オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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ライラの企み2

 すぐ近くに現れたライラが、エミルを挑発するように再び口を開く。

 

「私は事実を言っているだけよエミル。その子に肩入れするのは分かるけど、時と場所はわきまえなさい! この状況でなり振りまかっていられない事くらい分かるでしょ?」

「……星ちゃんは物じゃない! 使うとか言わないで!」

 

 鋭い視線を浴びせてくるエミルに、ライラは少し馬鹿にしたように見下すような笑みを浮かべ。

 

「正直。貴女の言っている事は、私達にとってどっちでもいいのよ。こっちの認識的に、その子――夜空 星の固有スキルはこの隔離された世界を救う切り札。そして、その切り札を温存しておく必要はもうない――」

 

 そこまで口にしてライラは首を振ると、決意に満ちた顔で言葉を続けた。  

 

「――いや、違うわね……向こうが仕掛けてきている以上。こちらも手を拱いている訳にはいかない。今度はこっちから仕掛ける時なのよ! 貴女ができないなら、私がその子を確保するようにとミスターにも言われている。戦わせる覚悟がないのなら、その子を渡しなさい! エミル!」

「どうして? 貴女の従うミスターは、星ちゃんの叔父さんなんじゃないの?」

 

 エミルの問い掛けにライラの眉が微かに動く。

 

 確かに以前モニター越しにでも話した彼は、間違いなく星の叔父だと自分で名乗っていた。そんな彼が、自分の姪を危険に晒すのを良しとしているのか、エミルには理解できない。

 

 彼女がそんなことを考えていると、ライラは感情がないような低い声音で告げる。

 

「ミスターは任務には忠実な方よ、任務に私情は挟まないわ。必要とあらば、肉親であろうと関係ない。いえ、たとえ私情を挟んだとしても。姪の命と大勢の人の命を同じ秤に掛ける人ではないわ…………貴女も選びなさい。私の言う通りにするか、その子を手放すか……」

 

 そう告げたライラに、エミルは星の元に戻ると。

 

「……どっちもお断りよ!」

 

 っと怒りを露わにさせて叫ぶと、彼女の申し出を拒絶する。

 

 互いに激しく睨み合うエミルとライラ。

 

 激しい眼光をぶつけ合いながら、周囲の空気がピリピリとしたものへと変わった。その険悪なムードに耐えきれず、エミルの後ろに隠れていた星が前に出てくる。

 

「止めて下さい! 私が戦えばいいんですよね?」

 

 星がエミルの顔を見つめ告げると、そんな星の両肩をエミルががっしりと掴む。

 

「ダメよ! まだ戦い方だって教えてないでしょ? なにかあったらどうするの!?」

「……だってライラさんは私を連れていくって……私、エミルさんと離れたくない。でもそれ以上に、エミルさんと一緒に戦いたいです!」

 

 切実な願いの星の瞳が、エミルの瞳を真っ直ぐに見つめている。

 

 エミルはその熱意に負けたのか、ため息を漏らしながら呟く。

 

「はぁ……星ちゃん、分かったわ。あなたの好きにしなさい……でも、私は星ちゃんを死なすつもりはないからね」

「はい」

 

 普段通りににっこり微笑むエミルに、星も微笑み返す。

 

 そんな2人の様子を見ていたライラは安心したような微笑みを浮かべると、スッと姿を消した。

 

 本当に何を考えて、どうしようとしているのか……全く分からない人物だ。しかし、本当は最初からこうなることが分かっていたのかもしれないと、その呆気ないほどの去り際に思わずにはいられなかった。

 

 ひとまず落ち着きを取り戻した部屋に、エリエ達の安堵した様なため息が響く。

 

 そんな中、マスターが徐に口を開いた。

 

「――しかし、問題の根本は解決しておらん。人員が足りないのは事実だ。これをなんとかせんといかんぞ?」

「……人手か。まあ、当てがない訳でもないか……」

 

 顎の下に指を当てながら、なにか思い付いたようにメルディウスがぼそぼそと呟いている。

 

 だが、それも無理はない話だ。今の状況で危険な状況下にわざわざ自分から飛び込もうとする人物が、この初心者の街であるはじまりの街にどれだけいるだろう……。

 

 

 マスターは嫌な予感がしながらも、メルディウスの方を見ると、彼は親指を立てて自信満々に言い放つ。

 

「まっ、なんとかするわ! 小虎の回収ついでにバロンも回収してくる! ジジイ、楽しみに待ってな!」

 

 そう言い残し、意気揚々とメルディウスは足早に部屋を出ていった。

 

 マスターは「やはり、奴か……」とため息混じりに額を抑える。

 

 普段と違うマスターの様子に、隣に座っていたカレンが心配そうに尋ねる。 

 

「師匠。バロンとは誰ですか?」

「ん? ああ、四天王の1人だ。だが、性格に難があってな。場合によっては場が混乱するかもしれん」

「はあ、なるほど……」

 

 分かったような分からないような表情で生返事を返して首を傾げるカレン。

 

 その向かいで、エリエがデイビッドをチラッと見て大きくため息を吐く。

 

「はぁ~。役立たずはデイビッドだけで間に合ってるのよね~」

「どういう意味だ!」

「……足だけは引っ張らないでよね」

 

 蔑むような視線を横目で浴びせながら、追い打ちを掛けるような言葉を口にしたエリエが再び大きなため息をつく。

 

 その後、隣にいたエリエは怒りで顔を真っ赤に染めるデイビッドからそっぽを向くと、エミルと星に声を掛けた。

 

「作戦を立てるのはマスター達に任せて、私達は星の戦いの特訓に行こうよ!」

「賛成だし!」

 

 話していたエリエの前に、突然ひょっこりと現れたのはミレイニだった。

 

 マスター達の話し合いに参加するわけでも邪魔するわけでもなく、ミレイニは今の今まで窓際に置かれたソファーの上で猫の様に背中を丸めて寝ていた。

 まあ、エリエもミレイニが話し合いに混ざっても、とんちんかんなことばかり言って話をこじれさせるだけだと思って放っておいたのだが。それがここに来て裏目に出たらしい。

 

 元気いっぱいに微笑んだミレイニが大きく両手を上げる。

 

「特訓とか面白そうだし! 早く行くし!」

 

 ミレイニはフリスビーを目の前に出された犬のような瞳で、興奮気味に手を上げている。寝ていたこともあり、彼女は元気が有り余っているのだろう。

 

 返事を待たずに、ミレイニはエリエの手を引いて強引に部屋から連れ出す。

 それを見ていたエミルは、大きくため息を漏らした。彼女としては、まだ星を戦いに参加させることを受け入れていないのだろう。

 

 乗り気ではないエミルとは違い。星は今にも動き出したそうにそわそわしている。

 

 前々から『強くなりたい』と切実に思っていた星にとって、今回の出来事は願ったり叶ったりだった。しかも、エミル本人に教えてもらえれば、自分でするよりも段違いに強くなれるに違いない。

 

「それじゃ、私達も行きましょうか」

 

 そう告げたエミルに、星は力強く頷く。

 

 外に出た2人を待っていたのは向かい合うミレイニとエリエ、そして互いの前にイタチといつ居なくなったのか分からないがレイニールが対峙していた。

 

 何やら両者が睨み合って緊迫した雰囲気の中、ピリピリとした空気が辺りに立ち込めている。

 

 っと、最初に動いたのはミレイニだった。

 

 ミレイニは右手を突き出し、目の前の白毛のイタチに命令する。

 

「ゆけ! ギルガメシュ。高速移動だし!」

 

 小さなイタチは彼女の言葉に応えるように、地面を素早く駆け回るとレイニール目掛けて走り出す。

 

 スピードに物を言わせて、残像でレイニールを幻惑しようとする。そこで空かさず、鋭い眼光を放ったエリエの声が響いた。

 

「レイニール! 火炎弾!」

「ふふ、我輩と戦うとは……身の程を教えてやるのじゃ!」

 

 エリエがイタチを指差し叫ぶと、口から火の玉を発射したレイニール。

 

 その火の玉が地面もろともイタチを吹き飛ばした。

 クレーターを作って辺りに砂埃を巻き込みながら突風を巻き起こすレイニールの火炎弾はとてつもない威力だ。

 

 攻撃によって舞い上がった土煙が収まると、ギルガメシュがその場に倒れ込んで目を回している。勝敗が決したのか、レイニールが嬉しそうに腕を天に突き上げた。

 

「我輩の勝利じゃ! これでエリエのお菓子はホットケーキで決まりなのじゃ!」

「うぅ~。私のモンブランが~」

 

 興奮気味な声で高らかに宣言するレイニールと、その場にペタンと座り込んで落胆するミレイニを余所に、その一部始終を見ていた星とエミルは呆れ顔でため息を漏らす。どうやら、おやつの時間に食べるメニューで揉めていたらしい……。

 

 星とエミルは未だに勝利の余韻に浸っているレイニール達と、地面に両手を付いて項垂れているミレイニを放置して特訓を始める。

 

 エミルはコマンドを開いて装備を解除すると、代わりに木製の剣を2本取り出して片方を星に手渡す。

 

 真剣な面持ちで星はその剣を受け取ると、装備欄から装備する。

 数回自分の前で木製の剣を振った星は肩を強張らせ、ガチガチに緊張した表情で頷く。その行動は彼女の中での決意の表われなのかもしれない。




小説家になろうをメインに活動しています。
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