オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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ドタバタな日々4

 星の隣で黙々と食べ進めていたレイニールがプリンを食べ終え、サラザに皿を突き出した。

 

「我輩もおかわりなのじゃー!」

「はいはい。分かったわ~。星ちゃんはどうする?」

「……えっ? あっ、いえ。私はもう大丈夫です」

 

 微笑むサラザに首を横に振った星はその申し出を断った。

 

 サラザは「遠慮しなくてもいいのよ~」と言葉を返したが、星は苦笑いでそれに答えた。すると、奥の席からデイビッドが大きく手を上げ叫ぶ。

 

「サラザさーん! ウィスキーを頼む! あと、焼き鳥なくなったから、チーズとかつまみになりそうなものを!」

「デイビッドよ。儂らは飯を食べに来たんだぞ? 酒を飲めないカレン達も居るのだ。少しは――」

「――いいですよ師匠。皆、色々ありましたし。俺達の事は気にしないで下さい」

 

 渋い顔をしてデイビッドを見ていたマスターに、カレンが微かに笑みを浮かべて言った。しかし、納得していない人間が1人――。

 

「……俺達? 俺の間違いではないんですか?」

 

 澄まし顔だが、明らかに不機嫌そうに言葉を返したのは、マスターを挟むように反対側に座っていた紅蓮だった。

 

 彼女の身長は小学生並みで、絶対にお酒を飲めそうにない外見なのだが、何故か紅蓮は自分は違うと言いたげな笑みを浮かべ言い放つ。

 

「まあ、お子様な貴女には……マスターのお酒の相手は務まらないですね」

「なっ、なんだと!? 君。だって飲める歳には見えないぞ!?」

 

 直ぐ様。凄まじいほどの殺気を放つ紅蓮に、マスターが空気を敏感に察して口を挟む。

 

「紅蓮はもう飲めるんだったな。なら、たまには飲むか! 紅蓮よ」

「ええ、マスター」

 

 マスターのその申し出に機嫌を直したのか、紅蓮の表情が一瞬で和らぐ。

 何故か飲み会の様になったデイビッド、紅蓮、マスターの間に何故か飲めないはずのカレンがマスターの側から離れない。

 

 テーブルの上にはチーズ、唐揚げ、やきとり、枝豆などの定番メニューが並んでいる。もちろん。ピザやナッツ、現実世界にいないような良く分からない魚の燻製や聞いたことのない動物の肉など、こちらの世界にしかないメニューもある。

 

 そんな中、目の前の日本酒の入ったお銚子を手に持った。

 

「師匠。どうぞ」

「ああ、すまんな」

 

 マスターにお酌を終えると、小皿に目の前の料理を素早く取り分けマスターの前とデイビッドへと置いた。その後、何事もなかったかの様にお銚子を持ち直す。

 

 カレンのその行動に、紅蓮が不機嫌そうに呟く。

 

「……そうですか……まあ、いいでしょう。貴女の様な『男性にしか媚を売らない』ふしだら女も居ますし……」

 

 さらっとカレンを侮辱し、紅蓮は自分で酒を盃に注いでそれを口にした。

 彼女が飲酒できる歳であったことより、先程の言葉の方が気に障ったのだろう。怒りでカタカタと持っているお銚子を震わせるカレン。

 

 互いに敵意をむき出しにして激しく視線をぶつけている。

 

 そんな険悪なムードのマスター達を余所に、星達も普通に食事を始めていた。

 

「このやきとり美味しいし~」

 

 片手でやきとりの串を持ち、もう片方の手で頬を押さえてミレイニが幸せそうな笑みを浮かべた。

 

 それを見て、星もレイニールも目の前に置かれたやきとりに手を伸ばす。

 すでにレイニールも両手にやきとりの串を握っていて、持っている串には手付かずの肉が刺さっているものの、もう口いっぱいに頬張っている。

 

 そして飲み込んだレイニールとほぼ同時に口に頬張ると、先程のミレイニと同じ様に幸せそうに頬を押さえた。

 

「どう? 美味しいでしょ~。これはそんじょそこらのやきとりじゃないのよ~」

「……ん? どういうことですか?」

 

 すると、そこにサラザが笑みを浮かべながらやってきて、不思議そうに首を傾げて言った星にサラザが言葉を返す。

 

 サラザは得意気に腰に手を当てると、もったいぶりながら告げる。

 

「そうね~。これはニックドードー鳥のお肉を使ったものなのよ?」

「……ニックドードーってなんですか?」

「まあ、見た目はダチョウと同じくらい。でも、その味はコクがあってまた、弾力のある身は食べごたえもあり。でも、気が付いたら口の中から消えてしまうと言われてるわ~。口の中と同じ温度でなければ溶けることがないからどんな料理でも使えるお肉なのよ。肉の中に旨味の詰まった」

 

 星はそれを聞いて「そうなんですか」と相槌を打つと表情を微かに曇らせ、遠慮がちに5本中4本残った皿をサラザの方にそっと押した。

 

 その様子を見て、サラザは眉をひそめる。

 

(……私がそんな貴重なものを食べたら。皆の分が減っちゃうから……)

 

 そう思いながら俯き加減で居ると、サラザの普段と違って重苦しい声が響いた。

 

「どうして? まだ1つしか食べてないじゃない。そんなに、私が裏で何か考えてるんじゃないかって気になるの? まあ、無理もないわね~。あんな事件の後じゃね~」

 

 悲しそうなサラザの声音が、星の心に突き刺さる。本心はどうであれ、サラザの好意を無下にして傷付けてしまった。

 っというより、普段のクラスメイト達が星に対してぶつける言葉と同じことを自分がした感じがして、俯いた顔を上げられない。

 

 もちろん。星自身はそんなことを考えていたわけではない。しかし、下手に弁明したところで、いつもの様に「自意識過剰じゃない」と笑われて終わるだけ――そう考えていた。だが……。

 

「それとも……私の料理が美味しくなかったのかしら?」

 

 その言葉の後、サラザの表情が曇ったのを見て、星は首を横に振るとやきとりを慌てて食べ始め、それを見たサラザは微笑みながら頷いている。

 

 やきとりを食べ終えた食器を手に、レイニールとサラザに向かって同時に「おかわり」と叫ぶ。

 

 サラザは2人から皿を受け取ると、すぐに次のやきとりの調理を始めた。

 それを待つ間。ミレイニがオレンジジュースを手に星の方を向くと、にっこりと笑ってジュースの入ったビールジョッキを掲げる。

 

「ほら、乾杯するし!」

「乾杯……ですか?」

「何じゃそれは?」

 

 突然の彼女の行動にきょとんとしている2人にミレイニが少し呆れながらも、しかし得意気に言葉を続けた。

 

「乾杯も知らないんだし? まあ、大人でない子供の君達には、分からなくても無理はないし……しょうがない。このミレイニ様が君達に飲み会の基本をお姉さんである。あ! た! し! が教えてあげるし!」

 

 人差し指を立てて鼻高々にそう宣言したミレイニは、ビールジョッキを片手に腕を前に突き出す。

 それを見てレイニールはコーラ、星はオレンジジュースの入ったジョッキグラスを同じ様に前に突き出した。

 

 どうしてレイニールだけがコーラを飲んでいるのかというと、レイニールが言うにはコーラのシュワシュワとした炭酸が体に染み込んでいく感じが堪らないのだ、そうだ――。

 

 ジョッキを前に突き出すと、その後、ミレイニが大きな声で宴会の幹事の様な挨拶を始める。

 

「えーこれより、お疲れ様会を始めさせていただきます! 本日乾杯の音頭を取らせていただきますミレイニです。それでは、皆さんグラスの準備は良いですね~。お疲れ様でした乾杯!」

「乾杯なのじゃ~!」

「あっ! か、乾杯!」

 

 ガチャンとグラスを合わせると、ミレイニはグラスの中のオレンジジュースを一気に飲み干した。

 

 まるでスーツを着た中年サラリーマンを彷彿とさせる見事な挨拶を披露したミレイニが、一番に空になったジョッキグラスをテーブルに乱暴に置くと。

 

「ぷはーっ! 五臓六腑に染み渡るしー!」

 

 っと、まるでビールを一気飲みした年配のサラリーマンの様な言葉を吐く。

 

 それを真似てレイニールもゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み干すと、炭酸がきついのかブルブルっと体を小刻みに震わせ、持っていたグラスを置いた。

 

「げぷっ……おお、いつもよりも何だか美味しく感じるのじゃ! なあ、主!」

 

 興奮気味に星の方を向くと、星は顔を真っ赤にしながら必死に3分の1ほど飲んだところで、両手で持っていたジョッキグラスを置いた。

 

「はぁ……はぁ……もう無理……」

「なんだ。だらしないのじゃ! 主」

 

 レイニールは勝ち誇った様に胸を張ると、置いていたビールジョッキ手に持つと、サラザに向かって空の容器を突き出す。

 

 そしてミレイニも……。

 

「今日はとことん飲むし!」

 

 3人分のなみなみと注がれたジョッキグラスをサラザは片手で悠々と持って来て「いい飲みっぷりね」と微笑んで、今度はデイビッド達に呼ばれてそっちの方に足早に向かう。

 

 テンション高く叫ぶと、満面の笑みでビールジョッキを掲げているミレイニからビールジョッキを受け取る。

 全員に行き渡ったのを見てミレイニとレイニールが喜んで飲み始めるのを見て、星も残っているジョッキグラスを両手で持つと、ちょっとずつ飲んで辺りを見渡す。

 

 笑顔で遠慮など微塵も感じさせず、ジュースとやきとりを交互に食べるミレイニとレイニールはもちろん。

 別のテーブルでは困った顔をしているマスターを挟んで、紅蓮とカレンがどっちがビールの注ぎ方がうまいで揉めている中で、それを肩身が狭そうにウィスキーを飲んでいるデイビッド。

 

 それが今の自分と重なって見えて仕方なかった。だが、自分がその場所に行く気にはなれない。

 正直。デイビッドとそれほど仲がいいわけではなかったし、男性というだけでエミル達と比べ、少し関係を築きづらいのもあり。今まで近ず離れずの関係を重視してきた。まあ、それは他のメンバーにも言えたことだったが……。

 

 そうこうしている内に、夜はすっかり更けていた。さすがに城に残してきたエミル達が心配になり、お代は要らないと言うサラザにお礼を言って店を後にした。

 

 お酒を飲んでいた紅蓮、デイビッドは危なっかしい足取りで歩く2人を連れて、マスターとカレンが前を歩く。

 現実世界と同じ様に酔った感覚――つまり、視界が多少歪んで見える仕様になっている。だが、その仕様は通常時だけでPVPを受けた場合。また、モンスターとの戦闘時にのみ解除される仕様になっていた。

 

 それは、酔った場合の異常状態であり、戦闘時には他の異常状態が適応されるからという単純な理由だ。

 しかし、飲んだ量に応じて強弱があるこの異常状態のせいで、結局まともに歩ける者は程々に飲んでいたマスターと全く飲んでいないカレンの他にはいなかった。

 

 途中でバランスを崩して地面に倒れた2人を、仕方なくカレンが中央に入ってデイビッドを支え、顔を真っ赤に染めた紅蓮はミレイニが召喚したアレキサンダーの背中に跨がっている。

 

 アレキサンダーの青い炎の鬣が揺らめく後ろを、星達もゆっくりと歩いていた。

 

「そう言えば、どうしてミレイニさんはお酒の時にする事を知ってたんですか?」 

 

 星は首を傾げ、隣を歩くミレイニに尋ねる。それは素朴な疑問だった――。

 

 本来なら、お酒を飲めないはずのミレイニが、乾杯の席の幹事の言葉を知っているはずがない。

 星の心の中では『まさか、ミレイニがもうお酒を平気で飲んでいる不良なのでは』と言う考えまで浮かんでいた。

 

 飲酒=不良という観念が既に古い様に思われたが、星は至って真面目だった。

 ドキドキしながらミレイニの言葉を待っている星に、彼女は意図も容易く言葉を返してきた。

 

「ああ、あれは実家で良く集まって飲み会をする時に聞いたんだし。私の実家は旅館だから、良く酔っ払いの声が聞こえてくるから、それで普通に覚えただけだし」

「……な、なるほどー」

 

 確かに旅館の娘ならば、お客さんのやっていることをしょっちゅう目の当たりにしていても全く不思議はない。それどころか、自然と覚えてしまうというのが当たり前のことだろう。

 

 頷く星の顔を見て、ミレイニは悪戯な笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「そうだし! 星の家はどんなんだし?」

「――えっ? どんなって…………普通ですよ?」

 

 星は少し困った顔をしながら彼女の質問に答える。

 

 その答えに、ミレイニはつまらなそうに「まあ、普通が一番だし」とだけ言葉を返すと星も。

 

「そうですよね。普通が一番です」

 

 っと苦笑いを浮かべた。

 

 だが、その時。星の心の中では少しの罪悪感と劣等感が渦巻いていた。

 

 それも無理はない。普通と言うのはもちろん嘘である。もし、父親が居ない母子家庭が普通なら、他の家庭が恵まれていることになるし。自分がスクールカーストで底辺の方に属しているのは、クラスメイト達の反応でもはっきりと分かっていたことだ。

 

 とても普通の家庭環境とは言えない実情を、星はその小さな心の内に仕舞い込むしかなかった……。

 

(……普通が一番か……)

 

 心を締め付けるその言葉をもう一度心の中で口にすると、微かに潤んだ瞳を星が輝く空に向ける。

 

 そんな星に同じ名前を持つ星達が、優しく微笑んでくれている様に思えた。




小説家になろうをメインに活動しています。
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