オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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内気な影

 翌日の朝。目を覚ますと、星の体はエミルとイシェルに挟み込まれるように抱き付かれていた。

 

 まあ、もう何度もこのような場面に出くわしている為、それほど驚きはしないが。

 何と言うかエミルはまだしも。イシェルの方は星を越えて、エミルを抱き締めようとしている感じだった。だが、どちらにしても今までにないほど、両サイドを巨大なおっぱいで挟み込まれていて身動き1つ取れない。

 

「レイ……」

 

 助けを求めるようにレイニールの名前を呼ぶが、エミルの胸に顔を押し付けられていて、それが言葉になっていたかは分からなかった。

 

 だが、そうでなくともレイニールにその声が届くことはなかっただろう。普段なら、星の側を離れないレイニールがその時だけは彼女の側にいなかったからだ……。

 

「――何じゃ……我輩の名を呼ぶお前は……」

 

 レイニールは城の天辺にちょこんと座り、不機嫌そうに鋭く睨みながら太陽が昇り始めた東の空を見つめていた。

 

 それからしばらくして、目を覚ました星が不機嫌さを隠し切れずに眉をひそめて朝食のパンにかじりつく。その隣でエミルが苦笑いを浮かべている。

 

「今日の朝はごめんなさいね、星ちゃん。私あまり寝相がいい方じゃないから……」

「そうですか」

 

 眉に一瞬だけしわを寄せて、星は顔を合わせることなく再びパンに噛み付く。

 

 だが、星が不機嫌なのも理由がある。普段の星なら笑顔で許すところだろう。しかし、今回ばかりはそうはいかない。

 それはあの後、寝ていたエミルが寝ぼけて、星を絞め殺すかという勢いでライラの名を叫びながら腕で締め付けてきたのである。

 

 気を失いかけた星からエミルを引き離したのが、隣に寝ていたイシェルだったのは言うまでもない。しかし、その時に「それやるならうちやないん!」と叫んでいたのが聞こえたのは、この際置いておこう。

 

 朝食を食べ終わる頃には、皆が各部屋から続々とリビングに集まってきた。

 ミレイニに腕にまとわりつかれ、デイビッドとリビングに入ってきたのはエリエだった。

 

 エリエは星の普段見ることのないツンとした姿に、困惑した様に声を掛けた。

 

「……なっ、なんか星、ご機嫌斜めだね。どうしたの?」

 

 すると、ミレイニが自信満々に星を指差して。

 

「そっか! 星は今日はあの日なん――いだっ!」

 

 そう口にしたミレイニの頭を、予告なしにエリエのげんこつが襲う。鈍い音の直後、頭を押さえて涙目でエリエを見上げるミレイニ。

 

「なんだし! なんで叩くんだし!」

「そういうのは女同士でもデリケートな部分なの! いくらここには女子しかいないからって……」

「……おい。待て」

 

 不満そうに告げたデイビッドを、一瞬横目で見遣ったエリエが念を押すようにもう一度。

 

「まあ、この部屋には女子しかいないし。それに、そういう機能はこの世界にはないから」

 

 っと、ブーブー言っているミレイニの頭を仕方なく撫でてやる。すると、今まで不機嫌そうに頬を膨らませていたミレイニの表情が一瞬で和らぐ。

 

 こういうところは、ミレイニが簡単な性格だということだろう。だが、明らかに1人、納得いかないという表情の人物が……。

 

「……俺は男だぞ」

 

 最後の抵抗なのだろう、デイビッドはそう小さな声で呟く。しかし、彼のその言葉がスルーされたのは言うまでもない。

 苦笑いを浮かべながら星の機嫌を取ろうとかいがいしく世話を焼くエミルと、全くエミルと視線を合わせようとしない星を見ていると、彼女が何かしたのは誰が見ても明らかだ。

 

 しかし、星がこれほど機嫌を損ねるのは初めてかもしれない。

 生半可なことではへそを曲げない星の機嫌を取るのは難しい。だが、それが周りに流された挙げ句の行動なら話は別だ――何故なら、星はここにいる誰よりも周りに流されやすいのだから。

 

 エリエはテーブルに着くと、イシェルのくれたホットミルクに大量の砂糖を加えてゆっくりと口に運んだ。

 隣の席に座ったミレイニも真似するように同じ分量の砂糖を加え、嬉しそうにホットミルクを口に運んだ……っとその直後、口に含んだホットミルクを派手にぶちまけた。

 

「ケホッケホッ! こ……これ甘すぎるし!」

「あらあら、大丈夫? エリエちゃんの真似したらアカンよ~」

 

 イシェルがタオルでミルクまみれになったミレイニの顔を拭いてやっていると、その横で激甘ホットミルクを飲み干したエリエがカップをテーブルに置いて一息つくと、徐に星に向かって口を開く。

 

「――エミル姉と何があったかは知らないけど、このまま気まずくなると今後の関係にヒビが入っちゃうよ?」

「……うぅ」

 

 手厳しい助言に渋い顔をする星。

 

 だが、それは星がエリエの言った言葉の意味を良く分かっている証拠でもあった。表情を曇らせた星に向かって、エリエが畳み掛けるように言葉を続ける。

 

「それは星も望まないでしょ? だから、星はこれから街に出掛けて、お詫びの品をエミル姉に買ってもらうって事でどう?」

「エリーそれはいいわね! 星ちゃんの好きな物をなんでも買って上げるから、遠慮せずに言ってね!」

 

 笑顔で胸の前で両手を合わせて星の顔を覗き込んでくるエミルを見て、もっと早くに問題を解決しておけば良かったと本気で後悔していた。

  

(……面倒なことになった)

 

 複雑そうに眉をひそめると、諦めたように星は大きなため息を漏らす。

 

 

 てなわけで、それからはエリエの提案した話に流されるままに、星が街に出てきたわけなのだが……。

 

 正直。楽しみにしているのは星以外なものだ――エリエとミレイニはもちろん、エミルとイシェルも何故かすごい上機嫌だった。

 

 それを一番後ろから見ていると、星は何やら浮かない顔をしている自分がバカバカしくなってくる。でも、楽しそうに行き先を話し合っているその輪に入れる気はしない。

 

 まあ、そんなスキルを持っていたら、星が学校でもイジメにあうことはなかっただろう。

 前を行く皆から漏れる話を聞いていると、どうやらこれから『楽しいとこ』にいくと言うことらしいのだが、それが必ずしも星にとって楽しいところとは限らない。

 

 あくまでも、エミル達の感性で楽しいところであって、星の感性では家の中で本を読んでいた方がおそらく楽しいだろう。

 

 しかも、部屋を出る前は星に何かを買ってくれるという話だったが、装備関係で防具はトレジャーアイテムである『天女の羽衣』で『アーサー王の鎧』の効果を服に付けたものの、剣はライラが言っていた亡きお父さんの残したというどうにも胡散臭い『エクスカリバー』だ。

 

 装備以外の物で今の自分に必要な物となると……星には大体の予想が付いていた。また、その予想は現実のものとなる……。

 

 そして一行は繁華街の中のある店の前で止まった。

 外観は洋風のレストランの風な感じで、赤い屋根にガラス店内のショーケースには大きな赤いコートに茶色いキャベリンと呼ばれる帽子に黒のスカートを身に着けたマネキンと大きな針と糸車が飾られている。

 

 店の赤い屋根に掛けられたピンク色の看板には『COORDINATION SHOP ANDO』と書いてある。

 

 星は看板を見上げると、その看板の文字を読み上げる。

 

「コールディンアチオン ショップ アンドオ?」

 

 読み終わり星は小首を傾げる。とりあえず口に出してみたものの、書いてある言葉の意味はさっぱり分からない。それもそのはずだ。小学4年生にして英語をマスターしている者などそうはいない。よくてローマ字くらいのものだ――。

 

 ましてや星は私立のお嬢様学校に通っているわけでも、塾に通っているわけでもない。それでもショップは辛うじて読めたが、それも町中でよく見かけるからという安易な理由でしかない。

 

 だが、とても嫌な予感がした。こんな感じを以前もどこかで抱いたことがある。そう。エミル達と富士のダンジョンの時だ――。

 

 エミルが店の扉を開けると、そこには服が所狭しと並んでいた。

 

(……やっぱり!)

 

 顔面蒼白になってゆっくりと後退りする星の肩を、エリエが掴んで強引に店内へと押し込んでいく。

 

「いやです! 服なんて……絶対にいや!」

「せっかくここまで来て逃がすもんですか! 観念しなさいって!」

 

 星は最後の抵抗を見せるが、レベル差のあるエリエに力のパラメーターで上回れるわけもなく。

 この店の前に来て肩を掴まれた時点で、すでに運命は決まっていたのである。強引に店内に連れ込まれると、星は更に不機嫌になった。

 

 それもそうだろう。洋服を買いにいくと知らされていれば絶対に首を縦に振らなかったし、てこでも部屋の外に出なかっただろう。これはもう、騙されたとしか言いようがない。

 

 星が不機嫌なのも無理はない。早朝からエミルに絞め殺されかけ、そして皆が出掛けるから付いてきてみれば服を買うということだ。

 

 これで不機嫌にならないほうがおかしいだろう。星はオシャレとかそういうことへの興味が薄い。

 もちろん。一切ないと言えば嘘になるが、同じ年頃の子と比べても明らかにないと言っても過言ではない。




小説家になろうをメインに活動しています。
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