オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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次なるステージへ・・・7

 その頃、紅蓮は白雪、小虎、デイビッドと一緒に繁華街を歩いていた。

 

 そんな中、ふと紅蓮がデイビッドの方を見て呟く。

 

「その左腕……痛々しいですね……」

 

 眉をひそめながらそう告げる紅蓮に、デイビッドは右手で肘から下がなくなった左腕を押さえ。その後、重い口を開く。

 

「……痛みはもうないし。それに、これも仲間を守る為に負った名誉の負傷だと思えば、誇らしいよ」

「そうですか。ですが――」

「――ですが、そのままの姿では、貴方の仲間は生きた心地はしないでしょうね」

 

 紅蓮の言葉を遮って、白雪が代弁してデイビッドに言い放つ。

 

 デイビッドもそれを聞いて、目を丸くして驚いている。

 それは紅蓮も同じだった。まさか、それほどはっきり言われるとはデイビッドも紅蓮も思ってはいなかったのだろう。

 

 それを余所に、白雪は「なにか?」と言いたそうな顔をして2人に視線を送る。

 

 だが、そう言われてみると、確かに事情を知っているデイビットはいいが、突然左腕がなくなったまま変えれば、皆驚くのは間違いない。そうなると、この状態でエミル達の元に帰るわけにもいかない。

 

 負傷を治すには宿屋に泊まる必要がある。だが、今の始まりの街で泊まれそうな宿屋などないだろう。

 事件以降。ベテランプレイヤーも初心者プレイヤーも皆こぞって宿屋を拠点に活動していて、どこの宿屋も人でいっぱいになっているのだ。

 

 デイビッドは考えた後に、がっくりと肩を落とす。

 

「治療方法が他にない以上。このままで行くしかないかな……皆、驚くだろうけど……」

「いえ、大丈夫です。私に付いてきて下さい」

「……えっ? ああ、分かった」

 

 紅蓮は皆を先導して、街外れにある大きな建物らしき場所に皆を連れてきた。

 

 どうして建物らしきという不確定な表現になったのかと言うと、それは外観が殆どモザイクがかかった様にドット状に全体が隠れている。

 目の前に木製のドアらしき物がある為、かろうじて、それが建物であると判断できるが、ドットの中にぽつんとある高級そうな木製のドアは文字通りに場違いと言ったところだろう。

 

 紅蓮は不信感に満ちた瞳でその建物らしき物を見つめているメンバーに「行きましょう」と声を掛けると、ゆっくりとそのドアを開いた。

 

 ドアの中はドットに包まれた外観と違い立派に造られていて、そこは高級ホテルのロビーの様な作りになっている。外から見た時にはまだなかった上部も、中ではすでに出来上がっているのか天井まで吹き抜けの様になっていて、無数のライトが建物内全体を照らしている。

 

 中央に設けられたフロントには、スーツを着た女性のNPCが笑顔でこちらを見つめていた。

 

 紅蓮はフロントで軽く話を済ませると、手にカードキーの様な物を掴みながら、徐ろにデイビッドにそのカードキーを差し出すと、困惑しながらもデイビッドもそのカードキーを受け取った。

 

「このホテルは私達が開業した物で、今はまだ外装があれなのですが、機能は殆どできているので安心して下さい。このカードキーを向こうに備え付けられているエレベーターに差し込んで下さい。そうしたら、自分の部屋のある階層に自動的に移動できます。その傷なら、3時間程度ここにいれば治癒できるはずですから、それまで皆もゆっくり休んで下さい」

 

 紅蓮はそう言って、白雪と小虎にもカードキーを渡す。

 

「ありがとう姉さん!」

「ありがとうございます。紅蓮様」

 

 2人はそのカードを受け取ると微笑んだ。

 

 誰よりも早く動いたのは小虎で、貰ったカードキーを手にフロアの端っこに設置されたエレベーターに入ると、目の前の操作パネルにカードキーを差し込んだ。すると、扉が閉まり次に開いた時には小虎の姿は影も形もなく消えていた。

 

 その光景を見て、デイビッドは感心したように「ほぉー」思わず声が漏れる。その後、フロントカウンターの前で別れるとデイビッドもエレベーターの中に入った。

 

 小虎と同じくカードキーを操作盤に差し込むと扉が閉まり、視界がぼやけて虹色の光に包まれた。その直後、目の前を覆っていた光が収まり突如として扉が開く。

 

 そこにはまるで高級ホテルのような、落ち着きのあるモダンな作りの廊下が続いていた。デイビッドもこれほどの場所に泊まるのは初めてのことだ――。

 

「ほぉ~。これは凄い場所だ……こんな場所を運営するなんて、あの子のギルドはどれだけの力があるんだ?」

 

 顔を引きつらせた紅蓮達のギルドに若干の脅威を感じながらも、廊下を進んでいく。

 部屋に着くと、そこには外を一望できる開放感のある窓、ベッドメーキングされ整ったベッドにマジックミラーになっている浴室など、なるべく部屋を狭く感じさせないような工夫が施されていた。

 

 デイビッドはその場で装備を解除して、浴室に入るとシャワーを浴びてから、なみなみとお湯の入った浴槽に体を沈める。

 

「ふぅ~」

 

 湯に浸かったデイビッドの口から、思わず息を吐き出す。

 やはりお風呂に入った直後には息が漏れてしまうもの……しかも、この世界のお風呂は思考と直結しているのか、頭で考えただけで温度を自在に変化させることができる。

 

 つまり。大浴場であろうと、自分が一番気持ちがいいと思える温度に自動で修正してくれる。わざわざ水やお湯を足して温度調整をする必要もなく。また、熱い冷たいでけんかになることもない。

 

 今のデイビッドも自分にとっての最も良い適温を体全体で感じているのだろう。気持ち良さそうに頭の上にタオルを乗せると、浴槽の縁に体を預けて上機嫌に鼻歌を歌う。すると、デイビッドの負傷していた左腕の先が黄色く光る。

 

 その光は治癒されている証しだ――負傷が大きいとHPゲージとは逆に赤――黄――緑と治っていき、回復度がMAXになると腕が自然と再生するのだ。

 

 だが、腕が突然伸びてくるその光景は、見ていてあまりいいものではない。

 バスローブを羽織、風呂上がりに自室の冷蔵庫に入ったコーヒー牛乳を飲み干してベッドに体を投げ出す。

 

 天井を見上げながら、感慨深げに呟く。

 

「――後数時間後には皆に会えるのか……」

 

 視界に表示されたパーティーメンバーの名前が表示されている場所に、目を向けた。

 誰一人として名前が欠けている人間が居ないというのは幸いなことだが、HPの減少はないにしてもメンバーの精神的な面までは分からない。

 

 デイビッドが特に気にしていたのはエリエと星だ。

 あの2人はメンバーの中でも年齢が低い、エリエは高校2年生で、星に限っては小学4年生という精神的にはまだまだ成長しきれていない上に、結構バタバタして出ていったのも否めない。

 

「……心配してても始まらない。今はとりあえず寝よう……」

 

 デイビッドは自分に言い聞かせるように呟くと、静かに眠りに就いた。

 

 数時間後。目を覚ましたデイビッドがフロントカウンターの前にいくと、そこには紅蓮と白雪が待っていた。

 

「……やっと来ましたか。どうですか? 体の調子は」

「ああ。腕はほら、元通りに治ったよ!」

 

 デイビッドは紅蓮に腕を見せて微笑むと、紅蓮は「そうですか。それは何よりです」と思っていたよりもそっけなく答えた。その後、紅蓮はコマンドを開いて、ボイスチャットを小虎に飛ばした――が、全く反応がない。

 

 時間を見て数回送ったものの、その全てで小虎からの反応が返って来なかった。

 

 おそらく。部屋に行って疲れて寝入ってしまったのだろう。まあ、野宿が続いていた間はベッドでは眠れなかっただろうから、ホテルのベッドに倒れ込んだ直後の柔らかく優しく包み込まれる感じに負けてしまうのも理解できるが……。

 

 紅蓮はコマンドを閉じると、小さくため息をつく。

 

「はぁ……全く困った子ですね。白雪、お願いしてもいいですか?」

「はい。今すぐに起こしてきます」

「いや、いいよ。2日間も野宿で、彼も殆どまともに寝ていないんだろう。俺だけでマスターのところに戻るから」

 

 そう言って微笑を浮かべるデイビッドに、紅蓮が眉をひそめて告げる。

 

「――いえ、貴方は良くても私は良くありません。でも……そうですね。白雪、ここで小虎と待っててもらえますか?」

「えっ!?」

 

 驚き目を丸くさせているデイビッドとは反対に、白雪は軽く頭を下げて「了解しました」と言った。

 

 紅蓮はデイビッドの手を握ると、彼の顔を見上げた。その直後、物凄い殺気を帯びた視線を感じた。

 

 っと、白雪の姿が一瞬消えたかと思うと、デイビッドの背後から白雪のささやく声が聞こえた。

 

「――今回は紅蓮様に免じて一緒に行くことを許可しますが、紅蓮様に何かしたらその時は……分かってますよね?」

 

 殺意の籠もった低い声で告げた白雪の含みのある言葉に、デイビッドの背筋に悪寒を感じた。

 

 顔を引きつらせているデイビッドを見て、紅蓮は不思議そうに首を傾げている。

 

「いや、白雪さんが……」

「白雪?」

 

 その言葉に紅蓮は振り向いて、白雪の立っていた場所を見る。

 

 紅蓮の視線の先には、いつデイビッドの背後から移動したのか分からないが、白雪が微笑みを浮かべている。

 

「白雪ならさっきからそこに居ますよ?」

「どうかなさいましたか? 紅蓮様、デイビッドさん」

「いや、でもさっきは……」

 

 口を開こうとしたデイビッドだったが、突如としてその口を閉じる。

 それは微笑んでいた白雪の瞳の中に、何とも言えないような殺気を感じたからに他ならない。

 

 デイビッドは俯き加減に「なんでもないです……」と告げると、彼女から慌てて目を逸らした。

 その様子を見て、少し疑問を感じたものの、紅蓮は前を向き直してデイビッドの手を引いて歩き出した。

 

「さあ、マスターの元へ急ぎましょう!」

 

 いつになくやる気に満ち満ちている紅蓮にデイビッドは首を傾げながらも、マスター達の元へと向かう。

 

 

                     * * *  




小説家になろうをメインに活動しています。
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