オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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鉤爪武器の男3

 今までもマスターとの旅の中で、幾度となく強敵を相手にしてきたカレンだったが、今回ほど絶望的な状況は初めてだ。

 

 こうなってみて初めて、自分がどれほど己が師匠に甘えてきたのかを思い知らされる。危機的状況下の今でさえも、居ないはずのマスターの姿が脳裏にチラつく。

 

(……師匠。俺は……俺はどうすれば……)

 

 瞼を閉じて思考を回すと、脳裏にマスターの姿が鮮明に浮かんできて告げた。

 

【カレンよ。皆を任せる】

 

 脳裏に蘇る鮮明なマスターの姿に、カレンは覚悟を決めた。

 

 瞼を開くと、カレンは震える声で男に言い放つ。

 

「――お、俺の、体を……好きに、すればいい……だ、だが、俺はそう簡単には、お前に心までは屈したりしない!」

 

 悔しそうに唇を噛み締め横を向いたカレンのその瞳から涙が地面に流れ落ちる。

 

 無言のまま横を向いたカレンを見下ろして、男がニタリと薄気味悪く笑う。

 そう。カレンは自分を犠牲にしてでも、仲間達の為にこの場でこの男を足止めし"少しでも時間を稼ぐ"という方法を選択したのである。

 

 男はカレンのその言葉に満面の笑みで答える。

 

「口調はあれだが、体はいいんだ。最初からそういえば痛い思いをしなくて良かったんだ。どうやら生娘のようだが、俺がお前も楽しめるようにしてやるぜよ……」

 

 薄気味悪い笑みを浮かべながら男は、カレンの破れた服とズボンを脱がす。

 

「うっ……ぐすっ……師匠」

 

 下着姿ですすり泣きながらカレンがそう小さく呟いたその時、黒い光りが目の前を通り過ぎ、カレンの上に覆い被さるようにしていた男の体を突き飛ばした。 

 

「ぐはッ!!」

 

 男は地面を土煙を上げながら勢い良く転がっていく。 

 

「――やれやれ……全く世話が焼けるとはこの事だ……」

 

 そこには白い髪を後ろで束ね、黒い道着に身を包んだ体格の良い男性の姿があった。

 

 カレンは目の前に立っている人物の後ろ姿を見て思わず叫ぶ。

 

「――師匠ッ!?」

 

 その声に振り返ったマスターが、地面に倒れたまま潤んだ瞳を向けているカレンに微笑んだ。

 

 マスターはカレンの体を起こすと、自分の着ていた道着の上着をそっと肩に掛ける。

 

「……カレン。泣いておるのか? ……そうか、少しここで見ておれ!」

「――な、泣いてなんて……ないです! ですが……師匠、どうしてここに?」

「可愛い弟子の窮地に駆けつけるのは、師匠として当然のこと……それに意味などあるまい」

 

 マスターはそう言い残し、ゆっくりと立ち上がると怒りに満ちた瞳で土煙が上がっている方を見据えた。

 

 しばらくして土煙が収まると、男が鋭い眼光でマスターのことを睨んでいる。まあ、お楽しみのところを邪魔されれば憤るのも無理はないだろう……。

 

 互いに鋭い眼光を飛ばしていると、男の体が一瞬青く光った。

 

 その直後、拳を構えたマスターの体が小声で呟く。

 

「ほう。あやつはスイフトか……ならば、タフネス!」

 

 すると、マスターの体も一瞬だけ赤く光った。

 

 それを見て男が両手を地面に着くと凄まじい勢いで、マスターに向かって突っ込んで来る。

 

「誰だか知らねーが。俺の楽しい時間を邪魔しやがって……細切れにしてやるぜよ!!」

「――ふん。無抵抗な者を欲望のままに襲うなど、すでに人にあらず……恥を知れい!!」

 

 マスターの拳が黒いオーラに包まれ、飛び込んできた男の攻撃をマスターが迎撃する。

 

 互いの攻撃がぶつかり、その一瞬の隙を見てマスターが拳を握り締めた。 

 

「…………歯を食いしばれよ?」

 

 これほど彼が怒りを露わにしたのは今までにないだろう。それだけ、今回のことに憤りを感じているのだろう。

 まあ、下賎な輩に愛弟子を襲われ、しかも辱めを受けそうになった場所を目の当たりにしたのだ。今の彼の頭は沸騰するほどに憤っているはずだ。

 

 マスターの拳が男の顔面を捉え、再び男が地面を転がっていく。

 

 一瞬のことで良く分からなかったが、マスターの腹部にも、男の武器で傷付けられたと思われる大きな3本の切り傷が刻まれていた。

 

 それを見てカレンが声を上げる。

 

「師匠! 早く解毒を! 奴の刃には毒が!!」

「……案ずるなカレン。リカバリー」

 

 マスターがそう口にすると、拳の黒いオーラが消え代わりに温かい光がカレンを包み込み異常状態が完全に回復する。

 

 驚いたような表情をしているカレンに、背中を向けて立っているマスターが徐ろに口を開く。

 

「儂の固有スキル『明鏡止水』の最大の欠点は回復を封じられること……だからこそ毒は天敵だ。しかし。この儂が、それへの対策を持っていないと思うか? カレン」

 

 そして、ゆっくりとカレンの方を振り返ったマスターが微笑みながら告げる。

 

 その直後、再びマスターの拳が漆黒のオーラを纏う。

 

「案ずるでない。お前は安心して見ておれ!」

「――は、はい……師匠……」

 

 カレンは久しぶりに見る自分の師の姿に、感極まって思わず涙が溢れ出す。

 無理もない。マスターはカレンに街で待機しているように言っていたにも関わらず、彼女はその命令を無視してダークブレットのメンバーと今まさに戦闘を行っていた。

 

 本来なら見捨てられても文句は言えない状況なのだが、マスターは憎まれ口一つ言わずに自分を守る為に戦ってくれている。これで感極まわらない方がおかしい……。

 

 そんなカレンの元に歩み寄ると、マスターは優しくカレンの頭を撫でる。

 

 その直後、土煙の中から男がマスターに跳び掛かってきた。

 

「半裸の老人が何を出しゃばってるぜよ! その女はもう俺の物なんだよッ!!」

「はっ……師匠! 後ろです!!」

 

 男が襲い掛かったのを見て、咄嗟に大声で叫ぶカレン。

 

 マスターは無言のまま「分かっている」と一言呟くと叫んだ。

 

「……うるさいぞ獣が!!」

 

 その刹那、マスターは背後から来る男を振り返ることもせずに右足で吹き飛ばす。再び盛大に地面を転がる男。

 

 だが、今度は上手く体制を整えすぐに武器を構え直す。

 身を翻したマスターが鋭い眼光で転がる男を睨むと、トレジャーアイテムの『デーモンハンド』を装備した。

 

 全身から放たれるその殺気から、相当彼が怒っていることが分かる。

 辺りにはピリピリとした空気が流れ、静かに手にはめたグローブを握り締めてマスターは男に低い声で告げた。

 

「――儂の弟子を散々おもちゃにしてくれたようだな…………容赦はせんぞ?」

「何を言ってるぜよ。女をおもちゃにして何が悪い……女なんて所詮は、男を楽しませる為の嗜好品に過ぎんぜよ!」

 

 鋭い眼光で拳を構えるマスターに、悪びれる様子もなく笑いながら男が言い放つ。

 マスターは怒りに震えた声で小さく「儂とお前とは相容れぬようだ……」と呟くと、拳に闇属性の黒いオーラを纏った。

 

 次の瞬間。一陣の風の如く、鬼の様な形相で地面を蹴って瞬時に距離を詰めたマスターが男に襲い掛かる。

 

 男は攻撃が当たる瞬間に両手足で地面を蹴って素早くかわし。その後、獣の様に手足を巧みに使って四足歩行で地面を自由自在に駆け回ると、マスターに向かって飛び掛かってきた。

 

 マスターはその攻撃を紙一重でかわすと、男も再度地面を蹴って何度も襲い掛かる。

 

 カレンはそんな男の攻撃を見て、自分が男にやられた時のことを思い出していた。

 

(そうか! あの時、一瞬遅れたのは俺が遅かったからじゃない……二本足で蹴るより、両手足を使った四本で蹴った方がシステム上は速いんだ!!)

 

 カレンのその推測は当たっていた――現にマスターは男の攻撃をかわしてはいるものの。なかなか反撃に転じることができず防戦一方になっている。

 

 しかし、マスターも反撃をする気がないわけではない。

 

 スピードが速すぎて攻撃の体制に入るよりも先に、男がその場所を移動してしまうのだ。だが、それはマスターが劣っているというわけではない――。

 

 今のマスターは上半身の装備をカレンに貸していて、それによってマスター防御力はがくっと下がっている。

 しかし、それは生身の肌を曝け出しているからだ。システム上は防具は装備されていた道着の重量は軽減されてはいるものの、スピードは向こうに利がある。

 

 フリーダムでの基本スキルは、スイフトとタフネスの2種類――スイフトはスピード、攻撃速度を上昇させ。タフネスは防御力、パワーを上昇させる。

 

 マスターはタフネスなのにもかかわらず、今、戦闘中の男はスイフトを使用し、尚且つゲームシステム上予想していなかった両手足で地面を蹴る、四足戦術を使っている。四足歩行での加速――それは言うなれば、バグを利用したチートの様なものだ。

 

 道着という軽めの装備にグローブを装備したことで、マスターも重量軽減による攻撃速度、スピードの追加ボーナスがあったとしても、チートを使用している相手との戦闘は厳しい。

 

 度重なる男の攻撃を全て紙一重でかわすマスターに男の声が響いた。

 

「どうした? 老化で足腰が覚束なくなってるぜよッ!?」

「フンッ、話している暇があるとはな……お前の攻撃など、そよ風ほどにも感じぬわ!」

 

 そう言い放つマスターの涼しい表情から、その言葉がはったりではないことが窺い知れる。

 

 ただ、動きに慣れたマスターも時折男にフェイントのような攻撃の真似事をするくらいで、有効打を打つ素振りすらない。それはまるで、時間を稼いでいるかのようにも見えた。




小説家になろうをメインに活動しています。
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