オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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侍の魂4

 それもそうだろう。【テスター】即ちベータ版のテストプレイヤーは、日本サーバーでたった4人だけ。しかも、その全てはオリジナルに考案したスキルを持ち、性格は最悪と聞かされていた。

 

 更にこの【フリーダム】が稼働したのは5年前――だが、目の前にいる女の子は高く見積もっても小学5年生と言ったところだろう。そんな子が【テスター】だと言っても、にわかには信じがたい――。

 

 それはデイビッドも同じな様で、あんぐりと口を開けたデイビッドが、震えた指で女の子を指差す。

 

「じょ、冗談でしょ? だって君はまだ小学――」

 

 そう口にしようとしたデイビッドの首筋に、突如として鞘から引き抜かれた女の子の刀の鋒が向けられる。

 鋭く睨むその瞳は殺意に満ちていて、デイビッドがそれ以上何か口にしようものなら、どうなっても不思議ではない。

 

 女の子は小さく影のある声音で告げる。

 

「――人を見かけで判断すると、ケガをしますよ?」

「は、はい……」

 

 デイビッドが首筋に突き付けられた刀を見て答えると、瞼を閉じた女の子はすっと離したのを見てほっと胸を撫で下ろす。

 

 その耳元で女の子と同じ着物姿で横に立っていた姉と思わしき少女が、彼の耳元でささやく。

 

「紅蓮様は身長の事を気にしてますから、あまりその話はしないのがよろしいかと……」

「ああ、なるほどー」

 

 苦笑いを浮かべながらデイビッドがそう返すと、少女は小さく会釈を返した。

 その直後、敵の叫び声が夜の荒野に響き渡る。その声は普通ならば耳を塞ぎたくなるような惨劇の断末魔の様だ――。

 

 女の子と少女はその叫び声を聞いて刀を構え直す。

 

「始まりましたね……」

 

 そう女の子が静かに呟いたかと思うと、少女がデイビッドに向かって叫んだ。

 

「早く刀を構えてください! 敵がこっち来ますよ!」

「あっ、ああ。分かった!」

 

 その声に慌てて刀を構え直す。

 

 そう。まさにその時、敵の前方では――。

 

「おらおらおら! 俺様を抜けると思ったか? ほら、さっさと俺様の前に跪いて命乞いをしろよ!!」

 

 黒い馬に跨って周りの兵士達と同じく黒い甲冑を着ていた男が、声高らかに言い放つと、笑いながら持っていた大剣を慌てふためく敵に突き出した。

 

 その自信に満ち溢れた男の周りには、数えきれないほどの黒い甲冑の騎馬兵達が囲んでいる。

 兵士達の兜の間から見え隠れする赤い眼光に対峙している敵は、皆、恐怖しているようだ。しかし、その中の1人が咄嗟に弓を引き絞り放つ。

 

「……くっ、くそっ!」

 

 その矢は一直線に馬上の男の頬を掠めた。

 矢を射った男は震えた声で「ざまぁみろ……」と口にして地面に尻餅をつく。

 

 おそらく。矢を放った彼も恐怖でとち狂った末の行動だったのだろう。

 

 目を見開いて男は自分の頬を手でゆっくりと撫でると、激昂したように天に向かって咆哮を上げる。

 

 直後。殺気に満ちた瞳で矢を放った男を睨んだ。

 

「この野郎……俺様の顔に傷をッ!!」

 

 男は持っていた大剣の先を、矢を射った男に向け小さく呟く。

 

「殺せ……」

 

 その声に反応して複数の黒い兵士達が一斉に男に襲い掛かり。躊躇なく、その体に剣を突き刺す。

 

「ぎやぁぁああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 体に無数の剣を突き刺され、けたたましい叫び声が辺りに響き渡り、周りの兵士達を震撼させた。

 

 すでに大将を失って烏合の衆と化した敵軍は、突如出現した騎馬の大群と、容赦のない悪逆非道な振る舞いに恐怖で身を震わせている。

 

「ひゃはっはっはっはっ! 男でも意外といい声で鳴くじゃないか! 俺様の支配欲を掻き立てるいい響きだ……さあ、次に俺を喜ばせてくれるのはどいつだ?」

 

 狂ったように笑い声を上げると、その冷徹な瞳を辺りに向けた。

 

 彼の発した常軌を逸した言葉の直後、その場の緊張感は最高潮に上がる。

 

 目の前で体に無数の剣を突き立てられたまま横たわり、白目を剥いて泡を吹いている味方の姿を前にして周りは完全に戦意を喪失している。

 それもそうだろう。ゲームと言っても痛覚がある以上は、現実と何ら変わらない。しかも、数千という黒い騎士を引き連れた男の性格は最悪なのだ。それはまさに魔王とでも呼ぶべき存在であると言っても過言ではない――。

 

 すっかり静まり返ったその場に、男の声が響き渡る。

 

「どいつもこいつも臆病者の集まりか? なんなら俺様から行くぞ! さあ、お前達! 虫けらどもを蹂躙せよ!!」

 

 そう男が叫んで剣を振り上げた直後、後ろからひょっこりと現れた少女が男の頭を思いっきり叩いた。

 

「……いでッ!」 

「もう。お兄ちゃん! 段取りと違うでしょ? めっ!」

 

 男は叩かれた頭を撫でながら、人差し指を立ててじっと自分を見つめている妹の方を向いて。

 

「でもよぉ~」

 

 っと情けない声を上げた。

 

 少女は呆れながらも馬から降りると、にっこりと微笑みを浮かべながら敵に近付いていく。

 

「皆さん。少し私のお話を聞いて下さい。私達は別に勝負がしたいわけじゃないんです。できれば、少しの間じっとして頂ければいいんですけど……」

 

 その言葉に唖然としながら彼女を見つめる敵に、少女はあたふたし始める。

 

 だが、その反応は当然と言えた――何故なら、この状況下で突然突拍子もないことを言われれば誰だって混乱するのも無理はない。

 

「……むぅ~。お兄ちゃんのせいで交渉にならないじゃない」

 

 少女はしばらく考えると、思いついたように手を叩く。

 

「えーとですね。皆さん! 武器をしまってその場に座ってて下さい! もし、そうしないとぉ~」

 

 そう言って意味ありげな笑みを浮かべると、地面に倒れている男を指差して言い放つ。

 

「この人みたいになりますよ? 私もそんなことしたくないんですけど……でも、次にお兄ちゃんが暴走したら、今度も私にお兄ちゃんを止められるかは分かりませんし……」

 

 出来る限り友好的に、可愛い感じをイメージして俯き加減にもじもじと指を弄っているフィリス。

 

 彼女はこの状況を収める為に必要な愛嬌の全てをその場に注ぎ込むようにしながら言った。

 

「なので! 今は私の言う通りにしてくださ~い」

 

 頭を深々と下げ、切実に訴える少女の姿を見て敵は近くの者と話始める。

 

 彼女の愛嬌を全て使ってでも、この場を収める為に必死だったのだろう。彼女の言った通り今度彼が暴れ出せば、実の妹でも止められるか……ここは頭を下げてお願いするしかない。

 

「そうだな。このまま殺させるよりは……」「ここはあの子を信用してみるか」「普通に可愛いし、俺はあの子になら殺されてもいいかな」

 

 そんな言葉を呟き、辺りの兵士達も仕方なくその場に座る。その度に少女は「ありがとうございます!」と何度も頭を下げる。

 馬上の黒い鎧をまとった男はその様子を、暴れ足りないと言いたげな瞳で不服そうに見つめていた。

 

 デイビッド達も突如として地べたに座っていく敵を見て、呆気に取られたように口をあんぐりと開けている。

 

「……なにが起こったんだ?」

「私に聞かないでください」

 

 デイビッドと女の子は刀を握ったまま、お互いの顔を見合った。

 

 2組が合流すると、真っ先に「この状況を説明してくれ」と詰め寄ってきたデイビッドに、女の子の隣に居た少女が事の次第を簡単に説明する。

 

「掻い摘んで説明しますと、あなた達の無謀な作戦に気付いたマスター様が、私達に救援を求めた――という事なのです」

「少し掻い摘み過ぎやしないかい?」

「いえ、これでも十分に説明は行き届いてるかと……」

「あはは……」

 

 デイビッドが苦笑いを浮かべると、すぐに彼女に言葉を返す。

 

「とにかく今は時間がない。手短に自己紹介を済ませてもらえるかな? 今後色々不便だろ? 名前と固有スキル……後は、トレジャーアイテムの能力程度を簡単に――」

「――なら私から……名前は白雪。固有スキルは姿を消すことができる『インビジブル』です」

 

 女の子の隣に立っていた白雪が自己紹介を終えると、今度は隣の着物姿の無口な女の子が続く。

 

「私は紅蓮です。固有スキルは『イモータル』簡単に説明すると不死です。トレジャーアイテムは2種類。この着物の裏地の『インフィニティ・マント』と、この刀『小豆長光』です。武器スキルは『氷無永麗殺』辺り任意の全てを氷漬けにする能力です。見ていたから分かると思いますけどね」

 

 紅蓮はそう言い終えるとすぐにそっぽを向いた。

 どうやら、先程デイビッドに小学生呼ばわりされたのを相当根に持っているようだ――。

 

 デイビッドが苦笑いを浮かべ頭を掻いていると、その次に黒い甲冑の男の隣に居た少女が自己紹介する。

 

「私の名前はフィリスです。まだ初心者で固有スキル? っていうのは分かりませんが、これからもよろしくお願いします! そしてこっちが、私のお兄ちゃん――」

 

 笑顔でフィリスが隣に居た彼に目を向ける。

 

 だが、肝心の黒い甲冑の男は腕を組んで不機嫌そうに顔を逸らしたまま、黙りを決め込んでいる。

 そんな彼にフィリスが突然声を荒らげて叫んだ。

 

「お兄ちゃん!」

「……この俺様が、犬如きに名を名乗らないといけないだと?」 

 

 不服そうに渋い顔をしている彼に向かって。

 

「お兄ちゃん!!」

「分かった!」

 

 更に強い口調でフィリスに言われ、黒い甲冑の男は渋々頷く。    

 

「俺様はバロン。固有スキルは『ナイトメア』だ。これ以上は言えない。いやお前如きに教える筋合いはない!」

 

 腕組しながら再びそっぽを向くバロンに、フィリスが呆れ顔で呟く。

 

「お兄ちゃんはそんな事だから、いつもぼっちなんだよ?」

「ふん。家族以外は動物以下だ! ミジンコにも値しない!」

 

 自信満々に言い放つバロンに、困り顔でフィリスが「もう」と頬を膨らませている。

 性格には難があるものの。どうやら、彼は家族を大切にする性分らしい。その思いやりの半分でも、他の人にも見せてくれればいいのだ――。

 

 なおも小言を言うフィリスと、それを聞き流すバロンは置いておいて、デイビッドが着物姿の紅蓮達に尋ねた。

 

「俺はこれから仲間達を追う。君達はどうする?」

 

 紅蓮はデイビッドの斬り落とされた左腕を見て、不機嫌そうに眉を微かに動かすと、静かに言葉を返した。

 

「……無謀なのは感心しません。ここは私達が行きます。あなたは帰って下さい。正直言って邪魔です」

「なっ! なんだって!? 君だってさっきの俺の攻撃を見ただろ? なら邪魔にはならないはずだ!」

 

 声を荒らげて反論するデイビッドに、紅蓮は呆れながらため息を漏らす。

 

「はぁ……何度も言わせないで下さい。私はそれをふまえた上で、足手纏だっと言ったのです」

 

 紅蓮は表情一つ変えずに、デイビッドを冷たくあしらうと歩き出した。

 

 納得できず。去ろうとする紅蓮の肩を掴んで、デイビッドも必死に食い下がる。

 

「ちょっと待ってくれ! 俺は足手纏にはならない! きっと役に立つ。だから俺も――」

「――ッ!!」

 

 驚いた紅蓮が咄嗟に懐から短剣を取り出すと、その刃を喋っていたデイビッドの右腕に押し当てる。

 

 そしてため息混じりに告げる。

 

「……はぁ~、白雪が言ったはずです。私達は救援に来たと……反論は認めません。それとも……残った右腕もここでお別れしますか?」

 

 冷たい声で鋭い視線をデイビッドに向ける紅蓮。

 

 その殺意を剥き出しにした瞳は、さっきまでの大人しい彼女とはまるで別人だった。

 

 デイビッドは冷や汗を掻きながらも、更に連れて行ってもらえるよう懇願する。

 

「頼む。俺を連れて行ってくれ……」

「……ダメです……マスターに私が嫌われます」

 

 デイビッドのその言葉を軽く流した紅蓮の顔をじっと見つめた。

 

「頼む……俺はこの刀に誓ったんだ。必ずあの子を助けると……」

「うぅ……」

 

 しつこい程に迫ってくるデイビッドに、思わず口籠る紅蓮に彼が言葉を続ける。

 

「俺の大事な人があの子が居なくなってから変わってしまったんだ。3度の飯よりお菓子が好きだったのに、もう今は見向きもしない。それに全く笑わなくなった……俺は、あいつの……エリエのあんな思い詰めたような顔は見たくない!」

「……はぁ~。分かりました」

 

 紅蓮は諦めたようにため息をつくと、小さく頷いた。

 

 仕方なく短剣をしまう紅蓮に、デイビッドは嬉しそうに微笑んだ。 

 

 そんな紅蓮に白雪が耳元で尋ねる。

 

「良かったのですか? マスター様は皆連れ帰るようにと……」

「分かっています。ですが、ああ強く言われては……はぁ~。押しの強い男性はどうも苦手です……」

 

 紅蓮は眉をひそめながら、深くため息を漏らすと呆れ顔でそう言った。

 その後、その場にバロンとフィリスの兄妹を残し、デイビッド達は敵の本拠点を目指して歩き出した。




小説家になろうをメインに活動しています。
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