オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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2人の時間

 そして時は流れ……。

 

 鼻血を出したエミルが倒れたことで買い物事態が中止となり、そそくさと城へと戻ってきたのだが。

 

「主! 我輩を置いてどこに行っておったのじゃ!」

「……だ、だって。レイ、いなかっ――」

「――言い訳するな~!」

 

 エミルを部屋に運んですぐにレイニールは激昂しながら、噛み付きそうな勢いで星の鼻先にぶつかりそうな勢いできた。

 

 余程、星に置いていかれたことを気にしていたのだろう。レイニールの星を見据えるその瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。

 

 そんなレイニールに星が何度も「ごめんさい」と誤っていると、今まで寝ていたはずのエミルがのっそりとベッドから体を起こす。

 

「ごめんなさいねレイちゃん。私が無理やり星ちゃんを連れ出したのよ?」

 

 そう言って微笑みを浮かべる。

 

 そのどこか影のある笑顔にレイニールはビクビクっと身震いして、今までの態度からは考えられないほど見事な敬礼をして空中で直立不動している。

 

 星はベッドからゆっくりと体を起こすエミルの方を見つめていた。

 

「さっきはごめんね。急に倒れちゃって……」

「えっ? いえ、そんなこと気にしないでください。私なんかに気を使う必要なんて……」

 

 一瞬で表情を曇らせた星に、エミルはいつもと違う何かを察したのか微笑みを浮かべながら、星の前で膝を折って。

 

「なら、これから2人でお出掛けしましょうか」

 

 っと切り出してきた。

 

 その突然の申し出に、星は動揺しながらも両手をブンブンと振って全力で拒否する。

 

「そ、そんな! 夜で2人のお出掛けなんて!」

「あら~? そんなこと言って、前にエリーとはお出掛けしてた気がするけど?」

 

 にやにやと笑みを浮かべながら、必死に拒否する星の顔を覗き込みからかうように言った。

 

 確かに彼女の言う通り。エリエとは出掛けたが、その時にダークブレットに誘拐されたわけで、そのことを鮮明に覚えている星はエミルの申し出に首を縦に振るわけにはいかない。その直後、星は暗い表情で重い口を開く。  

 

「――だから……もしもがあったらだめですし……」

「失礼しちょうわ。私はこの世界の武闘大会の連続優勝者よ? マスターの次に強い私に戦いを挑む度胸のある人間なんて、この世界に居るはずないわ!」

「……でも」

 

 なおも口を開こうとする星の鼻を摘んで、エミルはにっこりと笑った。

 

「大丈夫! お姉さんを信じなさい。でも、そうね……もし戦闘になったら、星ちゃんは私にしっかりしがみついてくれればいいわ! そしたら私は、いつもの何倍もの力を発揮できちゃうから!」

 

 自信に満ち溢れた優しい顔を見ていると、不思議と星もそう思えるから不思議だ――。

 

 無言のまま星は静かに頷くと、エミルは星の体を自分の体に密着するように抱き寄せる。

 

 そして宙に浮いたまま敬礼していたレイニールに声を掛ける。

 

「レイちゃんもこっちにいらっしゃい」

「はい!」

 

 その声が聞こえた途端、レイニールは一目散にエミルの肩にしがみつく。

 

 エミルはもう一度星の方を向くと満面の笑みで「準備はいい?」と尋ねると、星はこくこくと数回頷いてコマンドから円型の五芒星の描かれた鏡を取り出す。

 

 もちろん。星はそのアイテムを見るのが初めてで、どのようなものなのかは分からない。だが、もし分からなくても。星にはエミルが何かを企んでいるわけではないことが分かっていた気がした。

 

 不思議そうに首を傾げながら、星がエミルに尋ねる。

 

「そのアイテムはなんですか?」

「ん? そうね。皆に見つかるとまずいから、とりあえず。飛んでから説明するわね! 転移。ジェンティーレ!」

 

 真上に手鏡をかかげるた直後、星とエミルの周りを鏡から出た五芒星が包む。

 

 地面にくっきりと付いた五芒星から青い光が天井に届くほどに輝いた。それは星がサラザのバーで、星が拉致された時と状況が似ている。

 

 そんなふうに感じていると眩い光に視界が遮られ、瞬きするほどの一瞬の時間で2人は夜の街の裏路地へと移動していた。

 

 目の前にはモダンな造りの建物が建っていて、その焦げ茶色の木の看板には黄色い文字で『Gentile』と書いてある。

 エミルに抱き寄せられながら不思議そうに首を傾げて見上げると、エミルは手に持っていた五芒星の形の丸い手鏡を見せられる。

 

「これはね。『転移鏡』記憶させた場所にテレポートさせてくれるアイテムよ。星ちゃんも前に使ったでしょ?」

「……はい。誘拐された時に……」

 

 表情を曇らせ俯く星に、エミルは慌てふためきながら言葉を返す。

 

「ああ、違う違う! ほら、フィールドにある転移用の大きな石製のモニュメントにも、これと同じマークが付いてたでしょ?」

 

 星はその言葉を聞いて、記憶を辿っていくと確かにエミルの言った通り、湖畔に街に転移する為の大きな石が置かれて作られたテレポートする為の場所を思い出す。だが、この事件以後。あのテレポートは不安定になって上手く機能しなくなったはずだ。

 

 しかし、先程使ったエミルの道具は正確にこの場所へと転移させた。

 それだと、設定的におかしなことになるのではないか?そんな考えが、星の頭に浮かんでそれが原因で彼女は難しい表情を作っていたのだろう。

 

 まるで『何故、空は青いのか……』と哲学を考える子供の様な難しい顔をしている星を見て、エミルは「くすっ」と笑みをこぼすとその疑問に的確に答えた。

 

「星ちゃんが何を考えてるか大体分かるわ。このアイテムはあの大きなテレポートと何が違うんだろう……そうでしょ? あれはシステム上、決まった動きをしているから。だから、システムに異常が出ている今の状況では、上手く機能してくれないの。そしてこれ、この『転移鏡』はそれぞれ個別に数個の転移先を登録できるわ。それは一部の場所をセーブしてるのと同じなの。だから、異常の発生している大本の転移システムとは個別の個々のデータとして――」

 

 更に眉間にしわを寄せて難しい顔をする星を見て、エミルはそれ以上の説明を止めた。まあ、小学生に小難しいことを説明しても、理解できないのは元々分かっていたことだ――。

 

 エミルは頭上にはてなマークを浮かべる星の肩を抱いたまま歩き出すと、店内へと入って行った。

 店内は天井にぶら下げられた木で作られた逆さの傘の様なデザインのライトを天井に反射させた柔らかい光に照らされ、光沢を放つ木目の大きなバーカウンターと、その後ろには店の端から端までボトルが置かれ何段にも分けられた棚になっている。

 

 その前には整えられた髭を生やした30代位のダンディーな男性が、カシャカシャと銀色に輝くシェーカーを振っている。

 静かで落ち着いた雰囲気の店内でカウンターの先にいるこの男が、おそらくと言うか間違いなく、この店のマスターだろう。

 

 カウンター奥の男性はエミルの顔を見るなり、優しい微笑みを浮かべた。

 

「おや、今日は可愛いお客さんも一緒なんだね」

「ええ、デルさん。その節はお世話になりました」

 

 エミルが丁寧にお礼を言って頭を下げると、それに習って星も何故か頭を下げた。すると、男性は小さく手招きして一番奥のカウンターの方を指差す。

 

 促されるようにエミルと星はゆっくりと歩き出すと、指定された席に腰を下ろした。そしてしばらくして、2人の前にミルクで満たされたカップが出される。

 

「サービスだよ。2人共、ゆっくりしていってくれ」

「あ、ありがとうございます」

 

 星は素直にお礼を言ったのだが、エミルは若干複雑そうな顔をしながら小声でマスターにささやく。

 

「デルさん。この子の前で、あまり子供扱いしないで……」

「……なんでだい? いつも来る度、目を真っ赤にさせて泣いているじゃないか」

「もう!」

 

 包み隠さずに平然と言った彼の言葉に、珍しく羞恥に頬を赤らめながらエミルは不機嫌そうに息を漏らす。だが星にしてみれば、それが以外だったのかもしれない。

 

 子供扱いされているエミルなんて、この世界に来て一度も見たことはないし。店の中とはいえ、こんな人の多い場所で泣くなんて普段の彼女からはとても理解できなかった。

 

 そんな中、不満を爆発させたような鋭い視線のレイニールが突き刺さる。年配のプレイヤーの多い店内は、サラザの店とは客層がまるで違う。

 

 レイニールとその客達の視線が自然と自分に向いているようで緊張から喉が渇いた星が、目の前に置かれたカップを両手で持った。すると、今までエミルの肩でおとなしくしていたレイニールが、パタパタと飛んできて星の頭の上に覆い被さる。

 

「主。我輩を差し置いてそのミルクを飲もうと言うのか?」

「えっ? あ……」

 

 星は慌ててカップから手を放す。

 

 そっと横にカップをずらすと、頭の上に乗っているレイニールに向かって視線を移して。

 

「レイ。飲む?」

「うむ!」

 

 レイニールは嬉しそうにカップの元に舞い降りると、ゴクゴクと音を立てながら飲み始める。

 

 それを見ていて少し後悔していると、隣のエミルが自分のミルクを星の目の前に置いた。

 そのエミルの突然の行動に、星は驚きを隠せないと言った表情でエミルの顔を見た。

 

「……これ」

「ああ、星ちゃんが飲んでいいわよ。私は他のを頼むから」

「でも、それじゃ――」

 

 星が口が開こうとした時、エミルの指が星の唇に触れ。そして、エミルはゆっくりと口を開く。

 

「――いいの。だって、1人だけ飲み物がない状態でほっとけないでしょ? デルさん。烏龍茶もらえます?」

 

 親しげにエミルはマスターを呼んでそう告げると、男性は烏龍茶の入ったグラスをエミルの目の前に置くと。

 

「これもサービスにしておくよ」

 

 っとウィンクをして、カウンターに座っていた他の女性客の方へと歩いていった。




小説家になろうをメインに活動しています。
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