オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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2人の時間4

 幸か不幸かその事件のおかげで宿屋に空きができたことにより、何とか2人は宿泊することができた。

 散り散りになった宿屋に宿泊する予定だったプレイヤーは、惨劇の後に殆どが姿を消して宿屋の中は急に閑散としている。

 

 つい数分前までは多くの人で賑わっていたテーブルも、今は数組のプレイヤーが座っているだけだ。しかし、その顔に生気はなく。おそらく彼等は今晩不安で眠ることができないだろう。

 

 そんな彼等を残し、取った部屋へと向かう。二階の廊下の一番奥の部屋で、中はベッドが置かれ、角部屋ということもあり窓からは景色が一望でき、小さな浴室もあるビジネスホテルの様な簡単な造りになっていた。

 

「星ちゃんはここでちょっと待っててね。私はお風呂を入れてくるから」

 

 星をベッドに座らせ、エミルは浴室にお湯を溜める為にその場を後にした。

 

 ベッドに腰を下ろした星は、まだジンジンと痛む頬を撫でた。

 

「――はたかれた……痛かった……」

 

 頬を撫でる手を伝って、ポロポロと瞳から溢れ出した涙が太股を濡らす。

 頬を平手ではたかれたのは、あれが生まれて始めてだった――驚いたのもあるし、何より悲しかったのだ。涙を流すのも無理もないだろう。

 

 一度引っ込んだはずの涙が、抑えようとすればするほど溢れ出してきて止まらない。

 視界は涙で霞み、心は引き裂かれた様に痛む。しかし今の星には、もうどうしたらいいのか分からなかった……。

 

「……私は頑張ってる。一生懸命やってるのに……上手くいかないよ……生きててもダメ。死んでもダメなら私は……私はいったい……どうしたらいいの?」

 

 思い詰めた表情のまま、部屋の一点を見つめる星。

 

 この一日で色々なことを言われて、相当動揺しているのだろう。だが、それも無理はない話だ。今までにも、自分の存在を否定されたことは何度かあった。

 

 そして『生まれてきて本当に良かったのか』この考えは、今までにも何度か脳裏に浮かんできたものだ。

 しかし、いつも自分を奮い立たせるようにして、人に不快に思われないようにして、ここまで頑張ってきたつもりだった。

 

 少しでも誰かに必要とされようと……親しい人に気に入られたいと思って、自分を押し殺してまで愛嬌を振りまいてきた。

 

 星の頭で理解できる許容範囲を超えていた。そんな時、座っていたベッドが更に深く沈んだ。

 

 横を見ると、そこにはエミルが心配そうに星を見つめている姿があった。  

  

「どうしたの? やっぱり体調が悪い?」

「……エミルさん。さっきの人に叩かれて……それで……」

 

 こう言えばエミルは怒ると思っていたのか、言い難そうに掻き消えそうな声で告げると。

 

「さっきの人? 刀を持って襲いかかってきた人?」

 

 っと、星の言葉にエミルは首を傾げて聞き返す。

 

「違います。マントの人にです」

 

 すぐに星は言葉を返したが、何故かそれを聞いたエミルは困った様に眉をひそめて告げる。

 

「――マントの人? ごめんなさい、星ちゃんが何を言っているのか、私には分からないわ。あなたは1人で、あの刀の人を倒したんでしょ?」

「……えっ?」 

 

 そんなエミルに星は驚いた様に目を丸くさせた。

 それもそのはずだ。エミルの言ってることが真実ならば、自分の見たあの人物はエミルには見えていなかったことになる。

 

 だが、そんなことは俄には信じがたい事実だ――もしエミルの言っている話が本当ならば、今も痛む頬の説明がつかない。

 いや、それだけではない。あの人物が星以外誰にも見えてなかったとしたのなら、星は幽霊とでも鉢合わせたとでも言うのだろうか?

 

 このデジタルな世界で、現実世界でも科学で裏付けができないほど不確かな存在である幽霊が人が科学技術で作り上げた世界にいるはずがないのだ。

 もしもそんなことがあるとすれば、得体の知れない存在を科学で立証できない存在を科学が作り出しているという矛盾が生じてしまうのだから……。

 

 星は少し強い口調でエミルに尋ねた。

 

「居ましたよね! 私の前に黒い剣を持ったマントの人! 私に向かって来る刀を弾いて私を助けてくれた――」

 

 そこまで口を開いて、星はもう喋るのを止める。

 

 止めるしかなかった……その眼前には、星をまるで哀れむ様に悲しそうな瞳を向けるエミルの姿があったからに他ならない。

 

 彼女の瞳を見れば、星の発言を信じていないことは興奮している星にも理解できた。

 

 エミルは星の肩を掴むと、優しい声音で告げる。

 

「ちょっと疲れているのね、星ちゃん。色々あったから無理もないわ……お風呂は明日にして、今日はもう――」

「――本当です! 本当に居たんです!」

 

 更に声を荒らげる星を、エミルは何も言わずに抱きしめる。

 

 星の涙で濡れた頬がエミルの胸に押し付けられ、そしてエミルは星の頭を優しく撫でながら耳元でささやく。

 

「……別に誰かが居たか居なかったかなんてどうでもいいの……星ちゃんが無事ならそれだけでいいのよ」

「……エミルさん」

 

 星が彼女の顔を見上げると、エミルの瞳から涙が溢れ落ちて星の頬を伝う。

 

「……本当はね。今日の星ちゃんは無理に笑ってた気がしたから、気分転換になればと思って誘ったの。でも、もう少しであなたを失うところだったわ……これじゃ、お姉さん失格ね……」

 

 目の前で今にも襲われそうだった星を、助けられなかったという罪悪感に駆られる様なその瞳が星の胸に強く突き刺さる。

 もちろん。自分を心配してくれて、妹の様に思っているその気持ちが嬉しいというのはあるが、それ以上に今の星には確認を取らなければならない大事なことがあった。 

 

 そのエミルの言葉に躊躇するように星は表情を曇らせ俯くと、意を決して今まで考えていたことを思い切って口に出してみる。

 

「あの……私って、エミルさんの妹の代わり……なんですか?」

 

 そう言って星は口を一の字に結んだまま、エミルの顔を見上げた。

 

 エミルを見上げる星のその瞳には涙が滲んでいる。もちろん。この質問の答えは言うまでもないことは星も分かっていた。きっと自分が妹の代わりだと断言される。

 

 エミルにとって実の妹は大事で、自分はその模造品であり類似品でしかなく、しかも劣化品だ。きっとエミルの妹だ。とても思いやりのあって素晴らしい人物だったのだろう……星の中では、あったことのない彼女の完璧な人物像が作り上げられていた。

 

 その代わりにされるだけで、とても名誉なことで、エミルも本心では戦闘の役にも立たず。かと言って何かができるわけでもない星を仕方なく失った妹というポジションに据えていると思って疑わなかった。そうでなければ、空っぽの自分がこれほど優しくしてもらえるはずもなく、大事にされるはずがないと……。

 

 心臓が張り裂けそうに脈動する中、星はただただエミルの口元を見つめていた。

 

 エミルはその星の突拍子もない言葉に驚きながらも、すぐに優しい微笑みを浮かべる。

 

「そうね。本当の妹みたいに思っているわ」

「……そうですか。なら、やっぱり……」

 

 次の言葉は分かっているつもりでも、どうしても溢れそうになる涙を必死に抑えていた。

 

 きっと次は『まあ、本当の妹はもっと可愛かったけどね。星ちゃんで我慢している』と言われると、肩を震わせ身構えるように体を硬直させた。

 

「でも、それは星ちゃん自身をよ?」

「……私自身?」

 

 星はその言葉の意味が分からず、ただただ首を傾げる。

 

 突如飛び出した彼女の言葉に、困惑を隠しきれない星にエミルは言葉を続ける。

 

「ええ、だって星ちゃんは星ちゃんでしょ? 岬は岬で別人だし、あなたはあなたよ。他の誰でもない、あなた自身を私が好きなの」

 

 エミルの言葉に、抑えようと堪えていた涙が一気に溢れ出し、星は俯き加減に声を震わせて言った。

 

「……でも、私はなにも取り柄もないし、ただ皆と……エミルさんと一緒にいたいだけ……人の後ろにしがみついているだけの影なんです……」

「――影ねぇ……」

 

 星の言葉を聞いてエミルは更に強く星の体を抱きしめて、体を小刻みに震わせている頭を優しく撫でた。

 

 彼女の胸に押し当てられた星の耳には、エミルの心臓の音が聞こえてくる気がした。

 

「影なら、どうして抱きしめられるのかしらね~」

「……それは……その、だから……」

 

 エミルの言葉に反論しようと考えている星の耳元で、エミルが優しい声でささやく。

 

「――ダメよ。自分を誰よりも下に見ちゃ……影なんて言っちゃダメ。確かに影は物静かで後ろから付いてきて、必死に私の後ろを付いてくる星ちゃんみたいよ。でも、影は掴めないし、掴ませてもくれない。それに話もしてくれないわ……それにほら、見てみなさい」

 

 そう告げると、エミルは徐に床を指差した。

 星がその場所に目を向けると、そこには光に照らし出された2つの影が映し出されている。

 

 エミルは首を傾げる星の肩を自分の方に抱き寄せた。

 

「星ちゃんにはどう見える? 私には2人で寄り添っていて、凄く仲良しに見えるわ」

「はい」

 

 体を密着させる2つの影が、互いを飲み込み合って混ざり合う様に明かりに照らされて長く伸びている。

 

「影は映し出す人が居るからできるのよ? 影は本人でそれ以外の誰でもない。だから、星ちゃんにもちゃんと影があって、今は私と星ちゃんがくっついているから影も同じようにくっついている……私達が仲良しの証拠ね!」

 

 その言葉に小さく頷くと、エミルは星の顔を見て微笑み返した。

 

 そして、しばらくの間。無言でお互いの顔を見つめ合っていると、星に向かってエミルが告げた。

 

「それじゃ、お風呂に入っちゃいましょうか! 確か、2人きりでお風呂に入るのは初めてだったかしら」

「えっ? いや、私は後でいいので。エミルさんが先に入ってきて――」

「――ほら、考えてないで行くわよ!」

「えっ!? あっ、ちょっと……」

 

 エミルはまるでエリエの様に強引に星の手を引いて立たせると、またも強引に星の服を脱がせていく。

 見る見るうちに裸にされた星は恥ずかしそうに、足をモジモジしながらタオルを縦にして体を隠す。

 

 いつも見られているとはいえ、脱衣所ではない部屋で2人きりの状況で裸になるのはなんだか気恥ずかしい。

 

 星は羞恥心で顔を耳まで真っ赤に染めながら、エミルを上目遣いに見て尋ねる。

 

「――あの……私だけ裸なのは……その、恥ずかしいです……エミルさんは脱がないんですか?」

 

 エミルは時間が止まったかのように微動だにせず、タオルだけの星を食い入るように見つめていた。

 

「あの、どうかしま――」

 

 そんな彼女にもう一度星が口を開こうとした直後、突如エミルが星をベッドに押し倒す。

 

「えっ? えっ!?」

 

 突然ベッドに押し倒されて困惑する星。

 

 ベッドに投げ出された星に覆い被さるようにして自分を見下ろすエミルは、いつもの彼女とはまるで別人のようだった。

 

 その表情には影があり、まるで獲物を目の前にした肉食獣の様だった……今まで何と言うかとても怖い。   

 

(……私がなにか悪いこと言ったから、エミルさんが怒って……)

 

 そう感じた星は瞼を強く瞑ると、エミルに向かって「ごめんなさい」と震える声で謝った。

 

 その直後、ハッとしたエミルは我に返ったように手の平で自分の顔を覆う。

 

「……なにやってるのよ、私は……」

 

 ゆっくりと体を起こしたエミルは、落ち込んだ様子でベッドに腰を掛け項垂れた。




小説家になろうをメインに活動しています。
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