお願いします」

 

 星は自己紹介を終えると、深く頭を下げた。

 お互いに名前を知ると、不思議と会話が弾み色々と世間話をした後。星はエリエに今日あったことを話し始めた。

 

 PVPを利用した窃盗団のこと。それが原因でエミルと喧嘩したこと、初戦闘で獲物を横取りされたこと。エリエはそれを嫌な顔一つせずに『うんうん』と相槌を打ちながら、熱心に聞いてくれた。

 引っ込み思案な星が、エリエには不思議と色々相談できたことに、自分でも驚いていた。

 

 普段は誰にも相談なんてすることがなかった星にとって、その感覚は新鮮そのものだった。

 

 エリエは星の話を一通り聞くと、神妙な面持ちで徐に口を開いた。

 

「そう、大変だったんだね。でもエミルっていう人は、きっと突然居なくなったあなたの事を心配してると私は思うよ?」

「そうかもしれないですけど……でも、迷惑かけちゃって……もう、なんておわびしたらいいのか……」

 

 しょんぼりとしている星を見て、エリエはまるで自分のことのように深刻そうな面持ちで考え込んだ。

 真剣に考えてくれているエリエの姿を見て少し嬉しくなり、星の顔からは自然と笑みが溢れる。

 

 エリエは笑顔を見せる星に不思議そうに首を傾げながら「どうして笑っているの?」と尋ねてきた。

 

「いえ、人に相談したのって初めてで、なんか嬉しくなっちゃって……」

「そうなの? まあ、人に相談するのって勇気いるしね。なんとなく分かるかな。誰でも愚痴を言いたくなる時もあるから……」

「愚痴ですか?」

 

 自分の言葉が愚痴なのか分からず、星は首を傾げている。

 

 エリエは「そう!」と人差し指を立て笑みを浮かべた。

 

「とりあえず、星の悩みを解決しないとね!」

「は、はい。おねがします」

 

 真剣な目で見る星に、エリエは顎の下に手を置きまた考え始める。

 それからしばらく考えたエリエは「そうだ!」と、何かを思い付いた様にポンと手の平を叩く。

 

 星はそんなエリエの様子を、不思議そうに首を傾げながら彼女を見上げている。

 

「明日、私も一緒に行ってその人に話してあげる!」

 

 そう言ってエリエはにっこりと微笑んだ。

 

 だが、正直な所。何も言わずに城を飛び出した星はエミルに会いたくない。

 案の定、星はエリエの出した提案に表情を曇らせている。

 

 人と揉めるのも初めてだった星にとって、その反応は自然だったのだろう……おそらく。彼女にとってこの問題は、犯罪を犯したくらいの大事になっているのだ――。

 

「えっ? でも……」

「でもじゃない。星はその人にお世話になったんでしょ? なら、お礼を言わなきゃ! そうでしょう?」

「そ、そうですけど……」

 

 そう言って微笑むエリエに、星は俯き加減で答えた。

 確かに星はエミルに断りもなく城を飛び出してきたのだから、エリエの言う通り謝罪もお礼も言っていない。

 

 しかし、内気で口下手な星にとって、エミルに会ってお礼を言うというのはとても困難なことなのだ。

 

 星は瞳に涙を浮かべ俯きながら、口をつぐんだまま微動だにしなかった。

 

 エリエはそんな星の肩をぽんぽんっと叩くと、星の耳元で優しく声でささやく。

 

「――大丈夫。お姉さんに任せなさい? もし怒られたら、私が星に代わって謝ってあげるから、安心しなさい!」

「本当ですか? 一緒に謝ってくれますか……?」

 

 心配そうに呟き、上目遣いで、すがるようにエリエの顔を見上げる星。

 

 その頭をエリエは優しくぽんぽんっと叩くと『任せろ』と言わんばかりに親指を立てて微笑んだ。




小説家になろうをメインに活動しています。
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