オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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次なるステージへ・・・8

 星は何かに体を締め付けられる様な息苦しさで目を覚ました。

 体を動かそうとしたのだが、肩から腕にかけて、しっかりと押さえつけられていて全く動けない。

 

 ゆっくりと瞼を開くと、部屋の小窓から紅の夕日が差し込んでいた。そこには、星のことを抱き締めるエミルの寝顔があった。

 

 体をがっしりと抱きかかえ、まるで抱き枕でも抱いているかのようだ――。

 

 星はエミル腕から抜け出そうと、身を捩るが意外と力が強く。なかなか抜け出すことができない。

 なんとか抜け出そうとしている星の体に、エミルの腕が更に絡み付いてきた。

 

「うぅ……苦しいです……エミルさん……」

「――う~ん。ダメよ……もうはさないわ……星ちゃん。むにゃむにゃ……」

 

 眠りながらも懸命に自分の体にしがみついてくるエミルに、星は困り顔のまま諦めたように小さく息を吐く。

 そのエミルの抱き締める力が強ければ強いほど、苦しいものの、不思議と星にはそれが安心できる気がしていた。

 

 ダークブレットの事件から数日間。離れ離れになっていた星にとって、この何気ない出来事がとても懐かしく。そして、かけがえのないものに感じたのかもしれない。

 

(……エミルさん。もう私はどこにも行かないですよ……)

 

 瞼を閉じてそう心の中で星が告げると、星の耳元でレイニールの声が響いてきた。

 

「主! いつまで寝ているのじゃ!」

「なっ、なに!? レイ。どうしたの?」

 

 驚いて目を見張ると、そこには上空からムスッとした顔で星を見下ろすレイニールの姿があった。見ていれば、寝ていたくて寝ているわけではないのが分かるはずなのだが……。

 

 レイニールは小さな翼をはためかせながら、星の服を掴む。

 

「あるじ~。我輩はお腹がすいたぞ~」

 

 服をグイグイと引っ張りながら大きく左右に揺れるレイニール。

 

 星は驚くと、先程までのパーティーのことを思い出し。

 

「さっきあんなに食べたのに?」

「むぅ~。我輩は育ち盛りなのじゃ! あんなのでは全然足りん!」

「もう……」

 

 星は胸を張ってそう言い放つレイニールに呆れながらも、隣で眠るエミルに声を掛けた。

 

 ひとまず、エミルにこの巻き付いている腕を放してもらわないことにはどうしようもない。

 

「エミルさん。起きて下さい」

 

 すると、エミルは星の体を抱き寄せると「もう、甘えん坊さんね~」と言って、自分の体を更に密着させてきた。

 

 その結果、星の顔にエミルの豊満な胸が当たり、そのままその胸の谷間に押し付ける。

 

「んんっ……ぱっ! エミルさん! いい加減に起きて下さい!」

 

 その突然の思わぬ行動に、自由になった両手で慌てて自分の口を塞ぐ2つの膨らみを押し退けると、寝ぼけているエミルに向かって叫んだ。すると、その声でぴくりと体を震わせ、エミルが瞼を開く。

 

 エミルは目を擦りながら、大きなあくびをすると、自分の胸元から見上げる星に目を落とす。

 

「あら? 星ちゃん。私の胸に抱き付いてるなんて……甘えん坊さんね~」

 

 星は呆れ顔でそんなエミルの青い瞳を見据える。しかも、そのセリフはさっきも聞いたのだが……。

 

 おそらく。今のエミルには寝ている間になにをしていたのかという記憶がないだろう。

 

 彼女は慌てて両手をエミルの胸から放して、頬を赤らめている星に優しく微笑むと、ゆっくりと体を起こした。

 

 外はもう夕暮れ時になっていて、太陽から伸びる赤い影が広がっている。今まで隣で寝ていたはずのエリエとミレイニも、もう居なくなっていて部屋にはレイニールを含んだ3人だけになっている。

 

 星はベッドの横に立って、エミルの胸の感触を思い出すように両手をわきわきさせながら見つめている。

 

(……エミルさんの胸。大きくて柔らかくて凄かったなぁ~。でも私のは……)

 

 複雑そうな顔ですぐに自分の胸に手を当てて、現実を噛み締める様に星は大きくため息を漏らした。

 それもそのはずだ。同じ女だと思えないほどに、星の胸はぺったんこで膨らみがない……。

 

 まさにまな板と言わざるを得ないその胸の感触に、がっくりと肩を落としている星に、エミルが優しく声を掛ける。

 

「ほら、行くわよ。星ちゃん」

「あっ、はい!」

 

 星は慌てて膝に掛かった布団を振り払うと、エミルの元へと駆け寄る。

 

 そんな星を優しい眼差しで見つめるエミルに、星が思い切って、以前から考えていたことを口に出してみる。

 

「あ、あの!」

「ん? どうしたの?」

「エミルさん。私に、戦い方を教えてもらえませんか?」

「――ッ!?」

 

 星の突然の言葉にエミルはまさか星の口から、その言葉を聞くとは思っても見なかったのだろう。

 

 驚きのあまり、エミルはその場に硬直していた。

 とても驚いた様に、あんぐりと口を開けたまま、無言で目を丸くさせている。

 

 そして、しばらくの沈黙の後。エミルが膝を折って、星と目線を合わせるように向かい合うと、閉ざしていた重い口をゆっくりと開く。

 

「…………絶対にダメよ」

「――えっ?」

 

 星はその返答に驚きながら、エミルの顔を見つめている。

 

 優しいエミルのことだ――星はきっと彼女が、二つ返事で了承してくれると思っていたのだろう。だが、エミルの表情は怒っているのではないかと思うほどに険しい。

 

 思わず後退りしようとする星の両肩をエミルが掴む。

 

 その後、星の瞳をじっと見据えながら、エミルが言葉を続けた。

 

「……あなたは戦闘には向いてない。ただのゲームの状況なら、私もなにも言わないわ。でも、この状況であなたに戦闘をさせるつもりは一切ない……」

「……でも! 私はみんなの役に――」

「――それは本当に皆を思ってなの? それとも、自分が置いて行かれてる気がするという、気の焦りからなの?」

 

 険しい表情のまま、エミルは星に問い掛けたその言葉は核心をつく。

 

 星は目を細めながら厳しい表情で自分を見るエミルに、心の中を見透かされているような気がして、何も言えずに口を閉ざす。

 

 俯き加減にしている星を見て、エミルは落ち着きながらも厳しい口調で星に言った。

 

「いい? 今回も星ちゃんはいいと思って敵の方に行ったのかもしれない。でも、結果として皆を危険に晒している……それは分かるわね?」

「……はい」

「自分がいいと思う事が、本当にいい事とは限らないって事なの。あの時のあなたは自分を犠牲にしてでも。と思ったかもしれないけど、皆はそんなのを望んでいなかった。だから、全力で星ちゃんを連れ戻したのよ?」

 

 星に言い聞かせるようにエミルは一言一言丁寧に告げると、にっこりと微笑みを浮かべた。

 

 エミルは反省した様子で表情を曇らせる星の頭を撫でると、優しい声音でささやきかけた。

 

「――だから、星ちゃんは戦わなくていいのよ? あなたは私が守ってあげるから……」

 

 だが、星にはエミルのその言葉を、素直に受け入れられずにいた。

 

 それは、ダークブレットのアジトの地下で、狼の覆面の男に捕らわれた時に何もできなくて歯痒い思いをしたことが関係していたのかもしれない。

 あの時にもっと力があれば、自ずと結果は変わってきたのではないか……そう考えていた星が、力を欲するのは当然のことだろう。

 

 少しエミルに言われたくらいで、星のこの熱い思いが変わるわけもなく。

 断られた星は頭を大きく左右に振ると、もう一度エミルの目をじっと見つめて、自分の思いを伝えた。

 

「エミルさん。私は! 私は……後ろに隠れているのも。安全な所で待っているのもいやなんです! 私も本当の意味で仲間になりたい!」

「……そう。それじゃー、仕方ないわね……」

 

 精一杯の気持ちを星が伝えると、エミルは低く影のある声音で虚ろな瞳でそう呟いた。

 

 その聞いたことのないエミルの声音に、星は少し怯えた様子でエミルの顔を見上げた。

 

「……エミルさん?」

 

 そう尋ねた星の瞳に映ったのはいつもの優しいエミルではなく、まるで人ではなく動物でも見る様な冷たい彼女の瞳だった。

 

 その虚ろで狂気に満ちた彼女の曇った青い瞳に、星が思わず後退る。

 

 エミルは逃げようとする星に右手を突き出すと。

 

「――星ちゃん。右腕を出しなさい……」

「……えっ? ど、どうしてですか?」

 

 怯えた瞳を向ける星に、エミルは少し苛立つ様に言った。 

 

「いいから! ……早く出しなさい」

 

 威圧感の中に影のあるその声に、なんとも言えない恐怖を覚え。

 

 全く有無を言わさないエミルの言葉とその威圧する様な空気に、恐怖心からか反射的に星の体が震え出す。

 

 恐る恐るエミルの方へと右腕を伸ばすと、エミルは「うん。いい子ね」と微笑みを浮かべると、突き出した星の腕をがっしりと掴んだ。その後、右手でコマンドを操作すると、次の瞬間。その手に不気味に銀色に輝く手錠が握られた。

 

 星はそれを見て、慌ててエミルの手を振り解こうと右腕に力を込める。しかし、レベル差のせいか、いくら振り回してもその手を振り解くことができない。

 

 徐々に不安が募り、星は震えた声でエミルの顔を見て尋ねる。

 

「……じょ、冗談ですよね?」 

「ふふっ……冗談でこんな事しないでしょ?」

 

 エミルは不気味な笑みを浮かべた。

 

 普段の彼女なら絶対に星にこんなことはしない。その狂気に満ちた眼差しはまるで、研究室で見た覆面の男のそれと同じく思えて。

 

(エミルさん。おかしくなってる……なんとか逃げないと!)

 

 最後の抵抗とばかりに力の限りに、エミルの手を振り解こうと必死に身を捩った。

 

「嫌です! 元に戻ってください! エミルさん!!」

「…………」

 

 その星の叫びも届かないのか、エミルは無言のまま嫌がる星の手首に手錠をはめると、もう片方を自分の左手首にはめて口元に不気味な笑みを浮かべる。




小説家になろうをメインに活動しています。
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