オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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もう一人のドラゴン使い

 イシェル達と別れたエミルは城の周りを旋回するように飛びながら、注意深く城の様子を窺っていた。

 あちらこちらに小さく開いた城の窓からは光が漏れ、その中を多くの影がひしめき合っている。

 

 どうやら中でエリエ達が暴れているおかげで、外を飛んでいるエミルにはまだ気付かれていないらしい。

 城の外壁を舐めるように飛んで、侵入経路を模索していたエミル。

 

(……どこからなら侵入可能かしら、待っててね星ちゃん。今行くから……)

 

 エミルがそう心の中で呟いていると、突如としてリントヴルムが大きく咆哮を上げた。

 

「なにっ!? 敵ッ!?」

 

 突然のリントヴルムの咆哮を聞いたエミルは慌てて辺りを見渡す。

 

 リントヴルムが吼えるのは辺りに敵がいる時か、エミルが命令を出した時のみ。すると、上空の雲の間から、黒い何かがリントヴルムに向かって急降下してくるのが見えた。

 

 次第に大きくなるその影を、エミルは目を細めて確認すると叫ぶ。

 

「――ドラゴンだわ!!」

 

 その直後、エミルに向かって上空から複数の赤い炎の球を発射する。

 

 リントヴルムは空中で器用にその攻撃を避けると、その横を素早くその黒いドラゴンが通り過ぎた。

 エミルが渋い顔をしていると、エミルの前にそのドラゴンが浮上してくる。黒い大きな翼に、黒い装甲で身を守っている。その体はさながら戦闘機の様だ――。

 

 大きさはリントヴルムと同じくらい。っと言うことは、ボスクラスのドラゴンだろう。

 エミルも同じ固有スキルの持ち主に会うのは、これが始めてだ。すると、黒竜の赤く輝く瞳がリントヴルムに乗ったエミルを睨む。

 

 エミルはその瞳に、何とも言えない胸騒ぎを覚えていた。その黒いドラゴンの背には黒い重鎧を身に纏った男が長いハルバードを手にして乗っている。

 

「フフフッ……ハッハッハッハッ!!」

 

 突如として大声で笑い始める男に、エミルは底知れない不気味さを感じた。その直後、男が兜を取って彼女に素顔を曝け出す。

 

 彼のその素顔を見た途端、あまりの衝撃にエミルは言葉を失う。

 そう。その男はエミルが現実世界で知っている人物だったのだ。いや、知っていると言うのも誤解が生まれてしまう。何故なら……。

 

「あっ! あなた。いつも私を付けて来たストーカー!!」

「フフフッ、白い閃光のエミル――いや伊勢 愛海! いや。北条!! ここであったが百年目。今日こそどちらが関東の支配者か決着をつけてやる!!」

「…………」

 

 あんぐりと口を開けながら、エミルは呆れたような哀れむような眼差しで彼を見つめている。彼のこの口振り、そしてこの台詞を聞いたのは中学生の時以来だろう。

 

 彼の名前は上杉 影虎。上杉家の末裔らしいのだが……その事実はあやむやになっている。そもそも、そんなことをエミルが知る由もない。

 

 彼は中学までは同じ学校だったが同じクラスにはなったことはない。だが、執拗なまでにエミルに付きまとっていたことから、同級生の間では『ストーカー』ではないかと噂されていた。人当たりが良く、誰にでも分け隔てなく接するエミルも以前に一度彼に苦情を言ったことがある。

 

 しかし、高校では私立の女子校にいったエミルを追いかけるように、近くの兄弟校の男子校に入学。その後もひっそりとエミルの身の周りに出没しては、影からコソコソ何かを企んでいた。

 

 ある時は茂みの影から……。

 

 ある時は電柱の影から……。

 

 ある時は建物の外壁から……。

 

 エミルの様子を逐一観察し、奇襲を掛ける隙を窺っている。

 

 まさにエミルにとって、彼はストーカー的存在なのだ!!

 

 影虎は被っていた兜を投げ捨てると、長い黒髪をなびかせながら持っていたハルバードをエミルに向かって突き出す。

 

「北条! 今日こそお前を俺の前に屈服させてやる!!」

「ああッ! もう。北条北条うるさい! 私は伊勢! 北条じゃないって、前にも言ったでしょ!」

「そんなの……知った事かあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 影虎がそう叫んだ直後、黒竜の口が赤く輝き球体の炎を複数発射する。

 

 リントヴルムはそれを素早くかわすと、仕返しとばかりに口から白い炎を噴射する。     

 すると今度は、黒竜がその攻撃をかわす。だが、咄嗟に攻撃されたことでバランスを崩し、背中に乗っていた影虎を振り落とす。

 

「うわああああ…………なんてね」

 

 影虎は巻物を手に握りしめ、笛を鳴らす。

 直後。煙とともに一回り小さい黒竜が現れ、そのドラゴンの体にも鎧が装備されている。

 

 それはエミルの持っているライトアーマードラゴンに似ていた。 

 

(……向こうは高速空中戦闘に切り替えるのね。なら!)

 

 エミルはコマンドを操作し、巻物と長めの大剣クレイモアを装備すると、巻物を広げ笛を吹く。

 正直。空中戦闘を想定していないエミルにとっては、これが最も長い得物なのだ。

 

 誰が空中で同じドラゴンタイプと、しかも肉弾戦で戦闘を行うと予想していただろうか……まさか、こんな日が来るとはエミルは夢にも思ってなかったに違いない。それだけ、エミルの『ドラゴンテイマー』という固有スキルはレアなものなのだ――。

 

 すると、空中に広げられた巻物から青い鎧を纏ったドラゴンが召喚され、エミルはその背中に跳び乗る。

 

 ライトアーマードラゴンの手綱を握り締めると、素早くリントヴルムの側を離脱するエミル。

 

 だが、それを確認した影虎がエミルを逃すまいと猛追する。

 

「逃げるのか!? 卑怯者!!」

「――くッ! いい加減にして! どうしてそうしつこいのよ!!」

 

 後ろから追い掛けてくる影虎にそう叫ぶと、急激に地面近くまで急降下する。しかし、影虎のドラゴンもそれにピッタリと張り付いて全く離れない。

 

 エミルは冷や汗を流しながら、追い掛けてくる影虎を振り返る。

 

 本来なら、エミルはこの男に構っている暇などない。

 少しでも早く星の身を確保して、できるだけ安全にこの場所を離脱しなければいけないのだ。

 

 しかし、いくら振り切ろうと逃げても、影虎は執拗に食い下がってくる。

 

(……徐々にだけど、差を詰めてきてる。このままだと追いつかれてしまう。やっぱり戦うしかないの?)

 

 徐々に迫り来る影虎に、焦りと不安からエミルの表情は険しくなる。

 急旋回と急上昇と少しでも素早く動いて何とか引き離そうと試みるが、一向に離れる気配がない。

 

 エミルはクレイモアを構えると、ライトアーマードラゴンの背から後ろの影虎に向かって飛び掛かった。

 

「はああああッ!!」

「なにぃぃぃッ!?」

 

 咄嗟に向かってきた影虎は持っていたハルバードを構えると、素早く迎撃の体制に入る。

 

 エミルの掲げた剣を振り下ろすと、影虎は持っていたハルバードを真横に振り抜く。

 

 空中で互いの武器が激突し、火花を散らす。

 

 エミルは空中で体を捻ると、即座にもう一打影虎の顔付近に叩き込む。しかし、それはまたしても影虎のハルバードに阻まれてしまう。だが、それはエミルの予想通りだった。

 

 獲物が針に掛かったと言わんばかりに、ニヤリと微かな笑みを浮かべたエミルは、即座にクレイモアを片手に切り替え、ハルバードの弾いた勢いを利用して空中で体を回転させながら、逆立ちする様な格好で器用にコマンドを操作する。

 

 そう。ハルバードは槍に近い構造をしている。しかも彼の持っている武器は、普通のそれよりも更に長い。

 

 っということは、重量の関係上。両手で扱わなければならず、絶対に片手が空かない。

 

 だが、エミルは違う。初打はクレイモアの重さと勢いに任せ、柔軟な体の動きで弾かれた勢いを利用した二打目は慣性の法則に逆らわずに流れるように打ち込み、空中で体を回し遠心力を利用することで、重力に頼らない一時的な無重力状態。そして、天と地が逆転したこの状態ならば、普段は両手で持たなければいけないクレイモアの重い刃もまるで綿の様に軽い。

 

 ハルバードに支えられている今なら力を抜いても落ちることはなく、片手でのコマンド入力が可能。上級者プレイヤーのエミルならば、ウィンドウを見ずにどこにどの武器が入っているかインベントリから音で探すことができる。そして三打目は……。

 

「そう。三打目は……」

 

 エミルは相手の肩の部分にある僅かな鎧の隙間を見つめ、生唾を呑み込んだ。

 

 敵のハルバードが攻撃を受け止めている僅かな時間に、開いた片手でコマンドを操作し終えると、視界に出ていたウィンドウを閉じた。

 その直後、持っていたクレイモアは消え、空中に現れた2本の剣をエミルは両手でしっかりと掴むと、空中で大きく体を捻って影虎の背後を取る。

 

「――三打目は、落下の勢いと腕の力を全て使って全身全霊をもって……振り下ろす!!」

 

 影虎の両肩に双剣に持ち替えたエミルの攻撃が炸裂する。

  

(……手応えあり!)

 

 手から伝わるその確かな手応えに、エミルの顔からはついつい笑みがこぼれる。エミルの放った一撃は狙った通り、両肩の鎧の隙間に突き刺さっていた。

 

 影虎のHPバーが減少を始めたのを見て、ほっと息を漏らした。その直後、減っていたはずの影虎のHPバーが物凄い勢いで回復を始める。

 

「――なっ!?」

 

 予想もしていなかった突然の出来事に驚き、目を丸くするエミル。

 

 すると、影虎は前を向いたまま自分の背後から両肩に刺さった剣の刃をがっしりと掴む。

 

「やっと捕まえた……」

 

 俯き加減に嬉しそうに口元に不気味な笑みを浮かべた影虎にエミルは恐怖する。

 咄嗟にエミルは持っていたその剣を手放すと、影虎の体を蹴って素早く空中に飛び出した。

 

 それを待ち構えていたかの様に、ライトアーマードラゴンが受け止めると同時に、離脱するように命令を出す。

 全速力で移動するライトアーマードラゴンの背中で、恐怖に震える手で必死に手綱を握り締める。

 

(なんなのあれ……確実に決まってた。なのに、どうしてあんなに余裕そうな笑みを!?)

 

 エミルは柄にもなく、混乱したように頭を抱えている。もう、エミルの頭の中は『何故』という言葉でいっぱいだった。

 

 何故HPの減少が止まり、それが何故回復し、何故影虎が嬉しそうに笑ったのか……その全てが、自分の知識では説明が付かない。

 っというより。ストーカー紛いの彼に生理的嫌悪感すら抱いていたエミルにとって、彼が考えていることなど考えたくもないというのが本音だ――。

 

 だが、彼のさっきのHP率の変動はおそらく、トレジャーアイテムか何らかの効果が関係していることは察しがつく。もう一度打ち込めば、何か彼の謎は掴めるのだろうが、今のエミルにそんな考えは一切なく……。

 

(怖い怖い怖いよ……あんなのに、もう近寄りたくない……)

 

 怯えながら小刻みに震える体を両手で抑えると、顔を真っ青にして頭を左右に激しく振っている。

 

 それもそうだろう。大体リアルストーカーが同じゲームをプレイしていると分かった時点で、普通の女子なら近寄りたくはないものだ。

 いや、それより彼はどうやって自分がこのゲームをしていることを知ったのだろうか……そっちの方が今は問題だろう。

 

(ん? ストーカーなら当たり前なのか……?)

 

 エミルは横目でチラッと彼を確認した。

 

 影虎は不敵な笑みを浮かべると、ハルバードを手に向かってくる。その凄まじいスピードに、エミルは更にスピードを上げて逃げる。

 いや、逃げる意外の方法が、今のエミルには見つからない。

 

「フフッ……やはり。お前を俺は力で捻じ伏せてこそ……今なら法律も何も関係ない! 俺の物になれ! 北条!!」

「勝手に1人で盛り上がってるんじゃない!!」

 

 エミルはコマンドの装備欄にクレイモアをもう一度装備し直すと、向かってくる影虎に突撃する。

 真っ向から互いのドラゴンが交差し、その刹那に互いの得物が激しく当たり火花を散らす。

 

 その刹那。エミルは左肩を押さえて表情を曇らせた。それと同時にエミルのHPバーが減少し、残りHPの残量が80%ほどになっていた。しかし、それは影虎も同じで、彼は右腕を押さえている。

 

 だが、彼の方はHPが減少と同時に回復し。腕を回すと笑みを浮かべ、手に持ったハルバードを構え直す。

 

(このままじゃ、こちらのHPが先に尽きてしまう。でも、本来はPVPでのHPの回復は不可能なはず。向こうが回復できるならこっちだって……)

 

 エミルがアイテム欄からヒールストーンを取り出してぎゅっと握り締めた。

 

 まだ、本当に使用できるのか半信半疑だが、ここは可能性に掛けてみるしかない。

 その時、リントヴルムと交戦していた黒竜がエミルの乗ったライトアーマードラゴンへ炎の球を発射した。




小説家になろうをメインに活動しています。
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